或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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 いつの間にか夏休み編も10話目に突入ですよ。まさかこんなになるとは思ってもいなかった……

 さて、今回は前回の続きです。
謎のゲイヴ……ゲフゲフ、もとい謎のファイターとの試合でお送り致します。
なお、本文最初の数行が汚らしいことこの上ないので見たくない方はスルー推奨です。
ご覧になられてしまった場合は、どうか寛大なお心でお許し下さい。

 今回もネタにまみれている運営にイエローカード出されやしないかビクビクな内容ですが、とりあえずどうぞ。


第五十話:夏休み小話集10 修行4

前回のあらすじ(ぶっちゃけ読まずに下スクロール推奨、マジで)

 

 

 或る真夏の昼下がり、田所は密かに思いを寄せる後輩織斑を自宅へと招待する。

用意していた完璧な計画を実行するために……。

 しかしその道中、新宿の街角でフリーター織斑はホモビデオのスカウトマン小林に呼び止められ戸惑いながらも出演に応じる。

しかし小林たちの強引なやり方に、織斑の怒りは抑えきれなくなる。

 撮影所を抜け出して家路へ向かう織斑たち。疲れからか不幸にも黒塗りの高級車に追突してしまう。

全ての責任を負った織斑に対し、車の主、暴力団員谷岡に言い渡された示談の条件とは……。

 

 

 

 

???「リ・コントラクト・ユニバース!!!」

???「我はこのあらすじを書き換えたのだ」

 

 

 

 前回のあらすじ

 

 師匠に連れられ腕試しと小遣い稼ぎを兼ねてアングラな地下格闘場に出場した一夏。

若い身である彼を案ずる胴元の心配も余所に、師である宗一郎の見立て通りに一夏は順調に勝ちを進めていく。

そこへ現れる一人のファイター、蛇駆・欧。アッー!チの方面に真正である彼に敗れれば一夏の安全は色々な意味で保証できない。

 若くして痔にならないため、そして踏み入れてはいけない(薔薇の)輝きの向こう側に行かないための負けられない戦いが始まるのであった……。

 

 

 

「夏休み修行編 5th ~我思う(コギト)ゆえに百合あり(ユリゴスム)~」

 

 

「……」

「……」

 

 試合開始を告げるゴングが鳴り響いても向かい合う二人がすぐにぶつかり合うことは無かった。

互いに構えを取りつつも、ジリジリと円を描くようにゆっくりと動き、互いの出方を探る。技量がどれほどのものかは知らない。しかし、蛇駆の体は相応に眼力を養った一夏の目から見ても純粋に見事と、戦いのために研ぎ澄まされたものであると認めざるを得ないものである。

 

「一つ、聞いても?」

「何かね?」

 

 依然続くにらみ合いの状態、しかし会話をする余裕くらいはある。よって今のうちに一夏は聞いておきたいことを確認した。

 

「その恰好、まぁ上を脱いでいるのは格闘技なら自然だから良いとして、下のチョイスはもうちょっとどうにかならないのかよ」

 

 改めて言うが、蛇駆の恰好は首から上を覆うバケツのようなマスクを除けばピッチピチの赤いブーメラン一丁である。あまり詳細な表現はしたくは無いが、その特性上どうしてもごく一部分がやたらに強調されてしまう。正直言って、一夏にとっては目の毒以外の何物でもなかった。どうせ見るなら美少女の脚線美の方が良い。織斑一夏、彼は太ももフェチなのだから。

 

「なるほど。確かに君がそう尋ねるのも致し方なし、か……。が、敢えて言わせてもらおう。我が家は代々、戦いの時はピッチリブーメラン派だ」

「テメェは一体どこの将軍だよぉおおおおおおおおおお!!?」

 

 渾身のツッコミである。とは言え、一応は恰好の理由も分かるには分かった。後はただ倒すだけだ。

 

(先手必勝だ)

 

 動き出した、そう観客が認識した時には既に一夏は蛇駆の懐に潜り込んでいた。一夏の身体能力、その中でも特に高いのが下半身による脚力だ。おおよそ全ての武術というものにおいて下半身が持つ重要性は非常に大きい。

そのため、日頃の基礎トレーニングにおいても一夏は下半身を重点的に鍛えており、その脚力は動き出しから瞬時に最高速に達する敏捷性を齎している。

 

「シッ」

 

 鋭く呼気を吐き出すと共に、震脚を聞かせた正拳を蛇駆の腹に叩き込む。素人が見ても明らかなクリーンヒット、そして一夏にとっても相手が難敵ゆえに自然とモチベーションが上がった状態の理想的な一打であった。

 

(手応えあ――)

 

 反射的にその場から飛び退く。直後、一夏が居た場所を蛇区の両腕が通り抜けた。

 

「マジかよ……」

 

 予想外の結果に思わず苦笑いがこぼれる。クリーンヒットした一撃、間違いなくこの日に幾度と無く行った試合の中でも特に良いと言える一発であり、これまでリングで屠ってきた相手はたとえ万全の状態だったとしても、そこから一発で倒せていたと言える一撃だった。

だが蛇駆はそれを耐えきったばかりか瞬時に反撃に転じてきた。その事実に一夏の中での警戒のレベルが更に跳ね上がる。同時に、蛇駆の入場時の司会の言葉も尤もだと実感する。この試合がどのようなものになるかは定かではないが、間違いなく相手はこの日一番の使い手、それも今までの相手とは明らかに格が違うレベルだ。下手を打てば、こちらがやられかねない。

 

「出だしの動き、放った一撃、そして私の反撃に対する反応、どれを取っても申し分なし。見事だ少年。私個人の性癖とは関係なしに、純粋に一人のファイターとして賛辞を贈ろう」

「そりゃどうも。ならこのまま勝たせてもらうぞ」

「そう恐れることは無い。安心したまえ、最初は少し傷むがすぐに良くなる……」

「良くねぇよふざんけんなマジで。オレは普通だ至って健全だ。どうせ襲われるなら可愛い女の子の方が良い。もっと具体的に言えば日頃艦隊指揮に勤しむオレに想いを募らせた羽黒ちゃんが意を決して酒が入った状態でオレに決死の夜戦を仕掛けてきて、そのまま夜のエクシーズ召喚するとかそういうのが良い!」

「ふっ、若さに溢れた良い情熱だ。ならば、強引にでもその向きを変えるまで!」

 

 今度は蛇駆が仕掛ける。一夏へ向けて駆け、間合いに捉えると同時に両腕を用いての連打を繰り出す。耐久力だけでなく腕前も一夏の見立て通りにレベルの高いものだったが、それでも対処はまだ容易いものでしかない。中国拳法における化勁の要領で繰り出される打撃を捌き、隙を見ては反撃の一撃を加えていく。

 

(やはり根本的な実力と言う点ではオレの方が上。焦ることは無い、落ち着いて対処すれば問題は無い)

 

 これまでの相手に比べればレベルは高いものの、それでも一夏と比べればまだ低い。よほどのことが無ければ勝機は十分にあるというのが一夏の出した結論だ。

 

(ならばっ)

 

 懐に潜り込んでの肘の一撃で一度蛇駆を後退させる。すぐに向かって来ようとするが、その僅かな時間でも一夏には十分すぎる隙だった。

 

「ふぅー」

 

 静かに息を吐き出すと共に展開していた制空圏が一気に縮まり、薄皮一枚レベルで総身を纏う。より最小限の動きで相手の攻撃を捌きロスを少なくする技法、師より秘伝の一つとして伝えられた奥義だ。

そしてその真価はそれに留まらない。水底のごとき静寂を湛えた一夏の双眸が蛇駆の視線と重なる。この技の神髄は流れを制すること。それは視線を通して相手の意思すらも読み取り、その流れへの同調から最終的には己の流れへと巻き込むことにある。

これはその第一の段階と言うべきだろう。マスクに開けられた視界を得るための二つの穴、そこより覗く蛇駆の瞳を視線で射抜いた一夏はその心を読み取った。

 

『自主規制自主規制自主規制自主規制※お見せできません』

「はぁん!?」

 

 例え文章でも表現することが憚られるようなあんまりにも酷い内容に一夏は思わず素っ頓狂な声を挙げながら後ずさる。それは彼にとっては完全な不覚、明らかにしてしまった隙でもあった。

 

「ふんっ!」

 

 気合いの込められた蛇駆の拳が迫る。それを天性のものと修練によって鍛えられた並外れた反応で捌くも、明らかに先ほどまでと比べて精彩を欠いたものだった。

 

「察するに、私の意思でも読んだかね? 興味深い技法だが、しかし我ながら驚きだ。あくまで私は私自身に忠実なだけのつもりだったが、それが功を奏するとは」

「あぁ、我ながら不覚を取ったね」

 

 感心するような蛇駆の言葉に一夏は軽口で返すも、表情は苦いものを隠し切れないものだった。先の蛇駆の言葉、間違いなく一夏のやろうとしたことを察知していた。それが直感によるものか理屈によるものかは定かではないが、あの一瞬で看破した眼力、そして理解した洞察力は本物だろう。フィジカル、技量に加えて頭も切れる。増々以って厄介だ。

 

「しかし、分かってはいたことだがやはり私では君の技量を上回ることはできないようだ。となると後は心の持ち様次第。この昂ぶり、久方ぶりだ――!」

「っ!?」

 

 突如として蛇駆の放つ気が爆発的に増大する。それを見た瞬間、考えるよりも早く一夏は理解した。一見すれば性癖こそあれだが理知的、落ち着き払った言動だが、戦いにおける本質はそれとは逆。一夏が知る中で良い例は箒や鈴のソレと同じ、爆発する動の気だ。

 

「はぁっ!」

 

 勢いと重さを増した拳打が襲い掛かる。先ほどまでよりは捌く難度は上がったものの、それでも対処できないレベルではない。だが徐々に、ほんの少しずつではあるが自身の守りが押されつつあるのを一夏は感じ取っていた。

 

 

 

 

 

「早い話、心技体における心が強いということだ」

「心、ですか」

 

 依然平坦な眼差しで弟子の戦いを見つめる宗一郎に、隣に座る胴元が聞き返す。

 

「その気色はだいぶ異彩なものだが、あの蛇駆という男の拳に乗せられた念は中々のものだ。目には見えぬ、しかし拳を通して伝わる重さは確実に相手を押し込んでいく」

「して、その対処はどのように?」

「まず一番簡単なのはその念すら跳ね除ける圧倒的な力で以て強引に押し切るというものだ。最近知った言い回しだが、『レベルを上げて物理で殴れば良い』と言うのか? 隔絶し過ぎた力量の前には念の強さが為し得ることはたかが知れている。よしんば何かしらの働きをしたとしても、それは偶然、あるいは僅かな積み重ねが幾重にも成った結果だ」

「しかしその口ぶりですと、今の彼には難しいと?」

「身内贔屓を抜きにしても、我が弟子は才に恵まれている。このまま研鑽を続ければ、そう遠くない内にそれができる域には達するだろう。が、今はまだだ。まぁアレもまだまだ修行中の身だからな。仕方ないと割り切るにしても、責めはしないでおくとしよう」

「ちなみに海堂さん、貴方ならば――」

「余裕だ。決まりきっている。さて、力ずくが通じないとなれば後は自ずと絞られる。同じやり方で、念の強さを以って抗い打ち破る、それだけだ。そして我が弟子ならばそちらの方法で十分に相手を御せるだろう。だが――」

 

 そこで宗一郎は僅かに目を細めて蛇駆を見る。

 

「あの蛇駆という男の念、あまり俺も口に出したくはないから適当な言葉にするが、少々、いやかなり特殊だ。あのバカ弟子も流石にあんなものには慣れていないからな。ある意味で邪念と呼べる奴の念、気にどうにも圧されていると見える」

 

 これは思わぬ形での修行となりそうだと、宗一郎は口に出さずに思う。さて、手塩にかけた弟子は一体どのようにしてこの窮地を打破するのか。宗一郎はどこか面白げに戦いの行く末を見守ることにした。

 

 

 

(なんて、やりにくい……!)

 

 拳と共に迫る蛇駆の念、あるいは気迫とでも言うべきか。できればあまり関わり合いになりたくないのにやたら強さがこもっているのだから始末に負えない。

倒す、その一念の下にこちらも拳を繰り出すも、蛇駆の放つ邪念はその異形さを以って一夏の拳から強さというものを減ずる。念の強さ云々以前の問題だ。まずはその邪さに抗う術を見つけなくてはいけない。

 

「ぬんっ!!」

「ぐぅっ!!」

 

 一際重い一撃が放たれる。交差した腕で防ぐも一夏は大きく後退を余儀なくされる。そしてそれ以上に、イメージしたくもない薔薇に彩られたむさ苦しい光景が脳裏をよぎりかける。

 

(ダメなのか……!)

 

 己の内を侵食するような邪念に一夏の思考の片隅に一欠片の諦めが浮かぶ。このまま、この邪念に抗いきれずに敗れてしまう(ついでに《自主規制》される)のが自分の末路なのか。

 

(無念っ……)

 

 もはやこれまでかと膝が折れかける。直後――

 

 パァンッ

 

 実際にされたわけではない。だが、頬に鋭い平手打ちを受けたようなイメージが脳裏に浮かぶ。

思わず見上げる一夏の眼前には、先ほどまで戦っていたリングではない。まるでどこかの学校の屋上のような光景が広がっていた。そして、目の前には張り手を見舞っただろう右手を振りぬいたままの、長い髪の少女の姿がある。

 

『あなたは、最低ですっ!』

 

 まるで同級生の簪によく似た声が一夏を叱咤する。その姿に一夏は思わず声を漏らす。

 

「ウミ、ちゃん……」

 

 見間違えるはずもない。ス○フェスで覚醒SR以上オンリー艦隊まで作っているのだ。

それだけではない。自身のイメージが齎す幻聴か、あるいは本当に聞こえているのか。「ミトメラレナイワァ」とか「ダレカタスケテー」だとか、「オコトワリシマァス」なんてのも聞こえてくる。

 

「……」

 

 思わず茫然自失する一夏。気が付けば目の前の光景は別の物に切り替わっている。

ステージの裏側と言うべきなのだろうか。これから舞台に解き放たれる少女たちが、その絆を示すように手を握り合っている。

 

『俺は忘れないからな。ずっと、このステージを』

 

 始まりから彼女たちを見守り続けてきた青年の声が背後から響く。そう、飛び立つのだ。これから彼女たちは、ステージという輝きの向こう側へ。

 

「そうか……」

 

 そこで一夏はようやく悟る。理解してしまえば簡単なことだ。要するに相性の問題。相手が、蛇駆が放つ念が"男"という一色で染め上げられてそれが一夏の念を蝕む。ならば自分はその真逆で挑めばいい。火に挑むなら水で、エスパーなら悪、ドラゴンには妖精、電気には地面だ。なお草結びは勘弁な模様。

 

「見えた、勝利のイマジネーション!」

 

 そして視界が晴れる。

 

「これで!」

 

 一際強く念を込められた拳が一夏に迫る。だが、それが一夏の体を打つことは無かった。

 

「なんと……」

 

 零れた蛇駆の呟きには隠し切れない驚愕が含まれている。その眼前には突き出された一夏の左腕があり、蛇駆の渾身の一撃はその手によって真正面から掴まれ、ピタリと宙で止められていた。

 

「さぁ、終わらないパーティを始めよう」

 

 静かに告げる一夏。その目を見た蛇駆は確かに感じ取った。蛇駆の思念を占める男一色、それに対抗するかのように真逆の、少女達で彩られる一夏の念を。

 

「ぬっ!?」

 

 唐突に掴まれていた拳が弾かれ蛇駆の体が僅かに仰け反る。次の瞬間には既に一夏は全ての体勢を整えていた。

 

「かしこい!」

 

 右アッパーが蛇駆に迫り、なんとか防いだ腕に強い痛みを与えてくる。

 

「かわいい!」

 

 だが防いだ直後には既に放たれていた左拳が蛇駆の胴に突き刺さる。

 

「エ○ーチカァ!!」

 

 僅かに蛇駆がよろめいた次の瞬間、今度は右の拳が蛇駆の腹部に叩き込まれた。

 

「ぐ、ぉおおお!!」

 

 今まで耐えきってきたはずの一夏の拳、しかし今しがた叩き込まれたのは先ほどまでとは比べ物にならないダメージを伝えてくる。

 

「ハァラッショーーー!!」

 

 一瞬にして蛇駆の横まで回り込んだ一夏が裏拳を首へと叩き込む。鍛えられた筋肉に覆われた首は何とか大けがとなるのを防いだものの、受けたダメージは決して軽いものではなかった。

 

「まだっまだぁっ!」

 

 捉えた好機、それを逃すほど一夏も愚鈍ではない。流れはこちらに乗りつつある。であれば一気に畳みかけるのみだ。

 

「マキちゃん! 可愛い! かきくけこ! かーらーのー、スピリチュアル! ラブニコッ! ラブアローシュート!」

 

 何を言っているのかさっぱり分からないと思うが、極めて単純に言ってしまえば言葉の勢いに乗せてラッシュを仕掛けている。それだけである。しかしただのラッシュと侮るなかれ。

元より念の強さという点では一夏は蛇駆と互角、あるいは上回ることも可能だった。しかしそれが蛇駆の邪念の特異性により本来の力を削がれていた。それが先ほどまでの不利の原因だ。

だが今、その不利は既に覆された。蛇駆の性癖による彼の念、それとは真逆のもので己を染めることにより一夏は邪念の侵食を跳ね除け、純粋な力比べ、技比べに持ち込んでいた。そしてこうなれば一夏のステージというわけである。

 

(ニコマキ、リンパナ、ノゾエリ、ウミエリ、ホノエリ、ユキアリ、ホノツバ、ホノコト、ホノウミ、ホノコトウミ……ハルチハ、ヤヨイオ、タカヒビ、ユキマコ、マコミキ、アミマミ、ピヨピヨ……)

 

 あるいは一夏以上にもうどうしようもない数馬ならより純度の高い念を作れただろう。だが今の一夏は数馬ほどにはいかない。だがそれでも、イメージできる全てを総動員して何よりもイメージする強さで補う。

何もないのどかな田舎の、のんのんできる日々の日和を。流暢な英語が混じる金色のモザイクで彩られた光景を。レンガの街並みの中でコーヒーの香りと共に沸き立つこころぴょんぴょんを!

 

「ぬ、ぬぅううう……」

 

 今度は蛇駆が押される側に回っていた。自身の念によるプレッシャーが通じなくなった以上、勝負は完全なガチンコにもつれ込む。そうなれば、地力で上回る一夏の優位になるのは火を見るよりも明らかだ。

 

「だが負けられん、我が望みの成就のため……、何よりも! 一人の戦士として!」

 

 ここへ来て更に蛇駆の闘気が高まる。自身を鼓舞する雄叫びと共に増大する気は、相対する一夏に蛇駆の背後に守護霊のごとく顕現する彼の想念を幻視させる。

テコズッテイルヨウダナ、シリヲカソウ……、イイゾォ、サエテキタ……、アタラシイ、ヒカレルナ……、シゲキテキニヤロウゼ、ナカマハズレハヨクナイナァ、オレニモイレテクレナイト……、スキニハメ、リフジンニイク。ソレガワタシダ……。

 少し前までの一夏ならばこの気迫に呑まれていたかもしれない。だがそうはならない。何故ならば彼にもあるからだ。眼前の敵の邪念に対抗でき、彼の背中を押してくれるものが。

 

「砲雷撃戦、用意ッ……!」

 

 両の腕に気血を送り込む。人生の多くを費やしてきた鍛錬によって鍛え上げられた彼の五体は剣と同様に彼にとって強く信頼をおける武器だ。今この瞬間、二本の腕は敵の想念ごと守りを打ち抜く砲と化す。爆発するような蛇駆の気に対し一夏が纏うは対極の静。しかし際限なく内へと凝縮していく様はさながら光すら飲み込む暗黒天体(ブラックホール)、否応なしに内へと引きずり込む気迫が周囲を歪ませ存在感を顕著にする。

静と動、まるで真逆の存在なれど行き着く先が同じようなものであるのは武術の妙と言うべきだろうか。蛇駆は見た。対戦相手の少年、その纏う極限に凝縮された闘気が周囲を歪ませ幻視させる戦場の女神たちを。

バーニングラァーブ!、ハルナ、ゼンリョクデマイリマス!、ビッグ7ノチカラ、アナドルナヨ、ココハユズレマセン、センジョウガ、ショウリガワタシヲヨンデイルワ!、ゴバイノアイテダッテ……ササエテミセマス!、ギッタギタニシテアゲマショウカネ!、アメハイツカヤムサ、キューソクセンコー、シャキーン、アイハ、シズマナイ!

 

「叩きのめせ……! "百合の白銀(リリー プラチナ)"ッッ!!!」

「私の"薔薇の塔(タワー オブ ローズ)"には、あらゆる強敵に立ち向かう覚悟があるッッ!!」

 

 もはや小細工など不要、どちらかが倒れるその時まで渾身の拳打を叩き込み続けるだけだ。

 

「百合百合百合百合百合百合百合百合百合ィィッッ!!!」

「薔薇薔薇薔薇薔薇薔薇薔薇薔薇薔薇薔薇ァァッッ!!!」

 

 互いに猛スピードで放つ拳打の連撃は時に真正面からぶつかり合い、時に競り合うことで軌道が逸らされ、しかしそれでもいくつかは相手に当たりダメージを蓄積させていく。あるいはこのまま続くのではと思われる拳の応酬、観客のボルテージも最高緒に達している。だがそれも永遠には続かない。終わりの時は――やってきた。

 

「かぁっ!!」

 

 敢えて次への繋がりを捨ててより深く叩き込まんと押し込まれた一夏の右拳が蛇駆の胴の中心を打つ。もはや守りなど殆ど捨てている状態にその一撃は響き、蛇駆の体を大きくよろめかせこれまでで一番の隙を作る。

 

「終わりだ……!」

 

 構えた両腕に気を集中させる。ただ押し固めただけではない。既に火は通った。ただ打ち貫くだけではなく、その炸裂を以って更なる威力の向上を狙う。

戦いの終盤にして華、夜戦においてまさに放たれるその瞬間を待つ53cm艦首酸素魚雷だ。放つイメージはシャッ、シャッ、シャッ、ドーンのタイミング。FCSがロックを定めるように一夏は自身の内で放つ最高のタイミングを狙い、脳裏で全てが噛み合った瞬間にがら空きの蛇駆の胴めがけて一気に両拳を叩き込んだ。

 

「ぐぉおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 苦悶の呻きが蛇駆の声帯を震わせる。もはや防御は間に合わないと判断した蛇駆は全霊を以って耐えきることを選んだ。力を籠め守りの状態に移行する蛇駆の胴。だが一夏の拳が直撃した瞬間、全てが瓦解した。鉄壁とすべく送り込まれた気血が絶たれ無防備な肉へと変容していく。自身の意思を無視して崩れていく守り、それを為した一夏の技に蛇駆は何もかもが思考から吹き飛び、ただ賛辞の念だけが湧き上がった。

 

「み、ごと……」

 

 最後の力を振り絞ってどうしても伝えたかった一言を発すると、蛇駆の体は遂に崩れ落ちリングに倒れ込んだ。

 

「あぁ。あんたも、大したもんだったよ」

 

 色々と受け入れられない部分はあるものの、終わってみれば不思議と気分はすっきりとしており蛇駆への嫌悪感も左程のものではなくなっていた。それ以上に彼の胸にあったのは、一人の強敵、自身の武の更なる糧となった勇猛な(オトコ)への敬意だった。

司会が興奮覚めぬままに一夏もといリングネーム・セイヤの勝利を告げる中、一夏は倒れ伏す蛇駆に深く頭を下げる。それを以って、一夏と蛇駆の戦いは決着を迎えるのであった。

 

 

 

 

 

「……なんぞこれ」

 

 全てを見届けた宗一郎は思わず呆けた声で呟いていた。弟子が勝ったことは良い、一つの成長を見せたことも予想外だったためにむしろ更に良い。良いのだが、それでも何とも言えない心境が宗一郎の胸中にはあった。割と真面目に彼は反応に困っていたのだ。

 

「……まぁ、良いか」

 

 出した結論は明後日の彼方へぶん投げるというものだった。些か理解が及ばない部分もあるものの、それが弟子の向上に繋がっているなら咎める必要も無い。もしも良くないと判断すれば、その時に諌めれば良いだけだ。

 

「潮時だな。すまんがここまでだ」

「承知しました」

 

 隣に座る胴元に今日の一夏の出番は終わりだと言外に告げ、胴元もすぐに察して素直に従う。

 

「しかし、よもや教えてもいないのにあそこまでやるとはな」

 

 どこか面白そうな含みのある声で呟く。最後に一夏が蛇駆へ叩き込み、トドメとした技。あれは本来一夏に伝授する予定だった技の一つであり、少なくとも宗一郎の記憶に照らし合わせれば一夏は知らないはずの守り破りの一撃だ。だがそれを一夏は、宗一郎の目からすればまだまだ甘いがやってのけた。

あの蛇駆という男は耐久力など守りは中々にレベルの高いものだったため、それを貫くために即興でやったのだろうが、即興でその発想に至ったということは無視できない。あるいはそれも一夏の才ということになるのだろうか。いずれにせよ、できる以上は物にさせてやるのが師の務め。後で細かく教えてやらねばなと宗一郎は弟子の修行プランに追加をする。

 

「さて、今度は俺も一仕事というわけか」

 

 誰にも聞こえない小さな声で呟く。どこか気だるげな言い方ではあるが、その目は見る者全てが竦みそうな程に鋭い光を放っていた。

 

 

 

 

 

 蛇駆との試合のあと、司会によってそれが最後の試合であることを知った一夏は胴元の案内で再び身支度を整えた。軽く汗を流して元の服に着替えると胴元に案内されたのはVIP用と思しきボックスの観戦スペースだった。

 

「あの、師匠はどこに?」

 

 サービスとして差し出されたドリンクを受け取りながら一夏は胴元に尋ねる。

 

「海堂さんでしたら、野暮用があるとのことで少々外に出ていますよ。まぁそんなに時間も掛からないだろうとは思いますので、ゆっくり観戦でもしてて待っていて下さい。私は運営もありますので席を外しますが、何か御用がありましたら近くの者に申し付けてください」

「あ、はい」

「それでは私はこれで。どうもお疲れ様でした。もしよろしければまた次の機会にもご参加下さい。良い盛り上がりでしたからね。歓迎しますよ」

「えぇ、その時はまた」

 

 会釈をして立ち去る胴元に一夏も軽く頭を下げて返す。それからしばらく他の試合を眺めている内に宗一郎が戻り、程なくして二人は再び車で帰路に着いていた。

 

 

 

「どうだった、一夏。中々面白かっただろう?」

「そうですね。はい、良い経験でしたよ。特に最後のは、もういっぺんってのは遠慮したいですけどね」

「そこは俺も同感だな。さて、良い経験結構。ならば次にすることは決まっている。鉄は冷めぬ打ちに叩けと言う。戻ったらこのおさらいも兼ねてまたみっちりやるぞ。もう日もそんなには残っていないことだしな」

「うす!」

 

 

 

 

 

 そして既に日も回ったその早朝、当局の者により日本で麻薬頒布を目的としているとされていた国外マフィアの構成員が取引現場とみられる場所で軒並み死体となって発見された。誰もがまるで内部から破壊されたかのような奇怪な最期を迎えていたその事実は世に報じられることなく、日が差すと同時に生まれる影、それよりなお深い闇へと人知れず葬られた。

そしてその場所は、一夏が地下格闘を行った会場の比較的近くでもあったのだが、そのことに関連性を見出せる者は誰一人として存在はしなかった。唯一、それを仕向けた魔女を除いては。

 

 

 更に時は進み、一夏のこの夏休みの修行も大詰めを迎えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 前回の後書きにも書いたような気がしますが、ネタ回として書きたかった内容ですのでちょっとやり過ぎたかなぁと反省はしていますが、後悔はしていませんしぶっちゃけ書いてて楽しかったです。
 執筆に取り掛かってから結構スイスイ進みましたし、やっぱり楽しみながら書くというのは大事な要素だなと改めて感じました。

 今回もネタを盛り込みましたが、出所は結構絞ったつもりです。
どれも割と旬かつメジャーなものなので察しがつく方も多いのではないかと思います。ですので感想などでそういうネタについて「ここってあれだよねー」などと気付いたという反応を頂けますと大変に嬉しく思います。
 一夏の技についても、技名の明言こそしませんでしたが出所はありますので、気づいた方は遠慮なくどうぞ。
 なお、今現在の一夏くんはまだまだライトな方であくまで「あのキャラ可愛いなー」程度のものなのでご理解をば。


 ひとまず今回はここまでです。
次回あたりちょっとマジな感じでやって、夏休み編の締めとしたいと考えています。
そうしたらいよいよ五巻への突入ですね。この五巻、あるいは五巻終了のあたりから物語が動かせたらと考えています。
 それではまた次回の更新の折に。

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