本当はもう少し長いんですけど、文字数的に区切りが良さそうな部分で切ってあります。もし続きが読みたい方がおられましたら書きますので良ければ楽しんでってくださいませ。
――漆黒の夜空が、紅く燃えている・・・・・・。
眼下に広がる森を燃やす、赤い赤い炎に炙られ染色していく夜空には星に混じって、白い巨船が浮遊していた。
純白の飛行船から吐き出されたヒトの軍隊に火をかけられ、森は焼かれ、森に住んでいた人間たちもまた一人、また一人と撃ち殺されていく。
昨日まで精霊を崇める一族の住む隠れ里として機能してきた信仰の里は、一夜にして『里だったもの』へと作り替えられようとしている最中だった・・・・・・。
「お前達、何者じゃ!?」
最後に生き残っていた里の住人たちが、村長を中心に置いて自らを盾にするかの様に巨大な石像の前で立ち塞がって、軍隊の行く手を妨げようとする。
だが、軍を率いる者にとって目の前に立ちはだかろうとしている者たちは、あまりにも脆弱な存在だった。無力で下等で脆弱で。生きている価値もないが・・・今すぐ殺すほどの価値も感じられない。そんな集団。もしくは群れ。
だから鷹揚に、こんな台詞を吐いてやろうという気持ちにもなってくる。
「死にたくなければ邪魔をするな」
彼にしては、人に知られてはならないはずの極秘任務中とは思えないほど本気の助命宣告のつもりであった。
彼らの最終目的が達成されてしまったら、どのみち人類は終わりなのだから、今コイツらを殺そうが生かそうが命日がズレる以上の意味はない。周辺に真相をバラまかれたところで無視できるが故の軍事大国。戦争国家だ。
たかだか人里離れた辺鄙な森の中に住んでいる蛮族共の残党が生き残ったところでなんの問題にも至れやしない。そう思ったが故の親切心、それだけだったのだが、しかし。
「何人たりとも、炎の精霊様には近づけさせん!!」
長とは違う、別の男が怒りのこもった叫び声を上げた。
彼の家族を含む里の住人達を殺戮しながら石像の前まで至った自分たちに向かい、叫ぶ台詞が怒りでも憎しみでもなく『先祖代々受け継がれてきた使命感と一族の誇り』。ただその二つだけ。
「ふっ・・・」
思わず笑ってしまう。笑わずにはいられなくなってしまっていた。
果たして彼らのこの感情をなんと呼べばいいのか、半分ヒトをやめている彼には知りようもなかったが、妙に愉快になれる類いのものであることだけは事実のようだった。
「命を捨てて、精霊の盾となるか・・・それもよかろう」
男が告げると、随行してきた軍服姿の兵士達が一斉に銃口を構えだし、いつでも発砲可能な状態で指示を待つ。
「やれ」
命令以下、放たれた銃弾が男達の胸や肩や腰などの部分に当たっては貫き、当たっては貫きを繰り返し。・・・やがて静かになる。
「どうだ小娘。お前もそこらに転がってる連中と同じ所へ送って欲しいのか?」
「・・・・・・」
男がニヤついた笑みと共に告げた相手は、幼き少女。
村長と呼ばれていた男が大事に抱えていたことから、特別な血筋を引いていることが推測できるが、それだけである。
彼としては、生き残っても野垂れ死にすることしかできない子供一人の生死に深く思案する必要性さえ感じていなかったが、一方で彼らに『罪悪感』の二文字は存在していない。
殺す必要性はないが、生かしておいてやるほどの価値は少なくとも今のところない。
どちらでもよく、どちらだろうとどうでもいい。それが彼の出した結論だった。
「・・・・・・」
やがて少女は、両手を天高く掲げる。
まるで天に祈りを捧げる巫女であるかのように。
まるで振り下ろされた掌から強大な魔法の力を喚び出して敵を焼き尽くす魔神のように。
そして少女は―――
「・・・やめときましょう。
どう見ても、あなた方を殺し尽くすより、私の力が尽きる方が早そうですからね」
両手を天に掲げたままで、命乞い。
正直言って、拍子抜けさせられそうになる。
とは言え、彼個人の趣味趣向でいくならば、目の前にたつ少女は他の何にも勝る特徴を持っていたから、それ以外には目を瞑ってやろうという気にぐらいはなれる。
「ふふふ・・・いい目をしているな、お前・・・。ああ、実にいい目つきだ。
親を殺させた仇を前にして、そこらに転がる死体と同じ物を見る目で見てきやがる。なかなか出来ることじゃない。お前はきっと、いいニンゲンになれるのだろうな・・・」
ネットリとした粘つくような視線を年端もいかない幼女に送り込みながら、指揮官の瞳に欲情の色はない。ただただ悪意と嘲笑と、人間種族全体に対しての侮蔑感のみが顔をのぞかせている。
「おい、この子供を『白い家』に連れて行って教育してやれ。精霊の力を調べるためのサンプルとして親切に丁寧に優しく、正しいヒトとしての教育法を用いてな」
「はい、かしこまりました」
「よし。では、それより先に精霊を運ぶ準備をさせるとしよう。――持ち場につけ!」
『はっ!』
指揮官の号令以下、兵士達が一斉に動き出して精霊を象った物らしい石像に鎖の取り付け作業を開始する。
尤も、石像はただでさえ大きすぎて人力では勿論のこと、モンスターであっても運べる種族は限られてそうな重量物だったから、指揮官も流石にこれの移送にまで強引な力業を用いようとは思っていない。
非人道的行いを好む人格であろうとも、正攻法が出来ないわけでは決してないのである。
「シルバーノアを呼べ。精霊を上から吊り上げさせろ」
「はっ」
傍らに立つ兵士に命令し、彼は言われたとおりに取り出した機械を使って発光信号を送り、上空で待機していた飛行船団の一隻に降下するよう指示を下した。
そして、空から降りてくる純白の巨艦。
腸を晒すようにハッチを開いて、精霊を飲み込むように降下してくるその姿を地上から見上げながら、両手を挙げて降伏したままの少女は『飛行船のことなど』見ていなかった。
船など所詮、人の手による人造物に過ぎない。同じ物をマネして造るぐらい訳はあるまい。
だから船自体に意味はない。問題にすべきなのは、船を操る側がどんな意味を船に感じて、与えているかと言うこと。
つまりは物に抱いた人の意思。それだけが少女の飛行船に対して抱く興味の全てであった。
(・・・前面に描かれてる妙なマーク・・・あれはひょっとして、コッキと言うものなのでしょうか?
お爺さまが持っていらした本の中に描かれていたのと似たマークのように見えますけど、これは彼らにとって象徴的な何かを現す紋章かなにかなのでしょうか? 気になりますねぇ・・・)
その架せられた役割故に他の地域との関わりを断ち、閉鎖的な暮らしを営んできた里の住人達の中で彼女は異端に分類されていた。
外界から僅かに入ってくることがある本が、大のお気に入りだったのである。
そんなもの、里で生まれて里の中で人生を終える精霊を崇める一族の族長の家に生まれた娘には何の役にも立たないと言われ、村八分とまではいかないまでも『忌み子』と陰口を叩かれていた彼女には他の住人達にはない知識が存在し、里を襲ってきた略奪者共にとっての毒として機能し始めていたのだが。
「準備が出来ました」
「よろしい、引き上げるぞ。子供を忘れないよう気をつけてやれよ? 家族を亡くして独りぼっちになった子供を置き去りにするのは可哀想だからな。
サンプルとして丁重に、施設へ連れて行ってやるがいい」
「はっ、承知しました」
その事実に略奪者達は誰一人気づいていない。
子供の手を引く、眼鏡をかけた白衣姿の研究者然とした男でさえも、大人しく自分に着いてくる幼女に対して「素直な子供は扱いやすく楽でいい」程度の感情しか持ち合わせてはいない。
そうして、炎の赤で包まれた彼女の中の思い出の記憶はブラックアウトし、現実時間の夜を包み込む黒一色に染め直されていく・・・・・・・・・。
「・・・む?」
嫌な夢にうなされて薄目を開けると、時刻はまだ夜半過ぎのようだった。
アパルトメントの自分の部屋にあるベッドの上で目を覚ました、略奪者達の手でさらわれていったはずの少女が成長した姿は溜息の後に愚痴を漏らす。
「・・・はぁ。また昔の夢ですか・・・この夢を見ると、その夜はもう眠れなくなるから嫌なんですけどねぇー・・・」
掛け布団を退かし、シーツの上で体育座りになってから高くもない天上を見上げ、ついでのようにオマケを付け加えるのも忘れない。
「挙げ句、この夢を見て飛び起きた夜はろくな事が起きないというジンクスが、最近の私には流行気味なんですけど、今夜はどうかな――――」
ドンドンドンドンドン!!
少女の独白に答えるように、アパルトメントのドアが乱暴にノックされる。
また一つ溜息を吐いて、夜中の騒音により夢の中へと戻る権利を剥奪された、プロディアスの街ハンターズギルドに所属するハンターの少女『エルククゥ』は玄関に向かって歩き出す。
ドンドンドンドンドン!!!
「はいはい、今出ますよ。そんなに力一杯叩かれたら、家みたいなオンボロ高級アパートは崩壊しかねませんのでやめてあげてくださいね?」
眠そうな口調でそう呟き、鍵を開ける。
「エルククゥ、仕事だ! 急いでギルドへ来てくれ。
あとそれから、俺の経営するアパートのどこがオンボロ高級アパートなんじゃい!?」
いきなり招かれざる客に怒鳴り込まれてしまった。
一応、お隣さん家には若いカップルが引っ越してきたばかりなので配慮してやりたいのだが、なぜだか家主本人のダミ声が借り手の安眠を妨害しているという異常事態を目撃してエルククゥは、
「ビビガさん、今何時だと思ってんですか? 深夜に騒音出すのはやめてくださいよ。近所迷惑ですから」
とりあえず常識的な苦情を言うにとどめておいた。
まだ起きたばかりで頭がうまく働いていないのだ。やむを得ないことだと妥協してくれたら幸いである。誰にと聞かれても答えられない程度には寝ぼけている頭だったから。
「ハンターに時間なんて関係あるもんか。時間を選ばず悪い奴が事件を起こす、だから俺達が稼げるんだろ? 安眠妨害ぐらいで文句言うなよ」
「働くのは私たちであって、お隣さん関係ないんですけどねぇ・・・・・・」
割と本気で、部屋を借りている側だけが気にすることでもないと思うのだけども、致し方がない。諦めて割り切ろう。ハンターは過酷な状況に合わせて自分を変化させる適応能力も重要だとかなんとか昔言われたような気がしなくもないから。
「まあまあ、それより早く準備してくれ」
「?? そんなもの、とっくの昔に出来てますが?」
「え?」
言われてビビガは、目の前に立つ自分の半分ぐらいの背丈しかないチッコイ少女のナリを見下ろす。
深夜に叩き起こされたと言うのに、装備一式を整え終えている服装。右手に持って得物の槍。必要となりそうな小道具類を詰め込んである小さめのバッグ。
穏やかな言葉で表現しても臨戦態勢だ。もしくは即応状態と言うべきだろうか? 完全に殺る気満々な姿である。
「時間を選ばず悪い奴が事件を起こすから、私たちハンターは稼げているのでしょう? そのため常に備えているのですから、文句ぐらいは言わせてくださいよ」
悪びれもせず眠そうな態度で宣ってくる年下の相棒に、ビビガは相好を崩させられた。
長年の付き合いから、こういう少女なのだと分かってはいても慣れることは容易ではない。
全く以て面倒くさい奴だと思わざるをえないビビカであった。
「よし、じゃあ行こう」
そして、所変わって【アルディア空港】―――
近日中に予定されているロマリアから送られた女神像の完成披露式典に参加するため、各国から訪れてきた要人達専用の飛行船が所狭しと着陸していた空港のロビーにおいて、今まさに別の式典が催されている真っ最中となっていた。
「キャー! 助けてー!!」
「うるせぇ!!」
バチバチバチバチィ!!!
観光客と思しき女を抱き寄せながら刃物を突きつけ、彼女を助け出そうと近づいてきた空港所属の警備員達の前に雷を落として牽制し、危険な目をして妙な術を使う犯罪者がハイジャック事件ならぬ空港ジャック事件という名のセレモニーを行っている途中だったのだ。
「まだわからねぇのか! 貴様らごときじゃ、相手にならねぇのがな!」
「わ、わかった。君の要求を聞こう」
場合によっては、出血という名のクラッカーが鳴り響き、死体という名の招待客があの世へと招かれる『血祭り』という名の盛大なパーティーに発展するかも知れない事態。
そんな状況下で、人間の犯罪者から空港のロビーを守ることしか教わっていない警備員達の隊長になにが出来るというわけでもない。
なにしろ、研修で教わったとおり犯人に対して要求を聞くだけで精一杯という体たらくなのだから・・・・・・。
「要求はなんだ? いったい何が目的でこんなことを・・・」
「この空港の飛行船の発着をストップさせろ。次の指示はそれからだす。まずは俺の言うとおりにすれば、それでいいんだよ」
「そんな一方的すぎる要求は到底のめない。そんなことでは――」
警備員達の隊長は、空港ジャック犯を利と理で以て説得しようと試みる。研修ではそれが適切な対応だと教わっているからでもあるし、モンスターではなく言葉が通じる人間が相手なのだから話し合えば妥協点ぐらいは見つけられるだろうと考えてのことではあったが・・・。
彼らには根本的に人間の犯罪者というものがまるで理解できていない。
人間の犯罪者を取り締まるエキスパートとして育成された彼らには、『自分たちに取り締まられる側の心理』というものがまるで想像できていなかったのである。
「うるさい! まず俺の言うとおりにしろと言っている! それともテメェら、この女がどうなってもいいってのか!?」
激高して叫び出す犯人。
基本的な事として、人質を取ったハイジャック犯の神経は極めてナーバスな状態になるのが常である。そんな時に冷静な大人の対応をとられてしまえば馬鹿にされたようにしか思われないのは当たり前の発想でしかない。
だから犯人は余計に興奮させられてしまった。そして、その事実に当の発端となった警備員の隊長はまるで自覚できていない。
これが、ギャング達に飼い慣らされることで安楽な生活の保障と地位を与えてもらっただけでしかない空港職員達の実体であり限界だった。
そしてそれは空港の最高責任者である所長でさえ例外ではない。
「発着を止めろだなんて! 今、上空ではセントディアナ号が着陸準備に入っているんだぞ!」
側近の部下に向かって叫き散らす所長。
威勢は良いが、事態に対処するための具体的な指示ではなく現状を言葉にして説明しただけの自分に全く疑問を抱かないところに、彼が空港の最高責任者の地位を与えられた本当の理由があることに気づけていない。
端的に言って、都合がいい。捨て駒としても生け贄としても便利な人柄なのである。
そしてその欠点でもある利点は、彼が側近に選んだ部下にも感染する。
「セントディアナ号と言えば、式典参加の要人が乗っているのでは?」
「!! もしや、それが狙いか!?」
朗読調に述べられた部下の一言に所長は愕然とする。
式典とは、ロマリアからアルディアに『友好の証』として送られてきた女神像の披露式典のことを指しており、世界の半分を支配下に置くロマリアとの友好関係はアルディアの存亡に関わる大問題であることを考えるなら確かに如何なる些事だろうとも全力で対応し、誠意と友情をロマリアに示すことは彼らにとっても最重要課題たり得る事柄ではあるのだろう。
しかし―――
「いったいどうすればいいんだ? こんな奴らじゃいつになったら片が付くかわからんぞ」
所長の中での最重要課題は『セントディアナ号の発着予定時刻を遅らせてしまったこと』への責任問題であり、乗っている乗客達に溜まっているであろう不満と鬱憤からどう自分の地位と権力を守るため責任を他人になすりつけるかであって、犯人への対処は専門家達の仕事だと頭の中で割り切ってしまっていた。自分が空港で起きる出来事全てに対して責任を負わされる最高責任者の地位に就いていることをまるで認識できていないのである。
「はあ、そう思いましてハンターに依頼しました。金さえ払えばどんなことでもする奴等です。素性は知れませんが、腕は確かだと耳にしております」
気のない返事をした後で、素性を確かめてもいない馬の骨たちに人質の命と事態への対処を金で丸投げしたことをノウノウと宣い、疑問すら抱いていないらしい側近。
彼もまた、この事件を他人事として受け止めている一人だ。たとえどんな事態に陥ろうとも責任は最高責任者である所長がとらされるのが筋であり、言われた命令を忠実に果たしてできる限りの対処はして見せた自分にお咎めが及ぶことは決してないと楽観視しているからこその半端に適当な仕事ぶりであった。
どちら共に、自分が責任を取らされるかもしれない未来に、本当の意味で危機感を抱いていないのだ。せいぜい左遷されるか、権力の甘い汁から遠ざかってしまう・・・その程度の認識。
――そんな連中だからこそ、時には劇薬によるショック療法も宜なるかな。
空港への突入方法として、この演出を提案してきたビビガがそう考えていたとしたら、エルククゥとしては本気で迷惑だからやめてください。主に私がと懇願していたのかも知れない・・・・・・。
「どうした!? 早く俺の言うとおりにしろ! さもないとこの女の安全は保証しな――」
男が今夜何度目になるか数えるのも馬鹿らしくなる脅しを、あらためて実行しようとした瞬間。
背後の窓ガラスが砕け散り、窓外から一つの小さな影が転がり込んでゴロゴロと回転した後、起き上がる。
そして、頭を抑えながら一言。
「・・・あいたた・・・・・・もう少しハデじゃなく地味な方法で突入させてくれても良さそうな物だと思うんですけどね・・・。相変わらずハデ好きなんですから、ビビガさんは・・・」
茶色の髪に小さな背丈。空虚な色を瞳に宿した少女が窓を割って、いきなり乱入してきたことに空港ジャック犯は思わず思考を停止させてしまっていた。
「・・・・・・・・・・・・??」
頭の固すぎる警備員と交わす紋切り型のやり取りの直後に、いきなり常識外れの登場の仕方をして場違いにも程がある子供が入ってくる。
あまりにも現実離れした事態に頭が追いつかずに茫然自失となる犯人だったが、それは致命的な油断に直結していた。
命の危険が迫っている中で臨機応変に正しい対応が出来ない者ばかりしか、この場にいなかったわけではなかったからだ。
自分を捕らえていた犯人が、乱入者の少女に気を取られて掴んでいた腕の力を緩めたのを敏感に感じ取った人質の女性が静かに彼の側を離れだし、一定の距離が取れたと見た瞬間に走り出した音でようやく犯人は気がついた。
「!! しまった!」
それに対して乱入者の少女エルククゥは、逆に呆れ顔で犯人を眺める。
「アホですねぇ・・・。単独で人質取って立て籠もるからには、絶対に人質から目を離さないのが基本中の基本でしょうに。
あなた一体どこの田舎から出てきたばかりの素人さんですか? 都会は怖いですから早く実家に帰って家業の農家でも継いだ方が身の丈に合っていて幸せになれると思いますけど?」
「くっ! 黙れぇっ!!」
激高して得物を引き抜き、犯人は追い詰められた劣勢という現実を挽回するため、遭えて気づかないフリをする道を選択する。
どのみち失敗したら後がない彼である。潔く負けを認めて殺されるより、見苦しく足掻いてでも結果的に生存の可能性に賭ける方がいい。そう言う判断の仕方。
「何だてめぇ! 何しに来やがった!?」
そんな相手の心理を、ある程度は洞察しながらも別に感応する義務はなく、エルククゥは礼儀正しく一礼してから頭を下げて上げて微笑して、丁寧な態度で自らの氏名と職業を説明する。
「初めましてハイジャッカーさん。私の名はエルククゥ。あなたを片付けるよう依頼を受けたハンターです。
申し訳ありませんが、邪魔をさせていただきますね? こちらは、これがお仕事なので」
明らかに挑発しているエルククゥの自己紹介は、確かに効果てきめんだった。
「なめた口ききやがって、気に入らねぇな・・・」
底冷えしそうな声で犯人が呟き、それまで纏っていたものとは桁違いに研ぎ澄まされて洗練された押さえ込まれ調整された殺気を放出し始める。
「俺様を怒らせたらどうなるか・・・思い知らせてやる!!」
――こうして始まった二人の戦闘だったが、これはあまりにも犯人・・・アルフレッドにとって分の悪い条件下での戦いである。
なにしろ彼は今の今まで警備員達相手に威嚇目的で術を使いすぎてしまっている。無駄遣いするわけにはいかないし、なにより彼にとってエルククゥは予定にない邪魔者であり、部外者でしかない。
勝ったところで目的は果たせないし、むしろ時間をかければかけるだけ自分だけが不利になっていく一方的なハンディマッチ。
結果は始まる前より、火を見るよりも明らか過ぎていた。
「くそっ・・・こいつ強い・・・」
荒い息を吐きながら相手を睨み付けるアルフレッド。
対してエルククゥは用心深く距離を取りながら、息一つ乱さずに静かな態度で相手を見つめているだけ。止めを刺すため近づいてくる気配すらない。
彼女は自分の体格によるハンディキャップを良く理解しており、その為に選んだ得物である槍の特性も十分すぎるほど把握していたから、敵の消耗を誘う戦い方を得意技としていた。
一定の距離を保ち、敵に寄らず近寄らせず退きもせず。
ただただ自分のペースを保って相手のペースが乱れるのを待ち続ける彼女の戦い方は、現状のアルフレッドにとって最悪の部類に入る相性を持ち、「このままではマズい。せめてコイツの首だけでも取らなければ・・・」と、危険な賭けに出る決意を固めざるえをえない。
「けっ! いい気になるな!」
そう言って彼は自分の使える術の中でもそれなり以上に難度の高い、一日に何度もは使うことが出来ない短距離でのテレポートを使用し、飛行船とつながっているハッチの前に瞬間移動した。
「勝負はまだついちゃいねぇぞ! 決着をつけたければ俺を追って来やがれ!」
そう言って犯人がハッチを潜り抜けて飛行船内部へと逃げ込む様をエルククゥは、ノンビリと窓際に寄りながら見送ると、まるで他人事のように論評する。
「逃げ場のない船に逃げ込みますか・・・まぁ、十中八九以上の確率で罠なんでしょうけど、行かないわけにはいかないんでしょうねぇ、お仕事の内容的に」
肩をすくめて呟いた彼女の予測は見事に的中し、危険が去ったことを知った責任者の方々が次々と彼女に近づいてきて行動と決断を促し始めたのだ。
「ボンヤリ見てないで、さっさと追っかけたらどうだ? その為に高い金取ったんだろ」
「これ以上、乗客を足止めできん。早く始末してきてくれ」
「君が割った窓ガラス代は依頼料から引かせてもらうよ。それが嫌なら早くモンスターを追って仕留めてくることだね」
順番に、ロビーにいた乗客一人守ることのできない空港ロビーを警備する警備員の隊長。
人質の安否を確かめるより腕時計の針が指し示す時間の方が大事らしい空港の最高責任者。
自分のポケットマネーで依頼してきたわけでもないのに予算の無駄遣いを嫌う側近。
――こんな奴等が一丁前の社会人として子供に説教するとは片腹痛いにも程がある。
「もし、モンスターを取り逃がすようなことにでもなったら、もっと引かせてもらうよ」
だから、これぐらいの嫌がらせはしてやるのが礼儀を知る子供として、礼儀知らずの大人に対して示すせめてもの恩返しというべきものだろう。
「だったら――」
「あなた達がなんとかしなさい」
『え・・・?』
槍を降ろし、平然と帰り支度を始めるフリをして見せながらエルククゥはそう言って彼らに背を向け、空港ロビーの出入り口へと向かって歩き出す。
「依頼料は全額お返し致します。そのお金を使ってあなた達が犯人を捕まえて見せなさい。私は家に帰って寝ることにしますよ。なにしろ子供なのでね、夜更かしは身体に良くないんですよ」
「ま、待て! 待ちたまえ!」
平然と告げるエルククゥの反逆に一番慌てふためいたのは側近である。
彼としては金の話でギルド相手に交渉することまでは考えていても、相手から一方的に契約を破棄されることまでは考えていなかったのだ。
今から他のハンターに依頼するのは無理がありすぎる。なんとかして彼女に押しつけたい。その一心で別の方向から脅迫の種類を見つけ出す。
「そんなワガママが通るとでも思っているのかね!? うちだけではないぞ! 君自身のハンターズギルドにおける地位と信頼も揺らぐことになる! 組織というのは君の考えているほど甘い場所ではないのだよ!」
「そうかも知れませんね。ですが、別にあなたが心配する必要の無いことでしょう? 違いましたか?」
「そ、それは・・・・・・」
「どうせ被害を受けるのは私だけなんですから、どうぞお気になさらずに」
言葉を失い沈黙せざるを得なくなる側近。
続いて彼女が水を向けたのは、本来この役割を率先してこなさなければいけない代表者。
「ですが、確かに大変な事態ですからね。私も事態解決に協力するのは吝かじゃありません。
なので貴方。警備員の隊長さん。貴方に依頼させてもらいます。私がもらったのと同じ額の報酬をお支払いしますから、とっとと犯人を追っかけて捕まえてきてください。お願いします」
「はぁ!? バカバカしい、何だって俺がそんなことさせられなきゃなんないんだ――」
「高いお金払ってあげるのです。さっさと追っかけなさいよ、役立たずの給料泥棒が」
「・・・・・・」
不愉快そうに顔をしかめながら、それでも反論することは出来ない警備員の隊長。
下手なことを言ってしまい、本当に犯人捕縛の任を押しつけられたら堪ったものではない。そう思ったからこそ沈黙は金の砦に引きこもるのが一番の選択だと判断したからだ。
「・・・・・・・・・」
最後に残った所長には、ただ無言で視線を向けただけだ。
たったそれだけで彼は慌てふためき視線を泳がせ、誰か自分の代わりに責任を取ってくれる存在を必死に捜索しはじめる。
溜息しか出てこない現状に、思わず本気でこのまま帰ってやろうかと決断をせかす目的で入り口の方へと一歩近づく。
すると―――
「待ちたまえ。モンスターが退治されるまで、誰一人通してはいけないと命令を受けている」
空港入り口を固めていた警備隊員達が偉そうな顔して通せんぼをして下さった。
「大臣だろうがハンターだろうが通すわけにはいかないね。外に出たいんだったら、早くモンスターを倒してきてくれ。俺達だって早く家に帰りたいんだからさ」
つい今し方、モンスターがハッチを潜り抜けてロビーを出て行く後ろ姿を黙って見送っていた方々とは思えないほど勇敢なお言葉にエルククゥは感動のあまり思わず心が熱くなるのを抑えることが出来なくなる。
「・・・殺されたくないなら道を開けろ。そこを退け。
モンスターでも大臣でもなく、ハンターでしかない私であっても、お前達程度のザコなら今すぐ殺し尽くせるんだぞ・・・?」
『・・・・・・(ビクッ!?)』
少女の瞳に危険なナニカを感じ取り、思わず後ずさる警備員達。
殊この場に至り、ようやく彼らは気づき始める。
――コイツはまともじゃない。
モンスターの見た目はしてないけど、中身はモンスターと同じ別のナニカだ。
自分たち人間とは違う、バケモノどもの同類なんだ・・・・・・と。
「・・・・・・ちっ」
不快げに舌打ちして踵を返し、当初の予定通り犯人の後を追い始めるエルククゥ。
ほんの出来心からはじめたイタズラで思わぬ時間を取られてしまった。
おまけに気が重い。足取りさえ鉄球付きで引き摺るような速度で歩かざるを得なくなるほどに。
(失敗しましたね・・・。こんな気分になると知っていたら、あんなバカなことは言わなかったのに・・・)
覆水盆に返らず、言ってしまったことは取り消せず、過ぎてしまった過去はやり直せない。
今まで何度も同じような過ちや間違いを繰り返してきたのに、また自分は繰り返してしまった。つくづく自分を含めた人間という生き物は学ばない連中だと思わずにはいられない――
「あ、君。ちょっとだけ待ってくれないか」
「あ?」
不愉快になりながら犯人追跡のためハッチを潜る寸前に呼び止められたせいで、思わず柄の悪い返事をしてしまった彼女の視線の先に立っていたのは警備員達の一人。
その中でも、自力で脱出した人質の女性の前に立って微動だにしなかった人物だったことを思い出し、エルククゥの口調と態度は少しだけだが柔らかさを取り戻す。
「・・・私になにか、ご用でしょうか?」
「これを。先程の女性から君に渡すよう頼まれた物なんだ」
そう言って手渡された布を見下ろした彼女の唇は、微妙な形にほころんでいた。
僅かに塗られた口紅が、文字を綴ったものだったから。
「書いてあることを直接言うだけなので必要ないかも知れないが、“ありがとう”と。“貴方のおかげで助かりました”と」
「・・・そうですか・・・」
「それとこれは本来、私が言っていい筋のものではないのだけれど・・・・・・」
「・・・・・・?」
「人質が助かって本当に良かった。君のおかげだ、礼を言わせてくれ。ありがとう・・・」
「・・・・・・・・・いえ、仕事ですから」
一礼し、丁寧な仕草で布を懐の内に仕舞い込んでからもう一度頭を下げてハッチを潜り抜け、遅れを取り戻すためにも全速力で走り出す!
そして呟く。
「・・・あの夢を見た夜は碌な仕事が舞い込まないものと決めつけていましたが・・・・・・どうやらジンクスなんて当てにならないみたいですね」
「この調子でいけば、まだ何か面白い出会いが今夜中にもう一人ぐらい待っているかも知れません。仕事にお金以外の理由でやる気が出るのは良いことです」
――楽しそうに呟いた、この時の彼女はまだ知らない。自分の進んでいる飛行船の向こうに待つのが空港ジャック犯などと言う小さな事件ではなく、世界の未来を決める運命の闘いなのだと言うことなど知る由もない。
そして勿論、その旅を共にする一人の少女との出会いも、一人の幼なじみ少女との再会が早まることも、今夜の彼女はまだ知らずにいる。知らないまま前だけ向いて走り続けていく。
精霊と魔物と人間による、アークを巡る戦いの第2ランドが想定外の介入者による乱入で装いを新たにする日まで後少し―――
オリジナル主人公の設定:
エルククゥ
原作のエルクに当たるポジションにいるオリジナル主人公の少女。
彼と同じで『炎使いの一族』の一員であり、アルディアの先住民族ピュルカの末裔であるのも同じだが、生まれつき操る炎の色が不吉な青色をしていたことから『忌み子』と呼ばれ、嫌われ者として生きてきた過去を持つと言うオリ設定。
古い伝統と因習に縛られた閉鎖的な村特有の悲劇であったが、これが却って彼女に盲目的な正しさへの狂信や狭い視野への疑いを抱かせる切っ掛けにもなっており、現在の彼女を構成する重要な要素にもなっている。
実はロマリア軍に村が襲われたときに精霊の前に立ちはだかっていたのは祖父と父が彼女の力で侵略者を撃退してもらおうとしたからであり、外敵から精霊を守るための『兵器』として育てられていたことを示唆している。
虐待されたわけではないが、その頃の記憶が影響して誠実でない大人に対して過剰な攻撃衝動を抱きやすい。
その一方で、誠実な大人に対しては本人も意外なほど大人しくなるなど、エルクとは別のトラウマが現在の彼女の行動と心理に陰を及ぼしている。
今作限定ヒロイン:ミリル
原作における悲劇代表みたいな女の子。今作ではなんとメインヒロインに昇格している。
『白の家』から脱走するとき、エルククゥの性格が外道過ぎたおかげで結果的に助かったという異色の経歴を持つ美少女ヒロイン。
ただし、その後シュウに拾われてから体質的な理由により薬の禁断症状に襲われ、長い闘病生活とリハビリが必要だったという悲劇的な部分は受け継がれてしまっている。
記憶の欠落は禁断症状もあって、原作のエルク並。その代わりとして水の術が使えるようになってはいるけど気休めにもならない程度の幸運だろう。
お姉ちゃんぶりたい年頃であると同時に、たった一人の家族に甘えたい願望も持っている微妙に不安定な年頃の女の子。
これらの事情からエルククゥに対して依存心が高く、ややヤンデレ気味。
原作エルクによる暴走シーンを受け持つ関係から、側に置き続けるわけにもいかずリハビリとか定期検診とかの理由をこじつけてシュウの元で助手をさせている。
ただし、一ヶ月に一度は会いに行かないと怖いことになってしまうので注意が必要。
ぶっちゃけ、リーザをシュウの元に連れて行ってかくまうとき最大の障壁。
女同士で女の子一人を取り合うなんてマジ勘弁してくださいと思いながらも、常にエルククゥが優先順位の1位と考えている相手でもある。
要するに、相思相愛。
一応、性倫理的に問題あるよなーと、エルククゥの方は思ってる。ミリルの方は知らん。知るの怖いですし。byエルククゥ