最強チートのヒトバシラ~チート無し!ハーレム無し!無双無し!あるのは地道な努力だけ!~   作:独郎

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第五話 「突然のフナデ」

前回までのあらすじ

裏通りでチンピラにぼこぼこにされたせいで心配され、

もう体はいいものの外に出るのが困難になっていた俺だが

ゴバンの手引きによって外に出ることが出来た。

 

港町「チェト・イベツ」でもっとも大きい本屋で目的の軍事国家「バウ」についての情報を得た俺は邪神と戦う味方を探すという本来の目的の一つを果たすためにバウに行くことを決心する。

 

だが船に帰った後ケヴィンが持ってきた知らせは

この計画に大きな支障を与えかねないものだった。

 

悩んだ結果、まずは使命よりこの船のみんなの命を優先するのが先だと思った俺はケヴィンに共に戦わせてくれるように頼んだのだった。

 

____________________________________

 

あれから一週間掛けてケヴィンから直々に戦いかたを教わった俺だったが

やっと基礎が出来てきた程度だった。

 

まったく、飲み込みが悪いことをこんなに悔やんだ事はない。

 

普段からの雑用で基礎体力は十分についていたがやはり技術面では問題がある。

当初の予定通り、俺の役目は肉盾となって皆を守ることだろう。

 

考えて無かったが、果たしてケヴィンはこれを許してくれるだろうか…………

 

そして今日が決戦の日、

バウからケヴィンたちの村を取り戻す為の戦いが始まる。

 

一方、夜になって戦いが始まるまで俺は暇だった。

 

せめて少しでも足しになればと甲板で剣の素振りをしていると、

ゴバンに声を掛けられた。

 

「お、そこにいるのはウルフか? ちょっと手伝ってくれ。」

 

ゴバンの手に抱えられた木箱には沢山の武器があった、船員全員分はある。

 

「船員全員の武器を決戦前に手入れするんですね。」

 

「そういうこった、話が早くて助かるぜ。」

 

武器たちの手入れは最早慣れたものだ、一つ一つ丁寧に磨いていく。

かなりの間使い込まれているはずなのに未だに切れ味が衰えないのは、

日頃の丁寧な手入れの賜物だ。

 

地味だが、これも大事な作業なのだと思う。

戦いは武器を振るう者だけでやっているんじゃない、

いろんな支えがあってこそ戦う人が最大限の力を振るう事が出来る。

 

武器を研ぐことにも責任が有るんだ。

 

作業に集中していたらいつの間にかお互い無言になっていた。

 

気が付けば俺の分の武器の手入れは終了しており、

横で俺の二倍の量はやっていたはずのゴバンもまた終わりかけだった。

 

作業も終わりに近かったので、前から気になっていた事を聞くことにした。

 

ゴバンの家族の事だ。

 

この船では皆がお互いを本当の家族のように思い、固い絆で結ばれている。

だが、誰も自分自身の肉親と一緒にはいないのだ。

 

「ゴバンさん」

 

「なんだ?」

 

「ゴバンさんはケヴィンさんと同郷なんですよね?」

 

「ああ、そうだが?」

 

手に取った手斧を砥石に掛けながらゴバンは答えた。

 

「ダイカンから脱出した時の事って覚えてますか?」

 

ゴバンの作業の手がピタリと止まり、

真剣に武器と向き合っていた彼の目は遠くを見るようなものに変わった。

 

まずい話だったのだろうか、

なるべく直接的に聞かないように頑張ったのが裏目に出てしまったか……。

 

しかしすぐに彼の手は動きを取り戻し

再び真剣な眼差しが手先の獲物を捉えた。

 

ただ黙々と作業をしている、これは不味い状況だ。

 

「あ……あのっ!」

 

「……すまねぇ、覚えて無いんだ。あの時俺はまだ赤ん坊だったからな。」

 

「あっ……そうか。」

 

言われてみればそれもそうだ、

本屋で読んだ資料にはダイカンとの戦争の記録があった。

 

バウが行った戦争の中でもかなり重要だったものだと記憶している。

今のバウの戦力があるのはこの戦いによって得た

「風の増幅機」のお陰だという。

 

それが確か十五年前のこと、そうすると当時ゴバンは一歳そこらのはずだ。

 

前世の記憶を持ってこの世界に産まれた俺とは違う。

おそらく物心もついてないころのことだ、覚えていないのも無理はないはずだ。

 

「それにしてもなんでいきなりそんなことを聞いたんだ?」

 

「あ……いや。」

 

「なんだ、さっきから歯切れが悪いな……

 なんか遠回しに聞きたいことでもあんのか?」

 

「なんで……分かったんです?」

 

「分かるさ、遠慮してるときの顔だったからな。

 別に気を使ってくれなくてもいいぞ。」

 

なんでもお見通しって訳か、というか俺はそんなに顔に出るタイプだったのか?

 

「じゃあ、お言葉に甘えて遠慮なく。」

 

「この船にいる人達の中で互いに血の繋がっている方はいるんですか?」

 

それを聞くとゴバンは即座に答えた。

 

「いねぇな。なるほど、その理由が聞きたいって訳か。」

 

「そうです。」

 

ゴバンは一旦武器を手入れする手を止め、俺の前にしゃがんだ。

 

「あ、別に作業を止めるくらいならいいですよ?」

 

「いや、いいんだ。

 この戦いに参加するんだったら知っているべきことだからな。それに…」

 

「ちょっと疲れちまった。」

 

俺にパンパンになった腕を見せ、苦笑いしながらゴバンはそう言った。

そういえば俺の二倍はやっていたんだっけな、しかも大剣や斧ばっかり。

後でマッサージでもしてあげよう、本当にお疲れ様だ。

 

「よし、まずは皆が戦う理由をもう一度詳しく話すか。」

 

「お願いします。」

 

「ダイカンが侵略されたとき、俺達が奪われたものは何か知っているか?」

 

「風を産み出して増幅することができる技術……ですか?」

 

この船にも使われている技術だな、扇風機やエアコンとはまた違う感じだ。

 

「そうだ。じゃあその技術をどんな形で手に入れたか分かるか?」

 

「そこがおかしいと思います、技術は全部船に乗せて運んだ筈でしょう。」

 

ケヴィンから聞いた話では、

確かに「風の増幅機」の技術は脱出の際に運び出された筈だ。

 

それにも関わらず、

その後の記録では風の増幅技術を得たバウの戦いが記されていた。

 

明らかに話に矛盾があったのだ。

だがそれに対する疑問は直後にゴバンの一言によって解決された。

 

「船に乗っけたって、全部が全部逃げ切れると思うか?」

 

「!?」

 

「一瞬だったそうだ……

 ケヴィン達が逃がした船の一隻が四剣の一人に沈められたのは。」

 

「……」

 

「その船には沢山の女子供や老人が優先的に乗せられていたそうだ。」

 

「船長の奥さんも乗ってたらしい、技術者も大勢居た。」

 

「不幸中の幸いは誰も怪我人が出なかったことだ、

 だが今もその人達はバウに捕らえられているはずだ。」

 

「実は俺の両親も技術者だったらしくてな、

 今もバウで研究させられているらしい。」

 

「で、その事件で家族を奪われた奴らがこの船に乗っているってわけさ。」

 

成る程、全て合点がいった。

バウとの戦いが決まったとき、みんながあんなにも喜んでいたのも。

この船の乗組員がなぜ、お互い家族のような絆で結ばれているのも。

バウが奪われなかったはずの技術を持っている理由も。

 

ケヴィンがなぜ俺に真実を話してくれなかったかも。

 

ケヴィンもみんなも己の家族を取り戻すために圧倒的な力に抗おうとしている。

最初から、俺などが止められる覚悟ではなかった。

 

「確か今日はダイカンから脱出した船が全部集結するんですよね?」

 

きっと勝てるはずだ、彼らの努力と思いが報われなくていいはずがない。

その覚悟に敬意を示したかった俺はゴバンの前に手を差し出した。

 

「絶対に取り戻しましょう、大切なもの全部!」

 

「ああ!」

 

差し出した手をゴバンが握る。

そしてお互いの手のひらの豆が潰れる位に

強い力と思いを込めた固い握手が交わされた。

 

その後、俺はゴバンの仕事の残りを手伝った。

一通り作業が終了し、ゴバンと別れた俺は再び甲板に戻って来ていた。

 

特に仕事もなかった俺は再び剣の素振りを始めた。

波の音以外に一切雑音のない甲板に風を切る音だけが響く。

 

誰も甲板に出ていないのは

ほとんどの乗組員がガルバーンの船に行っているからだ。

向こうで今夜の作戦説明があるらしい、俺も行くと言ったが止められた。

 

そういうわけでゴバンと二人でお留守番となっていた。

ケヴィン曰く、「お前を前線に出すつもりはないから行かなくていい」そうだ。

 

その話からすると恐らく俺は後方支援に回されるのだろう、

そうすると同じく残ったゴバンもそうなのだろうか。

 

もちろん与えられた仕事は全うするが、

俺の一番の目的はなるべく死者を出さない事だ。

 

こんなちっぽけな力でなにが出来るか分からないが、今はただ努力あるのみだ。

 

 

一心不乱に続けていたらあっという間に時間が経ってしまった。

 

素振りをしている最中は気にしなかったが

いつの間にか体の至るところが筋肉痛になっている。

特に上腕部分の筋肉が痛んだ。

 

ふと空を見上げると、

始めた頃には高く上っていた太陽が既に西の水平線に触れていた。

 

この地域は四季があるらしく、今は夏だ。

生前なら夏の日没はかなり遅かったと記憶しているが

この世界でもそういうところは一緒なのだろうか。

 

そんなことを考えていたら唐突に腹がなった。

そういえば昼食を取るのも忘れていたのか、

気づいた途端に食欲が沸き上がって来た。

 

この船で食事を作れる人間は厨房の人間以外では俺くらいだ。

 

そうするとゴバンも昼食を取らなかったのかも知れない、

食べるなら呼びに来るはずだ。

 

いや、仕事が終わった後にゴバンは

疲れたから一眠りするようなことを言っていたな。

取り敢えず呼びに行ってみるか……。

 

様子を見に行くとゴバンは大きないびきをたてながら、

鍛冶場の床に直接寝転がっていた。

 

凄く気持ち良さそうな寝顔をしている。

 

その安眠を台無しにするのはいたたまれないが、

腹ペコのまま戦闘に参加して力が出ませんでしたでは話にならない。

腹が減ってはなんとやらだ。

 

とは言ってもあまり強引な起こしかたはしたくない。

 

まずは肩を持って揺らしてみる、起きない。

 

次に耳元で大声を出してみる、無反応。

 

ちょっと罪悪感を感じたが蹴ってみた、びくともしない。

 

これはまずい、このまま戦闘が始まるまで起きないのではないだろうか……

ここはエクスパにも協力を仰ぐことにしよう、おーいエクスパ。

 

(zzz……)

 

お前も寝てたのか、どうりで静かだと思ったら……。

おーい、起きろーもう夕方だぞー。

 

(ん……御早うございましゅ……ふあぁあ……。)

 

ようやく起きたかまったく……

最近になって寝る時間が増えてきてるんじゃないか?

 

一見固く思われるエクスパの態度も寝起きの時だけは軟化する。

言葉使いもなんだか適当になっていて寝ぼけがひどい。

 

(あと……五分……だけ……zzz……。)

 

「…………」

 

俺は無言で剣を鍛える時に使う熱した金属を冷やすための水瓶の前に移動した。

そして思いっきりウルフバートを柄まで沈む一番でかい水瓶にぶちこんだ。

 

次の瞬間的、俺の脳内に大音量の悲鳴が響いた。

 

 

(申し訳ありませんでした……。)

 

まだ頭がガンガンする。

水瓶にウルフバートをぶちこんだ時のエクスパの黄色い悲鳴のせいだ。

 

心の声で頭が痛くなるというのもおかしい話だが、

実際痛いのだからしょうがない。

 

まあ、やり過ぎたとは思っている。

だが正直あの時にあの行動以外の選択肢があったかと言われると、なかった。

 

寝ぼけている時のエクスパは基本的にウルフバートと感覚を共有している。

寝ている時に手入れをすると後でなんとなく不機嫌になるので避けていた。

 

今回はちょっとした出来心というやつだったのだ、

むしろ許して欲しいのは軽率な行動をしてしまった俺の方だ。

 

俺だって寝ている間に急に水風呂にぶちこまれて目が覚めたら、

この子供の体の未熟な精神では、驚きと怒りを抑えられる気がしない。

 

転生というものを体験して初めて分かったが、精神もまた体の一部だ。

いくら前世で強靭な精神力を持っていても子供の体ではそれを生かしづらい。

 

RPGで言うならばMP消費の高い技を持っているがMPが成長していない状態だ。

生前のある程度成熟した精神力を使うためには

こっちの世界の体も成長しないと無理なのだ。

 

(それで、緊急の案件のようでしたがどうされましたか?)

 

ああ、そうだったエクスパに意見を聞くんだったな。

 

ゴバンが全然起きないんだ、

これから食事を食べてもらわなけりゃならないんだが……。

大声を出したり、揺さぶったり、蹴ったりしてみたんだが効き目がなくてな。

 

(それでしたらまつ毛を刺激するという方法はどうでしょう?)

 

まつ毛……そんなんで起きるのか?

 

(人間のまつ毛は目への異物の存在を瞬時に察知するための高感度センサーのようなものです。ですので、まつ毛を触ろうとすると脳に瞬時に信号が伝達され、起きるのです。)

 

へぇ、なんだか理科の勉強をしている気分だな。

 

この世界に学校があるかは分からないが、

何度目かの転生では学校にも行けるのだろうか。

 

取り敢えずその方法を試してみるとゴバンが跳ね起き、

俺の頭とゴバンの頭がぶつかった。

 

不思議なことにそんなに痛くない、俺は石頭なのだろうか。

 

一方ゴバンは部屋を転がりながら悶え苦しんでいる。

そんな彼には申し訳ないがこっちも用があって起こしたのだ。

 

「夕御飯にしましょう。」

 

 

 

二人とも厨房に移動し、俺が調理、ゴバンがテーブルのセッティングを担当する。

 

今晩のメニューは元を担いでカツカレーにした。

……と言っても本来のカレーとはほど遠いが。

 

俺はカレーの作り方をよく知らないが鯨シチューなら作った事がある。

恐らく似たような物だ、上手く調整すれば近い物ができるだろう。

 

幸い、カレーに向いたスパイスならたくさんある。

チェト・イベツの港で大量に仕入れた粉末状の数種類が混合したやつだ。

 

色は……なんか黒いが大丈夫だろう、黒いカレーもあるらしいし。

思えばイエロー、グリーン、レッドとそもそもカレーに明確な色などないのだ。

 

カレーは自由な食べ物だ、そう考えよう。

 

 

そうして出来上がったのは鯨シチューにスパイスを入れただけの代物。

それがシャリコにかかっていて、上には特大の鯨カツが乗っている。

普段から揚げ物は手伝っていたのでカツは上手くできた。

 

見た目は完全にカツカレーなのだが、こう……なにかが足りない。

俺の中の記憶がこれを全力でカレーと認めたがらない。

 

全体的に黒い、

ルーそのものの色と鯨肉の色が相まって重油が掛かっているような黒さだ。

 

そしてカレーとは違うワサビや山椒を連想するツンとした風味の辛さ、

とろみも少ない。

 

これは俺の知るカレーではない。

 

決めた。

この料理の名は「カツカレーモドキ」だ。

カレーはまた今度時間のあるときにリベンジしよう。

 

料理の出来に納得していない俺とは逆に

厨房を覗きに来たゴバンは目を輝かせていた。

 

「なんだこれ! めっちゃ旨そうじゃねぇか!」

 

子供のようにはしゃぐゴバン、それもそうか。

普段の夕食では肉こそ出るもののファーガスさんの料理はとってもヘルシー。

 

育ち盛りのゴバンにはいささか物足りないカロリーだっただろう。

そんな彼がいきなりこんなカロリー面において「 Hell see 」な料理を見せられたら食わずにはいられないだろう。

 

まあ実際は鯨肉って高タンパク低カロリーらしいけどね、

この前エクスパに聞いた。

 

俺がカツカレーモドキをテーブルに置き食事の準備が整った。

 

「よっしゃぁ! 食らいつくしてやる!」

 

スプーンを渡すや否や、大盛りにしたカツカレーモドキの山が切り崩される。

山はあっという間にゴバンの胃に消え、更地……いやまさに皿地と化した。

 

「こいつはうめぇ! おかわりだウルフ!」

 

こんなわさび風味の鯨シチューがそんなに旨いかねぇ……取り敢えず一口。

 

あ、アリかもしれないコレ……。

 

空腹は最高のスパイスとはよくいったもんだ……。

 

 

一時間後……。

鍋一つ分作ったはずの鯨シチューは見事に空になっていた。

 

これから戦場に行くというのに、

今の俺はなんとも言えない幸福感に満たされている。

隣で横になっているゴバンも幸せそうな顔をしている。

 

腹が減っては戦は出来ぬというが満腹すぎてもいけないな。

戦いなんか行かないでこのまま食後の倦怠感に浸りたくなってくる。

 

「…………はっ! だめだ寝そうだ、後片付けしなきゃ……。」

 

徐々に怠惰に支配されつつある体を起こし、厨房に向かう。

大きな鍋を使ったから洗うのも一苦労だ……。

 

この世界ではスポンジの代わりかは知らないが

ヒトデに近い生物の死骸を食器洗いに使う。

 

生物の死骸といっても使い心地は完全にスポンジだ、

むしろ人工の物より使いやすい。

 

洗剤はこの世界の海なら大体どこでも取れるユリモという海藻の煮汁を使う。

原理は分からないがぬるぬるしたこの煮汁は油でも何でもよく落とす。

 

流した油等をそのまま海には捨てられないから、

生活排水は一旦船のなかに貯められる。

 

貯められた生活排水の中でアシャ・ナリクという海虫が汚れを食べ、

綺麗にしてから海に流す。

 

一通り洗い物を済ませると、しばらくして誰かが帰って来た。

 

「今帰ったぞー、待たせて悪かったな。」

 

帰って来たのは疲れた顔をしたファーガスさん一人だった、

他の皆の姿は見えない。

 

「お帰りなさい、ファーガスさん」

 

「お、ファーガスさん! 帰って来てたのか。」

 

ゴバンと二人でファーガスさんを出迎えると、

彼はすぐに引き寄せられるようにイスに座った。

 

俺が出した水を飲み干すと、

厨房からパンを持ってきてそれをかじりながら話を始めた。

 

「悪いな、急いでたんで飯を食わずに来ちまったんだ。」

 

「ゴバン、頼んでた仕事は終わったか?」

 

「バッチリだぜ、ウルフも手伝ってくれて捗った。」

 

いつの間にかゴバンもパンに手を伸ばしていた、

さっきあれだけ食べたというのに……。

 

ゴバンの返答を聞くなりファーガスさんは

食べかけのパンを水で流し込んで立ち上がった。

 

「よし!すぐに出港だ、準備してくれ。」

 

「そりゃ別にいいが……なんでだ?」

 

「それは準備が終わってから話す、今は一刻も早く港を出なきゃなんねぇ!」

 

ファーガスさんに急かされ、ゴバンと二人での出港の準備が始められる。

錨を上げ、帆を広げ、風の増幅機を作動させる一連の動作……。

 

普段ならスピーディーに進む作業も

こうも人手が足りないと暗さも相まって一苦労だ。

 

一体ファーガスさんは何を急いでいるのか、

俺は帆の縄をほどきながらそう考えていた。

 

だが、ケヴィン達が戻らない所を見ると大体の検討はつく。

 

恐らく逃げなければならないか、作戦を変えなくてはならないかのどちらかだ。

俺としては後者であったほうがまだ助かるが……。

 

もし前者であった場合、ケヴィン達の身に何かあったという事だ。

 

当然俺の身も危険に晒される、計画は一瞬にしてパァになる。

……止めよう、「もしもの時」のことより目の前の作業だ。

 

 

 

総勢三人というちっぽけな労働力の中、

急ピッチで準備が進められ無事に船は港を出発した。

 

風の増幅機を作動させた船はさながら突風の如きスピードで進んだ。

 

水平線まで届くとも思える灯台の光さえ、みるみるうちに遠ざかっていく。

甲板に出ていると吹き付ける強風に自分の体が飛ばされそうにさえなった。

 

必死に甲板にしがみついているとファーガスさんに船内に戻るよう促された。

船が動き出してからは船室で風の増幅機の向きを調整していればいいそうだ。

 

船内の食堂に戻ると驚くことにまったくと言っていいほど揺れは無かった。

若干、部屋の荷物や家具が揺れているが

高速で動いていることを考えると凄いことだ。

 

「よし、しばらくは舵を取らなくても良いことだし

 こうなった理由を聞かせて貰おうか?」

 

静かな食堂の中でゴバンが会話を切り出す。

 

「ああ、二人ともいきなりのことですまなかったな……。」

 

はぁ……、とファーガスは重いため息を吐いた。

 

「…………何から話せば良いことやら、そうだな……会議が終わった時だ。」

 

「作戦がまとまって後は帰るだけってときに誰かが部屋に飛び込んできた。」

 

「そいつはガルバーンの船の偵察員だった、全身血まみれでな……。」

 

「四剣がダイカンに向かってる……それだけいうとそいつは力尽きた。」

 

「四剣とまともに戦ったら勝ち目がない、だが今は要塞と化しているダイカンを先に占拠さえ出来ればやり方次第で俺たちにも勝算はある。」

 

「今一番ダイカンに近いのは俺達とガルバーンの船だけだ。

他の船のやつらは恐らく間に合わない……」

 

「四剣よりも先に着く、これは一番重要だ。だが、こっちまで戻ってたらケヴィン達が遅れて制圧するために必要な戦力が不足することになる……。」

 

「幸いガルバーンの船に全員乗り込めたんでケヴィン達は先に行ったんだ。」

 

ファーガスさんが喋り終わると、また船内にわずかばかりの静寂が戻った。

 

「だからあんただけ戻ってきてこっちに情報を伝えに来たってわけか。

 で、俺たちもさっさと合流して武器を届けなきゃなんねぇ……と。」

 

俺の横で腕をくみながら静かに話を聞いていたゴバンが呟いた。

 

一方俺はとてつもなく大きい不安を抱えていた。

四剣と鉢合わせになるかも知れない、そうしたら全滅はまぬがれない。

 

そもそも何人来るんだ……四剣の一人か? はたまた全員か?

全員ではないにしても「忠剣」か「正剣」が来た時点でアウトだ。

 

勝算があると言ってもどれくらいだ? 確実に勝てるのか?

負けたら俺はどうなるんだ、使命はどうなるんだ。

 

様々な思惑が交錯し、酷い不快感に襲われる。

しかも必ず自分勝手な心があって自己嫌悪に陥りそうになる。

 

考えたくないと思えば、自分かわいさの感情と気付き吐き気を催す。

かといって考えても、答えが見つけ出せない不甲斐なさに絶望する。

 

「どうした? ウルフ、顔色が悪いぞ。」

 

ファーガスさんに心配されてしまった……

そうだ、こんなことで迷惑を掛けるわけにはいかない。

 

不安になるのはよそう、みんなだって不安なのは同じはずだ。

 

「大丈夫です、ところでダイカンは今は要塞になっているという話ですが。」

 

「ああ、港の入り口が高い壁に覆われてて

 普通に入るには水門をくぐるしかねぇ。」

 

「簡単には入れそうもないんですが……どうやって侵入するんです?」

 

「それはな……」

 

俺がそう言うとファーガスさんはニヤリと笑って天井を指差した。

俺はいまいち意味が分からないまま、ゴバンの方を見た。

 

ゴバンも全くおなじニヤリとした顔で天井を指差していた。

なんだ? 天井……天井……ん?

 

「…………上?」

 

俺がそう言うと、二人はいっそうにやけた顔で告げた。

 

「この船、飛ぶんだぜ?」

 

「えっ? マジですか!?」

 

「風に向かって真っ直ぐマストを張って風の力で舞い上がるんだ。」

 

「まあ、正確にはジャンプみたいなもんだけどな。」

 

なるほど、それを使って壁を飛び越えるのか。

しかしこの船は機能を詰め込みすぎではないだろうか、

そんじょそこらの国が接収した所で使いこなせないんだろうと思う。

 

だが俺としてはその事実に少し不安を覚えた。

まあ、念のために聞いておいたほうがいいだろう。

 

「バウにはその技術は渡っていないんですか?」

 

「この機能はこの船とガルバーンの船にしか乗っていない試作品でな、

 おそらくバウはこの機能を知ってすらいないはずだ。」

 

「それなら良かった。」

 

どうやら心配しなくても良さそうだ、これで後は目的地に着くだけだな。

 

体感で約十分ほど経つと

船の舵を取るためにファーガスさんが内部操舵室へと向かった。

そして、その後間もなく船は目的地周辺に到着した。

 

甲板に出てみると全長60メートルはあろうかという

大きな鉄の壁が海にそびえ立っていた。

所々に大砲らしきものが備えてあって壁の上には海鳥達が留まっている。

 

今はすっかり夜だというのに

壁の所々にある目映い照明が金属に反射して全てがくっきり見える。

まあ、単純に擬人の身体能力のせいで夜目がきくのかもしれないが。

 

壁の奥から砲撃音が響くのが聞こえる、

恐らくもうケヴィン達が戦いを始めているのだ。

うかうかしてはいられない、俺も行かなくては。

 

船の中心にある柱からマストへと登っていく。

普段マストを広げる作業をするところよりも上の所に

マストの向きを変更するためのレバーはあった。

 

ファーガスさんに指示された通りにレバーを操作する。

 

手前に一度引き、奥へ倒す、

もう一度手前に引いた後、レバーの先端のスイッチを押す。

 

カチッと音がして、

マストの向きがゆっくりと風の増幅機に対して平行になっていく。

 

そのままぼーっとしていると

マストに阻まれて降りられなくなりそうだったので急いで降りた。

 

柱の根本にはファーガスさんとゴバンがいた。

 

「ご苦労だったなウルフ……よし、ゴバン! 増幅機の準備を。」

 

「もうやってるぜ、ファーガスさん!」

 

ゴバンが勢いよく返事をする、

彼の手にはいつぞや買ったハンマーが握られていた。

興味があったので近づいてみると彼はハンマーと釘抜きのような物を持って風の増幅機の内部を弄っていた。

 

「今は何の作業をしてるんですか?」

 

「増幅機の制限を解除して出力を上げてるんだ

 空を飛ぶにはこれの最大出力を出しきらねぇといけねぇ。」

 

「こんなかにいっぱい出っ張りがあるだろ?」

 

ゴバンに指差された部分を見ると確かに釘のような出っ張りがいくつもあった。

 

「こんなかで余分な空気を逃がす管に栓をして、

 空気の出る量を調節してる栓を全開にする。」

 

鮮やかな手つきで風力を調整する作業は進められていき、

あっという間に終了した。

 

「…………よしっと、これで準備完了だ。」

 

そう言ってゴバンが風の増幅機の蓋を閉じると、

今度は背後から鎖を引きずるようなジャラジャラとした金属音が聞こえてきた。

 

後ろを振り向くと見るからに重くて頑丈そうである鎖がファーガスさんの手によって船の柱に巻き付けられていた。

 

「どうするんです? 鎖なんか巻いて……。」

 

「ああ、これか? 船が飛ぶときに

 船から落ちない様に柱と体を鎖で繋いでおくんだ。

 なにせ滅茶苦茶揺れるそうだからな。」

 

「大人なら問題ないがお前やゴバンは軽いからな、

 つけるにこしたことはない。」

 

ああ、言わばシートベルトと命綱の役割か。

というかまてよ……ん?

 

「ということは、飛ぶときって俺達外にずっといるんですね。」

 

「部屋の物が傾いたり、動いたりしている状態の部屋に居たら危ないだろう?」

 

なるほど、念に念を押して安全第一ってことだな納得した。

 

全員が体に鎖を巻き付け、安全を確認するとゴバンが風の増幅機を起動させた。

風の増幅機が今までに見たことのないレベルの風量を吐き出している。

 

マストはどんどん膨らみ、船は気球のように空へと舞い上がっていく。

水面が少し、また少しと遠ざかっていく。

 

空へと近づくほど、己の心臓の鼓動が高鳴って行くのを感じる。

この鼓動の高鳴りは緊張ではない、ましてや恐怖から来るものでもなかった。

 

楽しいのだ、俺は。

 

こんな状況なのに船で空を飛んでいるという事実が俺の心を動かしているのだ。

 

マンガでもアニメでもゲームでも

船は海の乗り物でありながら空や宇宙の乗り物も兼ねていた。

 

俺は今、船で飛んでいる。

幼き日に憧れた創作物の主人公と

同じ光景を見ている事にワクワクしているんだ。

 

 

 

 

やがて船は鳥たちと同じ高さまで到達する。

60メートルの壁を越えた先には、

いくつもの船が煙を出しながら燃えている光景が広がっていた。

 

俺は燃え盛る船たちの中心に一隻だけ燃えていない船を見つけた。

それはあの日港で見た、ガルバーンたちのものだ。

 

どうやら心配事は全て解決されそうだ。

 

 

 


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