或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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 話数的な意味での前回同様、前の投稿分に続きを加えた形となっています。
前回分を読まれている方は、お手数ですが続きの場所まで流して下さい。
 割と真面目な話をやったつもりの前回の反動か、今回も思い切りふざけてます。というか、もう作者自身「俺はいったい何を書いているんだろう」という気になってましたww



第四十二話:夏休み小話集2

 『武人の会談』

 

 

「それで? あいつは結局お前と同じ側を選んだと?」

「明確に私と同じ道、というわけではありませんが。ですが、武人としての気質は間違いなく私と同様の物でしょう。貴方ともです。フフッ、流石は師弟と言ったところでしょうか?」

「分かり切っていたことだ。弟子に迎えた時から、あいつがどちら寄りかなどな」

 

 某県某所、都市部からは大分離れた田舎町の一角で若い男女の言葉が交わされる。

町に隣接する山の中腹、偶然のように存在するひらけた一角を整地して建てられた一軒家は二人の内の片方、男が自らの住まいとしている。

土地柄ゆえに地価も決して無理難題な価格では無いとはいえ、そこそこの広場以上はある土地に一軒家を、更には頑強な練武のための道場も兼ね備えている敷地全体を見れば、その佇まいは立派の一言に尽きるものだ。

そして家主でもある男の名は海堂宗一郎、世界初の男性IS適格者として知れ渡った織斑一夏の武芸の師である。対する女性は浅間美咲、宗一郎にとっては妹弟子にあたる存在だ。

 もっともこの二人、単に武芸の兄弟子妹弟子以外の間柄もあったりはするのだが、そのことは話の大筋には関係が無いので今のところは割愛するものとする。

 

「しかしお前の話、明らかに外部に漏らして良いものじゃないだろう。その辺の自覚はあるのか?」

「ご心配なく。兄さんであれば一切の口外は無いと信じていますので」

「まぁ元より誰かに話すつもりなど毛頭無いが、そこまで開き直るといっそ清々しいな……」

 

 珍しく妹分の方から用があるから尋ねたいとの連絡が受けて迎えてみれば、開口一番が彼の弟子が暴走した米国の新型ISを矛を交えたという国家機密級の話だ。

その立場も相俟って他言など明らかな問題になりそうなものだが、まるで悪びれる様子の無い姿に思わず呆れ顔をする。

 

「だが、肝心の我が弟子は件のISに敗れ、結局はその学友の小娘どもが仕留めたと」

「然り。ですが、肝心なのはその敗れた彼が、福音が力尽きるまでに一体どうしていたかということ。この子が、教えてくれましたよ」

 

 言って美咲は己の右手首に巻かれた飾り紐を撫でる。紐を結ぶ飾り共々にただの糸の束とは違う、金属質めいた光沢を放っているが、それはただの飾り紐ではない。これこそが、美咲の専用機である黒蓮の待機形態だ。

 

「進歩し過ぎた科学は魔法と同等、などという言葉を何かの折に耳にしたが、にわかには信じがたいものだ。身に着けるISを通じて遠く離れた他者を感じるなど、本当に科学はオカルトの領域まで踏み込んだか」

「かもしれませんね。ですが、それを誰しもが引き出せるかと問われたら話は別です。こうして、ISを通じて他を感じ取るなど、できるのは私くらいなものですよ。他にできる者が居ればとうに察しています。こと、この感覚という一点に関しては生みの親をも凌ぐと自負はしていますよ?」

 

 ISという存在において実質全てを握っていると言っても過言では無い一人の天才、しかしそれを指してただ一つの点に関しては己が上と言う美咲を宗一郎は静かな眼差しで見つめる。

 

「であるとすれば、それは何を根拠にしている」

「強いて言えば、相互の理解、あるいは共鳴でしょうか? 結局の所、月の兎は上から見下ろしているだけなのですよ。言うなれば独裁を敷き周囲を一切受け付けない王侯、凡そ現存の人類全てを見渡しても比類ないでしょう唯我の精神の持ち主。

対して私は、相互理解の果ての今なので。そこの違いでしょう」

「では何か、我が弟子は機械と心を通わせたなどと言うつもりか?」

「当たらずも遠からず、でしょうか。彼は彼なりのアプローチをしていますよ。理解し、受け入れた上で、しかしあくまで己を第一として通し、阻むのであれば踏みつける。そして否応なしに己の一部として組み込み、果てなく進軍していく。先の兎とは似ていて、しかし対極にある覇の精神ですよ」

「覇道、か」

「聞けば学園では彼に触発されて研鑽を更に重ねる子も多いとか。世界でただ一人、という希少性も或いは影響しているのかもしれませんが、存外彼は周囲に影響を与えるタイプなのかもしれませんね」

「さて、それほどの器だったかな。あいつは」

 

 数年に渡って見続けてきた弟子の姿を思い浮かべながら宗一郎は軽く嘆息する。

 

「さて、話を戻しましょう。彼が周囲にどう影響を与えるかはこの際どうでも良いのです。重要なのは彼自身。彼は一度、一線を超えている。それも本能的にです。元々そうした気質があったことに加え、一度でも経験をしている以上、次に超えるのは容易いでしょう。もし彼のこれからにおいてその線を超えざるを得ないことになった場合、彼の行く道は自然想像ができます」

「修羅道か」

「えぇ。私がそうであるように。そして、あなたも」

 

 一瞬、二人を包む空気が重みを増したかのような錯覚を美咲は感じた。いや、錯覚ではない。宗一郎は僅かに、本当に僅かに眼光を鋭くした。それこそ、針の先を軽く砥いだ程度のものだろう。だがそれだけで美咲ほどの武人にも重さを感じさせるまでに周囲の空気を塗り替えるのだ。つくづく、途轍もない兄弟子だと実感する。

 

「それで、そこまで話してお前は俺にどうしろと?」

 

 自身が発するプレッシャーなど素知らぬと言うような口ぶりで宗一郎が問うてくる。

 

「どうとも。確か彼は学校が長期の休みの際には兄さんの下で修業をしているのでしょう? おそらく、この夏もそうするでしょう。その時の、兄さんの指導の一助になればと伝えただけですよ」

「そうか、わざわざご苦労なことだ。とは言え、その忠告は受け取っておこう」

 

 そして二人の間にしばし沈黙が流れ、互いの前に置かれた茶が啜られる音のみが木霊する。

 

「他に何かあるのか。まさか、都会からこんな田舎くんだりまで来て話がそれだけとは限るまい」

「そう、ですね。えぇ、折角ですので。なら、兄さん。久しぶりに一手、手合せをするというのはいかがでしょう? 互いに久しぶりですし、少々本気を出して――」

 

 刹那、美咲は三度殺された。一度目は刀の切っ先で喉を一突き、二度目は胸部を横薙ぎに一閃、三度目は首に振るわれた一閃による斬首。

 

「――ック! ハァ……フフ、相変わらずの手並みですね」

 

 勿論、実際に美咲は死んでなどいない。一瞬の内に額に大粒の汗を浮かべ、僅かに呼吸も震えてはいるが五体満足でこの場に居る。そも、人の命は一つきりだ。三度も殺せるわけがない。

突如として放たれた宗一郎の殺気、あまりに膨大でありながらその全てを美咲へのみと集中して向けたソレは、美咲の武人としての感覚を刺激し、同時に三つのイメージとして死を悟らせたのだ。

 

「俺とお前の仲だ。お前が気を許すのは分からんでもないし、別に悪いことではない。が、それが隙となったな」

「そうでなくとも、確実に一度は殺されていたでしょうね。そこまでできる人なんて、早々いませんよ」

 

 妹弟子の不手際を指摘する宗一郎の言葉に、未だ受けた衝撃の余韻である疲れを残すような声で美咲は返す。

 

「けど、改めて思いましたよ。ねぇ、兄さん。そろそろ下りる頃合いではありませんか?」

 

 どこからかなどは言うまでもない。今、居を構えているこの山からだ。

 

「私だけではありません。兄さんの力を正しく評価している人は多くいます。そして、私の立場で以って断言します。これから先、兄さんの力が必要になる時が必ず来ます」

「かの戦女神(ブリュンヒルデ)に並び称されるIS乗りが言っても皮肉でしかないぞ」

「あまり意地悪をしないでください。所詮、ISも道具。最終的に全てを決するのは人です。そして、兄さんの持つ武であれば、切り開けないものなど無い」

 

 妹弟子が心から助力を願い出ているのは分かる。とは言え、そこで馬鹿正直に首を縦に振るわけにもいかない。自分が武を揮う意味、それを宗一郎は重々に理解している。

 

「俺でなくとも当てはあるだろう。剣と拳という違いはあるが、()でも良いのではないか? 娘に当代の座を譲って、それなりに暇を持て余している頃合いだったはずだが?」

「勿論、既に話しましたよ。あの方もお立場がお立場ですから、協力的ではありましたけど、やはり跡を継がれた息女のフォローがまだ必要なようで。後、その時は二回殺されましたね。本当に、兄さんもあの人も揃って化け物ですよ」

「お前に化け物呼ばわりされると流石に人として心外だがな」

「私、これでも世界トップクラスの武術家としての自負はあるんですよ? それを殺気だけで殺すイメージさせるんですから。もう超人とか化け物とか、それ以外にどう言えと?」

「まぁ、俺は剣で。奴は拳で。曲がりなりにも頂点を自負している身だからな。いかにお前相手でも早々ヤワな所は見せられんという話だ」

「もう良いです。――話を戻しましょう。兄さん、別に私は楽がしたくて言っているわけではありません。確かに兄さんやあの方の助力が得られれば楽になるは確かですが、それ以上に、本当に必要なのです」

 

 軽口の言い合い染みたやり取りから一転、真剣な眼差しで改めて訴えてくる妹弟子に宗一郎はどういう意味かと視線で続きを促す。

 

「亡霊が、動き出しつつあります。その狙いの一部には、おそらく彼も」

 

 ピクリと宗一郎のこめかみが動く。そして少しの間、無言で何かを考え込むと良いだろう、と答えた。

 

「考えておこう。だが一つ、大前提がある。少なくとも、まずは今夏の奴の修行を徹底的に行う。それが済んで、後は身辺の整理が整ってからだ。別に遅くはあるまい?」

「えぇ、十分です」

 

 厳かに頷く美咲を宗一郎は黙って見つめると、部屋の窓からその先に広がる空を見つめる。夏らしく通り雨でも降っているのか、遠く離れた場所の空に黒い雨雲が広がっているのが見える。

それがまるでこれから起こるだろう波乱の予兆のように宗一郎には見えた。

 

 

 

 

 

 そして、今よりも先の時節のこと。世界初の男性IS適格者、天才科学者唯一の妹、国際的IS教育機関、様々な人物を、組織・集団を、あるいは物を、巻き込んだとあるテロリズムとの抗争の最中、かつて裏の世界の一部で囁かれた「剣神」が再び刃を揮う時が来ることになるのだが、それはまた別の話となる……

 

 

 

 

 

 

 『一夏の夏休み ~副題が思いつかないのだがどうしたら良い?(by作者)~』

 

 早朝、閉じられたカーテンの隙間から朝陽が差し込む室内に目覚まし時計の音が鳴り渡る。枕元に置かれた目覚ましにはすぐに布団に潜っていた手が伸びてアラームを切る。

そしてもぞもぞと布団にくるまっていた人間が動き出し、むっくりと頭を上げる。

 

「朝か……」

 

 シャーッとするやつをシャーッとしながらカーテンをシャーッと開けて一夏は軽く目をこする。そして軽く室内を見回す。

見慣れたIS学園の寮、本来二人用の部屋を特例で一人で使っている贅沢空間ではない、寮以上に見慣れた一夏の本来の自室がその目に映っていた。

 

「とりあえず、走るか」

 

 欠かさない日課であるランニングでもしようと、一夏はベッドから出て着替えを始めた。

 

 

 基本的には学園の寮に残る方針でいる一夏だが、別に全く家に帰らないわけでもない。

そもそも夏休み以前であっても月に二、三度ほどは家に戻って掃除などの家の手入れをしていたのだ。姉は多忙ゆえに一夏以上にそうしたことのための時間を取りにくく、それ以前にその手の家事においては精々が荷物やごみ運び程度にしか使えないくらいにスキルが残念極まるので、一夏がやらねば誰がやるという状態なのだ。

今回の帰宅も今までのそれと同様、家の手入れが目的の一つである。しかしながら今回はそれだけではなく、わざわざ外泊届けまで出して帰宅をしたのには、今日はこれから親友二人を家に迎えることになっているからである。

ちなみに一夏が外泊届けを出したのは三回分。一回目は夏休みが始まって間もない頃に数馬に伴われ行ったライブ。二回目が今回。そして三回目が師の下での泊まり込みの修行のためである。

修行のことについては追々語ることとなるが、ライブに関しては以下のようなダイジェスト形式で振り返ることとする。

 

 

 

~前夜~

 

「というわけで姉さん、オレは明日から二日間、泊りで家にいないから」

「あぁ、気を付けて行って来い」

「家の掃除は一通り済んでるから気にしないで、洗濯物が出たら洗濯機の前に置いといて。飯はコンビニやスーパーで買うなり外食するなり出前を取るなりにして。

良いか? 絶対に洗濯機を弄ろうとしたり台所に立ってまともに料理をしようなんて考えるなよ? 絶対だぞ?」

「……そこまで信用が無いのか、私は」

「いやだって、洗濯機使わせれば絶対水量の設定や洗剤の量トチるだろうし、そもそも設定できんだろうし、料理に関してはもうお察しなのは姉さん自身が理解してるだろ」

「ぐっ……」

「良いか? くれぐれも家事関係に余計な手出しはするなよ? それで帰って来た時にめちゃくちゃなことになっていてでも見ろ。 し ば く ぞ ?」

「分かったからそれ以上言わんで良い! そんなこと、私自身が一番よく分かってるんだよ!」

 

 家事がまるで駄目な姉と、それに対してもはや匙を投げている弟の一幕、下手に手を出されて大惨事となっては敵わないため、一夏の舌鋒には一切の容赦というものが無かった。

 

 

~当日早朝~

 

 午前四時、会場へと向かうため最寄りの駅で数馬と合流、始発電車に乗り込む。

 

「いや、まさか本当にこんな時が来るとはね。正直、初めて君と会った時には想像もしていなかったよ」

「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ」

 

 始発故にガラガラもガラガラな車内で一夏と数馬はそんな軽口を叩き合う。

 

「んで、どうする? 適当に暇でも潰すか?」

「いや、経験者として言うならここは休んでおこうか。はっきり言って、この後が大変だからね」

「と言うと?」

「良いかい一夏? 僕らが現地に着くのは六時前。そこから物販開始時刻まで数時間はひたすら待機だ。今ぐらいならともかく、八時を回ったあたりから日光とか暑さも相応になってくる。そんな中にずっといるんだ。これは中々大変だよ?」

「なるほど。だから暑さ対策はしっかりして来いと言ってたわけか」

「そういうこと。さて、詳しいことは現地に着いてからで良い。今は、休もう」

「おう」

 

 そのまま二人は寝息を立て始める。

そしてちょっと時間は飛んで現地到着。

 

「なぁにこれぇ」

「言うと思ったよ」

 

 目的の会場に隣接した駅に着き改札を出て、一夏があんぐりと口を空けながら驚きを露わにする。それを隣に立つ数馬は分かっていたと言いたげに肩を竦める。

 

「なぁ、まだ六時にもなってないよな? なんでさぁ――もう軽く百人単位で数えられるレベルで人並んでるの!?」

「悲しいけど、現実なのよねコレ」

 

 そして数馬は語る。早い者は駅からの始発列車の到着時刻には並んでいると。前日から宿を取る者、あるいは近くのコインパーキングで車中泊をする者、猛者は遥かに早く並ぶと。

※作者は二月下旬にSSAにて行われた某ライブにて、友人と二日間車中泊で臨みました。真冬の寒空の下で午前四時とかからの列待機は中々にハードなものです。というか、始発に合わせた午前四時とかで既に二、三百いるとかおかしいだろ絶対。

 

「僕も免許取れれば車中泊くらいやってのけるんだけどねぇ」

「いや、この時期にそれはしんどいだろう」

 

 時節は夏真っ盛り。車内温度などあっという間に高くなる。故に車中への幼児の放置による、幼児の熱中症死亡事故などの痛ましい事件も毎年のように起きている。極めて難しいが、一件でも多くこのような悲劇が無くなるのを望むばかりだ。STOP、子供の車内放置。

 

「別にさー、パチスロ行くのは構いやしないけど、まずは親としての責任を全うしろって話だと思うのだよ」

「いや、全く以ってその通りだ。まーオレの場合、車中どころか人生そのものが親に放置プレイ喰らったわけだが」

「……いや、それジョークにしてはちょっとヘビーだからね?」

 

 HAHAHA! と自分の境遇を笑い飛ばすように言う一夏に流石の数馬も苦笑いを隠せない。とりあえずは早く並ぼうと、急いで列の最後尾へと向かう。

 

(そういえば……)

 

 歩きながら一夏はふと考える。以前、何かの機会があって一組の専用機持ちズで生い立ちなどについて軽く話をしたことがあった。そこで得られた各自の家族関係の情報を纏めてみると――

一夏:両親蒸発、姉が頑張って家計を支える

箒:姉は失踪、両親とは引き離された挙句にまともに連絡も取れず、短いスパンでの引っ越し連続のコンボ付き

鈴:夫婦仲の決裂というわけではなく、互いの事情故に致し方無しとはいえ両親が離婚。まだ復縁の余地があるだけマシか?

セシリア:両親が事故死。以後、若年ながら一族の中核として奮起

シャルロット:父親の不義の子、母親の逝去により父親に引き取られるも、家族としての関係は希薄。本人がある程度納得してる分、こちらもまだマシ?

ラウラ:幼少期に両親が死亡、以後施設育ち。こちらもそうした点については前向き思考な分、マシと言える。

 

(……)

 

 改めて学園の友人たちの家族関係の事情を思い出して一夏はしばし無言となる。そして――

 

(うそっ、オレの周りの家族関係ヘビー過ぎ!?)

 

 ブンブンと頭を横に振って思考から追い出す。止めるべきだ。考えても気分が暗くなるしかない。それが精神安定のためだと一夏は己に言い聞かせた。

 

 

~物販列待機中~

 

「暑い~」

 

 日が出てくると流石に気温も高くなってくる。幸いというべきか、列が動き出す物販開始までの待機場所は日陰を確保できたため直射日光は回避できているものの、やはり暑いものは暑い。曲がりなりにも鍛えてはいるため寒暖どちらも厳しかろうがそこそこには耐えられるが、暑い時は暑いし寒い時は寒いものだ。

 

「数馬、お前はどうだ?」

「ま、僕も経験者ではあるから何とかね」

 

 大丈夫と言うものの、数馬のフィジカルはそこまで頑強というわけではない。流石にこれから更に数時間、この暑さの中はキツイに違いない。

 

(ふむ……)

 

 軽く周りを見回してみれば、待機場所に荷物を置くなりして場所の確保をしたまま、飲み物の買い出しに行ったり、あるいは現場に集まった知人同士の交流などで移動をしている者も多い。

 

「数馬、これって多少動いても良いのかな?」

「ん? うん、場合によりけりだけど、今回は大丈夫そうだね。どっか行くなら、荷物見とくけど」

「じゃあ頼む。オレはちょっと飲み物とか仕入れてくるよ。数馬、スポドリで良いか?」

「あぁ、是非に頼む」

 

 そんなこんなでまた数時間――

 

「おい、まだか」

「もうそろそろなんだけどねぇ」

 

 チラリと腕時計を確認した数馬はもう間もなく物販の開始だと言う。直後、ざわつきが大きくなり少しずつだが人が動き始める。

 

「始まったみたいだね」

「やっとか」

「けど、まだまだこれからさ。売り場の混雑回避のためにある程度まとめて売り場前まで誘導して、それ以降は列で待機を繰り返すから。そして――その間にも物は無くなっていく」

「……怖いな」

「うん、怖いね」

 

 またまた待つこと十数分。

 

「うわぁ……」

 

 スマホを確認した数馬が信じられないと言う様に顔を歪ませる。何事かと問う一夏に数馬は苦笑いと共に答える。

 

「始まってまだ三十分も経ってないのに完売の物が出てきたらしい」

「嘘だろ? 早すぎるだろ。第一、オレ達の後ろにどれだけいると思ってるんだよ」

 

 後ろを見渡せば埋め尽くさんばかりの人人人。軽く千は超えているというのに早々の完売。一体何事なのか。

 

「単純なことさ。多分、元々そこまで量を用意していなかったんだよ。パンフと会場限定発売のCDを除けば殆どが事前の通販で手に入る代物。本当に欲しい人はとっくにそっちで入手済みなんだよ。それは僕らも然り。あ、先に私説いたペンライトとかTシャツね? それがあるから、多分こっちに回す分は少なく設定されたんだろう」

「なるほど。それで数馬。お前の見立てだとこの後の在庫の流れはどうなる?」

「少なくともTシャツはまだまだ残るだろうね。ただ、今回は一種類デザインの評判が良いのがあるから、それはすぐに捌けるだろうね。今完売してるのがペンライトのミニセット。多分それ用のポーチもすぐに無くなるね。というか、事前物販にあった品は殆どが早く無くなるよ」

「ということは後は~」

「パンフ、それにキーホルダーやポートレートみたいな飾り物の要素が強いグッズだね。まぁ、安い買い物にはならないから今のうちに選んどきなよ。ライブに必要そうなグッズはもう渡してあるのがそうだし」

「なんか、本当に何から何まで悪いな」

「良いってことさ」

 

 グッと互いに握った拳を軽く打ち合う。そうこうしている内に列も進み、一夏たちの番がやってきた。

 

 

「と言うわけで、無事に目的の品は買えた僕と一夏なのであった」

「誰に言ってんの?」

「さぁ?」

 

 物販を終えた二人は近くの広場で互いの戦利品を確認すると、示し合わせたように同時に立ち上がる。

 

「さて、一夏」

「あぁ、分かってる」

 

 そのまま二人は同じ方向を向く。視線の先にあるのは会場のすぐ近くにあるビジネスホテルだ。ぶっちゃけた話が東横○ンである。

 

「さっさとチェックインして荷物置こう。でもって休もう。僕は疲れた!」

「オレはー、ぶっちゃけまだ平気だけど」

「いや、そこは合わせてよ」

「だって実際大丈夫なんだもん」

 

 そんなこんなで二人は一度宿へ。ちなみにその辺の手配も全て数馬がやっていた。その手際の完璧ぶりに一夏は「こいつマジ有能」と感嘆の念を禁じ得なかった。

その後、部屋でしばしくたばって体力回復に努めた後、いよいよ以ってメインのライブ本番である。

 

 

~ライブ~

 

「おいやべーよ! アリーナ席とかマジかよ!」

「何せ一番早い段階で取れたからねぇ!」

「ちょっ! しかもステージ超近いじゃん!」

「うん、でもほら、あそこにセンターステージあるじゃん? 多分メインは……あっち」

「……ちょっと遠いね~」

「悔しいでしょうねぇ」

「ま、近いだけ良しとしよう」

 

 開演前のちょっとしたやり取り。

 

「せーのっ、ハーイ! ハーイ! ハイハイハイハイ!」←肺活量を無駄に活かして一際大きなコールをする一夏

「オーッ、ハイッ! オーッ、ハイッ! オーッ、ハイッ! フワフワフワフワ!!」←負けじと声を張り上げるも、どうにも音量で追いつかない数馬

「オーッ! ホワーッ! ウォオオオオオッッ!! アーッ! ウワーッ!」←すぐ目の前のステージで特に推してる人が歌ってる時のハジけた一夏

(やばい、想像以上に一夏が発狂してる。というか、正直耳が痛い! あと、やっぱ目が太ももに行くのね)←コールをしつつもテンションが振り切れた一夏を冷静に分析している数馬

 

「ハーイ! ハーイ! ハーイ! ハイハイハイハイッ! ……ゼェッゼェッ……」←ライブ終盤に差し掛かり息も絶え絶えになりつつ表情が恍惚としてなんかヤバい感じになってきてる数馬

(オレはまだ大丈夫だけど……こいつそのうちぶっ倒れるんじゃないか?)←終盤に差し掛かっても余裕の体力でコールしつつ、隣でヤバい感じになってる親友を分析する一夏

 

 そしてライブ終了後

 

「いやー、良かった良かった」

 

 初めてだが大いに楽しめた一夏。

 

「……」‹チーン

 

 楽しむには楽しんだが、代償として元々多くない体力を使い果たして虫の息な数馬。

半分死にかけと言っても過言ではない親友に一夏はため息を吐くと、肩を揺すりながら声を掛ける。

 

「おい、数馬。終わったぞー、はよホテル戻ろーぜー」

「肩貸して~」

「……ほれ」

「う~い~」

 

 数馬の片腕を自分の肩に回すと、一夏は二人分の荷物を抱えて席を立ち、そのまま出口へと向かっていく。同年代の男子一人に、可能な限り最低限に抑えたとはいえ、そこそこの大きさの荷物二人分。しかしそれらを一夏は軽々と抱えている。

 

「いや~、正直助かったよ~。毎回こんな調子でねぇ」

「ちっとは体力つけろよ。何だったらメニュー組んでやるぞ」

「まぁそれはまたの機会でってことで。いや、本当に一夏が居て助かったよ」

「……もしかしなくても、オレを誘った目的の一つはこれか?」

「お察しの通り~」

「そうかい」

 

 完全に自分が当てにされていると聞かされても一夏は特に文句を言うことは無かった。そも、このライブに来るまでのアレコレで数馬には色々と面倒を見てもらっている。ならば、これくらいはしてやっても良いだろうと言う判断に基づいてのことだった。

 

「ほれ、もうちょいシャキッとしろ。ホテル戻って荷物置いて、それからコンビニにでも夕飯買い行くか? で、部屋で食って早く休もうや」

「そうだね、それが良い」

 

 依然ウダウダとした感じの親友を支えつつ、この分だと二日目もこんな感じになりそうだな~などと一夏は予想する。そして、見事にそうなったのであった。

 

 

 

 ~回想終わり~

 

 

(楽しかったのは事実だけどなぁ、流石に二日目まで数馬の面倒見るのは大変だったなぁ)

 

 トレーニング用のジャージに袖を通しながら一夏はライブの時のことを振り返る。帰りの電車に至っては完全に体力が尽き果てた状態だった。それこそ、事情を知らない人間が見たら何かあったのではと人を呼ばれることは確実なほどにだ。

ついでに言えば、同性から見ても整った容姿をしている数馬だが、そんな彼の息も絶え絶えな表情というのは中々にシュールなものであった。

 

(そのくせ、駅について後は家まで帰るだけって段になると一気にシャンとするからなー)

 

 良くも悪くも切り替えがしっかりしていると言うべきか。いや、そういう節は元々持っている。特に他人を相手にしている時はそれが顕著だ。おそらくはそういう気質なのだろう。

 

「ま、オレも楽しませてもらったから良いんだけどね」

 

 良い思い出が作れたのは間違いない。また次の機会にも一緒に、今度は弾を交えて三人で行きたいものだ。

そうだ、どうせ今日家に来るのだからその時に話をしてみよう。そんな風にこの後の予定を考えながら、一夏はロードワークに繰り出すために玄関の扉を開けて早朝の外へと駆けて行った。

 

 

 

 後半へ続く。




8/13
 さて、一夏が数馬に連れられて行ったライブ。作中でもちょこっとだけ触れてはいますが、某アイドル作品のものと言えば察しの付く方は察せられることでしょう。
二月後半、SSA、二日間、大雪は回避、これらがヒントワードです。
 話にまるで関係ないことですが、作者はアニメISにおいて四十院神楽の役を演じている声優さんを強く推しています。件のライブにて、初日にアリーナ席でそのお方が間近で歌っているのを見た時は、コスチュームの一環としてのメガネも相まってもはや発狂状態でした。良いですよね、声優さんのイベントって。本作の読者の方々の中にはアニメISのイベントにも行かれた方がいるものと思うところですが、推しの方は異なれどそうした点で考えが通じ合えればとも思っています。

 次回はこのまま日常パートを続けます。多分、一夏を始めとしたIS学園主要メンバー組に野郎ズ二人を加えての話になるでしょう。真面目に不真面目な終始のんべんだらりな感じでお送りできればと思っています。

 ところで、実は明日八月十四日を以って本作は掲載二年を迎え、三年目に突入します。
しかしにじファン時代を考えれば、更に一年と数カ月は加わります。
こちらで新規に読み始めたという方は二年間、にじファン時代からと言う方は三年と数カ月もの間、ご愛顧を頂きましてありがとうございます。何だかんだで下手の横好きでやっている本作ですが、どうにかここまで続けられました。今後も、何とか続けられるよう頑張りますので、改めて今後ともお付き合いのほどをよろしくお願いいたします。

 というわけでして、そんな作者は感想を頂けるとあっさり舞い上がります。
感想、ご意見は随時募集中です。ぜひ、どしどしどうぞ。
 それでは、また次の更新の折に。


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