試作品集   作:ひきがやもとまち

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大分昔に「恋姫無双」で言霊を見てみたいとの要望があり、『北方版・三国志』を基にして少し前に途中まで書いていたのを今の今まですっかり忘れていたので投稿させて頂きました。
ただし、『途中まで書いてあったのを思い出した作品』ですので中途半端です。
続きは思い出した時にでも書ければいいなと思っております。

*話の順番を変えて、「言霊×お子様主人公のサスペンスもの×ゴールデンカムイの海軍コラボIF作品」を、二作分上に移動させました。
この二つは続けるつもりだからというのが理由です。ただそれだけですのでお気になさらずに。


北方版 真・恋姫無双(蜀ルート)

 三番目に出した斥候の二人が戻ってきたのは、明け方近くのことだった。

 

「驚きました。言われた通り、ここから北八十里先の地点に二百人ほどの賊が手ぐすね引いて私たちを襲うため待ち構えていました。数を恃んで押し潰すつもりなのでしょう。立派な武器を持った二百人が横列に並んで人垣が出来ているかのようでした」

「・・・バカなんですかね? その賊さんたちは・・・・・・」

 

 斥候の若者から報告を聞いた少女が小首をかしげ、不思議そうな声を出す。

 

 彼女の背後には二十三人の若者が、六百頭の馬と共に控えている。

 中でも三人ほどが二十人の男たちが作る輪から外れて、ジッとこちらを見定めようとしてする観察の瞳で眺めてきていた。

 

 ・・・ただ、三人の中心に立つお人好しな人柄が顔から滲み出ている一人だけは昨日からずっと話しかけたそうな素振りを見せては窘められていた様子ではあったが・・・。

 

「ほぼ間違いなく、奪い返された馬を驚かせて逃げられないため、率いている私たちが一塊になってるところを押し包んで皆殺しにする腹なのでしょうけどね。

 “たった二百人”の馬に乗った野盗が六百頭もの馬群を前に数を恃んで並んで待つなんて、自殺願望以外の何物でもありません。こちらは楽できていいですけど、敵さんとしては不幸な選択の誤りでした」

 

 静かな声で呟かれた一言に、輪から外れた三人を含めた二十三人全員がギョッとして彼女の顔を見直す。

 その一言だけで彼女がこれから何をする気なのか、学のない農民や報酬目当てのゴロツキでさえ明白すぎるほど理解できてしまったから―――

 

「洪紀さん、あなたは馬の扱いには自信があると言っておられましたね? なら、馬たちを後方から追い立てて信都までまっすぐ向かわせてください。残された私たちのことなど気にすることなく余計な色気を出さず、進むことだけに集中すれば、たぶん脱落したり逃げ出す馬も少なくて済むでしょうからね」

「で、ですが先生。残された先生たちは如何がされるおつもりなのですか? 私が馬を連れて逃げてしまったら、怒り狂った盗賊たち二百人が先生たち目がけて襲いかかってくるのでは・・・?」

 

 洪紀にとって、この年下の少女は先生に当たる。幼少の頃に邑を訪れた旅芸人一座の芝居練習を偶然目にして以来、軍学に興味が沸いた彼に用兵のイロハを教えてくれた彼女のことを、余所者だからと差別することなく迎え入れてくれた数少ない村人たちの一人。

 

「・・・それに、言いにくいことですが、私がそのまま馬を連れて持ち逃げしてしまう事についても疑っておいた方が良いと思います。

 そんなつもりは微塵もありませんが、こんな世の中です。余り人を信じて委ねすぎるのも危険かと・・・」

 

 沈痛な面持ちで洪紀自身の口から語られたことで、若者が儲けを独り占めしようとしている可能性を吠え立てようとした五、六人ばかりのゴロツキたちが開こうとしていた口を途中で閉ざす。

 三人のうち二人にはそれがハッキリ見えていたし、少女自身の目にも見えていたが、声をかけたのは彼らではなく目の前で悄然とたたずむ若者一人だけだった。

 

「問題ありません。必勝を確信して獲物が罠に掛かるのを、ただ待っているだけしかしないおバカさんたち相手なら二百人が三百人でも問題なく突破できます。単に馬たちの後を付いていって、自分たちの方から開けてくれた包囲網の穴を通り抜けるだけですからね。私はドジですが、流石にその程度でヘマするほど間抜けではないつもりです。ですのでご心配なく」

「ですが・・・」

「――それにね」

 

 言いかけて静かな瞳で見つめ返され、洪紀は口をつぐんで黙り込む。

 沈黙した若者よりも、更に年下の少女は諭すような口調で利と理を教えおく。

 

「あなたを信頼しなければ、この作戦自体が成立しません。だからこそ、任せて委ねます。これは大前提です。

 それに、信頼して任せた相手に端金目当てで裏切られるなら、それは自分が相手にとって端金より価値がないと評価されていたと言うこと。相手に自分の価値を示す努力と成果が足りなかったことを意味しています。

 自分の失敗で自滅するのは当然のことでしょう? なら問題はありませんよ」

「・・・・・・」

「無論、他の方も同様です。この作戦がお嫌だった場合は今から逃げ出していってくださっても構いません。逃げた方以外の残ってくれた方々だけで馬の後を追いかければ済む話ですからね。お気になさらずに。

 ただし、逃げた後のことはご自分で責任を負ってくださいね? 馬と私たちに逃げられて怒り狂った二百人の野盗に追いかけ回されて捕まって拷問の末に殺されたとしても残る覚悟をした人たちには責任などないことをお忘れなく」

 

 ゴロツキ含む二十三人は今度こそ呆れ、慄然とした。

 この幼くて愛らしい見た目をした少女は、あろうことか自分より年上で人数も多い大人たちを相手に脅迫と交渉を同時に持ちかけてきたのだと悟ったからである。

 

 彼女の作戦に従い、洪紀を信じて任せれば、生きて帰って約束の報酬にありつける可能性が出てくる。

 だが、作戦に異を唱えて数頭の馬だけつれて逃げ出せばどうなるか? この距離まで近づいた賊に見つかることなく逃げ出すことが出来るだろうか? 馬を連れていかなければ大丈夫かもしれない。

 しかし其れでは儲けがない。

 

 命あっての物種とは言え、命が助かり金をもらえる可能性と、金すらもらえず命まで失う可能性のどちらを取ると問われたら、自分勝手で利己主義なゴロツキでさえ彼女の作戦に従って洪紀を信じる他ないであろう。

 

 あちこちから賛成の声が飛び交い、三人が相談の末に賛成したことで全会一致。洪紀を先鋒とした馬群による突撃戦術が二百人の賊に向かって発動された。

 

 

 

 ――戦いは、呆気ないほど簡単に決着が付いてしまった。

 

 最初は下卑た笑みを貼り付けた顔で身の程知らずな少女たちを嘲笑っていた賊たちだったが、自分らに向かって突撃してくるものが罠に掛かった獲物ではなく、罠を食い破り腕ごと噛み千切らんと欲する窮鼠の群れだと気づいたときには既に遅すぎていた。

 

 なまじ横取りされた獲物を一匹残らず取り返してやるため半包囲戦に有利な地形を戦場に選んでしまったのが仇となった。

 先頭に立つ者が危機に青ざめて逃げだそうとするのを、後ろに立つ者が邪魔をして障害物となる。

 さらには恐怖のあまり錯乱した賊の一人が刀を抜いて、逃げるのを邪魔した味方に切りかかったことから混乱は拡大。収拾が付かなくなるまでに要した時間は半時の半分にも満たない短いものだった。

 

 もとより彼らは寄せ集め。己が利益のため群れていたに過ぎない者たち。信も忠もなく、利と欲しか持たぬ彼らにとって最大の利とは、自分自身が死なずに済むこと、殺されぬこと。

 自分が殺されぬ為には他人を殺すしかないのだから、生き延びるのを邪魔する輩に敵も味方もない。ただ殺す。殺してでも自分だけは生き延びようとする。

 その浅ましさが自分たちの足を引っ張り、躓かせたのだする事実に気づいて今後の人生に教訓として役立てられた者は二百人の賊たちのうち何人いたであろう?

 

 彼らは“不幸”だった。

 混乱の中で、己が死んだことにさえ気付かぬまま死ねた方が余程に幸福な人生の終わり方だったと言い切れるほどに。

 

 なぜなら生き延びてしまった者には生きるため、足を止めることなく走り続けなくてはならない義務が課されるから。

 自分を殺そうとしてくる者から逃げ延びて生き延びるため、無駄を承知で立ち向かっていく小知恵を尽くさなくてはならない責任が与えられてしまうのだから。

 

 

「味方に一人の死者も出すことなく完勝する・・・見事な指揮振りに感服いたしました。あなたこそ真の名将の器です」

 

 野盗を蹴散らしながら馬を走らせていた少女の隣に、自らの操る馬を寄せてきた騎馬武者が告げてきた。昨日から距離を置いて観察してきた三人のうちの一人で、巨大な長刀を小枝のように軽々と振り回して戦う豪傑でもあった。

 今も少女の前で、死の恐怖から錯乱して斬りかかってきた野盗の一人を草でも刈るように切り伏せて見せたばかりである。

 

「私は幽州の青竜刀。名は関羽、字は雲長。訳あって琢県を訪れた折り、あなたに声をかけられた一人だ。以後お見知りおき願おう」

「・・・どうも。異住と言います。字はありません。よろしく」

「ほう、字を持たれぬとは・・・どうやら貴殿も訳ありの様だ。ならば、どうだろうか? 私の仕える主の話を聞いてみてはもらえないだろうか? 貴殿が如き御仁であるなら必ずや身になる話を聞けると確信しているのだが――」

「其れは後ほど。それより、関羽さん。馬を走らせるのは得意ですか?」

 

 話の途中で遮られ多少無礼とも感じたらしいが、場が場で有り時が時である。致し方なきことと割り切って関羽と名乗った少女武人は、誇らしげに己が武勇を豪語する。

 

「林よりも静かに風よりも速く、草原に広がる烈火の如く」

「では、お願いします。逃げ散っていく残敵を後ろから追撃していって可能な限り仕留めてきてください。方法はお任せします」

 

 豪語した関羽は即答しなかった。否、出来なかったのだ。口を半開きにしたまま、狂人でも見るかのような瞳で少女の青い瞳を覗き込み、そこにあるのが憎しみでも狂気でもなく水底のように静かに凪いだ知性のみであることを察して余計に混乱の極に達する。

 

「・・・そうせよと言うのであれば従うにやぶさかではありませぬが、理由をお伺いしたい。

 卑劣きわまる賊とは言え、戦意を失い逃げようとする輩を背中から追い討つのは武人にとって恥ずべき行い。それをせよと仰られるのであれば、理由をお聞きしてからにしたいものだ」

「逃げ散った彼らは生き延びるため、近くにある家屋を襲います。街を襲うだけの数がなくなったのですから、獲物の規模を小さくするのは当然のことです。

 弱者を襲い、奪うことで生きてきた者たちが強者によって薙ぎ倒され、自らもまた弱者となった。ならば、打ち負かされて弱者となった自分たちより弱い者たちを相手に八つ当たりをし、戦っても勝てない強者への恨みと憎しみを発散しようとするのは彼らにとって道理だとはお考えになりませんか?」

 

 関羽と名乗った少女は唇を“へ”の字に曲げたが、反論はしなかった。

 納得はしたくない。だが、納得『できてしまう』。自分の中で生じた矛盾に整合性を持たせられなくなった彼女はただ一言「・・・承知した」とだけ呟き返して賊の追撃を請け負い、馬腹を蹴って銀髪の少女の傍から離れていった。




注:関羽の武人精神は中国の事に詳しくないため、江戸時代の武士道を起点に描くしかありませんでした。何卒ご容赦のほどを。

注2:投稿した後、「当時の中国武人精神は義侠心が基本」とのご指摘を賜りましたので清書時には『セレニアからの依頼を関羽がハッキリと拒絶して、セレニアも指示を撤回。謝罪する。――ただし後の話の中でそのとき見逃した賊によって殺された無辜の民がいたことを知りショックを受ける関羽』と言う流れに書き換えようと思ってます。

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