「ゴールデンカムイ」の『尾形百之助』みたいな性格と過去を持つ少女が主人公の話ですので、原作ファンの方には絶対に合いません。それを受け入れられた方のみお読みくださいますように。私は責任を持てません。それぐらいにヒッドイ内容です。
「・・・ここも、無人か」
窓の外から店内を覗き込み、一人の少女が独語する。
見た目からして最新技術が盛り込まれた真新しいビル群が立ち並ぶ一大都市の中心部近くを一人きりで歩き回りながら、彼は一軒一軒軒先を覗いて現状を確認していった。
飲みかけとおぼしき量だけ中身が減ったコーヒーカップ。一切れ、二切れ食べるためだけに形を崩されたチーズケーキ。
座席には、いなくなった客が置いていったらしきキャリーケースが放置されてはいたものの、ハンドバックなどの重要物が入った手荷物類は見て回った限り一つも見つかっていない。
まるでゴーストタウン。あるいはメアリー・セレスト号の方が、たとえとして適切だろうか?
これは緊急事態が迫ったことを知らされた客たちが、慌てながらも落ち着いて避難した証であり、先ほどから流され続けている『緊急事態警報』が真実であることを何より雄弁に証明してくれていた。
が、しかし。
「しかし、だとしたら略奪の後が一切見当たらないのはどういう訳だ・・・? 幾ら他国と比べて比較的平和な日本ったって限度があるだろ。これだけ目の前に宝の山が積まれてて、手を出そうとする輩が一人もいないなんて事はふつう有り得ないと思うんだが・・・」
歩きながらも首を捻り、考えていた疑問を口にする。
平和ボケした日本人。道路で寝ていたとしても財布を盗まれる心配をしなくて良い国ニッポン。そう言われていた時期も確かにある。
だが―――所詮は“曾てはそうだった”という枕詞を必要とする過去の栄光に過ぎない。
十五年前のある日に起きた大惨事において大きな被害を被った日本各地には、公には出来ない蛮行――略奪や火事場泥棒、暴徒化した民衆から市民を守るため警察が乱闘など――が多発していたことをアングラ好きで知らぬ者はいない。
にも関わらず、この第三新東京市――2005年に政府の決定で遷都が決定された建設中の都市――の住人たちは一般市民でありながら秩序だって乱れのない避難が可能となるほど徹底された避難訓練が義務づけられている・・・そう言うことになってしまう。
「建前でどう言おうと、首都に住む人間たちにそりゃ無理だろ絶対に。考えられるとしたら軍隊でも出動させて銃で威嚇しながら歩かせるか、威嚇射撃でもして見せてから脅威を喧伝するかのどちらかのはずだが、その痕も見つからない。血痕一滴残さず拭き取りながら避難する緊急事態なんてあるはずないしなぁ」
ブツブツと独り言を言いながら無人となった未来の日本国首都を行く少女。
『生まれて初めて訊く親戚の名前』を使って呼び出され、指定された場所と時間に予定どおり『一時間以上早く到着しておいた』彼女は待ち合わせ場所周辺の地形を確認しがてら敢行見物をしている内にはじまった都市住人の避難に乗り遅れてしまっていた。
あまりにも自然体で初めて訪れた街をブラブラしていた所為により、余所の土地から来たばかりの余所者だと思ってもらえなかった結果である。
「オマケに、この地図。所々に記載されてる内容と全然食い違ってるじゃねぇか。旧在日米軍基地所在地でもあるまいに、なんなんだ? この軍隊みたいに整いまくった基地のような街は・・・いくらなんでも気味悪すぎだろ。怪しすぎて避難シェルターを信じる気にもなれねぇよ」
そう言って最後に溜息を吐いたのが五分前。現在はここ、最初に指定されていた待ち合わせ場所である駅前広場の隅っこにいて、一軒の店の壁により掛かり十五年前から終わらなくなった夏の空を見上げている。
別に危なくなったから迎えが早く来てくれるかも知れないと思った訳でもないが、アテにならない地図を頼りに避難して命を預けるよりかはマシだろう程度には思っていた。
“少なくともここにいれば、お迎え役の女と擦れ違いになる可能性だけは下げられる”。ドコで何してようと危険度も安全性も変わらないなら、リスクが訪れる条件が一つでも少ない方が多少はマシ。
・・・彼女は、そう言う判断基準を持つ少女だった。だからこそ、周囲にいた人間からは『気味の悪い子』と陰口をたたかれて生きてきたのだが・・・・・・。
黒髪黒目、端整な顔立ちをしていながら『眼が死んでいる少女』だった。
「腐った魚の様な」もしくは「死人の様に生気が感じられない」・・・様々によくある表現で言い表されてきた彼女の瞳は確かに暗く淀んでいるが、別に死にたいなどとと思うほど嫌な経験がある訳でもないので普通に安全策を取りたかったから此処でこうして予定された待ち合わせ時間を迎えた訳だが。
――正直、この迎えは来てくれても嬉しくない。全然だ。
「・・・ん?」
視線を降ろし、つぶやきを発する。
従来の物とは微妙に異なるノズルの「キィーン、キィーン」という音が聞こえたような気がしたからだ。
黙っていること、音が聞こえない中でボンヤリと過ごすこと、思案も思索も好きだが何もしないでボーッとしているだけなのも嫌いではない。
一人で過ごすことに生まれたときから耐性があった彼女だからこそ“少し離れた場所にいる彼”より僅かながら早くその異常に気づくことが出来ていた。
「新型エンジン音? それも複数・・・戦略航空自衛隊か。予定されてる新首都の上空に、国防用とは名ばかりの軍事組織が治安維持出動してくるとは大した緊急事態もあったものだねぇ」
減らず口を叩きながらも、額から一筋の冷や汗。顔もこわばり、緊張しているのが目に見えてわかる。
強がってみせるほどのプライドは持ち合わせていないから正直に“怖がっている”ように見せても良かったのだが、今それをやっても意味がないのは分かり切っていたから虚勢を張る方を優先させた。
だって―――“こんなバケモン前にして落ち着いてられるのはガキだけだろうから・・・”
「日本の新首都で、自衛隊VS宇宙怪獣との決戦ね。お約束過ぎて今時はやらないどころか、『助けてください』と命乞いでもしたくなるところだよ・・・」
巨大な――ビルよりも巨大なサイズの黒い大巨人が其処にいた。
白いデスマスクを彷彿とさせる不気味な仮面型の顔を持つ怪物が今、彼女の目の前で戦略航空自衛隊の戦闘機群と死闘を・・・・・・いや。
――宇宙怪獣らしく、地球人類に対して一方的な殺戮行為をおこない続けていたのである。
「こちら桂木っ! 見失ってた迷子を今発見! これからソッコーで迎えに行って戻るからカートレーンを用意して―――はぁっ!?」
少女のいる場所からほんの僅かに離れた道路で自家用車を爆走させながら、運転手兼所有者の葛城ミサトは備え付けの受話器に必要最低限度の報告をあげていた。
緊急事態を盾に、受話器を叩きつけて旧友からの愚痴と一緒に通話を終わらせようという腹積もりだったのだが、実行する寸前に予想外のことを言われて素っ頓狂な大声を上げてしまう。
「ちょっと、それどう言うことなの!? 『もう一人の方は』別の誰かが迎えに行くから私は一人だけでいいって突っぱねたのはリツコ! アンタだったでしょうが!
それが何? 土壇場で使徒見て怖じ気づいて逃げ出しちゃったから代わりに迎えをお願いって、幾らなんでも都合良すぎるでしょ! 給料分くらい真面目に仕事こなしなさいよね役立たず!!」
最初の第一目標を見失った身で言えた義理ではないのだが、それでも先ほど再発見して迎えに行こうとしている人間と、待ち合わせ場所に留まったままであることを確認することしか出来ていない第二者の確保担当者とでは立場も条件も大きく異なってくる。
相手としては不満やプライドを飲み下してでも旧友に頭を下げて頼むよりほか道はない。
下手にでた所為で余計な約束を交わさせられてしまったが、自分の方にだって相手には多大な貸しがある。幾つかを帳消しにすることで収めさせることは不可能ではないはずだと判断した電話相手から詳細な位置情報が送られてきたので、運転しながら確認したミサトは狭い車内に激しい舌打ちの音を響かせた。
「“三番目の子”を拾い上げるため使徒の目の前を横切って、次のコーナーでは戦闘中の戦略航空自衛隊の真下を突っ切れだなんてプレのレーサーでも絶対にやらされない死ぬ確率の方が高いタイトロープね。貸し・・・デカく付くわよ? 覚悟しておいてね」
顔をしかめて舌打ちしたそうにしているであろう友の顔を思い浮かべながら、予定どおりに受話器を叩きつけてから桂木ミサトはハンドルを握る手に力を込めて、威勢良く機嫌良く楽しそうな声で宣言してみせる。
「もう、こうなりゃ自棄よ! 行けるところまで行ってやろうじゃない! 毒食らって死ぬのも使徒に踏み潰されるのも戦略自衛隊に巻き込まれて死ぬのも全部一緒よ! 知ったこっちゃないわ!
でも、もし生きて帰れたら絶対に車を弁償させてやるから、覚悟しときなさいよリツコーーーーーーッッ!!!!」
ギュウウウウンッ!!!!
アクセルを全力で踏みしめて車を加速させ、スピードを最大限までアップ。
まずは最初の第一目標を拾ってクリアーするところから!
敵に串刺しにされて空から落下中の間抜けな戦闘機パイロットの事なんて知るものか!
「うわぁっ!?」
案の定、落下先に民間人の少年がいるかどうかも確認すること無く機体を爆発させないことのみに気を配ったパイロットは少年のいる目の前に機を不時着させてしまい、得物を仕留め損なった敵の追撃を受ける形で踏み潰され爆発四散した。
ミサトに出来たのは爆発の前に車を滑り込ませ、爆風で生じるショックウェーブから少年の命を守り、高速で飛来してくるガラス片や瓦礫などに切り刻まれて彼の身体を一生消えない傷だらけになるのを防いでやるだけだった。
「―――か、はっ・・・。あなたは・・・」
「ごめーん、おまたせ♪」
気楽な口調でなんでも無いことの様に言ってのけるサングラスを掛けた美女、桂木ミサト。
彼女はそう言う女だった。
そして同じ頃。
もう一人の戦う女―――少女もまた生きるため、助かるため、生き延びるために逃げ隠れながら走っていた。
「ちぃっ!」
建物の背後に回って負傷を避けながら舌打ちし、手詰まりになっている現状を心の中で激しく罵る。
ガラスの張られた建物や、小さめの物体が少ない場所を選別しながら逃げ隠れ少しずつ駅から距離を取ってきてはいるものの、あまりに見境のない戦略自衛隊の攻撃手段に彼女は心底から辟易させられていたのだった。
「考え無しに撃ちまくる砲撃バカの癖して“戦略”とか、よく恥ずかしげも無く名乗れたな税金泥棒ども! 地獄落ちる前に去年死んだ婆ちゃんの元まで金返して来い!」
家庭の事情により両親とは疎遠で、お婆ちゃん子だった彼女は本心からそう思い、そう罵った。
本当に戦略自衛隊は“自衛”という漢字の辞書的意味すら理解してないバカの集まりなのか、巨人への攻撃に際して狙いを定めてから撃っているのかさえ不鮮明な発砲ばかりを繰り返していた。
敵のドコが弱点で、ドコをどう撃てば動きを阻害できるのか?
それらの敵情報すら集積せず分析もしないまま碌な作戦も戦術目標すら持つこと無く、ただ『出し惜しみせず撃ちまくれ』。
そんな猪武者じみた特攻バカの集団が戦略自衛隊を指揮していて、ソイツらの考え無しな攻撃に自分が巻き込まれて身動きが取れなくなっているのが腹立たしい限りだった。
「逃げたいが、逃げられん・・・。どこに行きゃいいのか分からんし、そもそも此処からでた瞬間から四方八方危険地帯。マジでどうしたもんかねこりゃあ・・・・・・」
盛大に溜息を吐いて上を見上げる。
彼女が今いる場所は、駅近くにあった公園。そこに横向きで置かれていた時代錯誤な土管の中。
あまり普段は気に掛けられないが、市民公園などの場所はいざという時の避難場所としても指定されており、周囲に倒壊の恐れのある背の高い建物や危険物などが設置されていない。 水道もあるし、広さもそれなりに確保してある。頑丈なだけで中身は空洞の旧式滑り台の下などは逃げ込み寺として一定の性能を有してもいる。
が、それらはあくまで地震や台風などの『天災』を想定した防災策として設置された物だ。
『戦争という名の人災』用に作られた兵器群の攻撃に巻き込まれた時などに、どれほどの効果があるかはテストしようが無いので判然とするはずが無い。
「せめて、攻撃が止んだら出ていこうかと思ってたんだがな・・・。引っ切りなしに撃ち続けさせるとか本気でなに考えてんだ? ホントの本当にバカなんじゃねぇのか?
・・・そのバカに命を握られてるとしたらマジで洒落になんねぇぞ、この状況・・・」
今や冷や汗は一筋どころではない。顔中びっしり汗だらけで蒼白になりながら、震える手を動かし続けることで硬直だけは防いでいる窮状だ。そう長くは保たないのか、それとも保つのかすら判別する材料がない状況は精神的に来るものがある。
早いところ何とか打開策が欲しいところだが、そんな都合のいいもん運良く振ってくる訳が無―――
「お?」
見ると、道路の先から青色の乗用車が猛スピードでこちらに向かって突っ込んでくるのが視認できた。
躊躇うこと無く即座に飛び出し、相手が車の扉を開けて「お待たせ!」の「おま」まで言ったところで車内に飛び込み、流石の葛城ミサトをも仰天させた。
「あなた・・・」
「早く出してください! ドコだろうと此処よりかは安全なことぐらい承知してますんで!」
小気味よい返答に気をよくしたミサトは「捕まっていて! 飛ばすわよ!!」と言い放つと、宣言どおり法規則を無視した猛スピードで車をロケットスタートさせて爆走させて、遅れを取り戻すため躍起になって車を走らせる。
安全が確認されてない中で頭を上げることは却って危険と判断し、飛び込んだときのままミサトの膝上で伏せた状態のまま歯を食いしばってやり過ごしていた少女は、スピードが落とされたからか揺れが収まり、比較的安全が確保されたのかと思って僅かに顔の角度を上げて前を見た。
そこには車の助手席に座る一人の少年がいて、驚いた顔と瞳でこちらを見つめている。
平凡な顔立ちと、優しそうではあるが気の弱そうな表情。
どこか卑屈で他者に縋る様な色を宿した瞳が印象的な少年だったが、それより何より少女が彼を見て最初に抱いた印象が彼女にとっては一番“癇に障っていた”。
(・・・甘やかされて育った、頭んのなか年中お花畑の奴らと同じ空気を纏っていやがる・・・。
差し詰め、“親に愛してもらえなかったから自分はこうなりました”とでも言い訳して自己正当化しながら生きてきたお坊ちゃんか。気に入らないな。親なんざ、当てにする方がおかしいってのに・・・)
彼女はそう思う。この件に関して疑惑や疑問を抱いたことなど一瞬足りとも存在しない。
(愛情のない親は『飼育係』で『パトロン』だ。そんな常識は誰かに言われんでも自分で分かりそうなものだがな・・・。
なんだって与えてくれたこともない奴に、いつまでも未練タラタラで期待し続けるのやら気が知れん。
子供は親の言うことを訊くんじゃなくて、親のやることを真似しながら育つもんだ)
心の中で罵りとも忠告とも付かない言葉をつぶやきながら、彼女の脳裏に浮かんでくるのは幼き頃に過ごした母の記憶と、一昨年に再会した父のこと。
それは、夏が常態化したことで不定期になった雨が、予報どおりに朝から振った珍しい日の深夜のこと。
『ボクは・・・・・・』
薄暗がりを保つ部屋の奥から、少女の声が聞こえてくる。
シトシトと、外からは雨音が絶え間なく聞こえてきて、それ以外の小さな音を掻き消してしまう陸の孤島が生じた夜。
『セカンド・インパクトが起きた年に生まれたそうです。なんでも、今みたいな雨天でもないのにズブ濡れになり駆け込んできた若い女性のお腹から非合法な闇医者の手で取り出されたんだとか。
災害救助のためそこいら中に臨時の治療所が立ち並んでいる最中にですよ? 明らかに何か事情がある患者だったのでしょうが、闇医者にとって患者は顧客であって救われるべき弱者じゃない。普通にお金をもらってオペを開始、安物の麻酔使って帝王切開。
・・・聞かされたときは正直言って、『よく母子ともに命が助かったものだなぁ』と感心させられたほどですよ。医者の腕が良かったのか、あるいは運命の悪戯か・・・。とにもかくにも『奇跡的な確率でボクたちの命は』助かりました・・・』
ふうと、溜息を吐きながら視線を落とし右手を見る。
思っていたよりずっと楽に刺し貫けた腸から吹き出た血に塗れた包丁の刃をジッと見つめて、飽きた様にタオルで軽く拭き取り適当な場所に置いておく。
そして話を続ける。
『でもねぇ、古代の偉い人はこう言うんですよ。『奇跡には代償がつきものだ』と。そして、それは真理であり真実でした。
母は助かりはしましたが、痛みと出産前にズブ濡れになってた事情から頭がおかしくなっていましてねぇ。最初の内は払ってもらったお金の分くらい養ってくれてた闇医者も金が切れた患者をいつまでも無駄飯ぐらいとして置いておく訳にもいかない。
と言って、救うために手を尽くしてやった命だ。死なせるべき理由がないなら生かしてやろうとするのが人情ですよ。少なくとも自分の手で死なせる結果は招きたくない。後味が悪すぎますからねぇ。
金が切れるまでに電話して家族が見つかるなら引き取りに来させる、そのくらいの労力なら掛けてやってもいいと思ってくれたんでしょうね。優しい人です。
その人のお陰でボクは母共々、祖母の実家で今まで生きながらえてこれたんですから尚のこと有り難みが沸いてきます』
『ただ、残念なことにボクの気持ちは母と共有することが出来ませんでした。狂ってましたからねぇ、彼女は。毎日毎日同じ料理ばかり作って誰かを待ち続ける・・・そんな日々をボクは物心ついてから毎日毎日見せられながら生きてきました。
何度も思いましたよ『この人は何やってるんだろう?』って。
祖母に訊いても教えてもらえず、近所に住んでる人たちからは余所者扱いされるだけで何も教えてもらえない。同い年の子に『出て行け疫病神!』と罵られながら泥を投げつけられたこともありましたっけかねぇ。しばらく会ってませんが、彼は今も元気で過ごしているのかな?
身体はマトモでも心がおかしくなるとどうなるのか確かめさせてもらった身として今更ながらに気になってきましたよ。今度帰省したときにでも見舞いに行ってやるとしましょう。きっと喜ぶ。――おっと、失礼。話が脱線しすぎましたね。元のレールに戻しましょう』
『ずっと不思議がってた疑問は、あるとき婆ちゃんちのあるド田舎村を黒塗りの高級車に乗って訪れてきた黒服サングラスの皆さん方・・・ほら、今この家に外に停まっている車の持ち主たちが快く答えを教えてくれて解くことが出来ましたよ。
――当時、お父さんは無駄飯ぐらい扱いされていた自衛隊の幹部で陸将補だったとか。相当に腐ってたそうですねぇ、それこそセカンド・インパクト発生当日に所在を部下にも教えないまま愛人と高級ホテルで密会を愉しまずにはいられないほどに。そのせいで出動が遅れた自衛隊が救えるべき命を捨てざるをえなくなった程に』
『その後、自衛隊そのものは国連軍に編入させられ、省から庁へ格上げされること議案は白紙に戻されたものの、代わりとして与えられた美味しそうな餌、固有の武力を持つ軍事組織「戦略自衛隊」として再編成されることにしてもらえた自衛隊上層部としては、なんとしてでも無かったことにしたい醜聞です。
だからこそ、無かったことにされたのでしょう? お腹の中にいたボク共々母を利根川の水底に投げ捨てて死亡時刻を誤魔化し、セカンド・インパクトの時に犠牲者となった人たちの一員だったと見せかけるために』
『・・・母共々捨てられたことを恨みに感じ、今日まで復讐の機会を狙っておったという訳か・・・』
部屋の反対から男性の声で彼女を、弱々しく非難してくるのが聞こえてきた。
身体ごと振り返って目線を向けると、そこには縛られたまま汗まみれとなり、息も絶え耐えに自分の血を分けた我が子を睨み付けてくる逞しい中年の、腹を刺されて血を流して死にかけている姿が見つかった。
『別にお前たちのことを忘れていた訳ではない。毎晩の様に悪夢にうなされて、忘れたくても忘れさせてもらえなかったからな。部下に命じて現状を調べさせもした。だから知っておる。
お前の母親は十年も前に死んでおるではないか!!
十年も昔に死んだ女のことなど引き摺り続けて何になる! 何の得があるというのだ!
どんなに悔やんでも、惜しんでも、希ったとしても死んだ人間は生き返らん!
死んだ人間が生きている人間に関わり合うとするならば、それは亡霊だ! 怨念だ! 悪霊だ! ゾンビでしかない! 生きながら死者に取り憑かれた半死人となるのだ!
貴様はそんな、生きながら死んでいるのと同じ過去でしか存在できない生物モドキが生きている人間を殺す行為を『未練』の一言で正当化すると・・・そう主張する気なのか!?』
血を吐く思いで口にした言葉は呪詛と、実際に吐き出した100ccの血液に満ちたものだった。
娘に殺されようとしている親の方としては、この弾劾は正当なものであり相応の根拠と正しさと信念に満ちあふれたものではあったのだが、親を殺した娘の方は親の思いを共有してはいなかった。
キョトンとした顔で驚いた様に縛られて動けない、自分が刺して死のうとしている父親の青ざめた顔を見直して『・・・いやはや、これは失敬』と、嘘偽り無く申し訳ない気持ちに溢れた謝罪を頭を下げながらおこなって返答とする。
『長話が過ぎたせいで勘違いさせてしまったようですね。これは完全にこちらの落ち度です。申し訳ありませんでした』
『・・・なに?』
今度は父親の方が驚かされる番だった。言ってる意味が分からない。コイツはいったい何を言っているのだ?と疑問符を顔中に浮かべて自分を見つめる実の父に娘は淡々とした声で答えを返して、驚く父親を更に愕然とさせてしまう。
『実のところ母を殺したのはボクなんですよ。田舎でしたし、現場には当時まだ子供だったボクしかいなかったですのでねぇ。碌な現場検証も行われないまま突然死と認定されて葬式をおこない埋葬されました。
地方紙の新聞にも載らないほど些細な出来事です。あなたがボクの書いた手紙を鵜呑みにして結果だけを判断基準にするのも無理は無い』
愕然としたまま言葉を発することが出来なくなっている父親に、娘は薄く笑いかけながら。
『捨てた女とは言え、一度は愛し合っていたらしい女性の死だ。わずかでも未練があるなら会いに来てくれるかも知れません。だから母に恩返しするつもりで死なせてあげました。
二度と戻ってくるはずのない男を待ち続けて苦しみながら生きるより、相手が生きているうちに最期ぐらいは看取ってもらえた方が母としても少しはマシだろうと思いましてね』
『お、お前はそんな理由で実の母を殺したというのか!?』
『少なくとも・・・』
前髪を軽くかき上げながら、娘は父親を見下ろす瞳で続きを口にする。
『正気だった頃の母なら喜ぶだろうとは思いました。あなたと思い合った愛の証であるボクを死なせないため、ボロ雑巾の様になりながらも闇医者を探し当てて駆け込んで、おびき出すときに渡された手切れ金を全額払いまでした当時の母なら、どんな形であろうと最期の一瞬だけであろうとも、あなたが会いに来てくれた喜びを胸にあの世とやらへ逝けたのではないか・・・少なくともボクはそう思ってますし、信じてますねぇ。母のあなたへの愛情を』
『・・・・・・』
『あなたを殺すのも似た様な理由だ。
ゼーレとやら言う年寄りどもから迎え入れる条件として試されているというのもありますが、それ以上に試してみたかった』
『当時、泥を投げつけながら詰ってくる羽虫同様にどうでもいい近所の子供を無視し続けてたら図に乗って、処刑ゴッコに付き合わせようとしたから半殺しにしても何の感情も沸いてこず。
では、母親を殺すときと殺したときにはどうだったかと言えば、これも同じ。なんら特別な感情は沸いてこないまま、罪悪感も暗い喜びも何一つ感じることは出来ませんでした』
『ならば、もし。もしですよ? 本来ならば憎んで当たり前な存在である自分と母を捨てた父親を殺したりした場合には、復讐を果たした喜びくらい感じられても良いのではないか? 憎むべき父親を苦しませて復讐する愉しみに浸れるのではないだろうか?
生まれてこの方「どうでもいい」としか感じたことのない憎むべき父親に憎しみの感情を抱くことが出来るかも知れない。――そう思ったからこそ殺しの条件で商談に乗ったんです。それだけの細やかでしょうもない、子供らしい屁理屈な理由ですよ」
そう言って微笑む娘の横顔を、父親は心底から恐怖して見上げ。
『悪魔だ・・・・・・』
種族的根源から込み上げてくる恐怖で罵った。
『お前は人ではない・・・人であるために必要となる「心」が欠けている! だから人間になれないのだ悪魔めが! 悪魔の子供めが! 「人として何かが足りないのに補おうとも思わない」ヒトデナシめ! 人で無き化け物め! 呪われろ! 呪われろ! 呪われてしまえ!
そのまま一生、人になれぬまま人になろうとさえ思えないまま、人ではないヒトデナシとして生きて死んでいけぇぇっい!!!』
最後の力を振り絞って放った父親の遺言は、娘の口元を楽しそうな笑みを浮かべさせるのに役立つことができ、その死は娘にとってもゼーレにとっても使い甲斐のある道具として再利用できた。
「――おめでとう。その様子だと、試練を無事に乗り越えられたようだね」
外の車に戻ってきた少女を迎えるように、一人の小男が嫌らしい笑みを浮かべて語りかけてきた。
「年若いキミにとって実の父親を殺すというのが、どれほどに辛く苦しい試練であったか我々は理解している。承知している。キミの苦しみと痛みを分かってやれるのは、人に知られる訳にはいかない秘密の咎を背負わせてしまった私たちだけであることも含めて心に刻み込まなければならない罪業なのだと言うことぐらい分かっている」
「だが、それでも敢えて言わせてもらおう。“おめでとう”。これでキミはチルドレンに選ばれる資格を手にした。人類の未来を守るエリートパイロットになる道が開かれたのだ。
我々ゼーレはキミを歓迎する。もう一人で悩む必要はない。苦しみを抱え込み、夜中に一人で過去を嘆く日々は終わりを迎える。――キミは今、ようやく救われたのだから・・・」
怪しく慈愛に満ちた笑みは、神の下した許しのようにも、悪魔が人を破滅に誘う死の微笑みにも見えた。
大局的に見たら、どちらも大差ないのかもしれない。と少女は思う。
神の定義は曖昧だ。世界を滅ぼす大洪水からノア一族を救ってくれた正しき巨人にも見えるし、殺されたくなければ自分の定めた法に従えと脅迫してくる独裁者に見えなくもない。
要は、見る人がその存在をどう定義するかなのだろう。彼女自身はそう認識している。
「我思う、故に我あり」ではなくて「自分がそうだと決めたら自分の中ではそうなのだろう」という程度の、極めて狭い世界でしか通用しない概念の理解。
人と人とを別物であるとし、同じにならないから「同じモノを共有してやる義務はない」とする絶対拒絶。
「――ところで、どうだったかね? 再会した父君は? キミにキチンと見送ることが出来ていたのかね・・・?」
「死亡時刻は24時56分。遺言を叫んでから二十分近く後に死亡を確認するまで生き続けていましたよ。さすがに若い頃は自衛隊きっての英才と言われただけある体力に感服させられてきたところです」
好意に包んで答えづらい質問を投げかけた小男は、平然と答えてきて少女の返答内容に鼻白む。
「・・・随分と冷静なのだね。条件として提示した側の私が言うのはなんなのだが・・・今少し父君の冥福を祈ってあげても良いのではないかと思うが?」
「なにぶんにも家族を捨てて地位を得た父の娘ですのでね。蛙の子は蛙でしかない、そういう風に解釈して頂けると助かります」
ごく普通の口調で淡々と返してくる少女の言葉に何かしらの反応をしよう年、目上である自分の目の前で足を組んで見せた少女の無礼さに口元を歪めて一瞬だけだが黙り込む。
「まぁ、いいじゃありませんか。所詮は小賢しいだけのガキの思いであり感傷です。あなた方、偉くて立派な大人が慮ってやるほどの価値あるもってわけでもないのでしょう?」
沈黙の間隙を縫うようにして放たれた、少女からの“子供でしかないから暴言は無視しろ”という意味を込めた言葉。謙虚さを装う気持ちがあるのかどうかすら判然としないその態度に小男は。
(なるほどな。確かに蛙の子は蛙でしかなかった。コイツは計画の駒としては使い物にならない。適合は可能だが、不適格だ・・・)
そう評価を改めて下しながら、少女に渡すはずだったモノとは別の書類を取り出して彼女に手渡した。
「キミにはエヴァンゲリオンのパイロットになるための訓練をうけてもらおうと思っている。ヒトの作り出した究極の汎用人型決戦兵器を扱って戦う戦士となるのだ。まさに人類を守る選ばれし者に相応しい役割だ。そうは思わんかね? キミも」
「・・・・・・・・・」
「もっとも、正規の手順で選ばれたパイロット・・・我々は“チルドレン”と呼んでいるのだが、彼らは選ばれる際にキミのような試練を与えられることはない。なんの苦もなく選ばれただけでエリートになれる連中だ。キミのように真のエリートとは違う。
だから本物であるキミには、彼らが受けさせてもらえない訓練を受けてもらおうと思っているのだ。彼らとは違う、特別な存在であるキミだけに・・・・・・」
誘うように、惑わすように、拐かすように。
あるいは、『子供はこの程度のおべっかで図に乗る程度の存在でしかない』と、見下しきっているかのような声で男は言って手を差し出し、少女は微笑みを浮かべて差し出された手を握り返した。
そして思う。
――――タラシめが。
・・・・・・と。
そして、再び現在。
「――で、初号機はどうなの? 本当に動くの~? まだ一度も動いたことないんでしょ?」
「起動確率は、0,0000000000001パーセント。オーナインシステムとはよく言ったものだわ」
「それって、動かないってコト?」
「あら、失礼ね。0ではなくってよ?」
「そりゃまぁ、確率論に0はありませんからねぇ。“科学は絶対に不可能であると実証することは出来ない”とはよく言ったものです」
「・・・・・・」
「冬月、レイを起こしてくれ」
『・・・使えるかね?』
「死んでいる訳ではない。補欠と故障中、足して予備が使い物になるまでの時間稼ぎぐらいにはなる。・・・構わないな?」
『正直、嫌だと全力でお断りしたい気持ち満々なんですがねぇ・・・ここまで来てからじゃ遅すぎる。
どう考えても、あのデカ物の狙いはコレだとしか思えませんし、この施設内から一人で出ることも出来そうにない。大人しく時間稼ぎ用の囮役をこなさせてもらうと致しましょ』
「よし。では、エヴァ量産型試作先行タイプの出撃用意だ!」
鈴原トウジとの邂逅
「スマンなぁ転校生。ワシはお前を殴らないかん。殴っとかな、ワシの気がすま――っんぐっ!?」
「トウジ!?」
バギィッ!
「・・・テメェ! なに不意打ちかましとんのじゃクソボケェっ!」
「あー、なんだったかな? 確か“悪いな在校生。私はお前を殴らないといけない。殴らないと私の気が済まないからだ”・・・これで良かったんだったか? お前が他人に殴られたときに納得できる理由の説明文は?」
「!! て、テンメェ・・・・・・っ」
「不服か? 足りなかったか? では、言い足してやろう。“妹が怪我したときに逃げ回ることしか出来なかった自分が悔しかったから八つ当たりで殴りました”“苦しむ妹を見ているだけなのが辛すぎて我慢できません。だから殴ります。八つ当たりのストレス発散で”・・・他にも色々取りそろえてあるが言って欲しいか? 一応教えておくとこれは挑発であって説明は既に辞めているけどな・・・」
「お、お、お前ぇぇぇぇぇぇぇ――――――――ぐほぇっ!?」
「自分は殴ったから蹴られるとは思ってなかったか? 喧嘩は拳でやるもんだから拳で掛かってこいと? 正々堂々、拳と拳で勝負だとでも? ――バカかお前は、アホらしい。
殴るのが得意な奴が、殴るのが苦手な奴に同じ土俵で戦うことを強制しておいて何が正々堂々だ卑怯臭い。男らしさなど微塵も無い。
“自分が一方的に正しくて相手が悪いから殴ってもいいんだ”と決めつけて掛かり、見るからに反撃できそうもない弱々しい見た目の奴を一方的に殴るのは男らしくないんで辞めてもらえませんかねぇ? スーズーハーラーさ~ん?」
僅かに未来のヤシマ作戦時
「・・・これで、死ぬかも知れないね」
「その覚悟もせずに戦場に来るバカな人間がいるのか? 是非とも会ってみたいねぇ。さぞや甘ったれた苦労知らずの坊や面したマヌケだろうから遠慮なく笑えてストレス発散になりそうだ」
主人公の簡易設定
ナンバレス・チルドレン。番号がない、所謂『存在してはならない存在』。
セカンド・インパクトの年に生まれた子供で適性を発見されたが、人類保管計画には適さない素体として、シンジたち本命が使い物になるまで守らせるために訓練を施された。
『一人では生きていけないから補い合い、一つになる』のが目的である人類保管計画に合って、『欠けているのを自覚しながら補ってもらいたいと願う願望が無い』ことから正式なチルドレンから外された。使われない予定の子供、故にナンバレス(番号無し)。
大人たちの都合で決めつけられた価値ではあるが、本人自体は番号も名前も識別用の記号としか思っていないため意味は無い。
搭乗するエヴァンゲリオン
量産型試作先行モデル。後に渚カオルのデータを基にした無人エントリープラグで動かされることになる量産型の先行試作型。データ不足のため自動操縦ではなくパイロットが乗って動かす操縦形式が採用されている。無人でないこと以外は後に出てくる量産型とほぼ同性能。
込められている魂は、主人公に殺された父のモノ。女ではなく男であるため、カオル用の量産型に憑依させている。
目的は自分を殺した主人公を殺すこと。初めて搭乗したときに主人公は其れと察するが、別段気にすることはないまま乗り続けてしまう。
――死んだ後まで娘を恨んで亡霊となったのは父の方で、動き出した死人を『道具』としてしか見ていないのは娘の側という皮肉な親子関係しか作れなかった哀れで無様な員数外の存在。
主人公の原作キャラクターに対する評価
シンジ――「不幸に酔いしれて、何も変わらないでい続けるのは楽だろう?」
ゲンドウ――「いい年して不良を格好いいと勘違いしているバカなオッサン。大人というなら子供に対して本音ぐらい言え、アホくさい」
アスカ――「いい年してマザコン。以上」
レイ――「あまり酷いことは言いたくない存在。だから黙秘(要するに憐れみ)」
ミサト――「現状の危機を乗り越えるため次の襲撃では無力化してしまう策でも実行しようとする人。今日を生き延びるため、命日を数日先で確定させることに何の意味が?」
リツコ――「可能性だけ言い立てて無茶をゴリ押ししてやり遂げさせる結果論MAD」