最強チートのヒトバシラ~チート無し!ハーレム無し!無双無し!あるのは地道な努力だけ!~   作:独郎

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第四話 「平穏にサヨナラ」

前回までのあらすじ

 

十歳になった俺は船長のケヴィンから彼らの旅の意味を話された。

 

港町「チェト・イベツ」についた俺は彼の話に出てきた最強の軍事国家「バウ」についての情報を探すべく町へと出た。

 

港では豊漁祭をやっていて、

俺はそこで軍事国家バウ最強の「四剣」の一人が使っていた剣の鞘を購入した。

 

鞘には物の重さを無くすという不思議な力が備わっていて、

軽くなった体で俺は調子に乗って走り回った。

 

その結果裏通りに迷いこんだ俺は

チンピラに因縁をつけられてぼこぼこにされてしまったのだった。

 

_____________________________________

 

 

目を覚ますと俺はゴバンの背中に背負われていた。

どうやら意識がなくなる前に聞いたのは幻聴ではなかったらしい。

 

「ゴバ……っ!」

 

喋ろうとすると口のなかに鋭い痛みを感じた。

そういえば口を切っていたな、血の臭いと鉄の味が口一杯に広がっている。

 

当然、あまり美味しいものではない。

 

「お、気がついたか? 痛むだろうから無理に喋るな。」

 

「船長に言われてお前を探しに来たら、

 まさか裏通りでチンピラにボコられてるとはなぁ……」

 

俺だって、走ってたら裏通りに入ってしまうとは思ってなかった。

ぶつかってしまったのは申し訳なかったが、あの仕打ちはないだろう。

 

「そうだお前、財布は盗られてないか?」

 

財布? ああ、ケヴィンから貰った袋のことか。

あれだけぼこぼこにされていたのだ、落としたかもしれない……。

 

そう思ったが、しっかり服の中に入っていた。

 

海水と血と吐瀉物でぐちゃぐちゃに濡れてはいたが……

この世界の貨幣が紙じゃなくて本当に良かったと思う。

 

なんとか腕を動かしてゴバンにそれを手渡した。

 

「よし、持ってたか……」

 

袋を受け取ったゴバンはすぐに袋の中を確認し、なぜか冷や汗をかき始めた。

そして、明らかに焦りの混じった表情でこっちを見た。

 

「おい……金貨が二枚も減ってるんだが……どういうことだ?」

 

そりゃあ、金は使ったら減るだろう。

俺はきょとんとした顔で背中の鞘を指差して見せた。

 

「あー! それ買っちゃったのかよ!?」

 

俺は頷いた、しかしそれを見るとゴバンは頭を抱えた。

もしかして……使っちゃ駄目だったやつですか?

 

 

その後、船に戻った俺を迎えたのは号泣したケヴィンと船員たちだった。

多分、一生分抱き締められたと思う。

 

聞いた話によると、

俺に渡された金はこの船の修理代として用意されていたものらしい。

 

ケヴィンが誤って俺に渡してしまい、

ゴバンはそれを伝えるために俺を追っていたそうだ。

 

だが見つけた途端に俺が猛スピードで走り出したので見失ってしまったそうだ。

 

俺が誤って使い込んでしまった金貨を補うため、

俺たちはしばらく港に停泊して金を集めることになった。

 

一週間もすると、俺もかなり動けるようになった。

これも港でケヴィンが揃えたという薬のお陰だ。

 

まだ所々痛いが、

大部分は筋肉痛レベルの痛みが残っている程度で大したことはない。

 

ところで、チンピラの件のおかげで

俺はこの港で最もやらなきゃいけない事ができていない。

 

バウに関しての情報集めだ。

 

だが、今ケヴィンに外出許可を取ろうとしてもきっと止められるだろう。

あんなに心配もかけたし、裏路地に行くなという約束も事実上破ったのだ。

 

だが、俺は使命を果たさなくてはならない。

黙って外に出るのはいけないことだが、今は仕方ないだろう。

 

エクスパ、情報収集を再開しよう。

 

(私は構いませんが……御体のほうは万全ですか? )

 

大丈夫だ、気にするな。

 

(……そうですか、では参りましょう。)

 

一瞬、疑いの心が流れ込んできた。

初めての戦いの時に最も強く感じたが、どうも俺とエクスパの心は繋がるらしい。

 

(現在、ケヴィン様は外出しておられるようですから抜け出すには好都合です。)

 

よし、早速部屋から出よう。

誰にも気付かれないように、抜き足差し足でゆっくりと……

 

「あれ? どこ行くんだウルフ、港か? 」

 

部屋から出て約二秒、早速ゴバンに見つかった。

俺が言い訳を考えるのに必死になっていると先に口を開いたのはゴバンだった。

 

「ちょうど良かったぜ、俺も港に用があるんだ。一緒に来るか? 」

 

「え……止めないんですか? 」

 

「俺がいれば大丈夫だろ、船長には後で言っておけばいい。それに……」

 

「遊び盛りの子供に外に出るななんて拷問だよなぁ? 」

 

そう言って、ゴバンはニヤリと笑った。

確かにゴバンが一緒なら安全だ、心強い協力者が現れてくれたものだ。

 

だが、俺を連れ出したのがばれれば、

きっとゴバンは後でケヴィンに大目玉をくらうことだろう。

 

船から出るにしたって、他の船員たちに見つかって止められる可能性もある。

 

「それにしてもどうやって見つからないように出るんです?」

 

「フッフッフッ……あれだ! 」

 

ゴバンが勢いよく指差した先には手押し式の台車と木箱が積んであった。

ああ、つまり……

 

スニーキングミッション開始というわけですか!

 

(スニーキング……ミッション? 全く違うと思うのですが……これ脱出でしょう?)

 

エクスパの疑問の声はさておき、任務は始まった。

 

 

 

 

 

こちらウルフ、状況はどうなっているか教えてくれ、オーバー。

 

(心の中を無線機のように使わないでください。)

 

ぐぬぅ……久しぶりに気分が乗ってるんだから合わせてくれてもいいだろう……。

 

俺は生前の世界ではこういうのに憧れてたんだ、潜入任務ってカッコいいだろ?

その手のゲームでは、確かダンボールとかに隠れていたな。

 

(段ボールですか……倉庫なんかではいいでしょうが……)

 

若干エクスパが呆れぎみだが、ダンボールは凄いんだぞ。

 

しかし、このままじゃ心の温度差が凄いな……せっかく繋がっているというのに。

この感情を共有すればきっと楽しいはずなんだが……よし。

 

聞いてくれエクスパ。

 

(なんでしょうか? )

 

この任務の成功はお前の働きにかかっている。

スニーキングミッションでは味方のバックアップが重要だ、

お前がサポートすることが……

 

(あ、もう出口付近ですね。ミッション終了です。)

 

ミッション終わったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

 

 

初めてのスニーキングミッションは成功に終わった。

本当はこんなに早く終わって欲しくなかったが……

 

そう思っていると木箱が叩かれた、おそらく到着の合図だ。

 

「もう出てきてもいいぞ、ウルフ。」

 

ゴバンに言われて俺は木箱の中から出た、太陽がやけに眩しく感じる。

俺が出たのは港から少し進んだ町の入り口だった、見覚えのある風景だ。

 

「ところでゴバンさんは何処に用事があるんです? 」

 

「本屋と鍛冶道具を取り扱ってる道具屋だな、ちょっと揃える物がある。」

 

「奇遇ですね、僕も本屋に用事があったんです。」

 

「なら最初に鍛冶道具屋にいってもいいか?」

 

「分かりました、行きましょう!」

 

三十分ほど歩いて、俺達は町の外れにある小さな鍛冶道具屋に到着した。

実に色々な物がある、グラインダーの歯なんかも見つけた。

 

そのなかでゴバンは真剣な面向きで小さなハンマーを手にとって品定めしていた。

二十本ほど調べ終わった後でようやくこれといった一本を選んだようだ。

 

その後、俺達は町の中心部にある大きめの本屋に向かった。

 

本屋の中に入ると無数の本が俺たちを出迎えてくれた。

 

天井付近まで綺麗に陳列された本たちは

さながらファンタジーに出てくる大書庫のようだった。

 

「こんなに本があるなんて……凄いですね。」

 

俺はその質量に圧倒されていた、こんなにあって目的の本は見つかるのだろうか。

 

「そりゃ世界でも有数の規模を誇る、チェト・イベツの本屋だからな。」

 

「こんなに本があって欲しいものが見つかるんでしょうか……」

 

「そこんとこは心配すんな、店員だれかいるか? 」

 

「あっちにいる人でしょうか? 」

 

カウンターの付近にスーツのような服を来た知的な見た目の女性が見える。

なにやら真剣な顔で本の中身をチェックしているようだが、恐ろしいスピードだ。

 

「多分、あの人だな。呼んできてくれるか? 」

 

「はい。」

 

カウンターの方へ駆け寄り、店員に声をかける。

 

「すみません、本を探してるんですが……」

 

「…………」

 

「すみませーん!本を探しているんですがー!」

 

「……はっ!、すみません!」

 

一回では気付かなかったようなので二回目は大きな声で言うと、

ようやく気付いたようで店員は本のページをめくる手を止め、

カウンターから出てきた。

 

「どのような本をお探しでしょうか? 」

 

「バウという国についての本です、なるべく詳しいのをお願いします。」

 

「バウについての本ですね、

 歴史、観光、地理などを取り揃えておりますが………。」

 

「取り敢えずあるだけお願いします。」

 

俺がそう言うと、

店員は制服の胸ポケットから折り畳まれた紙のような物を取り出した。

 

彼女が紙に息を吹き掛けるとそれはたちまち両手サイズの石板となった。

 

「本の神ラブラ・リア・ドールの眷属が使役する、

 ここに在りし万の書よ! 我が声を聞け! 」

 

店員が石板に向かって話し始めた、これは詠唱?……つまり魔法だ!

 

「ここに紡ぎだされし言葉は

 “国”、“バウ”、“詳細”、かの言葉を持つものよ集えっ!」

 

一通り魔法らしきものの詠唱を言い終えると、

店内の本棚から本が一斉に飛び出した。

 

本は空中でそれぞれ二つの組に分かれた。

約一冊、組になれていない奴がいたが他の二冊と三冊一組になれたようだ。

 

片方の本が勝手に開いてページがめくれていて、

もう片方の本は開かれたページの前で浮遊している。

 

そんな光景は俺には本たちがお互いの内容を確認しあっているように見えた。

 

やがて本たちはもとあった場所に戻っていき、

彼女の持っていた石板の上に五冊ほどの本が来た。

 

「お待たせしました、こちらがバウについて詳しく書かれた本になります。」

 

この港に来てから待ちに待っていたバウの情報が目の前にあるが、

それより先に今俺が目撃したロマンについて聞かねばなるまい。

 

「さっきのはなんなんですか? 始めてみました。」

 

「本の召集ですか? 

 あれはラブラ様の力をお借りして本に一時的に命を与えました。

 本同士に互いの内容を確認させ、該当する本が集まるのです。」

 

「そのラブラ様と言うのは?」

 

「本の神と呼ばれているお方で、

 世界中の本屋と図書館は全てラブラ様が創られたそうです。」

 

「凄い方なんですね。」

 

「はい! それはもう凄い御方です。」

 

本の神か……覚えておいて損は無さそうだな。

 

店員から本を受け取り、ここで読んでもいいか聞くと許可が貰えた。

どうやらこの本屋は図書館も兼ねているらしく、

この町の人間でなければ借りることは出来ないようだった。

 

だが旅の人であっても館内で読むのは問題ないらしい。

 

因みにこの本屋と図書館が一体化した施設も本の神の案なんだそうだ。

 

図書館の運営は本屋の売り上げと

作家でもあるラブラさんの莫大な財産によって成り立っている。

 

まったく、本の神さまさまだな。

 

さてと、目当ての本も手に入ったことだしバウの情報集めと行きますか。

ん?まてよ……何か忘れているような……

 

「ウルフ……まだか?」

 

肩におかれた手にに気付き、

後ろを向くと少々残念そうな顔をしたゴバンが立っていた。

 

「俺、呼んできてくれと頼んだはずなんだが……」

 

「あっ! すいませんすぐに呼んできます!」

 

俺はもう一度カウンターにダッシュし、ロマン溢れる本の召集を見たのだった。

 

 

なんやかんやでようやく本が読める。

この世界の文字はもうほとんど読めるようになったが、若干の不安が残る。

まあ、読めなかったらエクスパに読んでもらうか。

 

(了解しました、いつでもお任せください。)

 

言い方は至って事務的だが俺の心とエクスパの心は繋がっている。

今、エクスパの心が少しだけ嬉しさを感じたのが分かった。

彼女はどうやら頼られると嬉しいようだ。

 

それじゃあ早速情報収集に取りかかるとしよう。

店員から受け取った本は五冊、驚く事に全ての本がパンフレットのように薄い。

一応、詳しく書いてある本を頼んだはずなんだが……秘密主義の国なのだろうか。

 

 

さあ、まず最初の本は「最強の軍事国家バウの成立について」か。

 

最近は軍事国家と言えばバウといったように、

最強の軍事国家バウについての話題が絶えない。

 

そんな軍事国家バウの成立について専門家達は大いに興味を示しているようだ。

 

軍事国家バウは二十年前に突如として北東のガイアス大陸に出現した。

 

「国が出現する」というのは言い方がおかしいようだが

かの国の成立はまさにその通りなのである。

 

かつてのガイアス大陸には大ガイアス共和国という大規模な共和国があった。

しかし、その国はバウが成立して一週間後に一夜のうちに消えている。

現在はそこにバウがあるため、ガイアスはバウに乗っ取られたという説が主流だ。

 

専門家達が興味を示している点は

その驚異的な大国家としての成立のスピードとその仕方にある。

 

軍事国家バウは現在のバウの皇帝である

サーベラス・バウ・ハウンド一世が一週間で建国したと言われている。

 

そんなバウ帝国の成立について、ある興味深い逸話がある。

 

あるところに五人の若者がいた、若者の中の一人がある日突然こう言った。

 

「戦争がしたい、だから俺たちの国を作ろう。」

 

そう宣言した男は自らの国の旗を地面に立て、

そのわずか直径1センチ程の国土を基礎とした。

 

それから一週間余りの間、

彼らの旗の付近の領主が次々に倒され土地を奪われていった。

 

中には数万の私兵を持つ領主もいたが、

それらの兵は半日にして全滅させられたという。

 

わずか五人の若者にだ。

 

その後大ガイアス帝国が吸収され、

現在バウはガイアス大陸全てを治める大国になった。

 

バウの成立に大きく関わった五人がバウの王とその側近である四剣らしい。

 

読んでみると概ねそんなことが書いてあった。

どうやらバウのトップ達は相当強いようだ、これは期待が持てる。

なんとしても四剣と王を仲間に引き入れたいものだ。

 

しかし、五人で建国……ただ事ではないな。

 

次の本は「世界擬人伝~バウの成立に見る疑人化現象の謎~」か。

 

三十五年前、世界に新たな生物が現れた。

後に「擬人」と呼ばれるそれらは人とよく似た姿を持っていた。

ある日突然出現した彼らは瞬く間に世界中に溢れかえった。

 

驚異的なスピードで知恵を獲得した彼らは独特の文化を形成、繁栄していった。

そして僅か二年余りで世界人口の三割は擬人が占めるようになった。

 

彼らの異常なまでの生物としての成長速度は目を見張るものがあった。

 

多くの学者は口々にこう言った、

「彼らは我々に代わる新人類なのではないか?」と…………。

 

そんな声を聞いて彼らの存在に恐怖を抱き始めたのは大国の指導者達である。

当時最大の国であった大ガイアス共和国を主導に、

大規模な「擬人狩り」が各地で行われた。

 

いくら擬人が人類より身体能力的優れているとはいえ、

数の差、文明の有無は勝敗を分ける決定的な要因になりえた。

 

結果、大半の擬人は絶滅。

僅かに残った種族は国々に拉致され、兵器の人体実験、交配実験等に利用された。

流出した資料によれば、相当非人道的な扱いを受けていたようだ。

 

現在、世界にいる擬人の数は全人口の一割に満たない。

運よく拉致を免れた種族は、今も世界の片隅でひっそりと暮らしている。

 

例外として、最強の軍事国家で知られるバウ帝国は擬人の国である。

特に犬族が多く、国民の半数以上が犬族だそうだ。

 

一般的に擬人とは、人でないものが人のようになったものと定義されている。

犬や猫などの動物、道具等の非生物、

自然現象等の抽象的存在が人の姿を得たものだ。

 

三十五年経った今でも未だに擬人になる条件、原理は解明されていない。

 

擬人には二種類ある、人にない身体的特徴を持つ者と人にない能力を持つ者だ。

 

人に無い特徴を持つ擬人には、犬の特徴を持つ犬族

コウモリの特徴を持つヴァンパイア族など数多い種族が存在しているが、

特殊な能力を獲得したものは数える程しかいない。

 

今のところ犬族に六人のみ確認されているらしい。

 

まずは四剣、

「忠剣」ハチ・サスペード 建物を投げたり船をひっくり返す怪力。

「名剣」ラッシー・フロムハート 不明。

「正剣」パトラッシュ・フランクローバー 圧倒的な速さ。

「調剣」タロー・クロムダイア、ジロー・クロムダイア 天候の操作

 

そして「剣帝」、サーベラス・バウ・ハウンド一世 全知最強。

 

この本に書いてあった事はこんな感じだった。

「調剣」の能力はまだ分かりやすいとして。

「忠剣」はただの怪力なのか、物体の重さを操作するのか判別しがたい。

「正剣」だって加速なのか例えば音速や光速なのか分かりにくいし、

「名剣」に至っては不明だ、これじゃあ書く意味ほとんどないだろう。

 

それになんだ、「剣帝」の「全知最強」って。

そのままの意味ならなんでも知っている最強の奴ということだ。

そんな奴、誰も勝てないんじゃないだろうか

 

とりあえず、この世界には特別な存在として「擬人」というものがいるらしい。

どうやら俺のこの姿も「擬人」であるということのようだ。

 

昔は迫害を受けていた種族とのこと、俺も簡単には正体を明かせなくなったな。

 

しかし好都合だ、この本には「犬族」と記されていた。

「犬族」が犬の身体的特徴を持つものだとするなら

バウに行くのはとても簡単そうだ。

 

どれどれ、次の本は………。

 

 

約二時間かけてようやく五冊全てを読むことが出来た。

残りの三冊は地理書、旅行本、戦争記録書だった。

 

地理書からはバウの大体の位置と大きさ、回りの地形が分かった。

旅行本によればここからでもバウを目指すことはできるようで安心した。

 

それにしても戦争記録だけは文字がびっしりだった、

総計だけ見ても2000回近い。

 

なにせほとんどの戦争は一ヶ月刻みで攻略しているのだ

どれだけ「軍事国家してる国」なのだろう。

 

これらの本から俺のバウへのイメージが固まった。

恐ろしく強い人材を抱える、戦争大好きなヤバい国だ。

 

これだけ戦闘狂ばかり集まっていそうな国では

まともな協力者を見つけるのも苦労しそうだが……。

 

とりあえず暗記が出来ない地理書と旅行書だけは

ゴバンに購入してもらって店を出た。

 

夕方頃、船に戻ってもケヴィンはまだ帰って来ていなかった。

ゴバンはケヴィンの拳骨を回避できて嬉しそうだったが、俺は少し不安だ。

嫌な予感がする、というやつかもしれない……。

 

俺はバウへ行くためにこの港から月に一回出る定期船に乗らなくてはいけない。

ケヴィンに言えば止められるだろう、だが何も言わずに出ていくのも気が引ける。

なにより、今日まで俺を育ててくれた人たちに対してそんな態度は取れない。

 

月が明るくなった頃、ようやくケヴィンは船に戻ってきた。

帰ってきたケヴィンは少し疲れた様子だったが皆を集めるように俺に言った。

やがて甲板に全員が集合し、ケヴィンの話が始まった。

 

「今日、ここに集まってもらったのは他でもねぇ……

 ガルバーンとの話し合いで重要なことが決まったんだ。」

 

そこにいる全員が息を飲む、今までにない緊迫した空気が立ち込めていた。

 

「……バウに復讐する手筈が整った。」

 

「ウォォォォォォォォォォォ!!!」

 

辺りが一瞬の静寂に包まれた後、各々は興奮した様子で騒ぎ始めた。

 

「やっと俺たちのダイカンを取り戻しに行けるのか!」

 

「これでようやく旅が終わるんだな!」

 

それぞれ自分の思いを口に出して喜びを語り合っている船員達を

一旦なだめてしてケヴィンが続けた。

 

「日時は一週間後、ガルバーン達や他の船と合流して夜襲をかける!」

 

「各員は決戦の日に向けて準備を進めてくれ! 以上! 」

 

ケヴィンの話が終わった後もまだ兵士達は興奮冷めやらぬ様子で、

酒を飲み始めるものもいた。

 

一方、俺はこの複雑な感情の制御に苦しんでいた。

 

この船がバウに行くというのなら、それこそ目的の達成により近づく。

だが、俺にはもはやこの船の人々の安否のほうが重要に感じられていた。

 

俺がこの世界に来たのはヨンの助けになって、

迷惑をかけた人々への贖罪をするためだ。

 

だが俺が今日まで暮らして来れたのはこの船の人々のお陰だ。

 

使命を取るか、恩義を取るか……俺にはどっちも重要だ。

だが、少なくとも「この世界の俺」は恩義を忘れない人でありたい。

 

俺にはもうどうにもならない後悔があるから、

まだなんとかなるかもしれない今は諦めたくない。

 

……ってな感じで綺麗事を並べたところで、

やらなきゃいけないことより、やりたいことをとる俺はとっても不真面目だな。

 

(ええ、バウと敵対すると大幅に目的の達成が遅くなってしまいます。)

 

まあ、それならもっと努力するだけだ。

回り道をしなきゃならないなら、

それだけ急いで、止まらないように努力する。

 

走った結果転んで傷ができるのなんて何ともない、

自業自得はもっとも軽い怪我だ。

 

それに分かってるんだぜ? 

ちゃんとお前が俺の選択に同意してくれているってのは。

 

まあ、恩義を取ると言ったってまだ何も決めて無いんだがな。

そこのところはまた話し合いと行こうじゃないか、エクスパ。

 

(ええ、ウルフバート様が決めたことですから。

私は貴方に後悔させない為に……全力でサポート致します。)

 

 

一夜掛けた話し合いの結果、プランAとプランBが計画された。

プランA 戦闘を事前に防ぐ為、ケヴィンを含めた全員を説得する。

プランB 俺も戦闘に参加して最大限尽力し、肉盾になってでも被害を減らす。

 

俺の足りない頭ではエクスパの知恵を借りてもこれくらいしか思い付かなかった。

正直言ってどちらの案も現実的ではなく、成功するとは思えない。

 

だからってこれ以外に俺の力でなんとかなりそうなことは見つからなかった。

この世界の俺は「擬人」だが少しばかり体が丈夫な位しか取り柄がない。

力もない、財力も、コネもない。

 

掛けられるものなんて命ぐらいしかない。

出来ることならヨンに貰ったこの命は捨てたくない、

俺の体がもつことを祈るばかりだ。

 

まずはプランAを実行に移す、俺はケヴィンのいる部屋へと向かった。

 

 

「ケヴィン船長、お話があります。」

 

「ウルフか? 入っていいぞ。」

 

船長室にはいつも通りの父性オーラを纏ったケヴィンが立っていた。

きょとんとしたケヴィンに対して、俺はすぐに話題を切り出した。

 

「船長、バウとの戦いをやめて貰うわけにはいきませんか?」

 

「怖いのか? 行きたくないのなら港で待っててもいいんだぞ」

 

俺の言葉を聞いた後に放ったケヴィンの言葉にはいつものとは別の父性を感じた。

駄々をこねる子供を教え諭す時のような静かな怒気と真剣な眼差しが心に刺さる。

 

「お前はまだ子供だからな、無理もない……」

 

「…………っ! 違います!」

 

予想だにしなかったであろう俺からの反論にケヴィンは若干の驚きを見せた。

抑え込んでいた感情が溢れ出し、それをせき止めていた壁が決壊した。

 

「あんな奴らと戦ったらみんな死ぬかもしれないんですよ……」

 

「怖いんですよ、俺はっ!」

 

「死ぬのは怖くない! 失うのが……怖いんです。」

 

「この船のみんなが居なくなるのは……嫌です……嫌だ……嫌だぁ!」

 

決壊の衝撃は余りにも強く、すぐに自分一人では立っていられなくなった。

俺はたまらずケヴィンの胸にすがった。

 

言っていて自分でも驚いた、

俺の本心がこんなにも自分勝手で弱いものだとは思わなかった。

 

他人にすがらなければ生きていけない、他人に迷惑を掛け続けてしまう弱い心。

自分では否定していたつもりが俺は確かにその心を持っていたのだ。

 

次の言葉が紡ぎ出せない、

これ以上声を出そうとすれば俺はもっと弱くなるだろう。

 

元の世界では一度味わったきり

全く感じなかった深い悲しみが俺の喉を塞き止めていた。

 

「………ウルフ。」

 

僅かの静寂が訪れた後、ケヴィンは俺の名を呼んだ。

なんとなくさっきまでとは違う、いつものケヴィンの感じだ。

 

それを聞いて安心できたからか、喉のつかえが少し取れた。

 

「………すみません、自分勝手な事を言って。」

 

「なんでお前が謝るんだ……自分勝手なのは俺たち大人だ。」

 

ケヴィンが俺を撫でる、この世界で一番好きな大きな手だ。

俺はこの手に海の中から救い出され、今日まで育てられ、守られてきた。

 

そしてこれからは俺が守らなければならない手だ。

俺のいる場所に無くてはならない温もりだ。

 

「すまねぇな……でも俺達はやらなきゃならねぇ。」

 

「こんな俺たちに付き合わせちまって、本当に……悪かったな。」

 

俯きながら喋ったケヴィンの声は途切れ途切れで聞き取りにくかった。

だが、これで俺のやることは決まった。

 

もう自分勝手でもいい、人に迷惑を掛けるのだって構わない。

この素晴らしい場所を守るためなら、俺はクズになってやる。

 

「……ケヴィンさん。」

 

「なんだ? 」

 

「俺に戦いかたを教えて下さい、俺の居場所を守るために。」

 

「…………分かった。」

 

覚悟は決まった、これで今までの平穏とはサヨナラだ。

 

 

 

 

 


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