きりきり、と発条が巻かれる音がする。一巻き毎に込められた魔力が体内の電子回路に染み渡るように深く浸透していく。起動してからまだ日も浅く、電子頭脳が感情を習得するにはまだ時間がかかる。だから、顔を覆うように細かく張り巡らされているアクチュエーターが動かされることはない。表情そのものを作ることはできる。けれどそんな表情を作る必要性などそもそもない、という自身の思考ルーチンが下した判断だった。
「こんなものか。どうだ茶々丸、魔力の方は十全か」
主であるエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルが発条を抜き、後ろから茶々丸にそう声をかけてきた。茶々丸は無言で立ち上り、体を軽く動かす。
「Yes,master.魔力の質は高純度です。動力エネルギーとして使用するに問題はありません。シーケンス制御にも不備は見当たりませんので十全と判断します」
「そうか。・・・よし、私は別荘に籠る。お前には暇を出すから今日は自由に過ごせ」
「・・・Yes,master.それでは今から夕食の買い出しに行って参ります」
茶々丸はただのガイノイドではない。魔法と科学という本来相反する技術の粋を込めて作り上げられ、現段階のロボットでは到底持ち合わすことのできない疑似的な自我すら持っている。そういう意味で、茶々丸は既にロボットの域を超えていた。自身の意思を持つロボットを、果たしてロボットと言えるのだろうか。
そんな茶々丸であるが、製造し起動してから未だ一年足らずと経験が不足している。思考ルーチンが完全に完成されていないため、先ほどのように返答までに時間がかかってしまう。暇を出されるということは自由に過ごせということであり、それは自身で考え自身で答えを出せということだ。人間にとってはなんでもないことだが、未だ自我とプログラムの境界が曖昧な茶々丸にとって、それは中々難解な問題だった。
「まあ、それも大分マシになってきてるんだがな。あとは経験を積ませることか」
エコバッグを手に掲げ、ログハウスから出ていく茶々丸の後ろ姿を眺めながら、エヴァンジェリンは呟く。未熟な従者が日々を過ごしていく中で少しづつ成長していくのを見ていくのは、中々悪いものではない。
「そうだな、あとは何か切っ掛けがあればいいんだが・・・」
正直に言ってしまえば困ったというのが茶々丸の本音だった。食材の詰まったエコバッグを片手に、オロオロすることしかできない。足元に視線を向けると、そこにいたのは猫。しかも数は一匹ではなく三匹。その三匹が何故か茶々丸の足を枕にするように眠っていた。
茶々丸が猫に絡まれたのが10分ほど前。野良猫のようだが、人馴れした様子の猫は茶々丸に警戒心を抱くどころか、向こうからすり寄ってきた。猫は一般的に気紛れな性格であるから放っておけば向こうから離れるだろうと判断しされるがままだったが、猫の方は茶々丸を気に入ったのか足を枕にして寝だした。
茶々丸には高度な電子頭脳が埋め込まれており、一度経験したことを学習し、それを応用して思考ルーチンに加えることができる。だが逆に言えば一度は経験しなければならないということだ。勿論一般常識的な事ならば初期の段階でインプットされているが。日常生活における一般常識は応用することで大抵の物事には応用が利くが、さすがに『足元に寝付かれた三匹の猫を起こさないようにどうやってどかせばいいのか』なんてものは都合よくデータベースに載っていない。
他の人の力を借りようにも無駄なエネルギー消費を抑えるため、人通りの少ない最短ルートを選んでいる。ちらほら通り過ぎる通行人は茶々丸には目もくれず過ぎ去っていく。まだ時間の猶予は大分あるが、だからと言って無為な時間を過ごしていいわけではない、そんな思考は茶々丸にはあった。
ならば猫達を気にすることなくどかしてしまえばいいのだが、未熟な感情の表層に現れる『ナニカ』がその行動を否定する。それが彼女の持つ優しさであるということにまだ茶々丸は気づいていない。
「――――おや?」
不意に前方からそんな疑問符を付加された言葉を茶々丸の耳に搭載されたマイクロフォンが捉えた。茶々丸が視線を向けると10メートルほど前方に一人の青年がいた。猫のアップリケが取り付けられたエプロンを着用し、眼鏡をかけた青年。茶々丸と猫達に視線を向けるとおおよその事情は察したのか、苦笑しながら柏手を一つ。
鳴った音はそれ程大きなものではなかったが、猫達は直ぐに目を覚まし、青年の姿を確認すると茶々丸から離れて青年の方にすり寄ってきた。先ほどまで茶々丸を寝床替わりに扱っていたのに薄情なものだ。それが猫らしいとも言えるが。
「すみませんね、猫達がご迷惑をかけたようで」
「いえ、かまいません」
会釈するように軽く頭を下げる青年に茶々丸が返す。実際、困ったとは思っていても迷惑だとは何故か思わなかった。
「貴方の飼い猫なのですか?」
「野良猫ですね。一度余りものをあげてしまったら懐かれてしまって」
青年が慈しむように猫の頭を撫でると、猫は嬉しそうにニャー、と鳴いた。
「週に一度ほど、餌を与えているんです。あまり良くないということは分かっているんですが・・・」
ワタシ猫が好きなもので、と言葉を重ねる。
「そうだ、時間があるならこの子達に餌をあげてみませんか?」
「私が、ですか?」
予想外の提案に帰路につこうとした茶々丸は足の動きを止める。それは何故か抗いがたい魅力に溢れた提案のように思えた。
「ええ。ワタシには懐いていますけど、この子達は警戒心が強い方なんですよ。それなのに初対面の方に懐くのは本当に珍しい。きっと猫に好かれやすい体質なんでしょうね。あなたも猫好きそうですし、どうです?」
茶々丸は掲げたエコバッグに視線を向ける。今日買ったのは大根や人参などの野菜類と切れかかっていた洗濯用洗剤だ。直ぐに冷蔵庫に入れなければならない生ものや冷凍食品の類はない。真夏ならともかく、今は肌寒くなってきた10月上旬。野菜類なら常温でも問題はない。時刻も昼を過ぎた頃で、帰宅する時間と夕食を作る時間を逆算した結果、3時間弱ほどの猶予がある。
エヴァンジェリンが自身に暇を与えた理由は茶々丸にも理解でしている。茶々丸はエヴァンジェリンが作成した他の人形たちのように魂を吹き込まれたわけではなく、基本的にはプログラムで動作している。未だ自我とプログラムの境界が不明瞭で思考ルーチンは不安定だ。そのため数回ではあるが、動作エラー、回路のオーバーヒートを起こしかけたこともある。
エヴァンジェリンは自身に思考させることで、思考ルーチンをより円滑にしたいのだろう。経験を積めばそれだけ進化するが、基本的にエヴァンジェリンの側を離れることがないため、一般人との接触が少ない。エヴァンジェリンが度々自身に暇を与えるのはその機会作りのきっかけだ。
つまり猫に餌を与えるというのも一つの経験であり、その経験を通しステップアップすることができる。ひいてはそれが主であるエヴァンジェリンの要望を叶えることに直結するのだ。
長々とした『言い訳』に正当性を持たせる。こんなところでスパコンに引けを取らない電子頭脳はフル回転した。
「分かりました。ご一緒させていただきます」
思考すること僅か数秒、その間に人間が知恵熱を出しかねないほどの演算処理を行い、頭を下げて肯定の返事をする。断じて猫に興味があるわけではない、そう自分に言い聞かせて。
青年を先頭に茶々丸がその右後ろに控えるようにして続く。3匹の猫は互いにじゃれ合いながらも2人に続く。舗装された道路を少し外れた場所を数分ほど歩き続け、辿り着いたのはちょっとした開けた広場のような場所だ。手を使うからと青年に言われ、エコバッグは倒れないように木に寄り掛かるようにして置いた。
一見すると他に猫などいないようだったが、青年に着いてきた猫が一声鳴くと、付近の茂みから3匹の猫が勢いよく飛び出してくる。計6匹に増えた猫は腹が減ったというように鳴きながら青年と茶々丸にすり寄ってくる。
「なんというか、猫っていうのは現金というか都合がいいというか。そういう部分も含めて猫が好きなんですけどね」
言いつつ、バッグから幅の広いビッグサイズの猫の缶詰とプラスチックスプーンを取り出し茶々丸へ渡した。
「ゼリー状に固まっているので、スプーンで解してから地面に置いてください」
青年は手本を見せるようにして実演してみせる。缶詰を地面に置くと、待ってましたとばかり猫が缶詰に群がった。同じように茶々丸がするとちょうど半分、3匹の猫が茶々丸の置いた缶詰の方に群がる。互いを押しのけるようにして缶詰を奪い合い、あっという間に缶詰の中身は綺麗になくなった。
リラックスした様子の猫に触れてみる。猫は逃げるどころか、嬉しそうに鳴いて身を任せてきた。掌の温度センサーが人の体温よりも少し高いことを教えてくれる。心臓の拍動する音が掌を通じて伝わる。茶々丸には存在しない、生命の息吹。壊れ物を扱うように、手慣れない手付きでおずおずと猫の頭を撫でてみる。むずがるような猫をレンズに捉え、胸中に生まれたものは一体何なのか。
ああ、まただ。
頭が痛い。埋め込まれている電子頭脳が過剰に働いているせいだ。
胸が痛い。心臓にあたる部分に位置する動力高炉が軋みを挙げているせいだ。
それは初めての経験ではない。これまでに何度か経験してきたものだ。
その旨を葉加瀬に伝え、内部構造をスキャンしても異常は見当たらなかった。
エヴァンジェリンにその旨を伝えると、何故か嬉しそうに笑った。
――――茶々丸、それは多分感情と呼ばれるものだ。
――――ありえません。私はガイノイドです。動力部に何らかの不備が発生した、そう判断しています。
――――ククク、まあいい。命令だ茶々丸。それがなんなのか、自分で考えてみろ。思考ルーチンに身を任せるのではなく、自分の意思でな。
主たるエヴァジェリンの命令は絶対だ。それに反発しようなどと露とも思わない。
意味もなく苦しませるような命令をする方ではない、というぐらいには理解がある。
けれど、何故こんなことを自分にさせるか茶々丸には分からなかった。
あるのはただ不可解なエラーだけだ。
「感情とは、なんなのでしょうか?」
気が付くとまるで縋るかのように、救いを求めるかのように茶々丸は青年に言葉に投げかけていた。軽く意識が飛んでしまっていたようだった。
「私はガイノイドですが、葉加瀬曰く疑似的な感情が生まれる余地があるそうです。ですが私には感情というものが理解できません。観測することは可能ですが、それを自己プログラムに取り入れるには私の処理能力を超えた演算シュミレートを行う必要があるため、演算途中でオーバーヒートしてしまいます」
青年と茶々丸はいわば行きずりの関係だ。こんな自分の心情を吐露するような信頼関係を結んだわけではない。エヴァンジェリンにすらこんな事は言ったことはないのに、何故かこの青年にはなんの抵抗もなく話せることができた。この人が好さそうな青年ならば、一つのアドバイスをくれるだろうという非論理的な考え。
「不可解です。私の電子頭脳は人間のソレとは比較できないほどに優秀であるはずです。なのにどうして人間はいともたやすく感情を表現できるのですか。なぜ私には表現できないのですか。どうして」
あなたは、笑うことができるのですか。
青年は困ったように笑うのが茶々丸の網膜レンズに映し出される。なぜそんな風に笑うのかという理由は茶々丸にも理解できる。けれどどうやったらその表情が作れるのか、ということは茶々丸には理解できなかった。
アクチュエーターを動員することで、表情そのものを作ることはできるだろう。けれど、表情を発生させるに至るプロセスはあまりにも複雑怪奇だ。
茶々丸には感情を習得したい、という強い願望があるわけではない。あくまでエヴァンジェリンを補佐するために作られたのだから、感情を習得するなんていうのは副次的なものだ。
けれどどうしようもなく苦しいのだ。連鎖的に発生する機能エラーは機能不全に陥ってしまう寸前までに茶々丸を追い詰める。
「感情、ですか」
笑顔から僅かに表情を引き締め、青年は考えるようにして軽く目を瞑る。
「ワタシはロボットの専門家でもありませんし、心理学にも詳しくないので難しいことは言えませんけど。自分の感情で悩む必要なんてないんじゃないでしょうか」
感情について悩んでいる茶々丸に、青年はそもそも感情で悩む必要はないと言った。
「冷たいようですが、他人の感情なんて多分誰だって分からないんですよ。そもそも感情そのものの定義が不明瞭です。ですので感情とは何かという問いには、そんなものは誰にも分からないという答えしか返せませんね。それと、感情を理解できないと言っていましたが、そうですねえ、哲学的ゾンビというものはご存じですか?」
行動的ゾンビは外面の行動だけ見ていては、普通の人間と区別できないゾンビ。解剖すれば人間との違いが分かる可能性がある、という含みを持っているものだ。それに対し哲学的ゾンビとは脳の神経細胞の状態まで含む、すべての観測可能な物理的状態に関して、普通の人間と区別する事が出来ないゾンビのこと。
要約すると簡単で、『認識できる自分は感情を持っていると理解できるが、認識できない他人は感情かあるかどうかは理解できない』というものだ。
「あなたはワタシが感情を持っているという確信があるようですが、それは実証できません。つまり、ワタシが感情を持っているかどうかなんてワタシ以外誰にも分からないんですよ。それはもちろんあなたにも言えることです」
青年が茶々丸を指で指す。
「ワタシはあなたが感情を持っているかどうかなんて分かりません。それが分かるのはあなただけです。つまり、感情は自分が持っていると思えば持っているものなんですよ、乱暴に言ってしまえばね。『感情とはどういうものであるか』そんなものは誰にもわからないんですから、自分の中に感情と思えるナニカがあれば、それは感情と言っていいでしょう。自分で決めてしまうものなんですよ、結局はね。さて、それでは聞きましょう」
あなたには感情があるのですか?
自分のは感情があるのか、それともないのか。それは誰かに観測されて認識するものではなく、自分の意思で決めるものだと。茶々丸の問いは、自分のところに戻ってきた。
認めるか否か、答えはどちらか。
現行の技術では感情のあるロボットを作り出すことはできないと言われている。
けれど、外見上感情を持ったように見えるロボットを制作することは可能だ。
例えば、人間が経験をするであろう全ての出来事をシュミレートし、その無限に近い条件分岐の反応パターンを機械に組み込むとしよう。人間と同じように振る舞い、反応するロボットは果たして感情があるといえるのだろうか。
人間も形のないアルゴリズムに従って行動していると捉えるならば、人間ですら高度なプログラムによって行動しているロボットと捉えることもできる。
機械が感情を得ることができるのか、それは結局思考実験の範疇であり、それを実証することはできない。
何が感情なのか。
感情が何なのか。
そもそも感情など存在するのか。
なにも、何一つさえ分からないのに、答えが出るはずがない。
もう一つ、終わらない問題を投げかけてみよう。
感情の有無で人間とロボットの境界を定めるとしたら、その線引きはひどく曖昧だ。
人間は人間である。
事故によって四肢を失い、代わりに義手と義足をつけた者も人間だ。
今の技術では不可能だが、事故によって全身をサイボーグ化した者がいるとしよう。それだって多くの人間が彼は人間だ、と判断するだろう。
ならば。
自我を持ち、感情を取得したロボットはただのロボットに過ぎないのだろうか。
ふらふらとした足取りで茶々丸は帰路についていた。思考にエネルギーを費やした結果、足の駆動に回す動力エネルギーが心もとなくなっているのだ。。10月ともなれば太陽が沈むのも早くなる。ログハウスに着いたのは落ちていく太陽の西日が眩しい時間だった。
「なんだ茶々丸、随分と遅かったな」
エヴァンジェリンは既に別荘から出てきていた。リビングのソファにだらしなく寄り掛かりながら行儀悪く文庫本を開いている。そんな様子を横目に見ながら、遅くなってしまい申し訳ありません、と頭を下げる。
気にするな、という風にエヴァンジェリンはパタパタと手を振って応えた。
「ああそうだ茶々丸。帰ってきて直ぐでなんだが、何か温かい飲み物でも淹れてくれ。この時間帯になると大分冷えるからな」
「Yes,master.」
茶々丸はそう言い、キッチンに入っていった。
「む?」
エヴァンジェリンがそんな言葉を発するのと、茶々丸がキッチンから出てくるのは同時だった。何時も飲み物といえば紅茶を淹れるのが普通だったが、微かに漂う香りは紅茶のものではなく。
「コーヒーか・・・」
「お嫌いでしたか?ログにはそのような記録は残っておりませんが」
「いや、別に飲めるが。いつもはコーヒーじゃなくて紅茶だろう?それが不思議に思ってな」
「いえ、今日出会った方からアドバイスを頂きました。『たまに美味しいコーヒーを飲んでみると、世界が変わるかもしれない』と」
「ほう・・・」
エヴァンジェリンが感心するように唸る。初めて聞いた言葉だが、老獪な哲学者が書物に記したような、深い含蓄のある言葉のように思えた。
何気ない事でも、初めて経験した出来事は自分の可能性を広げることができるかもしれない、おそらくそんな意味を含んだ言葉だろう。600年の蓄積がある自分にとって最早縁遠い話ではあるが、微笑ましい従者に付き合うのも悪くない。
「ふむ、悪くない。たまにはこういうのもな」
市販の粉を使っているのであろうが、紅茶と同じくその味も中々のものだった。
「ところでmaster,なんの本を読んでいたのですか?」
「ん?ああ、別荘の書庫に転がっていた本だ」
やや古ぼけた表紙を表にする。デカルト著の『方法序説』だった。
『我思う、ゆえに我有り』という言葉を残したことで有名だ。多分、多くの人が一度くらいは聞いたことがあるだろう。
一切を疑うべし、という方法的懐疑により、自分を含めた世界の全てが虚偽だとしても、その疑っている自身の意識作用が確実であるなら、そのように意識しているところの我だけはその存在を疑うことができない。つまり、『自分は本当は存在しないのではないか?』と疑っている自身の存在は否定できないのだ。
――――分からない。
青年から投げかけられた問いの返答。それが茶々丸がオーバーヒート寸前まで悩んで出した結論だった。
「それでもいいと思いますよ。人間が本当に感情を持っているか、なんて分かるのは神様だけですから。けれど、あなたという存在は今この瞬間に確固たるものになったのではないのでしょうか。少なくともワタシはそう思います」
なぜならば、と言葉を続ける。
「意思こそが、自身が自身であると決定づける最大の要因である、とワタシは考えているからです。あなたは悩みました。悩み、意思を持って分からない、と言った。ならば少なくともあなたには自分の意思があるということなんでしょう。『あなたは今ここにいる』。取りあえず、今日はそれで充分なのでは?感情なんてものは移ろい変わりゆくものですし、ゆっくり時間をかけて学んでいけばいいでしょう。結論づけるのはそれからでも遅くはありません。それでも余裕がなくなってしまう時は・・・そうですね、コーヒーでも飲んで気持ちを落ち着かせてください」
「コーヒー、ですか」
何故コーヒーなのだろうかと茶々丸は疑問を抱きながらも、次の言葉を待つ。
「ええ。――――たまに美味しいコーヒーを飲んでみると、世界が変わって見えるかもしれませんよ」
冗談めかすように肩を竦め、青年はそう言った。
絡繰茶々丸は生まれたばかりの赤ん坊だ。その赤ん坊の困ったところはなまじ優れた頭脳を持ってしまったことか。理論的に物事を考えることはできるが、それしかできない融通の利かない電子頭脳。
一人取り残された赤ん坊が自分には感情が存在するのだと、胸を張って断言できる日はいつかくるのか、それとも未来永劫来ないのか。少なくとも、それは今ではないことは確実だ。
不確かな情報で世界は満ち溢れている。
それでも茶々丸にも確固たる自信を持って言えることが一つだけあった。
『私はここにいる』
コーヒーが好きな青年が教えてくれた、ただそれだけを。
時系列としては原作が始める1年ちょっと前。彼女達が麻帆良中学に入学してまだ1年目の10月。
0話と書いた通り、千雨はまだ喫茶店に通っていません。前日譚みたいな感じで書きました。今回は視点を変えて三人称。元々茶々丸メインで話を書こうと思ったんですが、茶々丸コーヒー飲めないんじゃんと気づいて急きょ千雨に変更。ただ茶々丸さんが好きなので書いてみました。
まだ起動してから1年足らずということで、かなりロボロボしている印象があります。ただところどころに未熟な感情が見え隠れしていて、戸惑っている感じ。今回は書くのがえらい難しかったんです。哲学とかも絡んできましたし。俺なにが言いたいんだろと書いていて思いましたが、あまり深く突っ込んでくれないと助かります。
当時漫画を見ながら思っていたんですが、茶々丸が実際に存在するとしたらロボットなのか人間なのかそれともどちらでもないのか。そのあたりどうなんでしょうかね。筆者はあまり学のない人間なんでそのあたりが分かりません。詳しい方がいたら感想で是非教えてください。
それと、オリジナルの方で『枝垂れ桜と幽霊少女、その他諸々』を掲載しています。こちらは連作ものの短編集になっています。時間があればそちらの方も閲覧と感想をお願いします。おそらく今週中に2話目を投稿できると思うので。