或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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 お久しぶりです。また期間を空けてしまいましたが更新です。
 


第七十九話:Her name is...

 簪との特別とも言える一時を終え数馬はIS学園からの帰路に就こうとしていた。だがその前に分かれていた弾と合流しなければならない。

 どこかで待ちあわせようかと連絡するために携帯を取り出し、ちょうど合わせたかのように弾の方から着信があった。好都合だとすぐに応じる。

 

「あぁ、悪いね別行動になっちゃって。でもちょうど良かった。帰るなら一緒が良いだろ? どこかで待ちあわせないかい?」

『おぉ、それなんだけどさ。帰りは車になりそうだぜ。や、初対面の人なんだけどちょっと話したら中々意気投合してよ。駅のすぐ近くに車停めてあるらしくて、折角だから送ってくれるってよ』

「へぇ、それはまた。……別にさ、君を疑うわけじゃないしむしろ信頼はしているけど、大丈夫なのかい? 色々と」

『大丈夫だろ。話しててかなり印象は良かったし。それに、仮に何かあっても大丈夫だろ。あいつが黙っちゃいねぇ』

「はは、違いない」

 

 いかに気が合った好印象の人物とはいえ、初対面の人間の車に同乗するというのは彼らの年齢を考えればその危惧も当然だ。

 だが仮にそうなったとしても問題無いという確信もあった。もしもそうなれば、こと荒事に関しては特に頼りになる友が即座に動くからだ。

 

「分かった。じゃあ僕も向かうよ。待ち合わせだけど――」

 

 手早く待ち合わせ場所を取決めた数馬は電話を切るとすぐにその場所への移動を開始する。

 思わない偶然があるものだ、この時の彼はそう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 一夏と鈴、そして遅れて追いついた簪の三人は元の会議室とは別の部屋へと向かっていた。

 今回の事件について重要な話が浅間美咲からある――そんな内容のメッセージが一夏の携帯に届き、三人は美咲が指定した場所であるIS学園 学園長室へと足を進めていた。

 学園長室へ向かうのに迷うことはない。一夏らの学生身分で向かうことは殆ど無いが、比較的訪問回数の多い職員室からそう離れていない場所にある。程なくして三人は学園長室の前まで辿り着き、ノックと共に入室した。

 

「失礼しますっと。遅れてすいません」

 

 事情は全員が把握している。三人の遅参を咎める者は誰もいない。それを理解している故に一夏もあくまで事務的な詫びの言葉だけを述べる。同時に室内を軽く見回し集まった面々を確認する。

 一夏を含む一学年専用機持ち全員、上級生では当然だが楯無。そして先ほどの会議室には居なかった上級生らしい二人組。あまり覚えは無いが確か楯無以外の二、三年の専用機所持者だったはずだと記憶している。

 教師陣は千冬、部屋の主でもある学園長の轡木のみだ。そして、この場の主催とも言える浅間美咲。分かってはいたことだが女率99%の部屋、いつもの風景だなと内心で一夏はウンウンと頷いていた。

 

「揃ったようですね。では早速ですが、始めましょう」

 

 最初に口を開いたのは美咲だ。誰も遮ることなく美咲の言葉に耳を傾けている。彼女がこの場にこの面々を集めた理由、速やかに話すならそれに越したことは無い。

 

「この場に集まって貰ったのは私がこの話を聞いて欲しいと思った方々です。では何を話すのか。端的に言えば今回の事件を手引きした、その中心人物についてです」

 

 その言葉に誰も無言ながら室内に緊張が走ったのを一夏は鋭敏に感じ取っていた。一夏だけではない。この部屋に集まった面々は学内でも指折りの者ばかり。この空気の変化を感じた者は他にもいるだろう。

 そしてこの緊張もやむを得ないこと。何せ美咲が話そうとしているのは、恐らくこれから学園が、そして学園に関わる各種機関が調べていくであろう事件の概要、裏側。その深奥を過程をすっ飛ばしていきなりということだからだ。

 

「前置きは不要とは思いますが念のために確認をしましょう。いずれ関係者には周知されるはずですが、今回のIS学園学園祭襲撃事件、実行犯は亡国機業(ファントムタスク)。先の大戦期より存在が確認された……秘密結社とでも言うべきでしょうか。あまりに創作染みていますがそれが今のところ一番適切な表現ですし」

 

 存在は先進各国の諜報機関、暗部、裏社会にて知られていた。だがあまりにも表に出ないため確実に下手な中小規模の国家に比肩、あるいは超え得る組織力を持ちながらも、組織形態といった構成要素は未だに謎に包まれたままという脅威よりも不気味さが先んじる存在だ。

 死んだオータムは自ら亡国機業の手先と名乗った。敵の尻尾を掴む足掛かりとなる情報を秘匿する理由は無い。亡国機業が関わっていることが関係者に周知されるのは確実。そして直接襲撃の対処に当たったこの場の面々はそれを一足先に知っている。先ほどの美咲の言葉はこの場の全員がそうであるという前提を確認するためのものだ。

 必要なのはあくまで亡国機業という謎の組織が実行犯であるという認識のみ。それだけあれば十分だ。

 

「さて、敵の組織は亡国機業。皆さんがこれを認識していることを前提として話を進めましょう。詳細は追々改めて調査が進むことと思われますが、今回学園に襲撃をかけたのはおそらく実働部隊でしょう。ISを二機保有……していたわけですが、一機となった今でも依然脅威に変わりはありません」

「それは、サイレント・ゼフィルスの存在故にですか?」

 

 問いを発したのはセシリアだ。自身の愛機の後継にして祖国の威信を背負う新型機が敵の手中にあるという事実は依然彼女の心に重く圧し掛かっていた。

 無論、そればかりが全てでは無いということは重々に承知している。だが心情的にそれを優先的に見てしまうのは仕方の無いこととも言えよう。

 セシリアの心情を理解し慮っているためか、美咲は真剣な顔で頷き肯定する。

 

「勿論、それも含まれます。英国の最新鋭機を国家代表に比肩する乗り手が駆る。えぇ、確かに大きな脅威と言えるでしょう。ですが、ごめんなさい。オルコットさん、それは真に注力すべき本当の脅威ではありません」

 

 それはどういうことか、セシリアは、そして他の面々も無言で続きを待つ。

 

「確かにサイレント・ゼフィルスは現時点では脅威の一つです。ですがあくまで現時点の話。勿論向こうも同じようにするでしょうが、この場の皆さんが更に研鑽を詰めば遠くない未来に打破することは十分に可能。私はそれを確信しています。私が危惧しているのはサイレント・ゼフィルスよりも更に先、奥、彼のISの裏にあるモノです。えぇ、私はその存在に確信を持っていますし、知ってもいます。はっきりと言ってしまえば、サイレント・ゼフィルス程度(・・)を打破できるくらいではまるで足りないのです。ですからこれは皆さんを守るための警告です。もしも相対したならば決して戦ってはいけない。例え無様を晒したとしても逃げて構いません。そして私に伝えて下さい。然らば、私自ら出陣し対処をします」

 

 遊びなど一切無い、真剣そのものの美咲の言葉を全員が脳裏に刻み意識の内で反芻していた。あの圧倒的な実力を誇ったサイレント・ゼフィルスをあっさりと蹴散らした実力者の言葉だ。決してハッタリなどでは無いのだろう。だがそれでハイ分かりましたと言えるほど大人しい者は居ない。その筆頭とも言える楯無が真っ先に言い出した。

 

「貴女ほどの実力者がそこまで言う、サイレント・ゼフィルスの背後に居る者がそれほどの脅威というのは理解しました。ですが、流石にそう言われてあっさり引き下がるわけにはいきません。確かに貴女からすれば私たちの誰もが劣っているかもしれませんが、決して生半可に鍛えているわけでは無いですし、これからもそうです。あまり、私たちを軽んじないで欲しいものですね」

 

 開いたセンスで口元を隠し、僅かに目を細めながら楯無は告げる。楯無の言うことも理解できる。楯無本人は代理とは言えロシアの国家代表級、それ以外の面々も将来有望な原石達。そんな彼、彼女らが更に研鑽を積むのだ。確かに普通に考えれば強力な布陣となり得るだろう。普通ならば、だ。だが真の脅威はその普通が通じない。故に美咲はそれを分かりやすく伝える。

 

「では問いましょう。皆さんは、敵となり一切の情け容赦を排除した千冬を相手に勝てると思いますか?」

 

 今度こそ戦慄と共に室内が凍り付いた。ここまでの流れを黙って見守っていた千冬、学園長の轡木すら目を見開き驚愕を露わにしている。

 

「それはつまり、その敵のボス格ってやつは姉さんに、"戦女神(ブリュンヒルデ)"織斑千冬に匹敵する奴ということで?」

 

 一夏の問い掛けに美咲は無言のまま頷き肯定とする。

 

「おい、浅間。まさかとは思うがお前が感付いた敵の中核とは……」

 

 千冬の声にまさかと言うような、信じられないという色が混じる。

 

「おそらく更識さんは知っているでしょう。コードネーム"スコール"、亡国機業において実働部隊を取り纏める筆頭幹部と目される存在です。ですがスコールとはあくまで仮の名。本当の名は別にある」

 

 美咲の脳裏に思い浮かぶのはISの黎明期、今も昔も変わらずに自身と並びうる猛者として記憶し、知る者にこそ存在を知らしめた強者達だ。そしてそれは千冬の脳裏にも同様に浮かび上がったかつての記憶でもある。

 織斑千冬、浅間美咲、エデルトルート・フォン・ヴァイセンブルク、名実ともに黎明期から今に至るまでIS乗りの頂点に君臨する古豪。だがもう一人いる。その者を加えた四人こそがIS界の真の最強であり、同時に最後の一人を知るのはこの場に置いて美咲と千冬のみ。そして――

 

「スコール、本来の名をクローディア・ミューゼル。かつてアメリカにおいて一度たりとも表舞台に立たず闇に潜みながら、私や千冬、エデルトルートに肩を並べた真の極みに立つ者です」

 

 闇に潜み続けていた名を白日の下へを引きずり出したのであった。

 

 

 

 

 




 改めて、お待ちいただいた方々にはお待たせして申し訳ありませんでした。
 
 今回はいつもよりやや少ない文となっています。感覚で半分と言ったところでしょうか。今更ながらに一話あたりの量というものを考え直してみて、その試しといった形が今回このように現れています。
 差し支えなければ前回までとお比べ頂きご助言を賜れれば幸いです。

 順当に行けばあと少しで学園祭編も締めとなります。
 その後にもう少し、本作独自となる話を一つやって五巻編を終了とさせて頂きたいと思います。一夏やヒロインズとは別の、ある人物に少しスポットが当たる予定です。

 それではまた次回更新の折に。
 お読み頂きありがとうございました。



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