或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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 えー、前回から一週間というトコですか。本当にびっくりです。こんなに早く仕上げられるなんて。
あんまり希望的観測は持てないのですが、こんなペースが続いたら良いなーと切に思います。


第三十六話 白銀の騎士は黄昏に散り、紅の戦姫は覚醒の雄叫びをあげる

「何故、って言いたい雰囲気だな」

 

 戦慄に固まる騎士に一夏はそれも仕方ないかと思う。

 

「一応ね、オレもお前がどうしようとしたのかは分かったよ。いや、本当にオレは馬鹿だったねぇ。改めて顧みてみると、もう笑っちゃうよ」

 

 沈黙を続ける騎士に構わず一夏は言葉を続ける。

 

「本当に、オレは馬鹿だったよ。変に難しく考えすぎてさ、それで自分を雁字搦めに縛って。――認めたら良かったのかもしれない、自分の弱さを。けど、できなかった。だから変にこじらせた」

「まさか、本当に自力で……」

 

 時間の経過で落ち着かせるのではなく、自分自身で意思を、心を改めて築き直したのか。そう問うような騎士に一夏は頷く。

 

「確かに、オレは取り返しのつかないことをしてしまった。それから逃げるつもりはない。それでオレを恨む奴がいるなら、恨みの罵詈雑言は幾らでも受け止める。批判されようが嫌われようが、全部真っ向受け止めるよ。

それでもオレは武が好きなんだよ。愛してると言っても良いね。だからこそ真摯でありたいし、例えとんでもないことにしても、オレの武の一部である以上は死ぬまで付き合う。三年前の、あの名前も知らない五人もそうさ。彼らのことをオレは何も知らない。きっと知ることはできないかもしれない。

けど、オレは忘れずにずっと覚えて、向き合うつもりだよ。あいつらの存在は、オレにとって大きな意味を持っている」

 

 真っ直ぐに騎士を見つめてながら語る一夏の表情には一切の陰りが無い。

敗れる直前の弱々しさは完全に消え失せ、堂々とした佇まいでその場に立っている。あたりは明かりも何もない黒に覆われているというのに、騎士の目には一夏の姿がはっきりと見える。まるで、彼自身が光源として燦然と輝いているかのごとくに。

 

「改めて言おうか。織斑一夏――完全復活だ」

 

 ここに一夏は自身の再臨を宣言する。その姿に一瞬騎士は気圧された。厳然たる事実として言える。復活を遂げた一夏は心を砕かれる前、この空間において目を覚ましてしばらくの、前の時以上の存在感を放っていた。

見た目に変化があったわけではない。というよりも見た目はまるで変わっていない。だがそう錯覚させる程に纏う雰囲気が違う。凛然と澄み渡り、肌を刺すような冷たさと痺れさせる様な圧力を放っている。決して邪な気配ではない。だが思わず警戒を取らせる程に力強さを持っている。

 

「……驚きました」

 

 それは騎士の嘘偽りない素直な感想だ。

 

「私は、時の流れが貴方を自然に癒すことを想定していた。ですが、貴方は自分自身で己を持ち直した」

「そう難しい話でもないさ。ただ、今一度自分というのを見つめ直しただけだよ」

「己を、ですか」

「そう。そして気付いたのさ。まぁ色々あったし、これからも色々あるのだろうけど、オレは武が好きなんだよ。それだけで良いと気付いたのさ。それさえ忘れなければ、オレはどこまでも行ける」

 

 その言葉に騎士は嫌な予感を感じ取る。

 

「このまま行ってどうなるのか、実のところオレにも分からない。けど、例え結果として修羅道の深奥を行くとしても、オレは武と共に在り続けるよ」

「ッッ!」

 

 感じた悪寒は間違いではなかったと騎士は悟った。確かに彼は自分自身を持ち直させた。自分の本当の想いを、どうしたいのかを見つめ直して、より自分自身というものを正しく表せるようにした。だがその結果は騎士にとっては望まざる結果だった。

倒れる前の彼だけではない。今の彼もそうだ。あるいは、本当に彼という存在はそれこそが本質なのかもしれない。同じなのだ。かつて、同胞を呑みこんだ闇に、その同胞のパートナーであった人間に。

 

(そんな、こんな、こんなことが……!!)

 

 俄かには受け入れがたかった。彼ならば或いは彼女と、かつて騎士と共にあった存在と同じ志を持てるかもしれないと思った。共に手を取り合い、真に人のために世界を羽ばたけるかもしれないと思った。だが、そんな望みは今この瞬間に叶わないものとなった。

 

「それが、貴方なのですか」

「そうだ」

 

 縋るように投げ掛けた問いに一夏は一切の迷いなく答える。そして今度は一夏が口を開く。

 

「なぁ、お願いだ。いい加減にオレを起こさせてくれ。そして、これからも一緒にやっていこうじゃないか」

 

 一騎打ちをする前の命令口調とは違う、頼みかけるような声で一夏は騎士に語り掛ける。その言葉を騎士は俯きながら聞いていた。

今度は一夏も答えを急いたりはしなかった。静かに、騎士の返答を待ち続ける。

 

「――できません」

「……」

 

 絞り出すような声で騎士は否と答えた。一夏の力になりたい、その意思は変わってはいない。それでも是と答えられなかった。

 

「このままでは、貴方はいずれ戦いに囚われてしまう。そこから抜け出せなくなってしまう。それは、私たちだけではない。未だ世界に散らばる同胞たちも何らかの形で巻き込むかもしれない。そんなこと――私は嫌だ!」

 

 はっきりと強い声で騎士は己の意思を告げる。

 

「どうかご理解ください! 確かに今の私たちは戦いのための剣として、盾として、鎧としてその多くが使われている! ですが、それだけが我々ではない! かつて母が宇宙(ソラ)の果てまでと思い私たちを作ったように、私たちの望みは人の未来です! それは、戦いだけではない。私たちの力は人に多くを齎せる。人の、可能性を私たちの名が示すように無限に広げられる!」

「そうか。それが、お前の意思なのか」

 

 怒るでも失望するでもなく、ただそうかと一夏は静かに頷く。

 

「ありがとう」

 

 続いて彼が発したのは騎士にとっても予想外の感謝の言葉だった。

 

「それがお前の本音なんだろう? 言ってくれて、うん。嬉しいよ。お前がどう考えているのか、聞けて良かった。意思疎通は大事だからな」

「ならば! ならば、お願いです。今の貴方の立場は承知しています! ですが、どうか戦いに囚われないで下さい! それは、私が望むことではない!」

 

 騎士の懇願に一夏は黙ったまま目を閉じる。そのまま何かを考え込むかのようにそのままの状態を続け、やがて再びゆっくりと目を開いた。

 

「すまないな。――残念だよ」

「そんな……」

 

 気づけばいつの間にか一夏の手には刀が握られている。ちょうどそれは、先のやり取りを立場を逆にして再びやり直したかのようだった。

 

「本当に残念だよ。オレは、きっとお前とは相容れない。そして、そうなるともう選択肢はこれしかない。悪いけど、力づくでいかせてもらうよ」

「それしか、ないのですか……」

 

 悔しさを声に滲ませながらも騎士もまた剣を取る。

 

「オレも、残念だとは思うよ。けど、もうどうにもならないらしい。そしてこれも本当に残念だが、オレの前に立ち塞がるなら仕方ない。斬る」

 

 静かに、一夏は騎士の必殺を宣言する。

 

「以前の五人のことがあったから、なんて軽々しく言うつもりはないけど、それでもあのことが影響しているのは事実だね。やろうと思えば、やれるよ。来い、その意思に、技に、オレは大真面目に迎え撃たせて貰うよ。そして、愛すべきオレの武の一つとして、この内に刻み込む」

「――できるのであればご随意に。ですが……それでも私は貴方を諌める!!」

 

 爆ぜるように駆けた騎士は一息で一夏との距離を詰めて間合いに捉える。振りかぶった剣を一夏に振り下ろし、そして表情を強張らせた。

 

(何故、構えない!?)

 

 一夏は一切の防御も回避もしようとはしなかった。刀こそ持っているも、手は下向けて垂れ下がっており、構えらしきものは一切取っていない。それこそ斬って下さいと言わんばかりに無防備だ。

その姿に不審を覚えつつ、それでも騎士は剣を振りぬいた。

 

「なっ!?」

 

 先ほどとは別の驚きが騎士の思考を支配する。間違いなく騎士が振り下ろした剣は一夏の胴を肩から裂いていたはずなのだ。だが一切の手応えが無かった。

 

「くっ!」

 

 困惑を残しつつも騎士は連続で一夏に切り掛かる。そして幾度と攻める内にようやく気付いた。間違いなく当たっていて良いはずなのに、まるで幻を斬ったかのように手応えはなく一夏は健在のまま。

十を超えた斬りかかりでようやくその絡繰りに気づいた。言葉にしてみれば至極単純、一夏は騎士の剣を見切って紙一重で、最小限の胴さで回避をしていた。あまりに動きがなかったために、かわされたことに気付かず幻を相手にしているような錯覚を抱かされていたのだ。

 回避の最中、一夏が半歩だけ右足を前に出す。軽く右半身を晒した姿に、騎士はその右肩を狙って剣を突き出す。

 

「うっ!?」

 

 突き出した剣はまたもすり抜けるようにかわされる。だが今度はまた違った感触だった。剣を突き出したのだから、それを操る体が前方に向かうのは自然なことだが、その動きが途中から騎士の意思を介さないものになっているような感覚があった。

まるで一夏を中心に不可視の流れが生じ、その流れに巻き込まれ逆らえないように、吸い込まれるように騎士の体が一夏の傍へと寄っていく。そして騎士の体が一夏の脇を通り抜けた直後、勢いの乗った回転と共に放たれた一夏の肘打ちが騎士の後頭部を直撃する。

 

「ぐぁっ!!」

 

 頭から前方に吹っ飛ばされた騎士はそのまま転がり、転がりながらも何とか体勢を整えようとして一夏の方を向き直る。

一夏は追撃を仕掛けるでもなく、肘打ちを見舞った位置から殆ど動かずに騎士を見ていた。その立ち姿があくまで自然体であることが、余計に騎士の不安を煽る。

 

「う~ん」

 

 だが一夏も一夏で、唸りながら自分の手を握ったり開いたり、あるいは軽く振ったりして、まるでコンディションを確かめているかのような動きをしている。

 

「貴方の、その動きは……」

 

 騎士はISとしてはかなり古い部類、言うなれば年長者としての存在だ。生み出されてから今に至るまで、ISとして多くの経験を知識として積んできた。

当然、その中には自分たちISを纏って戦う人間たちのことも含まれている。そして、一夏のように格闘戦を主体とする者には既存の武術体系を取り入れる者も少なく無く、騎士も全容とまでは行かずともそれなりの知識は蓄えていた。

一夏はIS乗り以前に武術家として自己を定めている人間だ。彼自身が公言するように、その戦法の多くは何かしらの武術を参考としている。だが、こんな動きは騎士は知らない。騎士の知識には一片たりとも存在しない。故に、一体何なのかという疑念が沸く。

 

「これかい? オレの取って置きの一つだよ。そんなに使った覚えは無いし、いやこれがオレ自身驚いてるのだけど、今までにないレベルの精度で使えるんだよ」

 

 元々師から取って置きとして伝授されたこの技法は、相手の動きの先読みと薄皮一枚レベルでの攻撃の察知、その鋭敏化によって必要最小限の動きで相手の攻撃をかわし、こちらの疲労を抑えつつ相手に色々と錯覚やら精神的揺さぶりやらをかけるというものだ。

使うこと自体は前々からできたし、IS学園入学以降も近接戦闘では何度か使ったが、今とは感覚が違う。以前のような先読み、見切りからのギリギリでの回避とマニュアルな運用に対し、今は自然と相手の動きが感覚的に捉えられ、自分でどうこう動こうとはせずとも必要な動きができるオートマチックな運用に変わっている。

なまじ自分のことだけあって、その変化は一夏自身がもっとも感じており、この突然の変化に彼もまた驚きを隠せずにいた。

 

「まぁコレに限らずなんだけどね、不思議と体が軽い気がするよ。色々、縛ってたのが無くなったからかな」

 

 悪い気はしていないのか、穏やかな顔で自分の手を見ながら一夏は言う。そして、再び表情を引き締め直すと再度騎士を見る。

 

「さてと、あまり時間を掛けすぎるのも問題だよな。正直なところ、負ける気がしないんだ」

 

 そう、まさしくその通り。明確な根拠を提示しろと言われたらそれはそれで返答に困るのだが、それでも勝つという揺らぎない自身が全身から湧き上がってくるのを一夏は感じていた。故に

 

「そろそろ終わりにしよう」

 

 まるでコンビニに行くことを思いついたような呑気さを含んだ、至極自然な声で騎士の打倒を宣言した。

 

 騎士が一夏に仕掛けた時と同じように、一夏もまた一息で騎士との間合いを詰める。既に刀は鞘から抜かれ、切っ先が騎士に狙いを定めている。

ヒュンという鋭い風切り音と共に刀が突き出され騎士の首を狙って向かって来るも、騎士は立てた剣の腹で刀を受け流しやり過ごそうとする。

逆に騎士の剣が一夏の懐を狙える形になり、その隙を突こうとするも、既に一夏は次の手に移っていた。突き出した刀の柄を逆手に持ち替え、騎士の剣に刀身を押し付けて軸とするようにグルリと切っ先の向きを真逆にする。その流れに合わせて更に踏み込んだ一夏はスルリと騎士の懐に入り込み、震脚を効かせながら肘打ちを騎士の胸部に当てる。

 

「ガハッ!」

 

 仰け反りたたらを踏む騎士に一夏は更に追撃を掛ける。逆手に持ったままの柄で騎士の顎を叩き、引いた腕を戻す勢いで飛び膝蹴りを腹に当てる。

再び転げる騎士に一夏は近づき、騎士は倒れながらも一夏の足目がけて横薙ぎに剣を振る。それを一夏は直前に一歩引いただけで間合いから逃れ、更には空振りに終わるはずだった一閃を、上から右足を振るわれる最中の剣の腹に踏みつけるように落とす。甲高い金属音を立てて剣は地に抑えつけられる。

 

「別に、オレはお前が嫌いじゃないよ。ただ、終わらせる前に言っておきたいことはある」

 

 ゆっくりと、剣から足をどかしながら一夏が語り掛ける。剣を引き戻し、それを支えに立ち上がりながら騎士は一夏の言葉の続きを待つ。

 

「さっきも言ったけど、オレもお前が何を望んでいるのかは理解したんだよ。極めて単純に言えば人助け、そうだろ?」

「はい……」

 

 確認するような一夏に騎士は肯定で答える。その反応に一夏はどこか遠くを見るような目をしてあたりを見渡す。いつの間にか漆黒は消え去り、また元通りの夕暮れの砂浜が広がっている。

一夏の視線に合わせて騎士もまた辺りを見渡す。何も変わってはいない。だが、違和感を感じる。そしてそれは一夏を見てすぐに気づいた。空間を照らす唯一の光源、金色に輝く夕日は、まるで一夏を照らすかのように輝いていた。それはさながら、この世界の中心が彼に移ったかのようだ。

だがそのことに気付いていないのか、あるいは興味が無いのか、再び騎士をまっすぐ見て一夏は言葉を再開する。

 

「別に、オレもそれは否定しないよ。むしろ賛成すると言っても良い。例えばの話、本気でISの技術開発を、そうだな。災害の時の救助だとか、危険な場所での活動だとか、そういう方向に傾けて全力でやるっていう奴がいるなら、オレはそいつを素直に尊敬するし、応援もする。あぁ、それだってISの、引いては人の可能性なんだしさ」

「ならば、それが分かっていながら何故……」

「言ったろう? 可能性だって。よくよく考えれば凄く簡単で、それこそ小学生だって分かることだけどさ、可能性はそれだけじゃない。色々と先があるから、きっと可能性なんだろうな。良いことに使うのも可能性、逆のことにしても可能性。簡単な話だよ。単にオレは、『武』で以ってISの、人の、早い話がオレ自身の可能性を追求したいだけさ」

 

 その言葉で騎士は一夏の意思を悟る。同時に理解もする。一夏は騎士の想い、願いを理解しているし、賛同もしている。だがそれは一夏個人にとっては別の問題であり、理解賛同をしてもあくまで一夏個人は別の方向を進むということ。なまじ理解していながら別の道を選んだだけに、一夏は決して騎士が望む存在にはならない。ここへきてようやく、その現実を理解させられた。

 

「別にオレだって人助けは吝かじゃないよ。知るかボケで見捨てることだって多々あるけど、それは大抵相手がしょうもない奴の場合だし。助力を必要とされて、そこに本当にオレの力が必要でオレもオレの判断機銃によるけど有意義だと思ったなら手を貸す。だけど、オレの本道はあくまで『武』だ。そのためなら、修羅になることだって受け入れる」

「……」

 

 一夏と騎士、双方の間に存在する意思の隔絶、それを実感してか騎士は項垂れる。それを見て一夏は僅かに目を細め、そして小さくため息を吐いた。

 

「だが、言っておきたいことはまだある」

「っ」

 

 反射的に騎士は頭を上げた。一夏の口調がガラリと変わっていた。果し合いの最中に似合わない穏やか含んでいた先ほどまでから一転、非情を感じさせる冷たいものへと変容していた。

そしてそれは眼差しも同じ。僅かに眉尻は上がり、険しい顔つきで一夏は騎士を見据えていた。

 

「あぁ、これだけは物申して置きたいんだよ。武人とかそういうのじゃなくて、単純にオレ個人が認められないこと。そして、確実に世界中に同じことを思うやつがいることだ」

 

 それは何なのか、騎士が問おうとするより早く一夏が言う。

 

「お前、一体何様だ?」

 

 冷たさに加えて、怒気も含んだ問いだった。

 

「さっきも言ったけど、オレはお前の望みが間違っているとは言わない。いや、世のため人のためという点を考えれば正しいこと、良いことだっていうのは十分理解している。だけど、だからと言ってそれをオレに、人間(オレたち)に押しつけがましく言うのはどうかと思うんだよ」

「押し、つけ……?」

 

 それはどういうことか、自分たちは本当に人のことを考えている。人の力になりたい。その想いに嘘偽りはない。それが押しつけとは何故――

 

「もしかしたら他の奴は別の受け取り方をするかもしれない。逆にお前に全面賛成して、本気でお前と、お前たちと手を取り合っていこうとするやつもいるかもしれない。だけどオレは違う。

良いか、何をどうするか。お前たちISに関わって、ISでどうするか、それはオレがオレで決めることだ。お前たちにどうこう言われる筋合いは無い。確かにお前たちが示す道は悪くないものなんだろうよ。だが最終決定をするのはオレだ。例えその結果がロクなものじゃなかったとしても、それはオレの選択だ。全部オレが背負う。オレのものだ」

 

 だからお前たちは口出しをするなと、そう一夏は言う。

 

「この方が良いからこっちにしろと」

 

 言いながら一夏は騎士の下へ歩み寄っていく。

 

「しつこく、何度もこっちの気なんてお構いなしに」

 

 徐々に距離が縮まっていく。騎士は動かない。動けなかった。

 

「例え意思を、心を持っていようとお前たちISはあくまで道具だろう。道具風情がさも指導者ぶって人を騙るな、導こうだなんてするな」

 

 騎士の目の前に立った一夏が冷然と見下ろす。

 

「頭が高いんだよ」

 

 瞬間、騎士は反射的に後退をしようとした。それに合わせて一夏が小さく身を動かす。仕掛けてくると感じた直後、騎士の視界が揺らいだ。

 

「え?」

 

 呆けたような声が騎士の口から洩れる。いつの間にか騎士は足をもつれさせその場に尻餅をついていた。

 

「ふん」

 

 呆然とする騎士の姿に一夏は不遜に鼻を鳴らす。騎士が動き出した瞬間、一夏は動きでの牽制を行うことによって騎士に反射的に反応をさせていた。だがそのために騎士は無理な重心の移動を強いられ、結果としてそれが転倒に及んだというのがこの絡繰りだ。

 

(あんまりできたことなかったけど、本当に驚きだな)

 

 言うなればフェイントをかける技の、その応用系であるこの足崩しだがそこまで成功率が高くなかっただけに、あっさりと上手くいったこの状況に表情にこそ出さないが、一夏も内心では軽く驚いていた。

だがそれはまた別の機会に考えれば良い。今は、他にすべきことがある。

 騎士が剣を取って立ち上がろうとする。だが一夏は刀を振って騎士の手から剣を弾き飛ばし、切っ先を騎士の胸に突きつける。

 

「これで詰みだ」

 

 まだ可能性のある王手(チェック)ではない、完全に勝敗の決まった詰み(チェックメイト)を一夏は宣言する。

そんな一夏の顔を騎士はしばし見つめ、やがて力なく肩を落とした。

 

「無念です……」

 

 その一言にどれほどの想いが込められていたのか、一夏も察して何も言わない。

 

「くどいと言われることは百も承知。ですが、それでも私は貴方に別の道を志して欲しかった。貴方の選んだ道は、いずれは貴方から救いを奪うかもしれない」

「別に救われたいと思ったことは無いさ。ただ、オレは極みに至りたいだけだよ。それに、お前の望みもオレ以外の他の誰かが実践するかもしれない。別に間違ってはいないし、良いことではあるんだ。そうしようとする奴は、案外多くいるんじゃないのか。ただ、お前はもう少し謙虚に行くべきだったんだろうな」

「確かに、それでもしも貴方が私の言葉を受け入れてくれたのなら、それが正しかったのでしょう。ですが、既に手遅れな話。――どうぞ、私の処断はご随意に。私はあくまで貴方に従います」

「なら、覚悟はいいな」

 

 えぇ、と騎士は頷く。その表情は訪れるだろう自分の結末を受け入れ、納得した穏やかなものだった。

チャキリと音を立てながら一夏は突きつけた刃を水平にする。そして柄を握る手に小さく力を込める。

 

「さらばだ。短い間だったけど、お前との時間は有意義だったよ。敬意と、感謝を。お前の心、技、すべてオレの記憶に、この身に、終生刻み続けることを約束する」

 

 そして一夏は刀を振るう。夕焼けに照らされた砂浜に小さな影が一つ舞い、やがて崩れ落ちた大きな影と地に落ちた小さな影、二つの影が消え失せた。

 

「……」

 

 一夏は眼前を、既に何も居なくなった空間をじっと見続ける。そんな一夏の背後に、ゆっくりと少女が歩み寄ってくる。

 

「お前はどうする」

 

 一夏は問う。言葉こそ短いが、一夏が何を言わんとしているのかを察するのは少女には容易いことだった。その返答の如何によっては騎士の後を追うことになるだろう。

決してそれを恐れたわけではない。だが少女は小さく首を横に振った。一夏はそうか、とだけ答えるそれ以上何も言わなかった。少女が何を思ってその選択をしたのか、全く気にならないわけではない。だが、多くのことを思った末に何らかの覚悟をしての決断だったのだろう。それを根掘り葉掘り詮索する気は起きなかった。

 

「……」

「……?」

 

 依然沈黙を保ったまま騎士が居た場所を見続ける一夏に少女は首を傾げ、一夏の横に立ちその表情を伺う。

 

「あ……」

 

 思わず声を漏らしていた。一夏の目は見開かれながら前を凝視し続け、結ばれた唇は僅かに震えている。見れば刀を握っていない左手も小刻みに震えている。明らかに何かを堪えている姿だった。

 

「大丈夫だ。何とも、ない」

 

 例え現実に肉体を持たない意思だけの存在と言えども命は命だ。それを今度こそ自分の確たる意思で奪った。どれだけ腹を括っていてもいざ行い、その事実に直面することは一夏に相応の精神面でのプレッシャーを掛けていた。

 

「オレは、全部受け止める」

 

 だが泣き言を言うことは、逃げることは他ならぬ一夏自身が許さない。全てを受け入れ、認め、己の糧とすると決めたのだ。

 

「けど、重いな。あぁ、重い。これは忘れちゃいけない重さだよ。きっと、いつかこんなことにはならなくなるかもしれない。だけど、この重さを忘れることだけはあっちゃいけないんだ。例え兇気を受け入れても」

 

 自分自身に戒めるように一夏は呟く。そしてある程度は落ち着いたのか大きく息を吐くと、改めて少女の方に向き直る。

 

「すまないな」

「行くの?」

 

 既に一夏がここに留まる理由は無くなった。ならばあとは目覚め、福音を倒すのみ。そうするのかと少女は問う。

だが一夏は意外にも首を横に振った。

 

「いいや、考えが変わった」

 

 言って一夏はパチンと指を鳴らす。何となくだが、できるような気がした。そしてその通りになった。再度夕暮れの海岸は消え去り、四方に福音と戦う学友たちの姿が映し出される。

 

「これ、原理は何なのかね。もしかして、ISが見ている光景をコアネット経由で見てるのかな。――いや、それは今は良いか。このまま見続けることにするよ」

 

 いつの間にか一夏と隣に立つ少女のすぐ後ろに、それぞれの背丈に合わせた大きさの椅子が存在している。自身の椅子に静かに座ると、まるで映画鑑賞でもするかのように戦いの様子を見続ける。

 

「福音は、少なくともオレの浅い経験が根拠だけど、今までにない強敵だ。現にオレは敗れた。けど、そのおかげで今こうしている。もしかしたらだけど、福音と戦うことで皆にも何か変わることがあるかもしれない。強敵との戦いや窮地が成長を促すなんてよくある話だ。オレは、それを見てみたい」

 

 ただ現在の戦況を見る分には専用機チームの方が有利な状況を安定して継続している。このまま何事もなく終わるのか、それとも更に一波乱あるのか。どちらに転んでもそれはそれで良いと思う。

 

(さて、見せて貰おうか)

 

 だが最終的には勝って欲しい。だから頑張れと、一夏は心の内で友人たちに応援の言葉を贈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「山嵐、斉射開始」

 

 静かに発せられた言葉と共に、格納ポッドから数十にも達する数のミサイルが福音目がけて向かっていく。

 

(戦況は……悪くない)

 

 打鉄弐式が立体モニターに表示する状況を確認しながら簪は自陣の優位を確認する。

この分であればわざわざ武装の搭載数を削ってまで積んできた新装備も衆目に晒す必要はないかもしれない。

 

「ボーデヴィッヒさん、オルコットさんに連射の指示を。それで福音の動きを妨げて。そうすれば私の山嵐も幾らかは当たる」

「了解だ! オルコット――」

 

 ラウラの指示を受けてセシリアがスターライトを連射する。セシリアと福音、両者の距離にはだいぶ開きがあったが、ブルー・ティアーズが現在装備している高機動パッケージに合わせてのカスタムによってスターライトは威力、有効射程を増大、距離による威力減衰などの問題を克服して福音を狙い撃つことができた。

だが連続して放たれた青い光弾はその悉くが当たらずに終わる。双方共に高速で動きまわっていることもあるが、別にセシリアは意に介した様子を見せていない。そもそも当てることが目的ではなかった。

 光弾の回避によって福音は一時的にその動きを阻まれる。直後、そこへ銀の鐘(シルバーベル)による迎撃を免れた、簪が放ったミサイルの残りが殺到する。

ほぼ四方を囲むような形で迫ってくるミサイルに福音の対応は間に合わず、叩き込まれたミサイルの爆発に呑みこまれる結果となる。

 

「オラもういっちょ行くわよ!!」

「この程度で満足してもらっちゃ困るよ!」

 

 勇ましさを伴った声と共に鈴とシャルロットが追撃を掛ける。

爆炎の中から福音が飛び出した様子は無い。つまり、福音は依然としてミサイルの着弾位置に居るということだ。それさえ分かれば狙いもすぐにつけられる。

 甲龍の両肩、衝撃砲のユニットが開き二発同時発射の砲弾を連続で叩き込む。本来は不可視がウリの衝撃砲だが、現在甲龍に搭載された火力の底上げを図ったパッケージにより、不可視を捨て威力を上げた衝撃砲が火球となって福音の下へ殺到する。

そして衝撃砲と同時にシャルロットが放ったのが両手による二丁持ちのグレネードだ。発射時の反動は半ば力技で強引に抑え込み、打てる限りの榴弾を福音目がけて叩き込む。

 

 多数のミサイルに加えて火力を重視した武装による集中砲火を受けたことで、福音が居るだろうと目される位置には更に爆炎が起こる。

そして福音がその中心から出てこないのを確認しつつ、一同は取り囲むようにして様子を見守る。

 

「見えた!」

 

 徐々に煙が晴れていく中、真っ先に福音を確認したラウラが声を張り上げる。

 

「生憎、加減はしませんわ」

 

 険しい声でセシリアが言うと共に、チャージを終えたスターライトの砲撃が福音に直撃する。

一瞬の隙を突かれたことで集中砲火を受けた直後の福音にそれをかわすことはできず、掠めただけでもISのシールドを大きく削る光条が福音を呑みこむ。

 

「箒! 決めてやんなさい!!」

「心得たッッ!!」

 

 完全に満身創痍となった福音に止めの一撃を刺すべく、鈴が箒に向けて声を張り上げる。

それを受けた箒は上空から福音目がけて急降下、手にした二刀で福音の両翼をすれ違いざまに切り落とす。

 

「Ga! Keyy……!!」

 

 断末魔にような、うめき声とも聞こえる電子音と共に福音は切り落とされた翼諸共海へと落ちていく。そして水柱を立てて海面に叩きつけられた福音を見て、そこでようやく全員が安堵の息を吐いた。

 

「終わった、か……」

 

 静かに箒が呟く。おそらく、この場の誰よりも決着に安堵しているのは彼女だろう。

無論、福音をしかと討ち取ったことに諸々思うことはあるが、それ以上に今は無事に終わってよかったという気持ちが先行していた。

 

「よし、すぐに福音および搭乗者の回収を行うぞ。最低限の保護機構は働いているだろうが、このままというのも良くない」

 

 海中に没した福音と搭乗者の迅速な回収をラウラが指示する。当然ながら異論を挟む余地は存在しないため、一同が福音の着水ポイントを中心に周辺を捜索しようと海面に寄ろうとしたその瞬間だった。

突如、轟音と共に海面が大きく爆ぜた。

 

「っ!? 下がって! 海中に高エネルギー反応!!」

 

 珍しく声を大にした簪に、只ならぬ自体が起きていることを察して一同が一斉に海面から距離を取る。

 

「な、なんなのよ……?」

 

 眼下の光景に戸惑いを隠しきれない声が鈴の口から洩れる。

海面から巨大な柱のように水蒸気が立ち上り、更にその発生地点にまるで渦のように周辺の海水が吸い込まれていく。

更に目を凝らして見れば水蒸気の根本、その中心部にドーム状の発光体があるのが見える。

 

「まさか、福音ですの……?」

 

 わずかに見えた人影のようなシルエットにセシリアがその正体に当たりをつける。

 

「エネルギー量が多すぎて、周りの海水を蒸発させているんだ」

 

 太古から存在し続ける巨木のごとき水蒸気の柱、それを発生させる熱量を福音が単機で放っていることにシャルロットが戦慄を露わにする。

そしてシルエットに変化が訪れる。まず最初に、シルエットを覆う光の膜が消えた。両翼を失い、ただの人型に戻っていた福音だが、その背にまるで蝶の羽化のように羽が、それも明らかに熱量を持ったエネルギー体で構成されていると分かる輝く羽が伸びていく。

 明らかな形態の変化、更にはただの機械相手だというのに感じる強大な圧力(プレッシャー)、それが何なのかをこの場の全員が程度に差はあれど知識として知っていた。

特に箒を除く五人は母国の候補生としてそれを為した機体を見たこともあった。だが、それが起こる瞬間は初めて見る。

 

二次移行(セカンド・シフト)……!」

 

 ラウラが最大級の警戒を孕んだ声でその事象の名を口にした。

 

 

 

 

 

「馬鹿な! 再起動の上に二次移行だと!?」

 

 旅館内の指揮室も現場同様に緊迫に覆われていた。箒の最後の一撃によって福音が海中に没し、その沈黙を確認したことで指揮室内にも安堵の空気が流れていたのだが、突如として室内のモニターが一斉に警報を鳴らし、そして現在に至る。

二次移行自体は決して特別なことではない。十分な経験と技量を積んだ乗り手の、長くその相方を務めた専用機としてのISならば十分に起こりうることだ。現にかつての千冬の愛機である暮桜も二次移行を果たしていたし、千冬に並び古豪として知られる乗り手達の愛機もまた、その多くが二次移行を果たしていた。

 だが今ばかりは状況が違う。そもそも撃墜され、最低限の搭乗者の保護機能を残してほぼ完全に沈黙をしたはずなのに、そこからシステムを纏めて再起動させて挙句二次移行を行うなど、そんな事例は聞いたことがない。

 

「山田先生! 通信は!?」

「ダメです! 依然繋がりません!!」

 

 声を大にしながら真耶に問うも、返ってきた答えは無情であった。

 

「クソッ! 無事に戻れよ……!」

 

 この場の自分たちにはただ見守ることしかできない。その歯痒さを痛感しながら、千冬はただ教え子たちが無事に戻ることを願っていた。

 

 

 

 

 

 

「これが、二次移行……!」

 

 面々の中では最もISに携わっている経験の浅い箒が初めて見る二次移行に戦慄を露わにする。

 

「悔しいが、最悪撤退もありうるぞ。できれば、だがな」

「二次移行なんてされちゃあ、ね」

 

 ラウラの言葉に追従するようにシャルロットも言う。それだけの意味を二次移行という現象は持っていた。

理由は至極単純だ。ただシンプルに強い、それだけだ。基本的に二次移行を発生させるのは個人用にチューンされた専用機というのが原則とされている。

当然ながら専用機として調整されたISは他の大勢で乗り回す一般機に比べて高めの性能を持っているのが常だ。その機体性能が更に上がる。そしてその乗り手もまた、熟練と言える実力者であるのが常。優れた機体と乗り手、この組み合わせが如何ほどのものかは想像に難くない。

 

「なまじ暴走しているだけに手が付けられない……」

「全くもってエレガントではないですわね」

 

 簪とセシリアがたまらず文句を口にする。

 

「ハハッ、あたしちょっとだけブルって来たわ」

 

 眼前の脅威を前に流石の鈴もとことん勝気ではいられない。

 

「いずれにせよ、二次移行をしたからと言ってすぐに撤退もできん。やれる限りは、やるぞ」

 

 ガシャリと重い音を立てながらラウラは追加パッケージ「ブリッツ」の主兵装とも言える二門のレールカノンを福音に向ける。それを皮切りに他の五人も各々の武器を構える。

そうして遂に光の膜が消え去り、完全に形態移行を果たした福音が再び宙に舞い踊った。

 

「交戦開始!」

 

 その言葉と共にラウラがレールカノンを福音目がけ撃ち、同時にセシリアがスターライトを、鈴が衝撃砲を撃ち、散るようにして散会した他の三人に続いて移動を試みる。

三方向から放たれた砲撃だが、発射と同時に福音は身を捻る様にしてポジションを変えて砲撃をかわす。明らかにキレが増している動きに全員が揃って眉を顰める。

 

「ラウラッ!」

 

 シャルロットの声が響く。福音が真っ先に狙ったのはパッケージの影響によりこの中で最も機動性が欠けているシュヴァルツェア・レーゲン、ラウラだった。

当然ラウラも距離を取ろうとするが、二次移行を果たした福音は単純な速力も向上しており、一気にラウラとの距離を詰めていく。

 

「このっ!」

 

 元々はラウラのガード役を買って出ていたシャルロットが何とか両者の間に割り込み福音を遮ろうとする。

シャルロットのラファールに搭載されたパッケージ「ガーデン・カーテン」は防御力に重きを置いた装備だ。形態移行前の戦闘も、これのおかげで損耗は軽微に抑えられた。今の福音の攻撃力が先以上であることは想像に難くないが、それでも耐えしのぐ自信がシャルロットにはあった。

 

「え?」

 

 福音がシャルロットの眼前まで迫った瞬間、唐突に福音は光を両翼を大きく羽ばたかせる。エネルギー体で構成されている故か、切り落とされた元の翼以上の大きさを持った光翼は一瞬シャルロットの視界を遮り、次の瞬間には眼前から掻き消えていた。

 

「ガッ!?」

 

 直後背中から強烈な衝撃が叩きつけられ、シャルロットは一気に海へと落とされていく。

 

(まさか!)

 

 落ちながらも体勢を取り戻そうとしながらシャルロットは状況を理解した。あの翼が視界を塞いだ一瞬に、福音は素早くシャルロットの背後に移動、一撃を当てたのだ。

 

「やってくれるね!」

 

 軽くカチンと来ながらも、海面スレスレで落下を抑え福音に向き直ったシャルロットは目を見開いた。

阻もうとする仲間たちの砲撃を掻い潜りながら福音が光弾の雨を降らせていた。その一発一発の大きさ、放てる光弾の総数、密度、どれも先ほどの比ではなかった。

そして体勢を立て直したばかりのシャルロットにそれをかわす術は無かった。

 

「キャアアアアア!!」

 

 装備していた盾を構えることもできず、光弾の雨の直撃を受けてシャルロットは大きく吹き飛ばされてたまたま海面から顔を出していた岩柱に激突する。シールドで守られこそしたが、激突の際に頭を強かに打ち付けて意識をふら付かせながら岩にしがみ付くことになる。

 

「おのれ!!」

 

 自分を庇おうとした仲間をやられ、怒りを露わにラウラがレールカノンを放ち、更には六本のワイヤーブレードも織り交ぜる。

怒っていながらも正確さを失わない攻撃ではあったが、福音は難なく砲撃をかわしワイヤーは翼を振るってまるで羽虫を払う様に弾き飛ばす。そうして今度こそラウラとの距離を詰める。

 

「させん!!」

 

 停止の結界、AICに捉えようとラウラは右手を伸ばす。だが福音はそれをスルリとかわしてラウラの背後を取ろうとする。

 

「読んでいたぞ」

 

 直前の激昂が嘘のように静かな声と共に、ラウラは後ろを振り向かずに左腕を背後に伸ばす。先に動いた右手からAICは発動していなかった。

 

「止まれ――!」

 

 左手から放たれたAICが福音を捉え、その動きを停止させる。右手はブラフ、回避され背後に回る。それこそがラウラの狙いだった。例え背後に回れようが、予め分かっていれば対処は容易い。そしてラウラの狙い通りに福音はラウラの後ろを取り、結果として待ち構えていた本命のAICに捕われることになったのだ。

 

「今の内だ! 攻撃を――」

 

 首だけを動かして振り向きながら言いかけてラウラは目を見開いた。何故、という呟きが漏れる。

確かに福音の動きは停止させた。現に今も福音はラウラの背後で動きを止められ留まっている。手足も動かせない状況だ。だが、その背の両翼だけは違う。

バチバチと、AICの力場と干渉し合い弾くように火花を散らしながら確かに動いていた。

 

(オルコットのライフルのような光学兵装はAICで止めにくい。まさか奴の翼も同じということか!)

 

「ボーデヴィッヒさん! AICの解除を! 離れて!」

 

 セシリアの声がラウラに撤退を促す。だが――

 

「できん! 私に構うな! 早く奴を撃て!!」

 

 ここでAICを解除すれば福音を拘束から解き放つことになる。それだけはできない。動きを止めている今こそがチャンスなのだ。

このままやられても構わない。それで福音を倒せるならば、コストとしては十分に安い方だ。故にラウラは福音を止め続けることを選択した。

 

「すぐに拾ってやるからね!」

「ごめん……!」

「感謝を!」

「すまない!」

 

 ラウラの覚悟を汲み取り、四者四様の攻撃を放つ。青い光弾が、火球が、ミサイル群が、紅の光刃が福音目がけて殺到する。どれも福音のみを狙っているが、着弾による爆発などはラウラも巻き込むだろう。だがそれをラウラは咎めない。そしてそのラウラの覚悟を理解したからこそ、四人も攻撃に加減は加えなかった。

 

「間に合えよっ……!」

 

 意識の集中を強めてラウラは何としてでも福音を抑えようとする。だが奮闘空しく攻撃が達する直前で遂に福音の両翼が完全に束縛から解放され、迫る攻撃を薙ぎ払うように振るわれる。そして福音とラウラを包むように爆炎が広がった。

 

「ボーデヴィッヒさん!!」

 

 爆炎の中から、福音の攻撃を受けたのだろうラウラが力なく落ちていく姿にセシリアが悲痛な声を上げる。

 

「仇を――!」

 

 福音を睨みつけながらセシリアがスターライトの狙いを定め、すぐ傍で簪も再度ミサイルのロックを定める。二人に向き直った福音はピンと両翼を伸ばし広げる。一瞬、輝きが増したように見えたその瞬間、爆音と共に福音は一気にセシリアと簪を間合いに捉えるほどに接近していた。

 

「なっ!」

「瞬時加速!?」

 

 一瞬にして間近に迫った福音にセシリアと簪は揃って瞠目し、すぐにその原因を看破する。だが速過ぎる。開示されたスペックデータにある両手足にそれぞれ備えられたブースターだけでこれ程の速さは出せない。では何が。

 

「その翼……!」

「そういうこと……!」

 

 おそらくは両翼からも推力を発射し、加速を劇的に高めたのだろう。簪が見抜き、セシリアもその理屈に歯噛みする。

すぐに距離を取ろうとするも、それより早く動いた福音の翼が供給されるエネルギーを増やしたのか肥大化し、左右それぞれでセシリアと簪を巻き取るように捉える。

 

「キャアアアアア!!」

「ぐぅううう……!」

 

 おそらくは光弾を放つ要領で翼からエネルギーを放出したのだろう。捉えられたセシリアと簪は受けたダメージに苦悶の声を上げ、今まで以上の至近距離からダメージを受けたことによる影響か、ラウラ同様に落ちていく。

 

「貴ッ様ァァァァァアア!!」

「たたっ殺してやるわ!!」

 

 一気に仲間を四人も落とされ、動けるのが自分たちだけとなってしまった箒と鈴が怒声と共に挟み撃ちを仕掛ける。

箒と鈴、共に二刀を扱う二人の計四つの刃が福音に迫るも、それを福音は両翼であっさり受け止める。

 

「ならばッ!」

 

 止められたと分かると同時に箒は下がり、二刀を振って雨月から光弾を、空裂から光刃を放つ。同様に鈴も距離を取り衝撃砲を放つ。

それを福音は時に両翼で弾き、時に精緻な動きでかわして、全てやり過ごす。それでの箒と鈴は止まらない。斬撃と砲撃を織り交ぜてひたすら福音を攻め立てる。

仲間を落とされたことへの怒りもある。だがそれ以上に、こうしていないと持たないのだ。数の利を一気に落とされた以上は、それを手数で以って補わなければならなかった。

 しかしそれも長くは続かない。ただでさえ手を焼いた福音が形態移行をして更に戦闘能力を上げているのだ。僅かに攻撃のリズムがずれた瞬間に、福音は両翼を振るって箒と鈴を一か所にまとめるように弾き飛ばす。

 

「なっ!」

「嘘でしょ……!」

 

 二人から距離を話した福音は、両翼を頭上で円を描くように丸める。そして円の中心部に光が結集した直後、収束して放たれた大量の光弾がまるで光線のように二人に向かい、そして呑みこんだ。

 

 

 

 

「これまで、なのか……!」

 

 海面から少し上の場所でラウラは悔しさを滲ませながら呟く。既に六人全員が深刻なダメージを負い、交戦に支障が出るレベルまで達していた。それを理解しているか、福音は追撃を掛けようとはせずにただ悠然とラウラたちを見下ろしている。

 

「酷い有り様だよ。こんなのじゃあ、満足できないや……」

 

 シャルロットの声は自嘲気味ではあるが、やはりラウラ同様に無念の想いが籠っている。

 

「一度ならず二度までも……! これでは祖国に顔向けできませんわね……」

「さすがに、これは気分が悪い……」

 

 セシリアと簪も不満を露わにする。

 

「ちっくしょう……! ここまでだって言うの……!?」

 

 鈴の声はこの場の全員の心を代弁していた。悔しい、諦めたくない。だが認めざるを得ない。福音に、たった一機の相手に敗北を喫しかけているということを。誰もが、悔しさを隠しきれずにいながらも諦めかけていた。

 

 

「まだ、だ……!」

 

 

 小さく、箒が言った。砲撃を受け、落ちた先の岩礁で箒は二刀を杖としてゆっくりと立ち上がり、福音を睨みつける。

 

「まだ、だ……! まだ終わっていない……!」

「箒、あんた……」

 

 共に落とされたことで近くにいた鈴は箒の表情を見て僅かに表情を険しくした。端的に言えば、不味い。

まだ箒には戦う意思はある。だが同時に、自身の無事を捨てた覚悟までが表れていた。

 

「無茶はやめなさい! アンタまさか――」

「凰、それにみんな」

 

 止めようとする鈴の言葉を遮って、箒は先ほどまでの鬼気迫る表情からはかけ離れた穏やかな声で話し始めた。

 

「私が、奴を抑える。だから、その間にみんなは引いてくれ。何としても、持たせる」

「ふざけたこと言ってんじゃないわよ! アンタそれ! 何!? 一夏の、あのバカの真似!? 冗談じゃないわ! あんなバカはバカにやらせときゃ良いのよ! アンタがする必要はない!」

 

 絶対に止めなければと思った。そうでもしなければ、箒は本当に命を捨てかねない。確かに発破をかけたのは自分だが、こんなことまでは望んでいない。

 

「真似じゃないよ」

 

 そう、鈴の方を見ながら箒は笑って言った。

 

「嬉しかったんだ。こんな私を仲間と言ってくれて、力を貸してくれると、私の力を必要だと、言ってくれたのが。本当に嬉しかったんだ。ずっと、一人だった。けど、学園でみんなに会えて、不器用な私をそれでも友としてくれた。そして、一緒に戦う仲間と認めてくれた。本当に、嬉しかったんだ。だから、私だって、力になりたいんだよ。そのためなら、命だって惜しくは無い」

「箒……」

 

 鈴の声は震えていた。箒の表情は穏やかだが、目には強固なまでの覚悟が宿っている。本当に、箒は命を捨てることすら辞さないつもりなのだ。

 

「だから――みんな行ってくれ!!」

 

 その言葉と共に箒は福音目がけて吶喊する。鈴の制止の声が聞こえるが、聞き入れることはできなかった。

 

「福音! 覚悟ォオオオオオオオオ!!!」

 

 愚直なまでの正面からの特攻。距離を詰めた箒が振るった二刀を、しかし福音はあっさりと両翼で受け止めて逆に弾き飛ばす。そのまま両翼は発光し、光弾を放とうとする。

 

(まだだ! 例え刺し違えてでもッ!)

 

 腹を括り、箒は再度吶喊しようとする。その間にも福音の翼は輝きを増し、光弾の発射準備を整える。

 

「篠ノ之ォ!!」

 

 だが、光弾が放たれる直前、福音の片翼が爆発する。何事かと箒が思わず振り向き下を見た先で、ラウラが発射を終えたレールカノンを構えていた。

 

「篠ノ之さん、下がって」

 

 簪の声に思わず箒は福音と距離を取る。直後、残っていた片翼から放たれた光弾にミサイル群が突っ込み、その過半数を迎撃する。

 

「これならいけるね」

 

 箒に向かって来る残りの光弾を箒の前に割り込んだシャルロットが構えた楯で防ぐ。

 

「ほら! とっとと引く!」

 

 そしてその間に二人の下に寄ってきた鈴が二人を引っ掴むと一気に福音からの距離を引き離す。三人を追撃しようとする福音は、セシリアがスターライトの連射で妨害する。

そして三人は近くの岩場に降り立ち、そこへ残る三人も集まってくる。

 

「全く、無茶するんじゃないわよ」

「流石に今のはどうかと思うぞ」

「いや、しかし……」

 

 鈴とラウラの苦言に反論しようとする箒だが、その肩にポンとシャルロットが手を置く。

 

「あのね、篠ノ之さん。僕らは仲間、この意味分かる?」

「戦うも引くも一緒」

「織斑さんの時は致し方なくですが、仲間を一人置いておめおめと逃げるなど、わたくしには看過できませんわ」

 

 続く簪とセシリアの言葉に箒は僅かに俯く。

 

「そんな……だがしかし、これは私の勝手だ。それにみんなが付き合う必要はない。なのに何で……」

「んじゃあアレよ。あたしも、勝手にやらせてもらうだけだわ」

 

 それなら文句は言えまいと鈴は箒に問い掛けるような視線を向ける。

 

「礼を言うわ。正直、あたしもみんなもちょっとだけ諦めかけてた。けど、一番のペーペーのあんたが根性見せたんなら、あたし達だって泣き言は言ってられないわね」

「巻き込んだ、などと思うな。私たちは、私たちの意思で戦い続けることを決めたのだ」

 

 そう言って鈴とラウラは箒の前に立ち、福音を睨む。その後にセシリアが、シャルロットが、簪が続く。

 

「みんな……」

 

 自身の前に立つ仲間たちの背に、箒は激情が胸の奥底からこみ上げてくるのを感じた。

 

「私は……」

 

 ゆっくりと箒は歩き出す。一歩、一歩と進み、今度は仲間たちの前に立つ。

 

「私は弱いよ。けど、この戦いに勝ちたいんだ。私の仲間を、守りたいんだ。だから――」

 

 箒は祈った。ただの道具頼みの二の舞、そんなことは百も承知だ。しかし、それでも箒は強く思った。

紅椿に応えてくれと。まだ力があるならばそれを貸してほしい、大事な仲間たちを守るために。だから応えて欲しい。

 

「紅椿ィィイイイイイイイイ!!」

 

 直後、箒の目の前に一行の文字が表れた。記されたソレは『絢爛舞踏』。そして認識した直後、紅椿はその名よりも尚赤い真紅に包まれた。

 

「これは!」

 

 絢爛舞踏、おそらくは紅椿の機能か何かだろうか。それが発動した直後、箒の目に信じられない光景が映る。モニターに映し出されたシールドエネルギーを初めとした各種駆動のためのエネルギーが一気に完全回復したのだ。

その光景を箒は半ば呆然とした様子で見ていた。だがすぐに我に返る。既に彼女は、自分が為すべきことを理解していた。

 

「みんな、手を」

 

 背後に立つ仲間たちに向けて手を伸ばす。

 

「待たせてすまない。今度こそ、私がみんなの力になる時だ」

 

 その言葉に五人は静かに頷くと、各々の手を箒の手に重ねる。そして手が重なり合うと同時に、五人のISもまた真紅に包まれてエネルギーを完全回復させる。

そうしてエネルギーを回復させた六人は再び宙に上がり、福音と真っ向から相対する。

 

「決着をつけよう」

 

 六人の中心に立つ箒が静かに宣言する。そして、右手に持った刃の切っ先を福音に突きつけた。

 

「やっと分かったよ。少なくとも今、私が一番やりたいこと。それは仲間と共に戦い、そして仲間を守ること」

 

 そう。ようやく見つけることができたのだ。

 

「確かに私は弱い。だが、だからとて! それで諦めることはしない! 仲間がいるから! 私は前に進める! ならば私は喜んで仲間のための防人となろう!

さぁ行くぞ、銀の福音! 貴様にその意思があるならば、その翼を構えるが良い! だが心しろ! 仲間を守ると、防人と己を定めた私の覚悟! 決して甘くは無いぞ! この紅椿、無双の戦装束と友の結束の力! 括目せよ!!」

 

 そして各々が一斉に己の武器を構える。

 

「行くぞ! この戦場は、私たちの勝利でもって華と飾る!!」

 

 その言葉を号令として全員が散開し、福音との決着をつける最後の戦いが幕を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 一夏vs騎士決着編、専用機チームvs福音終盤開始までをお送りしました。

 さて、何書きましょうか。
とりあえず一夏についてですが、何というのですかね。作者のイメージとしては前回の話で精神を自分なりに再構築した影響でちょっとばかし人格面に影響が出ているという感じです。多分、人への対応が爽やか分アップになってますね。ただその分、潜在的な物騒さも増してますが。
 まぁ色々と一夏のやってたことについて既視感感じる方もいらっしゃるだろうとは思いますが、そこら辺はかるーく受け流してください。割と分かりやすいとは自分自身思ってますし。


 続いてvs福音組。
囲って叩いて楽勝かと思いきや再起動のエクストラミッション入りましたというのが大まかな流れですね。再起動ネタは、まぁにじファン時代にもやってますし、特に場面的に不自然でもないのでまぁ良いでしょうということで。
 そしてやっとですよ。やっと箒のターンですよ。まぁ何をトチ狂ったか、SAKIMORI成分が入りましたが、そんくらいぶっ飛べば今後も何だかんだでやっていけるでしょう。身も蓋もないこと言っちゃうと中の人的にポジションが微妙に違うんですけどね。そこはご愛嬌。刀使ってるんだし良いじゃないということで。
 それと、原作(というかアニメ?)では絢爛舞踏は金ぴかに光ってましたが、本作では機体名に合わせて真紅にしました。やってみたいこともあるし、金ぴかはまた別で取っておきましょうと。
そして、あんなことやこんなことをやって……

 ひとまず今回はここまでです。多分次回あたり、福音をサクッとケリつけて、サクッと原作三巻分を締めると思います。いやぁ、ようやくここまで漕ぎ着けました。
いい加減、楯無ルートの更新もせにゃアカンですし。

 それでは、また次回に。

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