最強チートのヒトバシラ~チート無し!ハーレム無し!無双無し!あるのは地道な努力だけ!~   作:独郎

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第七話 「命のイロ」

前回までのあらすじ

 

ダイカン奪還に向かったケヴィンたちを追ってバウの要塞にたどり着いた、

ゴバン、ファーガス、俺の三人は船員達と勝利の喜びを噛み締めた。

翌日、四剣「忠剣 ハチ」が要塞に訪れると、

俺の提案で船の急降下突撃による先制攻撃をしかけることに。

 

しかし、四剣の人を超えた圧倒的な力の前に攻撃は失敗に終わった。

要塞も攻略され、ゴバンもファーガスさんもケヴィンも皆やられてしまう。

 

船員達を守るために無力な俺は己を偽り、彼らを裏切るしかなかった。

 

___________________________________

 

船がいつもより揺れて感じる。

とても気分が悪い、今にも吐きそうだ。

ハチの戦艦に乗った俺はこれからバウへと向かう。

十年かかってようやく自分の使命を果たすために動き出せるというわけだ。

 

夢のように幸せだった十年間は、良い休暇になったと考えよう。

これで心置きなく使命に取り組めるというものだ。

 

こんなにも幸せな時間はもう来ないのだろう。

これほどまでに非力な俺には大切なものを抱えることなどできない。

 

今の俺じゃ何も守れない。

目的のためにも当分はバウで力をつける必要がある。

 

……俺の存在が彼らにとって重要だったとは言わない。

 

だが、少なくとも俺は彼らが好きだった。

その彼らに涙を流させた自分自身が許せないのだ。

人を泣かせた俺には幸せに笑う権利など無い。

 

俺にとって一週間は反省期間にしては短く感じた。

しかし、いつまでも後悔させてくれるほど時間がないのが現状だった。

 

船は一週間後、バウの港町に停泊した。

船を下りると広がっていたのはチェト・イベツ以上の巨大な港だった。

右を見ても、左を見ても視界全てに船、船、船。

 

そのスケールに圧倒されたおかげで、少しは気分が良くなった。

しかし、暗い船内でずっと考えごとをしていたせいか太陽が眩しい。

 

俺はすぐに立ち眩みを起こして座り込んだ。

 

「大丈夫ですか? ちゃんと食べないからですよ。」

 

俺の横から男の声がした。

声のした方を見ると話しかけた男が

俺の傷を治してくれた人だと分かった。

 

あれから考えてみたがこの人はどうやら治癒能力を持っているらしい。

 

「あなたは……えっと……すいません、お名前をまだ聞いてませんでした。」

 

「おっと、これは失礼」

 

そう言うと男は姿勢を正し、右手を胸に当てた。

 

「私はバウ帝国、忠剣指揮下、血闘将 シバ・サスペード。」

 

「どうぞ御見知りおきを、ウルフバートさん?」

 

そういって彼はにこやかに笑った。

なんでこうもハチの部下は子供のように無邪気な笑顔をするんだろうか。

お前ら兵隊だろと思う。

 

さりげなく俺の名前を知ってる辺り、バウの情報収集能力の高さが伺える。

 

「こちらこそよろしくお願いします。ところで……」

 

「サスペードというのはハチさんの姓ですよね、ご親族なのですか?」

 

どうでもいいことだがふとした疑問をぶつけてみる。

そうすると、シバの表情が少し曇り、

少し間をおいてそのままの重い表情で彼は語りだした。

 

「いえ、犬族は仕える主君に姓を付けてもらうのですが……」

 

「うちの場合は……ほら、主君がめんどくさがりやですから……」

 

シバの表情が一層暗くなった。

 

「自分の姓を付けるんですよぉぉぉ! しかも全員にぃぃぃ!」

 

突然泣き出してしまった、

俺にはよくわからないが部下なりに苦労してるんだろうな。

 

しかし腕は立つが上に立つものとしてはダメみたいだな、忠剣。

 

俺は悪い上司では無いよな、エクスパ?

 

(……さぁ? どうでしょうか?)

 

……改善を前向きに検討させていただきます。

 

そうか……俺も人のことは言えなかったか。

俺も自分を悔やんでシバと一緒に泣いてしまいたい気分になった。

 

「……何してる、血闘将のくせに情けない。」

 

完全に泣きのスイッチが入ってしまったシバさんに声をかけたのは、

10代始めくらいの少女だった。

 

釣り目がちの茶褐色の目は瞳孔だけが青く輝いている。

虎の毛皮を縞模様で分けずに混ぜたような黄色と黒が混ざったような色の髪を

後ろで束ね、ハチと同じような柔道着の格好をしていた。

 

頭の耳から推察するにこの人も犬族のようだ。

 

「カイ! 戦闘しかしない貴女に管理職の辛さがわかるものですか! 」

 

「……いいから来い。」

 

そう言うとカイと呼ばれる少女は、騒ぐシバの襟を掴んで引きずっていく。

身長は俺と変わらないが、見た目に寄らず相当な怪力のようだ。

 

シバが引きずられるのを眺めていると、

カイは途中で思い出したように振り返った。

 

「……忠剣様と他の兵達はもう来ている、お前も早く来い」

 

無表情のカイが開いた左手をパキポキ鳴らしながら手招きをする。

俺も引きずられたくはない、黙って付いていくか。

しかし、何も食べてないから力が出ない。

意外に速いカイの足並みについて行くのは大変だった。

 

いっそ、引きずられる方が楽か?

 

「やめなさいカイ! やめろ! いや、やめて下さい! 」

 

「絞まるっ! 首! 背中痛い! 」

 

いや、楽なんてするつもりはない。

 

カイの背は低いので、シバの体はほとんど地面に接触している。

残念だが、シバの必死の抗議はカイに無視されているようだった。

 

しばらく町を進むと遠くに門が姿を現し始めた。

馬車のようなものが留めてありよく見るとその近くにハチもいた。

すると途端にカイの歩くスピードが上がり、ついには走り出した。

 

ああ……投げられた。

彼は大丈夫だろうか……。

 

一方、すぐさまハチに駆け寄っていったカイはというと……

満面の笑みでハチに頭を撫でてもらっていた。

 

めちゃくちゃ尻尾振ってる、耳も垂れてる、

さっきまでの冷たい雰囲気は何だったのだろうか……

 

「……ボス、私頑張った。」

 

「そうか、よし偉いぞ!」

 

……傍から見てるとまるで犬と飼い主だな。

なんかこう、俺達は「とって来い」感覚で連れて来られた感じだ。

 

「……や、やっと解放された。」

 

俺の後ろからカイに投げられたシバが戻ってきた、本当、お疲れ様です。

心の中でその苦労を称し、「さん」づけにすることにしますよシバさん。

 

「お? お前らも来たか。」

 

カイを撫でていたハチがこちらに気付いた。

 

「馬車に乗り込め、夕方までに兄貴……剣帝様に謁見の予定だ。」

 

そう言われて俺達は馬車に乗り込んだ。

俺は、擦り傷だらけのシバさんが気の毒だったので肩を貸そうとすると。

 

「いえ、お構いなく。自分で治しますので……。」

 

やんわりと断られた。

この人、治癒能力なかったらいつか死ぬんじゃないだろうか……

 

馬車に乗ったのは俺達四人だけだった。

馬車の車の中はやや広い相席になっていて、

左側に俺とシバさん、右側にハチとカイが座った。

 

 

やがて馬車はガタゴトと音を立てながら進み始めた。

 

……しかし乗り心地が悪い、さっきから何度も体が小刻みに揺れている。

全く揺れを感じなかったケヴィンの船とは大違いだ。

しばらく車内は馬車が揺れる音以外はほとんどしない沈黙の空間だった。

 

「そういや名前忘れちまったな、兄貴……剣帝様から聞いたはずなんだが」

 

沈黙を破ったのは忠剣ハチだった。

 

「ウルフバートさんです、それくらい覚えていて下さいよ……」

 

ハチの発言に対し、シバさんは飽きれ顔で返した。

それを正面からカイさんが物凄い殺気を放ちながら睨んでいる。

 

「ウルフバートといいます、これからよろしくお願いします」

 

一応、まだ挨拶をしていなかったのでハチに挨拶をした。

 

四剣はこの世界では最大クラスの規模を誇る国のNo.2だ。

コネとしては絶対に確保しなくてはならない。

 

「まあ知ってると思うが、俺は忠剣 ハチ・サスペード。」

 

「私はボスの忠臣、血闘将 カイ・サスペード。」

 

「改めて申し上げます、同じく血闘将 シバ・サスペード。」

 

シバさんの行ってた通り本当に全員同じ姓なんだな……。

でも考え方によっては家族みたいでいいかもしれない。

 

「ウルフバートさん、あの暴力的な雌には近寄らない方がいいですよ」

 

「……気を付けろウルフバート、そいつ雄でも犯すぞ」

 

「ありもしない嘘をつくのはやめなさい!」

 

狭い馬車の中で二人はお互いを睨み合っている。

 

どうやらシバさんとカイは犬猿の仲のようだ……いや、犬犬の仲か。

 

か、家族みたいでいいよな、ケンカも。

しかし、どうやら犬族は男女ではなく雄雌なんだな。

どんな文化なのか興味が湧いてきた。

 

「それぐらいにしておけ、ただでさえ乗り心地が悪くて眠れねぇんだよ」

 

ハチの一言で取っ組み合いになりかかっていた二人のケンカが収まった。

というか寝る気でいたのか? めんどくさがりやは本当のようだ。

 

「ハチさん、寝られないなら俺にバウのことを教えてくれませんか?」

 

「すまんがシバにでも聞いてくれ、早起きしたせいで眠いんだ」

 

そういったっきり、ハチは馬車の中で横になった。

待っていましたとばかりにカイがハチの頭をひざ枕で受け止めた。

実に満足げな顔でいるが、重くないのだろうか。

 

 

仕方ないのでシバさんの方を向くと、シバさんは大きなため息をついた。

 

「さて、何が聞きたいんですか?」

 

内心、面倒がっているだろうに……仕事熱心な人だ。

その後、目的地に着くまでシバさんを質問攻めにして手に入れた情報は

なかなか興味深いものだった。

 

まずバウの文化について

バウは様々な国を侵略して出来た国であるため、

多種多様な文化が混ざっているらしい。

そのため人種も多い、擬人も多いようだ。

宗教なんかは特に強制されず、差別なんかもなく、治安もいいらしい。

 

聞けばただの良い国に聞こえるが、真相は違うようだ。

 

バウの最高戦力である四剣にはそれぞれ平時における役割が存在する。

正剣が警察組織、裁判所の運営。

調剣が産業、外交、開拓。

忠剣が軍事の最高責任者。

名剣が娯楽、宗教、国の情報網の管理。

 

なるほど差別も宗教も勝手をやらないわけだ、

圧倒的な力の下ではまず間違いは起こらない。

 

続いてバウ帝国とは?

人口約8億人、国土面積約5000万平方km。

大ガイアス洋、西ガイアス洋、モラド海の三洋全てに面している。

歴史上最大の軍事大国だ。

 

正直、国土面積5000万平方kmなんて想像できないのでエクスパに聞くと……

 

(ウルフバート様がおられた世界の歴史ですとモンゴル帝国という国が歴史上最大の国ですね、それでも国土は3300万平方kmですが。)

 

バウが明らかにおかしい大きさだということだけは分かった。

そう思うと俺達が攻めた元ダイカンの要塞も、

バウからすれば小さな砦程度でしかないのだろう。

 

体感で1時間程馬車に揺られると、なぜか馬車が止まった。

馬車の窓から首を出すと、馬車は十数人の男達に取り囲まれていた。

 

「おい! 出てきやがれ! ここを通りたきゃ金目の物を出してもらおうか。」

 

男達の中でも一際厳つい顔をした奴がそんなことをいった。

リーダーだろうか。

隣にいたシバさんも奴らに気づいているようだ。

 

「恐らく山賊でしょうか、カイ! 

馬を奪われる前にさっさと撃退しますよ。」

 

シバさんがカイにそう言うと。

 

「……無理、ボスのひざ枕で忙しいから。」

 

カイはものすごくどうでもいい理由でそれを断った。

 

「……わかりましたよ! 私一人でやればいいんでしょう……本当にもうっ!」

 

シバさんは渋々承諾し、勢いよく立ち上がった。

そして馬車の出口に向かい始めたシバさんに俺は提案した。

 

「俺、手伝いましょうか?」

 

要塞の時、俺は実践経験も訓練も全く足りなかった。

少しでも強くなるためにはまだまだ経験が足りないのだ。

今数え直したら山賊の数は十七人、一人くらいは……やってやる。

 

「いえ、貴方は護衛対象ですから。

万一のことがあれば処罰されるのは私達です。」

 

「それにちょうどいいですし、

最強の軍事国家バウの将の力、見せてあげましょう。」

 

そういった彼に、俺は初めて言い表せぬ恐怖を覚えた。

 

 

だが、今はその恐怖が味方だ。

そう思うと恐怖はすぐに安心に変わった。

 

俺は馬車の窓からシバさんを見守っていた。

馬車から降りた彼はリーダー格の男の前まで出るとこう言った。

 

「一応最初に聞いておきますが……降伏の意思は?」

 

「ああん? なに言ってやがるこのヒョロヒョロ野郎!」

 

振り下ろされた山賊の背丈ほどもある巨大な斧はシバさんの細い右手に阻まれた。

初めて会った時からさっきまで、細目がちだった彼の目がはっきりと開かれる。

 

「なるほど……降伏の意思無しですか……ではこちらからもご挨拶を。」

 

過剰治療《オーバーキュアー》! 「細胞自殺《アポトーシス》」!

 

シバさんはそう叫びながら左腕で山賊の腹部を貫いた。

だがすぐに腕は引き抜かれ、シバさんが腹部に触れると傷が塞がれた。

 

不思議と血すら出ていなかった、一体シバさんは何をしたかったんだろうか。

待てよ、よく見ると山賊の様子がおかしい。

 

「あ、が……なにをした?」

 

「少し貴方の体をを弄らせていただきました。」

 

「貴方方にも分かるように説明しますと、私が今触った細胞はちょっと自意識過剰な勘違いをしたものとなりました。」

 

「故に、現在の貴方の細胞は体にとって悪い細胞です。そして体は正常な動きに戻るために一斉に細胞に対して自殺をさせます。」

 

「ですが貴方の体では今以上の細胞が作り出せません、自殺を繰り返した体はいずれ……おっと、もう終わってしまいましたか」

 

直立不動になっていた山賊のリーダーはシバさんの言葉を

最後まで聞くことなく、そのまま地面に倒れてしまった。

 

聞いていた俺もよく分からなかったが、

シバさんは血の一滴も流すことなく人殺しをやってのけた。

いたって涼しい顔で、少しも恐れることなく。

 

俺に足りなかった殺意とはこのことなんだろうか。

 

「はい、これで一人。」

 

「さて、次の方はどなたです?」

 

シバさんが冷たい目つきで山賊を睨むと、山賊達は一瞬たじろいだ。

 

「おい、頭領がやられちまったぞ……」

 

「どうする……」

 

山賊達はまだこの光景を現実として受け入れられていないようだ。

無理もない、彼らだって悪夢だと思いたいだろう。

 

「チクショウ! 弔い合戦だ!」

 

「そうですか……では、

私のストレス解消に付き合っていただきましょう。」

 

山賊達は覚悟を決め、シバさんに向かっていった。

 

だが、何人でかかろうが意味はなく、

彼らは次々と丸腰のシバさんに叩きのめされていく。

 

だが、依然としてこの場所では一滴の血すら流れていない。

死体だけが次々に増えていく、異様な光景だった。

 

「終わりましたか、ご協力感謝します。」

 

二分ほどで十七人いたはずの山賊は全滅した。

十四……十五……あれ? 一人足りなくないか?

 

ふと物音がした方を振り向くと……いた、馬車の入口だ。

 

「くそっ! あの野郎、後悔しやがれぇぇぇ!」

 

直接馬車を狙って来たのか、山賊は斧を持って突っ込んで来る。

まずい、今からじゃ剣を抜くのが間に合わない。

 

 

「……うるさい、ボスが起きる。」

 

そう聞こえたかと思うと、凄まじい怒気を放つ何かが俺の前を通り過ぎた。

それは山賊の頭を掴み、馬車の外へと勢いよく飛び出していった。

 

一瞬ではっきりとは確認できなかったが、

恐らくそれはその手に似合わぬ大きな小手をつけたカイだった。

 

俺もすぐにカイを追って外へ出ると。

 

「ぐぎゃぁぁ! 助けっ! 助すけてくれぇ……」

 

山賊は禍々しく輝くカイの小手に頭を掴まれ、体の自由を奪われていた。

こちらからでも頭蓋骨が軋むような音がはっきり聞こえる。

 

抵抗をつづけていた山賊だったが、やがてぴくりとも動かなくなった。

しかし、カイは一向にその手を離そうとしない。

 

「……後悔しろ。」

 

カイがそれだけ言うと、山賊を掴んだ手の平に力を込めた。

すると盗賊の頭は粉々に砕かれ、様々な破片が辺りに飛び散った。

 

俺の頬にも飛んできたそれがこの戦い最初の赤、命の色だった。

カイの行動によってこの状況にようやく現実味が出てきた。

 

彼らがやっていたのは間違いなく

正当防衛を越えた殺戮だということに気づいた。

 

だからといって俺に彼らを批難することは出来ない。

俺はただ見ていただけで、止めることすらしなかったのだから。

そもそも俺は守ってもらった側だ、言える立場じゃない。

 

「あのですね、人がせっかく血を出さないように戦ったというのに……」

 

「……一匹見失った奴に言われたくない。」

 

「ですが十歳そこらの子供に血なんて見せるものじゃないでしょう?」

 

「私も十一、問題ある?」

 

また二人の口論が始まりそうだったので、俺は話に割って入った。

 

「シバさん、俺なら大丈夫です。血なんて狩りで見慣れてますよ。」

 

ジェネラルホエールなんか特に血の量が多くて最初は気分が悪くなったが、

慣れてしまえば人も動物も同じ色の命が流れていると考えられた。

自分にも同じ色が流れていると思えば恐怖も嫌悪もさほど感じない。

だが、人が目の前で死ぬのを見るのは初めてだ。

 

この色を見る度に俺は生きている事を実感する。

だがこの色を見る時というのは同時に死に近づくことを表す。

 

誰も犠牲にしたくないと思っても誰かが生きれば

勝手に何かが犠牲になるのが世界の構造だ。

それはヒトバシラにされた俺が一番よく分かっているつもりだ。

 

俺だって見慣れはしたが、忘れたくはないものだ。

流された血には一つ一つ意味がなくてはならないことを。

 

俺達を乗せ、馬車は再び動き出した。

 

盗賊達は無理を言って土葬してもらった、だからといって許されはしない。

去り際に手を合わせた、俺に出来たのはせめてもの礼儀だけだった。

 

荒れた道を進むこと約二時間、

馬車を降りると俺を迎えたのは巨大な滝だった。

 

「すげぇだろ? これがバウの象徴、ガイアスの大滝だ。」

 

唖然としている俺の肩を叩きながらハチがそう言った。

確かに凄い、海以外でこんなに大量の水を見たのは初めてだ。

ガイアスの大滝はその荘厳かつ勇ましい爆音で、

俺達を出迎えてくれているように感じた。

 

そして、最強の軍事国家バウはその滝を背景に存在していた。

ダイカンの要塞とは桁が違うほど高く強度の高そうな防壁。

恐らく唯一の入口であろう巨大な鋼鉄の扉は、

数十人の兵士によって固く警備されていた。

 

「これは忠剣様、ご勤務お疲れ様です。」

 

警備兵の一人がハチに敬礼をした。

 

「お前らもご苦労だった、門を開けてくれるか?」

 

「はい! 只今!」

 

警備兵が門の傍にある蓋を鍵で開けると、ロープのようなものが出てきた。

兵士によってそれが引っ張られ、カランカランと金属の響く音が鳴った。

 

すると固く閉ざされた鋼鉄の扉から徐々に光が差し込んできた。

外は日が傾き始めてはいるが、まだ明るいはずだ。

それでも門の中のほうが明るいというのだろうか。

そんな疑問は門が開いていくにつれて解消された。

 

視界に飛び込んで来たのは繁栄の光に包まれた街の景色だった。

 

この世界で街を見たこと自体少ないが、

この街が最大クラスのものであることは比べなくても分かる気がした。

 

「さあ、行きましょう。剣帝様がお待ちです。」

 

シバさんについて行きながら、俺は街へと足を踏み入れた。

 

「忠剣様が帰って来られたぞー」

 

「血闘将のお二方もだ!」

 

「お帰りなさーい」

 

街に入るなり住民の喚声が俺達に向けられた。

まあ、正確に言えば俺ではなく他の三人に向けてのようだが。

他国から恐れられている分、それだけ国民からの人気は高いようだ。

国の外では最大の脅威、国の中では最強の英雄か……

 

住民達の様子を見ると、やはり擬人らしき人が多い。

犬族が大半を占めるようだが、普通の人間も少しはいる。

恐らくは故郷を侵略され、連れて来られた人々だろう。

しかしこの様子を見ると特に恨みも持っていなさそうだ。

 

街の中でも一際広い大通りの階段を進んで行くと、

黒いレンガの城が姿を現した。

 

これがバウ帝国の城か、想像していたより割と小さいな。

 

「では、私は一足先に失礼します」

 

「ご苦労さん。後で一杯飲もうぜ」

 

「……報告書、頼んだ。」

 

「わかりました、それではまた後で」

 

城の門の前でシバさんとは別れた。

なにやら仕事があるらしく、そちらを先に片付けなくてはならないそうだ。

別れ際に彼から剣帝との謁見について礼儀をしっかりしろと教えられた。

礼儀さえしっかりすれば、まず大丈夫なようだ。

 

城に入ると使用人達に大量の軍服が並べられた部屋に案内された。

謁見の前にまずは身だしなみを整えるらしい。

ハチやカイは自分の部屋からとって来るそうだ。

 

考えてみればそれもそうだ、今の俺は半袖短パン。

その姿はさながら虫取り少年、網を持っていたら完璧だ。

 

それでさっきからメイド達が俺に合う軍服を合わせてくれていたのだが、

途中から何故か女物のメイド服やドレスばかり持って来られるようになった。

 

「これも似合いますね!」

 

「本当! 女の子みたい!」

 

女顔であることは否定しないが、早く飽きてくれないだろうか。

着せ替え人形にされる方はたまったもんじゃない。

 

今後、間違われないためにも髪は切るべきだろうか……。

 

鏡の中でどんどん女の子にされていく自分を見ながら、

俺はいつしか考えることをやめた。

 

しばらくされるがままになっていると、

いつの間にか俺は白い軍服姿になっていた。

 

やっと終わったか、なんだか謁見前から疲れてしまった……

でも何故か変わったようには思えない、軍服も半袖短パンだったからだ。

 

部屋を出るとお揃いの黒い軍服を着たハチ達が待っていた。

 

「……遅い」

 

カイから冷たい一瞥が投げかけられた。

 

「すみません、なかなか合う服がなかったもので……。」

 

メイド達の着せ替え人形にされていたなんて口が裂けても言えない……。

怒らせて頭を掴まれるのはごめんだ。

 

「……」

 

無言でデコピンをされた、かなり鋭かった。

 

「なかなか様になってるな、さあ王の間はこっちだ。」

 

さりげなくハチに褒められ、

少しばかり誇らしい気持ちで俺は剣帝の待つ王の間へと向かった。

 

王の間の前まで来ると、扉の前にシバさんが立っていた。

 

「待ちくたびれましたよ。さあ、剣帝様もお待ちです」

 

「相変わらず仕事が早いな、感心するぜ」

 

「私、事務仕事だけは自信がありますから」

 

シバさんが優越感たっぷりな顔でカイの方を見た。

 

一方カイは凄く悔しそうな顔をしている、

シバさんが褒められたからだろうか。

しかしさりげなく帯刀してることに何も言われないのは

相当の自信あってのことだろう。

 

ハチが先頭に立ち、扉をノックする。

 

「忠剣 ハチ、血闘将 カイ シバ両名、

捕獲対象を連れて謁見に参りました。」

 

ハチがとても似合わない敬語でそう言うと、扉が開いた。

 

「入れ」

 

これが剣帝 サーベラス・バウ・ハウンド 一世の声か。

不思議と空気の重さを感じた、プレッシャーってやつだな。

 

俺達はゆっくりと赤い絨毯の道を進み、

王座の前まで来ると片膝をついて頭を垂れた。

辺りに重苦しい空気が漂う、今にも潰されてしまいそうだ。

 

「表を上げよ。」

 

えーと、一度目は上げないんだっけか。

 

(それは恐らく時代劇では……?)

 

えっ? 本当だ、皆上げてる!

早速やらかした、顔を上げるのがワンテンポ遅くなった。

 

急いで周りに合わせると、ようやく剣帝の姿を見ることが出来た。

 

頭以外を漆黒の鎧で包み、

肩には金属の飾りの付いた赤黒いマントを羽織っている。

年齢は恐らくハチと同等かそれ以上だろうが、髭が生えていない分若く見える。

 

髪は毛先に近づくにつれて色濃くなる白黒のコントラストが特徴の短髪。

顔つきは全てのものを睨むように勇ましく、静かに輝く銀色の目が印象的だった。

周囲を圧倒する雰囲気を放つ剣帝には

まさに「覇王」の二文字がぴったりだった。

 

「さて、まずは任務ご苦労」

 

「おいたわりの言葉、ありがとうございます」

 

代表してハチが応答する、やはり彼の敬語はしっくり来ない。

 

「ところでハチ、彼が我の頼んだ者か?」

 

「はい、剣帝様のおっしゃった通りの者を連れて来ました」

 

「白い髪、青い目を持つ犬族の少年……確かにそうだな」

 

剣帝にじっと見つめられる、

さながら蛇に睨まれた蛙のように俺の体は硬直した。

こちらに向けられた銀色の目はまるで俺の全てを見通しているようだった。

 

「我に対し名乗ることを許そう。さあ、名乗るがよい」

 

落ち着け、もうやらかせない。

 

「お目にかかれて光栄です剣帝様、私の名はウルフバートと言います」

 

「ほう……賊に飼われていたとはいえ、礼儀が出来るのは大したものだ」

 

剣帝の顔に若干の笑みが浮かんだ、これでよかったらしい。

 

「では本題に移ろう」

 

そう言うと剣帝は脚を組んで頬杖をついた。

すると彼から漂っていたプレッシャーが徐々に感じられなくなっていった。

 

「……そろそろ堅苦しいのはいいだろうか、ハチ」

 

「ああ、俺も笑いを押さえるのがしんどくなってきた所だ」

 

急に人の変わったようになった剣帝を見て、俺は驚きを隠せないでいた。

 

「ああそれと、ウルフバートよ」

 

「は、はい! なんでしょう」

 

「もっと楽な格好で聞くがよい、

そう固まられるとこちらまで肩が凝ってしまう」

 

「は、はぁ……」

 

俺は少々唖然としている、

今の剣帝からはさっきまでの威厳と権威が一切感じられない。

 

同一人物なんだよな……

そんな疑問を抱きながらも、俺は言われた通りに楽な姿勢をとった。

 

「随分と不思議な座り方をするものだ、それは本当に楽なのか?」

 

「えぇ、まあ……」

 

(……ウルフバート様、一般的に「正座」は楽な姿勢とはいいません。)

 

えっ、そうなのか?

そんな事実に驚く間もなく剣帝の話は始まった。

 

「お前を連れてきたのは他でもない、聞きたい事があるからだ。」

 

「お前は何者だ?」

 

その質問に一瞬俺は心臓を掴まれたような緊張を感じた。

もしかして、俺が別世界から転生した事が分かっているのか?

 

「我は世界の全てを知っているが、何故かお前の事だけは分からない」

 

「世界人口と個人情報の数がどうしても一人分ズレているのだ」

 

「名前がはっきりしたのが五年前、ケヴィンという賊の行動から分かった。」

 

「特徴なんかは他人の記憶情報から分かるものの、

本人の詳しい情報が分からない」

 

「だから直接招いた訳だ、お前の事を聞くためにな」

 

本に載っていた全知最強というやつか、確かになにもかも知ってそうだな。

きっと全知である自分に知らないことがあるのが嫌なんだろう。

 

しかしどう答えればいい、正直に伝えるべきか。

 

(素性を明かすのはまだやめておきましょう、今はあまりメリットがありません)

 

確かにすぐには信じてもらえないだろうしな。

いずれ彼らを仲間にするつもりだが、それはまだ早いような気がする。

 

他の目的を達成してからでも真実を打ち明けるには遅くはないはずだ。

ここは上手くごまかすか。

 

「申し訳ありませんが、私にも分かりません」

 

「物心ついた時から海賊船に乗っていましたので、それ以前のことは……」

 

「そうか……」

 

俺の返答に、剣帝はほんの少しだががっかりしているように見えた。

 

「まあよい、お前はしばらくハチに預けることとしよう、よいな? 」

 

「任せといてくれ、兄貴! 」

 

ハチが胸をバンと叩いて承諾した。

 

「ではこれにて謁見を終了とする、下がってよいぞ。」

 

こうして、剣帝への謁見は意外なほどあっさり終わった。

 


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