無職無能の最強双剣士 ~圧倒的努力に勝る強さはない~ 作:虎上 神依
「いや、無理無理無理無理ぃッ!!」
「しっかり掴まっとけよッ!!」
ファスタットから近いところになる海岸に向かってホウオウは体の角度を変えて、高速回転しながら墜落し始めていた。
ウルナが俺の体をキツく掴んでくるのが分かる――が、しっかり掴まれというのは俺に掴まれという意味ではないんだが……。
まっ、今回ばかりは許してやるとしようか……。
ホウオウは海面スレスレで垂直方向から一気に体の角度を変えると今度は水平方向に飛び始めたのだ。
そして徐々に減速しながら海の上を飛び、ちょうど海岸についた所でピタリと静かに止まる。
「はぁ……、はぁ……、死ぬかと思った……」
「中々スリルあって面白いと思わないか?」
「思いませんっ! ホウオウさんももう少し手加減して下さいよッ!!」
「錐揉みに手加減は無いと思われますが……」
「安心しろ、何回かやってたら慣れるから」
「もう二度とやりたくありませんっ!!」
そう言ってウルナは未だにプルプルと全身を震わせながら俺から離れようとはしなかった。
……もう着陸したってのに何に怖がってるんだよ。
「よっしゃ、ホウちゃんマジサンクスッ! お陰で超早く着いたわ」
俺は船から降りる感覚でホウオウの背中から飛び降りる。
「こちらこそ、久しぶりに人を乗せて飛べて光栄です」
ホウオウは赤やオレンジ色の体毛に覆われている首と頭をゆっくりと地面近くまで下げて礼をした。
傍から見たら異常とも取れる光景、だが俺にとって見ればこんなの日常茶飯事だった。
なにせ樹海の中で育ったと言えども幾多の伝説と称される魔獣と出会ってきたからな。いや、寧ろ『魔獣の巣』と呼ばれるあの樹海に居たからこそ出会えたのかもしれない。
俺が出会ってきた中で一番面白かったのが――次元龍アイザックだ。
多分伝説の魔獣と呼ばれしものの中で一番訳の分からない奴と言っても過言では無いだろう。
まずそいつはいきなり現れて、「この樹海を征服してやる」とか言って真っ先に俺に襲いかかって来たのだ。
もしかしたら超強敵かもと俺はとても警戒していた。
しかし、そんな事は全然なく五分で決着ついてしまう。
で、挙げ句の果てには負けた癖に「俺の配下にしてやる」とか言って契約してきた。
この時点で本当に訳分かんないわ。
「はあ……、頭がもうクラクラして――って、うひゃあっ!?」
ホウオウの背中から降りようとしたウルナは足を滑らせ、落ちそうになった。
演出しているのでは無いかと思える程のドジっ娘ぶりに半々呆れつつも、素早く彼女の下に周り込み、優しくキャッチする。
「大丈夫か?」
「えっ、あっ、ありがとう……」
若干、頬を少し赤らめながらも彼女は頷く。ともかく、こんな所で骨折とかされてもコチラ側にいい事なんて一つもないからな。
「はぁ――、危なっかしいにも程が有るだろ」
「危なっかしいって失礼なっ! 私はこう見えても石橋を叩いて渡るタイプの人です!」
「いや、今にも壊れそうな吊橋を走って渡るタイプの人だろお前」
「そ、そんな事ないもんっ! というか早く下ろして下さいよ~ッ!」
そう言って足をバタバタさせるウルナを俺は紳士な対応でゆっくりと下ろしてやる。何ていうか、やっぱり軽いんだよな女性って。
いや、ただ単に俺の筋力がおかしいだけってのもあるかもしれないが……。
「……、今変な事考えてませんでした?」
「変な事……? 全くもって心当たりないが」
「嘘だぁー、絶対考えてたでしょ。顔赤くなってるわよ」
「気のせいだろ」
「ホントかなぁ?」
美少女らしい意地悪そうな笑みを浮かべながら俺の顔を覗き込んでくるウルナに対して俺は仏頂面で顔を背けた。
そんな一方で彼女は俺を「可愛いー」とか言ってクスクスと笑っているものだから、俺はただ戸惑うことしか出来なかった。
「……ゼルファ様の青春」
「黙れ」
もうそんな歳じゃねぇよ。
「なんか暇だよねー」
海岸から冒険者が多く訪れる始点の街、港町ファスタットに向かっている道中で、ウルナは手持ち無沙汰そうな様子で欠伸をしながら言った。
「暇ってまだ、あるき始めてから十数分しか経ってないぞ」
「はぁー、まだ着かないんですかねー」
「ふっ。じゃあ、あの死の樹海を3日歩くのと敵の少ない海岸付近を3時間弱歩くのどっちがいいんだ?」
「文句言って本当にごめんなさいすみませんでした」
ウルナは顔色を変えながら表情を切り替えるとズバッと俺に頭を下げてきた。
当たり前だ、別にあの死の樹海を3日歩いても問題はないのだが万が一の事もあるしな。どうせならホウちゃん様々にもっと感謝して欲しいところだ。
「それにしても……、綺麗な海ですね」
「そうだな……、そう言えばこうして近くで海見るの15年ぶりだな」
「15年間も見ていなかったんですか!? ゼルさん人生の半分損してますよッ!?」
「海如きでそんな損しないだろ。だが、こうやって改めて見ると綺麗なもんだな」
俺はどこまでも続く地平線を眺めた。
やっぱり世界は広いな……、俺が思っていた以上に。
もしかしたら樹海なんて世界の中じゃちっぽけな物なのかもな。井の中の蛙大海を知らず、世界にはもっと強い魔獣がウヨウヨしているかもしれないな。
そしてそいつらを倒して契約して……、ふっふっふっ、心が踊るぜ。
「――あそこに海竜がいたらもっと綺麗なんだけどなぁ」
「なっ……!? なに物騒なこと言ってるんですかっ! そんなのが泳いでたらこの綺麗な海が台無しじゃない!」
「えっ、そうかな? 俺は――ん?」
突如、一面に広がる海の一部が大きく盛り上がる。
そして次の瞬間――悍ましい形相をした水色の竜が海から顔を出したと思うと渦潮を作りながら海を泳ぎ始めた。
「おっ、噂をすれば――」
「えっ、ちょっとッ!! 何あのヤバそうな奴! どっから出てきたんですかッ!! もう、ゼルさんが変なこと言うからぁ!!」
ウルナは大慌てで俺の背中に隠れ、プルプルと怯え始めた。
――海竜如きでそんなに驚いていたら今後の冒険者人生やっていけないぞ?
「グギャアオオオオオオオオッ!!!」
海竜は遠い海で咆哮を上げながら狂喜乱舞の如く勇ましくまた狂いながら舞い、綺麗な海を彩った。
だが――
「声うるさいな、却下」
俺は腰に付けている刀をソニックブームが巻き起こる程の速さで抜刀、目視できる程の空気の塊を海竜に向けて放つ。
数秒後――遥か遠くの海域で見上げるほどの凄まじい水飛沫が上がった。
そしてそれとほぼ同時に海竜も衝撃波で爆散し、俺達の視界から消え失せてしまった。
何ともまぁ、儚い最期だったな。声を出さなければいいものを――
「ええぇ……」
その天変地異とも思える異常な行動にウルナはかつてないほどドン引きしていた。
「おっと、海竜の血のせいでちょっと海が汚れちゃったな。これじゃあ綺麗な海が台無しじゃないか」
「貴方のその行為のせいで雰囲気が台無しですよ」
ウルナは俺の背後から出てくるなり頬を膨らませながらそっぽを向いてしまった。
どうやら機嫌を損ねてしまったらしい……。やれやれこれだから女子は分からないんだよなぁ。
また、この海竜が近頃海を荒らして数多くの漁船に迷惑を掛けていた討伐レベルS級の魔獣であったことを知るのは随分先のことである。