無職無能の最強双剣士 ~圧倒的努力に勝る強さはない~ 作:虎上 神依
《Point of view : Anna》
「おい、一体どうなっているんだ」
「わ、私に聞かれても困りますっ!」
場は剣呑な雰囲気を醸し出しながら騒然としていた。
皆が口々に何が合ったのかと言い合い、不安を募らせている。
それは数分前、突然と起きた。
私達が『災厄』と戦っている最中の事である。
その時、私はアルティメットブルーリザードと死闘を繰り広げていた。
レベル200VSレベル200、力はほぼ互角だ。
巨体を揺るがしている青色の大蜥蜴相手に私は剣を振るって、槍を突き刺しとあらゆる方法を使って相手を翻弄した。そして遂に怯ませ、止めを刺そうと思ったその時だった。
目の前にいたアルティメットブルーリザードが忽然と姿を消したのだ。
アルティメットブルーリザードだけではない、この草原にいたブルーリザードの群れ全てがものの一瞬にして何処かへと消え失せてしまったのだ。
そして――突如、鳴り響く地響き。吹き荒れる衝撃波。
前を見ると先程まで『災厄』の元凶がいたであろうそこには悍ましい姿の人面蜘蛛が鎮座していた。
そのあまりにも恐ろしすぎるオーラと威圧感に衛兵や冒険者達は混乱を起こし、今に至るというわけだ。
「あんな魔獣――見たことも聞いたこともねぇよッ!」
「何だあれは……、一体全体何があったっていうんだ? 『災厄』は? 蜥蜴は?」
皆動揺して、現状収集できず混乱しているようだが――1つだけ、周知の事実がある。
あの――人面蜘蛛が今回の『災厄』の本当の元凶であった事。
そしてその人面蜘蛛は只者でなく、ファスタットに仇なす物である事。
こんなにも離れているのにも関わらずヒシヒシと伝わってくるこの悍ましく、人の生気を奪う様なオーラはこの草原にいる人々全員を苦しめていた。
「おーいっ! アンナァ!!」
聞き覚えのある声に反応して私は振り返る、そこには予想通りカゲヨとザイルが肩で息をしながら困惑した表情で立っていた。
彼らは冷静な表情を保ちつつも突然と現れた強大な力を持つ敵に心を取り乱している様にも思えた。
「な、何なんだよあの化け物ッ!!」
「いきなりブルーリザードが消えたと思ったら今度は人面蜘蛛かぁ? もう訳分からないったらありゃしないよ、アンナちゃん」
「――実は私も全く状況が把握できてないの、でも一つこの現状から考えられる事があるわ」
私は冷静に呟きつつも、ここからかなり遠く離れた所にいるであろう人面蜘蛛を見た。
かなり遠く小さく見えるのでよくは分からないが、動き回っている奴を見る限り、間違いなく何者かと戦っている事を窺える。
その僅かな情報から考えられる結論は一つ――
「間違いなく戦っているわね」
「ああ、戦っているな」
「そうだねぇ、間違いないよ」
人面蜘蛛と――最強の無職ゼルファが。
《Point of view : Zerufa》
『――激昂魔将インセンドだ』
人面蜘蛛――インセンドはそう言い放った。
激昂魔将、インセンドだと? なんだそのどこぞの将軍のような名前は……。
だが、鑑定魔法で名前を・・・調べられなかった・・・・・・・・以上、この名前で奴を呼ぶ以外他ないだろう。
「インセンドか……。その名前、しっかりと頭に刻み込んだぞ」
『それは光栄な事だ、だが無駄なことよ。貴様はここで――死ぬ運命なのだからなぁ!』
刹那――音なく振り下ろされた鎌と音速で空を裂いて衝撃波を放った長剣が交差し合う。
互いの鋭い一撃がぶつかり合い、恐るべき金属音が鼓膜を突き刺す。俺はその音に目を細めつつもインセンドから飛び退き、魔力を込めながら剣をゆっくりと横に薙ぎ払う。
すると――幾多の魔法陣が出現し、その一つ一つが膨大な魔力を魔法陣の中央に集中し始める。
『ゲハハハッ!! 調子に乗るな、無職の男よ! 貴様の無力さ、身をもって知るがいいッ!!』
インセンドも同様、鎌に成り代わっている前足を顔の前に掲げ、感知するのも悍ましい膨大な魔力を集中させる。
「フレイム――バーストオォォッ!!」
『無の勾玉ッ!!』
次の瞬間――竜巻のように渦巻く紅蓮の業火と色を持たない闇の光線が両者の中央でぶつかり合い数秒せめぎ合う。
だが魔力が膨れ上がると。凄まじい爆発と強力な衝撃波を放って2つの魔法は互いに相殺し合った。
『ゲハハ、面白い、面白い、面白いッ!! 気分は激おこぷんぷん丸だぁ!!』
インセンドは怯む隙すら与えず、致死毒たっぷりの両鎌を俺に向けて振り落としてくる。
しかし、俺はその鎌の動きを見切っては瞬時に躱し、インセンドの胴体の下に上手く入り込む。
「炎氷無双ッ!!」
右手の長剣に火を、左手の長剣に氷を――
2つの相反する属性を剣に付与した後、俺は目にも留まらぬ速さで剣を振り始める。
下から上に斬り上げては右から左に薙ぎ払い勢い殺すことなく左上から右下に斬り刻んだ。
超高温と超低温の斬撃がインセンドの胴体を襲い、一撃が生物を焼き殺す程もしくは凍死させる程に重い上に連続して放たれるその連撃は容赦なく蜘蛛の胴体を焦がしていきながらも、凍りつかせた。
『グッ、グアアアアッ!! 調子に――ノルナァァァアアッ!!』
俺の剣から第二十四撃が放たれる直前にインセンドは絶叫しながらも巨体からは考えられない跳躍力で飛び退き、苦虫を噛み潰したかのような表情を見せた。
『無に消えろ。フゥオオオォォォォ――』
突如インセンドは俺に向けて口を大きく開けた――その瞬間、口の中は色を持たない闇によって埋め尽くされる。
なっ――まさかッ!?
『ガアアアアアァァァ――ッ!!!』
雄叫びと同時に口から凄まじい質量を持った混沌の闇が放たれ俺の視界を塗りつぶした。
そして――気づいた時には俺は宙を舞っていた、地と空が交互に映され暫くした後、鈍い痛みが全身を襲う。
いや、それだけではない。体全身が痺れ、燃やされる様な激痛が走り、耐え難い頭痛が俺を支配し始める。
「ぐ、グガァッ!?」
『クッ、他愛もない。この程度の人間が俺に歯向かうなど――ッ!?』
敵が一瞬見せた隙だけで俺の長剣はインセンドの右足を切断した。
鎌の形の右足が虚空をクルクルと舞って、サクッと地面に突き刺さる。
『な――、腕がああああッ!!』
「ふっ、油断するからそうなるんだぞ」
俺は冷酷な視線を奴に送りながら全身痺れるような痛みに耐えつつも双剣を構えた。
無論、こんなに簡単に終わるわけがない。奴の魔力量から考えたらどうせ――
『腕が、腕が、腕がああぁぁぁ――生えたああああッ!! ゲハハハハハッ!!!』
突然、切断面から新たなる鎌が姿を現し、インセンドは右足を切断される前の姿へと戻った。
やはりな――それにしてもとことん気持ち悪いやつだ。切断されてから数秒後に腕が生えてくるとか聞いたこともねぇよ。
『ゲハハ、ゲハハッ!! しかしここまでやるとはなぁ……、こりゃ殺すのが惜しくなってきたわ』
インセンドは醜悪な笑みを浮かべつつ、そう言った。
笑みから察するにインセンドの奴、とてつもなく悪い事考えてやがるな?
クソッ、今度は一体何を――
『クックックッ、行け、俺の下僕達よッ!!』
そう言ってインセンドは腹部の先を空中に向けると幾多の魔力の塊を空に打ち上げた。
……俺の下僕達? コイツ、一体何をする気なんだ?
俺は空中に発射された魔力を見据えながら剣を構え、いざという時の為にスタンバイした。
だが、その魔力は俺に向かって落下することはなく、逆にインセンドの周りに向かって落下していった。
そしてその魔力が地面に着弾すると――
その地点から本体の10分の1サイズの小さなインセンドがわらわらと出現したのだ。
『ゲハハハハハッ、見たか! これが俺の下僕達だぁ!!』
「うわっ、きっしょッ!! きっしょおおおッ!! 気持ち悪過ぎだろぉ!!」
改めて見ると既にインセンドの魔力から生まれたミニインセンドは500匹近く集っていて皆、「ゲハハ」「ゲハハ」とやたら高い声で喚いていた。
こんなにドン引きする程、気持ち悪いものを見たのはかなり久しぶりだぞ。
というか皆コイツと同じ性格だと思うと――いや、もう考えたくもない、考えるだけで悍ましい寒気が走る。
『ゲハハッ!! さあ行け、俺の下僕達よッ!! あそこにいる冒険者達を蹂躙してこいッ!!』
「――――ッ!?」
コイツ――、なんて卑怯なことをッ!!
魔力感知から推測する限りではあのミニインセンドは一体一体が推奨レベル200代の化け物だ、そんな奴が500匹で襲い掛かってきたら――衛兵、冒険者は愚か街の人達までも危ないっ!
俺は直ぐ様持ち前の超速でゆっくりと進軍し始めるミニインセンド達を蹴散らそうとソニックブレードを放つ、しかし――本体であるインセンドがそれを許してはくれなかった。
『ゲハハハハハハハッ!!! 残念だったなぁ、貴様の相手はこの俺ダアァァッ!!』
インセンドは俺の目の前に立ちはだかると両鎌を残像すら見えなくなる位速く、交互に前に出して致死毒の鎌を俺に当てようとする。
幾度と前に出される鎌を俺は躱し続けるが、余りの速さと鎌が生み出す衝撃波のせいで、俺の体に切り傷が何箇所も出来る。
「グッ……、ク、クソォッ!! 何が下僕だ、ふざけんじゃねぇっ!!」
俺は両鎌を双剣でようやく受け止め、弾き返した後、インセンドに空間をぐにゃりと曲げるほどの魔力を込めた火炎斬、雷撃斬、水流斬、大地斬を順番に食らわせた後に後ろに飛び退く。そして――双剣に全精力を使うほどの魔力を込めると俺は2つの剣を振りかぶった。
「剣奥義――シャイニングスラッシュッ!!」
小さく呟いた次の瞬間――凄まじい剣気が辺りを揺るがせ、青色に光り輝く双剣は振られた。
極光がインセンドを巻き込みながら空間をまるごと両断した。
放たれた極光は辺りを白く塗りつぶし、世界をズラし、射線上の全てを破壊しようとする。
大気が歪曲するほどの余波が爆風となって荒れ狂い、周囲のまだ残っている草を根こそぎ吹き飛ばし、一つ残らず粉砕した。
『ぐ、グワアアアアアアアッ!!! 体が、体がぁ!!』
よっし、今がチャンスだ!! もう一切考える余地は残されていない。呼び出すなら――そうだ、アイツだ!!
俺は体に付着している血を右手の親指に付けると大きくパーの形に開き渾身の魔力を込めて地面に叩きつける。
「召喚――ッ!! 八神獣――夜狼神ヤシャ・フェンリルッ!!!」
これが――今の俺に出来る起死回生の最終手段だッ!!