最強チートのヒトバシラ~チート無し!ハーレム無し!無双無し!あるのは地道な努力だけ!~   作:独郎

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第八話 「新たなニチジョウ」

前回までのあらすじ

 

要塞での戦いの後、俺を乗せた船は一週間後にバウの港へと着いた。

 

そしてバウの港で血闘将 カイ・サスペードと出会い、

馬車に乗り換えて本国で待つ

剣帝 サーベラス・バウ・ハウンドの元へと向かった。

 

途中、馬車が盗賊に囲まれたが、

カイとシバさん二人の血闘将の力で盗賊達は全滅。

この出来事で改めてバウの恐ろしさを体感した。

 

無事にバウに着くと剣帝への謁見が始まった。

だが剣帝は俺が思っていたものとは若干の違いがあった。

 

___________________________________

 

少し拍子抜けした気分だ。

世界最強の軍事国家の主がああなのかと少し疑いたくもある。

 

ああ、もしかしたら海賊出身の俺に合わせてくれたのか……

いや、仮にも一国の主が自分より下の身分の者にそんな配慮をするか?

 

考えても納得出来そうになかったので

部屋から出た後にシバさんに聞いてみた。

 

「そうですね、私も初めてお会いしたときは偽物かと思いましたよ」

 

「軍の関係者には気さくに接する方ですよ、

特に客人には敬意を払っておられます」

 

「それって、威厳とか大丈夫なんですか?」

 

俺がそう聞くと、

シバさんは一瞬キョトンとした顔になった後に笑いだした。

 

「国を平和にするのは権力でも威厳でもありません、民からの信頼です」

 

「恐怖政治は長続きしないものですよ」

 

そういうものか、やっぱり政治はよくわからない。

まあ……確かに国家元首が世界最強なら安心感はあるだろう。

 

しかし国民は怖くは無いのだろうか、それに一番近いのは自分達だろうに。

いつかその力が自分達に向けられるとは考えないのだろうか。

 

(恐らくそれを危惧されないことが「信頼」なのではないでしょうか)

 

本当に国民が安心できる国なんだな……

 

「ところで、お腹が空きませんか? 私達とご一緒にどうです?」

 

シバさん達から夕食への誘いを受けると、

思い出したように空腹感が出てきた。

 

思えば朝から何も食べていなかった。

腹が減りすぎると一周回って減らなくなるんだよな、おかげで忘れていた。

 

「いいですね、行きましょう」

 

昼間にあんなことがあったから、正直食えそうにない。

特に肉は。

 

でも食わなきゃ死ぬのは俺だしな、我慢しよう。

 

「決まったか? じゃあ行くぞ! 酒だ~」

 

「……早く、ご飯」

 

シバさんの後ろで足踏みし始めていた二人は

俺の返事を聞くや否や走っていった。

カイはいいとして、ハチは大人としてあれでいいのだろうか。

 

「まったく……こういう時だけ早いんですから」

 

残された俺達も二人を追って食堂へ向かった。

 

たどり着いた食堂はかなりの広さだった。

もしかしたら王の間より大きいんじゃないだろうか。

 

ここで食事をしているのはいずれも軍の関係者だろうか、

それにしても凄い数だ。

 

男女問わず、十歳位の子供から、六十位の老人まで様々な人がいる。

 

一つの円いテーブルに椅子が四席、

簡素な白シャツを着た店員達がせわしなく各テーブルに料理を運んでいる。

 

食堂右奥に位置するテーブルでハチ達は既に食事を始めていた。

 

「遅ぇぞー! シバァ!」

 

「もう出来上がってるじゃないですか、飲みすぎは体に毒ですよ」

 

俺達に気づいたハチの顔は赤くなっていた、酒を飲んでいたらしい。

隣にいるカイの顔もほんのり赤く染まって見えるが……まさか……

 

「カイさん、お酒飲みましたか?」

 

「……」

 

カイは黙って首を縦に降った、未成年で飲酒はまずいんじゃないだろうか。

生前の日本じゃ「お酒は二十歳から」って言っていたはずだが……

 

(いえ、彼らは擬人ですし。

そもそも成人が二十歳と決まった訳でもありません)

 

いや、そういうもんか? どちらにしたって子供が飲酒は良くないだろう。

 

生前のトラウマなのか、

どうやら俺は酒、タバコ、薬物などがどうも苦手だ。

 

流石に酒くらいは克服しないとまずいだろうか、ハチの好物なようだが……

飲酒はコミュニケーションの一環と聞いた事もある。

 

俺の酒が飲めねぇのか! 

なんてこの国の屈強な方々に言われればきっぱりと断る自信はない。

 

「さあ、席に着きましょう、料理が来たようですよ」

 

シバさんの目線の先に目をやると

両手に料理の皿を持った人が歩いて来るのが見えた。

 

やがてテーブルに料理が並べられた……

 

うわ、マジかよ。

 

「本日の日替わりメニュー、ガイアス牛の舌の炭火焼き定食になりまーす」

 

「鉄板のほう、熱くなっていますのでご注意ください、どうぞごゆっくり」

 

俺の目の前にあるのは焼肉定食だった。

よりによってこれかと、今一番食べたくないものかと。

 

もう一度並べられた料理を確認してみる。

 

まず、アツアツの鉄板にに山盛りに盛られた牛の舌だという焼肉。

その隣に味噌のような調味料で味付けされている細長いハビっぽい野菜。

それと白いロロコのようなもののしっとりとしたサラダ……いや漬物か?

 

骨付きの肉がトロトロに煮込まれて

薄切りされた透明な野菜が入っているスープ。

 

そしてふっくらと炊かれたシャリコに

一回り大きい別の穀物が混じっている。

意外にも箸があった。

 

普段なら、確実に喜ぶ献立だ。

 

(牛タン、味噌南蛮、葉野菜の浅漬け、テールスープ、そして麦飯……

典型的な牛タン定食ですね、日本では仙台名物として知られています)

 

そんなことはどうでもいい、問題はこの量の肉を完食出来るかだ。

 

(別に食べ切れなければ、お残しなさればよろしいのでは?)

 

馬鹿いえ! ご馳走になっているんだぞ、粗末に出来るか。

もう覚悟を決めた、吐いても飲み込む!

 

「……食べないなら貰う」

 

「いや、食べます! 食べますから! 」

 

目を輝かせ、よだれをすすりながら俺の牛タンに手を伸ばすカイを止める。

 

ええい、ままよ!

 

いただきます!

 

食事開始の儀式を忘れず行い、まずは牛タンの一つに箸を向かわせる。

そして回収した肉汁滴る一切れをシャリコに乗せ、肉で巻いて食う。

 

二秒後、最初に感じたのは嘔吐感ではなく食材の旨味だった。

 

ちょっとばかし肉の味に癖があるのが

むしろこの炊いたシャリコにマッチしている。

びりびりと強めに効いた塩味がシャリコを掻き込む手を休ませてくれない。

 

そしてなによりもこのシャリコの中に混じっている穀物だ。

プリッとした触感が面白く、どことなく香ばしさもある。

おかず無しでもこれだけで十分なくらいだ。

 

細長いハビを口に入れると

芳醇な豆の香りが広がった直後にガツンとした辛さがきた。

その後に白いロロコの漬物をを食べれば、

すっきりしたみずみずしさのある酸味で辛さがちょうど良く中和される。

 

骨付き肉のスープに口をつけると、すぐに繊細な肉の旨味を感じた。

余計な味付けが無く、薄い味付けであるはずなのになぜか満足感がある。

 

長時間かけて煮込まれたであろう肉をスープと一緒に口に入れれば、

咀嚼することで旨味は倍以上に膨れ上がった。

 

肉と一緒に入っていた透明な野菜はシャキシャキと軽快な音と共に、

程よい薬味の役割を果たしている。

 

あっという間に食器は空になった。

 

「あのー、おかわりあります?」

 

お椀を差し出してから自分の外道さに気付いた。

 

ええ、そりゃあ最低ですとも!

ちょっと前まで血を見て肉食えないとか言ってたんだものね!

 

だが、今は何と言われようとも構わん!

今の俺に出来ることはこの素晴らしい瞬間を提供してくれた食材への感謝。

そして最大限食べることによって命を無駄にしないことだ!

 

(ウルフバート様、完全に吹っ切れておられますね)

 

そうとも!俺はもう迷わない!

 

(今までこんなどうでもよい「俺はもう迷わない!」があったでしょうか……)

 

美味かった。

とにかく今まで食べたもののなによりもシンプルに美味かった。

 

これは自分で作れるようになりたい……そう思うほどに。

 

「なかなか豪快な食べっぷりだったぜ、やっぱ雄はそうでなくっちゃな!」

 

結局、四回大盛りでおかわりした俺はハチから称賛の言葉を貰った。

だがそれよりもカイの十回のほうが多い、

あの小柄な体のどこに入るのだろうか。

 

「さて、飯も食ったし行くとするか!」

 

「どこへです?」

 

「決まってんだろ、今日からお前の寝床になる場所だ。」

 

ああ、そういえば剣帝は俺をハチに預けると言っていたな。

そういうことなら今日から俺の寝床は軍の施設になるのか。

 

ハチが席を立つ、俺もそれに続いて立ち上がった。

 

「あれ? シバさん達は行かないんですか?」

 

「今ちょっとカイが食べすぎてしまって

動けないようなので付き添うことにします」

 

「……満腹、満足」

 

カイは幸せそうに食後の緩やかな倦怠感に身を委ねている。

確かにあれだけ食べては動けないのも無理はないか。

 

「そうですか、今日はご馳走様でした。ではまた明日」

 

「ええ、おやすみなさい」

 

「……」

 

椅子を二つ使って寝っ転がっていたカイも手を振って挨拶をしてくれた。

そんな訳でここで二人と別れることになった。

 

それからは千鳥足気味になっているハチの後を支えながらついていった。

軍の宿舎は城から入ったのとは

逆の入口から出て右に曲がったところにあった。

 

流石に大所帯のバウ帝国軍だ、宿舎というより数十回建てのホテルに見える。

しかし、城より大きいというのはどうしたものか。

 

本当に自分の威厳とか気にしないんだな、あの王様。

 

「でっけぇから部屋の番号間違えないようにしろよ?」

 

そう言いながらハチが俺に渡したのは部屋の鍵だった。

鍵の持ち手には306号室と彫られていた。

 

「じゃ、俺は寝るから」

 

「えっ? ちょっとまって下さいよ。まだ聞いてないことが……」

 

要求を伝えきるまえにハチは重力を操り、闇夜に消えていった。

一人残された俺に出来ることは一つだった。

 

306号室……行けばわかるか……。

 

明日の予定とか、

俺は結局どういう扱いになるのかとか、

部屋の使い方とか……

 

諸々聞きそびれてしまった、情報が乏しいと行動にも影響するものだ。

 

宿舎の各階にあるネームプレートによれば

部屋は一フロアに十部屋あるらしい。

 

えっと、じゃあ306号室は…………

 

(三十一階ですね、最上階です)

 

あの野郎……やめよう、怒りは無駄に体力を使う。

なにせこれから三十階分の階段を上がるのだからなおさらだ。

 

夜なのでなるべく静かに上がっていくが、

気をつけていても静かな夜に足音は響く。

十五階辺りで一度休憩を入れた、食べてすぐの運動はきついな。

 

休み終わってからは一気にいった、

三十一階に着く頃には息が上がっていた。

 

まったく情けないことだ、

階段の上り下りに加えて走り込みの習慣でもつけるか。

 

やっとたどり着いた306号室は既に明かりが付いていた。

 

同居人がいるのか、

出来れば睡眠を妨げない程度にうるさくない人がいいものだ。

 

まずは扉をノックしよう、ノックもせずに入るのは失礼だ。

突然入って同居人とトラブルでもあったらその後の生活が気まずくなる。

 

要するに、俺はラノベなんかの「お約束」が怖いのだ。

こう、主人公が部屋に入るとヒロインの着替えに出くわすとかいうのが。

 

まあ俺は主人公なんかではないし、

ここにいる兵士なんて大概男だろうから心配するだけ無駄だろうが……

 

それでもこの世界は俺のいた世界から見れば創作物の世界だから、

そんなことが起こるのを危惧せざるをえないのだ。

 

(……実は期待してませんか?)

 

してない、断じてそんなことはない。

もしそんな展開になったら土下座して自分の目を潰す覚悟がある。

 

(そこまでなさらなくてもよろしいのでは!?)

 

大きく深呼吸をしてから、俺は木製の部屋のドアを軽くノックした。

コンコンと乾いた音がなる、まず自分が誰かを伝える必要があるか。

 

「今日からお世話になります、ウルフバートです。

入ってもよろしいでしょうか?」

 

返事を待っていると部屋のドアが開いた。

女性だ、一瞬で分かった。

 

頭にタオルをかけていて上半身が裸、

固そうな素材の青いズボンを履いている。

赤い長髪は濡れていて、ぎりぎり胸の先端部分を隠していた。

 

そうだ、目を潰さなくては。

 

「あー、君がウルフバート君? まあ取り合えず入って」

 

そういった彼女に手を引かれ、部屋に引き込まれた。

取り合えず目は閉じておこう。

 

「忠剣様から聞いてたよ、私はサーシャ、今日からよろしくね。」

 

ああ、自己紹介されているのか。

俺はそれを適当に聞きながら、目を潰すための刃物を探していた。

 

……そういや背中にあったか。

 

(おやめ下さい! ウルフバート様! これはしょうがないですから!)

 

エクスパが必死に抵抗している。

ええい! 俺だってこうなるとは思わなかったんだよ!

 

でも決めちゃったんだからやるしかないだろ!

 

(これは完全な不可抗力です、それにあなたは今、十歳なんですから)

 

法や世間が許しても相手に許されない限り、俺が自分を許せねぇ。

いいから抵抗をやめろぉ!

 

「さっきから目を瞑ってるけど……ああ! もしかして恥ずかしかった?」

 

「ゴメンね、さっきまでお風呂入ってたから。

……もう目を開けて大丈夫だよ」

 

そう言われて恐る恐る目を開けると、

彼女は薄い白の肌着を着てイスに座っていた。

すぐさま俺は彼女の前に進むと土下座の体勢に入った。

 

「すいませんでした。」

 

俺の謝罪の言葉の直後に彼女は腹を抱えて笑った。

 

「真面目だなぁ、別に君くらいの歳の子に見られてもなんともないよ」

 

「第一、そんな可愛い顔してたら

女風呂入ってたって気付かれないんじゃない?」

 

そう言って彼女はさらっと許してくれた。

 

合掌

我が神ヨンに感謝します、子供から始めさせてくれたことを。

 

(本当に、一時はどうなることかと思いましたよ……。)

 

俺にテーブルにつくように促すと彼女は席を立ち、

俺の視線から左手に見える壁に埋め込まれた扉を開けた。

 

ケヴィンの船にあった冷凍室の簡易版だろうか……。

彼女はそこから円柱状の透明な入れ物を取り出した。

見たところ中身は透き通った茶色の飲み物のようだ。

 

「十歳位の男の子って聞いてたからどんな悪ガキかなって思ってたんだけど……

えっと、飲み物お茶でいいよね?」

 

「あ、はい」

 

更に透明なグラスを二つ、

食器棚から取り出して彼女はテーブルに戻ってきた。

彼女はグラスをテーブルの上に置き、俺の正面に座った。

 

「まさか、こんなかわいくて礼儀正しい子だとは思わなくって安心したよ」

 

お茶をグラスに注ぎながら彼女は俺を褒めた。

俺だって伊達に十年間敬語を続けてきたわけではない。

俺はちょっとだけ誇らしい気分になった。

 

だが、かわいいはどうしても言われるのだろうか……

早く成長したい、イケメンとは行かないまでも男らしくなりたい。

 

そんなことを考えて、俺は渡されたお茶を一気に飲んだ。

水分が全身に染み渡る。

 

この爽快感のある後味は何だろうか、後で聞いてみよう。

 

「そうだ、今日は疲れたでしょ? 君もお風呂に入りなよ」

 

一瞬、脳裏を「残り湯」という単語が過ぎった。

すかさずその煩悩を捕まえ、惨殺する。

 

煩悩よ、死ねぇ!

 

早く精神が成長しないものか、この弱い意思ではもう辛くなってきた。

ただでさえ、数秒前まで裸だった人が目の前にいるのだ。

 

サーシャといったか、改めて見れば彼女は色白で整った顔立ちだ。

肌着を着たとはいえ、下着は着けていないようで汗で肌が若干透けて見える。

 

まだしっとりと濡れた赤い長髪、

さっきから部屋には若干いい匂いが漂っている。

それこそ男だらけの海賊船では嗅いだこともない上品な香りだ。

 

……じゃなくて死ねぇ! 煩悩よ死ねぇ!

てか俺が死ね! ちくしょう!

 

(見事に本能に翻弄されていますね……)

 

一刻も早くここから逃げなくては、理性が持たない。

ここは風呂だ、彼女の言う通り風呂に入ろう。

 

目一杯、冷水を被ろう、そうだそうしよう。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

そそくさと席を立ち、急いで先程から見えていた左手奥の扉へ向かう。

慌てすぎたのか、途中でイスに足をぶつけた。

 

俺は悶絶した、当たった部位は足の中でも特に痛い小指だった。

 

「ちょっと、大丈夫?」

 

「大丈夫です、何ともありません!」

 

椅子を引いて駆け寄ろうとしたサーシャを手で制止する。

俺は歯を食いしばって風呂場に向かった。

 

服を脱ぎ、ウルフバートは脱衣所に置いていく。

エクスパは剣にはまっているので一緒にはいけない。

 

そもそも石とはいえ、

エクスパだって女性なのだから一緒に入浴などできない。

という訳でエクスパはしばしの間お留守番だ。

 

(ご配慮ありがとうございます、ではごゆっくりどうぞ。)

 

風呂場に入るとサーシャから漂っているいい香りがした。

深呼吸したくなる衝動を押さえながら、急いで窓を開けて換気する。

 

この体、身体能力が高いのはいいが、どうも鼻が利きすぎる。

 

どこかに水は無いかと探していると、前世では見慣れていたものがあった。

水道の蛇口だ。

 

だがあの捻る部分が無い、どうすればいいのかと色々いじっていると

蛇口の先端が回せることに気付いた。

 

ねじの要領で反時計回りに蛇口の先端を回していくと、冷水が出てきた。

それほど勢いは強く無いようだが、頭を冷やすのに重要なのはその温度だ。

 

桶に冷水を汲み、俺はそれを頭から被った。

 

頭が痛い、全身に冷たさが染み渡る。

だがおかげで冷静さは取り戻せたようだ。

 

俺は忘れずに蛇口を閉め、浴槽へと向かう。

 

灰色の光沢のある石で作られている浴槽の蓋を開けると、

大量の湯気が俺の顔を覆った。

 

つま先を湯舟に張られたお湯につける。

熱すぎず、ぬるすぎず、絶妙な湯加減であることが確認できた。

 

冷水に頭を突っ込んだせいで凍えていた俺はすぐさま風呂に飛び込んだ。

肩までお湯に浸かれば、体の奥底から沸き上がるものがあった。

 

「はぁ~」

 

全身の力が抜け、沸き上がる幸福感がため息として出た。

 

風呂に入ったのなんていつ以来だろうか、

記憶を辿ってみると、

どうやら前世で家が焼け落ちてから入っていないようだ。

 

いくらケヴィンの海賊船が居住性抜群だったとはいえ、

海の上では真水が貴重で、風呂に使える程に余ってはいなかった。

 

この国は背後に巨大な滝があるため、水資源には事欠かないのだろう。

だがどうやってこんなに大量のお湯を用意するんだろうか。

 

時代劇なんかで見る釜戸や、前世で見た湯沸かし機がある訳でもなさそうだ。

上がったらサーシャに聞いてみるか。

 

今日はいろんなことがあった。

バウに来て、盗賊に襲われ、カイやサーシャと出会い、剣帝と話した。

 

ケヴィン達は無事にガルバーン達と合流出来ただろうか。

今度彼らと会うときは俺達は敵同士だ。

 

目的の為なら彼らの命を奪うことにもなるかも知れない。

その時はためらわずにやろう、俺が使命を果たさなきゃどうせみんな死ぬ。

 

思い出せば、この世界に来てからというもの俺は運がよかった。

 

かなり無茶をやったが、今日まで生きてこれた。

だが、それは周りにいつも守ってくれる存在がいたからだ。

 

出会いに恵まれていたのだ、俺は。

 

それこそケヴィンに拾われていなければ、俺は最初に死んでいた。

ファーガスさんに出会わなければ、料理に興味を持つことはなかった。

ワイネさんに教えてもらわなければ、俺は農業なんて出来なかった。

ゴバンが助けに来なければチンピラに殺されていた。

ハチがいなければバウに来ることは出来なかった。

シバさんとカイがいなければ山賊にやられていた。

 

ふと数えてみただけでも、なんて俺は幸運なんだろうと思った。

少し恵まれ過ぎだと自分でも思う。

 

だが、彼らに頼っていられたのは今日までの話だ。

もう簡単に助けられはしない、いつまでもおんぶに抱っこは嫌だ。

 

俺は強くならなくてはならない、それこそ誰にも負けない位に。

誰にも守られることのない存在になりたい。

 

明日は早起きをしよう。

今の俺に必要なのは今の所、戦闘技術だ。

 

自分で調べるか……誰かに教わるか……。

それはまたエクスパに相談してみるか。

 

さて、長く湯舟に浸かり過ぎた。

のぼせる前に上がるとしよう……。

 

おっと、体と頭を洗うのを忘れる所だった。

ちゃんと洗剤もあるんだな、よく泡立ついい洗剤だ。

 

髪を洗おうと洗剤をつけるとサーシャから感じた匂いが風呂場に広がった。

……シャンプーの香りだったのか。

 

サーシャの香りと信じた俺の夢ははかないものだった。

……本当どうしようもねぇな、俺。

 

 

 

俺が風呂から上がると、

出口でタオルを持って待ち構えていたサーシャに髪を拭かれた。

 

頭を拭かれながら風呂で疑問に思ったことを聞いてみると、

次のような回答が得られた。

 

暖かいお湯はどこから来るのか、

それはこの国が大きな山に囲まれた温泉地帯だからだそうだ。

 

どの部屋にも同じような源泉かけ流しの風呂があるらしい。

 

そして今、俺はクシで髪を梳されている。

 

「別に髪まで解かさなくても……」

 

「だーめ、せっかく綺麗な長髪なんだから。もったいないよ」

 

「いや、俺としては邪魔なんで切っちゃおうかと思ってるんですけど……」

 

もう女の子に間違えられるのは御免だしな。

 

「えーっ! やめた方がいいよ、絶対にダメ。

 バウでは色の薄い髪ほど美しいって言われてるんだから」

 

つまり白が一番綺麗だというのか。

 

そもそもなんで俺は白髪なんだ?

この世界に来てからというものの、白髪なんて俺しか見たことないぞ。

 

(転生の際に我が神が創られた貴方の体は前世の影響をある程度受けています。

それがたまたま髪の色となって表れたのでしょう。)

 

それじゃあ白髪《はくはつ》じゃなくて白髪《しらが》だな、

美しくも何ともない。

 

「私はルー君の髪の毛好きだなぁ、もっと大事にしなよ。」

 

「ルー君って俺のことですか?」

 

俺が振り返って聞くとサーシャは頷いた。

 

「そう、ウルフバート君じゃ長いでしょ?」

 

「それもそうですね、じゃあこれからはそうしましょう。

そうだ、サーシャさんは呼ばれたい愛称とかありますか?」

 

俺がそう聞くとサーシャは腕を組んで悩み始めた。

少しの間待つことになったが、ようやくまとまったようだ。

 

「……えっと、お姉ちゃん……かな……」

 

彼女は若干気恥ずかしそうに答えた。

 

あー、うん。

 

それはちょっと精神持たない、嫌だとかじゃなく純粋に恥ずかしい。

ただでさえ見た目かわいいそうなのに、弟属性まで増やせと?

 

だが、彼女は俺をあっさり許してくれたしな……どうしようか。

 

「お願い! 私一人っ子でさ、弟欲しかったの! だめ?」

 

若干、興奮した様子で彼女は顔を近づけた。

 

ちょっとそんな目で俺を見るな、わかったわかった。

そのうち慣れるはず、死にそうなくらい恥ずかしいのは最初だけと信じよう。

 

「わかったよ……お、お姉ちゃん……。」

 

勇気を振り絞った一言だったが、気付けばお互いに顔が真っ赤だった。

 

一応違和感の無いように敬語を使わないで言ってみたが

ダメだ、やっぱり恥ずかしい。

 

そして今更のようだが、俺は敬語以外で喋れる人と会話した経験が乏しい。

敬語を使っていないとろくに会話も出来ないようだ、これはまずい。

 

「も、もう寝ますね!」

 

「う、うん! おやすみ」

 

二つ並べられたベッドの片方に俺のスペースがあった。

俺はすぐにそこに横になり、毛布を被った。

 

部屋の明かりはサーシャが消してくれたようだ。

この国はちょっと前世の世界並に文明が発達している節がある。

 

明かりがある、冷蔵庫もある。

どう考えても機械や電気無しで行えるものだとは思えないが……

 

思えば水道ってどう動かしてるんだろうか、やっぱり電気か。

 

(ウルフバート様のおられた世界の話ですと、水道は電気でポンプを稼動させ

その圧力で水を届ける仕組みになっています。)

 

やっぱり電気は不可欠か、この国の便利さは謎が深まるばかりだ。

なんだか気になって来たんだが……エクスパ。

 

(今日は早く寝られるのではなかったのですか?)

 

そういえばそうだった、夜更かしはするべきじゃない。

というか、風呂では離れてた筈なのにのにちゃんと聞こえてたのか。

 

(しっかりと計測した訳ではありませんが、

障害物の有無に関わらず半径5メートル圏内なら心による意思疎通は可能です)

 

わりと狭いな、でもそんなもんか。

その距離を伸ばせれば色々と便利なんだがな……

 

(ウルフバート様はそうやって次々に考え事をなさりますね、

うまく寝付けないようでしたら羊でも数えましょうか?)

 

やめてくれ、なんだか小腹が空いてきた所だったんだ。

予定通り今日は大人しく寝るよ、ここは軍隊だしきっと朝は早い。

 

(今日は一日お疲れ様でした、ではおやすみなさいませ。)

 

お前もお疲れ様。

最近、スリープモードにならないように頑張ってたんだろ?

やっぱりお前は道具じゃないよ、お前はエクスパ・ゲージだ。

 

彼女にその心の声が届いたかは分からない、

だが俺は彼女の安心したような寝息を聞いただけで満足だった。

 

 

 

 


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