疲労と酒の相乗効果は怖い。
大したことは書いていませんが、活動報告も更新しましたので時間がある方はそちらもぜひ。
そのフリーマケットで売られているものは日常生活でよく使うよう小物から本当に売れると思って出品しているのか疑いそうになるような巨大で用途が不明な置物っぽいものなど、多岐に渡る。値札がかけられてないものもあり、それらは交渉で値段を決めるようだった。
小市民な性格のせいか、冷やかしお断りな高級志向のデパートのような場所よりもこういった青空の下のごったがえした様子のフリーマーケットの方が随分と気が楽だ。初夏というにはまだ早く感じる梅雨の明け、その名残を感じさせる中途半端な蒸し暑さが不快指数が押し上げていくが、それを微風が緩和してくれる。去年までの暑くなったらクーラー三昧の堕落しきった生活から比べると私も随分と進歩したものだと思う。
適当にプラプラと歩いていくと、ふと一人の女性の姿が目に入った。ジーンズなどの動きやすい服装が多い中、黒を基調とした修道服姿は明らかに異端だった。スカートの丈は結構短く、コスプレかとも思ったがそれにしてはコスプレで使うような安っぽい生地ではない上に、それを身にまとう女性の姿も随分と堂に入っているように見える。
興味半分で近づいてみるとその姿が明確になる。やはり見間違いとかでないらしく、キチンとした材質で作られた修道服だ。そしてさきほどは女性と表現したが随分と若い。もしかしたら私とそれほど違わないのかもしれない。
「うん?」
シスターの横顔を捉えた私は奇妙な既視感に襲われた。この状況に対してではなく、そのシスターの顔にだ。そう、この顔はどこかで見たことがある。しかも結構な頻度で。
頭巾で髪型は分からないため、思い浮かんだ人物に頭巾の分を足し算する。そして1つの答えが浮かんだ。
「もしかして春日か?」
3年A組 出席番号9番 春日美空
ベリーショートの髪が特徴の陸上部。短距離走では神楽坂と対等に渡り合えるという。この場合、陸上部と張り合える神楽坂が凄いのか、あの神楽坂と渡り合える春日が凄いのか。同じクラスというだけで交友関係があったわけではないから顔見知り程度だ。せいぜい寮の廊下で会ったら挨拶するくらい。私の声を聞き取った春日は壊れたブリキの玩具のような引き攣った動きでこちらの方を向き、すぐに顔を明後日の方向に反らした。
「だ、誰ですか、その春日さんというのは」
誤魔化すつもりらしい。ご丁寧に声色まで変えているが怪しいことこの上ない。
「いや、お前春日だろ」
「違います、私はただの敬虔なシスター見習いですから。春日美空なんて人は知りません」
「名前言ってんじゃねえか」
ツッコミ待ちかと思ってツッコんだが春日の方はしまったと言わんばかりの顔をしていた。素で言ったらしい。コイツは芸人の才能があるなとどうでもいい感想を抱いた。
「あれ、長谷川じゃん!こんなところで何してんの!?」
どうやら先ほどの一連の流れを無かったことにしようとするつもりらしい。私も面倒だったので余計なことは言わないでおく。ヤケクソ半分開き直り半分で声が裏返りかけている春日は見ていて面白いし。
「何してるって。たまたまここ見つけて見て回ってるだけだよ。春日こそ何してんだ?教会から何か出品してんのか?」
「いやだから私はシスターじゃなくてシスター見習い、でもない・・・これはホラ、コスプレだから!」
その必死な否定っぷりはなにかの強迫観念にとらわれてるようだった。だが残念ながら私の前でコスプレイヤーを自称するには十年ほど時間が足りていない。コスプレの基礎からやり直してこい。
「いやそれはもういいって。修道服似合ってるし、隠すことないだろ」
春日というと普段の言動から活発的な印象ばかり受けるが、お淑やかなイメージの修道服姿も似合っている。馬子にも衣装というわけではなく、元々の素材がいいのだろう。別に可笑しなことを言った覚えはなかったが、何故か春日の方は目を剥いて驚愕していた。
「・・・クラスの皆にバラさない?」
「いやしねえよ、そんなこと」
「え?馬鹿にしないの?私がシスター見習いってものすごく不似合じゃない?」
「馬鹿にするって・・・そこまで性格悪くないぞ、私は。確かに春日は修道女ってイメージはないけど、信仰は人の勝手だし、いいんじゃないか?」
春日が修道院で聖書を朗読している姿。瞼を閉じて神に祈りを奉げている姿。その断面を切り取ってみれば完成された絵画のように様になっているだろう。修道女が似合わないということはきっとない。というか信仰に似合うも似合わないもあるのだろうか。
修道女の生活というものがどういうものか詳しくは知らないが、その信仰生活は楽なものではないだろう。快適な生活な捨ててまで信仰の道に生きているのだ。尊敬はあれど、馬鹿にするなどありえない。普段鳴滝姉妹と悪戯に勤しんでいるのも禁欲生活の反動だろう。そうは見えないけど春日も見えないところで頑張っているのだと、そう考えてみると春日のはた迷惑な悪戯も笑って許せそうだ。
「あ、言っておくけど私が自分の意思でシスター見習いやってるわけじゃないから。親から無理矢理放り込まれただけだからさ」
私の尊敬を返せ。というか一体なにがあったら修道院入りを強制されるんだ。私の白けた視線を感じ取った春日は慌てたように、いやいや神様はちゃんと信じてるから、と言い訳した。
「・・・はぁ、まあいいや。で、結局なんで春日はここにいるんだ?今回のフリーマケットになにか関係あるのか?」
「うん、今日のフリマは麻帆良教会の主催でやってるから。管轄は違うけど、私も一応監督役として派遣されてんの。教会からもいくつか出品してるから、見に来てよ」
残ったやつの処分とかめんどいしねー、といってのける春日。よくこいつは破門されないな、と思うと同時に春日の教育者に深く同情した。私なら確実にさじを投げる。
半ば強引に手を引かれ案内される。それを煩わしく思うことなく苦笑しながら付き合えるようになったのは、春日の持つ人徳なのだろうか。それともそれは、私の成長なのだろうか。
春日に案内されるまま教会が出品しているというエリアへと足を運んだが、待っていたのは修道服に身を包んだ褐色肌の女性だった。春日は『げぇっ!!シスター・シャークティ!?』と叫んでそのまま逃走しようとしたが、首根っこを掴まれてあっさり捕縛された。
鬼がいる。思わずそう言いそうになる口を理性を総動員して抑え込む。もしもそんなことを口走ってしまっては私も折檻、もとい教育の対象となってしまいそうだ。
春日はアイアンクローの餌食になった挙句、後に掃除と神父による説教が確定した。アイアンクローを継続されたまま説教をくらうその姿には同情が湧きそうになるが、現場をほっぽり出してサボっていたらしい春日を擁護するのは躊躇われた。蛙の断末魔のような呻き声をあげる春日を置いて逃げようとしたが、それをシスター・シャークティに目敏く発見される。
「貴女は美空の友人ですか?」
「ええ、まあ、クラスメートですけど」
もしかしてこちらに飛び火するのか、と身構える。シスター・シャークティは春日の顔面を拘束していた右腕を外し、申し訳なさそうな顔で頭を下げる。
「すみません、美空が迷惑をかけたようで」
なにが驚いたかといえば先ほどまでの悪鬼の表情をあっさり消したこともそうだが、こちらからなんら事情を聴くことなく状況を完全に把握していたらしいことだった。こういうのも信頼関係の一つなのだろうか。あまり羨ましくない信頼関係だ。
「あーいや、別にいいですよ。何か買おうと思っていましたし」
同年代かもしくはそれ以下ならば抵抗はないが、どう見ても自分より年上の女性に頭を下げられて面食らう。まるで無理矢理自分が頭を下げさせているような、そんな錯覚に陥ってしまうのだ。
そう言っていただけると助かります、いえいえ、などと社交辞令のような会話を続ける私達の傍らで、春日は龍宮をそのまま小さくしたような子の足に縋り付いていた。
ガミガミと小言を喰らった春日も反抗の意思はしばらく消え失せたのか、おとなしくブルーシートに体育座りで店番をしている。私は品物の物色だ。シスター・シャークティは先ほどまで春日が縋り付いていた少女―――ココネというらしい―――を伴って他の場所へと移動した。他の場所で値段交渉で諍いが起き、それを仲裁しにいくとか。
「ああ、やっとシスター・シャークティが行った」
心底安堵したように春日が声を漏らした。
「あの人が春日の上司なのか?」
品物を物色しながら春日に声をかける。
「上司っていうか、教育係って感じかな。固い人でしょ?もーホント大変でさ」
愚痴る春日だが、それはまるで出来のいい姉を自慢する妹のようでもあった。ほんの数分間話しただけだが、きっと春日とは良い関係を築けているのだろう。二人の仲が険悪だというなら、春日はきっとそんな楽しそうな笑顔を浮かべていないだろうから。
「でも、良い人だろ?」
古ぼけたロザリオを元の場所に戻し、春日に問う。答えはもう予想できている。だからこれは答え合わせという名の確認作業。
「―――うん、すっごい良い人だよ」
私が見惚れるほどの笑顔で春日はそう言った。コイツとは仲良くなれる、そう思った。
「そういえば長谷川ってなに探してんの?」
なんてことのないことをネタに駄弁っている途中、春日が言った。
「なにか買うって言ってたけど、手当たり次第に見てる感じじゃん?」
「ああ、何を買うかとかは考えてないんだよな」
春日の言った通り、今は手当たり次第に見ているばかりだ。教会からの出品されたものは日用品を除けばそれなりに年季の入ったものなのだが、いまだに私の琴線に触れるものがない。そもそも喫茶店に置いて似合うものというのがよく分からない。
「ってことは自分の部屋に飾るとかじゃないんだ。じゃあ何?誰かに送るの?もしかして男?」
「あー・・・」
口が『あ』の音を発してから形を変えなくなった。探し物をしている私に対して何を探しているのかを尋ねるのは会話内容として実にありきたりでごく自然な流れだった。そして目の前にいるのは3ーAが誇る悪戯クイーン。冷や汗がどばっと流れてきた。明日の学校で私がクラスの玩具になっている場面が容易に想像できる。その光景は公開処刑そのものだ。もしくは魔女裁判。
「彼氏って感じじゃなさそうだね、お世話になってる人へ贈りものって感じ?んー、男の人に贈るようなものってなにかあったっけ」
「は?」
春日はごく自然に流し、私は素っ頓狂な声を上げた。
「どしたの?変な声上げて」
「あ、いや、なんでも、ない」
変な声を上げるべきではなかった。あのまま適当に話を合わせておけば話が流れていただろうに、私は話を掘り下げる機会をみすみす作ってしまったのだ。挙動不審な態度の私に春日は数秒考えこみ、何かに思い至ったのか、声を上げて笑い始めた。
「お、おい。どうしたんだよ」
なんで笑い始めたのか分からない私は一しきり笑った春日にそう尋ねた。
「あのさ、もしかして長谷川、私が明日学校で皆のこの事をバラすだろうって思った?」
「それは、まあ」
なにせ隙あらば悪戯を仕込んでくる春日のことだ。この手の話題は散々ネタにされると思っていたのだが。
「ひっどいなあ、いくらなんでもしないよそんな事。それぐらいの良識は持ってるって。確かにちょっと興味あることは否定しないけど」
笑いすぎて目尻に溜まった涙を指で弾きながら、春日は続ける。
「さっきの長谷川さ、私がシスター見習い隠してた時とそっくりだったじゃん。それがなんか可笑しくって」
春日が私を信じていなかったように私もまた春日の事を信じていなかった、そういうことらしかった。箸が転んでもおかしい年頃、本当にどうということのない事が何故か可笑しく感じ、私にも笑みが零れた。
本当にどうでもよく、どこにでもあるちょっとした事。けれどそれでいい。そんなことの積み重ねでいいのだ。何気なく過ぎていく日常は心躍る大冒険よりも劣っているのだろうか。考え方は人によりけりだが、私はそうだとは思わない。どんな場所にも幸せというものはいくらでも転がっている。見つけやすいか見つけにくいか、それだけの違い。
「長谷川ってさ、明るくなったよね、全体的に」
二人で笑いあった後、春日がそんなことを言い出した。
「前はいつもぶすーってしてたけど今はよく笑うようになったでしょ?眼鏡も外したし」
以前、聡美にも言われたことだった。
「ちょっとした心境の変化だよ、本当にそれだけ」
「ふーん、良い人見つけたんだ」
誤魔化そうとするも一瞬で嗅ぎ当てられる。こいつを含め、3-A連中の嗅覚の鋭さは異常だ。
「・・・言っておくけど、別に彼氏とかじゃないからな」
明日の学校で憤死するという最悪の未来は避けられたが、一応念押ししておく。春日がバラさないといってもどこから情報が漏れるか分かったものではない。
「今はそうかもね。でも男の人に贈るものかあ、ここにはそうないと思うけど」
今回教会から出品されたものは日用品や古びた聖書や年季の入ったロザリオなどの小物が中心だった。確かに男性に贈るというには少々相応しくないもしれない。
「普段世話になってる人の誕生日だから何か贈ろうと思ってんだけど、その人ちょっと変わっててさ。・・・なあ春日、喫茶店に置いて合いそうなものってなんだと思う?」
「喫茶店に置いて似合うもの?んー、あるっちゃあるけど、プレゼントにはちょっとね」
ロザリオやら聖書やらそういったものは喫茶店に置いても違和感がないかもしれないが、それをプレゼントとして贈るというのはおかしな気がする。かといって視界の端に移るハンガーに架けられたカソックは論外だ。いくら着なくなったからってそんなものを売りに出すなよ。
「あ、じゃあこれなんかどう?」
そう言いながら春日が手に取ったものは古びた小さな木の箱。全ての辺の長さが10センチほどの木箱で、表面には宝箱を思わせる彫刻が施されている。彫刻そのものの出来はいいが、少し視線をやっただけで大した確認もしなかった品物だった。
「それがか?確かに作りは丈夫そうだけど、贈り物にはちょっと・・・」
「まあいいから見てなって」
にやり、と悪戯をする時と同じ笑みを浮かべて春日はその箱をゆっくりと開いた。
思えば、それもまた運命というものだったと思う。そんなことで運命を感じた、だなんて他の人に指をさされて笑われてしまうかもしれない。ただ運命という言葉は重く使われてしまいがちだが、定義という枠に嵌めてしまうと実はそう特別なものではない。
運命とは、人の意思や想いを越えて人に幸不幸を与える力を指す。極端な話、私がマスターや聡美、春日と出会ったというのも一つの運命だといえる。
人と人との出会い一つ一つが運命なのだと、そんな風に考えてしまう私はロマンチストなのだろう。けれど、人付き合いなど下らないと斜に構えていた以前よりはずっとマシだ。
コーヒーに舌鼓を打ち、BGMに耳を傾けながらそんなことを思う。今日流れているBGMはマスターがいつもその日気分で流しているものではない。マスターが自分で歌っているのだ。アカペラではなく、ちゃんと伴奏もある。振動板を弾き柔らかな金属音を奏でているのは、マスターが手に持っている木箱。開けられた蓋からはスターホイールが顔を覗かせているオルゴール。
私が頼みこむと最初は恥ずかしそうにしていたが、歌い始めると恥じらいは消えてしまったらしい。背筋を伸ばし、目を閉じて歌う姿は歌手が本職のようだった。
声は振動となって喫茶店の中へ広がっていく。狭い空間は低く深い声で直ぐに満たされた。歌詞は英語だが、ゆったりとした曲調で、使われている単語も簡単なものが多く、私の耳でも大分内容を理解することができる。
それは一つの物語だ。
大切な人に降りかかる苦難を荒れ狂う水の流れに例え、自分がそこに架かる橋になろうという励ましの歌。
中身を要約してみればよくあるタイプのフォークロック。けれども誕生して以来、長きに渡って世界中で聴かれ愛されている歌。
オルゴールの発条が事切れたように動きを止める。サビの部分がちょうど終わったところだった。
拍手をする私にマスターは恥ずかしそうに頭を掻いた。
「よく知ってましたね。この曲が好きだって」
「そりゃ結構な頻度で流れてましたからね、分かりますよ」
緊張も度を過ぎてしまうと返って平常心を取り戻すということを今私は身を持って知った。喫茶店に入る前までは緊張で足が震えるくらいだったのに、一度腹を括ってしまうと緊張だとかそういったものを超越してしまった。むしろ普段よりも饒舌になっているぐらいだ。
「言葉で表現するのは難しいですが、なんというか心にフックする歌ですよね。もう30年以上前の曲なんですけど、本当にいいものというのはどんなに時が流れたっていいものです。この歌のように」
この喫茶店もそうであってほしいものです、とオルゴールの蓋を閉めてマスターが言った。木箱が軽く軋みを上げ、それは喫茶店のドアを開ける音にどことなく似ていた。
「ちなみにこのオルゴールは一体どこで?」
「先週のフリーマーケットで売りに出されていたんですよ、そこでこう、ビビッと来まして」
春日の話では、オルゴール収集癖のある神父が出品したのだという。一部装飾が剥げかかっていた部分を素人なりに修復し、曲の速さがズレてしまっているのは油を差し、何度か発条を巻くと改善された。
「なるほど、直感というものは馬鹿にはできませんからね」
言いながら、マスターはオルゴールの蓋を撫でる。
「それで、どうですか?ちょっと古いですけど、このオルゴールは誕生日プレゼントになりますかね?」
そんなマスターに私はコーヒーを飲み干しコーヒーカップをソーサーに置いて、あえて意地の悪い聞き方で尋ねる。
「ええ、それは勿論。本当にありがとうございます。大事に飾らせてもらいます」
口角を釣り上げた満面の笑顔でマスターはそう言った。いつもの微笑ではなく、笑窪ができるほどの深い笑み。ただそれを見たいがために、私は東奔西走を繰り広げていたのかもしれない。そんな自分の思考の単純さに失笑してしまいそうになる。
再びマスターがオルゴールの発条を回し始めた。音が奏でられ、マスターが言葉で追いかける。歌いながら、意味ありげな視線を投げかけられる。一度私に視線を送り、次にオルゴールへと。どうやら一緒に歌えということらしい。そして始まったのはちぐはぐなデュエット。マスターはともかく、私は完全に歌詞を覚えているというわけではないのでこればかりは仕方ない。
ただ一つ、silver girlという言葉だけは耳に残っている。それまでは友情の歌に聞こえていたのだが、彼女の登場によってこの歌は男女間の関係を歌っているかのように思える。
歌の自分を投影してしまうということは割とあることだろう。だからこんな馬鹿な事を考えてしまうのだ。
私は貴方のsilver girlになれたのだろうかと。
今だ自分の気持ちに整理がついていないけれども、それを受け入れることができたのならば言いたいことがある。今はまだ無理だけど、言えるようになる日が来て欲しい。
マスターは最近の若者にしては出来た人間かもしれないが、決して完璧な人間ではない。やたら猫好きで隙あらば猫漫談を織り交ぜてくるし、失言すればそれをネタに弄ってくる。実は極度の運動音痴で、自分の足に引っかかって喫茶店のドアを顔面ノックという斬新な荒業を披露したこともある。
顔の個々のパーツ自体は整っているが、顔の造りは割りと平凡。せいぜいポイントとして挙げられるは眼鏡の奥に隠れる、穏やかな印象を与える垂れ目くらいだろうか。少なくとも、テレビに出ているような端正な美形にはほど遠い。けれども―――いや、だからこそなのか。
面と向かって言うのは恥ずかしくて口に出すことはできない。だからせめて心の中で予行演習を。
そんな貴方が、大好きです。