或いはこんな織斑一夏   作:鱧ノ丈

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お待たせしました。十四話の投稿です。
今回の話をもちまして原作一巻分の終了とさせていただきます。いや~長かったww
ちょっと感慨深いものを感じたりします。


アイマス冬フェス、ライブビューイングだったけど楽しかったー!!
あとは現地組の友人からお土産を受け取るだけだ!!
あとアニマス劇場版決定おめでとう!また搾取されてやるぜー!!


第十四話 対抗戦閉幕 簪ちゃん、お姉ちゃんやっと出番貰えたよ!

「ッッ!!」

 

 自分が気を失っていたのだと気付くと同時に両目を開き、跳ね上がるように飛び起きた。直ちに今の自分の状況を確認するように周囲を見回し、そして自分の体を確認する。

 場所はもはや見慣れた自分の待機ピット。撤収準備に掛かっているのか、倉持の技術者達が慌ただしく動き回っている。そのまま外の方に目を向ければ、観客席から徐々に人影が消えていく様子が伺える。

 そして今の自分の状態のチェック。当然と言えば当然だが白式は展開を解除されて待機形態の腕輪の形で自分の右手首に嵌っている。服装はISスーツのままだ。

 顎に手を当てて考える。先の簪との試合の最後、自分は後ろから銃弾を受けてそれが決めてとなって敗れた。

 ミサイル群と真っ向勝負を挑んだ代償に、あの時の自分は一杯一杯の状態だったため、そのまま気を失ったのだろう。おそらく、そのまま控えていた学園の機体を装備した教員にでもここに運び込まれたのだろう。

 今の自分はピットの中の長椅子に寝かされ、そして上半身だけを起こした状態だ。軽く自分の体の調子を確かめて舌打ちする。若干ながら疲労が感じられる。

 ものの数時間もしないで回復を見込める程度だ。体への影響などはまるで問題ない。ただそれでも舌打ちをしたのは、たかだか試合一回程度で疲労を感じた自分自身の未熟に対してである。

 

「……」

 

 そのまま太ももにおいた肘を支えとして左手で顔の半分を覆う。

 事前に配布された生徒用の当日日程表によれば、全試合が終わった時点で即全員解散。さっさと撤収しやがれという感じになっていたはずだ。

 まぁ確かにこれだけ人やら機材やらが大掛かりに動く行事で、一々開会の挨拶だのなんだのと時間を食うだけでさして必要性の感じられない手間をかける必要はないだろう。一夏としてもそのあたりは全面的に賛同する。

 さて、となると自分も既に今日に関してはお役御免の状態だ。ならばこの後どうするかを速やかに考えるのが建設的というものだろう。

 

「織斑さん、少々よろしいですか?」

 

「あ、はい」

 

 考え込む一夏の横から川崎の声が掛けられる。思えばこの日丸一日は彼を始めとしたスタッフには色々と世話になった。

 引き上げる前に礼を一つ、きっちり言っておくべきだろう。そう考える一夏を余所に川崎は手にしたクリップボードに挟み込まれた紙を見ながら自分の要件を告げる。

 

「ひとまず我々はこれで一度引き揚げます。ただ、白式について色々とお話があるので、明日お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」

 

「明日は……確か土曜日でしたね。別に大丈夫っすけど、あぁそれじゃあ先生に言っておいた方がいいか……」

 

「学園の方にはこちらからも連絡をさせて頂きます。なるべく今日中にはそちらに仔細をお伝えできるようにしますが」

 

「あ~、とりあえずお願いします。明日は一日暇ですからね。話し合いの時間とかはそちらの都合に合わせていいっすよ」

 

「分かりました」

 

 そう言って川崎はボードに挟まれた紙を一枚捲り、その下のまた別の紙に視線を落とす。

 

「明日話し合いができるとして、それに関係することなのですが、ひとまず今日一日は白式の展開は控えて下さい。いや、もうするような時間も無いでしょうが念のために」

 

「あ~、いや確かに今日はもうこのまま俺も引き上げるつもりですけど、また何でですか?」

 

「先の更識さんとの試合で白式に結構なダメージが行ってましてね。そこまで深刻に取るほどでもないのですが、ISに休息をさせるという意味で念を押してということです。

 明日時間を頂ければ、そのまま我々の方で調整も兼ねた修繕も行います。その際に織斑さんにも立ち会っていただけるとありがたいのですが」

 

「別に大丈夫ですよ。まぁ、ISのことは俺はさっぱりですから、専門家に見てもらえるっていうならありがたい」

 

「では後程こちらで学園側に連絡をして、仔細を織斑さんにお伝えできるようにしますので」

 

「えぇ、お願いします」

 

 そう言いながら一夏は自分も引き上げようと椅子から降りて立ち上がる。そして体のコリをほぐすように軽く背を伸ばす。

 

「しかし、正直驚いたというのが本音でしたね」

 

「え?」

 

 不意に川崎が呟いた一言に一夏が反応する。

 

「一国の候補生に二度も勝利を収め、更識さんとの試合でも敗れこそしましたが、あのミサイルの嵐を耐え抜いたことですよ。いや、本当に驚くべき結果ですよ、これは」

 

「まぁ、勝った試合はともかく負けってのは基本的に嫌なモンですけどね」

 

 褒められること自体は悪い気はしない。だが、やはり敗北を喫したことを考えると手放しで喜ぶ気分にもなれない。そんな複雑さを表すかのように一夏は苦笑を浮かべる。

 

「ですが、それも今日の話でしょう? 少なくとも私は、織斑さんの今後というものに大きな期待をしていますが」

 

「はは、そりゃどーも……」

 

 一夏の苦笑が更に深まる。この上過大な期待までされてしまって、ますます以って対応に困ってくる。

 

「それに、これはあくまで私個人の意見ですが、嬉しいのですよ」

 

「嬉しい?」

 

 予想もしていなかった言葉に一夏が首を傾げる。

 

「えぇ。その白式は現在、更識さんの打鉄弐式と並んで倉持(ウチ)の今後を担うホープですから。それに何より自分が開発に関わったISでもある。

 そんなISが将来性を見込める乗り手に使ってもらえて、確かな結果を残す。技術屋としてこれを喜ばずにはいられませんよ」

 

「そうっすか……。まぁ俺も白式は良い機体だと思っていますよ。えぇ、倉持技研っていうのは随分といい仕事をするトコだと思いましたからね。こんだけのを作れるのだから」

 

 瞬間、川崎の顔に微妙そうな色が浮かんだのを一夏は見逃さなかった。

 

「それは、そう言って貰えるとこちらでも光栄ですよ」

 

 一夏の賛辞に対して笑顔で返す川崎だが、その表情には僅かなぎこちなさがある。普通に見ていれば見逃すだろうが、それを見逃すほど一夏は自分の目が甘いとは思っていない。ただ、気づきこそしたがそれを追及しようとはしない。人間誰だって、あまり触れられたくないことくらいあるだろう。自分だってありすぎるくらいだ。

 

「じゃあ俺はこれで……」

 

「えぇ、では。今日はどうもお疲れ様でした」

 

「そちらも。じゃあまた明日ということで」

 

 それを別れの挨拶として一夏は川崎に背を向けて歩き出す。自動扉を潜り抜けて控室も兼ねていた更衣室にたどり着くのに三十秒も掛からなかった。

 一度に百人以上の使用が可能な広い更衣室に一人で立ちながら一夏は軽く嘆息する。これだけの空間が自分ひとりのための控室にあてがわれているというのはありがたい。こうした広い場所で一人というのは中々に落ち着く。

 

「さて、これからどうしようかね」

 

 手近な壁に掛けられた時計に目を向ければ時刻は既に夕方の五時を回ろうかという時だ。

 平素であればとっくに放課後となり、部活動に自主学習に自主練習にと生徒たちは皆一様に思い思いの時を過ごしている頃合いだ。自分もまたある時は座学の自習に、ある時はISの自主訓練に、ある時は武の鍛練に、時間を費やしている。

 自分たちもそうだが、観客である学園の生徒他大多数も既に解散となっているために好き勝手にやっているだろう。ならば、自分もそれなりに自由に過ごして良いはずだ。

 

「んっん~、イイネェ。『自由』、実に素晴らしい響きだ」

 

 もっとも自由というものには常に『責任』というものも付いて回るわけだが、まぁこれから自分がやることを考えれば責任というのはそこまで重く考えるものにはなりやしないだろう。

 既に一夏の思考はいつも通りの回転を始めている。これまでの積み重ねに加えて今日の試合、勝敗の如何に関わらずその内容を可及的速やかに検めて自分が為すべきこと、すなわち鍛練の内容を定めていく。

 僅かに一夏の眉に皺が寄る。思い出すのは最後の簪との試合、その結果の敗北だ。

 敗北という事実は不本意甚だしい。だが同時に自分の足りない部分を明らかにしてくれる重要な指摘でもある。そこから得られる情報は、確実に鍛練に活かさねばならない。

 

「……」

 

 口を噤み無言となった一夏は顎に手を当てる。思考に没頭したまま体は勝手に動き、既に体に染みつく程になれたISスーツから制服への着替えを始めとした作業を行っていく。

 

「あぁいや、まだだ」

 

 着替えようとする手を止める。軽く額に手を当てる。ジャリッという音と共にざらついた感触が触れた手のひらに伝わる。

 

「こりゃ先にシャワーだな……」

 

 戻した手のひらには土を主とした汚れがついていた。この状態で着替える気にはなれない。

 幸いにして更衣室にはシャワーも完備されている。現状この更衣室は一夏一人のためのものと言っても過言では無い。シャワー程度、使ったところでいささかの問題もありやしない。

 

「確か備え付けのタオルもあったよなぁ。軽く汚れだけ落としてくか」

 

 そう一人ごちながら一夏は軽やかな足取りでシャワールームへと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園の一年の中でも、最初に執り行われると言って良いイベントであるクラス対抗ISリーグが終了してから数時間。学生寮はいつになく賑やかな様相を呈していた。

 普段は教師の監視の下での授業や放課後の自主訓練で、それこそ限られた行動しかできないISが、ほとんどの制限を取り払われて雌雄を決し合う様を目の当たりにしたのだ。

 会場そのものを包んでいた興奮にあてられたこともあり、日程の終了から数時間が経過した今も寮に戻った学園生徒たちの殆どは興奮が冷めずにいた。

 

 そして学年ごとに分けられた三つの学生寮の内の一つ、一年生寮の食堂では一際賑やかな喧騒が聞こえてきていた。

 

「みんな~! 今日はお疲れさま~!!」

 

 誰かがそんな風に声を張り上げる。言い終えると同時にそこかしこからクラッカーが打ち鳴らされる音が起きる。

 誰が発起人なのかは知る由も無い。食堂に集まったほぼ全ての寮生、つまりはほぼ全ての一年生は半ば流されるようにこの空間へとやってきていた。

 ただの集まりを確たるものとするために打たれた銘は「クラス代表戦お疲れ様会」。一応は、主として大勢の前でISの腕を競い合った四人のクラス代表者の健闘を讃えると共に、みんなで飲んで食べて大いに楽しもうというのが趣旨だ。

 もっとも、そんなのは建前に過ぎない。事実としてそうした趣旨を含んでいるのは間違いないのだろうが、その本来の目的は間違いなくイベントにかこつけて騒ごうというものだ。 

 改めて言うが、誰が発起人かは殆どの者が知らない。それこそ生徒側の頼みを受けてパーティ用に様々な料理を拵えただろう食堂の調理人達も、殆ど唐突に始まったようなこの集まりを容認した教師陣の殆どでさえもだ。

 だが、それを気にする生徒はこの場にはほぼ皆無だった。狭き門を潜り抜けた将来有望な者達とはいえ、ここに集っているのは十代半ばという年ごろの少女達だ。

 そんな彼女たちにとって、外部と隔離されて遊楽というものの要素に乏しいこの学園での生活。そんな中で突発的に生じたいかにも面白そうなイベント。細かいことなど別に構いやしない。ただ楽しむだけだ。

 

「凰さんお疲れ様ー!!」

 

 

 

 

「お疲れ! グレーさん!」

 

 

 

 

「更識さん凄かったね! 全勝だよ全勝!」

 

 食堂のそこかしこで、今回の集まりの主役格となっているクラス代表達が、各々の属するクラスの生徒たちに労いの言葉を受けている。

 ある者はどこか困ったように、しかし悪い気はしていないようなはにかんだ顔で、ある者は結局勝つことができなかったと悔しがりながらも、旧友たちの激励による笑顔で、ある者はいつも通りの涼やかな表情のまま、しかしどこか得意そうな表情で。

 各々浮かべる表情は異なれどただ一つ、間違いなく今この時への楽しみを感じていた。

 

 そして、そんな空間の中でただ一角、ぎこちない空気が流れている場所があった。

 そこに集まっている者達の共通点は一つ。一人の生徒と在籍するクラスを同じくしているということだ。

 そして今、このイベントには本来居るべきだろう欠かせない者の存在が欠けていた。

 

「いない……よね?」

 

「いない……ねぇ?」

 

 困ったように顔を見合わせる二人の生徒。そして二人は揃って近くにいた、また別の生徒に視線を向けた。

 

「篠ノ之さん、確か織斑くんと同じ部屋だったよね?」

 

「織斑くん、見てない?」

 

「いや、そのぉ……」

 

 問われた生徒、篠ノ之箒は居心地が悪そうに視線を僅かに逸らす。

 このぎこちない空気が流れる一角の原因、この場にいない一組クラス代表織斑一夏の所在を尋ねられ、箒は言葉に詰まる。

 

「その……すまん。いつの間にか部屋からいなくなっていた……」

 

 その言葉に尋ねた二人だけでなく、その言葉を聞いていた周囲の者達も一様に肩を落とす。

 期待していたような返答ではなかったとは言え、誰も箒を責めはしない。彼女とて、今の自分たちと同じ気持ちだろうということを理解しているからだ。

 この場に集う者達、一組在籍の生徒たちは一夏の姿が食堂に一向に見受けられないことにもしやという不安に近い考えを抱いていた。そして今、それは見事なまでに的中をしていた。

 

「まぁ、何となく彼ならやりかねないとは思っていましたが……」

 

 他の者達同様にこめかみをひくつかせながらの苦笑いを浮かべながらセシリアが言う。彼女も既に一夏の人となりはある程度把握している。その言葉には「やっぱりかコノヤロウ」という意思が如実に表れていた。

 

「で、篠ノ之さん。ぶっちゃけ織斑君はどうしていると思う?」

 

 クラスメイトの一人、谷本癒子に問われて箒は顎に手を当てる。一応、思い当たる節が無いわけではない。

 

「やっぱり、また鍛練ではなかろうか。最後の試合、やはり敗北を喫したことは一夏のやつも思うところあるだろうし。いや、あいつのことだ。勝っても同じかもしれん。ただ一つ言えるとすれば、こちらの気などお構いなしということだろうか」

 

 一夏の振る舞いに対しての箒の文句も一組の生徒たちにとっては聞き慣れたものだ。彼女の幼馴染として何とか意識し欲しいという想いと、それを一顧だにしない一夏の姿勢は既に一組の誰もが知るところだ。

 普段であれば少々一夏に対して自分の欲求を伝えるのが一方的に思える箒の言葉だが、今回ばかりは彼女の言葉に同意せざるを得ないというのがこの場の者達の共通見解だ。

 ほとんど巻き込まれるような形とはいえ、こうして振り回される身になってようやく理解した。ただ、その周囲を顧みないまでの姿勢が彼の強さへと繋がっているのだとすれば、自己を高めて是とするを遂行すべきであるIS学園生としては否定はしきれないのだが。

 

「けど、流石にメインキャストが居ないのはマズイでしょ?」

 

「だよねぇ。今回ばかりは織斑くんにも来て欲しいよねぇ」

 

 一夏が何を思ってこの場にいないのか。量り知ることは誰にもできない。ただそれでも、せっかくのイベントなのだ。どうせなら、彼も含めて全員で楽しみたい。それがクラスというものだ。その思いが一致する。

 実際問題、箒の言った通りに一夏も今回の試合の結果に対して色々思うところはあるかもしれない。それゆえの行動というのは各々程度の差はあれど理解できることではある。

 ただ、それでもこちらの都合に合わせてもらうという形になってしまったとしても、この場には居てほしい。他のクラス同様に、自分たちだってクラス代表として戦い抜いた彼を労いたいのだ。――優勝者のクラスに送られる食堂のスイーツ半年フリーパスを四組に持って行かれたのは少々複雑だが、ここはあえて目を瞑ろう。

 

「仕方ない。一夏、探すとしよう」

 

 箒が言う。同意するように他の者達も頷く。

 

「流石にみんなでっていうわけにはいかないし、何人かで良いんじゃないかな?」

 

「いや、無用だ。当てがないわけじゃない」

 

「そうなの? 篠ノ之さん」

 

「まぁ、なんだ。織斑先生の助力を借りようと思ってな」

 

 その言葉に全員が「あぁ……」と納得するように頷く。

 仮にこの中の誰かが一夏を見つけたとしても、それで彼がこの場に来るという選択を取る保証はできない。

 だが、彼の教師であり実姉でもある千冬ならば話は別だ。少なくとも一組という枠組みに属する人間の中で現状一夏を完全に制することができるのは、彼女くらいのものだろう。

 

「先生ならば一夏の動向もより正確に推測できるだろう。いや、それ以前に教師だ。仮に一夏が鍛練のためにどこかの施設を使っているなら、教員としてすぐに調べられる。私が行く」

 

 それならばということで箒に任せる空気が一同の間に流れる。それを感じ取って箒は一度頷くと、ただちに踵を返して小走りで食堂を出ていった。

 

 

 

「織斑先生、篠ノ之箒です。お聞きしたいことがあります」

 

 一年寮の最上階に寮監である千冬の部屋はある。部屋の前に立った箒はノックと共に声を張る。

 ドアの向こうで人の動く音がして、ドアが中から開かれるのに十秒と掛からなかった。

 

「どうした」

 

 部屋から出てきた千冬は学園での生活で見慣れたスーツ姿のままだった。寮という生徒の誰もが寛げる空間にありながら常の厳格さを漂わせた千冬の姿に箒は一瞬気後れしかけるが、さすがに目の前で後ずさるのは失礼に当たると思ってこらえる。

 そして口を開き要件を告げる。

 

「その、一夏の所在について先生にお聞きしたくって」

 

「なに? 確か今は食堂でドンチャンとやっているはずだろう。奴はいないのか?」

 

 千冬の確認に箒は頷き、おそらくは今日の試合に思うところあっていつも通りに鍛練に出ているのではという推測を述べる。

 箒の言葉に、言われてみればそれも大いに有り得ると思ったのか、千冬は軽くため息を吐くと箒をその場に待たせたままドアを閉めて部屋に戻る。

 待つこと凡そ一分少々だろうか。再びドアが開き千冬が現れる。

 

「分かったぞ、あの馬鹿の居所がな」

 

 あの馬鹿とは誰のことか言われるまでもなく一夏のことだと箒は理解する。

 

「篠ノ之、お前の予想はピシャリだったな。第三トレーニングセンターの施設の一つにやつの使用許可申請があったのを確認した。日付は今日。時刻は、対抗戦が終わって程なくだな」

 

 千冬の言葉にはどこか呆れを含んだ色があった。その気持ちが箒には大いに分かる。何せ呆れたいのは箒とて同じなのだ。

 

「やはり、ですか。ですが先生、その申請はそんな急に通るものなんですか?」

 

「残念ながらな。少なくとも学び舎である学園としては生徒の自発的に自分を高めようとする姿勢を止める理由はどこにもない。

 流石にIS実機を使用してのとなればそれなりに煩雑な手順を必要とするが、その反動と言うべきかもしれんな。それ以外の申請に関しては割と甘いところがあってな。

 このようなトレーニング施設の使用申請は、それこそ右から左へ流すように通りやすい。それに、こんな日のこんな時間なら他に使用する者もいないから猶更だな」

 

「そうですか。ありがとうございます、先生」

 

 必要な情報を得た箒は千冬に頭を下げながら礼を述べるとすぐに一夏の居る建物に向かおうとする。だが、その動きを千冬の言葉が制する。

 

「まぁ待て。私も同行する。いや、違うな。お前が行くのは良いが、あの馬鹿を言い含めるのは私がやるとしよう」

 

「え?」

 

 立ち止まり、千冬の方を向いて箒は目を丸くする。先ほどの千冬の言葉、そのままに解釈するならば千冬が直接一夏を連れ戻すのに動くということだ。

 

「あの、先生。お気持ちはありがたいのですが、わざわざ先生が行かずとも」

 

「では聞くが篠ノ之。お前、どうやってやつを引っ張り出すつもりだ? 言葉で説得? はっ、あの鍛練馬鹿の頑固者がお前の、いや。少なくとも生徒の誰が説き伏せようとしたところで聞く耳持たんよ。力ずく? 馬鹿馬鹿しい。腕っぷしでも技巧でも、お前ら程度の小娘が太刀打ちできるほど甘くはないぞ?」

 

「そ、それはその……確かに……」

 

 散々な言われ様だが、否定できないのも事実だ。言われた通り、一組に在籍する生徒で一夏を本当に制することのできる者などいないだろう。いや、一組に限らず他のクラスだって同じかもしれない。

 一夏を前にした時の自身の無力をまたしても思い知らされてか、箒は僅かに視線を落として表情に影が差す。その様子を見て千冬は小さくフッと笑う。

 

「まぁ、家でも中々あいつと接する時間というのは無くてな。これもちょっとした姉弟のコミュニケーションと割り切れば中々だ」

 

「そ、そうですか」

 

 とりあえずとして千冬はこの状況を悪いものとは思っていないらしい。

 

「何をしている。行くぞ」

 

「あ、はい」

 

 ドアを閉めて歩き出す千冬の後を慌てて追う。置いて行かれたのでは、何のために来たのか分かったものではない。

 

 

 

 

 

 ISアリーナやそれに近しい位置に建てられるようにしてあるIS用の整備棟などを除けば、学園内の施設はなるべく近くに集まるように建てられている。学生寮、授業に使われる校舎、その他屋内活動用の施設などだ。

 一夏がいるとされる建物も寮からそこまで距離が離れているわけではない。多少歩きはするものの、到着までにさほど時間は掛からなかった。

 

「ここに来るのは……初めてですね」

 

 自動扉の入口から中に入った箒が歩きながら建物内を見渡し呟く。

 

「なんだ。もう一か月くらいは経つが、まだだったのか」

 

 先導する千冬が僅かに意外だと言う雰囲気を滲ませながら言う。

 

「その、私は剣道場をよく使うので……」

 

 控え目な調子で返ってきた箒の言葉に千冬はあぁ、と納得する。

 

「そうか。まぁ学園の施設をどう使うかはお前の自由だが、一教師として忠告だ。少なくとも訓練用と銘打たれている以上、存在する施設はどれも何かしらの役に立つ。使う使わないは別として、覚えておいて損はない」

 

「はい。……あの、では一夏は施設の把握は」

 

「さてな。ただ、入学して数日は敷地内のあちこちを歩き回っている姿が見受けられたらしい。仮に施設把握のための散策だとしたら、あるいは大体頭に入っているのかもしれんな」

 

「そうですか……」

 

「なんだ、やけに暗いな」

 

 僅かに声のトーンが下がった箒に千冬が聞く。

 

「いえ。一夏はそういうことを全然話さなかったので。曲がりなりにも古馴染みで同室だと言うのに」

 

「ま、やつは鍛練はあくまでその個人のことだからと考えているからな。私にすら、ろくすっぽに何をしているか話しやしない。そういうものだと諦めろ。あれはな、武道が絡むと妙に淡白になる」

 

 やれやれと言いたげに千冬は軽く肩をすくめた。呆れているが、同時にそういうものだと完全に割り切っているのが分かる。

 なぜそれで不安になったりしないのかが箒には分からなかった。大事だと思っている人間のことが分からないのにだ。あるいは、家族という繋がりがあるからこそ、割り切っても問題はないと信じているのだろうか。

 

「着いたぞ」

 

 考え込む箒に千冬の声がかかった。気付いて小さく伏せていた顔を上げてみれば、千冬の前に立つようにして扉があった。建物の入り口とは違い自動ドアにはなっていない。

 

「この建物は基本的に部屋ごとに用途が異なる。他のトレーニング施設全般に言えるが、ウェイトトレーニングのような真っ当なものもあれば、どうしてあるのか分からない奇怪な内容のものもあってな。ここは、どちらかと言えば奇怪の部類に入るな」

 

 見ろ、と千冬は扉の横の壁を顎でしゃくる。それに従って視線を向ければ、そこには壁に埋め込まれるような形で設置された電子パネルがある。使用中、ということを示しているのだろうか。赤いランプが点灯している。

 

「まぁ、こんな日のこんな時間に、こんな場所を使うのは奴くらいだろうな」

 

 半ば独り言のような呟きを漏らしながら千冬は扉に手を掛け、一息に押し開けた。

 廊下のものとは違う、扉の向こうの部屋の真っ白な照明の光が目に入ってきた。

 

 部屋を見てまず第一に思ったのが、トレーニング施設という割には物が少なく清潔感のある部屋だということだ。

 部屋はネットによって区切られている。部屋はそれなりに広く、高さもある。その空間が凡そ七対三、今部屋に入ったばかりの二人が居る空間を三としてネットによって仕切られている。

 だが、そんなことはすぐに箒の思考からどうでも良いと切り捨てられる。

 さっきからひっきりなしに室内に響く多様な打撃音。その主たる音源に箒は目を奪われていた。

 

「んだよ、二人揃って」

 

 ネット越し、そして距離もやや離れているために判別しかねるが、おそらく仏頂面をしているのだろう一夏の声が耳に入った。

 ネットの向こうのスペース、その中央に一夏が居る。トレーニング用としているらしい、見慣れたブルーの国民的なスポーツブランドのジャージ姿で、手には愛用の木刀を握っている。

 何をやっているのか気になり、ネットに近づく。ネットと言っても目はだいぶ粗い。一つの目の大きさは、箒の握り拳よりやや小さい程度か。ゆえに、その向こうの一夏の行為もよく見える。

 

 バンッ

 

 何かが弾けるような音、耳に入り脳がそれを認識した時には既に一夏が動いていた。

 手にしていた木刀をまさしく閃いたと形容できる速さで以って振る。一夏に向かって飛来した何かが木刀によって弾かれる。箒をやや逸れる形で飛んできたのは白い野球ボール程度のボールだった。

 飛んできたボールはネットにその動きを阻まれ、そのまま勢いを無くして床に落ちる。よく見てみれば、一夏が居る側の壁にはいくつもの穴が点在しており、そこからボールが射出されている。そしてその悉くを一夏は木刀で弾き飛ばしている。

 

「ここは、まぁトレーニング兼ちょっとしたアスレチックも兼ねていてな。見ての通り、部屋の機械で設定をすれば壁からボールが飛んでくるというだけのものだ。それをどうするかは、使う者次第だな。

 さて、あの愚弟の行った設定を見るに、ボールは硬質ゴム製を使用。そして射出する速さ、間隔、不規則性などはどれもほぼ最高値にしてある。いかにもやつ好みだ」

 

「いやまったく。これは中々に刺激的だ。つい、訓練ってのを忘れかけちまう」

 

 好みという千冬の推測を言葉だけでなく、楽しさすら感じる口調でも一夏は伝えてくる。

 そんな短い会話の間にもボールは次々と、あちこちの穴から射出されてその全てを一夏は弾く。床に次々とボールが転がり、僅かに床に傾斜があるのかボールは自然と壁際に寄って行き、一夏の動きの妨げとなるようなことはない。

 

「ただまぁ、やっぱ慣れってのは問題だねぇ。すっかり対応できるようになって、刺激が薄れてきた。信じられるか? たかが三十分そこらでだぜ?」

 

「まぁ、定められたプログラムに沿ってでしか動かない以上は、限界もあるだろう。そこは仕方ないと割り切るより他ないな」

 

 困ったように言う一夏に対して千冬は割り切れと諭す。もちろん、そんな短い会話の間にも一夏の動きが止まることはない。

 

(これを、慣れただと……?)

 

 声に出さず、胸の内で信じられないと言うように箒は呟く。こうして傍目に見るだけでも飛んでくるボールの速さ、射出の間隔などはえらく早い。

 もはやひっきりなしと言っても差支えず、それこそリンチさながらのレベルだ。それを悉く弾き落とすだけでなく慣れてつまらないとまで言う始末だ。

 その言葉の裏付けになるだろう一夏の技量、その高さを自然悟らされて箒は言葉を失う。少なくとも、今の一夏の立ち位置に箒が入ったとして、一夏と同じことができる自身は箒には到底無かった。

 

「……それで、お前は何をしたいんだ」

 

 胸の内に湧き上がった焦りや妬み、畏怖や恐怖を理性で強引に押さえつけながら箒は一夏に問う。その意図は、今やっていることにどういう意味があるのかということだ。

 

「いやまぁ、見ての通りだけど」

 

 その見ての通りで分からねぇから聞いてんだよと言いたげに箒が顔を歪ませる。意外なことに、助け船を出したのは千冬だった。

 

「篠ノ之、今日の織斑が行ったIS戦四試合において、やつが一番気にしたのはなんだと思う」

 

「え? それは……」

 

 観衆の一人として観戦した今日の試合、一夏が出た三つを思い返す。そこに箒が知る限りの一夏の性格も考慮に加える。

 やはりまず思いつくとしたら、敗北を喫した最後の試合だろう。一夏の性格を考慮しても、敗北という事実はそれなりに影響を残すはずだ。

 だが、それだけではないはず。確かに負けた。では負けた要因はなんだ? やはり、あのミサイル群のよる集中攻撃――

 

「もしかして、あのミサイル群に対しての……ですか?」

 

「だろうな」

 

 概ね合っているという千冬の言葉に一夏は何も言わない。だが、それが無言の肯定であると箒には理解できた。

 

「織斑の白式にはあの蒼月以外の装備が無い。ゆえに、あのミサイル群をどうにかしようとすれば、然るべき操縦でもって回避するか、あるいは無力化するかのどちらかだ。

 今回ばかりは選択肢がほとんど無いようなものだったからな。あの対処法で概ね間違っては無い。だが、それでも敗れた。然るべき対処を行ったにも関わらず、結果が得られなかった。その要因はただ一つ、自身の未熟に他ならん。

 やつは、まぁこれを使って一対多の練度を上げようとでもしているのだろう」

 

「姉貴、それ正解。なにせ、これくらいしか思いつかなかった」

 

「ま、分からんでもないがな……」

 

 千冬は腕を組みながらそう呟くと、しばし一夏の動きを見つめ続ける。だが、それも少しの間のこと。

 組んでいた腕を解くと、千冬は足を動かす。向かうのは壁際に設置されたタッチパネルだ。その装置が、この部屋の機能を司っている。

 パネルの前に立つと千冬は画面を見る。画面上には一夏の行った設定が目立つように表示されているが、そんなものに関心はない。

 画面の端の方、『中止』と表記されているその部分を見つけると、千冬は何も言わずそこを押した。

 

「あっ、ちょっとぉ!!」

 

 いきなり中断させられたことに一夏が抗議の声を上げる。だが、千冬はそれを無視して己の要件を告げる。

 

「もう十分にやっただろう。時間も良い頃合いだ。寮に戻れ」

 

「悪いけど、俺個人としてはもうちょっとやりたいね。この程度じゃあ満足できないぜ」

 

「さてどうだか。お前、さっき言っただろう。『慣れた』と。そんなのをいつまでも続けたとて、そう上手く満ち足りるか?

 それに、今寮の食堂では生徒が揃いも揃ってはしゃいでいてな。だがその内にあるのは、今日の試合をクラスの代表として戦い抜いたお前を労いたいという想いだ。それを無碍にするつもりか?」

 

 僅かに一夏が言葉に詰まる。さすがにクラス全員に気を使われているとあっては、確かに言われた通りに無碍にすることはできない。だが――

 

「悪いけど、これは俺にとって必要なことだ。少なくとも俺にとって実力ってのはとにかく優先してゲットしたいものだし、そのために例えクラスの皆のお誘いでも切り捨てても構わないと思っている。いや、俺はクラス代表だ。なら、皆のためにも実力は必要だな。皆にゃ悪いけど、我慢してもらうしかないな」

 

「おい一夏!」

 

 例えクラス全員の想いを切り捨ててでも自身の実力の向上を取ると言う一夏に箒が声を荒げる。だが、それを千冬が手で制する。

 

「なるほど、クラス代表ゆえに……か。その心がけは認めてやらんでもないが、クラス代表ならばクラスの総意というものを慮って然るべきだと思うがな」

 

「それもごもっとも。けどな、姉貴。そこであえて冷たい選択を取るのが肝要なんだよ。良いか姉貴、自分の強さを高める上で大事なのはな、『非情』になることだよ。そこで妥協しちゃあ、やっぱダメだね」

 

「非情、非情……か」

 

「まぁちょっと物騒すぎる言い方かな。けど、半端はダメだよ。姉貴、少なくとも俺は三年前にそう学んだね」

 

「三年前、か。あの時のことを言うなら一夏、それは筋違いだ。あれの責は私にある。そしてその結果も、全ては私一人に帰結することだ。お前が気に病むことでは――」

 

「まぁ気にしてないって言ったら大嘘だけどさ、それとこれとはまた別の話なんだよ。俺がそう学んだ、それだけだよ」

 

 二人が何の話をしているのか、傍で聞いていた箒には分からなかった。ただ、二人の口調から伝わる重さが、そこで話される内容の重大性を物語っているような気がした。

 同時に、その内容はあくまでこの姉弟の問題であり、自分が不用意に首を突っ込んで良いことではないとも悟った。

 

「とにかくだ、二人とも引き上げてくれ。俺は続ける。箒、みんなにゃ悪いが俺は不参加だ。これもみんなを思ってのことってわけで納得させといてくれ」

 

「一夏!」

 

 一度止められた部屋の装置を動かそうと、ネットを潜って一夏が二人の側に来る。そのまま二人の間をすり抜けパネルの方に向かおうとする。その姿に箒は何も言えなかった。

 無言で、箒や千冬の姿など眼中にないと言わんばかりに通り過ぎようとする一夏。だが、千冬の腕が電光石火のごとく伸び、その肩を掴んだ。

 

「なにさ」

 

 どこか鬱陶しそうに一夏が問いかける。たとえ姉であろうと、自分の鍛練の邪魔をするのであれば、文字通りただの鬱陶しい邪魔者でしかない。そんな意思がこめられているようだった。

 

「まぁ待て。あぁ、認めざるを得んな。そもそもお前に感情だとか、そういうので説得しようとするのが間違いだった。この頑固者め」

 

 呆れを含んだような口調だった。だが、それだけじゃない。口調の中に明らかに存在する堅さは、有無を言わせず一夏を従わせようとする必勝を期しているかのようだった。

 

「ゆえに、至極真っ当な理屈でお前をやりこめるとしよう。なにせ基本的にお前はそのあたり妙に真面目だからな。まぁ、姉としては悪い気はせんが」

 

「な、なんだよ……」

 

 呆れから転じて、勝利を確信したように得意げな色を伺わせる千冬の声に一夏がうろたえぎみになる。

 

「なぁに、簡単な話だ。織斑、寮の門限は何時だった?」

 

「えっと、確か夜の八時だったねぇ」

 

「そうだ。では、今は何時何分だ? あぁ時計なら、ほれ」

 

 言って千冬は袖を捲って自分の腕に填めていた腕時計を一夏に見せる。

 

「え~っと……七時五十分……七時五十分?」

 

「そうだ。七時五十分、あぁたった今に五十一分になったな。さて、私が確認した限り、お前は確かにここの使用許可申請は出していた。だが、寮の門限外時間での活動許可は出していなかったはずだ。

 このままだと、あと九分でお前は寮則違反をしてしまうわけになるのだが、それでも続けると言い張れるのかな?」

 

「え~、あ~、その~」

 

 ん? ん? どうなんだ? と得意げな顔をズイと近づける千冬に一夏は視線を泳がせながら口ごもる。

 

「わぁったよクソ! 戻れば良いんだろ戻れば! あぁもう! 分かったよ帰るよ畜生!」

 

 織斑一夏、陥落。

 

「よろしい。初めからそう言えば良かったんだよ、この馬鹿者が。ほれ、片づけは私がやっとく。廊下の端にシャワールームがあっただろう。時間も多少は目をつぶってやる。さっさと汗を流して寮に戻れ。篠ノ之、そのまま織斑を食堂にしょっ引いてやれ」

 

「わ、分かりました」

 

 終わってみればあまりの呆気なさだったことに箒は唖然とする。千冬が妙に得意げな顔をしているのが余計に気になる。とはいえ、これで問題は概ね解決したようなものだ。

 

「篠ノ之。先に寮に戻って、そうだな。エントランス辺りで待っていろ。私は片づけついでに支度をした一夏をしょっ引く。寮で引き渡すから、あとはお前が食堂に連行しろ」

 

「あの~、なんで俺逮捕された犯人みたいな扱いになってんの?」

 

「別に構いやしないだろう。ほら、さっさとお前も支度してこい」

 

「へ~い」

 

 そんな風に千冬に急かされて一夏はスタコラと部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千冬に促されて一足先に寮に戻った箒がそのままエントランスで待つこと約十分。常の涼やかな表情を浮かべた千冬と、あの後に続くようにして仏頂面を浮かべた一夏が戻ってきた。

 そのまま一夏を引き渡された箒は、彼を伴ってまっすぐ食堂へと向かっていった。例の集まりが始まって大体三十分ほど、遅れての到着としてはまだ取り返しの効く頃合いだろう。

 

「しかし一夏。仮にあのまま食堂に行かなかったとして、夕食はどうするつもりだったのだ?」

 

「ん? 部屋の冷蔵庫に幾つか食材あったろ? それで適当に済ますつもりだったけど?」

 

「そ、そうか……」

 

「まぁ、食堂に行くなら行くでだ。色々料理もあるらしいじゃないか。精々腹を膨れさせてもらうよ」

 

 そんな会話をしながらも二人は食堂にたどり着く。遅れてやってきたある意味最も目立つ存在である一夏に一斉に視線が集中する。向けられる感情は様々だ。プラスなものもあれば、そうでないものもある。

 そんなものなど意に介していないかのように一夏は悠然と歩く。いつの間にか箒が一夏の後を追うという形になっていた。

 泰然とした一夏の姿は、鍛えられガッシリとした体躯もあって同い年のはずなのにそうは見えない貫禄さえ感じる。

 ふと、箒は事あるごとに一夏が口にする己への自負を思い出した。直接的に明言することは少ないが、その言葉には時折他の生徒たちと一夏自身の間にある区別意識を感じる。

 ある意味では事実なのだろう。身体的スペック、修めてきた武術的技量、単純な胆力、そのどれにおいてもこの場にいる生徒たちで一夏と張り合えるものなどほとんどいないことは間違いない。

 それを分かっているからこそ、一夏は自然と自分と他人の間に区別するような意識を築いているのかもしれない。さながら、それが強者の在り方だと言うように。

 

「すまん、遅れた」

 

 一夏が向かった先にある一組の生徒が集まった空間。そこに達し、クラスメイトの面々の前に立った一夏は開口一番に詫びの言葉を入れる。一応詫びる意思はあるのだろうが、同時に不遜ささえ感じるのはやはりいつも通りの一夏だった。

 

『遅い!!』

 

 そして返ってきたのはほぼ全員によるお叱りの声。見事なまでのステレオで発せられた言葉に一夏は――

 

「ご、ごめんちゃい」

 

 先ほどまでの貫禄など霞か幻かと言わんばかりに消し去って日和っていた。見れば微妙に一夏は後ずさってさえいる。

 

「んなっ」

 

 そんな一夏の姿に思わず箒はずっこけかけるが、何とか持ち直す。ただ、叱責に対して素直に謝ったおかげか割とすんなり一夏は輪に入り込んでいた。

 どこで何をしていたのかという問いに対して、センターでトレーニングをと答えて、やっぱりそんなことだったかと言われるなど、至極普通に会話をしている。

 ただ、割と普通にしているその姿にどこか安堵を箒は感じていた。

 

「……ふぅ」

 

 知らずため息が漏れた。そして気付く。一夏を連れて来たは良いが、今度は自分が輪から外れている。

 いや、それならば単に輪に、そして会話に加われば良いだけの話なのだが、どういうわけか不思議と心が静まっていた。

 

「……」

 

 クラスメイト達と談笑しながら食事を進める一夏を見る。いつのまにか二組の代表である凰鈴音まで輪に入っている。次々と口に入れ、そして腹の内へと収めていく健啖家ぶりに思わず目を見張るが、それは今はどうでも良い。

 ただ、朗らかに笑いながら一夏と話す級友たちの姿を見て、その立場に居るのが自分ただ一人だったらと思っていた。

 

(私は、どうすれば良いのか……)

 

 ただ、できるなら然るべき方法で一夏を振り向かせてやりたい。どうすれば一夏の心を奪えるのか。どうすれば……

 

 ふと、あることを思い出した。そこから流れるように考えが纏まっていく。あるいはこれならば……

 床に向けて下ろしていた両手が拳を作る。そのまま握りしめるが、その様子に気づくものは誰一人としていなかった。

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 一しきり食べ、そして話して一夏は食堂の端で壁に背を預けながら一息つく。手に持った烏龍茶のペットボトルに口をつけ、中身をあおる。

 空になったペットボトルを近くのゴミ箱に放り込み、再度壁に背を預けて瞑目する。別に会話をするのは嫌いではないが、やはりバイタリティ溢れる女子に囲まれてひたすらというのは中々に疲れる。肉体的、というよりは精神的な話であるが。

 自分が来てから約四十分と少々。来る前も加えれば一時間は経っている。

 この頃にもなると流石に盛り上がりもだいぶ鳴りを潜め、喧騒も殆ど落ち着いたものになっている。既に部屋に戻った者もいるし、数人でお喋りに興じているグループもあちこちにある。

 時折自分に声を掛けに来る者もいるが、それでもあまり長話などはせず、割と早めに会話は終わる。

 

(さすがにもう良いだろ)

 

 出席し、クラスの皆より労いの言葉を受け取るという最低限の義務は果たした。ならば、自分がこれ以上ここに居る意味はないだろう。

 

(みんな、か……)

 

 箒に連れられて来て、皆の前に立って、何か一言をくれと言われた時のことを思い返す。

 

 

『すまなかった』

 

 第一声は謝罪の言葉だった。腰を90度に折り、紛れもない謝意を示した。

 あの時、クラスの皆にはそれはもう驚かれた。セシリアでさえ目を丸くし、他のクラスの連中の集まりでさえ視線を向けていたくらいだ。

 なぜ謝るのかと戸惑う声が聞こえたが、一夏に言わせればあれくらいは当然だ。

 

『俺は負けた。みんなの期待に応えられなかった。それだけだ』

 

 それがどんな形であれ勝負とはそれを行う当事者同士のものでしかない。ゆえに敗北もまた自分一人の問題だ。

 だが、それでも何の因果か一夏はクラスの期待を背負い込む羽目になっていた。だからこそ、その最低限の礼儀としての謝罪だった。

 いきなりの謝罪発言に一同面喰ってはいたが、それもつかの間のことだった。すぐに気にするなという旨の言葉と共に労いの言葉をかけてきたが、あいにくそれで気が晴れたかと問われればノーだ。

 本当に、自分自身の問題なのだ。よって、自分自身で良しとしなければ良しとできない。級友達には悪いが、彼女らに何を言われたところで敗北についてのあれこれは微塵たりとも晴れる気がしなかった。

 

「……」

 

 閉じていた目を開き、一夏は食堂の一角に目を向ける。視線の先には椅子に腰かけて他の生徒と談笑しながら飲み物を飲んでいる一人の少女がいる。

 更識簪。一夏に敗北を与えた者の名だ。あのミサイル群による集中砲火。確かに今回は後れを取った。だが次はあのようにはいかない。必ずや、己の刃で斬り伏せて叩き潰す。

 心の内で静かに決意を固める。そこで、簪と話している別の少女が目に留まった。控え目というのがピタリと当てはまる簪に対して、彼女は非常に活発的と見える。なまじ簪がすぐ隣に居る分、比較は容易だ。

 そして、顔だちもどことなく似ている。はて、と考えて彼女の胸につけられたリボンの色が上級生にあたる二年を示しているのに気づき、ようやく彼女が誰なのかに思い至る。

 

 おそらくは彼女こそがこの学園の生徒会長である更識楯無なのだろう。なるほど、遠目に見ても只者ではないと分かる。

 二年である彼女が一年しかいないと言っても過言ではないこの場にいるのは、多分対抗戦を優勝で飾った実妹を讃えにでも来たか。

 姉妹水入らずの明るい話題での会話という、リラックスできる状況にありながら座る姿勢に隙が存在しない。

 かといって鋭く気配を砥いでいるわけでもなし。ごく自然体に、あたりに気を張り巡らせている。

 思わずほぅ、とため息をもらすのも致し方ないというやつだ。何せこの学園に来て初めて、生徒で本物と言える者を見たのだから。なお、次点というか良い線行ってるなと思うのは、斉藤初音及び沖田司の剣道部の上級生コンビである。

 

(叶うなら、是非に手合せを願いたいもんだわな)

 

 なにせ『学園生徒最強』の肩書きの持ち主という。ISは言わずもがな、あの立ち居振る舞いなら生身も相当のものだろう。むしろ、生身の方での手合せを所望する。

 

(ま、まだ時期じゃあないかな)

 

 湧き上がる衝動を理性で鎮める。このIS学園、中々に悪い場所ではない。ISという未知の存在に触れたことで、武人としての自分の追及に新たな視点を加えることができたのは言うまでもない。

 そうしたところから気付いた、鍛えるべき箇所を高めて準備を確実にしてからでも遅くはないだろう。もっとも、その機会が例えば今、向こうから転がり込んできたというのであれば、それはそれで是非も無い話であるが。

 

「ちと、風にあたるかな」

 

 僅かではあるが心が昂っている。ちょうどいい。鎮めがてらに、夜風にあたりながら夜空でも見上げることにする。

 トレーニングセンターから寮に戻る道すがら、ふと見上げた今夜の夜空は中々に良いものだった。海上にあるという、メリットの一つかもしれない。

 善は急げという。寄りかかっていた壁から背を離すと、一夏は屋上に向けて歩みを進めた。無論、その前に屋上で飲む用の温かい飲み物、具体的にはホットのペットボトル飲料の準備を忘れずにだ。

 そして静かに食堂を出る一夏。その背を追っていた微かな視線に一夏は気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園の屋上は基本的にオープンだ。授業が行われる校舎、生徒たちが寝食を行う寮、そのどちらでもだ。ほぼいつでも開いており、そして転落防止用の柵を始め、植え込みやベンチなどの設備が行き届いている。

 そんな屋上のベンチの一つに腰かけながら一夏は、食堂を出る直前に購入したホットレモネードを一口飲む。そして天を仰ぎ夜空を見る。

 寮への道中でも思ったが、こうして改めて見上げると今夜は中々良い空だ。夏や冬の長期休業の際に、泊まり込みで赴いた師の邸宅で、師と共に見上げた夜空を思い出す。

 叶うならばその時のように、舐める程度に嗜んだ米で作ったジュースや泡の出る麦茶をお供にとしゃれ込みたいが、流石にそれは無理なので我慢する。なお、基本的に法律とは守るものであるが、師曰く『細かいことは気にするな』であり、一夏もそれに倣っている。

 

「う~ん、こうやってまったり夜空を眺めるってのも、考えりゃあんまりしてねぇなぁ。うん、悪くはない」

 

 まぁ実家の方に居る時は住宅が立ち並ぶ街の中ということもあり、あまり雰囲気ではなかったのもある。

 だが、この海上にあるIS学園でなら、中々どうして悪くない。

 

「まぁ俺一人の個人的意見だしな……」

 

 そう呟いて一夏は考え込むように顎に手をやる。しばしの後、その手を離すと一夏は再度口を開いた。

 

「ちょっと聞きたいんだけど、あんたはどう思う? 一人まったり見上げる夜空が中々乙な件について」

 

 張り上げるような声は明らかに別の誰かに向けられたものだった。そしてすぐに返答が返ってきた。

 

「同感かな。君、結構ロマンチストなのね。ただ、聞き方がちょっとインターネットの掲示板みたいだけど」

 

「あぁ失敬。友達にね、そういうのが大好きなやつがいるんだよ」

 

「あら、そうなの」

 

 クスクスという笑い声と共に一夏から見ての暗がり、屋上の入り口でもある階段と繋がる扉の方から人影が歩み寄ってくる。

 軽やかかつ優雅な足取りは自然とその者の内で養われた気品というものを彷彿とさせるが、それを見ても一夏は小さく鼻を鳴らすだけであった。

 

「で、こんなところに何の用だよ、生徒会長殿?」

 

「いやぁ、ここ(・・)って言うよりはむしろ()にだね」

 

 言いながら影の主、IS学園生徒会長更識楯無は開いていた扇子をピシャリと閉じながら一夏の隣に立つ。

 

「隣、良いかしら?」

 

「残念だけど、それと同時に俺は撤収しちまうぞ」

 

「……君ね、ちょっとは気を使おうよ、ねぇ」

 

 サラリと隣は御免被ると言い放った一夏に楯無は困ったように言う。だが、それすら一夏はどこ吹く風と言うようにサラリと流す。

 

「いやさ、申し訳ないけど今日のところは一人でまったりしたい気分だったんだ。それに、飲み物も終わっちまったしねぇ」

 

 空になったペットボトルをプラプラと振る一夏に楯無はため息を吐く。

 

「はぁ。評判は本当だったのねぇ……」

 

「評判?」

 

 ピクリを眉尻を吊り上げながら反応する一夏に楯無は頷く。

 

「そう。IS学園初の男子生徒。その実態は訓練馬鹿戦闘馬鹿の無頼者。浮いた話が欠片も無いもんで、新聞部の友達がタネが無いって愚痴ってたわ」

 

「あぁ、いや~、間違ってないわいのそれ。まぁ実際? 確かに別に誰かと恋愛どうこうって感情は今のトコ全然ないなぁ」

 

「うわ~、言い切っちゃう? こんなに良い女の子が目の前にいるのに」

 

「はっ、自分で言うんだからロクなもんじゃねぇな。それに、別に色恋沙汰に興味がないわけじゃあない」

 

 予想外の一夏の言葉に楯無は目を丸くする。

 

「あら、そうなの? あ、まさか恋は恋でもバラ色な……」

 

 冷や汗を垂らしながら一歩後ずさる楯無に流石の一夏も怒る。

 

「あのなぁ、んなわけねぇよバカ。俺だっていい年した野郎なんだ。興味がないわけじゃない。確かに武術ゾッコンは否定しないどころか大賛成だけど、武術家でも恋がしたい! とか思うことはたまにある。ただ――」

 

「ただ?」

 

 ストイックな武術家と思いきや、普通の少年らしさもあるということが分かったことに意外な発見を感じつつ、それでもそうした話がまるでないことの根拠を述べようとする一夏の言葉の続きを楯無は興味深そうに促す。

 

「ティンと来るのが無い。惚れた! とかそんなのを全然感じることがない!」

 

「あ、そう……」

 

 なんというか、非常にコメントに困る。とりあえずは、良い相手が見つかるように頑張れと言っとくべきだろうかと楯無は悩む。

 

「あ~クソ。なんかあんたと話してると変に調子狂う感じがするな」

 

「あらそう? 私は結構君と話すのが面白いと思ってるけど?」

 

「あんたの面白味なんぞ知らん。そんなことは俺の管轄外だ。……失敬させて貰うぞ」

 

 立ち上がり、一夏はその場を立ち去ろうとする。それを楯無は止めない。一応多少の会話はできたのだから、それで良しとしておく。

 この学園全域を見回しても限られた者しかしらない、彼女の特殊な事情と、あとは妹がISで戦った相手だからというやや混じった私事情によって、織斑一夏という人間を間近で見ておきたかったが、ファーストコンタクトとしては悪い方ではない。

 後はまた別の時に追々で良いだろう。

 

「あぁ、そういえば。更識生徒会長殿?」

 

 不意に足を止めて、背を向けたまま一夏が楯無に声を掛ける。苗字に更に肩書きまでつけた含みのある呼び方に楯無は違和感を感じたが、あえて気にせずに応じる。

 

「何かしら?」

 

「噂で聞くにあんたはこの学園の生徒でも随一の使い手と聞く。それは本当か?」

 

「いかにも。『生徒会長は生徒の模範たるべく最強であれ』、別に明文化されているわけじゃあないけど、いつの間にかできていた不文律ってやつね。

 そして私も当然ながらそれに則っているわ。断言しましょう。この学園の生徒において私、更識楯無こそが最強です」

 

「そうか……。そうか、そうか……」

 

 理解したと言うように一夏は頷く。その姿に楯無は小さく眉を顰めた。呟かれる『そうか』という納得の言葉、そこに紛れの無い高揚の笑いが混じっている。

 

「そうか。そうかそれなら、その生徒会長の座を俺が乗っ取るのも中々に面白そうだな」

 

「へぇ……」

 

 楯無が面白いと言うように反応する。一夏の言った言葉、その裏にある意味を取るのであれば自分を打倒するという挑戦の意思に他ならない。

 

「もちろんまだやんないよ。今はまだ、な。けどいずれは確実に、取らせてもらおう」

 

「まぁ私としては挑戦は一年三百六十五日二十四時間受け付けているのだけども、君って結構野心家?」

 

「ん~、さてどうだか。確かにあんたを倒せば『生徒会長』とか『生徒最強』とかひっついてくるけど、俺が欲しいのは俺が強者であるっていう明確な事実だけだし。

 まぁ肩書や称号なんてそいつ次第で後から勝手にひっつくもんだと言うけど、言い換えればそれをゲットしようとすれば必然的にそれだけの能力を得なきゃならないわけで。まぁ実質おんなじことなのかなぁ」

 

「あぁ、そういうことね」

 

 納得したように楯無は頷く。つまるところ彼が求めているのは己の強さ、ただそれだけ。何のためにではなく、本当に欲しいから求めているだけというやつだ。

 あるいはいずれ、それを用いて為したいことの一つや二つ、できる時が来るのかもしれない。ただ少なくとも今このときは、純粋に実力のみを求めているのだろう。

 

「ま、頑張ることね。少年」

 

「あぁ、精々登らせてもらうさ、会長さんよ」

 

 またな色女、そんな言葉を残して一夏は屋上を立ち去る。残った楯無はしばしその場に立ったまま一夏の去った跡を見つめる。

 

「ま、なるようになるのかしらね」

 

 口元に扇子の先を当てながらそう呟く。直後、不意に強く吹いた風に小さく身を震わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し遡る。

 相も変わらない我が物ペースで自主トレを行っていた弟をしょっぴき、自身が担任する生徒であり旧知でもある少女に引き渡した千冬はそのまま真っ直ぐに己の部屋へと戻っていた。

 何事もありはしない。当たり前になれた経路を辿り、当たり前のように部屋の前にたどり着いた。そして当たり前のようにノブに手を掛けてドアを開ける。そこから先も、いつも通りの当たり前であるはずだった。

 だが、その時はその当たり前がズレた。

 

「あら、戻ったのですね」

 

 部屋に入った千冬に投げかけられる言葉。その声を聞いた瞬間、千冬は背筋を強く強張らせていた。

 

「あらあらそんなに怖い顔をして。せっかくの綺麗な顔が台無しですよ。もっと華のある笑顔を浮かべれば良いのに」

 

 まるで姉が妹に語りかけるような声は部屋の奥から聞こえてくる。そして、その声の主は未だ入口に立ち尽くしたままの千冬でも確認ができる。

 

「なぜ貴様が居る。――浅間」

 

 予期しない来客にして紛れもないIS学園への侵入者、浅間美咲を前にして千冬は静かに問うた。

 

「何故も何も、ごく普通に外から入らせて頂きましたが。ほら、そこの窓から」

 

 部屋の奥に千冬が設けておいた椅子に腰かけながら美咲は開かれた部屋の窓を指し示す。

 確かに部屋の換気のために少し開けておいたが、まさかそれを利用しようとは。いや、元よりこの女はそういう存在だったかと己の迂闊を千冬は叱咤する。

 

「もう一度聞くぞ。浅間、何用だ」

 

「……はぁ」

 

 固い声のまま再度尋ねる千冬に美咲は呆れたようにため息をつく。

 

「久しぶりの再会だというのに、口から出る言葉はそれだけですか。もっと旧交を温めようという気はないのですか?」

 

「断る。礼を失しているのは百も承知だ。だがその上で、私はあまりお前と長く関わりたくない。いや、もっと別の然るべき時や場所ならばまだ良かったさ。だが、このような時間にIS学園という場所に不法侵入してきて、警戒するなというのが土台無理というものだ」

 

「あぁ、それに関しては謝りましょう。なにせ、少々急ぎなものでしたから」

 

「詫びなどいらん。用件があるというならさっさとしろ。曲がりなりにも今の(・・)日本の鬼札(ジョーカー)たる貴様がわざわざ来たのだ。それなりのことなのだろう」

 

「そう、ですね。確かにそれなり以上に重大です。ですが、ことあなたなら余計でしょうね」

 

 どういう意味かと訝しむ千冬に美咲は持参していたハンドバッグから紙の束を取り出すとそれを千冬に放る。

 無言で受け取った千冬はその一枚目に目を通す。どうやら紙の束は何かのレポート、報告書の類らしい。そしてその表題を見た瞬間、千冬は大きく目を見開いた。

 

『IS学園クラス対抗ISリーグ時における学園近郊空域での無人稼働IS襲撃について』

 

「どういうことだ、これは」

 

「どういうことも何も、そこに書いてある通りですが?」

 

 小さく舌打ちすると共に千冬は紙を捲っていく。

 一夏の最初の試合時に学園近くの空域、その上層にて警戒にあたっていた美咲と専用機「黒蓮」が謎のISに遭遇、交戦したこと。

 敵性ISを撃破した結果、当該機が人型の機械、すなわちロボットによる無人稼働のISであること。

 そして回収したコアは紛れもなく本物のISコアであること。

 

「出向いたのが私で幸運でしたね。幸いと言うべきか、他に知れることなく事は終えられました。気を付けてくださいね? それ、結構重要な機密ですから」

 

「……それを私に見せてどうするつもりだ。何か貴様の思惑にでも巻き込むつもりか?」

 

「まさか。以前の同僚にして唯一の対等への、ちょっとした心遣いですよ。何せそこに書きましたが、その事件には高度かつ未知足りうる多数の技術の使用、そして貴重品であるISコアのポイ捨てにも等しい行動など、怪しい点が満載ですから。

 さすがに広められるのは困りますが、あなたならそのあたりは大丈夫でしょう。ただ、昔のよしみで気を付けてほしいと思っただけですよ」

 

 行って美咲は用は果たしたと言うように椅子から立ち上がり、部屋に入る時に使ったという窓に歩み寄る。それを千冬は未だ険しいまなざしで見つめる。

 

「そうそう千冬。用事ついでにちょっとお節介を焼きますよ?」

 

「なんだ?」

 

「いえいえ、大したことではありません。ただ――あなたのお友達はお元気ですか?」

 

 その問いはこの短い会話の中で最大級の緊張を千冬に齎した。だが、鍛えた胆力と鋼のごとき精神でそれを抑えつけて表に出さないように努める。

 

「聞けばあなたの友達は何やら大変な立場にあるようですから。あなたもきっと気苦労が多いでしょう? 私も流石に案じるくらいには情はありますよ」

 

 どの口がそれを言うかと思った。任務において最も情けや容赦からかけ離れた存在が情などと口にした所で信用ならない。それこそ、まだ狼少年の方が信用に足るくらいだ。

 

「では、私は行きますね。あぁそうそう。もうちょっと部屋の片づけは丁寧にやるべきですよ? もう良い大人なのだから、そのあたりのことはしっかりしないと。いつまでも弟君に甘えるわけにはいかないでしょう?」

 

「それこそ余計な世話だ。用が済んだなら行け。今夜のことはこれで終いだ。私も、これ以上何も言わん」

 

 最後に小さくフフ、と笑って美咲は窓の縁に足を掛け、一気に夜の中へと身を舞い踊らせる。それっきり、初めから存在などしなかったかのようにその気配が消え失せた。

 

「……」

 

 一人になった千冬は無言でレポートを読み進める。基本的にはパソコンで入力されたものを印刷した形だが、最後のページの一番下、文字通り最後の場所におそらくは美咲の手書きだろうメモが記されていた。

 

『このレポート、大事に扱って下さいね? 何せネットワークにつながるような形での保存はしていないので。よく言うでしょう? 壁に耳あり障子に目あり、電脳世界に兎ありと』

 

 それを見て千冬の眉間に寄った皺がますます深まる。しかしそれもつかの間のこと。やがて眉間の皺を解いた千冬は深くため息を吐く。

 経緯はどうあれ、このレポート自体は決して悪いものではない。確かに己が秘する必要はあるが、それでも知らないままでいるよりはマシというものだろう。

 これからの学園でのこと、それらに思いを馳せて千冬は再度深いため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なんか書きたいこと書いたらずいぶんとな長くなっちゃいましたww

次回は息抜きもかねてインターバルみたいな話にしようと思います。かなり手を抜いた感じになるでしょうね。え?ダメ?そんな~。

とりあえず次の話では一夏と友人の野郎ズの絡みを書きたいなぁと思ったり。
コラそこ、バラを連想するんじゃない!
原作では出番の全然ない御手洗数馬君。せっかくだから彼も弄ってみようと思いました。


……なんかどこぞの水銀ニートみたいになったぞオイ。
うん、軌道修正軌道修正っと……

あと突発的に思いついたドイツの代表操縦者ネタ。
・階級は少佐 ・タバコをよく吸ってる。 ・ポニテ ・ISは大艦巨砲主義 ・女性らしいということに関して結構厳しい。
うん、既視感パナい。軌道修正だ軌道修正。



感想ご意見はいつでも募集しています。では皆様、また次回に。

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