岸辺露伴は動かない [another episode]   作:東田

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another:08 《夕景童戯》

 編集社東京本部の一室で、岸辺露伴と担当編集者 木村が向かい合って座っていた。木村の前には白紙のノートが広げられている。

 

「昨日はお疲れ様でした。先生はなかなかイベントやテレビなんかに出られませんですから。今回のイベントはかなり話題になってたみたいです」

 

「メディア出演、ね。過去に一度、収録に参加したが放送されなかったものならあるが」

 

「ええ⁉何ですかその話。詳しく聞かせてくださいよ」

 

 木村が身を乗り出す。露伴はそれを片手で制した。

 

「おっと、その話はまた今度だ。今は打ち合わせが先だぜ」

 

「そうですね、失礼しました」

 

 仕切り直すように咳払いをし、木村は椅子へ腰を戻す。

 

「それで、今度リリースされる本社の公式アプリに掲載される短編を描いていただきたい、という話なんですが」

 

「テーマは自由なのか?」

 

「基本は。ですが他の作家さんと被りすぎるのも避けたいので、先生には若干ホラー色ありで描いていただきたいというのが、こちらの要望です」

 

「ホラーか。ふむ。なあ、何か怖い話、持ってないのか?」

 

「え、俺ですか――そうですね。先生の筆の速さは、ある種ホラーですけどねぇ」

 

 ケラケラと木村が笑う。

 

「つまり持ってないってことだな」

 

「冗談ですよ、先生。一つくらいありますよ」

 

「それを話してくれよ。君のくだらない冗談に付き合うつもりはないぜ」

 

 木村は一瞬の間を置くと、笑みを引っ込め真面目な表情を作った。

 

「先生は“地獄”って信じますか?」

 

「“魂”や“あの世”の存在に関しては信じるところもあるが…“天国”や“地獄”の区別があるかどうかは、深く考えてみたこともないな。あろうがなかろうが、どっちでもいいと思っているからな」

 

「“地獄”に行ってきた、って話をしてくれた人が居るんです」

 

「そりゃまた、随分とオカルトチックな話題を持ってきたな」

 

 頭の後ろで腕を組む露伴。荒唐無稽な上に、ありきたりな話。既に半分ほど興味を失っている。

 

「これは僕の友人の友人が体験した話なんですが――」

 

「ちょっと待て」

 

 露伴がすぐさま遮る。

 

「友人の友人の話?おいおい、全くもって信憑性がないぜ、既に」

 

「大丈夫です。友人の友人ではありますが、話は本人から直接聞きました」

 

「まあ――いいさ。話してみてくれ」

 

 

 

   

   *

 

 

「最も重要なのは。いいですか、最も重要なのは“タイミング”です」

 

 町中で、友人の友人であると木村に声をかけてきたその男、相田 雅はそう切り出した。何故その話に及んだのか、今となって木村は、はっきりとは覚えていない。でも確か、最初にその話題に触れたのは彼だったような、そんな気がする。

 

「閏年の2月29日の逢魔時。それがタイミングです。“場所”は重要ではありません。行きたいと願えば必ず辿り着けます」

 

 “地獄”への行き方。彼はそう言った。

 

「昔ながらの団地公園で、土管が一つ置かれています。遊具はありません。公園では、数人の子ども達が遊んでいます。彼らは私達に気付くと話しかけてきます。“一緒に遊ばないか”と。承認すると“鬼ごっこ”が始まります。鬼に捕まると“地獄”へと連れて行かれます」

 

 相田は一息に説明を終えた。酒の入っていた木村は、考えもなく愛想笑いを浮かべた。

 

「それで“地獄”ってのは、実際どういうところなんですか?えーと、相田さん」

 

 誘われるがまま、フラフラと寄った酒の席。“私は地獄へ行ったことがある”と相田が言った。馬鹿げた話だとは思っていながらも、木村はいつしか、その話を聞き込んでいた。

 

「昔話やなんかでよく言われる“地獄”がありますよね。針の山だとか、大きな茹で釜だとかがあって、鬼がいるという。あんなものではありませんよ。あんなのは、まだ優しい」

 

「へえ。もっと凄惨な刑罰が?」

 

「“何もない”んですよ」

 

 相田は静かに言った。焦点の定まらない視線を前方に向けながらグラスを握る。

 

「針山や茹で釜もなければ、鬼も居ません。閻魔大王も。あるのは“空間”、それだけ。死者はそこを彷徨います。永遠に。ただ永い永い“時間”の感覚だけがあるんです。他には何もありません。何もできません。眠っているような、起きているような。それでいて微睡みとは違う状態で“永遠”を体験することになるのです」

 

「“永遠”か。想像もできません」

 

「想像以上ですよ。皆の想像する“永遠”は短い。何千年だとか何万年だとか。そういう、まだ理解の及ぶ範囲で想像しようとします。しかし本当の“永遠”は文字通り“永遠”です。何億年とか何兆年とか、そういう単位ですらないんです」

 

「でも“地獄”があるってことは“天国”があるってことですよね。何だか希望が持てるな」

 

「さあ」

 

 相田は首を横に振った。

 

「私は“天国”へは行ったことがありませんから」

 

「それで――肝心の“地獄”から帰ってくる方法は?」

 

 “地獄”へ行けたところで、帰ってこれないのであればそれはただの自殺だ。

 

「こちら側の人間が死なずに“地獄”へ行くというのは、要は“魂”が仮死の状態になるということなんです。その状態であれば、どうやらその“地獄”の中を自由に動けるようです」

 

 だから。相田が間を置く。木村は喉に絡まった唾を飲み込んだ。

 

「探すんです、出口を。だだっ広い、無数の死者の魂が浮遊する空間を360度、動き回って」

 

「どれくらいで見つかるんですか」

 

「さあ。人によるとしか。どこにあるかなんて、正確な位置は分かりませんよ…でも安心してください。あちらでの時間の経過は、こちらの世界とは全く別物ですから。仮にあちらに、感覚として一年居ようが百年居ようが、帰ってこれさえすれば、こちらの世界では一瞬の出来事です」

 

「でも…あんま行ってみたいとは思えなくなりますね」

 

 木村は苦笑いを浮かべた。

 

「どれだけの時間がかかっても出口を探し出せるだけの気力があるのなら大丈夫です。保証はしませんが」

 

 相田は、その話をそこで締めた。

 

 

 

    *

 

 

「――とまあ、こんな事があったんですが」

 

 一連の経緯を話し終えた木村は、そっと露伴の顔色をうかがった。

 

「“地獄”へ行った話、ね。確かに、膨らませれば短編一本くらいは描けそうだが。それにしたって君、“地獄”はホラーのジャンルに入るのか?“地獄”の実態の部分以外は、特に怖さもなかったぜ」

 

「そこは先生、何とか頑張ってもらうってことで…」

 

 露伴は溜息を吐いた。

 

「却下だ」

 

「ですよねぇ」

 

「君に聞いた僕も悪かった。ああ待て、今のは別にそういう意味じゃない。今回ばかりは、君の技量を見極めれずに質問をした僕が悪かった、と言いたいんだ」

 

「先生、そのフォロー逆効果です」

 

「どうでもいいさ――取り敢えず、ネタは僕が考えておく。電話になるが、また今度打ち合わせをしよう」

 

 荷物をまとめ始める露伴。

 

「先生因みになんですけど、今年って閏年なんですよ」

 

「そうだな。あと二週間もすれば2月29日だ」

 

「予定の方、空いてたりしません?」

 

 露伴が手を止める。

 

「まさかとは思うが…行こうとはしてないだろうな」

 

「ネタがないなら作りましょうよ、先生。“地獄旅行” 面白い体験になりそうじゃないですか」

 

「なあ待てよ。“本当に行ける”、まして“本当に帰ってこれる”と思ってるのか?」

 

「ものは試しです」

 

「嫌だね」

 

 きっぱりと露伴は断った。木村は露骨に不満そうな表情をもらした。

 

「そもそも怪しすぎる」

 

「“地獄”へ行ったって話がですか?」

 

「それもそうだが。だが仮にその話が本当だったとして、相田という男はどうして君に行き方を教える必要があったんだ。“地獄”だぞ。人が行くような場所じゃあない」

 

「珍しいですね、こういう話に先生がノらないなんて」

 

「帰り方が不明瞭すぎる。“出口を探せ”だと?どんな出口なんだ。それと一目で分かるものなのか?第一、入り口は4年に一度しか開かれないんだろ?出口が常時開かれている保証なんてどこにもない」

 

「でも先生、あちらとこちらとでは、時間の進みは違うと彼は言っていました」

 

 つい熱くなった木村が立ち上がる。

 

「時間の進みは違っても、時間感覚があるんじゃ意味がない。向こうで何万年を体験することになったとして、それでも君は出口を探し続けられるのか?」

 

「ええ出来ますよ。やってやろうじゃないですか」

 

「おい、マジで変な気を起こしてるんじゃないぞ。危険だ。行き方を教えられている時点で危ない匂いしかしないぞ」

 

 木村は黙り込んだ。

 

「いいか。僕だって興味がないわけじゃない。だが“帰ってこれない”のだけは避けなければならない。いくら向こうでいい体験ができても、それをマンガにして読んで貰えないんじゃあ意味がない。だから僕は“行かない”と言ってるんだ。行くのならせめて、その相田という男にもっと詳しく話を聞いてからだ」

 

「無理です。連絡先を知りません」

 

「友人経由で聞けばいいじゃないか」

 

「それが…彼が誰の友人なのかが分からないんです」

 

「何?」

 

 露伴は眉をひそめた。いよいよもって怪しいじゃないか。

 

「誰の友人か、彼は言わなかったのか」

 

「言ってたような気もするんですが…それで今、心当たりのありそうな全員に連絡を取ってるんですが、まだ見付かってなくて」

 

「おいおい、冗談じゃあないぜ。よくそれでその男の話を信じようと思えるな。何かおかしい。絶対に行かないほうがいい」

 

「ですかねぇ」

 

 納得のいかない表情のままも、木村は露伴の意見を受け入れたようだった。

 

「おっと、もうこんな時間か。先生、すみません。この後会議があるんで、僕はここで」

 

「そうか――なあ、ちょっと待ってくれ」

 

 部屋を出ようとしていた木村は足を止めると振り返った。露伴は木村に近付くと彼の肩に手を置き、耳元で言った。

 

「くれぐれも、行ってみようという気を起こすんじゃないぞ」

 

「ええ…大丈夫です」

 

 先に部屋を出る露伴の背中を見送りながら、木村は小さく答えた。

 

 

 

 

    *

 

 

 2月29日午後五時半頃。木村はカメラを首に下げ、都内の通りの外れを歩いていた。

 

「ああは言われたけど。でも、気になるよなぁ」

 

 日没も近い。

 

 大丈夫だ。木村は自身に言い聞かせる。向こうとこちらの時間の流れは別物だ。例え向こうで百年を過ごそうが、帰ってこれれば一瞬。何も問題ない。

 

 相田に教えられたように“地獄へ行きたい”と頭の中で反芻しながら、ひたすら練り歩く。

 

 五分が経過した。

 

 日はほとんど沈みかけている。辺りは薄暗くなり、まばらに街灯が灯り始めた。

 

 どこからともなく、子供のはしゃぐ声が聞こえた。木村は足を止め、耳を澄ませた。――間違いない、聞こえる。前方からだ。声の主を求め、木村は足早に道を進んだ。

 

『公園では数名の子ども達が遊んでいます』

 

 相田の言葉が思い浮かばれる。百メートルも進んだか。急に道の右手が開けた。

 

 二十メートル四方の空き地。確かに、コンクリート製の土管が一つ設置されている。まるで“ドラえもん”だ。

 

「“公園”…なのか?」

 

 光景は相田の言っていたものと一致する。

 

 公園の中を五人の子どもが走り回っていた。騒ぎの主たちだ。子ども達の格好には、統一性が全く無かった。ぜんらのこ。動物の毛皮のようなものを纏った子。和服の子。今時の私服を着た子。

 

 子ども達が木村に気付いた。

 

「お兄ちゃん!こっちで一緒に遊ぼーよ!」

 

 比較的現代風の服を着た女の子が一人、木村を手招きした。言われるがまま、木村は子ども達の中へと入っていった。公園に足を踏み入れた瞬間。空が真っ暗になった。

 

「これは…ッ!」

 

 危機を感じた木村は、急いで来た道の方向へ引き返した。が

 

「お兄ちゃん、どこに行くの?」

 

 さっきまで立っていたはずの道が消えていた。代わりに、公園の外には暗黒の空間が広がっていた。

 

「だめだよ。一緒に遊ぶんでしょ?」

 

 足元に子ども達が群がる。公園の境界に辿り着いた木村は、そっと闇に向かって手を伸ばす。手は空を掴むばかりだった。

 

「駄目だよ」

 

 少女の声の質が変わった。はっとして木村は子ども達を見下ろした。光のない十の瞳が、木村を射抜いていた。

 

「お兄ちゃんは私達と鬼ごっこをするんだよ。どこにも行っちゃ駄目だよ」

 

「あ…ああ分かった。そうするよ…」

 

 冷や汗が頬を伝う。付き合うしかないようだ。木村の返答を聞き、少女はにっこりと笑った。

 

「じゃあルールを言うね。制限時間は10分。逃げていいのはこの公園の中だけね。逃げる人全員がタッチされたら負けね。お兄ちゃん一人だから、頑張ってね。鬼は私達“五人”」

 

「――――え?」

 

「それじゃあ始めるね!」

 

「ま、待て待て待て待てッ」

 

 慌てて木村は少女の肩を掴んだ。しかし少女は木村を無視し、手で目を覆って20秒のカウントダウンを始めた。

 

 はめられた

 

 公園の広さは二十メートル四方。障害となりうるものは土管くらいしかない。この中を10分間、五人の子ども達に触られずに逃げ切れだって?不可能だ。いくら子どもと大人の体力に差があると言っても。そもそも一般的な成人男性の平均ほどの体力しか持ち合わせていない木村では、子供が相手でも10分も走り続けていられる自信もない。

 

 これは罠だ。木村は気付く。この勝負に、最初から勝ち目なんてない。

 

 

「…10…9…8…」

 

「クソッ!」

 

 木村は公園の中央に立った。とにかく、どこかに逃げ道を作り、それで逃げ回るしかない。体力との勝負。

 

 相田。あの男も、こいつらの仲間だったのか…

 彼は言っていた。“地獄”へ行ったら出口を探せ。

 どうやって?

 “地獄”を彷徨うのだ――そう、それは“地獄”に存在する死者の魂と同じこと。出口が見付からなければ“永遠”に“地獄”を彷徨わなければならない。

 

「…4…3…2…」

 

 ここにきて、木村は“地獄”に恐怖していた。情けない話だ。安易な判断をしたことを心底後悔した。

 露伴に散々否定され、頭にキていたのもある。だが――忠告は聞いておくべきだった。“あの露伴先生”が危険だと言ったのだ。これまで散々木村の静止を振り切り、変なものを食べてみたり、危険地帯に足を踏み入れてきた彼が“止めろ”と言ったのだ。その事を重く受け止めるべきだったのだ。

 

「…1…スタートッ!」

 

 少女が叫び、子ども達が一斉に木村を見る。五人はあの暗い目のまま笑みを浮かべて、木村の方へと駆けた。五人は互いに口を交わすことはしなかったが、しかし木村の逃げ道を塞ぐよう波状に広がって迫ってきた。慣れている。とにかく逃げるしかない。

 しばし同じ展開が繰り返された。

 

 何分経ったのか。木村の体力に限界が来ていた。とうとう、膝に手を付いて彼は立ち止まった。尋常ではない量の汗が溢れ出る。ここまで、ほぼ全力疾走だった。思ったよりも子ども達の足が速い。二十メートル四方の狭い空間を逃げ回るのは困難を極めた。

 

 もう無理だ。足が言うことを聞かない。背後から子ども達が迫ってきているのが分かる。ここまでだ。木村は強く目を瞑った。

 

「はい、お兄ちゃんの負け!タッチ――――――――あれ?」

 

 少女の手が木村の背中に触れる。あとは“こちらの世界”へ引き込むだけ。そう、それだけの簡単な作業。これまで“何人も”引き摺り込んできた。今回も、いつもと同じ。だが――彼の背中に確かに触れたその瞬間、目の前から彼が消えた。

 

「どこへ行った!」

 

 荒い口調で少女が叫ぶ。周りを見回すも、どこにも見当たらない。他の四人も彼を見失ったようだ。五人は公園の中を探し回った。土管の中にも居ない。子ども達は焦りを覚えた。何故だ。こんなことは初めてだ。公園の外に出ることはできない。一歩出れば体は闇の中を下へ落下し、そしてこの公園に“落ちてくる”。そういう空間。ゲームの間は逃げられない。

 

「何で…何で!」

 

 少女の叫びだけが虚しく響く。

 

 

 

 

 ――――10分が経過した。

 

「“僕達”の勝ちだ」

 

 子ども達の知らない声が、背後からした。子ども達は一斉に声のする、土管の方を振り向いた。

 

「ちょうど10分経ったぜ。君達は“全員”を捕まえることができなかった。この鬼ごっこのルールは“逃げる者全員がタッチされたら負け”なんだろ」

 

 背中を預けていた土管から露伴は離れた。

 

「だ、誰だお前は!いつからそこに居た!」

 

 露伴を指差し、少女が叫ぶ。

 

「いつから?最初から居たさ。そこの彼がここを見付けた時から、ずっとね」

 

 少女の背後を、露伴が指差す。子ども達が同時に振り返る。子ども達同様、状況を理解できていない木村の姿があった。

 

「露伴…先生?…これはどういう…」

 

「まず僕の姿を見えなくした。“何者にも認識されなくなる”と僕自身に書き込んでね」

 

「だから私達には捕まらないということか…見えないから捕まえられない…イカサマだッ!」

 

「イカサマは君たちの方だろう。最初から勝ち目のないゲームを受けさせているんだ。それに――」

 

 露伴が少女に近付き、目線の高さを合わせるようにしゃがみ込む。ヘブンズドアーを発動させ、本のように展開した少女の1ページを摘んだ。

 

「君達が呑気に20秒を数えている間、君達の記録を読ませてもらった。どうやら君達自身は、この現象の正体ではないらしいじゃないか。つまり、君達が僕の存在を認識していなくても、この現象自体が僕を認識していればゲームは成立する。ルールには則っているぜ」

 

「ふざけるな…許されると思っているのか…」

 

 本の状態のまま、少女は露伴を睨んだ。露伴は鼻を鳴らした。

 

「それを決めるのは君じゃあないさ」

 

 露伴は少女をそのままに、今度は立ち尽くす木村の前に立った。同じようにヘブンズドアーを発動させる。

 

「あとは念の為、君に書き込んでおく。ほら、ここをよく読んでみな」

 

“誰かに触れられた時、しばらくの間全ての認識から存在が外れる”

 

 露伴の示すそこには、そう書かれていた。

 

「万が一、タッチをされた瞬間に向こうの世界に送りつけられちゃあ困るだろ。だから保険をかけておいた。これも認められたみたいだぜ。今になっても何も起こっていない。ゲームは終了。“全員”を捕まえられなかった君達の負けだ」

 

 子ども達が鬼のような形相で露伴を睨み付ける。

 

「さて、僕達が鬼ごっこに勝った場合だが。これも君のところに書かれてあったぜ。帰れるんだろ、元の場所に。出口はあっちでいいのか」

 

 元々道路と面していた方向を指差す。子ども達は更に表情を歪めた。

 

「先生…一体何が何だか…」

 

「君は何も知らなくていい。とっとと帰るぞ」

 

 子ども達の表情から、それを肯定と取った露伴は出口へと足を向ける。木村が慌ててその後を追う。

 

「“露伴”…覚えたからな…」

 

 少女が二人の背中に吐き出すように言葉を投げる。

 

「いつか迎えに行ってやる…二度と、テメェのことは忘れねぇ…」

 

「よく言うさ、出来もしないくせに。それとも何だ、閻魔様にでも頼み込むのか?」

 

 言い返せない少女を尻目に、二人は公園を出た。

 

 

 

 

 

 

 

「先生、最初から居たんですか…」

 

 日の沈みきった都心の外れ。並んで歩く露伴に木村は尋ねた。

 

「君が僕の忠告を真に受けていなかった事は知っていた」

 

 打ち合わせをしたあの日の帰り際に、露伴は木村の記憶を読んでいた。

 

「…知っていたなら、行く前に止めて欲しかったです」

 

 ピタリと、露伴は足を止めた。

 

「僕の引き止めに、君は応じたかい。どうせこの前同様、聞く耳も持たないだろ」

 

「それは…その…」

 

「どうやら君は一度、痛い目を見ないと分からないらしいからな。これで懲りただろ」

 

 木村は足元へ視線を落とした。露伴が歩き出す。木村も再びその隣に並んだ。

 

「先生、その――ありがとうございました」

 

「何がだ」

 

「今回の件に先生は関わりたがっていなかったじゃないですか。それなのに巻き込んでしまって…すみません」

 

「君が探究心に飢えていることは分かった。だが、有事の際に発揮できる対応力もなしに首を突っ込むものじゃあない。もし今度があっても、その時には二度と助けないからな」

 

「ええ…肝に銘じておきます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで、短編のネタだが」

 

 しばらく続いた沈黙を露伴が破った。

 

 どこか早春を匂わせる空気が、二人を包んだ。




 最後まで読んでいただきありがとうございます


 しばらくぶりに一ヶ月以内の更新ができました…次はどうなるか…二ヶ月以内の更新を目指します

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