試作品集   作:ひきがやもとまち

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ここからはオリジナルです。基本的に主人公か、ヒロインはセレニアみたいですね。


とある反英雄と転生少女貴族の物語

 うっすらと霧のけぶる森の中、大木の梢を背にして一人の青年がうずくまっていた。

 霧のおかげで近づくまでは隠してくれている血の臭いと、猛烈な死臭が彼の若く逞しい身体を包み込んでおり、死の女神を抱擁を今か今かと待ちわびているような生気のない土気色をした無表情な細面が印象的だった。

 

 ーーまるで生ける死人のようであったから・・・・・・。

 

 

 

 しかし、あえて言わせてもらおう。

 その想いは『勘違いである』ーーと。

 

(・・・・・・なぜ、俺は死ななければならないんだろう・・・・・・)

 

 死に至りかけている彼の脳裏をよぎるのは、その一文だけになっていた。

 先ほどまでは他にも色々と考えていた。

 ここに至る経緯を。今に至るまで自分が歩んできた人生を。正しいと信じて犯してしまった、自分自身の選択肢間違いの数々を・・・・・・。

 

(・・・・・・なぜ、俺は死ななければならないんだろう・・・・・・)

 

 また、同じ事を思ってしまう。

 もう体力がなくなっていて、それしか思うことが出来なくなっていたからだ。

 何度も何度も繰り返されし繰り返しリフレインで聞こえてくるのは生への執着と、死の恐怖のみ。

 

 そして、思い出したように脳裏をかすめては消え去っていく“忌まわしいあの言葉”ーー『正義』『正しさ』『信念』。

 

 彼を戦争に駆り立てたそれら三つの物を、彼は心の底から憎悪していた。

 その言葉にさえ惑わされなければ! 若さ故の衝動で美辞麗句に踊らされなったら! 清廉潔白で小綺麗な英雄さまの実状に今少し早く気づいていたらこんな目に遭わなかったかもしれないのに!

 

 ・・・・・・そう考えると歯ぎしりしたくなるほどの怒りに駆られて傷が痛むので、死が近づいてくるにつれて考えなくなってきていた想いだった。

 

 

 彼の故郷は辺境にある小さな村だった。近くには『魔の森』と余所者からは呼ばれている暗く深い森があり、行商以外の目的で訪れる者とてない静かで平和な貧しい寒村ではあったが、生まれてこのかた村での生活しか知らない彼には十分すぎるほどに満ち足りた暮らしが送れる良い村であり、遠く大陸中央部に端を発して広がりつつある戦乱の足音さえもが魔の森に脅威を感じた周辺諸国の手を引かせ、戦略的価値が皆無の立地もあり戦果の絶えない大陸で数少ない平和のオアシスを形成していた。

 

 誰もが恐れる魔の森でさえ、生まれ故郷の直ぐ側にある彼らにとっては信仰の対象であり、生きる糧を与えてくれる自然の恵みの宝庫としか思っていなかった。

 確かに深入りすれば身に災いが降りかかるのは事実であるが、入り込まなければ済むことである。森のルールを知ってさえいれば避けられる危険を知らずに入って死を迎えるのは自業自得の末路でしかない。

 

 故に彼は物心ついたときより魔の森を恐れた事などないし、森に住む邪悪と呼ばれる種族たち、黒い肌をした妖精族の『ダークエルフ』、狼に姿を変えられる『ワーウルフ』の青年たちとも弱肉強食の自然の掟にしたがい、時には拳で交流することさえ合った。

 死後も生にしがみつき成仏できないでいる『ゴースト』の中にだって、必ずしも人間を襲って魂を食らおうとする者ばかりではなかった。ただ「死にたくない、生きていたい」と生にしがみついてるだけの無害な亡霊だってたくさん混じっていた事実を知っているのは今の時代では彼以外に他数名だけであろうけど。

 

 

(・・・・・・なぜ、俺は死ななければならないんだろう・・・・・・)

 

 また同じ言葉を思ってしまう。意識が白濁し始めているのだ。もう自分は長くない、そう認識することさえ出来なくなるほど彼は疲れ切って疲弊しており、心も体をボロボロに傷つき意識があるのは奇跡と呼ぶべき現状だったから・・・・・・

 

 

(・・・・・・なぜ、俺は死ななければならないんだろう・・・・・・)

 

 また同じ言葉。

 

 ーー理由など、問うの昔にわかっているはずなのに・・・・・・。

 

 

 ・・・・・・領主である貴族たちの勝手な都合ではじまった戦乱は、双方ともに盟主として担ぎ上げた御輿の若者たちが旧知の縁にあったことから感情論が結びつき徐々に苛烈さを増して行っていた。

 相手への慕情を断ち切ろうとする思いは意図すると否とに関わらず、往々にして過激な行動へと先走る原動力になりやすい。

 それは彼らも同じであり、幼き頃の思い出ーー大陸がまだ安定期に両公家が偽りを交えた蜜月の仲を演じ切れていた時代に交わされた「大人になったら結婚しよう」というママゴトの様に子供じみた口約束。

 

 それを十年以上たった今でも忘れることの出来なかった二人のバカ貴族同士が争いを激化させ、相手に翻意を促したい側も、家を優先して未練を断ち切りたい側も、どちらも共に無意味な残虐行為に手を染めるか、徹底しない中途半端な反攻作戦しか実行できぬまま無駄に人命と時間とを浪費し続け内乱発生から早二年が過ぎていた。

 

 

 そんな大陸の動乱に苦しむ人々を憂い、立ち上がった一人の若者がいた。

 その若者の名は『クレイ』。

 若輩であり、平民出身の身でありながら武勲と将才に恵まれた若き騎士隊長。

 彼の言葉には聞く者の心を解かす魔力がこもっているかの如く、彼の微笑みは死に逝く者たちの苦しみを癒すためにこそあるーー。

 

 吟遊詩人たちがこぞって讃える絵に描いたような英雄らしい英雄様。ーーそして、味方の無数の死体を積み上げた山の上に玉座にふんぞり返って正義を唱える暴君でもある血塗れの殺戮王。

 

 彼の英雄譚に魅せられて、彼の理想に共感して、彼を信じ、彼のために戦い、彼の作る新しい時代で時分の孫たちが笑顔で暮らしている世界を夢見ながら戦場で散っていくことを夢見ながらーーーーー糞食らえだ。吐き気がするし、反吐がでそうになる。

 

 自分が死んだ後で世界が平和になったところで、自分にいったい何の得があるというのか? 自分は死にたかったわけではないし、どうせ死ぬなら故郷の家族か気のある幼馴染みの少女のためにこそ死にたいと願い続けていた。会ったこともない赤の他人たちのために死んで、何かをしてやりたいと思える理由も義理も生まれてこのかた持ち合わせていたことなど一度もない。

 

 自分はただ、生きて幸せを掴み取りたかっただけだ。

 平和な世の中で幸せな家庭を営みたかっただけなのだ。その程度の夢しか持てない愚かで矮小な小物に過ぎない、何処にでもいる平凡でバカで世間知らずの若者が『強さ』だけを才能として生まれ持っていた。

 ただそれだけの凡人が、英雄になど憧れるべきではなかった。英雄譚になど魅せられるべきではなかった。悔し涙を浮かべつつも自分の味方をしてくれた民衆たちに背を向けて、未来の大陸に平和をもたらすため走り去っていく英雄様のなんと勇ましいことだろうか。なんと凛々しい御姿だろうか。ーー死んでしまえ糞野郎。地獄へ落ちやがれ。

 

 

 

「ーーおい、こっちから血の臭いが漂ってきてないか?」

「敗残兵か? それとも落ち武者か? ・・・・・・いつも思うんだが、この二つってどう違うんだろうな? 誰か俺に教えてくれないか?」

「知らん。大陸の北と南と西東にそれぞれ別の文化圏ができているから同義語の別表現が広がってっただけだろ。意味的には対して変わらんだろうから気にするな」

「なるほど。そう言うものなのか。勉強になった」

「お前らまじめに仕事しろ?」

 

 ーー霧の向こう側から複数の人の声が聞こえてくる。

 

 逃げ出した英雄様を追撃してきた敵の追っ手か? それとも敗残兵を狩ることを目的とした残敵掃討作戦だろうか?

 

 ・・・・・・どちらにしても手が動かない。二本の足で立ち上がる力すら沸き上がらない。もうじき自分は死ぬ、殺される・・・・・・。

 

(・・・・・・なぜ、俺はこんなバカげた戦争で、無意味に死ななければならないんだろう・・・・・・)

 

 

 また同じ“様な”言葉。内容が微妙に変化しているのは彼なりの心境の変化なのか、それとも死が直近に迫られてきたが故の錯乱によるものなのか。あるいはその両方か、全く異なる感情の産物なのか。

 

 答えがどれであろうとも、彼には其れに至れる時間的猶予は与えられていなかった。

 軽い口調でかわされていた軽妙な会話の主たちは、意外なほどに兵士としては優秀であるらしく彼に反応する暇を与えることなく周りを取り囲むように包囲すると距離を取り、ジッと彼を観察してくる。

 彼の身体を見つけた瞬間には、剣の間合いを見た瞬間に測り余裕を持った距離から槍を構える者と、剣の柄に手を伸ばし抜き放つ者の二派に別れ、リーダーとおぼしき人物は笛らしき物を鳴らして応援を呼んでいる。

 

 死に掛けの雑兵一人を相手に周到なことだった。ここまでくると感心するより、呆れたくなる。

 いったい何処の貴族に飼われている騎士たちなのか知らないが、飼い主である誰かさんは自分の上に立ってた英雄様よりマシなようで羨ましい。

 いつの時代、いつの世の戦争でも兵士たちにとって良い指揮官とは『自分達を殺さないでいてくれる、一人でも多くの兵士を生きて故郷へ帰してくれる、消耗品の辛さを知っている』者をさして言う言葉なのだ。

 己が正義に酔いしれて、暴君相手に無謀な戦いを挑ませる正義バカのことではない。

 

 

 ーーその点に関して言うなら、彼らの指揮官は合格点だ。ここまで兵士たちが安全策に走り続けてたら普通の貴族は怒り狂う。なんと消極的で臆病なのだと。

 英雄様なら怒りはしないし褒めてもくれるだろうが、それだけだ。全軍に安全策を奨励こそすれ、戦略的条件を良くしてくれる努力まではやってくれない。数の差が圧倒的なら一時的な服従か、抵抗することなく自分達だけで逃げ出してくれれば良かろうに。

 彼は本心からそう思っている。今後のためになど、切り捨てられる側には関係ないのかったから・・・・・・。

 

 

「おい、コイツまだ息があるぞ。死んでない」

「マジかよ。こんだけ傷ついてて死んでないとかベンケーじゃん。助けた相手に犬みたいな忠誠持ちそうでマジ恐」

「・・・どうするよ、おい。俺が子供の頃に寝物語として聞かされてきたパターンだと、助けられたコイツが俺たちの主を海の底にそびえる魔女の城まで拐かし呪いの魔術で老人にされてしまうというのが定番なんだが・・・」

「お前はいったい何処の妖怪婆さんに育てられてきてるんだ?」

「お前ら本当にまじめに仕事してくれ、頼むから。いや、マジな話としてさ」

 

「ーーどうしますか? 隊長殿。一応コイツも反乱に参加していた民衆の一人なので、反乱軍の一員として処理することも可能ですが?」

「どうするもこうするもあるか馬鹿者。反乱が鎮定され、指揮者は逃走し残余の者は降伏した今となっては、コイツは只の一般庶民に戻っているのだぞ?

 死んでるのなら話は別だが、そうでない以上は平民の納めてくれる税金で雇われた騎士階級でしかない我々が助けない訳にもいくまいて。所詮、軍人なんて生き物は斬って壊して燃やして辱めてしかできない脳筋揃いに過ぎんのだからな。戦地での救援活動くらいはしておかなければ、その内に見限られても知らんぞ?」

「・・・一応、反国家的なテロ活動を行った危険人物として処理することも可能ではありますよ? 実際に反乱を指揮した末に逃走を計った英雄殿は敵国に囚われたときに城に火を放ち混乱に乗じて脱出に成功した手段を選ばぬ御仁でもあるわけですから・・・」

「それで? こやつも同じ事をしたという証拠でもあるのかね?」

「・・・・・・いいえ」

「では、判断は保留だな。連れて帰って治療して話を聞き、この地の領主殿のご意向を伺い、本人の意見も聞いて良いようであれば聞いてみて、故郷に戻りたいというなら戦後処理を担う役人の元まで連れて行く。我が国に来たいというなら連れて行って主のご意向を伺い、ダメだというなら強制送還。許可されたなら難民申請手続きをしている役人の元にまで案内してやりーー」

 

「「「面倒くさっ!? なに!? そこまで面倒くさい諸々の手続きやってたんですか役人たちって!? お役所仕事していた訳じゃなかったんだ!?」」」

 

「・・・貴様等・・・・・・念のために伝えおくが、今言ったことの半分以上は役人どもにおこなう日常業務の範疇なのだからな? 本当のはもっと大変なのだぞ・・・」

 

「「「マジですか!? ヤッベ、これからはお役人をバカにすんの辞めよっと!」」」

 

「・・・・・・・・・」

 

 

「あの~、隊長殿。事後承諾になりますが、漫才している間に彼が死にかけそうなってたので独断で回復魔法の使用を許可しましたが、よろしかったでしょうか?」

「ん? おお!スマン、失念しておったわ。大儀であったぞ、我が頼れる副官殿よ」

「はぁ・・・」

「それでは皆の者、他に生き残っている負傷兵がいないか戦場を野犬の如くさまよい歩いて虱潰しに探してくるがよい!

 私は重傷の彼を連れて先に帰還する。後は任せた、とぉーうっ!」

 

「「「ああっ!? 隊長殿が普段は使わない特殊能力つかって足早に救助活動を! 紋章保持者ずっけぇ!」」」

 

「・・・いいからお前ら本当に仕事しろ。

 だいたい我々はこの国の人間ですらない、ただ通商条約を結ぶために派遣されてきただけの他国人が、条約締結の条件として参戦を要求されたから適当に戦い、戦後処理の利権争いでお忙しそうな国の重臣たちの皆様方に代わって戦災被災者の救助を暇つぶしに申し込んで許可されただけの軍隊モドキなんだぞ?

 この国の問題はこの国の人間に解決してもらうとしても、自分たちの仕事ぐらいは真面目にこなさんとセレニア様が怒るぞ、無表情に微笑んで。

 あの人怒らすと怖いぞ~? 給料減らされたりとかさ」

 

「「「・・・・・・勤務時間中は給料分の仕事してきまーす・・・・・・」」」

 

「はぁー・・・まったく、本当に・・・どうせ心配するなら別のことも考えて見ろよな。

 ーーあの若者の目、セレニア様が放置しておいてくれそうにない典型例だったのだぞ?

 仮に化けるとして、どのような方向性を有するキチガイになるか予測もつかない劇物未満の生き物を連れ帰ろうとしている自分たちの身の安全でも考えてた方が余程健全な精神というものだろうに・・・。いや、健全な精神でなくなっているが故のアレか・・・やれやれだなーー」

 

 

 この戦いの後、一年の時を置いてから英雄騎士クレイは新たなる軍勢を率いての帰還を果たし、旧領民たちから熱烈な歓呼とともに、自分たちの頭上に立つべき王として迎えられ大陸第三の勢力『英雄王クレイ』の治める英雄公国が誕生することになる。

 

 これにより三竦みとなった大陸中央部の動乱は一時的に沈静化し、三方とも心から戦いを希求していたわけではなかったと言う事情も重なり講和の道を探りはじめるのだが、御輿として担ぎ上げられていた傀儡若手貴族たちが成してきた悪行は予想以上に民衆の心を苛んでおり、英雄王の慈愛の心を持ってしても容易に解くことは叶わず完全なる平定にはほど遠い道のりが残されていく。

 

 

 この時、大陸の東西南北すべての国々は中央部の戦乱をただ見続けて、傍観していただけで終わった。

 何故ならこの世界には神が実在しており、正義と悪の陣営に分かれた神々が永遠の闘争を繰り広げてる場でもあるため、人々の心も悪と善に二極化されやすく中央に近づけば近づくほどに神の効力が強大化していくことを遠巻きに見ていた彼らは把握していたからである。

 

 彼らには彼らの抱える政治的問題が山積しており、介入しても厄介事の種しか手に入らない中央の動乱などに拘らっている暇など存在しなかったのだ。

 

 斯くして大陸には一時の平穏が訪れ、人々は次に起こるであろう戦乱に備え各々に準備を進めだす。

 ある者は避難するため、ある者は野心を実現させるため、またある者は正義と理想と信念と愛故に戦うために。

 

 

 この物語は、善と悪の影響が強すぎるから戦乱を終わらせられない呪われた異世界の大陸で、一人の青年と一人の転生者の貴族令嬢が凸凹な関係を築きながら共に歩んでいく血塗れの物語。

 英雄に憧れた末に英雄を憎むようになった反英雄の若者と、はじめから英雄を大量殺戮者としか見ていない少女の物語。

 後世において物語として語り継がれなかった、教訓話には使えそうもない、呪われた大陸の呪われた真実を記した物語。

 どうか皆様、最後までご静聴いただけますよう宜しくお願いいたします。


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