最強チートのヒトバシラ~チート無し!ハーレム無し!無双無し!あるのは地道な努力だけ!~   作:独郎

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第三話 「初めてのタタカイ」

前回までのあらすじ

 

俺は神であるヨンの手によって二元素世界に転生するも、

目を覚ますとそこは海の中だった。

 

たまたま狩りで通りかかっていた子供好きのケヴィン船長率いる海賊団に拾われ

一命をとりとめた俺は、ケヴィンからこの世界での俺の「ウルフバート」という名前とそれと同じ名を持つ剣を貰い、海賊の船で暮らすことになった。

 

五歳の時に雑用係に任命された俺は今日まで野菜を育てたり、武器の手入れをしたり、料理長であるファーガスさんに料理を教えてもらったりしていた。

 

___________________________________

俺が雑用係に任命されて五年が経った。

俺は今年で10歳になる。

 

今日まで様々な雑用をした結果、全てではないが割と身に付いたこともあった。

二割程度とはいえ、やはり努力が報われるのは素晴らしい。

 

料理の腕はそこそこまともになってきたので

今日の朝食は俺がつくることになった。

 

だが流石にこの船にいる二十数人の朝食を俺一人でつくるのは難しいので

今日はファーガスさんも手伝ってくれている。

 

メニューはシャリコを炊いたものとシカーという鮭に似た赤身の魚の塩焼き、

ポタと海草のスープ、ハビの塩浸けの四品で構成されている。

 

日本の食卓を出来るだけ再現してみようと思って考えてみた結果、

こういうメニューになった。

 

この世界の朝食はスープが中心なので受け入れられるのかが心配だが。

 

朝食を告げるベルが鳴ると、それぞれが部屋から食堂へとやって来る。

 

「お、今日の朝飯はなんだかいつもと違う感じだな」

 

俺のつくった朝食に最初に気付いたのは

野菜の世話を終えてきたワイネさんだった。

 

俺が緊張していると、

ファーガスさんがワイネさんに今日の朝食の説明をしてくれた。

 

「今日はウルフに作らせてみたんだ、食べてみてくれ。」

 

「へぇ、ウルフがか? どれ、早速頂くとしよう」

 

俺は緊張で固まっていた、

果たして俺の料理はこの船の栽培長であるワイネさんの口に合うのだろうか。

 

ワイネさんが俺が浸けたハビの塩浸けを一つ食べる、次にシカーの塩焼きを、そしてポタと海草のスープをすすり、最後に炊いたシャリコを一口食べた。

 

「旨いじゃないか、特にこのハビの料理は素材の味が生かされていて俺好みだ。」

 

「ありがとうございます!」

 

どうやら口に合ったらしい、俺はホッと胸を撫で下ろした。

 

「でも少しきになったんだが……」

 

「なんでしょう?」

 

あれ? なにか変な味付けでもしてただろうか。

 

「このシャリコに味が無いんだが……どうやって食えばいいんだ?」

 

なにもシカーの身なり、ハビと一緒に口に運べば美味しく食べられるはずだが……

あ、そうか! そういう食べ方を知らないのか。

 

思えばワイネさんはどれも順番に食べていて、

一つのものを飲み込んでから次のものを食べていた。

 

「えーっとですね、

こうやってシカーの身やハビと一緒に口に入れて味を混ぜるんです。」

 

俺はもとの世界でやっていたような食べ方をしてみせる。

 

「味を混ぜる? とにかくやってみよう。」

 

見よう見まねでワイネさんがシカーを食べ、その後シャリコを口に運んだ。

するとその顔はすぐに喜びに満ちたものになった。

 

「そうか! こうやって食べるんだな、なかなか旨いぞ!」

 

その後も船員の皆にその食べ方を教えるとかなりの好評を貰った。

 

少し多めに用意していたシャリコだったが

船員たちの食欲の前に見事に完食された。

 

「シャリコにあんな食いかたが有るとはな

 ……これからもたまに朝食の用意を頼んでもいいか?」

 

ファーガスさんにも絶賛され、初めての朝食づくりは大成功に終わった。

 

朝食が終わり皿洗いをしていると、ケヴィンさんが俺のところに来た。

 

「近々、港に寄ることになったから出かける準備をしておいてくれ。」

 

「本当ですか!」

 

港、つまりは陸! 

この世界に転生してから俺は陸地というものを一切見ていない。

 

香辛料や武器等の消耗品も航海中に船上で商船から譲って貰うことが多く、

ここ十年は港に停泊していないそうだ。

 

一応、海賊という職業なのだが略奪をしている所を見たことがない。

やっていることは完全に漁師みたいな感じなのだ。

 

ほとんどの物は狩りと船内での栽培で賄えているので普通は陸に用はない。

ただ数年に一度は船の点検と船員の都合で港に行かなくてはならないらしい。

 

船員の慰安旅行、本や地図などの買い換え、

世界情勢の確認なども目的に含まれているそうだ。

 

「しかし、港ですか……楽しみです!」

 

「ああ、同士の皆に会うのが楽しみだ!」

 

「同士?」

 

ケヴィンが俺には聞き慣れない単語を言った。

 

同士……なんの事だろうか?

俺が首を傾げていると、俺の疑問をケヴィンは悟ってくれたらしい。

 

「ああ、そうか。 お前にはまだ言ってなかったな……」

 

「ウルフ、俺たちがなぜ海で暮らしているか分かるか?」

 

「分かりません」

 

「はっはっは! お前は正直でいいな、こっちも語りがいがあるってもんだ。」

 

豪快にケヴィンが笑う、

しかしその笑いには若干の空元気のようなものを感じた。

 

予想は当たり、ケヴィンが真剣な話をするときの顔になった。

 

「俺達はな……故郷を追われたんだ。」

 

「……」

 

そういう事だったのか、

海賊なんてやってるのも海の上で暮らしているのもそれが理由というわけだ。

 

「俺達の故郷、ダイカンは豊富な海洋資源を誇る小さな集落の集まりだった。」

 

「そこでは造船技術が発達していてな、優秀な職人も多かった。」

 

「そこに目を付けられたのさ、

 世界各国の軍事国家がその造船技術を欲しがった。」

 

それもそうだ。

十年以上使ってもまだ丈夫で、ジェネラルホエールを一撃で倒す大砲を搭載し、居住性抜群となればどの国だって欲しがるだろう。

 

「まあ、小さな集落の集まりでも島国だったし海戦なら負け知らずだから最初は全部返り討ちにしてたさ、攻めて来るのも大体は軍事力を付けるのが目的の近隣の小国ばかりだったからな。」

 

「だが、一人の職人が生み出した発明が

 ダイカンの技術力を全世界に知らしめちまった。」

 

「船神と呼ばれた船大工、アンガスが作った「風を生み出し増幅する技術」これを俺達じゃ到底敵わない軍事大国がこぞって欲しがったのさ。」

 

「俺達は必死に戦った、だが世界一の軍事国家「バウ」には敵わなかった。」

 

風を生み出して増幅する技術、帆船のような見た目のこの船がほとんど風のない日でも動くのはそのお陰だったのか、それに最強の軍事国家「バウ」か……。

 

「バウの力は凄まじく、俺達はあっという間に制圧されそうになった。そこで俺達は全ての技術を船に乗せて方々に逃げたのさ。」

 

「それから今日まで俺達は故郷を取り戻すために航海を続けているって訳だ。」

 

俺はその話を聞いて考えていた。

俺の使命はこの話と関係しているかもしれないということだ。

 

最強の軍事国家なら俺の使命でもある、

邪神との戦いのための協力者を探せるかもしれない。

 

俺だってこの船は好きだが、

いつまでもこの船の上で暮らしていても使命を果たす事はできない。

頃合いを見て、この船から降りることも考えなくてはならないだろう。

 

問題はこの船とバウが対立しているということだ。

どうやって敵側に渡ればよいのだろうか、この船には極力迷惑を掛けたくない。

 

まずは港で情報を集めよう、バウに行くか決めるのはその後でもいいはずだ。

悩んでいる俺を見て、ケヴィンは心配している様だった。

 

「話が長かったか? すまんな、明日に向けて準備頼むぞ。」

 

「あ、はい! 分かりました。」

 

その日の仕事が終わり、部屋に戻るとエクスパが心に話しかけてきた。

 

(ウルフバート様、我が神よりお言葉がありました。)

 

ヨンからか? 俺の使命に関する事だろうか。

 

(はい、我が神は「そなたの使命は軍事国家バウにあり」と。)

 

やっぱりバウか……これで悩んでいる意味は無くなったな、

明日は港でバウの情報を集めるか。

 

エクスパ、明日は港に着くそうだからバウの情報を集めることにするつもりだ。

お前も連れていくけどいいか?

 

(かしこまりました、では今日はもうお休みなさいませ。)

 

ああ、おやすみ……

 

 

翌日、船は予定通りの時刻に港町「チェト・イベツ」に着いた。

港にはうちの船と同じような船がいくつか見受けられる、

例の「同士」というやつだろう。

 

港は多数の出店で賑わっているようだ、なにか祭りでもやっているのだろうか。

 

一方、俺は地面に下りた途端に強烈な不快感に襲われていた。

陸なのに体が揺れているような感覚があり、めまいと吐き気がして気持ち悪い。

 

(ウルフバート様、それは恐らく丘酔いかと思われます。)

 

丘酔い? 船酔いとか車酔いみたいなもんか。

 

(ええ、船酔いの逆ですね。

深呼吸をする、鏡の中の自分の目を見るなどの対処方法があります。)

 

取りあえず全て試すことにする、いつまでもこの不快な感覚ではいられない。

まずは深呼吸、スゥー……ハァー……スゥー……ハァー。

 

よし! 全く効果なしだな。

次は鏡だが……運良くうちの船の積み荷に丸い鏡を発見した。

さて、確か鏡の中の自分の目を見るんだっけな。

 

ん? そういえばこの世界に来てから自分の顔をしっかり見たことは無かったな。

髪は白く、手入れしていない髪は長くボサボサ。

目は海のように青く、肌は毎日日差しを浴びているというのに白っぽい。

 

この世界での俺が男の体というのは分かっているのだがどうも中性的な顔立ちだ。

 

生前のラノベ知識で言うならば男の娘といった所だろう、

俺としてはちょっと複雑だ。

 

髪は切った方がいいか、この長さでは本当に女の子に間違われそうだ。

そう思ってもみ上げの部分を触ってみると、驚くことに気付いた。

 

本来耳が付いているべき所に耳がない、

だが頭を触ると代わりに付いているモノがあった。

 

初めは髪の中に隠れていたが、触るとピンと立ってその姿を現した。

ケモミミだ、俺の頭に付いていたのは白く大きな犬耳だった。

 

なんか鼻や耳が生前よりいいと感じていたらそういうことか……

この世界の俺の体はラノベで言うところの獣人というわけか。

 

俺は悟った。

この体では絶対に特殊な性癖を持つ輩には出会ってはいけないと。

 

いつの間にか丘酔いは治まったようだ、一時的なもので助かった。

 

これでようやく落ち着いて行動を起こせる、俺は辺りを見回した。

取りあえずケヴィンに自由行動の許可を貰わなくてはならない。

 

うちの船に似た大きな船が停泊している場所にケヴィンはいた。

どうやら彼の言っていた「同士」と感動の再開を果たしていたようだ。

 

「ケヴィンさん、ちょっといいですか? 」

 

俺の声に気付いたケヴィンが振り替える。

 

「おお、ウルフか。なんだ? 」

 

「へぇ! そいつがお前が拾ったっていう子供か。

 見たところ女の子なのか? すげぇかわいいじゃねぇか!」

 

ケヴィンがさっきまで話していたと思われる人物がこちらに顔を覗かせた。

この人は大きな勘違いをしているようだ。

 

「いや、僕は正真正銘男です。」

 

「え? 本当かよ、こいつは惜しいぜ。育てば美人になると思ったんだがなぁ……」

 

俺が否定するとその人はがっくりとうなだれた。

俺の乗っていた船のメンバーはあらかじめ知っていたから分かってくれているが、やはり他人から見れば中性的な顔立ちに見えるらしい、苦労しそうだ。

 

「おいおい……うちのウルフをからかわんでくれよ、ガルバーン。」

 

「はっはっは、すまねぇな俺は女に目がねぇんでな」

 

ガルバーンと呼ばれた男は豪快に笑った。

年はケヴィンより五歳ほど若く見える、

ケヴィンと同じような格好をしているがこの人も船長なのだろうか。

 

彼の後ろにある船はうちの船の一・五倍はあろうかという大きさで、積み荷を運んでいる船員の数もうちより十人か十五人ほど多いように感じた。

 

「ところで、何のようだ? ウルフ。」

 

「あ、えっと日没までには帰ってくるので外出の許可を頂けないかと。」

 

「勿論いいさ、だが町の門から外へは出るなよ? 

 あと裏通りにも入るな、町のゴロツキ共がいて危ないからな。」

 

「分かりました、行ってきます!」

 

そう言って町の中に駆け出そうとしたら、

何かを思い出した様子のケヴィンに呼び止められた。

 

「そうだ、今は豊漁祭をやってるんだったな。

 小遣いをやろう、遊んで来るといい。」

 

そう言うとケヴィンは俺に大きめの麻袋のようなものを渡した。

中を見てみるとなにやら金と銀、合わせて二十枚ほどのメダルが入っている。

これがこの世界の金のようだ、金色というのはやはり価値があるのだろうか。

 

「ありがとうございます、じゃあ改めて……行ってきます!」

 

俺は祭りの人混みの中に走っていった。

 

 

 

 

 

 

そして、ウルフがその場を離れてしばらく経った頃……

 

「しかし、良かったのか? あれお前の財布だろ。」

 

ガルバーンがケヴィンに問いかける。

 

「なにいってんだ、あれはウルフのために用意してた小銭……」

 

ポケットに手を入れ、上着をはたいて確認した後。

ケヴィンの顔はみるみるうちに青ざめた。

 

「しまった! ウルフに渡したの船の修理代だぞ!?」

 

その後ケヴィンはゴバンにウルフを探しに行くよう言い付けたのであった。

 

 

 

ケヴィンに小遣いを貰った俺はせっかくなので祭りの露店を回る事にした。

 

色々な店がある、香ばしい匂いの焼き鳥のような物を焼いている店、怪しい商人がいろんな道具や小瓶に入った薬を売っている店、まだ生きているような新鮮な海産物を沢山取り扱っている店……

 

どれも面白そうで目移りしてしまう、

思えば生前は祭りの時ですら勉強に部活に追われていたっけ……

 

典型的な灰色の青春だろう、余裕が無かったことが悔やまれる。

 

出店の列なる道を歩いていると、目に留まる店があった。

剣などの武器を売っているらしい、

やはり男としては武器屋というのは心踊るのだ。

 

「こんにちは」

 

「お? これは可愛いお客さんだな。嬢ちゃん、何をお探しかな?」

 

「いや……よく間違われますが男です。」

 

はあ……またか、もっと男らしい服装をした方がいいのだろうか。

 

現在俺は白のシャツと短パンを履いていて、

格好はいたってシンプルな格好なのだが……。

 

「そりゃすまなかったな、坊っちゃん。

 ところでその背中に背負っているのは剣かい? 」

 

店主は俺の背中にくくりつけてあるウルフバートを指差してそう言った。

 

「はい、僕の剣です。」

 

「坊っちゃんの体には重そうだねぇ、どうだ? いいものがあるんだが。」

 

「ちょっと見てみたいですね、お願いします。」

 

店主のイチオシってやつか、興味が無いわけではない。

 

確かにウルフバートは俺の体にはまだ合っていない。

五歳の時と比べて多少は持ち運べるようにはなったがそれでも走るとすぐバテる。

 

今回はバウの情報を集めるためにエクスパにはついてきて貰わなければならなかったのでウルフバートごと布で縛り付けて持って来た。

 

エクスパも石の時は自力で浮いて移動できていたが、

剣に付いているときはどうやら無理らしい。

 

剣から外して連れてこようとも考えたが、

思った以上にピッタリ剣にはまってしまっていた。

 

押しても引いても外れないので工具を持ってきたらエクスパに泣かれてしまった。

 

店主は店の裏に周って、木箱のようなものから何かを探しだして持って来た。

 

「俺がお勧めしたいのはこれさ」

 

「なんでしょう? 剣の鞘の様に見えますが……」

 

「フッフッフ、そりゃただの鞘じゃねぇぞぉ?」

 

得意そうな笑みを浮かべながら店主は俺に説明を始めた。

 

「何を隠そうその鞘はあの「四剣」のNo.2「忠剣」の持ち物だったもんさ!」

 

「すいません、「しけん」ってなんでしょう?」

 

テストのことではないとして、何処かの四天王的な奴だろうか。

俺が質問すると店主は信じられないといった顔をした。

 

「坊っちゃん、男の子なのに「四剣」を知らないってか!?」

 

「生まれたときから十年間、ずっと海の上で暮らしていたので……」

 

「そうか……じゃあ知らないのも無理はねぇか。」

 

「四剣ってのは最強の軍事国家「バウ」の皇帝の側近たちのことだ、なんでも一人だけで一国を壊滅させられるって噂の四人の将軍さ。男の子なら皆ごっこ遊びをするぐらい人気なんだぜ? 」

 

「また……バウか。」

 

ここ最近、何かと最強の軍事国家「バウ」が会話の中に出てくることが多い。

 

この鞘との出会いが偶然ではないとすれば、

バウと関係を持つこれはこの先重要な鍵になってくるかもしれない。

 

「どうした? 考え込んじまって。」

 

「あ、いえ……大丈夫です。」

 

「四剣については分かりました、ところでその鞘はどこがすごいんです?」

 

そう俺が聞くと再び店主は鞘を指差して説明を始めた。

 

「こいつに入れた剣は中に入っている間、重さが無いように軽くなる。

 しかも抜いた瞬間は重さが何倍にもなるから剣の威力が格段に上がるって訳よ、

 どうだ? 」

 

魔法の鞘ってわけか……便利そうだ。

まだ十分に体も鍛えられていないし、剣を振り回すためには必要になってくるか。

 

振り抜いた時の威力が上がるなら利用価値は高そうだ。

 

「取りあえず、値段を聞きましょうか。」

 

「本当ならバウ金貨三枚……と言いたいところだが豊漁祭を祝ってバウ金貨二枚だ。

 まあ、坊っちゃんみたいな子供に取っちゃ大金だが。」

 

ケヴィンから貰った袋には金貨が五枚入っている、これで足りるはずだ。

 

袋から二枚の金貨を取り出すと、

俺の知っている文字で小さくバウと書いてあった。

 

「買います、二枚ですよね?」

 

「えぇ!? そんな大金持ってるなんて坊っちゃん何者だよ……

 まあ買ってくれるならいいが。」

 

店主から鞘を受け取って背中に背負い、

ウルフバートを収めようとしたが少し疑問があった。

 

そもそもサイズは合うのだろうか、

もしかしたら無駄な買い物をしたかもしれない。

 

「あの、これはどれくらいの大きさの剣の鞘ですか? 」

 

と不安そうに聞くと。

 

「ああ、それなら心配しなくていい。

 若干ならこっちで調整できるから貸してくれ。」

 

「じゃあ、お願いします。」

 

鞘はウルフバートにピッタリ合うように調整された。

ちなみにそのサービスはタダだった、作業後に一応財布を取り出したがこいつはおまけだから気にすんなと言われた。

 

本当に気のいい店主だ、なにか商売を始める機会があればこの人を参考にしよう。

 

なんだか心の中に幸せな感情が流れ込んでくる、俺のじゃない。

エクスパが喜んでいるようだ。

 

(ウルフバート様、ありがとうございます。なんだか体が軽いです! )

 

お礼はいいよ、自分のために買ったんだから。

 

しかし、わりと高額な買い物をしてしまったようだ。

まだ財布の中には金貨が三枚ほど残っているが

金の使い方も考えなくてはならない。

 

なにより今日の目的はバウの情報を集める事だ。

 

本を買う、図書館に行く、

あるいは情報を買うためにもこれ以上は使わない方がいいな。

 

屋台が多く立ち並ぶ大通りは誘惑が多いので、一気に駆け抜ける。

鞘のお陰で随分と走るのが楽になった、代わりに落としたら気付かなそうだが……

 

風を感じながら思いっきり走っていると、やがて人通りの少ない道に出た。

 

道全体が薄暗く、細い道でなんとなく不気味さが感じられる。

これはもしかしてケヴィンの言っていた裏通りに出てしまったか?

 

なら急いで引きかえさなければ、ここは危険だ。

エクスパ、大通りへの帰り道は分かるか?

 

(はい、全て記録しています。まずは後ろを向いてまっすぐ進んだ道を左です。)

 

お前は最高のナビゲーターだぜまったく……

それじゃあまず後ろを向いて……うわっ!

 

「ん? なんだぁガキィ……痛ぇなコラ! 」

 

俺がぶつかったのは強面の男だった、

謝ろうとしたがすぐに首を掴まれて持ち上げられた。

 

取り巻きの男が三人ほどいる、典型的なゴロツキ集団だな。

振り返った時、一人の男の急所に剣の柄がクリーンヒット! 痛いよなそりゃ。

 

「すみません、僕の不注意でした。許してください。」

 

首を締め付けられて言いづらかったかしっかりと謝罪ができた。

 

怒り一色だったチンピラの顔が少し緩んだようだ。

これで話が分かる人なら助かるんだが……。

 

「フンッ! 礼儀はあるみたいだな……よし。」

 

どうやら許してもらえるようだ、よかった。

 

「今後気を付けますので許してもらえると助かるんですが……」

 

そう言った瞬間チンピラから再び怒気を感じた、

チンピラがニタァと下衆な笑いを浮かべる。

 

「今回は殺さないでやる、半殺しだ。」

 

え?

 

考える暇もなく俺の顔面に男の右ストレートがヒットした。

しばらくの間俺の体は宙を舞い、やがて建物の壁に叩きつけられて止まった。

 

一瞬で肺の中の空気が全部抜け、

全身が一斉に酸素を求めて刺すような苦痛が神経を駆け巡る。

 

男たちはゆっくりと近づいてくるようだ、数が増えてないか?

うまく視界が定まらない、苦しい。

 

息がしづらい、過呼吸のような症状が続く。

口の中を切ったようだ、血の味がする。

 

「まだ、意識があるみてぇだ……なっ!」

 

男たちは代わる代わる俺の腹を蹴る、

俺がたまらず吐くとひとまず蹴りが止んだ。

 

「汚ねぇなオイ、水汲んでこい。塩水だ。」

 

しばらくして俺の全身に塩水がかけられた。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ! 」

 

情けない悲鳴を上げてしまう、だがこの痛みには耐えられなかった。

切り傷に塩がしみて、言い様のない痛みが全身を襲った。

 

意識が朦朧とする、全身に慢性的に続く鋭い痛みでもう目を開ける気力もない。

今は辛うじて彼らの会話が聞こえる程度だ。

 

「さて、もう気を失っちまったか? 面白くねぇ……」

 

俺の背中に僅かに何かが触れる感覚がある。

 

「アニキ、こいつの持ってる剣、なかなか高値で売れそうですぜ。」

 

俺はその言葉だけは聞き逃さなかった、

コイツらは俺の剣を持っていくつもりだ。

 

やらせてたまるものか、ここ剣は俺でありエクスパでもあるんだ。

 

「ま……って、く……だ……さい。」

 

「ん? まだ意識があんのかよ、殴られ足りねぇか? 」

 

「その……剣……は、や……め…くだ……さい。」

 

「生意気な……お前になんかを頼む権利なんざねぇよ! 」

 

かすれた声で辛うじて要求を伝える、しかしそれに対する返答は蹴りだった。

口から血を吐いた、なんて奴だ。

 

だが、諦めない。

 

「もって……いかな……へぶっ!」

 

顎を蹴りあげられ、舌を噛む。

 

「とて……も大切な……物なん……で……がはっ!」

 

腹に重い蹴りが入り、もはや出すもののない腹から胃液だけが込み上げる。

 

「お願……い、し……ま……ぐほぉ!」

 

左脇腹を強く蹴られ、横の壁に叩きつけられる。

左腕に違和感を感じたが、もはや痛みの感覚はなかった。

 

「もうめんどくせえから殺しちまうか……おい、剣を貸せ。」

 

おお、どうやら俺は首を跳ねられてしまうらしい。

そうなってくるとこっちも抵抗しないわけにはいかないな。

 

これは正当防衛だ、俺だってやらなきゃいけない事がある。

まあ、最初の加害者は俺だけどしょうがない。

 

エクスパ、浮けるか?

 

(はい、今の重量であれば十分に可能です。)

 

幸い、右手だけは動かせるようだ。

散々ボコボコにされたお陰で痛みが感じられなくなったから動かしやすい。

 

チャンスは一瞬だ、

奴が剣を降り下ろしたタイミングでエクスパの指示通りに剣を振り抜く。

 

うまくいけば剣を受け止められないにしろ、方向をずらせはするかも知れない。

 

その一撃を回避して次はどうするか、考えたくもない。

いざとなったらエクスパには一人で飛んで逃げてもらい、

俺は死んだフリでもしよう。

 

(ウルフバート様、私はその案には賛同出来かねます。)

 

お? 俺に意見するのかよ。

いいね、自分の意見を正直に伝えるのはいいことだ。

 

じゃあ、頑張って生きてみましょうかね!

 

 

 

 

(男が剣を構えました、準備をお願いします。)

 

背筋に緊張が走り体がこわばる、

俺は手探りで背中のウルフバートの柄を掴んだ。

 

この剣を貰ってから今日まで、

幾度となく触れたその感覚が俺の心に余裕を与えてくれる。

 

恐怖はない、なにも見えないが俺には彼女がついている。

 

 

彼女が見ている風景が心の中に流れこんでくる、とても鮮やかな世界だ。

 

剣を構えた男がこちらを見てニヤリと笑い、

大きく振りかぶって鉈のような剣を降り下ろす。

 

「今だっ!」

 

最後の力を振り絞り、血で濡れた目をカッと見開く。

振り抜いた剣は羽のように軽く、俺の傷付いた右手でも十分に勢いがついた。

 

鞘から完全に抜けて奴の剣とかち合った瞬間、

肩が外れた感覚とともに耳をつんざく金属音。

 

一瞬写った視界には宙を舞う白い金属片とチンピラたちの驚愕の表情。

ゴロツキのリーダーの腹にはウルフバートの剣先が綺麗な傷後を残した。

 

俺は何とも言えない達成感を感じた。

あえて言うなら、「ざまあみやがれ」だ。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ、くっそ! このガキっ!」

 

「アニキぃ! 大丈夫ですか!? このっ……やっちまえ! 」

 

俺が斬りつけた奴はじたばたともがき苦しんでいるようだ、音で大体分かった。

そして報復をしようと部下たちが俺を襲う、痛い。

 

それにしても、このままでいくとやはりタコ殴りによる大量出血でお陀仏だな……

エクスパ、とりあえずお前だけでも逃げろよ。

 

(逃げろと言われましても……

私、現在壁に鞘から出た状態で突き刺さっておりますので……。)

 

(それに、お互い逃げる必要は無さそうです。)

 

逃げる必要がない? ああ、なんか裏技があるのか。

港に入った時からリセット&ロードとかな。

 

そんなありもしない冗談を考えてしまうほど、生還は絶望的だった。

なにもかも使い果たした、もう指一本だって動かない。

 

「おい!」

 

「な、なんだ……テメェは! 」

 

「俺はソイツの保護者の一人だ、

 うちの子をゴロツキどもの託児所から迎えに来た。」

 

薄れゆく意識の中、聞き慣れた声が聞こえた気がした。

 

かつての新米鍛冶士、ゴバンの声だ。

 


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