最強チートのヒトバシラ~チート無し!ハーレム無し!無双無し!あるのは地道な努力だけ!~   作:独郎

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第六話 「無力のゲンジツ」

前回までのあらすじ

港町「チェト・イベツ」で出会ったケヴィン達と同郷の男「ガルバーン」

彼の呼び掛けで彼らの故郷、

「ダイカン」を最強の軍事国家「バウ」から奪還する作戦が立てられた。

 

作戦には直接参加させられないと言われた俺はガルバーンの船に作戦会議に出た

ケヴィン達を見送り、船でゴバンとともに準備を進めることに……

しかし、夕食後に突然一人で戻ってきたファーガスさんの言葉で

作戦は大幅に変更された。

 

四剣がダイカンに向かっている……

丸腰のケヴィン達に武器を届けるため俺達はダイカンへと急いだ。

 

___________________________________

 

風の増幅機によって大空へと舞い上がった船体は、

少し余計に壁を飛び越えた。

 

一瞬大きく揺れたかと思うと、

船は昇るときよりは速いと感じる程度のスピードで降下していく。

 

静かな夜の闇に似合わない明るく賑やかな所に注目すれば

いくつもの火の手が上がる船の中に見覚えのある船が一隻、

炎に照らされていてしっかり確認できた。

 

あれはケヴィン達の乗るガルバーンの船だ。

 

じっと船を見ていると何かが空に打ち上げられた。

それは空で爆発音と共にはじけると、緑色に光る煙を上げた。

 

「ファーガスさん、ガルバーンさんたちの船の方から緑色の煙が………」

 

「緑色の煙? 俺にはよく見えんが緑色の煙なら恐らく心配はないな」

 

俺の横で鎖に繋がれながらあぐらをかいていたファーガスさんが答える。

 

「ああ、緑色の煙……うっすらだが炎に照らされて確認できるぜ、

あれは勝利を知らせる煙弾だ。」

 

ファーガスさんの隣で俺の指差す方を凝視していたゴバンが呟いた。

勝利を知らせる煙弾……ということは俺達が着くより先に

ケヴィンとガルバーン達が敵を全部倒してしまったということか。

 

彼らの船の周りでいくつも船が炎上しているのを見ればつじつまが合う。

武器なしで倒してしまったということは案外敵も弱かったのだろうか、

あるいはケヴィン達が強すぎたのか、これは希望が湧いてきたかもしれない。

 

しばらくして船が着水すると、ガルバーンの船が近くまで来て出迎えてくれた。

近くで見た船には驚くことにほとんど傷が付いていなかった、

きっとまさに圧勝だったのだろう。

 

「おーい!」

 

向こうの甲板から皆が手を降っている、

二つの船の距離が近づくと直ぐに船と船との間に橋が掛けられた。

 

俺は真っ先に鎖を抜けて走り出し、集団の先頭にいたケヴィンの胸に飛び込んだ。

 

「良かった……生きてて」

 

「当たり前だ、俺達はそんなにやわじゃねぇぜ? ハッハッハ!」

 

俺の髪をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でながらケヴィンは豪快に笑った。

それにつられるように周りの船員達も次々に笑い出す。

 

しばらくの間、二つの船の間には大きな笑い声が木霊した。

 

その間ケヴィンに聞いたことだが

今回の戦いでは死者はおろか怪我人すらでなかったという。

流石に疑問に思った俺がどうやって勝ったのか聞いてみると。

 

まず水門に何度も主砲をぶっぱなし、

敵の戦艦を要塞から出動させたところで壁の上に飛んだ。

 

空中で敵の戦艦へと大量の可燃性煙幕を投下しながらその中心へ切りもみ急降下、着水した瞬間に船の周辺の煙幕のみを風で吹き飛ばし敵艦に主砲を発射、

適当に撃っても命中するほどに密集していた戦艦達のどれかにそれが命中。

 

着弾直後に爆発したそれは炎を発し、

瞬く間に煙幕に引火し周囲の船たちを包み込んだ。

 

ちなみに敵の船は全部木造だったそうだ、相当な酷さだったに違いない。

敵のほとんどは海に飛び込んで難を逃れたが、

すぐにケヴィンたちに確保されたそうだ。

 

……網で。

 

よく見ると船の下に大きな網がいくつも吊るしてあった。

かなりぎゅうぎゅう詰めで辛そうだ……

 

ともかくこれでようやく安心できた。

さて、そろそろ俺の使命も始めないとな……

 

やけに明るいと思ったら日が登り始めているようだ。

何気に徹夜の作業だったんだよな……思い出したように眠気が襲ってくる。

 

睡魔に抵抗する前に俺の視界はブラックアウトした。

 

 

 

 

~ダイカン要塞水門前にて~

ウルフバート達がダイカン要塞を占領して数時間後のこと……

犬の顔のシルエットの前に四つの剣が並んだ国旗を掲げた

バウの戦艦が水門の前に到着した。

 

「おーおー完全に閉まってるなーこりゃ」

 

反りたつ防壁と完全に閉まった水門を見て、

手にした水筒から酒を飲みながら壮年の男が呟いた。

 

男は黒に赤が混じった短髪に黒い犬耳、

気力に満ち溢れた無邪気な子供のような目とは裏腹に

雑に剃られた顎髭が目立つ、猛々しくガッチリとした顔立ちをしている。

 

一目見ただけで分かるほどの鍛え上げられた体には肩を出した白い肌着と同じ色の硬そうな素材のズボンを身に付けていた。

 

彼こそが最強の軍事国家バウにおいてその名を世界に轟かす「四剣」のNo.2……

「ハチ・サスペード」である。

 

「それで、どうします? 忠剣殿」

 

ハチの横に立っていた眼鏡を掛けた副官の男がハチへ指示を仰いだ。

 

「まあそうあせんなって、ゆったりやろうや」

 

あぐらをかいて座り込みながらハチは気だるそうに言った。

 

「ですが……既に内部の部隊は全滅したと先ほど剣帝様より連絡が……」

 

「いちいち兄貴の言う通りにしなくてもいいさ、

どうせこっちはいつでも制圧できるんだ」

 

ハチは甲板に横になりながら大きな伸びをした後、

ヘッドスプリングで飛び起きた。

 

「さて、朝飯と行こうか! 今日は魚で頼むぜ。あと酒足してくれ」

 

ハチは手にもった水筒を突き付けながら副官に対してそのように要求した。

 

一瞬ムッとした表情になった副官だったが、

すぐに深いため息をついて水筒を受け取った。

 

「はあ……いい加減誰か軍規というものを作って頂けないものでしょうか……」

 

副官の男は頭を抱えながら船内へと消えていった。

 

一方、ハチはというとまた水門と防壁を見上げながら……

 

「本当に兄貴の言うやつがここに居るんかねぇ……」

 

水筒の酒を全部飲み欲した後、遠くを見るような目でそう一言だけ呟いた。

 

 

 

 

 

~ダイカン要塞防壁内部~

 

目を覚ますと視界に入って来たのは見覚えのある天井だった。

体を半分起こして周りを見わたす、どうやらここは俺の部屋のようだ。

 

しまった、俺はいつの間にか寝てしまっていたらしい。

昨夜からぶっ通しで働いてたからだろうか、

どうにもまだ体力には問題点があるようだ。

 

………さっさと起きないとな。

 

一旦危機は去ったとはいえ、

まだ俺にもこの船でやらなきゃいけない事はあるだろう。

これからのことも考えなくてはならない。

 

おい、起きてるかエクスパ。

 

(…………zzz)

 

さてと、水瓶はどこにおいてあっただろうか………

 

(おはようございます、ウルフバート様)

 

おはよう、エクスパ。

それとさっきのは冗談だ、悪かったな。

 

前から気になっていたんだが……お前の寝起きが悪いのは何故なんだ?

こう毎回呼び出すのに時間がかかると

俺はそのうち水瓶を携帯しなくてはならなくなるんだが……

 

(何故……と言われましても……

そうですね、あえて言うなら仕様としか言い様がありません)

 

仕様か……そうか、仕様ならしょうがないな。

いわゆる「スリープ」モードね、ヨンも随分凝ったものを作ったものだ。

 

(まあ、所詮私は意思をもった道具なので……

道具は自分の作りに逆らえない宿命なのです)

 

道具の宿命か……

次の世界でお前に体を与えてやれないかヨンに頼んでみるか?

俺としては動ける相棒の方が助かるしな。

 

(いえ、私は現状にも満足しています

別に体が欲しいなどとは思っておりませんし……)

 

(私はあくまでサポートです、

それ以上でもそれ以下にもなるつもりはありません)

 

そうか、じゃあこれからもサポートよろしくな。

 

(はい、このエクスパ・ゲージにお任せください)

 

一通りの話がすんだ後、俺達は部屋の外に出てそこから甲板へと向かった。

甲板に出るともうすでに空高くまで日が上っていた。

 

「お、寝坊助が起きてきたな」

 

船首に立って海の方を観察していたゴバンがそう言って俺をからかった。

 

「すみません、どうやら随分長く寝てたみたいですが……」

 

「ま、お前の歳じゃ無理もねぇさ。もう少し寝ててもいいんだぞ」

 

「いえ、もう十分です。

それより、なにかお手伝い出来ることはありませんか?」

 

「残念ながら今はお前にやらせるような仕事はないぜ、働き者さんよ」

 

なんだやることないのか、じゃあこの先のことでも考えるかな……ん?

例のごとく皆出払っているようだが……

 

「あの……他の皆さんはどうしたんですか?」

 

「ん?……ああ、皆は防壁の上でバウの軍艦を一隻見張ってるな」

 

「バウの軍艦!? もしかして四剣が……」

 

「そりゃ来てるだろうが、

いくら四剣でも一人位じゃここの防壁はそう破れないんじゃないか?」

 

ゴバンはそんなことを言っているが敵の力を侮ってはいけない。

それに俺は四剣がこの要塞の防壁位なら

簡単に突破できる存在であることを知っている。

 

どんなに強固な防壁であろうと関係なく、蹂躙する力。

本に書いてあった戦争記録には

防壁に阻まれて撤退した記録などは一つもなかった。

 

むしろ、あるときからそれまでバウの進行に耐えていた鉄壁の守りを持つ国々が一気に更地になった記録があるのだ、他の記録と照らし合わせると四剣の編成が変わった時期と重なる。

 

四剣のNo.2 ハチ・サスペードは建国に関わっていない五人目の四剣だ。

もともと四剣はパトラッシュ、ラッシー、タロー、ジロー、の四人だった。

 

だが、タロー、ジローの兄弟の戦闘力は他の二人に比べると半分程だったのもあり、そこにパトラッシュの次に強いハチが入って来たためタロー、ジローの兄弟は二人合わせて一人分の四剣の地位を持ち、以降は五人編成の四剣になったそうだ。

 

四剣の能力を常識的に考えてはいけない。

それに相手は軍事国家なのだ、

防壁に対して何かしらの対策を持っている可能性だって十分にある。

 

そしてなによりこの防壁を造ったのはバウなのだ、

抜け道くらい知っていても不思議ではない。

 

手遅れになる前にさっさと行動を起こした方がいい、

ケヴィンにこの事を伝えなくては。

 

「ほっておくと大変な事になりかねません、

四剣の力はそんなものじゃないんです」

 

「おいおい……

いくら四剣だからって船一隻でこの防壁を突破できるってのか?」

 

まだゴバンは俺の言葉を信用しきれていないようだ……なら。

 

「もし突破されないとしても、

隠し通路くらいはあってもおかしくないでしょう?」

 

そう、今最も重要なのは

四剣が突破する力を持っている可能性を伝えることじゃない。

 

なんでもいいからこの船をケヴィン達に合流させ、

戦力を集結させておくことだ。

 

そしてあわよくば四剣を撃退し、

最悪の状況にだけはならないように準備する。

これが今の俺にできる最大限の努力だ。

 

「そうだな、非常用の脱出口ぐらいはあるかもしれねぇな……

一応知らせに行ってみるか!」

 

少しだけ考えた様子だったゴバンだが、すぐに俺の案に乗ってくれた。

さて、問題はどの四剣がやって来ているかだな……

 

エクスパ、四剣の特殊能力についての記録は覚えているか?

 

(はい、しっかりと記録しています)

 

そのなかで今回最も危険なのはだれだ? お前の独断と偏見でいい。

 

(……恐らく「忠剣」の怪力の能力が一番危険かと思われます)

 

やっぱりお前もそう思うか、ただの怪力ならいいんだが……

 

(物体に干渉して重さを減らしたりする能力では厄介ですね……)

 

ああ、あまり強い奴でないことを今は祈りたいよ。

後で仲間にする都合上、弱すぎても困るんだがな……

 

ケヴィン達の居るところへはゴバンが案内してくれた。

 

元はダイカンで一番大きな集落があった島、

それが今は巨大な軍事要塞になっている。

その軍事要塞の内部を一旦地下に進み、海中通路を通ると防壁の下に着く。

 

そこには上への階段がひたすら続いていた。

手入れする苦労とか考えなかったのだろうか、

清掃員にお疲れさまと一言労いたい。

 

階段をゴバンとともに猛ダッシュで翔け上がり、

屋上に着いたときには両足がパンパンだった。

 

屋上のドアから飛び出した俺たち、

海を監視していたケヴィン達は驚いてこちらに視線を向けた。

 

「どうしたんだ!? ウルフ、ゴバンまで」

 

最初に言葉を発したのはケヴィンだった、

息はあがっていたが俺はそれに答えなくてはならない。

 

「……ハーッ……ハッ……四剣が……ヤバイです」

 

「すまん、落ち着いてからでいい」

 

ケヴィンは謝って、水が入った水筒を差し出した。

俺達はそれを受けとると、喉を鳴らしながらすぐに水を飲み干した。

 

ああ、心地よい清涼感が全身に広がっていく。

この感覚で思い出したが、しばらく点滴を味わっていない。

点滴が好物だなんて人間としてどうかと思われるだろうが、

好きなものは好きなのだ。

 

「それで……どうしたんだ?」

 

落ち着きを取り戻した俺達に再びケヴィンが問いかけた。

 

「四剣が来ていると聞いて、

不安になって来てみたんですが……様子はどうですか」

 

「朝になってからずっと観察しているが、今のところは動きがない」

 

防壁の縁に立って遠くを眺めていたファーガスさんが答えた。

 

ファーガスさんの隣にはガルバーンさんが立っていた。

見たところ大体の戦力は集結しているようだ船も要塞に停めてある。

 

これで第一の目的は達成できている、四剣にもまだ動きはないようだ。

なら今のうちにもう一つ不安要素を消しておくか。

 

「もう一つ、この要塞に隠し通路の類いはありませんか?」

 

「内部の地図を見た限りではなかったぞ、

要塞内にもそれらしき通路は見当たらねぇ」

 

「そうですか………」

 

不安要素は無くなった筈だ、しかし依然として胸騒ぎが治まらない。

敵は今どうしているのだろうか………

 

ファーガスさんに望遠鏡を貸してもらってバウの船を見ると、

兵士らしき人達がせっせと甲板にテーブルを並べているのが確認できた。

 

時間的には昼食をとるのだろうか………

しかし、敵がいるというのにこの余裕はどう考えてもおかしい。

 

普通、何も知らない者が見れば敵地で堂々と昼食をとる愚かな軍隊だ。

だが、俺はその光景に恐怖さえ覚えた。

 

船の先端部分を見ると、他の奴らとは明らかに違う男を見つけた。

 

全身の鍛え上げられた鎧のような筋肉が薄着のせいでよく目立つ、

柴犬の尻尾のような前髪は赤毛と黒毛が混じっている、

両顎には二本の牙のような剃りかたをした髭が見られる。

 

頭には赤い鉢巻き、腰にお揃いの色の帯、

ズボンは生きているときに見た何かの武道の物によく似ている。

 

 

 

 

獣の擬人だったからかはわからないが、

嫌でも一瞬にして悟ることが出来てしまった。

 

「こいつが四剣だ」と

 

自然に息が詰まり、心拍が大きくなる。

息苦しい、そんな身近な感覚よりも

遥か遠くにある恐怖が俺の精神を支配していた。

 

言うなれば本能、天敵に気づく為に遺伝子に刻まれた野生のカンが

脳に危険信号を送り続けている。

 

だが、感謝しなくてはならない、この体に。

おかげで最も絶望的な状況だけは未然に防げるかも知れない。

 

そのために出来るのは……エクスパ、お前はどう思う。

 

(先制攻撃して船を沈めます)

 

それは危険じゃないか? そもそも壁の中からじゃあ無理だ。

 

(そうです。ですからこれは壁内から安全かつ、

一撃で沈めることのできる兵器がある場合に限ります)

 

なるほど、もっとあるか?

 

(もう一つは……降参することです)

 

確かにそれならもしかしたら全員助かるかもしれない……

バウは降参した軍や民間人をわざわざ殺したりはしないらしいしな。

 

もしかしたらそのままバウに連れていってもらえるかもしれないしな。

良い案なんだが……絶対に協力してもらえなさそうだ。

 

(ですのでこれは……)

 

ああ、却下だな……一番楽なんだがなぁ……

 

………一応聞いておくが、壁内に留まったりは無理だな。

 

(はい、籠城は大国であるバウに対しては得策ではありません)

 

となるとやっぱり四剣は追い払わなきゃならないか……

…………待てよ。

 

なんでケヴィンはここを占拠しようとしたんだ?

 

「……ケヴィンさん、聞きたいことがあります」

 

望遠鏡を覗きながら俺はケヴィンに問い掛ける。

 

「なんだ?」

 

「四剣を追い払ったって、この要塞一つとたった船二隻じゃ

さらわれたダイカンの人々を取り戻すのは無理ですよね?」

 

「情けない話、その通りだ」

 

僅かな沈黙の後、ケヴィンは真面目な顔で答えた。

 

「だから俺達はこの要塞と船を手土産に反帝国連合に参加する」

 

「俺達以外にもそんな人たちが?」

 

「バウとの戦いで運よく生き残った歴戦の勇士だけが集う組織でな……」

 

「年々力を増していて、戦力はバウにも引けを取らねぇって噂だ」

 

「先に船で出たガルバーンが連合の基地に向かってる」

 

なるほど、取りあえずは目の先の心配だけですみそうだ。

まずは敵の船を沈めてその後、組織の本拠地に向かう。

 

そうと決まれば、さっさと状況を打破だ。

 

「ケヴィンさん、提案があります」

 

俺はいつになく真面目な顔を作ってケヴィンに話しかけた。

 

「…………聞こう」

 

ケヴィンはそう言うと俺の近くに来てあぐらをかいた。

 

「いきなりですが、敵に先制攻撃を仕掛けましょう」

 

「おいおい、本当にいきなりだな……」

 

そう言うとケヴィンは腕を組み、俯いて黙りこんだ。

そうして暫くすると顔をあげて真っ直ぐに俺を見つめた。

 

「理由を……聞かせてくれ

わざわざ危険を犯してまで先制攻撃をする理由を」

 

「奴は四剣のハチ・サスペードです、

アイツは幾つもの防壁や要塞を攻略している危険な奴なんです」

 

「ハチだと……四剣にそんな奴がいたのか?」

 

「チェト・イベツの本屋で調べたんですが、数年前に四剣にハチが加わって新体制になってから要塞の攻略スピードが大幅に速くなったんです」

 

「俺はハチが何らかの要塞に対する攻略手段を持ってると思います

だから今のうちに対処しないと」

 

「……分かった、ファーガス!」

 

理解が早くて助かった、どうやら俺の提案に乗ってくれそうだ。

もう一刻の猶予だってあるかどうかわからないんだ、

きっと相手はいつだって行動に出れるに違いない。

 

「船の準備か……分かった」

 

ケヴィンさんが呼ぶと阿吽の呼吸でファーガスさんが頷いた。

 

その後、俺達は要塞に停めてある船へと向かった。

 

「よし、船を空に上げるぞ! 数人だけで乗り込むんだ」

 

移動中にケヴィン達と話し合った結果、

片方の船を敵目掛けて垂直落下させて潰すという豪快な作戦が決まった。

 

流石にそこまでしなくても……と思ったが、

どうやら俺より彼らの方が勝利に貪欲だったようだ。

 

前日に着陸してそのままだった為、ジャンプの準備はすぐに整った。

帆に空気が貯まり、船体は徐々に浮かび出す。

 

同行を望んだ俺だったが瞬く間に押さえ付けられ、

結局乗り込んだのはケヴィンと数人の技師だけだった。

 

一方、俺は空に浮かんでいく船を要塞の波止場から見送ることとなった。

空では嫌に眩しかった太陽が雲に隠れ始めていた。

 

 

 

~敵艦上空~

 

「ありがてえ、雲が出てきたな」

 

雲が出れば日光が遮られ影がなくなる分、敵に感づかれる可能性も低い。

奇襲をしかけるには絶好のチャンスだとケヴィンは考えていた。

 

船はすでに敵艦の上空にあリ、後は脱出用のロープを防壁に繋げるだけだ。

 

「船長! ロープ、掛け終わりやした」

 

「増幅装置、いつでも止められますぜ」

 

船の各所で作業を進めていた技師達が次々に作業終了を報告した。

 

「よし、装置を止めろ! 脱出するぞ!」

 

ケヴィンの指示で風の増幅機の送風が止まったのを確認すると、

船員は各々に防壁に向かってかけられたロープに掴まった。

 

帆に貯められた空気は徐々に抜けていき、

船体は一気に重力に引かれて落ち………なかった。

 

「どういうことだ? 船がまだ浮いてやがる!」

 

もう一度確認して見ても、帆の中に空気は溜まっていない。

 

辺りを見回してみても何も見当たらない、

直接船内を確認しに行こうとロープを握った瞬間のことだ。

 

大人3人は支えられるはずの強靭なロープは音を立てて千切れ、

彼らの体は真っ直ぐ下に引かれた。

 

海面が近付き、船の底が顔を覗かせる。

信じられない光景は彼らの眼下にあった。

 

「人が……空に……」

 

空を飛ぶ人影が一瞬でケヴィンとの距離を詰めたかと思うと……

次の瞬間、彼の意識は失われた。

 

~要塞の波止場~

 

気付いた時、もう目の前には絶望が広がっていた。

 

ほんの数分前のことだ。

防壁の外から大きな水音がしたかと思うと、突如として景色に変化が表れた。

 

端的に言えば「防壁が引き抜かれた」といえる。

 

言葉にすれば簡単だ、さっきまで俺達の目の前に在った防壁が無くなった。

引き抜かれた防壁は今、俺達の頭上に見える。

 

なるほど、どんな防壁もこれじゃ意味が無いわけだ。

破壊しなくても

「障害物」としての機能さえ無くしてしまえば防壁に意味は無い。

 

(ウルフバート様……これは……重力操作の類ではないでしょうか)

 

重力操作か、ラノベじゃチート能力の一角であるあれだな。

まあ、これだけ大規模なことをやられると流石に怪力では説明がつかない。

 

さて、問題はここからどうやって生き延びるか……だ。

いかに全員無事で反帝国連合に参加できるか。

 

(そのことについて言いたくはありませんが、

この状況は御自分の安全を最優先していただけませんか?)

 

却下だ、もし俺だけ生き残ったら海に飛び込んでやる。

 

(…………はぁ、ご自由にどうぞ)

 

お? 呆れたな?

わがままな主人ですまないな、何なら別の奴にでもつくか?

 

(いえ、ウルフバート様のサポートが私の存在意義です、

ウルフバート様がそう決めたならば私も全力でサポートするまでです)

 

それでこそだ。

この戦いが終わったらピッカピカに磨いてやるよ、相棒。

 

改めて周りを見ると船員達は皆、あまりの衝撃に上を向いて呆けている。

 

「ファーガスさん! 俺達も船で出ましょう、ケヴィンさん達が心配です」

 

「……え?……あぁ……わかった!」

 

他の船員達と同じく唖然していたファーガスさんに声をかけ、

出港の準備を始める。

 

今、敵の方に向かうのは危険窮まりないが

ケヴィンを見捨ててなんかいられない。

 

もちろん、いざとなったら頭を下げてでも皆の命を守る覚悟だ。

 

動き出した船は最大船速でケヴィン達がいるはずの防壁跡地へと向かった。

依然として上空にある防壁がいい目印になった。

 

やがて船は防壁の真下に着いた。

見上げれば空から雨のように海水が落ちている、

その先に見えたのは空中で制止した船と数人の人影だった。

 

「あれは……ケヴィンたちかっ!」

 

俺と同じく上空の光景に気付いたファーガスさんが声をあげる。

 

よく目を凝らして見ると確かにケヴィンだった、

気を失っているようだが大きな怪我はない、生きている可能性はある。

 

ケヴィンの安否を確認したいが、まず奴はどこだ?

この異常な現状を作った元凶の姿は…………いた。

 

船の真下、影になっていて見づらい位置だったが確かに確認できる。

四剣「忠剣ハチ」エクスパの言う通り、

あいつはおそらく重力操作ができるようだ。

 

しかもかなりの広範囲、

余裕そうな顔を見るとデメリットありでもないか……

 

生前のラノベ知識も少しは使えるな。

 

「おい! 下りて来るぞ!」

 

そういったのはゴバンだった、ハチは見る見るうちにこちらに近づいて来る。

 

「皆さん! 構えて!」

 

俺の掛け声で船員達が各々に武器を構える。

だが、奴が近付くにつれて次々に構えた武器は地面に落ちた。

 

どうやら武器が重くなっているようが、なぜか俺の剣だけは重くならなかった。

誰にも邪魔されることなくハチは甲板に舞い降りた。

 

「へぇ、俺の「重導」を食らってるのに武器を落とさねぇか…………」

 

ハチが最初に語りかけたのは俺だった。

 

「もしかしてお前かぁ? 兄貴の言ってた奴ってのは……おっと」

 

俺の背後からファーガスさんとゴバンが飛びだしハチに飛び掛かったが、

ハチは足を全く使わず、ヌルリとした動きで攻撃を回避した。

 

「下がってろ! 武器がなくたってやってやる」

 

「お前に怪我でもさせたら俺はケヴィンに顔向け出来ねぇ!」

 

再び二人はハチに立ち向かっていく。

しかし、どう見ても遊ばれている様にしか見えない。

 

ファーガスさんはケヴィンさんと

ガルバーンさんを除けば船では最強のはずだ。

 

ゴバンだってこの船ではかなり強い方なのに、やはり次元が違いすぎる……

 

だが、攻撃をかわすうちにファーガスさんとゴバンの息をする間もない

コンビネーションがハチを確実に追い詰めているようにも見える。

 

ハチがファーガスの右フックを回避した次の瞬間、

時間差でファーガスの巨体に隠れたゴバンが飛びだし、

回し蹴りを打ち込んだ。

 

それに続ける様にファーガスも巨体を生かして背後の退路を塞いだ。

 

ハチは二人に挟み込まれる形で攻撃を受けた。

それはこの戦いで初めてハチが攻撃を受け止めた瞬間だった。

 

「おまけもなかなかやるもんだ、だがお前さん方にゃようはねぇんだ」

 

 重術!「調重五体投地」

 

ハチに触れられた二人の体が一瞬宙に浮いたかと思うと、

そのまま二人は空中で一回転して甲板に叩き付けられた。

 

「どうした? もうかかって来る奴はいねぇのか?」

 

ダメだ。

 

殴っても重力操作で体力消費無しで避けられる、

例え触っても今の二人のように叩き付けられる。

 

何か見たことがあるような気がしたが……

 

柔道……だったか? 

ラノベの知識が正しければ投げ技を中心とする格闘術のはずだ。

あいつの来ている服はまさにその柔道で使う服だ。

 

くそっ! 

武器の使えない状況下で格闘術の達人に素手で挑むなんて自殺行為だ。

 

後ろを見ても船員は二人がやられたのを見てすっかり意気消沈だ。

海に飛び込んで逃げ出す奴すらいた。

 

考えろ、考えろ、考えろ。

何ができる、どうすれば変わる、今俺はっ!

 

…………よし

 

たどり着いた答えはいたってシンプルだった。

敵の目的は俺だ、少なくとも殺すのが目的じゃないなら。

 

エクスパ。

 

(何でしょう)

 

無理をやる。

 

(……了解しました)

 

 

「おい、お前の用事は俺だろ」

 

ハチはゆっくりと俺の方を向いた。

 

「二人から離れてくれよ、その人たちは「関係」ない」

 

「…………ウルフ、お前っ!」

 

そんな悲しい顔をしないでくれよゴバン、関係ない何て言ってゴメンな。

 

しょうがないんだ、今俺がやらなきゃ誰かが身代わりになる。

俺がやらなきゃ、俺が誰かの代わりをしなくちゃ皆生き残れない。

 

ハチはどうやら能力を解除したようで、

地面に下りてこちらに向かって歩き出した。

 

そうだ、こっちへ来い。

 

能力を解除したのは好都合だ、アレがあるとどうなるかわからないからな。

やがてハチは俺の前に立った。

 

不思議とその圧倒的存在感に気圧されることはなかった。

 

現状を打破しなくてはならないという責任感。

絶対に皆を守るという使命感。

 

さっきまで震えていたはずの両足を魂に宿った二つの思いが支えた。

 

「やっと仕事が終わるぜ全く……エーッと、見たところ雌か?」

 

その阿保な勘違いがお前の最後の思考となることを祈る。

 

殺すっ!

 

俺は今持てる全力のスピードで背中の鞘から剣を抜き、振り下ろした。

すぐに防御体制をとったハチだったがその腕に刃が当たった。

 

しかし、攻撃は無駄に終わった。

 

「……な……なんで……斬撃が完全に当たったのに……」

 

完全に斬ったはずだ、当たった感触は確かにあった。

なのに何で切り傷の一つも無ければ血すら出てないんだ。

 

能力は解除されていなかったのか?

 

俺が驚愕していると剣を受け止めたまま、ハチは笑った。

 

「ハッハッハッ、訂正するよお前は雄だ」

 

「随分と思いやりのある殺意だったな、俺は嫌いじゃない」

 

「だが、それはあくまで受ける側からすればの話だ」

 

そういいながらハチは俺を甲板に叩き付けた。

能力すら使わず、素手で頭を掴んでだ。

 

俺は自分の無力さを改めて思い知らされただけだった。

覚悟があれば少しは何かができるかとも思ったが、努力不足だった。

 

「戦場でそんな程度の殺意じゃ死ぬ、いい勉強になったな」

 

「へへっ……ご指導ご鞭撻どうも」

 

余裕を持て、動揺してる場合じゃない次だ。

まだ一人も殺されてない、まだ遅くない。

 

「俺は国からお前を連れて来るように言われてる、なぜかは知らねぇ」

 

それがコイツの目的か、俺が行けば……良いのか。

皆が助かる方法はこれだけか。

 

くっそ……くそっ!

情けねぇ、自己嫌悪で死にそうだ。

 

………でもやるんだ。

 

俺は選んだ、もう後には引けない選択を。

 

「……そりゃあいい、もともとバウには行く予定だったんだ」

 

俺がそう切り出すと、それを聞いたハチは微笑で応答した。

 

「そうか、こっちとしても助かる」

 

「早速だが船に乗ってくれ、俺の上司がお待ちかねなんでね」

 

ハチがそう言うとこちらの船の隣にバウの戦艦が近付き、

折りたたみ式の橋を互いの船の間に架けた。

 

橋を渡って船の方から一人の男が俺の前に来てしゃがんだ。

男が俺の体に触れると打撲した傷が見る見るうちに消えた。

 

痛みが完全に消えたわけではないが、

ハチに叩き付けられたせいで動かなくなった関節もしっかり動いた。

 

「雄なら自分の足で歩け、

痛みはまだ消えないだろうがなるべく早くな」

 

怪我を治してくれたのはそういった計らいなのだろうか。

ハチが船の方に戻りそうだったので、俺は必要な要求を伝えた。

 

「上にいる奴らを下ろしてこいつらを見逃してやってくれ、

一応恩がある」

 

「じゃなきゃ死ぬ」

 

俺は自分の喉元に剣を突き立てながらそう要求した。

 

「子供の癖にいっちょ前に脅迫ですか……どうします?」

 

俺の怪我を治した男がハチに聞く。

ハチが上を見上げると宙に浮いたケヴィン達がゆっくりと降下し、

甲板に下ろされた。

 

「これで良いか?」

 

こちらに背を向けたまま、ハチはそう言うと船の中へ消えていった。

俺はその後ろ姿にできるだけ大きい声で叫んだ。

 

「ありがとうございます!」

 

さて、やることはもう一つ残ってる。

正直、一番やりたくない。

 

あ、小雨が降ってきた。

こりゃ良いや、隠してくれよ?

 

俺が待つまでも無く、甲板に横たわったケヴィンが目を覚ました。

 

「…………ここは? 船の……甲板……皆は!」

 

「心配しなくても全員無事ですよ、

何人か海に飛び込んじゃいましたけど」

 

とりあえず、ケヴィンに船員の無事を伝えた。

 

「頑張ったんですよ? 俺……」

 

「それでいろいろあって俺はバウに行くことになりました」

 

ケヴィンは状況の整理がついてないようだが、時間がない。

 

「ちょっと待て、なんでお前が! ちゃんと説明しろ!」

 

「悪いですが時間がないんで、事実だけ見せます」

 

俺は髪をかきあげ、長い髪の中に隠した犬の耳をケヴィン達の前に晒した。

その瞬間、ケヴィンもゴバンもファーガスも全員の表情が凍りついた。

 

「こういうことです、俺は最初っから「こっち側」だったんですよ」

 

これしか無かった。

いくら説明した所で彼らの性格上、必ず俺を助けに来る。

 

これ以上、俺と関わらせると確実に死ぬ。

 

なら、裏切ればいい。

これ以上なく注いでもらった恩をあだで返し、敵だと断言することで。

 

「今までお世話になりました、ケヴィン船長」

 

今までの感謝を込めた言葉。

 

それはなるべく皮肉めいて。

 

さながら下卑た悪役の如く。

 

そんな口調で伝えなくてはならなかった。

 

本降りになった雨が本音を隠してくれた、今日はいい天気だ。

みんなに背を向けて船に乗る、進路は北だ。

 

ある程度離れると、浮いていた防壁は元の位置にゆっくりと戻っていく。

 

どしゃ降りの豪雨の音の中。

 

裏切られた男達の悲しみに暮れる叫び声が、

いつまでも俺の耳を捕らえて離さなかった。

 


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