或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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 ざっと一か月ぶりくらいの更新ですね。いや、前回の更新の後から八月一杯まで、全然書いてませんでした。理由は至って簡単。

 艦これの夏イベに全力注いでました。

 おかげで八月は殆ど食って寝て艦これしてな生活でしたね。どうにか最終海域まで突破して磯風ちゃんお迎えできましたが……
他にも嫁の榛名と戦場のケッコンカッコカリをしたり……

 さて、前回の更新はギャグパートでしたので今回は真面目パートです。
本来ならあのまま続けて野郎ズパーティと行きたかったのですが、他にこの話を差し込むタイミングが見つからなかったもので。筆も乗ったので一気に書き上げて今回更新という次第です。
 多分次回以降は一夏宅での野郎ズ話、でもって一夏の修行夏休み編でしょうか。
何となくこの夏休み編で年内消費しそうな気もしますが、どうか気長におつきあい下さいまし。


第四十三話:夏休み小話集3

『刃への誘い』

 

 さて、話は少々タイムリープして一夏が泊りがけで実家への帰宅をする少し前に遡る。

 

「……」

 

 寮の自室にて一夏は頬杖をつきながらデスクに置かれたパソコンの画面を眺めていた。

カチカチとマウスを動かしつつ、時々手を顔の方に持って行き目の保護のために掛けているPC用の偏光眼鏡の位置を直す。

そんなこんなで画面を眺め続けることしばらく。一段落した一夏は画面に開かれていたウィンドウを閉じると軽く首を回して肩をほぐす。

 

「やっぱり目ぼしいレベルはこの人たちだけか……」

 

 続けて一夏は生徒用のデータベースを開く。生徒レベルでも閲覧可能なデータの中から一夏が選んだのは学園生徒個々人の簡単なプロフィールを載せたものだ。

個人情報云々のアレコレに配慮して載っているデータはそこまで大したものではない。顔写真、氏名、生年月日、出身地、学園における簡単な経歴など、その気になれば聞き込みでも分かる程度のものだ。

そしてそれらに加えて、学園側が公式のものとして監督下に置いたISでの試合の戦績、二年生以降に設けられる整備課生についてはそうした試合の際などにどのような機体に携わったかなどの、学園での活躍が載っている。

更にそこから、その生徒が行ったIS戦の記録映像に映像データベースにアクセスすることで閲覧ができるようになっている。

 

 目を付けた者のデータページをプリンターで印刷しながら一夏はデスク脇に置いておいた携帯を手に取る。

 

「出るかな……」

 

 電話をかける相手は現在絶賛夏休み真っ只中で時間がありまくっている自分とは異なり、既に立派に職を持っている社会人だ。或いは仕事中につき出られない、なんてことも決して不思議ではない。

その時はその時でメールを送っておくなりするだけだが、やはりこれが一番手っ取り早い。

 

『もしもし。どうされましたか、織斑さん?』

「あ、お忙しいとこスイマセン。今、大丈夫ですか?」

 

 出てくれたことにほっとしつつも一夏は電話の相手、川崎に話をしても大丈夫かと問う。ちょうど休憩中だから全然問題ないと言う返事に、一夏は早速要件を伝え始める。

 

「この間の件ですけど、一応オレの方でも目ぼしい人をピックアップしましたよ。とは言っても、二人しか当てはまらなかったわけですが」

『そうでしたか。して、その二人について織斑さんの見立てではどうですか?』

「いや、オレなんかの見立てが早々重要かは自信無いですけどね。この前メールで貰った資料、少なくともアレに載っていたスペを見る限りじゃその二人が一番合いますね。何せオレと似たようなもんですから。あと、もう一つの方も大丈夫そうですよ。その二人、成績も良いですし」

『そうでしたか、それは重畳です。学園側には後日正式に申し入れをするつもりですが、こうして事前に候補に目星を付けられるというのはありがたいですからね。――そのお二人、名前を伺ってもよろしいですか?』

「えぇ、良いですよ」

 

 言って一夏はプリンターが印刷し終えた二枚の紙を手に取る。データベースを印刷した紙にはそれぞれ二人の生徒の顔写真と名前がある。

一枚に映るのはややウェーブの掛かった緩やかな黒髪を称える物静かそうな少女、もう一枚には前者とは対照的に明るめの色のショートカットに軽快さを含んだ微笑を浮かべている少女だ。そして、どちらも一夏にとっては良く知る顔でもある。

顔写真と共に記されている氏名、そこには『斉藤 初音』、『沖田 司』とあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「っと、行く前に艦隊遠征に放り込んどかなきゃ。クソ、凄まじい消費だったからなぁ……おのれダイソン……」

 

 部屋を出ようとする直前、思い出したように一夏は最近お気に入りのブラウザゲームを立ち上げる。数馬に勧められて始めたものだが、思いのほか一夏もハマっているのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「邪魔するぞ」

 

 

 そう言って一夏が入っていったのは剣道場だ。一夏の記憶が正しければ、今頃は箒が初音と司の二人を交えての稽古をしている頃合いである。箒自身の口からそう聞いたのだから間違いない。

案の定、道場の中には箒が居た。胴着では無く制服であり、時刻も昼食時ということを考えれば一度練習を切り上げて休憩に入るつもりなのだろう。

唐突にやってきた一夏に箒は目を丸くするが、すぐにいつも通りの佇まいに戻ると一夏を迎える。

 

「どうした一夏。珍しいじゃないか」

「いや、ちょいと用があってね。――斎藤先輩と沖田先輩は?」

「二人なら今頃は奥のシャワーで汗を流しているよ。私も先に使わせてもらった」

 

 言われてみれば、ドライヤーである程度は乾かしたのだろうが、箒の髪には僅かに湿り気があるのが見て分かる。

 

「そっか。じゃあ、ちょうど練習終わったばかりか」

「あぁ。で、どうした? 稽古に加わるというなら私は歓迎するし、二人も大丈夫と言ってくれるだろうが……多分昼食の後となるな」

「そっか。じゃあ少し待たせてもらうよ」

「ふむ、何だったら私が言伝を承っても良いが、どうする? 急ぎか?」

「いや、時間は大丈夫だよ。ただ、ちょっと大事なことだから直に伝えたくてね」

「そうか」

 

 そのまま二人は道場の端で壁に背を預けながら二人を待つ。

 

「どうだ箒、最近の調子は」

「そうだな、概ね良いと言えるよ。まだ、腕前という点では足りない部分も多いと自覚はしているが、今まで以上に気力が充実しているような気がする。色々、吹っ切れたからかな。そういうお前こそどうなのだ?」

「似たようなものかな。少しばかり心境が変わったと言うか、ちょっとばかり自分っていうのを見直してみたらね、なんか変に気負い過ぎる必要も無いかなって」

「そうか。やはり気持ちが力んでばかりもいかんな。ここ最近でつくづくそれを実感したし、それを考えれば何年も勿体ないことをしていたような気がするよ」

「いや全くだ。ま、お互い抱える事情が事情だからなぁ……」

 

 どこか皮肉気に言う一夏に箒も否定するつもりは無いのか、そうだなと苦笑交じりに頷く。

 

「そういえば、紅椿はそれからどうよ?」

「大変だな」

 

 一夏の問いに箒はスッパリと答える。

 

「正直、臨海学校の時は無我夢中というか、その場の勢いに任せていたところもあるが、こうして落ち着いてから乗りこなそうとすると中々にじゃじゃ馬だよ。全く、あの時はよくあそこまでやれたものだと、こればかりは自分に感心するくらいだ」

「ま、勢いとかノリってアレで意外に馬鹿にできんからなぁ」

「以前、お前が私のタイプについて言ってくれたろう? 改めて考えて、まさしくピシャリと言うか確かに私は気を昂ぶらせている方が性に合っているし、あるいは紅椿を扱うにしてもそうした方が良いのだろうが、だからと言って気分任せにというのも良くないからな。どうにもその辺りの折り合いが難しい」

「勢いが強い分、手綱握るのも難しいからな。至極当然の道理だろうさ。ま、それを制御できてこそなんだろうな」

「まだまだ先は遠いな。とは言え、挑み甲斐のある目標なんだ。そう悪いものじゃないさ」

 

 困難だが悪くは無い、前向きな意思を見せる箒に自然と一夏の口元も穏やかな形になる。

 

「まぁ、紅椿と言えば大変なのは乗りこなすこと以外もあるがな……」

「ん? それは――」

「やはり、まだ私には分不相応な代物なのかな。確かに姉さんに頼んだのは私であることに間違いないが、いささか浅慮に過ぎたとも今では思うよ。少々、気が鞘走り過ぎてしまったかとな」

「そいつは……」

 

 思い出すのは臨海学校での一幕、箒が紅椿を受け取った直後の簪との会話だ。

身内のコネを利用して、立場的にも実力的にも公への証明ができていない中での最新鋭の専用機の受領、それに伴う妬みやっかみその他諸々。そればかりに気を向けていたというわけでもないが、多少は危惧したのも確かだ。そして箒の口ぶりから察するに、その予感は的中しているらしい。

 

「大丈夫なのか」

「今のところは、な」

 

 仕方のないことだと箒は肩を竦める。

 

「今のところはちょっとした陰口や、面と向かってにしても皮肉嫌味程度だ。もうそこそこの回数もあったからな。流石に慣れる」

「……正直、オレはそういうことを受けた経験は無い」

 

 そうなる前に仕掛けてきそうな輩は大抵数馬に目を付けられて弄ばれて慟哭を上げていた。ならば直接的手段はと言えば、これも論外。中学時代、弾曰くいつの間にか一夏は喧嘩を売っちゃいけない奴ランキング堂々のトップに入ってたらしい。

 

「だからその、なんだ。どう対応すりゃ良いかなんてよくは分からないけどさ、受け身になってるってのも良く無いと思うぞ。少しは反論とかしても――」

「それこそどうにもならんさ」

 

 首を横に振って一夏の助言に否と示してから箒は続ける。

 

「言われる理由など私自身が百も承知だ。この身が紅椿という刃に相応足らんのは動かぬ事実。皆、それを言い方の差は在れど指摘しているに過ぎない。事実なのだからそれに反論してどうなる。千万言ったところでそのことが変わるわけでも無し。言葉など既に意味を為さないよ。

故に、私にできることはこの身を以って証明することだけだ。私が本当の意味で紅椿に相応となるよう研鑽し、その背で語るだけだよ。そうすれば、皆自ずと認めてくれるはずさ」

「そうか」

 

 ならばこれ以上自分がどうこう言うのは無粋と、一夏はそれ以上を言わないことにする。

 

「……来たか」

 

 道場の奥の方から人が来る気配を感じ取る。誰のものかは今更言うまでもない。初音と司の二人のものだ。

 

「あり、織斑くんじゃん。珍しいねー、どったの?」

「……」

 

 手をひらひらと振りながら司が一夏に声を掛けてくる。一夏も軽く一礼をしてから二人の上級生に歩み寄ると、手短に要件を告げる。

 

「ちょっと、二人に大事な話がありまして。それで来ました」

「へぇ、君が私らに大事な要件……。そりゃ気になるね」

「なら早速――」

「気になるけどさ、ちょっと待って貰って良い?」

「へ? いや、それは構いませんけど、どうかしたんですか?」

「いやねー、ちょうど今は昼時でしょ? で、私らも練習の後だからちょっとお腹空いちゃってるんだよねー。でさ、あんまりヘビーな話題抱えたまま食事ってのも微妙だから、まずは先にお昼貰っちゃっても良いかな?」

「あぁ、そういうことですか。いや、良いですよ全然」

 

 司の言うことも尤もだ。大事な内容なのは事実だが緊急というわけでも無いし、昼を挟むくらいはまるで問題ない。それに、確かに硬い話題を抱えたまま食事というのも詰まらない。

 

「あ、織斑くんも一緒にどう? どのみち篠ノ之ちゃんと一緒に食べる予定だったし、一人増えても全然かまわないよ」

「じゃあご相伴に預かりますけど、斎藤先輩は良いんですか? さっきから無言ですけど」

 

 言って一夏は司の隣に立つ初音を見る。普段から寡黙な上級生はどんどん話が進んでいるこの場においても無言のままだ。流石に全く意見を聞かないのも不味いだろうと、念のため一夏は初音にも確認を取る。

 

「……別に、どっちでも構わない」

「だってさ。あんまり気にしなくて良いよ。初音、普段はあんまり喋らないけど、本当に必要な時はちゃんと言うから。今まで黙ってたのも、それで構わないって意思表示だから」

 

 了承した初音に、捕捉するような司の言葉に一夏はなるほどと頷くと今度は後ろの箒の方を向く。一連の話を聞いていた箒も特に異論は無いらしく、首を縦に振って了解の意思を示す。

 

「じゃ、行こっか?」

 

 そう司が先導する形となり、一行は寮の食堂へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

「さて、それじゃあ聞かせて貰おうじゃないの、その話とやら」

「……」

 

 昼食を終え軽い食休みも済ませた所で司が話を切り出す。一夏は頷くと軽く周囲を見回す。食事時も終わり頃なので食堂内に人は殆ど居ない。今、四人が居るボックス席も隅の方だから、声量に気を付けさえすれば人に聞かれる心配も無いだろう。

 

「待て、一夏。私は良いのか? 何だったら席を外すが」

 

 そう確認してくる箒に一夏は少々考え、大丈夫だと返す。

 

「いずれは公になる話だし、基本的に他言無用ってことで通してくれれば良いよ」

「そうか。ならばそれは遵守しよう」

 

 そしてようやく話は本題へと入る。

 

「二人とも、これを」

 

 そう言いながら一夏はプリントアウトした同じ内容が掛かれている二つの書面を初音と司にそれぞれ手渡す。受け取った二人はすぐにその内容を確認していき、徐々に表情が変わっていく。

初音は常に保たれている無表情ながら、僅かに眉間に皺を寄せる。司も日頃の朗らかな笑みは鳴りを潜め、真剣な面持ちで書面を見つめている。

コピーしてある同じ内容の書面を一夏も手に持ち、静かに見つめる。横合いからその内容を覗き込む箒もまた、表情が真剣なものに変わっていった。

 

「織斑くん、これマジ?」

「……」

 

 問うてくる司に対し、初音は依然無言のままだ。先ほどの司の言葉通りなら、これは話の進行は彼女に任せるという意思なのだろう。その前提で一夏は話を進めることにする。

 

「えぇ。大マジ、です」

 

 そう言って一夏は持っている紙を軽くピンと弾く。

 

「ご存じ学園訓練機の打鉄、オレの白式、四組の更識簪の打鉄弐式。これらを開発した国内唯一にして世界でも大手シェアのISの総合メーカー、倉持技研。そこが打鉄に続く、新型の汎用機の開発に着手しています」

 

 汎用機、学園に在籍する代表候補の筆頭格が所有する専用機とは異なり、学園の訓練機の用に数の限定はありながらも複数の同型を多人数によって継続的かつ安定した運用をすることを目的とした機体のことだ。

一般に第二世代と呼ばれるISの大半がこのカテゴリーに属し、その代表格が打鉄やラファールなどである。

 

「いわゆる第三世代、この学園の専用機の過半ですが、その第三世代たる所以はそれぞれの顔とも言える専用の特殊武装です」

 

 ブルー・ティアーズの遠隔砲台、甲龍の衝撃砲、シュヴァルツェア・レーゲンの停止結界、白式の補助システム「宿儺」。

 

「けどそれだけじゃない。第三世代は、機体の基本スペックだって並の第二世代より上だ。まぁ、機体の特性上一部の点では劣る、なんて場合もありますが、基本総合的には上回っている。今回のポイントはそこですよ」

「白式と打鉄弐式、更には打鉄の開発から今までに蓄積されたデータ。それらを基に従来の打鉄よりも基礎スペックで上回り現行の第三世代と真正面から張り合える、場合によっては特殊兵装の搭載も可能な汎用機。それが今の倉持の目下の目標ですよ」

 

 紛れもない、IS界における一つの大きな躍進。それを為そうとする存在を知り話を聞く三人の緊張が僅かに高まる。

 

「織斑くん。確認させてもらって良いかな?」

「何です?」

「つまりこの目標の機体ってのはアレだよね。織斑くんの白式がラン○ロットなら、今回のはヴィン○ントってことで」

「極めて分かりやすい例えをありがとうございます。思いっきりぶっちゃけるとソレです」

 

 自分自身で納得できる呑み込みをした司がしたり顔で頷く。一夏には意外なことに初音も司の言わんとすることが分かっているのか、納得するような顔で小さく頷いていた。

唯一分かっていないらしい箒がどういうことかと聞いてくるが、細かく説明をしている暇は無いのでアニメを例に出したということで一先ずは納得しておいてもらうことにする。

 

「で、ここからが一番の肝心」

 

 そう言って一夏が開いたのは書面の最終ページだ。

 

「倉持側はこの新型の試作タイプを二機、用意するそうです。そのテストパイロット、一機は自衛隊だか防衛省だか知りませんが、とにかくお上が用意したテストパイロットにあてがわれる。そしてもう一機は――」

「この学園の生徒から」

 

 一夏の言葉に繋げる形でようやく初音が口を開く。その通りと一夏は頷く。

 

「なるほど。学園に在籍する生徒、日本人限定なのはまぁ当然だね。そこから候補を選定、更に学園での実機運用を担当するテストパイロット一名をその中から選ぶと」

「選定基準は当該機の運用に適する技術の持ち主。候補生か否かは問わない。非候補生が選抜された場合、その成果次第で倉持からの推薦で候補生認定試験を受けられる、か。また大盤振る舞いだ……」

 

 感心するように、そして常の平坦さのままに、司と初音がそれぞれ概要を読み上げていく。そしてある程度読み終えた所で初音が小さく睨むように一夏を見ながら聞いてきた。

 

「織斑、何故私たちにこれを見せた」

「別に、無性に誰かに話したくなったから、なんてことはまず無いだろうからねぇ」

 

 話を聞いているのは箒もだが、何故初音と司の二人にこんな話をしたのか。まず間違いなく何か、二人に関わることがある。そう予感しながらも敢えて二人は聞いてきた。

そして、隠してもしょうがなく、隠す必要も無いことのために一夏はありのままを話すことにする。

 

「この新型の開発には、オレの白式の担当の技術者も関わっています。その縁で何かと懇意にしていますが、その人から先日連絡があったんですよ。その内容はこの新型開発のことと学園の生徒からテストパイロットの候補を選ぶこと。そしてもう一つ、オレの目から見て候補に相応しいと推せる人を選んで欲しいと。つまりは少し早めの候補のピックアップですね」

 

 その言葉に三人の目が僅かにだが見開かれる。

 

「新型は、ソフトウェアの面でこそ乗り手もそっち方面に秀でた簪の弐式の物も反映しますが、基本的には全体的にオレの白式をベースにしているとも言えます。その人は、だからこそオレなんだと言いましたよ。曰く、オレは白式と相性が良いと。故に、そのオレならば白式の後継とも言える新型に相応しい人材を見抜けるだろうと。

まぁ正直買いかぶり過ぎだとも思いましたよ。でも、そこまで評価してくれて頼んでくれたのなら無下にもできない。ならばちゃんと選んでやろうとね。いや、大変でしたよ。近接戦メインでデータベース漁って試合映像とか見まくりでしたからね。で、そうやって探して選んだ結果が――」

「私と司、か」

 

 その通りと一夏は頷く。

 

「勿論、確実に選ばれるというわけじゃありません。こういう言い方も何ですが、現時点で二人はまだ比較的早期に見つかった候補に過ぎない。後日、倉持から学園に正式にその辺り諸々の申し入れがあるでしょう。多分、他にも何人か候補は出てくるでしょうね。本番は、そこからですよ。ただ、一応候補として推挙した以上は伝えておくべきかと思いまして」

「……そうか」

「なるほど、そりゃ面白そうじゃない」

 

 初音はあくまでも平静を保ったまま、司はどこか面白そうな笑みを浮かべながらようやく事の大筋を理解する。

 

「これで話はお終いです。すいませんね、時間を取らせて」

「別に、構わない」

「こっちとしちゃあ実に有益だったよ」

「なら良かったですよ。ただ、言わせてもらうなら選ばれるのは、多分二人の内のどっちかですよ」

 

 それは光栄だと司は小さく笑い、続けて問う。

 

「じゃあさ、仮に最後まで残ったのが私と初音のどっちかだとするよ? それで、どっちが選ばれると思う?」

「……」

 

 言葉を発しこそしないが、初音もまた一夏の答えが興味深いのかじっと見つめてくる。答えにくい質問だと苦笑しながらも、一夏は素直に思ったことを言う。

 

「オレには何とも。どっちが選ばれてもおかしくない。後は神のみぞ知る、ですかね」

「そっか」

 

 それで納得したのか司は立ち上がり、初音もそれに続く。そして二人は一瞬目配せをすると箒の方を見る。

 

「篠ノ之ちゃん、ごめんね。ちょっと午後の練習は無しで良いかな? 流石に私らもちょっとビックリしたからさ。少し落ち着きたいんよ」

「え、それは……えぇ、大丈夫です」

 

 申し出に了承してくれた箒にゴメンネと謝りつつ礼を言うと、それじゃあと言って二人は二年寮に戻っていく。そしてその場には一夏と箒が残される形となった。

 

「あー、なんか悪かったな箒。午後の予定潰しちまって」

「いや、あれも十分に大事な用事だ。それに、元々二人が私を見てくれているようなものだったからな。二人の都合を優先するのは当然の筋だろう」

「そっか。じゃあアレだ。詫びと言ったらなんだけど、この後少し練習付き合おうか?」

 

 その申し出に箒は別に良いよと首を横に振る。

 

「お前にもどうせ予定があるのだろう? ならそっちをやれば良い。それは、またの機会に改めてということにしておこう。今日は、そうだな。お前に倣うというわけではないが、久しぶりに一人での稽古をしてみるよ」

「そうか。いや、すまなかったな」

「だから良いと言っているに」

 

 苦笑しながらも箒は席を立ち、一夏も続く。

 

「では一夏。また、だ」

「あぁ、またな」

 

 そう言って二人も別々の方へと向かって行く。そして後には静けさだけが残されていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、去年と変わらずの夏休みになるかと思ったけど、とんだ話が来たもんだねー」

「あぁ……」

 

 寮の部屋に戻った初音と司はそんな風に言葉を交わす。司は自分のベッドに寝転がりながら、初音は椅子に腰掛けながら、それぞれ手渡された書面を眺めている。

 

「しっかし織斑くんの白式ベースの新型ねぇ。どんな機体かなぁ?」

「さぁ……。けど、予想はつく。大方、今の打鉄の上位互換というところ」

「ふ~ん。けど、それはちょっとマイルドじゃないかな? いっそ白式くらいできても良いんじゃない?」

「アレは機動性で尖り過ぎている。普通に乗りこなす織斑も大概だけど、機体も機体。汎用機なら、もっと万人向けであるべき」

「ま、確かにねぇ。ていうか彼、いつの間に連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション)なんて使えるようになったのやら」

「知らない。けど、相手にしてもやりようはある。なら少し面倒以外は何も問題は無い」

「相変わらずだねぇ、初音は。けどそうだね。やっぱり多少は落ち着いた感じになるのかな」

「……専用機として与えられる以上はそれなりにチューンも施されるはず」

「ちなみに初音はどんな感じが良いの?」

「七番」

 

 司の問いに初音は一言で答える。それだけで司には十分伝わる。七番と言うのは学園にある訓練機の中でも特殊な仕様にされている一桁台の番号を割り当てられた訓練機の一つだ。

初音や司も使用の許可が下りているもので、特に初音にとっては最も実力を発揮できる機体でもある。

 

「ま、結局私たちはそこに落ち着くよねぇ」

 

 そのまま二人の間にしばしの沈黙が流れる。

 

「ねぇ、仮にさ。仮に本当に私と初音が最後まで残ったら、どっちが選ばれるかな」

 

 先に沈黙を破ったのは司だ。二人を推挙した一夏でも分からないと言った仮定、その結果。それを改めて問う。

 

「私にも分からない。けど、やれることをやるだけ」

 

 初音の答えはあくまで愚直そのものだ。如何にも初音らしいと、司は親友の答えに微笑む。

 

「そういう司は」

「私? まぁ、私もそうかな。成るように成る、それで良いよ」

 

 けど、と前置きして司は言葉を続ける。

 

「私は別に初音に譲っても良いとは思ってるけどね」

「何を」

 

 馬鹿なことを言っていると初音は親友の言を一蹴する。だがその直後の言葉は初音にも聞き逃せないものだった。

 

「――だって、私は来年もこうしていられるとは限らないし」

「っ!」

 

 その言葉に初音は弾かれたように振り向くとベッドに仰向けになっている司を見る。そこで初めて気付く。一見すれば普段通りだが、口元は何かを堪えるように固く一文字に結ばれ、額には脂汗が滲んでいる。

 

「司っ!」

 

 彼女にとっては珍しいことに声を大にしながら初音は親友の側に駆け寄る。

 

「あぁもう、大げさだなぁ。ちょっとズキッと来ただけだって」

 

 大丈夫だと親友に言い聞かせながら司は自分の胸を軽く撫でる。

 

「……司、母親の方は」

 

 沖田司はいわゆる母子家庭で育った人間だ。頼れる縁者は殆どおらず、既に鬼籍に入っている司の母の両親、司の祖父母が遺した蓄えと母の働きを糧に彼女は育ってきた。

司がIS学園に奨学金の使用で入学し、IS乗りとして身を立てることを志したのはそんな母への恩返しのためである。そして現在、その母は心臓を患っているために病床に伏してもいた。

 

「まだ、大丈夫だよ。私も、まだね。けど、ちょっとヤバいかなぁくらいは感じてるよ。いざとなったら、整備課に移るしか無いのかな」

 

 困ったねぇなどと苦笑気味に言う司の姿に初音は唇を噛み締める。だがしばらくして落ち着いたのか、口元に込めていた力を解くと、今は休んだ方が良いと司に忠告する。

 

「うん、そうしとくよ」

 

 初音の言葉に司は素直に従ってゆっくりと目を閉じる。既に具合も落ち着いたのか、呼吸は穏やかでありそれを示すように胸は規則正しく上下している。

それを見届けると初音は静かに立ち上がり、再びデスクの方へと向かい書面を手に取る。

 

「……」

 

 既に何度も見返した内容を初音は睨み付けるように見る。一夏の話を聞いていた時や、つい先ほどまでの平坦な色をした目は既に消え失せ、今にも叩きのめさんとするような気迫の炎が爛々と瞳の奥で盛っている。

 

「司、私とお前だけだ……」

 

 以前、縁があれば専用機を持つ機会が巡ってくるかもしれないなどと話したことがあった。だとすれば、今こそがその機会なのだろう。巡って来たチャンス、物にしない手は無い。

 

「誰であれ認めない。有象無象に、これは渡さない」

 

 他に誰が候補として挙げられようとも、最終的に残るのは初音と司のみ。それ以外を認めるということは既に初音の中では有り得ないものとなった。

紙を握る手に力がこもり、クシャリと音を立てて紙に皺が走る。だがそんなことは微塵も気にしない。今の初音の内には、ただ誰にもこのチャンスを、少なくとも司以外には決して譲らないという殺気交じりの闘志だけがあった。

 

 

 

 

 阻む者は誰であれ容赦はしない。例え修羅に魂を委ねようとも、これだけは成し遂げる。静かに、初音は断固たる意志を一人固めた。

 

 

 

 

 

 




 にじファン時代から登場させてたオリキャラ、斎藤先輩。そしてこちらに移ってから加えた沖田先輩。今回のスポットはこの二人です。これでようやく二人もちゃんと本筋に関わる下地ができたと言った感じです。ゆーて、本当にしっかり関わってくのはもうしばらく先になりそうですが。

 ちなみに、割とどうでもいいことですが、他の生徒の例に漏れず斎藤先輩も制服を弄ってます。
設定の上ではセーラー服のようにしている、ということになってます。
えぇ、作者の趣味の産物です。黒髪、セーラー服、そして刀。これらが醸し出すかっこよさと美しさ、可愛さの絶妙なハーモニーですよ……。異論は認めない。

 更に加えて。この先輩二人に箒を加えた三人はとあるキャラの関係をモチーフにしています。
でも詳しくは言いません。だってその元ネタが分かったら先の展開までちょっと分かっちゃいますから。

 一先ず今回の更新はここまでです。
次回が何時ごろになるかは分かりませんが、なるべく早めに仕上げられたらと考えています。
それでは。


 感想、ご意見、ご質問は随時受け付けています。
遠慮なくドシドシ、こっちが返事にてんてこ舞いになるくらいに沢山どうぞ!

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