試作品集   作:ひきがやもとまち

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新アニメが始まりだしたばかりでやる事でもないですが、前前期のアニメを原作にした新作です。
『聖剣学園の魔剣使い』を作者なりにアレンジした設定版の二次作。

ただ作者は、アニメ版しか知らずに書いてる原作未読組です。設定が好きだったから使っただけのニワカですので、原作好きの方は不快かもしれませんし、矛盾も多いと思われます。それを承知で読んでいい人だけお勧めいたします。


聖剣使いたちの学園と、黒き魔剣使いの女王と・・・

 

 聖神歴四四七年――

 神々と精霊と魔術が地上を支配した神話の時代において、『最後の魔王』と称された黒き魔剣の王が率いる魔王軍を討ち滅ぼすため、六英雄を擁する人間国家の連合軍は死都ネクロゾアにおいて最後の決戦を行おうとしていた。

 

 既に各地の拠点を奪われ、多くの幹部たちを戦死された魔王の敗北は目前。

 魔王軍と六英雄との長きに亘る戦いは終局の時を迎えつつあったが、最後の抵抗を試みる魔王の反撃もまた凄まじく、両軍の死闘で大地は夥しい血と死体で赤く染め尽くされたと伝説は語る―――。

 

 

 賛美歌のように神の祝福が戦場に響きわたる中、骸骨の軍勢が正面に迫る人間たちの大軍めがけて突撃していく。

 偽りの魂を与えられた疑似生命体でしかない彼らに恐れる心は無く、如何なる大軍も神の加護を与える賛美歌もアンデッドの軍勢を押しとどめる力は無い。

 

 だが彼らの前に、突如として巨大な黄金の木が太い幹を生やして伸び始め、天へ向かって葉を茂らせる。

 まるで養分を求めるかの如く骸骨たちに根を叩きつけながら。太い枝は人間の軍勢たちを空からの脅威より守るために張り巡らせらされた盾のように。

 

 その枝の一つに、美しき姿と怜悧な美貌を持った1人の女性が凜々しく立っている。

 その手に持つは黄金の弓。その背に負うは人を超えて神へと身を捧げた聖人のみが許される純白の翼。

 

 ―――ワァァァァァァッ!!!

 

 人を超えた力を手にする二つの援護のもと、猛々しい雄叫びを上げながら人間たちの軍勢が骸骨たちの軍勢と正面から激突し、両者の間で白兵戦が開始される。

 ある者は手に持つ戦斧でガイコツ兵を切り捨て、ある者は不死なる者の剣の切っ先に心臓を貫かれて大地に横たわる。

 互いに数多の犠牲を大量生産していく決戦場。

 

「――――」

 

 血生臭い下界の殺し合いを見下ろしながら、天使の翼を生やすに至った六英雄の1人『聖女ティアレス』は、徐に弓に黄金の矢をつがえて射法する。

 金色の粒子を大地に降り注がせながら、幾本にも枝分かれして飛んでいく黄金の鏃。

 

 ・・・やがて、『癒やしの力』を持つ光の粒子を浴びた人間の兵士たちは傷を癒やされ、死んだはずの者さえ立ち上がり、再び憎むべき魔王を滅ぼすための決戦へと剣と勇気を胸に復帰していく。

 

 倒されても立ち上がり、神の祝福を得て人を超えた力を手にした英雄たちに守られた人間たちは恐れることなく前へと進み、敵を打ち砕く。

 それはまるで、人間たちの軍勢こそが伝説にある『異形なる魔王の軍勢』そのもののような歪な光景。

 

 戦局は、消耗しても回復できる人間たちの方が有利になったかに見えた。

 しかし―――

 

「―――・・・?」

 

 ふと、聖女ティアレスは顔を上げて空を見る。

 いつの間にか天から降り注ぎ始めた灰色の粒に、いぶかしげな視線を向けた。

 雪のように降り積もる灰色の粒は、倒されていた骸骨たちの背中に舞い降りる都度、まるで雪のように溶けては消えて――ほどなくして意味を知り、瞳を見開くことになる。

 

 ―――がぁぁぁぁぁ・・・・・・ッ!!!

 

 骨で形作られた身体を打ち砕かれて、回復不能になったはずのアンデッド兵たちが再び立ち上がり、人間たちの軍勢へと襲い掛かってきたのである。

 それは聖女自身がおこなった奇跡を、相手もまた行使してきたかに思われたが、それは違った。

 

「なっ!? コイツら倒したはず――ぐわぁっ!?」

「怯むなッ! 六英雄様の加護がある我らに死はな――ぐふぅッ!?」

 

 倒した敵の屍を踏み越えて、前へ前へと進軍していた人間たちの軍勢は、突如として起き上がり背後から襲い掛かってきたアンデッドたちの反撃によって強かに痛撃を被らされることとなるが・・・・・・それだけではない。

 

 アンデッドたちに倒された兵士たちは、聖女ティアレスが放つ癒やしの矢を受けて次々と蘇って戦線に復帰していたが―――その癒やしが届くより先に、心臓を貫かれていた兵士が別の兵士へと襲い掛かって心臓を刺し貫き絶命させてしまった。

 

「――っ、この灰・・・私たちの兵の亡骸まで利用しようと・・・外道めッ!」

『聖女ティアレス! あれヲ見ヨ!』

 

 くぐもった声音で、聞き慣れた声により警告された彼女は再び天空を見上げるため顔を上げる。

 そこには一匹の巨龍が、純白の鱗を神々しく輝かせながら、魔王城めがけて飛翔し、地上の防衛戦力を飛び越えて直接本陣を叩こうと迫りつつある偉容が映し出されていたが・・・・・・やがて白き龍が行く道なき道の先に、思わぬ障害物が黒く染まった姿で幻影のように現れ始める。

 自分が知るものとは異なる、だが見覚えのあるシルエットに聖女は知的な美貌を僅かに驚愕で歪めて、それらの名を呼ぶ。

 忌まわしき者達の、二度と呼ぶことがなくなったはずの名を―――

 

「――『機人王ディゾルフ』『獣王ガゼス』・・・・・・彼らまで蘇らせたというのですか・・・!」

 

 自分たちが、かつて敗北させた魔王軍の幹部たち。

 その屍すら、物言わぬアンデッドと化し、兵士として自分たちとの決戦に用いてくる魔王の悪辣さに六英雄たちは臍を噬む。

 無論、意思持たぬ動く屍と成り下がった今の彼らに往事ほどの脅威度はないだろう。だが仮にも魔王軍の大幹部として人間たちの軍勢を苦しめ続けた魔将軍たちの成れの果て・・・・・・侮れる存在では決してない。

 

 思わぬ強敵たちの復活を前にして、予想以上の死闘を覚悟せざるを得なくなった人間だった者たちの勇者・六英雄。

 そんな彼らの頭上に、ふと声が降り注ぐ。

 

【フフ。外道とは心外だな。名誉ある戦死を遂げた戦死者の魂を冥府から連れ戻し、再び兵の屍に寄生させ、敵を滅ぼすまで死んでも戦わせ続ける外法の徒であるお前たちの行動と、一体なにが違うというのだ? 愚かなるニセ英雄ご一行殿たちよ・・・・・・】

「―――!! その声は・・・魔王!」

『マグナぁス! 愚カナルハ貴様ノ所業! 往生際悪ク抵抗ヲ続ケヨウトハ、ツクヅク許シガタキ傲慢ヨ!!』

 

 天使へと昇華した聖女と、聖樹となった大賢者たちから悪辣さを糾弾された『マグナス』と呼ばれた魔王は笑声で応じる。

 その声には明らかな嘲りと見下し、罵倒と悪意、そして僅かながらの哀れみとが複雑に絡み合ったものではあったが、それらはどれも六英雄たちが魔王に対して求める反応は含まれたものではない。

 

【ならば攻め上がってくるがいい。それが出来たときこそ私自ら相手をしてやる。

 たかが死んだ者の屍に魂を吹き込み、戦場へと戻させただけの雑兵たち程度を突破できないニセ勇者ご一行の相手をしてやるほど、魔王様は暇ではないのでな。フハハハハッ!!】

 

 そう告げて、声は聞こえてきたときと同じく唐突に消え、再開されることは二度と無かった。

 

「『おのれ・・・・・・魔王ッ!!』」

 

 聖女と聖樹は揃って同じ名を罵り、同じ怒りと憎しみとを共有するが、戦況の悪化をも共有することは好ましいことではない。

 決戦はまだ終わっていない。最前線では夥しい血が流れ続けている。

 既に勝敗は決し、最後に残った領地を滅ぼすだけの戦いとなった決戦場で、決着の時が訪れる時期だけは未だ誰の目にも予測することは出来ていない。

 

 

 

 

 

 

 

 各所に髑髏が象られ、青い色の光が灯る蝋燭が照明として幾本も立ち並び、口を開けた人の頭蓋が不気味な紋様のように浮き出ている枯れた巨木に設えられた王の椅子。

 

 魔王城という名で呼ばれるに相応しい、おどろおどろしくも豪奢な造りをした謁見の間に戻ってきて、黒き甲冑に全身を包んだ魔王は玉座に座すため跪く家臣たちの前を通り抜けていく。

 

「・・・・・・魔王様。お戯れが過ぎます、少しお控えくださいませ」

「許せ。緊急事態だったのでな」

 

 居並ぶ家臣たちの中、戦場へと自ら出陣して戻ってきたばかりの主に向かって、不満そうに換言した1人に向かって、魔王は苦笑と共に鷹揚な返事で応じてやる。

 発言の主は場に似合わぬ出で立ちをした、場にそぐわない年齢を持つメイド服姿の少女だった。

 その声には、換言というわりに否定的な響きが乏しく、むしろ心配だったという感情が強く滲み出た愚痴といった方が良い言葉であったが、魔王にとっては返す返答はどちらであろうと変わることはなかっただろう。

 

「魔神アズラエルの異次元城も、竜王ベイラの魔竜山脈も、海王リヴァイズの海底大要塞までもが既に陥落した今となっては、後方支援だけとはいえ私自身が出なくては即日の内に落城は免れん。

 六英雄全ての攻撃を1人で対処せねばならなくなった以上、仕方がないことだ」

「それは・・・理屈は分かりますが、しかし・・・」

 

 メイド少女が黙り込まされると、代わって声を上げたのは彼女の傍らで蹲っていた巨大な黒毛の魔狼。

 

『機人王ディゾルフと獣王ガゼスもとうに敗北し、表で戦わせるため相当に主も無茶をした。

 残るは、この要塞『デソールド』のみとなった戦況で、これ以上の使用は家臣として看過できかねる』

 

 人の言葉を解すことができ、伝説の種族の王族でもある魔狼の王から言われるまでもなく、これ以上同じことが出来ないことは魔王自身も承知していた。

 魔力だけなら不可能ではないが、それでは“誓い”が守れなくなりかねない・・・。

 

「冷血女の聖女ティアレスも、上から目線の龍神ギスアークも神の誘惑に屈して陥落し、プライドだけが無駄に高い大賢者アラキエルの糞爺に至っては、とうの昔に人の心を売り渡して奴隷になりたがるミイラに堕した愚か者だったからな。

 それでも尚、六英雄と称えられ続けた奴らの力が、この要塞攻めへと集中されてしまっては流石に守り切れん。今回は凌いだが・・・・・・おそらく次は、無い」

 

 不愉快そうな表情で手甲に顎を乗せながら、魔王は吐き捨てるように現実を受け入れる言葉を口にする。

 自分たちは負けたのだ。この段階まで来て今さら挽回は無い。

 なんとか自らが最小限度の魔力消費で可能な支援をおこなうことで最初の攻勢だけは弾き返すことはできたものの、人間側は体勢を立て直すため一時後退しただけで、次は先程よりも更に攻撃の手を強めてくるだろう。犠牲など考慮しないほどの攻勢を全力で・・・・・・。

 

 そうなってしまっては、限りある力を『残しておきたい自分たち』の側が一方的に追い詰められて廃滅するのは避けようが無い。

 

『それ故マグナス殿。貴殿は最後の魔王、ここで散ることは反逆の女神も望まぬはず。ここは――』

「分かっている、ブラッカス。・・・・・・私は約束を破ることだけは、する気はない」

 

 狼王からの進言に応えると、溜息と共に玉座を立ち上がって歩き出し、城の隠し通路の奥へ奥へと歩み出していく。

 それと時をほぼ同じくして、城の中がズズンと音を立てて揺れ動かされた。・・・・・・六英雄たちの再攻勢がはじまったのだ。

 アンデッドと化して弱体化した二大魔王たちでは、敵の総攻撃をいつまでもは防ぎ続けられるものではない。今すぐでは無いが、遠からず彼らは敗れ、この城も落ちる。

 自分が出ればまだまだ戦線は維持できるし、6人の英雄たちの半数ぐらいは道連れにできるのは確実だが・・・・・・そのための消耗が少なくないのも確実だろう。

 

 ――それでは“彼女との約束”を果たすための力が足りなくなる恐れがある。

 

 王はそう考え、この戦いは『負けでいい』と敗北を受け入れる決定を選んだのだ。

 もとより、此度の戦いは予想された必然のものではあったが、人間共から仕掛けてきたものであって、自分から求めてのものではない。

 そんなことに勝利するため、『約束を守るため必要な力』を使い果たすなど、それこそ魔王には決して許容できない『裏切り』だった。

 

 やがて黒い全身鎧に身を包んだ魔王の姿は、黒水晶の前に立つ。

 そこは封魔壁によって完全に閉ざされた魔王城の中で最も強固な守りを持つ部屋の中。

 たとえ城が陥落し、城壁が破られ、城の内部の至る所が人間たちの軍勢によって破壊され、奪い尽くされようとも、この場所だけは『定められた時』が来るまで誰であっても立ち入る事すら不可能になる。

 

 そう。誰であっても、自分自身であろうとも。

 定められたときの『1000年後』まで、この部屋の扉が再び開かれることは二度と無い。無くすことが可能になるよう作られた特別な聖域。

 

「故にニセ勇者一行の六英雄たちよ。今回は勝利を“譲ってやろう”

 もしまた何かの因果で、時の果てでも再会することがあり、私が彼女との約束を果たすのを邪魔するようなことがあったとしたならば―――その時は約束通り、私自ら貴様らに敗北を与え、正当なる勝者の地位を頂くことにしよう。

 私は貴様らと違って約束は守る王なのだから・・・・・・」

 

 

 

 ――聖神歴四四七年。

 斯くして魔王は六英雄たちによって滅ぼされ、魔王軍は敗北し、人間たちは勝利を得た。

 己の力のみを信じた傲慢なる魔王に、六英雄と共に絆の力で立ち向かった人間たちの協力と団結が神と運命に勝利を与えさせたのだと、伝説には記されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして―――その決戦が行われた年から15年前のこと。

 

 とある国にある【シドンの荒野】と呼ばれる場所を、1人の若者と1人の勇者が石切場を目指して歩いていた。

 

「いや、参りましたよ。石切場なんて、そもそも働き手が少ない職場なのにガーゴイルにやられてしまうなんて・・・」

 

 先を行く先導役にして案内役の青年は、後ろからついてきている10歳近くも年下の人物に向かって慇懃な口調で語りかけていた。

 彼は地元民の若者であり、今向かっている石切場が大きな収入源になっている土地の住人でもあった。その場所に最近『ガーゴイル』という魔物の一種が住み着いてしまって人を襲うようになったせいで職人たちが集まらなくなってしまった。

 

 何とかして欲しいと奏上したところ、治安維持の任務に当たっている人物が派遣され、現地まで案内する大事な役目を仰せつかったのが彼だったという訳である。

 そう。この土地に住まう彼にとって非常に大事な、重要な任務を与えられて、彼はその人物を石切場まで案内しなければならなかったのである。絶対に――。

 

「でも、聖剣の勇者様が助けに来てくださって、感謝してもしたりません。いやー、本当にありがとうございます」

「ふ・・・」

 

 笑顔でお世辞とも本心ともつかぬ謝辞を述べられた、聖剣の勇者と呼ばれた人物は、皮肉気に小さな笑い声を発した後、やや冷たさを感じさせる瞳で前だけをシッカリ見据えながら相手の言葉にはキチンと応え。

 

「もとより、この地域一帯の治安維持は国王より任じられている、私が果たすべき役目でしかない。

 私は当然の役目を果たしに来ただけのこと。当然の役目を果たしに来ただけの相手に、わざわざ謝辞を述べる必要は無いさ。

 果たすべき役目も果たさなかった無能に成り下がったときに、罵倒だけしてくれれば、それでいい」

「そ、そうですか・・・えっとぉ・・・」

 

 あまりにも生真面目すぎる返答の内容に、男の方が鼻白んだように視線をさまよわせて言葉を探し、誤魔化すように媚びるように、こういう時に“こういう役目を果たす際”に言うべき言葉の定型文を、相手を案内する役目に従って実行に移す。

 

「ですがその・・・ま、マグナス様はご立派ですよ。他の六英雄様たちが王都や聖都の守護をされている中、こんな辺境の魔物を退治しに来てくださるのですから」

「それもまた、王が与えた役目だからな。彼らは役目を果たしているだけなのだから、仕方のないことだろう。――それとも王の差配に、なにか不満でもおありで?」

「い、いいえいいえそんな! 滅相もありません! わ、私はただ!?」

「ハハハ、冗談ですよ。お気になさらず」

 

 全く笑っていない生真面目すぎる表情のまま、そんな事を言われたところで説得力は0以下しか無い。案内役の男としては顔を引きつらせて作り笑いでもするしかない状況だったろう。

 

 挙げ句、続けて勇者が放ったセリフもまた碌でもなく。

 

「それに、魔物の相手など私にとっては可愛いものだからな。存外、飼い慣らしてみるのも悪くないかも知れないと思っている程度の存在ですよ」

「は、はは・・・ご冗談を。魔王ゾウルバディスを討ち滅ぼした勇者様のお言葉とは思えません・・・」

「おや? そうですか? 現にこうして魔物被害にあなたがたは苦しんでおられるはず。飼い慣らして害をなくせるなら、それは国にとっても王にとっても益になる。そうはお考えになりませんので?」

「それは・・・・・・まぁ、そうかもしれませんが・・・・・・」

 

 男は再び押し黙り、イヤそうな目つきを背後についてくる年下の人物に向けて毒の刃を刺すように見やる。

 イヤな相手だ――そう思わずにはいられなかったからだ。

 何かというと正論を述べてきて、コチラの思惑通りに乗ってくれず、追求するための口実を相手に与えてこない。

 

 可愛げがなく、生意気だとさえ感じさせられる。

 たとえ国を救った勇者と言えど、自分より年下の子供である事実は事実なのだから、もう少し年上に気を使って言葉を選べないものかと思わずにはいられなかった。

 

 だがまぁいい―――男はそう思い、相手に対する悪感情を敢えて押し込む。

 もう少しで任務は終わり、その時には二度とコイツに気を使う必要は無くなるのだ。

 だったら今だけ我慢してやるぐらいは勘弁してやる――そう考えて、利害損得故の沈黙と悪意の自制を自らに課し、

 

「あ、あの場所ですっ。あの石切場にガーゴイルたちが!」

 

 そして目的地に到着して―――別行動を取る時期が訪れる。

 

 

 

 

「ほう、ここですか。・・・・・・で? 私が倒すべきガーゴイルたちは今どこに――」

 

 案内された石切場の中央近くまで招き入れられた勇者は、周囲を軽く見渡して上下左右も見ながら、ガーゴイル退治を依頼してきた案内役の男に振り返りつつ質問を放とうとして―――途中で辞めた。

 

 いなかったからだ。聞く相手がいなくなっている無人の場所に問いかけても意味は無い。

 

「・・・ふむ」

 

 しばらく待ってみたが特に反応が無かったので、とりあえず自衛手段として聖剣を抜いておくべきかと柄に向かってゆっくりと手を動かそうとした―――その瞬間。

 

「ぐぅ・・・っ!?」

 

 突如として万力のような力で身体を押さえつけられてしまい、身動きが取れなくなってしまった!

 見ると、石切場の周囲を囲む壁の上から、幾人かの魔術師たちが上半身を現して、三方向から戒めの上級呪文を放ってきていた。

 それなり以上に腕のいい魔術師たちであるのか、勇者である自分の力を持ってさえ簡単には戒めは解けそうも無い。

 だが、それも時間の問題であり、時間さえ掛ければ相手が全力で掛けてきている戒めを突破して剣を抜くことなど難しくは無い。

 

 ただし、そのことを襲ってきた側が考慮していなかったらと言う前提条件付きではあるが――。

 

「抜かせるな! 早く、鎖を!!」

『ははぁッ!!』

 

 そして予想通りと言うべきなのか、今度は石切場の左右から壁の後ろに隠れていたらしい屈強な肉体の兵士たちが飛び出してくると、仕事道具として設置されていた石切場のフック付き鎖を投げつけてくると、勇者の身体にまとわりつかせ、四肢を戒めて物理的にも動きを封じると四方から全力で引っ張り、大の字で空に磔となった姿を槍先の前にさらさせることに成功されてしまう。

 

「ぐっ、しま・・・っ」

『殺れぇぇぇぇッ!!』

 

 隊長格らしき男からの号令が響き渡り。

 自分に向かって揃えられていた十本近い槍の穂先は、真っ直ぐに勇者の腸へと突き出され―――やがて刺し貫かれて血反吐を迸る。

 

 

 グサァァァァァァッ!!!

 

「ぐ!? ふぅえぇぇ、ぇ・・・・・・・っ」

 

 

 何本もの槍によって腹を貫かれ、背中から刃が深く突き出した姿を空中にさらし者にされ、それでも何とか脱出しようと僅かな間だけ藻掻いてから・・・・・・やがて勇者の身体は動かなくなる。

 

 痙攣していた手の平の先が、やがて力を失ったように脱力してダラリとぶら下がり。

 目には未だ震えが見えるが、瞳孔は開きかけて急速に光が失われていく。

 

 明らかに死へと近づいている勇者に―――いや、勇者“だった物”に成りつつある姿を確認して隊長は、「よし降ろせ」と部下たちに命じる。

 

 魔法と共に鎖が解かれ、冷たい地面へと堕とされた勇者は、腹から何本もの槍を突き出したままの姿で仰向けに横たわり、うつろな視線で空だけを見上げたまま、失われて二度と取り戻せなくなったナニカを見つめ続けている・・・・・・少なくとも隊長には、そのように見えたのだろう。

 

 哀れみか同情か、はたまた自己顕示欲の発露でしか無かったのか。

 既に死んでしまった死体と思っている相手に向かって彼は、

 

 

「――我らが主君を脅かす勇者マグナスも、これで終わりか・・・」

「国王以上に民衆の尊敬を集めてしまったのが、徒となったな」

「魔物を“可愛いもの”と言って、“飼い慣らす”などと世迷い言を吐いているのを俺は聞いた。どうにもならんよ、この勇者様はな」

 

 姿を現した案内役の男も加わり、今回の一件を仕組んだのが誰であったか、今では誰が見ても明々白々な状況だったが・・・・・・今となってはどうでもいい状況でもあった。

 どのみち死体だ。死体が真相を知ったところでどーにもならないから、どうでもいい。

 そういうつもりで兵士たちは勇者の死骸に、嘲りの言葉と哀れみの言葉とを同時に吐きながら、死体はそのままにして背を向ける。

 

「地位や金に欲を見せてくれれば、懐柔することもできたのだがな―――」

 

 そんなことを言いながら去って行く、王国の兵士たち。

 よくある状況。よくある話。

 世界を救った勇者も、無能な権力者からすれば平和の中で使いこなせず、英雄は平和の中では人殺しでしか無いから殺されるのだと、相手に責任をなすりつけて綺麗に飾り付けたがる。

 

 本当によくある話だ。

 平凡で平凡で、どーしようもない退屈極まりない人間社会でも、それ以外の種族でも、恐らくはどこでも誰にでも同じ状況が生じたなら起こりうる当たり前すぎる平凡なフツーの出来事。

 

 だからこそ―――

 

 

 

 

「―――そうか。この地域で治安を乱していたのは国王陛下だったのか。ならば治安維持として退治するのが私の役目になるのだろうな」

「!? 貴様! まだ生きて―――」

「邪魔」

 

 ブォン!!と、軽く聖剣を抜いて一閃して風を起こさせる。

 ちょうど壁の上で間抜けな魔術師たちが、再び魔法を唱え始めていたので一纏めに吹き飛ばしてやり、背後にある壁なり大木なりに背中を強く打ち付けて気絶させてやる。

 

「が、はぁっ!? ・・・・・・グフゥ・・・」

「・・・やれやれ、脆すぎるな。こっちはそれなりに痛いのを我慢して、真相を教えてもらえるまで回復するのを待っていたというのに、痛痛つつぅぅ・・・」

 

 周囲を取り囲もうとしていた全員が気絶させた手応えを感じ終えた後、改めて深手を負わされた身体を治療するため動きを止めて、魔法と聖剣の力も使って傷を癒やす。

 

 石切場に1人だけ残された後、後ろを振り返るまでの間に幾つかの呪文を使用しておいたお陰で何秒分かはダメージを大幅に抑えることが可能だったものの、やはり死にかけるのは痛すぎるのは事実なようで、完全回復までには数日間は安静にしている必要がありそうだった。

 

「はぁ、はぁ・・・・・・この身体じゃ流石に今すぐ、治安維持活動のため王城に乗り込んでって、罪人である王の首を取るのは無理か。しばらくは隠れ潜んで追跡をかわすしか無いなぁ・・・やれやれ、あ痛痛ぁぁぁぁ・・・・・・」

『―――惨いね』

「あ・・・?」

 

 腹を押さえながら歩き出した長後のことだった。

 どこからともなく声が聞こえてきて、振り返った先に――綺麗な女の子が立っていた。

 

 ポツリ、ポツリと。雨粒が落ちてくる。

 最初は一粒か二粒だった水滴は、少しずつ激しくなって雨になり、やがて急激に勢いを増して豪雨となっていく。

 

 いや、あるいは『狂い雨』とでも呼んだ方が正しかったかも知れない。

 本来は降るはずの無かった突然の大雨。短時間の内に大いに降り注いで、やがて降り止んだ後には嘘のように晴天が広がる、一時だけ狂った天が起こす狂気の時間。

 

『世界を救った君を、権力者たちは殺そうとした。君は裏切られたんだ。・・・・・・だから彼らが憎くて殺そうとしているの?』

「その程度のことはどうでもいい」

 

 そんな時間の中で、勇者と少女は短い雨が終わらない間に話を続ける。

 

「私を殺そうとした兵士たちは王の命令に従っただけだろうし、王自身もこんな辺境国の支配者に都からの要求を蹴る力なんてあるわけもない。黒幕はいつだって自分の手は汚さないものでもある。勇者殺しの主犯になるリスクは犯人たちの誰も負いたがらない。

 ・・・・・・そういう風に世界は出来ている。小物をいちいち憎んでいたらキリが無い」

『そう、か・・・それなら何故?』

「別に、憎しみで誰かを殺してきた訳ではない。王の命令だから殺した、というのも間違っている。

 彼らが悪人という訳ではない。悪人だから殺すというものでもない。

 “死刑に値する罪を犯した罪人だから殺す”只それだけだ。

 憎しみも怒りも愛情も関係なく、殺さなきゃいけない程のことをしたから殺すのだ。

 王は私に『この地域の治安を守れ』という役目を与えた。

 なら、その役目を守るため治安を乱して暗殺をもくろんだ王を断罪して殺す。それは王が望んだ結果だ。自分の行動に責任を取ってもらうだけでしかない」

 

 あまりにも生真面目すぎて、気が狂っているのではと思えるほどに柔軟性がなく、律儀で律儀すぎて、任務を与えた方まで任務の一環として裁いてしまって躊躇いというものが全く見いだすことが出来ないほどに・・・・・・真面目すぎる。

 

『そんな事をすれば、他の国の王たちが黙っていないだろう? 世界中を相手に戦争をすることになるかも知れない。そうなれば君は勝てない。確実に負けて殺されるだろう。・・・それでもやるの?』

「どーでもいいさ。それを王たちが望むのだったら受けて立つ、それだけだ。文句は彼らの側に言ってくれとしか言いようがない。別に私が戦争したいと望んだ結果ではない。治安維持の役目も与えられたもので、志願してなった訳でもない。

 柔軟性、自分で考えての調整、自己判断して避けれる危機。・・・・・・どれも良い言葉だとは思うが、“その役を与えられた側ばかり”に言ったのでは言い訳にしかなるまいよ」

 

 自分の行動がどういう結果を招くのか、それを承知の上でも『自分から変わってやる気はない』という強い意志。

 あるいは『自分だけが変わってやる義理はない』という突き放し。

 

 殺され掛けたことを恨みはせず、自分を殺そうとした者達を憎むこともないが・・・・・・殺そうとした者達の事情や理由を『殺されそうになった側』が配慮してやる義務などあるわけもない。

 

 そういう極端すぎるほどの生き方を貫く勇者だった。

 だからこそ彼女は、声を掛けた。

 この人にしか出来ないこと。この人にしか頼めないこと。

 

 あるいは他に候補者がいたのかもしれないが・・・・・・ナニカの因果で、何処かで切れた運命で。

 

 自分は、この人と運命の糸を結び直したくなってしまった。

 だから、問う。

 

『では聞くが、君は“この世界”を正しいと思うかい?』

「正しいかどうかはどーでもいい。少なくとも今は、こういう結果にするのを正しいとする世界だ、という事だろうさ」

『君はそう見るのか。それが君の考え方か。しかし私は―――

 “この世界に反逆しよう”と思うのだけど―――君もどうだ?』

「・・・・・・」

 

 その言葉を言われたとき、初めて勇者は即答しなかった。

 ただジッと、相手の瞳を見つめ返して沈黙し続ける。

 

 相手の少女の両目は、黄金の色をしていた。

 人とは思えない黄金の瞳・・・・・・それを勇者は素直に綺麗だと思った。

 

『ずっと君を見ていた。私は君を気に入ったんだ』

「・・・・・・」

『勇者なんて、つまらないよ。私の物になれ、マグナス』

「――勇者は面白いさ。ただ世界の方がつまらない役目に変えてるだけで」

 

 相手の言葉に微妙な反論を返しながら、勇者の身体は言葉とは逆に相手の近くへ自分から歩み寄り、相手の物に出来てしまえる射程範囲内に入って、そして―――

 

 

 

「だからこそ試しに、君が勇者を面白いと思える世界を創る側に回ってみようと思う。

 私は君を気に入った。

 それだけでも私にとっては、殺されかけた側を見限る動機程度には充分なのだから――」

 

 

 

 

 

 

 

 

設定説明【黒の魔剣王マグナス・マグス・レイニース】

 

今作版の主人公であり、原作におけるレオニスの立場を担うオリジナル主人公。

何らかの因果によって今作世界観では聖剣を受け継ぐ勇者になったのは、この人物だったことになっている。

 

別名を、原作知識の乏しすぎる作者が描いても矛盾しづらい設定の持ち主とも言う(笑)

 

全身を黒色のフルプレートで身を包んで、黒く染まった魔剣を振るう暗黒騎士王(ダーク・ロード)で、鎧の中身は外からでは見ることができず、男か女か人間なのかさえ見分けが付かない。

が、作者の特徴として、鎧の中身は『女の子』ということに一応なっている(現段階では確定ではない)

 

その意志の強さと人間側の敵となった理由などから黒く染まった聖剣を最初から使える状態にあったためレオニスよりも強敵として立ちはだかっていた過去を持つが、そのぶん魔法の腕はレオニスより大分劣り、弱さ故に持っていた伸びしろの豊かさも損失気味。

言うなれば、早熟型のレオニスとでも呼ぶべき存在で、大器晩成型より最終的には劣るタイプ。

外見も魔法使いではないため、ガイコツではなく形の上では人間型の『ゾンビ』になっており、【不死者の女王】という点ではレオニスとの変わりはない。

 

見れば分かる通り、レオニスより攻撃的な性格をしており、完全な被害者であったが故に『人間という種族』が持つ悪性を否定するようになったレオニスに対して、彼女は「攻撃」はしないものの「反撃」を躊躇わない性格だったことから『どんな種族にもクズはいる。クズな奴がいる奴らは全員クズだと抜かすクズは要らん』という発想を持つに至る。

 

基本的には善性を持った勇者であり、人類に絶望してもいないが、それは最初から『人間とはそういうものだ』と承知の上で勇者をやっていたからで、人間愛の持ち主という訳では決してなかった。

 

 

――実は作者が以前から考えていた【オリジナル女騎士主人公】のテストとして設定を流用したオリジナル主人公キャラクター。

 

その特徴設定というのが、『女騎士』として公認されているにも関わらず、何故だか『Hも出来て子供も作れる男の子だ♡』という前提で対応されてしまうというもの。

 

そのせいでレギーナからは誘惑&からかわれ易く、リーセリアからは『純粋無垢な美少年』としての扱いを受けてしまって、何度ツッコんでも聞いてもらえない。

 

「人類に反逆したせいで、妙な呪いでもかかったんじゃないか?」と疑問符を浮かべながら日々を送ることになっていく『女の漢系主人公』そんな女騎士を創りたいと願ってる次第。

 

また、未来で目覚めたときの姿は、生前の年齢と共に成長していく人間の少女の姿に戻っているが、原作通り子供にも逆行してしまっているため、少女は少女でも『大剣を振り回す女子小学生剣士』に近い存在になっちまう羽目になり。

 

魔法よりも肉体変化による影響が激しい剣術で戦うため、原作より強い力の大部分は肉体の若返りのせいで使用不能になってしまうなど、原作とは少し異なる理由での大幅な弱体化が付与されちまった設定になっている。

 

 

あと、『マグナス・マグス・レイニース』というのは人間を辞めてアンデッド化してからの名前であり、人間だった頃の名は【レイニース・マグナス】という名字と名前を反転させた名を名乗るようになったオリ設定。

 

ミドルネームの「マグス」も古代語で「偉大な」を意味し、キリスト教グノーシス主義の祖とされて異端の元凶扱いされている「シモン・マグス」から取ったもの。

 

ただファンタジー世界故のオリ解釈として、彼女の国の古い言語で『否定』や『反逆』といった負の概念を総称した言葉として伝わっていた設定を考えているが・・・・・・使う機会があるかは分からない。

 

 

『人を裁く権利など誰にも無いと、決めつけて否定する権利など貴様に無い』

 

 

とか言い返すタイプの主人公で、『守りたいと思えた者だけ守れればよく、後は滅びて構わん』と言い切る、良くも悪くも『全体主義』を尊んでない社会性低めの最強剣士様。

 

だから魔王になりました。

どーせやるなら、ここまでやろうホトトギス。・・・・・・そんなタイプの主人公デッス・・・。


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