無職無能の最強双剣士 ~圧倒的努力に勝る強さはない~ 作:虎上 神依
辺り一面草が吹き飛んで草原の原型すら残されていない焼け野原の中央、肉眼では数えられない程の人面蜘蛛に囲まれている一匹の魔獣がいた。
体に幾多の傷を付けつつも神々しい光を放ち続ける白狼――フェンリルは金眼を輝かせながら周りを見渡していた。
始めは500体以上いたミニインセンドも既に半分以上を処理した。しかしそれでも尚、100以上は残っているという始末だ。
「まさかこれ程だとはね、オラちょっと驚いたぞっ!」
一度に大勢のミニインセンドで前足の鎌を振り上げて襲い掛かってくる。聖獣の為、状態異常無効の効果を常時発動しているとは言え、あの鎌で斬り裂かれては堪ったものではないだろう。
フェンリルは振り下ろされる無数の鎌を掻い潜りつつミニインセンドの大群の外に出る。
聖なる力を高め、目の前に白金色の魔法陣を描き、そこから無数の白き極光を放つ。
身を翻して、「ゲハハ」と笑いながら距離を詰めてくるミニインセンドの体をフェンリルの聖なる光線が貫き、元の魔素へと離散させる。
このミニインセンドは所詮は魔素から生まれた傀儡でしかないのだ、だから――魔法のコアを破壊して魔素の結合を保てなくすれば勝ちである。
とは言え、数が多すぎるが故にフェンリルの被弾は避けられない。ミニインセンドから放たれる数多の色無き魔弾を胴体に掠め、フェンリルは顔をしかめる。
「クッ……、こうなったら遥か昔の混沌より覚醒された聖なるアビスを見せてやるッ!!」
フェンリルの勇ましき咆哮が鳴り響くと、口に桁違いの魔力が集中していく。
聖光が凝縮され、放たれる前から空間を歪曲させはじめていた。周囲の石や土埃が舞い上がり、全て口元に留まりし白魔力に吸い込まれていく。
「アウォーク・ホーリー・アビス――――ッ!!」
白金色の煌めきが一瞬にしてミニインセンドを薙ぎ払い、獰猛に貫き十数体の胴体を魔素へと戻し、空中に散りばめた。
刹那――白い爆発がミニインセンドの集団を吹き飛ばし、大きなクレーターを創り上げる。
「はぁ、はぁ――、後もう少しだ――、後もう少しで」
推奨レベル500の聖獣ですらたった一匹で500体のミニインセンドを全て蹴散らすのは非常に難しく、彼の体力はもう限界に近くなっていた。
その時だった――ミニインセンドの不気味な笑い声とは違う喧騒が……、魔獣の寄声とは全く異なる咆哮がフェンリルの耳に届いた。
それは一者から放たれたものではなく、明らかに複数の者によって奏でられている雄叫びだった。
そして次の瞬間――幾多の爆発がミニインセンドを吹き飛ばし、人間の大群がコチラに向かって――正確にはミニインセンドに向かって――押し寄せてきていた。
「み、皆っ! どうしてここにいるんだっ!? オラ逃げろって言ったのに――」
「逃げてなんかいられるかぁ!!」
「フェンリル様が命を掛けて戦っていらっしゃるんだ!! 俺らが戦わなくてどうするっ!!」
その皆が団結した光景を見た瞬間――苦痛で顔を歪めていたフェンリルの表情に生気が宿っていき、聖なるオーラの力が増幅する。
「皆の者、恐れることはないッ! 今の我々ならあの蜘蛛の集団など――敵ではないッ!」
「ゼルさんはもっと強い相手と戦ってるッ! それに比べたらこんな蜘蛛、雑魚でしかないですからッ!!」
「よっしゃあッ!! テメェらぁ! こんなキッショい、クソ蜘蛛の集団今すぐにも蹴散らしてやろうぜぇ――ッ!!」
「「「オオオォォォォッ!!!」」」
「「「俺らのファスタットを守るぞぉぉぉッ!!!」」」
ザーラ、ウルナ、アンナを先頭とする冒険者の集団――この街を救おうとする者達が遥かレベルの高いミニインセンドに立ち向かっている。
数段階は格上であろう悍ましき相手に立ち向かう彼の勇姿はフェンリルの心を大きく動かした。
「――凄い、皆凄すぎるよ……」
「貴方やゼルさんが勝機が皆無のような強大過ぎる相手に恐れることなく戦っていたからですよ……、聖獣フェンリルさん。皆始めは怖気づいて撤退しようとしていました、けど貴方達の勇姿が私達の士気を高め、奮い立たせたんです」
ウルナは唖然として冒険者の奮闘を見守るフェンリルに近づいてそう言った。
「……。君がゼルファの仲間、ウルナだね?」
「はい、そうです」
「どうして、ここに来たんだい? 君はあのインセンドに狙われているんだぞっ!」
「――自分が本当なら逃げなきゃいけない存在なのは分かっています。現に私も怖くて仕方ありません。だけど――、それ以上にゼルさんを失うのが怖いんです。ただ守られるだけの存在なんて、私は耐えられないです! もう誰も失いたくないんですッ! だから……、私はゼルさんを助けに行きます」
決意を露わにしながらウルナは真剣な表情でフェンリルに言った。
「――そうか。ゼルファ、君はとても良い仲間を持ったんだね」
フェンリルは静かに微笑むとその場にしゃがみ込み、輝く金眼でウルナを見つめた。
「乗って……。君をいち速く彼の元に――」
「はい……、ありがとうございますッ!」
「――クウゥゥゥッ!! オラ段々力が身なぎてきたぞッ!!」
ウルナが己の背中に乗ったことを確認したフェンリルは虚空に向かって大きく吼え、体に纏う白金色のオーラを冒険者達の頭上に撒き散らした。
「皆――、我が底に眠るホーリーオーラを受け取るといいぞっ!!」
次の瞬間――冒険者達全員にフェンリルの聖なる加護が掛かり、ステータス補正が発生すると同時にHP、MPを抜く全ての値が急激に上昇する。
「こ、これがフェンリル様の御力……ッ!」
「スゲえ、体の奥から無限に力が漲ってくるみたいだ――っ!」
「いける、今の俺達なら絶対にいけるぞッ!」
白金色の光に包まれた冒険者達は歓喜の声を上げつつも、迫り来るミニインセンドを片っ端から叩き潰しにかかった。
「フェンリル様の加護を貰ったんだぁ!! こんな奴、最早敵じゃねぇよなぁ? さぁ、今からこのミニ蜘蛛野郎を秒殺しにかかるぞぉ!!」
ザーラの気合の入った叫びが響き、空を斬る音、爆音、蜘蛛の断末魔が幾度に渡って聞こえ、蜘蛛の死骸が空中を舞っては爆散していった。
ある者は剣を構え、ある者は早口で魔法を詠唱し、ある者は槍で敵を突き、ある者は斧を振り回し、ザーラとアンナに続くようにして、自分よ格上のミニインセンド達に戦いを挑む。
街も守りたいという強い信念と気合によって幾度と繰り出される冒険者達の猛攻によってミニインセンドの数は目に見える程に減っていった。そんな先ほどとは打って変わった光景を見ながらもフェンリルは大きく頷き、ゼルファとインセンドが戦う森の方を見た。
ここまでヒシヒシと伝わってくる生き物とは到底思えない程のオーラと覇気が空間を幾度となく歪曲させて、何度も生み出される衝撃波と爆風で常時向かい風が発生している状態だった。
「あれが――ゼルさんと人面蜘蛛の本気……」
「インセンドの方は知らないけど、ゼルファに関してはまだ本気を出せていないと思うな。やっぱり変に焦りすぎて『テンション』を上手く溜めれてないね」
フェンリルは真剣な表情で身をその規格外の戦場へと向け、足を踏み出し始めた。
「さあ、ウルナ。ゼルファの所に行こうッ!」
「はいっ! お願いね、フェンリルさん」
「フェンでいいんだぞっ! よし、しっかり掴まっているんだぞっ!」
そう言って聖獣はウルナを背中に乗せて激戦地へ向かって走り始めた。