試作品集   作:ひきがやもとまち

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ZERO版が終わってから始めようと思っていた、Stay night版の『もしもセイバーがオルタ化してたら』を待ちきれずに書いてしまったので投稿しておきます。
尚、この作品に登場するセイバー・オルタさんは作者の願望が多分に混じってますのでオリジナルとは一緒くたにしないでくださいませ。


もしも士郎が喚んだセイバーがオルタ化してたらStay night

 ――その場所は王の支配する最後の王国だった。

 

 守ると誓いをたてた愛すべき祖国。

 異民族から守り抜くべく戦い抜いた祖国。

 仲間や配下とともに駆け抜けた祖国。

 思い出の詰まった誇り高き我が祖国・・・・・・ブリタニア。

 

 その最後の領地となったカムランの丘には誰もいない。ただ、王だけが存在している。

 守るべき民も、指揮すべき兵も、倒すべき敵の屍すら見当たらない、ただ無数の武具だけが墓標のように立ち並んでいる無人の荒野。カムランの丘。

 

 時間の流れより切り離されて、未来永劫に時の価値が損失してしまったこの場所こそが。

 彼の名高き騎士王アーサー・ペンドラゴンが王として君臨し、守り続けている最後のブリタニア王国。その残された微量な領土だった・・・・・・。

 

 

「・・・・・・」

 

 その丘で王はただ一人、俯きながら待ち続けていた。

 守り切れなかった祖国を守り抜くため、自分より相応しい王が選ばれる可能性へと至る、奇跡という名の機会を。今一度のやり直しを。今度こそ正しい政によりブリタニアの民が永遠なる幸せと幸福を笑顔で享受できる国となってもらうために――っ!!!

 

「・・・・・・?」

 

 不意に王は顔を上げる。

 視線の先、灰色の雲に覆われた空の中央に黒い太陽が見えた。――待ちに待った奇跡をつかめる戦いへの参加資格が訪れたのだ!!

 

「あれは・・・まさか・・・っ!?」

 

 王は“其れ”に向かって手を伸ばす。

 掴み取ろうとして地上の理に逆らい、体を浮き上がらせようとする。

 

「アレは聖杯だ! 私は・・・私はアレを手にするために・・・・・・!!」

 

 熱に浮かされ、妄執に駆られたようにギラついた瞳で其れを取らんと手を伸ばす王。

 ――そこに“待った”を掛ける声がかかった。

 

『やめておけ』

「何故だ!? 私はアレを・・・、アレを手にするために! その為だけに今まで数多くの犠牲を・・・っ!!!」

『だから、やめておけと言っている』

 

 有無を言わさぬ制止の声。背後から伸ばされた左手に掴まれる肩。

 一度は浮かび上がりかけた身体を冷たい地ベタへ引き釣り降ろそうとする妨害者。

 その全てが、今の王にとってブリタニアを救う道を阻む外敵としか思えない。

 

「――っ!! 誰だ! 私の邪魔をする者は許さ―――――」

 

 振り返りざま、迸り掛けた罵倒は途中で止まり、王は呆然と立ちすくみながら其奴を見つめる。

 其奴は自分とよく似た、くすんだ色の瞳に酷薄な笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。

 

『私が誰か、だと? そんなもの、見れば解るだろう?

 私は、お前だよ』

「・・・・・・っ!!」

『もう一人のお前。お前が選ばなかった道を選んでいたお前。人々が抱く幻想によって紡がれた英雄たちにあり得たかもしれない可能性という願望。それが姿形を得て実体化した者。

 即ち、アルトリア・ペンドラゴン・オルタ。黒く染まった暴君としてのアーサー王だ』

「お前が・・・・・・私っ!」

 

 王は叫んで手を振りほどき、道を誤った己と対峙するため剣を構える。

 

『お前の夢はとうの昔に終わり、過ぎ去ってしまっている。

 王として抱いた祈りも誇りも、全てはこのカムランの丘で果てていたのだ。

 ・・・いい加減、見果てぬ夢を取り戻すため終わらぬ悪夢を見続けるのはやめにしないか? 我が内なる心の光、アルトリア・ペンドラゴンよ。

 どのみち今のお前に見ることが出来るのは、真の絶望に染まった未来だけだぞ?』

「黙りなさい! 貴女は道を違えた私の虚像・・・この手で消し去らなければ騎士道に悖る!

 何故ならそれが、私が騎士王として報じた騎士の正義なのだから!!」

 

 

 

『そしてまた、死体の山を築きにいくのか?

 自らの信じる正義を貫くため、無垢なる犠牲には目を瞑り、ただただ終わってしまった過去をやり直させるため、今の犠牲を許容しながら血塗れの正義の道を更なる血で塗装しながら、カムランの丘を繰り返すために。ただそれだけのために』

 

 

 

 ――騎士王の剣は止まった。彼女自身の動きも止まってしまっていた。

 顔中に冷や汗が浮かび、半死人には無意味な心臓の鼓動が大きく脈動し、動悸と目眩で目の前の景色がきちんと見ることが出来なくなっていく。

 

 

『国の滅びは王の失政によるものだ。王以外に誰の責任でもない。民も兵も指揮した騎士たちも全て、王のせいで戦って散った。命を落とした。王がその判断の失敗により殺してしまった命なのだ。

 王はその罪の重さを、一生涯背負い続ける義務と責任を持っている・・・』

「そ、そうだ・・・その通りだ! だからこそ聖杯を・・・聖杯を手にして選定のやり直しをしてもらいたくて! 私ではなく、もっと相応しい王が選ばれていたらブリタニアは・・・ブリタニアはきっと今も!!!」

『なればこそ』

 

 毅然とした口調と冷たい視線でオリジナルを見つめ、哀れみにも似た情感のこもった一瞥とともに。

 黒く染まって暴君となった騎士王は、厳然とした事実を付け加える。

 

『外法にすがり、条理をねじ曲げてまで無かったことにしていいものでは絶対にない。

 罪とは過ちであり、過ちとは正当な報いとして裁きを受けなければならぬものだからだ。

 王自身が自らの信じる正義のため裁きを逃れ、法を犯そうとする国に未来など無い』

「・・・・・・っ!?」

『貴様は世界からの誘いを受けてしまった、その時点で祈りも誇りも、王としての責任さえ自らの選択により投げ出してしまっていたのだ騎士王よ。もし貴様が真にブリタニアを愛し、王として最期まで皆とともに生きようとするならば、こんな所に来てはいけなかったのだ。

 このような最果ての土地に、自分の愛した祖国を寸土といえども売り渡してしまった王に、王を名乗る資格はない』

「わ、私は・・・私は・・・・・・私はぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!!」

 

 泣き崩れるように頽れて、頭を抱え込み現実から目を逸らそうとする王。

 言い返したい言葉はあった。主張したい正義もあった。否定したい相手の言葉は山のようにあった。――そのはずなのに。

 

「・・・・・・・・・」

 

 王は黙して語らず、一言も無いまま沈黙の砦に立てこもり続ける道を選んでしまった。

 長すぎる時間が彼女の願望を妄執に変え、英雄の死を怨霊へと変質させてしまっていた事実にようやく気づいた、気づかされたブリタニアの騎士王にはもはや戦う力など残っていなかったのだ。

 気力だけで頑張ってきた。立ち上がってきた。剣を振るい続けてきた。

 それら今までの彼女を支え続けてきた糸がプツンと切れたとき、騎士王アルトリア・ペンドラゴンには長い休息の時間が必要な状態になってしまっていたのだから・・・・・・。

 

 

『もう休め、私の分身。お前のように心の弱い者は見ているのが辛くなる。

 今回は私が代わりに征ってやる。だからお前は、夢見るためにも今だけは休むがいい・・・。子供には良い夢を見るため寝るだけでなく休むことも必要なのだから・・・・・・』

 

 

 そう言い残し、アルトリア・オルタは地を離れ、天に輝く黒き太陽のもとへ登っていく。

 そんな自分の分身に手を伸ばし、足を引きずり下ろしてやることは王にとって難しいことではなかった。

 だが、出来なかった。

 彼女はただ俯いたまま地面を見下ろし、自分に残された最後の領地を感情の消えた瞳で見つめ続けるだけだった。

 

 いつまでもいつまでも、彼女は俯き、見つめ続けていた。

 このカムランの丘で。永劫と一瞬の区別に意味がなくなってしまったこの場所で。

 彼女はただ、自分の守り通してきた国の切れっ端を見下ろし続けていた。

 

 その瞳は今でも未来でもなく、過ぎ去って永久に取り戻せない場所に行ってしまった遠き日の光あふれたキャメロットを。仲間たちと過ごした思い出を眺めているかのようであった・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

「え―――?」

 

 それは目映い光の中、いきなり背後から現れた。

 

 ギィィィッン!!!

 

「なに・・・・・・!?」

 

 標的の心臓を狙い違わず一撃で仕留めるはずだった魔槍が弾かれ、予想外の強敵の出現により槍兵の英霊はほんのわずかだけ蹈鞴を踏まされる。

 

「――本気か、七人目のサーヴァントだと・・・!?」

 

 弾かれた槍を構え直し、英霊は自分に迫り来る少女の手にした得物を防ぎきりながらも、戦場の不味さに舌打ちする。

 

「く―――っ!」

 

 敵の得物は剣。こちらは長柄の長槍。土蔵という限られたスペースしかない空間では、圧倒的に敵方が有利。自分は不利。

 

(――ここじゃダメだ。やり合うにしても仕切り直す必要がある!!)

 

 そう判断して土蔵を飛び出す槍兵の男。

 その後ろ姿を見届けてから、彼女はようやく静かな態度でこちらへ――衛宮士朗という名を持つ少年の方へと振り向いた。

 

「――――」

 

 信じられないほど、美しい少女がそこにいた。

 酷薄そうな灰色の瞳も、くすんだ金紗の髪も、時代錯誤な黒い甲冑でさえも、綺麗すぎる彼女の容姿にケチを付けることは不可能だったから。

 

 相手の少女は何の感情も映さぬ瞳で自分を見据え――僅かに一瞬だけ目を見開く。

 

(・・・似ている)

 

 そう感じたのだ。

 目の色も髪の色も体格も身長も、瞳に映った感情の揺らめきさえもが全くの別人でありながら、どことなく彼女には以前までの自分が見たマスターと目の前で腰を抜かす少年が似ているように感じられたのだった。

 

 ――それは、どこかの平行世界でアホみたいな偶然により、たまたま心を通い合わせることに成功した彼女と士朗の養父、衛宮切嗣とが起こした奇跡だったのかもしれなかったが、そんなこと知る由もない平行世界のアルトリア・オルタさんは『まぁ、よい。問題にはならん』と合理的に判断して話を進めることにする。

 

 

「問おう。貴様が私のマスターという奴か?」

「え・・・・・・マス・・・・・・ター・・・・・・?」

 

 凜とした尊大そのものな態度と声音でそう問われ、士朗は唖然としながらオウム返しに言われた言葉を繰り返すだけ。

 

 聖杯戦争に巻き込まれただけで碌な知識もない彼には、彼女が何を言っているのか解らない。何者なのかも判らない。

 今の彼に判ることと言えば、この小さくて華奢な体をした偉そうな少女も、外の男と同じ存在と言うことだけ。

 

 即ち―――人間じゃない。

 そんな矮小すぎるカテゴリーには収まりきらない、別の超常的なナニカ。

 それだけだった―――。

 

 

「・・・おい、どうしたマスター。何故返事をしない。何故黙りこくっている。相手から声を掛けられておきながら沈黙を返事とするなど無礼ではないか。仮にも私のマスターを名乗るなら、礼節ぐらいは弁えよ」

「え? あ、はい・・・・・・」

 

 有無を言わさぬ強い口調で説教されて、基本的には礼儀が大事な日本人らしい一般人感覚の衛宮士朗は反射的に謝ってしまっていた。

 

 ・・・何というか、人間のカテゴリーには収まりきらないはずの存在であることが判りきってる存在なのに、妙なところで極端に等身大の人間くさい所を持つ少女であった。

 

 無理もない。なにしろ彼女は暴君。法による厳粛な統治をこそ望み、規律と統制を重んじるアルトリア・ペンドラゴンが選ばなかった可能性の一つ。

 なのでぶっちゃけ、口うるさくて規律規律とやかましくて法律絶対主義な順法精神あふれるサーヴァント。

 そんなの奇跡使って喚び出されたところで正直困るだけな気がするのは魔術師たちだけか・・・?

 

 

「ふん。気の抜けた返事だが・・・まぁいい。一先ずは義務を果たすとしようか。

 ――サーヴァント・セイバー・オルタ、召喚に応じて参上してやった。

 それで? マスター、早く指示を。私はどこの誰と戦って、蹂躙してやればよいのだ?」

「・・・・・・は?」

 

 二度目の声。命令口調の其れ。

 彼女が発した、マスターという言葉と、セイバー・オルタという響きを耳にした瞬間、士朗は左手に焼きごてを押されたような痛みを感じ、思わず右手で左手の甲を押さえつける。

 

 それを気にした様子もなく、少女は静かに淡々と可憐な顔を厳しい表情で顰めさせた。

 

 

「は、ではない。貴様が決めろと言っているのだ。なにしろ今の私は王でも騎士でもなく、単なるサーヴァントでしかないのだからな。

 私は貴様が勝利を得るために振るう剣であり、貴様を守る盾であり、貴様の運命を切り開くための武具でしかない。貴様が何と戦い、どうしたいかくらい自分で決めろ。

 私はその覚悟と決意が折れ砕けるまで貴様のための剣として戦ってやるために召喚に応じ、ここに契約を完了してやっただけの存在に過ぎぬのだから」

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・????」

 

 

 士朗、混乱。全く訳がわかりません。

 それもまた無理のないことではあったのだけれども。

 

 ――何故なら本来この場にいるべきはずだった存在は、聖杯に固執して怨霊と化した青いアルトリアさんであるはずだったのだから。

 前回で失敗し、惜しいところでマスターに裏切られ(彼女の主観)聖杯を手にできないまま、無念と悔しさだけを胸にカムランの丘へと出戻りさせられた記憶引き継げる系サーヴァントという特殊な性質を持つ彼女は、とにかく聖杯が欲しくて仕方がなかったし、聖杯さえ手にできるならマスターの意思など問題視しなくなるほど焦ってもいた。

 オマケに前回喚び出されたマスターとの相性が最悪だったこともあるし、生前に知り合ったとある性悪魔術師の件もあり、魔術師という存在そのものに不信感を抱かざるを得ない事情を抱えて二度目の召喚に応じた、謂わば『魔術師不信』なサーヴァントだったのである。

 

 士朗がたまたま彼女の意思を尊重してくれて、使い魔や道具ではなく同じ人間として見てくれる魔術師らしくない魔術使いの青少年で、しかも料理上手という味が雑なブリタニアで生まれ育った騎士王にとっては何より大事な要素を備えていてくれたからこそ暴走しづらかっただけであって、喚び出された最初の時点では士朗のそんな長所のことなど知る由もない以上、怨霊らしく聖杯ほしさに突撃して

 

「その首置いてけーっ! 私が聖杯を手にするために―――っ!!!」

 

 な、某聖杯戦争では喚び出せない日本の英霊(恐らくはバーサーカーオンリー)を彷彿とさせる戦い方から運命の出会いの夜を開始してしまったとしても仕方のない訳ありサーヴァントさんだったのである。だから仕方がない。

 ・・・いやもうホント、どうしようもないから仕方がないと諦めるより他にないんだマジで・・・。

 

 

 が、しかし。

 今ここに喚び出されて契約が完了したアルトリア・オルタは、青の代理で来ただけのサーヴァントである。

 聖杯に執着はないし、ぶっちゃけ『万能の願望器などまやかしだ』と決めつけている合理主義者なのだ。

 

 前回の失敗に関する記憶は共有しているものの、復讐の念に駆られて命令もなしに突撃していく無能な配下は自らの手で有無を言わさず切り捨てることを信条とする、血も涙もない暴君少女にとっては『全体の利益のため個人としての願望など切り捨てられて当然』のものでしかない。

 

 王が起こした戦争で得た勝利も敗北も、戦争責任も全て。王が担わなければならない物だ。王が背負わなければならない義務を持っている物なのだ。

 だからこそ王は、その戦争で戦う相手も理由も目的もすべて、自らの意思と判断で決めなければいけない義務と責任を持っている。他の誰にも変わることが出来ない重すぎる責任と義務という不自由を・・・・・・。

 

 

 ――まっ。要するにこの場合、マスター(この場合は王)の指示あるまで待機。全部お前が決めて、お前が指示しろ。自分はそれに従ってやるからと言う、何も知らないで巻き込まれただけの少年には酷すぎる言い分を主張してきているわけなので、当然ヘッポコマスターの衛宮士朗としては慌てるしかない。慌てる以外に一体何が出来るというのだろう? マジでわからん・・・。

 

「ちょ、え、な、契約って、なんの―――――っ!?」

「・・・ん? おかしな事を言うマスターだな。貴様は聖杯戦争に勝つため、私を召喚した魔術師であり、マスターとして聖杯戦争を勝ち抜き聖杯を手にしたいと望んだ俗物の一人だったのであろう?

 ならば今更そのような初歩を説明してやる必要はないはず――ひょっとして、違うのか?」

 

 セイバー・オルタが途中からいぶかしげな声になって訊いてくる。

 これに対して士朗としては素直に答えるしかない。

 魔術師の端くれとして契約という言葉がどんな物かは理解できてるつもりでいるけど、実際には自分の住んでる土地が他の魔術師の領地で上納金納めないとマズいことになるとか、納めておけば色々と正規の魔術知識を教えてもらえたかもしれないことすら知らない独学で魔術師を夢見てるプロ野球選手志願な草野球少年みたいなものなのだ。

 

 ハッキリ言って、知識面においては何の役にも立たない。むしろ、お荷物確定なヘッポコマスターなのだから仕方ないのであった・・・・・・。

 

 

「・・・・・・何のことだか、まったく記憶に御座いません・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・え~・・・」

 

 思わず小声でらしくないこと口走っちゃう程度には、セイバー・オルタにとっても想定外な事態だった。

 なにしろ我が身はサーヴァント。聖杯の寄る辺に従い、聖杯戦争に勝利することを目的とした魔術師たちが勝利するため選別して喚び出されること前提の存在なのだ。

 間違っても『聖杯戦争のことすら知らないマスターに喚び出される』前提の存在ではない。

 

 もしかしたらそういう事例もあったやもしれないが、それで喚び出されて何の問題もなくマスターと上手くやっていけるサーヴァントなんてバーサーカーぐらいなものであろう。

 もしくは理性失ってる狂った英霊とか。具体的には前回戦ったフランス百年戦争後に色々やってた元帥とか。

 アイツだったら多分、マスターが何も知らない素人だったとしても性格次第では上手くやっていけるかもしれない。マスターとは面識ないから知らんけれども。

 

(・・・参ったな・・・これならいっその事、青いのに任せて私は脇から見物していた方が余興としては楽しめたかもしれない・・・。

 あいつには目的があり、目的しかなかったから存外このマスターとの相性は良かった可能性もあるからなぁ・・・)

 

 そう思い、軽く後悔するセイバー・オルタ。

 目的のまま猪突したがる最強クラスのサーヴァントと、それに振り回される素人魔術師のマスターという図式が容易に想像することが出来る。

 もしくは、似た性質を持つ者が喚び出されやすい繋がりで、このマスターも突撃癖があり、お互いに迷惑掛け合いながらも悲喜こもごもしながら色々やって傷だらけになってから帰ってくるとかの展開もあり得そう。

 

 自分の時代には流行りそうにないが、当世までの歴史上にはそういう逸話を持った英霊たちが多数存在していることを聖杯から与えられた現代知識で教えられてる彼女としては内心ため息をつかざるを得ない。

 何というか、自分とは相性の悪い時代に喚び出されたものだなぁー、と。

 

 

「・・・・・・まぁいい。いや、良くはないが一先ずはいい。とりあえず“アレ”に、お帰りいただくぞ? マスターのことやらサーヴァントのことやら聖杯戦争やらについて説明してやろうにも、狂犬に睨み付けられながらでは居心地悪く集中できなかろう?」

「なっ!?」

 

 困惑するマスターからの問いに答えてやるためにも、まずは邪魔者にご退場願おうと優雅な仕草で親指を指した土蔵の扉の外にいるのは、未だ槍を構えたままの男の姿。

 

 まさか、と思う間もなく騎士風の少女は躊躇うことなく土蔵の外へと歩みを進め、扉を蹴飛ばし外へ出て行く。

 

「ま、待ってくれ!」

 

 思わず痛みを忘れて立ち上がり、少女の後を追う。

 いくらあんな物騒な格好をしていても、自分より小さい女の子が、あの男に敵うはずがない。そう思ったから。

 

「やめろ!」

 

 そう叫んだ声で相手は立ち止まり、ため息とともに振り返る。

 そして士朗に、毅然とした態度で言い放つ。

 

 

「・・・今の貴様には何も出来ない。何も知らず、何も判らず、ただ闇雲に剣を振るうだけで守れるものなど何もない。

 それどころか、戦う意義さえ見いだせていない男には戦場に立つ資格すらもない」

「・・・・・・!!!」

「だから、今回だけは私に甘えていろ。その代わりに次までには己の戦うべき理由と目的を考え出し、自らを納得させておけ。

 それがどれほど稚拙で我が儘で子供じみて幼稚な夢幻だったとしても、己が信念と覚悟の下『自分がそうしたい』と望んだ戦いに掛ける意思であるなら、私は笑うことだけは決してしないと約束してやる」

 

 

「だが、自らの信じ貫き他人を犠牲にしてでも成し遂げたいと願う覚悟を持って掲げる、『己が正義』という名の旗を掲げることさえ出来ぬと言うなら、貴様はそれまでの男だ。

 その程度の心弱き者が、他者の願いと命を賭した戦いを邪魔しようとするなら私が殺す。その首をもらい受ける。

 ・・・自らの誇りも夢も失って、それにさえ気づかぬまま独りよがりな願望を勘違いしたまま走り続けた者を見るのは、もう十分だからな・・・」

 

 

 言葉を失って立ちすくむ士朗を背に置き去りにして、セイバー・オルタは今度こそ本当に土蔵の外へと歩み出る。

 

 待つべきは戦場。騎士の本懐にして、居るべき場所。騎士の名誉も栄光も戦場にしか存在せず、存在してはならず。

 ただ剣のみに依り、我が『厳粛な法による統治という名の正義』が貫かれるを由とする。

 

 

 

「待たせたな、槍兵の英霊。では、始めるとしようか・・・・・・。

 私たちの覚悟と信念を貫き、押しつけるための戦争をな!!」

 

 

 

 

オマケ『聖杯番外戦争』

 

オ「な・・・っ!? 馬鹿な・・・あり得ない・・・。聖杯は時代を超えて喚び出される英雄豪傑たちが現代という特殊な戦場で戦えるよう現代知識を与えてくれるという話だったはずだ・・・しかし! これではあまりにも話が違いすぎるではないか!?」

 

ラ「フッ・・・俺を見ただけで何をそんなに驚いているセイバー? まさか怖じ気づいたわけでもあるまい? もしそうだとしたら見かけ倒しも甚だしいな。今少し骨のある奴かと思っていたのだが・・・これは俺の見込み違いという奴だったのか―――」

 

オ「なんなのだ!? この変態青タイツ槍男は!? こんな変態が真夜中に家屋へ槍を持って押し入る姿を英雄としてイメージするなど、現代人の頭はどうかしているとしか思えないぞ!? いったい何があったのだ未来!?」

 

ラ「変態とか言わないでもらえません!? むしろ俺が一番聞きたい部分だよそれは! なんだよコレ!? なんで俺はこんな格好していたと思われてんだよ!? こんな服、俺の時代には存在したことねぇよ! 現代人はあったまおかしいと思ったのは他の誰より先に俺だよ俺! 間違いなくな!!」

 

士朗「・・・・・・ううう・・・(この場における唯一の現代人。なれど責任はなし)」

 

オ「・・・・・・もしかして、槍を持ってるせいではないのか? そういう趣味趣向がこの時代には人気があると、今聖杯から知識が供与されてきたのだが・・・」

 

ラ「本当に碌でもない知識を教えてくる碌でもない聖杯だなぁオイ!? 絶対に呪われてるだろコレ!? もしくは悪意しか込められてないだろ絶対にさぁ!? こんなの取り合って勝ち残るために死力を尽くす聖杯戦争って何なんだ――――っ!!!!」

 

 

 …英雄。それは人々が夢と幻想とともに思い描く本人じゃないイメージ上の存在…。




書くまでもないかと思い、書き忘れていましたが念のための補足です。
ランサーがグダグダ話してるセイバー・オルタに攻撃しなかった理由について。


「背中向けて構えてもいない奴に襲い掛かれるか。犬じゃねぇんだよ俺は」


――以上です。

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