試作品集   作:ひきがやもとまち

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既存の作品を参考にして異世界転生戦記モノも書いてみました。
とりあえずは読んでみて書きたいと思ったのは書いてみる執筆スタイルで想像力を回復している最中です。

・・・全然話は変わりますが、欲望に素直でスケベな主人公って意外と難しいんですな。初めて知りましたよ・・・。


オリジナル異世界転生戦記モノも書いてみました

 部屋で読書をしていたところ突然光に包まれて、気がつくと景色が一変していた。

 中世のお城みたいな石造りの部屋の中、魔法陣みたいに奇妙な形をした文様の上に立っていて、前方にはローブを着た男数名と、甲冑に槍で武装した衛兵らしき男が二人いてなにかを話している。

 

「なんとまぁ、ずいぶんと貧弱な魔王を召還されたものですな、ガユス様。しかも、よりにもよってエルフの小娘と似た姿をしているとは・・・この責任をどう取られるおつもりかな?」

「う、うるさい! 誰にでも失敗ぐらいあるわい! それにワシが調べた限りでは召喚魔法に使用回数制限というものはない。こんな失敗作は早くどかして二度目の儀式に挑めばよいだけの事じゃろうが!」

「それはガユス様がお調べになった古文書に記されていたこと。わたくしの調べた本では別のことが書かれておりました。万全を期すためにも、次はわたくしに魔法陣の使用許可をお譲りいただけませんかなぁ」

「宮廷次席魔道師ごときがでしゃばらずに引っ込んでおれ!」

 

 ・・・なんとも要領を得ない会話だった。おまけにこちらのことなどお構いなしである。普通に訳が分からない。

 

 

「・・・おや、おチビさん。退屈させてしまっていましたか。それともお母さんが恋しくなりましたか? いきなり不意打ちで呼びつけてしまって失礼しましたねぇ」

 

 先ほど年老いた方から『次席』と呼ばれていたローブ姿の男がニヤニヤしながら近づいてきている。

 

 何となく、「殺してしまえる」気がしたが自制することにした。

 

 今まで生きてきて喧嘩など数えるほどしかしたことがない自分が、いきなりこんな事を考えつくようになっている時点で常識の通じるような状況でないのは分かっていたのだが、別におかしくなっているのが世界の方だけとは限るまい。あまりの異常事態に自分の頭が恐怖でおかしくなっていたとしても不思議ではない出来事に巻き込まれているのだから。

 

「ですが、おチビさん。かわいそうですが君は還れないんですよ?

 先ほど君を喚びだした召喚魔法は、私たちが復活させたばかりのものですからね。はじめて異世界から生命体を喚ぶことに成功した事例が君である以上、帰す手段もまた研究してみないと私たちにも分からないのです」

 

 にこにこと、ニヤニヤと。嫌らしい笑みを湛えながら若い方のローブ男は自分の耳元に顔を近づけてきて小声でささやいてくる。

 

「ですからーーーどうでしょう? ボクと手を組みませんか? ボクはあの老人を追い落としたいと思っています。

 彼さえ失脚してくれるなら、たかがエルフの子供一人に無体なまねをする必要性など微塵もありませんし、子供一人に裕福な生活を保障するくらい訳はない。不要になった証人を消すほどの説得力が君の言葉にあるとも思えませんしねぇ~」

 

 まるでサスペンスドラマに出てくる悪役のセリフそのものであったが、彼は嘘を言ってはいなかった。言う必要がなかったからである。

 彼らの所属する国『オルト帝国』は新興の軍事国家で、民族主義陣営の大巨頭でもある。

 人間族絶対優位が確立されている階級制度の敷かれた帝国にあって、差別階級にある下等種族の子供を嘘で騙して利用する価値はほとんどない。

 証言は物的証拠付きであっても貴族の発言一つで無かったことに出来てしまう。生け贄や偽証言をさせた上で処刑するなどの演出に使ったところで、目立った手柄一つで覆されてしまう。その程度の評価しか与えてもらえないからだ。

 

 だが、一方で帝国は新興の軍事国家として軍事力による拡張政策を実行中の侵略国家という側面を持ってもいる。結果主義であり能力主義なのだ。

 結果さえ出せるなら多少の生まれや家柄などは気にされることなく取り立てられる特別枠があらゆる部署に設けられており、このローブ姿の若者のその一員だ。貧しい下級貴族の嫡男でありながら魔術の才能が突出していたから立身出世を果たせた成り上がりなのである。

 

 そのため彼は魔術研究以上に謀略や交渉に長けていた。味方が少ない自分は味方してくれた者に存分に報いなければ足下をすくわれるだけだと言うことを事実として知っていたから嘘を話す必要性がなかったのだ。

 

 そして、彼女という『上司が喚びだした失敗例』が持つ存在自体の利用価値までもを熟知していたのもまた、この場においては上司本人ではなく彼一人だけであった・・・。

 

「あなたと言う役立たずは、その存在そのものが彼の無能を証明する絶好の物的証拠になりうる。あなたはただ、私の側で生き続けてさえいてくれたらそれでいい。

 それだけで彼は追いつめる材料になるし、追いつめられた彼が成果を上げたらそれはそれで構わない。次を狙うまでのことです。

 焦らずに相手の失敗を待っていれば、あなたを活かせる場面はいくらでも向こうから提供してくれるようになる。私はあなたを養うことで、彼を追いつめるカードを懐に忍ばせ続ける事が出来るようになるのですよ・・・。

 どうです? 悪い取引ではないでしょう?」

 

 舞台『メフィストフェレス』の主演俳優さながらの笑顔で言い切って見せた彼は、その後少しだけ雰囲気を和らげて安心させるように付け足しておくのも忘れない。

 

「ああ、安心してください。用済みになったから処分なんて素人臭い真似はしませんから。どんな状況下であろうとも『殺す必要のない相手を殺した』と言う事実は政敵にとって、つけ込まれる隙となり得ます。

 それに、すべてを得た成功者に小物一人が何を叫んだところで誰一人耳を傾けちゃくれませんからねぇ。「妬んでるんだろ」の一言で終わりです。

 私はこれでも下層階級の文化には詳しいものでね。貧乏人の妬みが生み出した貴族のイメージを利用する手法には精通しているんですよ。アレの犠牲に加えさせられるのはごめん被りたい。

 ですからあなたも、安心してボクの手を取ってくれてよいのですよ?」

 

 にっこりと笑って差し出された手に、おそらく嘘はない。少なくとも現段階に限っては、だけども。

 状況次第で彼の証言は幾らでも覆り、手の平は返され続けるのだろうけれど、そんなものは政略やら謀略の世界では当たり前の話でしかない。手を取るなら、それを踏まえた上で取るべきだろうなぁと思いながら少女が悩み始めていたところ。

 

 

「こら! 先ほどから何をやっておる! 早く元の位置に戻らぬか! お主がいないのでは次なる儀式が始められんではないか!」

 

 若者を次席と喚んでいた老人の怒声を耳にして、その声がヒステリックな色をまとっている事実に気づいた彼女は『別案』を考えついたので若者の耳に小声で伝えておく。

 

 相手は「え?」とだけ返事をして「うん」とも「いいえ」とも言ってないから答えを得たことにはならないが、こういうのは既成事実化してしまえば済むものだから気にしなくてもよいだろうと少女は割り切った。

 

 

 

「・・・偉そうに見栄張るだけで、この人がいないと何にも出来ないんですね。あ~あ、なんて役立たずなお爺さん。いっそ、死んじゃえばいいのに」

「なっ!?」

 

 今まで黙りこくったまま一言も口を開かなかったエルフの少女が放った第一声、それが思いもかけない不意打ちとなって帝国主席魔道師ガユスの精神を大きく揺さぶりバランスを崩させた。

 口をぱくぱく開閉させながら徐々に顔色を青から赤へと変えていき、限界に達して大声を出し怒鳴りつけようとしたその瞬間、待ちかまえていた少女の口から用意されていた猛毒の塗られた言葉の刃がガユスの咥内めがけて差し出される。

 

「きさっ・・・・・・!!」

「あはは、青から赤になった。タコみたーい。頭もおんなじツルッパゲ~♪ もしかしてお爺さん、タコ人間の親戚かなにかなの? お父さんがイカで、お母さんがタイかヒラメだったりするのかな?」

「・・・・・・・・・」

 

 思わず発しかけた怒声が雲散霧消してしまうほどの暴言の連発だった。

 普通の家柄なら、まだ子供の口さがない悪口で止めておけたかもしれないレベルであったが、種族差別が激しく『人間族が優遇されている帝国社会』にあって、『エルフの子供が人間の貴族に対して』言っていい限度を超えすぎていた。

 不敬罪だけで数十回死刑が適用されるレベルの暴言。それをエルフの少女は止まることなく邪気のない柔らかな笑顔で連発しまくってくる。

 

 敢えて難しい言葉を使うことなく、子供らしい表現のみを用いて分かり易くガユスを小バカにしまくるエルフの少女は確信犯だった。確信犯でないなら、それ以外の何と呼べばいいのだろう?

 

 少女は既に老人の心理を把握していた。普段はあったことがないから分からないが、今この時点では老人の心理は幼いガキと同レベルでしかないことを見抜いていた。

 プライドが大事なのだ。守りたいのだ。威厳やら沽券やらを守らなければいけないと、嘗められてしまったら終わりなのだと思いこんでしまっているのだ。

 

 ーーーその方が、我慢して子供の相手をするより楽だったから。

 

 怒りを抑える努力をするより、爆発して生意気な子供を成敗し、もって後方から見ているだけの役立たずな衛兵たちと生意気な次席に若造に自分の怖さと恐ろしさを示してしまえば片が付くーーそんな子供じみた妄想を、おいしそうな人参として目の前に垂らされてきたから飛びつきたくなってしまったのだ。

 

 仮にこの時点から冷静さを取り戻しても遅い。言ってしまったことは取り消せない。傍らで沈黙しながら窘めるフリをするタイミングを推し量っている次席に優位を与えてしまっている。今の失態を取り消すためには、より大きな成果を出すより他に道はない。

 皮肉なことに、帝国がまだ発展途上だった頃の若い時分に若き皇帝とともに帝国の礎を築き上げてきた彼もまた『元成り上がり』であり、成果主義が第二の本能として身についてしまっていた。

 

 それを逆用して追いつめてくる者がいるなど想像すらしないままにーーーー。

 

「せ、せ、成敗してくれる!」

 

 主席魔道師は持っていた杖を振り上げながら少女に近づいていく。

 魔法を使って殺せば一瞬で終わるのに、彼が攻撃魔法を使用しなかった理由は帝国軍の強壮さを支える大きな要因として他国を凌駕する魔道軍事技術があるからだった。

 

 帝国軍が誇る偉大なる神秘の力・・・それを無力なガキ一人を殺すのにためらいなく使用する『帝国魔道技術の開発局長の老人』・・・醜態などと言う言葉ですまされるほど軽い馬鹿話ではない。間違いなく一生ものの名誉に傷が付く深手だ。

 たかが名誉、たかが沽券。

 されども、軍事力で他国を威圧して支配するのが拡張政策を採る新興の軍事国家オルト帝国である以上は、軽視することは不可能な事案でもあるのだった。泳ぎ続けなければ沈むしかないのである。

 

 エルフの少女がこれらの事情を、今までの会話内容から半分は無理でも三分の一以上は察することが出来ている可能性など思い至るはずもなく、ガユスは一歩一歩、威圧目的からゆっくりと少女に近づいてゆく。

 

 老人の破滅へと向かう背中をそっと後ろから押してあげるために、次席の若者は老人に向けて真摯な態度で話しかける。

 

「お止めくださいませ、ガユス様。たかだか子供の戯れ言です。偉大なる帝国主席魔道師の地位にあらせられるあなた様が自ら手を下す価値など存在しない相手です。

 お気にさわるのであしたら、あなたさまの忠実なる僕のわたくしめにお命じくださいませ。直ぐにでも生意気な口を閉ざさせてガユス様の眼前にひざまづかせてご覧に入れましょう」

「黙っておれと命じたはずじゃぞ次席! 部下如きがでしゃって差し出口を叩くな!無礼者が!」

 

 ガユスは怒鳴り、次席の言葉を一蹴しただけでなく発言権そのものを封じてしまった。恭しい態度で頭を下げることで主席の命令を受領する旨を示して見せた、このときの次席の冷静な態度は頭に血が上った老人にとって猛牛の前に振られた赤い布と言うよりかは、経験が浅く怖いもの知らずな若武者に功を焦らせて死番をやらせようとしていると言った方が正しかっただろう。

 

 ーーなにしろ老人の視界に、これから時分が殴ろうとしているエルフの少女は写っておらず、ただただ次席からバカにされ扱き使われるようになる近い将来の自分自身の姿の幻覚しか写っていなかったのだから・・・。

 

(ーー有り得ん! そのような未来は絶対にあり得てはならんのだ! このような出世ばかりを考える理想無き愚劣な輩に帝国の未来を委ねることは断じて許されない! 陛下の掲げた理想は、このような野心家に理解できるほど小さきものではない!

 こやつがワシに取って代わってしまったならば、必ずや帝国軍を変質させてしまうじゃろう・・・そうなってしまってからでは遅いのじゃ!)

 

 頭が沸騰し、過去と現在と今の自分の行動とがバラバラになってしまっていることに気づいてはいなかったが、それでも老人の『過去だけは』冷静に帝国の現状を見つめていた。ーーそこに目の前の少女は存在すらしていなかったけれど・・・・・・。

 

「生意気な餓鬼めが! 思い知るがよい!」

 

 分を弁え、黙ったまま動かずに懲罰の一撃を待っていたエルフの子供を(彼の常識的見解ではそう見えていた)黙って殴られるのを待ち続ける平民として、いつも通りに腕のスナップを利かせて大仰で派手な見せかけが怖く鋭くなるよう演出した『帝国貴族式懲罰マニュアル』に記されている訓練通りに体に勝手に行わせながら、彼の心はなおも今いる場所から遙か遠く思い出の地平線上に旅立ち続けていた。

 

(確かに帝国の現状は良いものでは決してない。陛下の理想とは程遠い状況にあるのは間違いない。じゃが、今の帝国は過渡期にある! これを乗り越えた後にこそ真の国作りが待っておるのじゃ!

 まずは《破壊》の時期! 頭に堅い旧世代どもを一掃し、次なる土台作りとなる《創業》のための礎とする! 帝国一国でこれを成すためならば、ロクデナシの野心家たちとて利用し尽くし、成した後に切り捨てるとした陛下こそ覇王の器よ!

 さらに《発展》の時期! 滅ぼし尽くした旧世代に代わり、我らかつての非差別階級が大陸を正しく統治する! 不正をただし! 内政を整え!

 国内を充実させた後に帝国はその役割を終え消滅し、全大陸国家をすべて併せた超合衆帝国が誕生すーーるぶぅっっっ!!!??)

 

 

 思考を中断させられた老人は、強制的に現実世界へと立ち戻らされていた。

 振り上げて、振り下ろそうとしていた杖は床に落ち、年老いて尚ガタイの良かった老人の体が小刻みに震えだし、見れば肌に脂汗が浮いている。

 

「が、ガユス様・・・? いったいどうなされまし・・・た?」

 

 何が起きたのか分からずに、衛兵が唖然としながら質問すると、老人は彼らの方を振り返る。否、無理矢理に振り返らせられる。

 

「!!! ガユス様!」

 

 

 

「動かないで下さい。この老人の目を潰されても良いのですか?」

 

 至って冷静な口調のまま、崩れ落ちたガユスの両目にエルフの少女がチョキを突きつけて脅しをかけてくる。ガユス自身の両手は男にとって最大の急所である股間を押さえるのに使われていて、自力での脱出は叶いそうにない。

 ガユスの着ている装飾過剰なローブが邪魔をして衛兵たちには見えていなかったが、少女は目の前まできて杖を振り上げた老人の股間に自分の小さな拳を思い切り叩き込んでいたのである。

 子供に金的を食らわされるなどとは流石の帝国主席魔道師にも予測できなかった攻撃のために回避も防御も不可能だった。一応の物理防御手段として身につけていた魔法のオーブも限界を超えた痛みにまでは役に立たない。

 

 ーーーまさか尊敬し敬愛する皇帝陛下の理想成就のための戦いのさなかに、ローブの下に普通の下着しか穿いてなかったのが裏目に出る日が訪れようとは夢にも思ったことがなかったガユス老人である。当たり前だけれども。

 

 

「貴様! 反抗するか!? ガユス様を離せ!」

「こちらからの要求を伝えます。この城だか屋敷だかの出入り口まで案内する道案内を用意しなさい。私はこの方と一緒に適当な部屋で休ませてもらっていますから、用意ができたら大声で呼んで下さい。すぐに参ります」

「汚らわしい亜人の分際で、我が帝国軍に要求を突きつける権利があると思っているのか!? 分際を弁えよ!」

「とりあえず人質の返還はあなた方が誠意を見せてくれたと解釈した場合に限り、とさせていただきましょうかね。とは言え刃を突きつけられたら私としても覚悟を決めざるを得なくなることをご承知お気下さい。これだけの事をしてしまった以上、逃げ切るか殺されるか以外に道がないことは重々承知しておりますので」

「こ、こいつ・・・。人の話をまるで聞く気がねぇ・・・っ!!」

 

 衛兵戦慄。ここまで居直りまくってマイペースに徹する犯罪者の相手をつとめるのは彼らとしても初めての経験である。まったく対応の仕方が分からない。

 ・・・つか、自分の都合しか言ってこない奴を相手に何をしろと? 槍でぶっ刺したらガユス様死んじゃうし、自分たちだけ大損させられるんですけれども?

 

 責任とってくれる責任者が敵の手に落ちてしまったがために、半身不随にさせられてしまった帝国軍の衛兵二人。なまじ実力主義結果主義で押し進めてきた分だけ、手柄にならないと分かり切ってる事柄に直面したさいには責任逃れをする方向に思考が傾くのである。

 

 この場のナンバー1を失ってしまった彼らは、そろってナンバー2の方に視線を向けた。助けを求めるようにではなく、誰でもいいから自分たちに命令して欲しいと飼い犬根性が染み着いた負け犬の瞳で『彼らの新たな上司になるであろう人物』を見たのだ。

 

 次席もまた落ち着き払った態度で少女を見て、話を聞く気のない相手に自分たちの要求だけを伝えておく。

 

「あなたからの要望はこれから陛下に取り次ぎます。要望が入れられるかどうかは陛下次第です。あなたに決定権はありません。

 それから忠告しておきますが、ガユス様と陛下は古くからのご友人。友人想いな陛下は友にかすり傷一つでも負わせた相手を決してお許しにはならないでしょうね。せいぜい気をつけなさい」

「了解しました。あなたの誠意に感謝して、立てこもる部屋にはこの部屋の近くにある部屋を使ってあげますよ。

 それとこれは私からの忠告です。付けてきたらこの人殺しますから、そのおつもりで。じゃ」

 

 たったったっと。

 大人を抱えた子供の足とは思えないスピードで走っていってしまった少女の足音が消えてから次席は衛兵をジロリと睨みつける。

 

「何やってんですか? 早く後を追いかけて追跡しなさい」

「は? で、ですが賊はガユス様を人質に取っており、下手に追跡すれば命の保証はないと今さっき自分で・・・」

「バカですか? 犯罪者の言葉を真に受ける治安維持要員なんてゴミ以下です。さっさと役目を果たしてきなさい。サボってると陛下にチクって処罰していただきますよ?」

「し、しかし! 自分は敵を倒すのではなく、王城を守る衛兵として! ガユス様の御身の安全を第一に考えて行動すべきであると確信しておりますれば!」

 

 『ガユス様のじゃなくて、自分のでしょ』ーーそう思ったが次席は言わなかった。木っ端役人の責任逃れなんざ日常茶飯事だ。問題視するよりかは利用して働かせた方が手っ取り早いし効率がいい。

 

「素人ですかあなたは? 彼女の安全はガユス様によって保たれているのです。彼が死ねば彼女も確実に殺されてしまう。それぐらいは分かる程度の冷静さは残っているみたいですから追跡だけを命じたのです。何も捕縛やら危ない橋を渡れといった覚えはありませんよ」

「し、しかし・・・」

「むろん、ガユス様の安全が第一である以上、彼に危険が迫っていると判断したら即座に逃げ帰ってきてくれて構いません。追跡の役割は果たしたと上には報告しておいてあげますし、誘拐されたのがガユス様である以上は潜伏場所だけでも見つけることが出来たら大手柄です。上司に報告すれば多額の報奨金を出してもらえることでしょうねー」

『!!! 今すぐに行って参ります!!』

 

 だだだだだだだだだだっっ!!!!!!

 

 

 ・・・・・・先を競うように足音を盛大にたてながら走り出す衛兵二人。あれでは追跡という言葉の意味すら理解しているのか怪しいところだった。所詮は人数合わせの駒として雇っているだけの下民である。

 

 後ろめたい儀式の実験だったため、口封じしても惜しくないような人選をしておいたのが、まさかこんな形で活かされるとは選んだときには思いもしなかったが・・・。

 

「バカですねぇー、一人の追跡対象に二人の衛兵が手柄目当てで追跡するなんて。

 あれじゃあ上司への報告する順番を競うことしか頭になくなって、犯人が室内に居続けるかどうかを確認する監視役を一人残すなんて発想は出てくるはずがないでしょうからねー」

 

 溜息を付きたくなるぐらい、簡単に手玉に取られている実感が彼にはあった。

 帝国軍の躍進を支えてきた『勝利はすべてを正当化してくれる!』の国是が逆用されまくられている。しかも、あんな子供にだ。いったいガユス様はどこの世界から何を召還してしまったのだ?と本気で問いつめたい気持ちで胸がいっぱいになる次席の青年であった。

 

「まぁ、どのみちガユス様の命は保証されてるわけですから気にしなくて良いでしょうし、私は私で有り難くこの状況を利用させてもらうとしましょうかね。

 ガユス様にとってあの少女が疫病神であるように、私にとっては幸運をもたらす小悪魔になってもらうためにもね」

 

 そうつぶやいて部屋を出て、皇帝の待つ居室へとむかって足早に歩きだす。

 

 新興の軍事国家オルト帝国の居城『ユグドラシル』の宮廷内に、老魔道師ガユスの痛みを訴える悲鳴が途切れることなく響きわたり始めたのは、彼が皇帝と謁見して事情を説明している最中からだった。

 

 

 

 ーーーこうして、大陸中すべての国々が預かり知らぬ事情と事件が帝国の王城内で発生していたわけであるが、別段今の段階でそれが何を生むというわけでもない。今日が終わるまで事件は大きくとも事件の範疇に収まる規模で終わるはずだった。

 

 誰が知るだろう? この事件が大陸全土に覇を唱えていた巨大軍事帝国オルトの滅びを告げる始まりの一夜になることを。

 誰が予想できるというのだろう? 悪辣で知られる帝国軍の諸将を慄然とさせる行為を続発させる敵将が出現することを。

 

 

 この夜、盟友ガユスを救出するため強攻策に訴え出たい己の気持ちを「悲鳴が聞こえている間はガユスは確実に生きておる・・・!」と抑え続けた皇帝が、無事年来の友を救出したとき、室内には両手の指の骨すべてを折られて縛られていた彼一人しかおらず、犯人はとっくの昔に王城の外へと脱出していることを知った彼は激怒して捜索隊を発し、他国へ通じる四つの関所の内、友好国ではない三つのみに人員を集中することで捜索網の密度を増すことに成功したのだが、それが思わぬ誤算を招くことになるとはこのときの彼は露ほども思っていなかった。

 

 

 翌日、青ざめた顔色の宰相が報告に上がって奏上してきた捜索隊が捜索に当たっていた兵士の一人を敵に捕らえられ、翌日無事に見つけだしたところ怖くなって捜索が遅々として進まなくなってしまったというのである。

 

 

 皇帝は宰相に問うた。

 

「どのような状態にあったのか」と。

 

 宰相は答えた。

 

「首から下が地面に埋められ、顔中に近くの木や草花から採取したと思しき樹液や花粉などが隙間なく塗られ、朝になってから寄ってきて虫たちに鼻やら耳やら口の中までもを蹂躙され尽くしたそうにございまする・・・」

 

 そして、捕虜の血で書かれたと思しき文章が彼の顔の直ぐ側に書かれていて、それにはこうあったと言う。

 

『帝国に味方するなら、ぜんぶ敵』

 

 

 ーーと。

 

 

 剛胆で鳴らした皇帝は報告を聞き終えた後、思わず口元をひきつらせたと歴史書には記されている。

 

 

主人公の設定:

名無しの転生者(もしくは転移者。詳しいことは分かっていない)

 元は歴史好きの男子高校生。現在は銀髪のエルフ幼女(この世界でもエルフはふつう金髪碧眼。なので同族から見ても異端)

 転移か転生を果たしたときにチートを得ているが、それほど大したチートではない。せいぜいが一流の武将と一騎打ちできるという程度のもの。年齢を考えれば大したものだが、一人で敵軍すべてを屠るには程遠い。

 前世では(もしくは元の世界では)比較的温厚な性格をしており、抑制が利いた言動のせいで逆に印象が薄かったが、この世界に来てからは別人のように素直な思いを表に出している。(要するにヒトデナシの部分を見せることに躊躇いがなくなっている)

 勝つためには手段を選ばない敵の策を逆用し、自らの手で自らの首を絞めさせるような戦術を好む。謀略を好む傾向のある帝国軍の将帥たちにとっては最悪の相手。

 謀略を、「敵の失敗を誘発してミスを待つ敵将頼みのつまらない詐術」と言い切ってしまう性格の持ち主。

 

 

敵手たち

シャルティア・アイゼンバルド。

 帝国の第三皇女にして姫将軍。種族的差別感情の根強い帝国軍上層部にあって数少ない絶対能力主義者。身分も家柄も気にしない剛毅な気質の持ち主で、若い頃の皇帝に似ていると評判。子供たちに中で皇帝からもっとも期待されている公明正大な人物。

 ただし、あくまで人間至上主義を掲げる帝国貴族としての平等性と公平性を尊重している価値基準の持ち主であって、支配者に逆らう者たちには個人的に好意を持っていたとしても生きている価値を認めない。

 名無しの転生者捜索隊の指揮を任されて森林地帯にまで追いつめたものの、実際には罠であり、適当に怪しそうな植物を全部ぶち込んで作った薬を休憩場所近くに生えた草花に塗られ、乗ってきた馬たちに飲まされてしまい移動手段を損失させられる。

 さらには賊の捕縛を優先して食料を現地で買えばいいと考えていたのを逆用されて物資不足にい陥り、やむを得ず徴発した村で隊の一員が怪しい食料を買わされた結果、隊員たちが激しい下痢と吐き気、目眩などの症状に陥らされてしまい、任務続行不可能となる。

 その後、騎士でありながら徒歩で帝都まで帰還させられるという屈辱を味あわされた名無しの転生者を怨敵と見なして激しく憎悪し付け狙うようになる。

 

 

ロンバルト・ゾンバルト

 帝国を脱出した名無しの転生者が次に訪れることになる王国の騎士団長。

 現在、国内は帝国の侵略行為への対処と王位継承問題で揉めており、人望実績ともに豊かな王女が兄王子に代わって王位を継ぐべきだと主張する声が多くなり、国内貴族を二分した内乱の危機にあるのだが、軍部の主流派は騎士団長である彼の派閥に組み込まれているため王家の内輪もめには旗幟を鮮明にしていない。貴族同士で勝手にやっていろと内心では罵っている。

 直属の騎士団主力は国のためでも王家のためでもなく彼個人の権力と特権維持のための軍隊と成り果ててしまっているため、傀儡として使いやすそうな王子の側に付いた方がマシだと考えるようになり、軍隊を率いて反体制派の領地へと参陣するのだが、それが味方の食料負担を増大させるという致命的失敗を犯すことに繋がり経済戦で敗れる。

 

 

シャイール・アイヤール

 反帝国のための同盟を各国に呼びかけて飛び回る若き流浪の少年軍師。

 誠実な人柄だが、時と場合によっては権道を用いる良しとする非常さも兼ね備えている。戦後世界の構想で名無しの転生者と相容れなかったため、最終的には倒すべき敵となると考えるようになる。

 少数での奇策で勝利を収め続けてきたため「天才戦略家」と呼ばれているが、実際には少数で多数を討つ誘惑に駆られやすい戦術家で、戦略に関しては素人もいいところ。

 帝国が条約を交わした貿易国の船を、表面上は帝国傘下の国と密約を交わすことで海賊を装い襲撃させるという奇策によって足を引っ張り勝利と名声を得るが、逆にその密約が徒となって信頼を失い没落の一途をたどることになる。

 

 

カーマイン・クリストフ

 王国の大貴族であるクリストフ公爵の嫡男にして次期後継者。

 眉目秀麗、容姿端麗、才色兼備な才人と名高く国内外の女性たちから一身に恋慕を寄せられる身だが、「自分は妻を愛しているから」と政略結婚でしかないライバル貴族出身の令嬢を大切にして見せている。

 王国内乱時には名無しの転生者に味方するが、本心では王国を見限っており、まとめて帝国に売り払うことで己自身の保身と王国内での特権強化を目論でいる。

 初対面でいきなり自分の表面的な綺麗さすべてを「化粧を濃くして綺麗に見せようとするのは、内面の醜さを自覚している証拠」と言い切られたことから名無しの転生者を逆恨みしており、暗殺や謀略で排除しようとしたのを逆用されて居場所を失う。

 最後には帝国へ亡命するための準備中に、罪が軽くなることを望んだ妻に殺される。

 

 

 

味方キャラクター

 ヨハン・ペテルゼン子爵。ヨアヒム・キルギス伯爵。

 王国の中堅貴族たちの中心人物にして従兄弟同士。

 内乱に従軍させられるなど、貴族にとっても領民にとっても損しかしないから阿呆らしいと思っている。一応の忠誠心はあるので、恩知らずと言うわけではない。名無しの転生者の現実論を気に入って味方に付く。

 「己の利益は領民たちの利益、領地の収益こそが自分たちの財産」と考えている極端な現実的思考法の貴族二人組。優秀だが変人と呼ばれているので知り合いは多いが友達が少なく、いつも飲むときは二人だけ。でも酒豪で酒好き。

 ヨハンはまるまる太ったベートーヴェンみたいな服装と髪型のチビデブで、ヨアヒムは海賊とかの方が似合ってそうな無精髭が渋いオジサンみたいな若者。両人とも三十代前半なのに老けているのが悩み。

 


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