ですので、やむをえずアーク2の続きを先に書いた次第です。早くテンションが元に戻って元気に執筆活動にいそしみたいですねぇ…。
――昨夜のアルディア空港で起きた事件の続報です。
犯人が逃げ込んだ後に爆破された飛行船の甲板の破片から、多量の血の跡が発見されましたが、未だ犯人は発見されておらず、その生死も不明なままです。
また、解決を依頼されたハンターも行方不明であり、当局は事件との関係を追求するため行方を追っています―――
「へぇ。まだ現段階では写真付きでの指名手配はしませんでしたか。強者の余裕か、はたまたモンスターを飼い慣らす非合法組織ならではの縛りでもあるのか。
どちらにせよ逃げられそうなので、こちらにとっては有り難いお話。素直に喜んでおくとしましょう」
そう言ってエルククゥは、近くの屋台で売っていたフライを包むのに使われていた新聞紙を、朝食が終わると同時に「クシャッ」と丸めて近くのゴミ箱に投擲。惜しいところで外れた紙クズを拾い直してから丁寧に捨て、待たせてしまっていたリーザの元まで戻ってくる。
「お待たせしましたね。情報収集も終わりましたし、そろそろインディゴスへ行きましょうか? あそこなら・・・まぁプロディアスのアパートに戻るよりかは安全でしょうから」
肩をすくめながら微笑を浮かべて促してくる黒髪の少女に、茶髪頭の少女リーザはやや不審そうな視線を向けて無遠慮に問いただす。
「・・・どうして、ここまでして助けてくれるの? 飛行船を爆破したり、怖い人たちから庇ってくれたり・・・私はまだ自分の名前さえ教えていないのに・・・」
「ああ、そのことですか」
尤もな質問にエルククゥは肩をすくめるが、それは同時に無意味な質問でもあると考えて微妙な心持ちになる。
なぜなら彼女の疑惑は、あまりにも損得勘定が欠け落ちたものでしかなかったから・・・
「敵の黒幕が国一番の最高権力者より上だとわかっちゃいましたからね-。アレじゃあ、どのみちこちらの配慮は役に立たない。
たかだかハンター一人を凶悪犯に仕立て上げて指名手配するぐらいなら、普通にやるでしょう。こちらが手段を選んで犠牲が少なくなるのは相手が法律を気にしてくれる場合だけです。最初から気にしなくていい条件の整った相手には、逆効果にしかなりません。だからアレぐらいの方が逆に良いのですよ」
そう言って再び肩をすくめるエルククゥ。
連れてこられたばかりのリーザと違って、エルククゥのアルディア在住期間はそれなりに長い。だからこの国の仕組みについても人並みよりかは多少詳しい。
現在、この国で事実上のトップに立っているのはマフィアのボス、ガルアーノだ。政府の議長や大統領だって、彼の命令には逆らうことができない。彼が黒と言えば白だろうと赤だろうとドス黒い赤に塗れた血の漆黒だろうと黒にされてしまうのがアルディアの実情だ。
遠慮したところで、それが相手にとって都合が良いなら、殺されなかった部下でも殺すだろうし、その罪をエルククゥに擦り付けて冤罪での指名手配も普通にやるだろう。
そんな相手に有効な手法は一つしかないことを、エルククゥは過去の碌でもない仕事から学んでいる。
やり方は至ってシンプル。『暴力による恫喝』だ。
暴力を是とするマフィアに対して、最も有効な抑止力は同じ暴力しか存在しない。
仕掛ければ手痛いしっぺ返しを食らわされるかもしれない・・・そう思わせることができたら結果的に戦闘行為は減り、暗闘と限定的な非正規戦での暗殺がメインの戦場となるだろう。
そうなれば戦力を逐次投入してくれる分、こちらにも生き延びる目が見えてくる。組織を相手取って正々堂々尋常に勝負をもちかけようにも、個人対組織の時点で互角ではないのだから『正々堂々』の図式は崩壊している。自分だけが矛盾する必要性など微塵も存在していないのである。
「インディゴスには、私が昔世話になった人と、今でもお世話になっている幼馴染みがいますからね。あの人たちの力を借りれるのなら、あなたが助かる道も出てくるかもしれません。
なので、とりあえずはそこへ。あなたが受けた傷の手当てもしてあげたいですしね」
「・・・・・・わかったわ。あなたを信じます、エルククゥ。どうか私を守ってください・・・」
最後に敵の一人がやぶれかぶれで放った一弾が肩をかすめて、軽傷を負ったリーザが殊勝な態度で頭を下げてくる。
それに対してエルククゥの内心は、いささか以上に複雑だった。
――とは言え、私は私で徹底していませんからねぇ。この甘さがいつか自滅に誰かを巻き込みそうなのが怖いところです。
心の中でそうつぶやく。
実際のところ、彼女らにとって最も安全な場所はプロディアスの街中だ。
アルディアの首都であり国一番の規模を誇る大都市であり、ガルアーノのお膝元でもあると同時に、裏の事情を知らされぬまま生活している大多数の民間人が居住している日常空間でもある。
――そんな場所で、『飛行船を爆破して逃げた凶悪犯エルククゥが紛れ込んでいるぞ』と誰かが叫びでもしたら大騒ぎどころでは済まなくなるだろう。次の瞬間には大混乱が起きるのは確実だ。
逃げようとする民間人は、逃亡中の凶悪犯にとって絶好の盾となり、撃たれた際の身代わりとなり、隠れ潜むため擬装用の迷彩色となる。
逃げ延びるため、騒ぎを起こすのは定石中の定石。何ら恥じることではない。エルククゥがもし本当に、凶悪犯罪者の汚名を真実のものにしてしまっても良いと判断したら現実的逃走の手段として間違いなく有効なのだから。
だが・・・いや、だからこそエルククゥはこの手を使いたくはなかった。
如何に、青いだの、甘いだのと罵られようとも人として最低限度の道を踏み外す気はサラサラ持ってない。そんな手段を取るのが甘くなくて青くもない成熟した大人だというのであれば、そんなクズになっていないと言われる言葉は褒め言葉として感謝を返すべきだと彼女は心の底から信じ続けて生きてきている。今更生き方を変えることはできないし、したくもなかった。
インディゴスはプロディアスと比べて格段に治安の悪い町であり、その分だけ住人は荒事に慣れている。一人一人が自分なりの自衛手段を確立している土地柄なのだ。そうしなければ生きられない町だからというだけなのだが、今回の場合は隠れ潜む場所にちょうどいいのも確かではあった。
できるなら、巻き込みたくない。だが、アルディア国内に留まりつづける限り必ず誰かを巻き込んでしまう以上、犠牲は一人でも少なくする義務と工夫が必要になる。そうする責任があるのだと、少なくともエルククゥ自身は信じていた。
「ま、とりあえずインディゴスに着きさえすれば一息つけますので、もう少しだけ辛抱してください」
「・・・ええ・・・わかったわ・・・」
傷の痛みもあるのか、声に元気のないまま返事をしてくるリーザを見返しながらエルククゥは、もう一つの懸念について小さな声でボソボソと、小さく小さく低~くつぶやくのであった。
「・・・問題は、この人連れて行ったときに彼女が見せる反応なんですよね・・・。できれば穏便に初対面を終えてほしいところなんですけども・・・」
チラリと、相手の顔を見上げて吐息を一つ。
化粧っ気はないし、やや田舎くさく野暮ったい衣装に身を包んではいるが、文句なしに美しいと表現するのに躊躇いを抱かされないほどの美人さん。
――果たして彼女はリーザのことを、『泥棒猫』と思わないでいてくれるだろうか・・・?
猫に「ワンッ!」と啼けと言うほどの無茶ぶりである気がしてならないのだけれども・・・。
ちょうどその頃、エルククゥたちが向かっているインディゴスの町にある、広さと安さだけが取り柄のボロアパートの一室から窓に写る景色を眺めつつ、男が一人ラジオのニュースを聞いていた。
『・・・・・・ニュースをお伝えします。昨夜のアルディア空港での続報ですが、犯人が逃げ込んだ後に爆破して逃走した飛行船の甲板から多量の血の跡が発見されました。
しかし犯人はまだ発見されておらず、その生死も不明なままです。
また、解決を依頼されたハンターも行方不明になっており、当局は事件との関係を追求するため、その行方を追っています。
続きまして―――――』
「・・・・・・」
男はそこまで聞いて、ラジオの電源をOFFにした。続報を期待していたにもかかわらず、昨晩から延々と同じ内容を流し続けるニュース番組に作為的なものを感じて、聞き続ける価値を感じなくなった故である。
――恐らく…と言うより、まず間違いなくこの事件の解決を依頼されたハンターはエルククゥだ。世界広しといえども、こんな無茶を平気でやらかすハンターなど彼女以外に考えられない。
そして彼女がこの手の無茶をやる時には、決まって相応の理由と相手方の悪逆非道が存在していることを彼は承知していた。
正義では決してないが、かつての教え子だった少女の行動には一本筋の通った信念が存在し、それを違えることは決してできない性分を彼女は生まれついて持ち合わせている。
あの病気が治るとしたら、それはきっと彼女が彼女でなくなる時だけだろう。だから今回の事件も必ずや彼女なりの言い分なり理由が存在するはず・・・そう信じているからこそ、彼は慌てず騒がず弟子が自分の元を頼ってくるのを待ち続けていられるのである。
自分の元へやってきてくれた時、行き違いになるのだけは避けなくてはいけない。
自分は全知でも全能でもなく、力になってやるためには側にいてやらなくてはならなかったから―――――
あと、ついでと言っては失礼かもしれないが、『もしも火消し役がいない時に“彼女”を怒らせるような愚行をバカ弟子が取らない』という保証が存在しない以上、ストッパー役は留まらざるを得なかったから・・・・・・。
「ねぇ、シュウさん。この服どうかしら? 私に似合ってると思う? エルククゥは『似合ってますよ』って言ってくれると思うかしら?」
「・・・ああ、問題ないと思うぞミリル。元より容姿に関してアイツの周りにお前以上のモノを持つ異性は存在していない。胸を張って自慢できるレベルだと言うことは俺が保証してやる」
「本当に? ・・・いえ、ごめんなさい。シュウさんが嘘を言ってるかもしれないって疑ってるわけじゃないの・・・。でも、なんだか私不安で・・・。
――だって、今日はエルククゥが会いに来てくれる月に一度のデートの日なんですもの♪ 目一杯おめかしして綺麗に見られたいと思うのは女の子として当たり前のことじゃない?
ああ、エルククゥ・・・早く私に会いに来て・・・。そしたら予定よりもちょっとだけ遅刻してる罪は帳消しにしてあげるから・・・」
「・・・・・・・・・(エルククゥ、早く来い。これ以上待たせて俺が仕事に出た後やってこられても、俺はどうすることもしてやれんのだぞ!?)」
「(もしも、もしもの話だぞ? もし仮にお前がミリル以外の女を俺のアパートに連れ込んできた時にミリルが外出して、俺が残っていた場合には・・・・・・彼女に知られないよう匿う方法を俺は知らない。おそらく当局の追跡以上に厄介なことになる。
だから本気で早くやってこいエルククゥ! これはお前の命に関わる大問題だと、俺のハンターとして培ってきた危機感が告げてきているのだから!!!)」
つづく
オマケ『追加のオリジナル設定解説』
エルククゥは部族の出身であるため重火器を操る才能を持っていなかったが、それを補うため知識面では科学技術に詳しく、科学誌などを購読するのが数少ない趣味となっている。
ビビガの飛行船修復に参加するほどの腕はないが、実は彼から色々とヤバい発明品のテストを請け負っており、それらを物語りの中で使用する場合なども存在する。
精神的だけでなく、道具類でもエルクより危険な方向に強化されているオリ主だが、自分の危険度の高さを自覚しているため余程のことがない限りは大人しく定石を守ってもいる。
面倒くさい性格の持ち主だと、本人自身も思わなくもない・・・。