牧場の手伝いとトレーナー業の二足の草鞋、目指すは伝説のポケモンのゲット!

…………ところでお前の隣にいる友人をもう一度よく見て?

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お隣の海神様

 

 牧場の朝は早い。

「ほら、出て来い、お前らー」

 柵を上げて一声かければ牛舎の中のミルタンクたちが楽しそうな表情で群れをなして外へと歩いていく。

 牛なのに二足歩行だとかそんな摩訶不思議な光景に当初は戸惑いもしたが、今となっては日常の一部でしかない。

 ミルタンクたちを放牧している間に牛舎の手入れをする、主に干草の交換などだ。

 餌は基本的には干草だけでも良いが、うちの牧場では質の向上のために木の実を混ぜている。

 寝床の清潔を保つために毎朝の掃除は欠かせない。衛生の悪い環境ではポケモンだって病気にかかるのだ。

 今となっては慣れてしまったが、これがけっこう重労働なのだ。何せ干草だけで毎日数十キロという単位で運送するハメになる。

 ポケモンという超常存在がいるのこの世界だが、人間の側もけっこうぶっ飛んでいる。

 イシツブテで石投げ合戦するマサラ人ほどではないが、うちの父親は重さ約70キロのミルタンクを担いで運べる。

 うんまあ何と言うか、本当に人間だろうか、と思うかもしれないが、自分だって子供のミルタンク(約30キロ)くらいならいける、と思ってしまう辺り本当に()()()()()馴染んでしまっているなと思う。

 

 うん…………この世界、ポケットモンスターの世界。

 

 言い回しで分かるかもしれないが、ボクはこの世界とは別の世界…………『ポケモン』がフィクションだった世界で生きていた記憶がある。

 それがどうして今こうなっているのか、実言うとボク自身そんなこと分かっちゃいない。

 トラックに轢かれて神様に出合ったわけでもないし。

 そもそも転生を夢見たわけでもない。

 普通にほどほどに満ち足りていて、ほどほどに幸せな人生だった。

 まあ別に今の生活に不満があるのかと言われると別にそうでも無いが、文字通り、寝て起きれば別の人間になっていた、という状況は中々に恐ろしいものがある。

 まあそれでも、同じ人間に生まれ変わっていたのは幸いだったのかもしれない。

 これでもしポケモンにでもなっていれば…………一体どこのカフカだろうか。

 カフカ知らない? 変身でググってみればいいと思うよ。

 まあそれはさておき。

 牧場でミルタンクたちがのびのびと遊んだり、草を食んだりしている間にてきぱきと清掃を終わらせ餌を交換する。

 と言ってもミルタンクたちが牛舎に戻ってくるのは夕方なので、この餌が食べられるのはまだ先の話だが。

 一仕事終えて軽く汗を拭うと、家へと戻る。

 自分の早朝の仕事は清掃だけなので、そのまま風呂場へ行ってシャワーで汗を流す。

 仕事着はそのまま洗濯に出し、普段着に着替えるとリビングの机の上に置かれた母さんが作ってくれた朝食を食べ、少し体を休める。

 合間にテレビを見ながら天気予報を見れば今日も快晴のようだ。

 良かった良かったと内心で思いながら、時計を見やればそろそろ次の仕事の時間だった。

 朝から割とハードだったが、ボクの仕事はここからが本番だ。

 

「じゃ、行ってくるね」

 

 未だ牧場のほうでミルタンクたちの世話をする父さんと母さんに声をかけながら、玄関脇に置かれた絞りたての新鮮なモーモーミルクの入ったケースを担ぐ。

 中にびっしりとモーモーミルクの詰まった瓶が入ったこれも軽く20キロくらいあるが、多少重いかな、と思う程度になってきたのは正直こっちの世界に馴染んできたな、と改めて実感するところだろう。

 そうしてケースを担いだまま家の傍に停められた自転車の荷台にケースをセットすると、自転車に跨ってペダルを漕ぐ。

 39番道路は牧場からアサギシティへと向かう分には下り道になっている。

 なので、多少荷物で重くなっていてもスイスイと進める、とは言っても余りスピードを出しすぎても危険だから良くないのだが。

 荷台にあるのは商品だ、ボクの家はこれで生活している以上、何かあっては大問題だし、そもそもうちで世話しているミルタンクたちから取れたミルクだ、そんな粗末に扱うようなことはできない。

 それにこの中の一本は()()に渡す分でもある。今日は無し、とか言ったら一日不機嫌になること請け合いだ、気をつけねばなるまい。

 

 新鮮なモーモーミルクはとても美味しい。

 特にその日の朝に絞りたてのミルクなど、他所の地方に行けば高級食材として扱われることもあるほどだ。

 とは言え、ジョウト地方ではミルタンク牧場が数多く存在し、特に39番道路付近には牧場が密集している。そのため、ジョウト地方は全体的に安価でモーモーミルクを手に入れることができ、特に近場のエンジュ、アサギの両シティに住んでいれば絞りたての新鮮なミルクを簡単に手に入れることができる。

 牧場もゲームのように一つしかないのかと昔は思っていたが、よく考えれば他所の地方にまで流通が通っているのに、たった一つの牧場だけで需要が賄えるはずもなく。

 39番道路だけでも七つの牧場があり、特にうちはアサギシティまで自転車で30分とかからないほど近い距離にあるためもっぱらアサギシティへと商品を卸している。

 個別契約と団体契約とで、別れているが、どこかの店舗など大口の契約の場合、あとで父さんがトラックを使って運送する。

 ボクの仕事は個人で契約している人の家に絞りたてのモーモーミルクを配達することだ。

 

 自転車で坂道を下っていくと、足元がやがてカラフルな石畳で固められた道へと変わる。

 街を囲うように張り巡らされたポケモン除けの柵を抜けるとやがて朝から賑わいを見せる街が見えてくる。

 アサギはジョウト唯一の港湾都市で、同時に交易都市でもある。ゲームでも灯台があったように、朝から晩まで船が出入りし、人で賑わっている。

 まあ交易都市、とは言ってもカントー地方のクチバシティの隆盛ぶりと比べると大人しいものではあるが、そのクチバシティと定期便で結ばれているため、ジョウト地方に限定すれば、商業都市コガネ、観光都市エンジュ、そして港湾都市アサギと他の町と比べれば人で賑わっているほうだろう。

 その性質上、港へ近づくほどに多種多様な商店が増え、逆に町の外周ほど民家が多くなる。今の時間だと、港は漁から帰ってきた船で混雑している時間だろう。水揚げされたばかりの新鮮な魚を求めて朝から市が立ち、人でいっぱいだろうから港には近づかない。

 幸いにして、ボクの配達先は外周部の家ばかりなので港の混雑も関係ない。

 どの民家も家の前にケースが置いてあるので、そこに入っている空瓶と中身の入った瓶を入れ替える。

 前世…………死んだ覚えもないのにそう言っていいのかわからないが、前世だとよく見た光景だ、特に田舎だった実家のほうではどの家にもあった。

 そうして荷台のケースが空瓶で埋まっていくと、外周部の住宅街を抜けてアサギの海岸へと向かう。

 岩礁と砂浜の多いこちらは港を立てるのに不便だったらしく、地元民の間ではもっぱら海水浴場のような扱いを受けている。

 とは言っても、現在時刻八時前後といったところのこの時間帯に海水浴に来るような元気のある人間もいるはずもなく、砂浜はがらんとして物静かにさざ波の音だけが聞こえていた。

 

 道路沿いに自転車を停めて、ケースの中に最後まで残った二本の牛乳瓶を取る。

 両手に瓶を持ったまま砂浜に降り、きょろきょろと周囲を見渡して。

「あっ」

 誰も居ないはずの砂浜の向こう、波打ち際に座した大きな岩場の上に一人の少女が座っていた。

 白が特徴的だった。青いリボンで一本結びにされた腰まで届く長い白銀の髪に、日の光を弾くような白い肌、まるで巫女装束のような白い上着に、青の袴。

「おはよう、るーちゃん」

 自身より少しだけ背の高い少女を呼ぶと、海を眺めていた少女が青みがかった銀色の瞳をこちらへと向け。

「ああ、おはよう」

 素っ気無くそう告げ、再び海へと視線を戻す。

 ふむ、と首を傾げつつ、少女の座る岩をどうにかこうにかよじ登り、少女の隣に腰を下ろす。

「はい、今日の分」

 と、告げて、隣に座る少女へと手にした瓶を渡す。

「ああ、すまないな」

 少女がそう言いながら瓶を受け取る。そのまま手慣れた様子で蓋を開いて少しだけ口へと含む。

「ああ…………良いな」

 しみじみ、といった様子で呟く少女に、再度首を傾げ。

「何かあった?」

 そう尋ねれば、少女がため息一つ吐き出す。

「どうにも最近面倒ごとが多くてな」

「そうなんだ?」

 ボクもまた瓶を開けて瓶に口をつける。

 新鮮なモーモーミルクはとても濃厚だが臭みがない。前世だと牛乳というのは水分を飛ばして味を調整したり、加熱処理の温度を変えて風味を変えたりと割と色々処理工程が入るのだが、この世界の場合、絞ったそのままを出している。一切の味の調整をしないため、ミルタンクの生活環境や食生活によって割と大きく味が変わる。うちは他の牧場よりも出荷数は少ないが、その辺を拘っているため、質が高い、つまり味が良いのだ。

 その分値段はやや高くなる傾向にあるが、それでも売れるし、美味い。

 美味い、というのはそれだけで正義だ、食べ物関係に関して言えば。

 お陰で隣に座る、気難しい友人もこれ一本で割とあっさり機嫌が直る。

「ああ、馳走になった」

 ことり、と空になった瓶を岩の上に置くと、友人が笑みを浮かべた。

「はい、お粗末様。これ回収しとくね」

 空瓶を受け取っておく。瓶は後で洗浄処理をして、再利用するのだから、割ったりしたら怒られる。以前に一本割って拳骨食らってことがあるので同じ轍を踏むことのないよう予めポーチを用意してあるのでそちらに回収しておく。

「はあ」

 そうして友人と二人海を眺める。

 別に何をするわけでもないが、ゆったりとしたこの時間は嫌いではない。

「ああ、そう言えばるーちゃん」

「む、どうした?」

 瓶の半分ほど残ったミルクをどうしようかと一瞬悩み、友人に飲むかと聞いてみると普通に飲むというのでそのまま渡す。この友人はそういうのをさして気にしない性格らしいのは知っているので、ボクも気にせず話を続ける。

「この間の話の続き」

「む、ああ…………とれーなーになる、と言っていたあれか」

「そうそう、ポケモン所持の資格も取ったし、もうすぐ十歳でトレーナーになれるし、そしたらとりあえずあちこっち行ってみようかなって思ってるよ」

 そうか、と友人が瓶を傾ける。中身が無くなることを惜しむようにちびり、ちびりと口に含む友人の姿に苦笑する。

「それにしても」

 そんなボクの視線に気づいたのか友人が首を傾げるので何でもないと誤魔化す。

「とれーなー、とやらになって、何がしたいのだ、お前は」

 友人のそんな言葉にあれ? と首を傾げる。

「言ってなかったっけ?」

「ふむ…………私は聞いた覚えがないな」

 そう言えばそうだったっけ、と記憶を反芻しながら、答えを口にする。

「ボクが別の世界から来たって話したよね?」

「うむ、ポケモンという存在が架空とされる世界の話であろう。まあ多少驚きはあるが、そのようなこともあるだろう」

 ボク的にはけっこう一大決心した話だったのだが、この友人には軽く流されてしまっている。まあだから友人と友人でいられる部分もあるのだが。

「前の世界からすごく好きだったポケモンがいるんだ、だから捕まえようと思って」

 そんなボクの言葉に、友人が僅かに目を(しばた)かせる。

「ほう…………それは初耳だな。それで、何のポケモンを捕まえようとしている?」

 友人が最後に残ったミルクを口にしながら、そんなことを聞いてきたので。

 

「ルギアだよ」

「ぶふぅぅ!!!」

 

 告げた瞬間、友人が盛大に噴出した。

 

 




仕事中にふと思いついて書いてみた一発ネタ。
まあ詳しく解説しなくてもわかるだろう、もしよくわからないなら感想に書いてくれれば適度にネタ晴らしする。


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