【少女版エルク】が主人公のアーク・ザ・ラッドⅡ二次作の最新話です。
遅れてしまってスイマセンでした! 次は『キチガイたち』の更新を目指します。
長く止まってるのあると気になり易い作者です。
シャンテからの提案に乗ってガルアーノ探しを依頼させてもらうため、一先ずは依頼料となる1500ゴッズを稼ぐことに決めたエルククゥは、『不幸な事故』で負傷していたハンターズギルドの職員から適当な依頼を見繕ってもらった後。
一旦リーザと共に、シュウのアパートへ事の顛末を報告するため戻ってきていた。
ギルドを介さぬ個人的な情報売買とは言え、インディゴスの町に自分たちが留まる以上は、的からの報復や阻止行動による攻撃対象はシュウの部屋にされる可能性が高く、空き屋同然になっている首都プロディアスのオンボロ高級アパートに人員を割いてくれる可能性は非常に低い・・・・・・今さら「巻き込みたくない」などと厚かましいセリフを言える立場では全くなくなっていたのが、その理由だった。
仕事で帰っていない可能性もあったが、運良く帰宅していたシュウに事のあらましを説明したところ、彼の反応は至極真っ当で平凡なものが返されてくる。
「それは・・・・・・どう考えても罠としか思えんが」
「まぁ、そうなんでしょうけれども・・・」
眉をひそめながら渋い表情になり、見知らぬ者が見たら怒られているのでは?と怯えてしまう顔つきで腕を組んだまま、至極正しい冷静な指摘を言ってくるシュウの言葉にエルククゥとしては苦笑しながら肯定を返すより他に反応の選択肢がない。
実際、当初からシャンテの存在は怪しくありはしたのだ。
『ギルドの嘘依頼に騙されて盗賊退治に向かった先』で『モンスターたちが罠を張って待ち構えていて』警官隊が途中で邪魔に入って逃げる途中で助けてくれた『情報屋の美しき謎の美女』
・・・・・・プロディアスの街で若い娘たちに大人気のハードボイルド小説やスパイ劇の主人公でもあるまいし、ここまでドラマチックな出来事が連続して起きると性格の悪いひねくれ者のガキを自認しているエルククゥとしては穿った見方をせざるを得ない。『謎の美女』という辺りなどは特に。
自分がそこまで世界に選ばれた勇者のような扱いを受けれるほど真っ当な人生を送ってこれてる自信もなければ、世界なり運命なりの側に自分をヒイキしてやる利用価値も見いだせない以上は、良い事が続いたときには裏があると疑ってかかった方が健全というもの。
半ば裏家業のハンターとして生きてきたエルククゥの、それが常識というものだった。
「とは言え、今のところ他に何の手がかりもありません。相手からアプローチを掛けてきたなら、とりあえず乗ってみない事には状況の突破口も開けませんし、仕方ないんじゃないですかね?
別に彼女自身が暗殺者って訳でも特になさそうでもありますし、相手を釣り上げるために乗ってやった策でもあった訳ですし」
「・・・・・・それも一理あるのは確かなのだがな」
肩をすくめながら語られた教え子の狙いに、シュウとしても危険性は感じつつメリットがあることは認めざるをえない。
コチラから手が出せず、居場所も分からない敵からの攻撃に対処するためには、囮によって敵を引きずり出して倒すというのは古典的だが真っ当な手段ではあるのだ。敵の規模にもよるが、その点では悪い手ではないだろう。
問題なのは、その囮となるのがエルククゥたち本人自身であり、釣られて出てきた敵の罠からフォローしてくれる仲間が今のところ本人たちしかいないという圧倒的な数の差である。
これでは万が一の時、対処することができない可能性が高くなりすぎる。その策を使うには人数が足りなすぎているという点が一番の懸念事項となっている部分だった。
「・・・・・・分かった。俺も今の仕事を終え次第、お前たちと合流して行動を共にしよう。お前たちだけで動くよりは安全度は高まり、選択肢を増やすことにも繋がるからな」
「それは助かりますが・・・・・・よろしいので? あなた程の腕を持つハンターなら仕事はいっぱいあるでしょうに・・・」
「気にするな、今更な事だ。ついでにお前たちの周りでキナ臭い動きがないかどうかも調べてきてやる」
「・・・すみません。なんか色々してもらうばっかりになっちゃって・・・」
ひねくれ者を自認しているエルククゥだが、ここまで至れり尽くせりだと流石に後ろめたさを感じるぐらいの良識はあり、してもらって当然の権利と思える傲慢さは良くも悪くも生涯もてなさそうな性格の持ち主でもあるようだった。
・・・・・・とは言え、ここまで相手から良くしてもらえる立場というものに、なんの裏はなくとも理由ぐらいは流石にあるのは当然のことでもあり。
相手が親切にしてくれているのが、自分という『女の子一人だけ』が対象とは限らないのも、また裏事情の一つと言えば一つではある。
「その為にという訳ではないのだが・・・・・・今後は三人で行動を共にしておけ。流石に私も、そこまでは面倒を見てやれる保証はできかねるからな」
「そうさせてもらいます。そうしますから、辞めて下さいミリルさん。寒いです、冷たいです、シャンテさんの件は私のせいじゃないですから辞め―――」
「・・・エルククゥ、あなたは私を一緒に連れて行かなきゃいけないはずよ。だって私は、ずーっと信じて待っていたんだもの。
静かに一人でお留守番をしていた私の知らないところで、貴女が他の女の人と会っていた私の気持ちが分かる?
あなたは私を元の一人の場所に戻したりはしない・・・・・・そうよね? そうでしょう? そうする義務があなたにはあるんだからッ・・・・・・!!」
「連れて行きます! 今後はずっと一緒に居続けますから殺さないでくだギャァァァァッ!?」」
・・・・・・日も落ちきらぬ内から、少女同士による痴情のもつれ話に巻き込まれて、解決役まで押しつけられるのは当然の権利として御免こうむりたいシュウとしては幕引きを図りたい気持ちはよく分かり。
念のためアパートの外で、いつでも出発できるよう待機してもらっていたリーザによって何とか場を収めてもらい、疲れすぎたため依頼料稼ぎの仕事に行くのは明日からと言うことにしてもらって今日は終わりを告げることができたのだった。
「た、助かりましたリーザさん・・・・・・ところで、助けてくれる時に少しだけ笑ってませんでした? なんかタイミングもちょっと遅かった気が――」
「気のせいよ、エルククゥ」
「・・・・・・」
「気のせいよ☆」
笑顔で言い切られてしまって、追求の余地を失うしかないハンターの少女エルククゥ。
どーにも上手くいかなくなってきてる気がしなくもない自分の人生に、引っかかるものを感じつつも翌日からの仕事に備えてシッカリ睡眠を取って体力を回復しておくしかないのも彼女であった。
その翌日から始まった、依頼料稼ぎのハンター家業は順調な滑り出しを見せていた。
一週間と待たずに約束通りの満額を揃えることができたのは、途中からシュウの助力を得られるようになったとは言え彼女自身の腕の良さを示すものでもあっただろう。
・・・・・・もっとも、ハンターズギルドの仕事とは言え、依頼内容も依頼主同様に千差万別だったのも事実ではあり。
『行方不明者が多発している廃墟となった幽霊屋敷での原因調査』やら『凶暴さで知られる宝石強盗団に狙われた宝石店の用心棒』などは真っ当なものだったのだが・・・・・・『迷子になった飼い犬を探してくれ』というのは依頼する場所を間違えているとしか正直言って思えない。
結果的に、犬が迷い込んでいた先がモンスターの生息地になりつつある下水道の中だったのでハンターの仕事として成立はしたものの、これで近くの空き地にある土管の中とか、近所の子供に野良犬と間違われて飼われていた場合とかには、どーなっていたんだろうか? 本当に・・・・・・
「・・・挙げ句、依頼主は急な出張で海外転勤ですものなぁー・・・・・・。報酬と一緒に犬の餌代は置いていってくれたからマシとはいえ、『代わりに可愛がってあげて下さい』の置き手紙は流石にどうかと思うんですが・・・・・・ハァ。
後でビビガさんにでも世話をお願いしておきますか。いない間も家賃だけ払い続けるのイヤだったところですし、丁度いいと思っとくとしておきます。
―――ですから、その捨てられた子犬の目で私を見ないで下さい二人とも。捨てられた犬はアッチですアッチ。貴女たちじゃないですから代理で責めない! 心が痛いですよ本当に!!」
「「うるうる・・・・・・(キラキラお目々☆)」」
犬の可愛さにほだされた美少女二人からの嘆願攻撃によって、金稼ぎに来た仕事で余計な出費になるかも知れない要素を買い込まなきゃいけなくなってしまった展開に頭を悩ませつつ。
なんとか満額より少し多めに依頼料を揃えることに成功したエルククゥと仲間たちは、シュウから聞かされた彼女が歌姫として仕事があった日の閉店後に、酒場へと訪れていた。
シャンテ本人からの時間指定されたからで、おそらくは万が一の時に一般客を巻き込まなくて済む時間帯を狙って選ばれたものだったのだろう。・・・・・・巻き込みたくない理由と、理由を持つのが誰かは別としても・・・。
赴いたメンバーは、エルククゥ、リーザ、ミリル、そしてシュウの4人総員。
本来たかだが依頼料を払いに行くだけにしては仰々しすぎる大人数での移動だったが・・・・・・それには理由が存在してのことでもあった。
「シャンテと言ったか? その女。――気になるな」
それはシュウが自身の仕事に片をつけてから合流し、行動を共にするようになった当日の夜になって彼から聞かされた話に起因する。
「・・・報酬は前払いでと約束しときましたし、今のところ異常は起こってませんから大丈夫そうなのでは?」
仕事の疲れを癒やすため、ソファに寝そべってグデッと脱力した姿勢になっているエルククゥが、やや面倒くさそうな口調で恩師でもある育ての親に控え目な意義で返答を返した。
報酬を先に持ってから仕事を始める約束になったシャンテは、逆説的にコチラ側から金を払いに行くまでは彼女の方からアプローチを掛けてくる口実がない。
仕事として成立する前から手を出すにはリスクが高すぎる相手である上に、取引が成立してもいない相手から頼られて助けてやる義理はエルククゥたちの側にもない。
仮に彼女が自分たちを何らかの罠にはめる役を仰せつかっていたとしても、リスクばかりで成功する確率が低すぎる作戦で使うのは流石に無駄すぎるだろう。
また、それ以外の形で自分たちに被害を与えるには、依頼される前の時点で襲撃するしかないが、今の所それはない。
エルククゥが提案を受け入れた際に前払いを自分から提案したのには、そういう狙いも考えた上でのことではあった。
それが功を奏した結果かどうかまでは判然としないものの、今のところ動きがない相手に疑いの目を強めるのを彼女は好む性格はしていない。
だがシュウの発言は、彼女とは異なる情報を入手してきた結果でもあった。
「歌姫シャンテは、病気の弟を治療するためインディゴスへと移住し、入院費を稼ぐため酒場で歌姫として働くようになった。この町では美談として広く知られている話だ。
しかし・・・・・・他の病院が匙を投げたという弟を受け入れた医師というのが、些か気に臭い人物でな・・・」
その話の後半部分は初耳だったエルククゥは、僅かに目を見開いて耳を傾けて傾注の姿勢を取り。
他の二人、リーザとミリルもにわかに真剣味を増した表情でシュウの話に聞き入ってくる。
「清潔な環境での治療が必要な病気だからと、環境破壊が激しいアルディアの国内から離れた場所にある治療施設で療養生活を送っており、姉であるシャンテ自身も面会したという話を誰かが聞いたことはないらしい。
その意思が勤めている病院にしても、直接ガルアーノが関与している訳ではないのだが・・・」
「影響は受けている可能性はあると?」
「と言うよりも、現在この国でガルアーノの影響下にない資本は存在していない」
明快に言い切られた、普通なら余りの言い分に、だがエルククゥは心から納得させられアッサリと引き下がってしまう。
相手の言ったことが、ただの事実だと知っている故の反応だった。
近年になって急激に近代化と発達を遂げたアルディアの経済は、自分たちの身の程を超えすぎた発展速度故に技術大国《ロマリア》の支援なくしては国家制度を維持できないまでに依存度を高めさせられて現在に至っている。
そのロマリア国と親しく、支援を引き出すため大きく貢献したのがガルアーノだった。
彼がギャングたちのボスでありながらも、大統領に優る権力を有し、首都アルディアの市長まで務めるのが可能になっているのは、そういう理由が関係している。
「皆、心の中ではガルアーノやロマリアという国が、碌なことをしている者達ではないと薄々勘付いてはいるのだ。・・・知っていて何も言わず、公式行事に姿を現したときには万歳を叫んでいる。
今のこの国で、ロマリアの援助なしで生きていこうと考える者は極少数だ。
それは、自分たちだけの力で生きていた頃に戻る困難さを知っているからでもあるが、困難になってしまうほどロマリアが開発を推し進めさせた結果でもある。
シャンテ自身と、その弟たちが彼らの一員ではないという保証はない。無論、そうと決まった訳でもないのだが・・・・・・」
「“偉い奴が悪いことしてるのは全ての国で当たり前だから気にするな”って所ですか。
もっとも、“上手い話には裏がある”とか“タダより高いものはない”っていうのも当たり前のことだと思うんですけどねぇー」
再び肩をすくめながら言い切る教え子のセリフに、今度はシュウの方が苦笑させられてしまった。
――あるいは、国の誰しもが彼女のように考えることが出来る人間だったなら、“結果的に被るリスクの巨大さ”を理由として現在に至るのを阻止できていた可能性もあったかも知れないな・・・・・・と。自らの消せない過去の内訳を思いだし、悔いと共にそう考えさせられずにはいられなかったからだ。
だが、仮にそうだったとしても現段階では手遅れなのが実情ではあるのだろう。
聞いた話では、今度ロマリアから友情の証としてアルディアへと《女神像》が送られ、それを記念する式典にガルアーノが貴賓として招かれているらしい。
ギャングたちの親玉という立場、それをして許される立場にあるのが今のガルアーノということだ。現時点で牙を剥くだけでは蟷螂の斧にすらなれない可能性が高すぎる。
「・・・・・・ごめんなさい、私たちを助けてくれるために、とんでもない事に巻き込んじゃって・・・・・・」
そこまで話して不意に沈黙が落ちていた中。・・・リーザが小声でポツリと申し訳なさそうに言葉を発するのが聞こえ、シュウとエルククゥはそろって多少のばつの悪さを感じさせられ空気を和らげる。
彼女に気を病ませてしまう内容の会話だったことに遅まきながら気付いたからで、ミリルから責めるような視線で見つめられることで罪悪感はさらに増し、
「そんなに気にしなくていいですよ、リーザさん。前にも言いましたが、あなたを襲ったのは私たちとも無関係ではない可能性がある連中です。私たちは私たちの都合のためにも、あなたを助けているだけのこと。
たとえリーザさんが別の人に助けられてたとしても、私たちは同じような事を始めてたでしょう。気遣いは無用です」
「そうだな・・・・・・その通りだ」
エルククゥから慰め以上の思いを込めた言葉を横で聞かされ、自分が言われた訳ではない言葉だったがシュウには思うところがあったらしく、重々しく頷いて決断を下した。
――なにかもっと決定的な情報を手に入れ、最高のタイミングでそれを用いる機会を得られない限り、奴らの覇権を阻むことは不可能だろう。
そう考えて虎視眈々と牙を研ぎ澄ましながら機が熟するのを待ち望んでいたが、もしエルククゥがリーザを助けることから始まった今回の騒動が、待ち望んでいた日に繋がる始まる一歩目だったとしたら、今は危険を承知で前に出るべき時だ―――と、そう判断して決断を下したのである。
「最近、お前たちの周りで大きな力が動き始めている。
シャンテが、その力に飲み込まれようとしているのか、それとも抗おうとしている同士なのか判然としない今はひとまず彼女を信じ、前へと進もう。
敵が我々の行く手を阻もうとしているのなら、出口へと繋がる道は行こうとしている道の先にあるのは確実なのだから」
―――こうして、酒場が始まる夜ではなくとも、昼間から飲んでいる飲んだくれ共は一度家に帰って、夜遅くまで飲んだ酔っぱらいたちでさえ帰宅した深夜になってからの酒場へと、ゾロゾロやってきた未成年者ばかりのエルククゥたち一行だった訳なのだが。
「誰もいませんねぇ・・・」
店主がカギを開けておいてくれた店内へと足を踏み込んだエルククゥは、客がいなくなってガランとした店内を軽く見回してから、そう呟きを発していた。
営業時間が終わって照明が落とされた広々とした酒場の中は、スペースが広すぎて店の奥まで見通すことはできない。
ただ逆に言えば、そんな場所に一人で客たちを待ち続けるには、自分がいる場所だけでも小さな明かりぐらい持ち込んでるのが普通であり、仮にそうでなくとも自分たちの入室は無人の店内で間違えようもないほど目立つはず。
にも関わらず、なんの変化もなく、反応もない。
・・・そもそも人の気配や、生命の営みを感じさせるものすら見いだせない、静まりかえった夜の酒場。
「ほんとうだ・・・・・・まだシャンテさんは来てないのかしら?」
「・・・でも、誰もいない酒場って、ちょっと不気味かも・・・・・・なにか出てきそうな気がして、少し怖い・・・」
仕事柄、暗闇に慣れがあるエルククゥの背後から付いてきた二人の少女たちが順番に声を出しながら、寒さを感じたように自分の両手をさする姿が入り口から入り込む僅かな光の中で浮かび上がる。
営業時間が終わって掃除のため片付けられた店内は、椅子とテーブルが重ねられて並べられ、床も綺麗に掃き清められている。
それは仕事がきちんと行き届いている良い店の証ではあったのだが・・・・・・重ねられて並べられたテーブルと椅子を、暗闇を通して見たシュウの眼には、どことなく治安の悪い地域で使われることがある《バリケード》を彷彿させる並び方をしているように見えなくもなく。
近くによって触って見たが――ビクとも動かない。
「・・・・・・堅いな」
「あ、本当だ。ロープでも張ってあるのかしら? けど、そんなものは見えないし・・・」
「それだけじゃないわ・・・なにかの術がかけてあるみたい。強い力を感じる・・・これは一体どういう・・・」
シュウの懸念を聞かされた少女たちが真面目な表情になると、互いに特殊な力を持つ者同士として意見を出し合い、口々に分析結果を語り合っていると・・・・・・
バタンッ!!!
「っ!? な、なに!」
「扉が、勝手に・・・・・・あ、開かない!?」
「油断するな! 何かいる! ――ステージ上だ、エルククゥ!」
突如として、誰も触れてないドアが閉まって外から入ってきていた僅かな光も消えてなくなり、店内が暗闇に包まれる中でなにかの気配を感じ取ったシュウが相手の位置を指し示す声に応じ、エルククゥは無言のままステージ前の開けた空間まで駆け抜けてから改めて周囲を見渡し――そして、告げる。
「・・・どちらさんです? 用があるんだったら、とっとと出てきなさいよ腰抜け。
それともコッチから近づいてやった方が好みですか? お望みなら、そうしてやりますが」
《―――フフ、その必要は無い――》
エルククゥから挑発的な視線と共に放たれた、明らかすぎる挑発に応じて“やる様に”ソイツは舞台上の俳優さながらに姿を現す。
一見すると、ギルドの依頼で赴いた先で待ち構えていた魔術師風のモンスターと似ていなくもない姿形を持つ、不気味な存在。
青白い肌、紫色の髪。瞳は瞳孔を失って白目だけが見開かれている。
東方にあるとされていた神秘の国《スメリア》の神官たちが着ている服として旅行誌に掲載されていたのを見た記憶がある《ケサ》という名前らしい修行服をまとっているが、その手に持つ道具からは聖性など微塵も感じられない。
―――ただただ、殴り殺してきた獲物の数だけこびりついて取れなくなった、血の臭いだけが噎せ返るぐらいに感じ取れるだけで・・・・・・
「くくくっ、さすがに勘がいいな小娘。あの方が見込んだだけのことはある」
「そりゃどーも。それで? あなたはどちら様? 名前ぐらいは教えてもらっても?」
「オレの名は、《グルナグ》」
舞台上にあらあれたモンスターは、そう名乗った。
固有名詞を持った個体として、他のモンスターたちとは異なる、一個の個性としての己を高らかに宣言してきたのである。
それが意味するところを把握していたエルククゥは瞳を細め、相手も両目を細めると愉快そうな笑い声を発して、彼女の予測を肯定してやる言葉を放つ。
「気付いた様だな。その通り、このオレもモンスターの力を宿した新しき人類の一人だ。先日は仲間が世話になったそうだな」
「・・・シャンテさんは?」
相手から答えを得た議題に、これ以上付き合う必要はないとばかりに話題をさっさと転換して先へ進めるエルククゥ。
軽くいなされた形となったグルナグだったが、彼は却って面白そうな笑みを浮かべ直すと残忍な声と言葉で、再度の質問にも答えを与える。
「あの女なら、我々が預からせてもらった。以前から我らの周りを嗅ぎ回っていたが、少々邪魔になってきたのでな。ついでで悪いが、役だってもらうことにしたのだよ」
そう言うとグルナグは、それまで周囲に放っていた殺気を急に収めて構えを解くと、右手を差し出す。
―――エルククゥ、リーザ、ミリル。
三人の少女たちに向かって、親しい同士を迎え入れる握手を求めるかの様に――
「エルククゥ、リーザ。そしてミリルよ。我らのボスは、お前たちをたいそう気に入っておいででな。
特別にお前たちの罪を許すだけでなく、仲間に迎えるため誘いをかけるよう、オレに命じられたのだよ。これはたいへん名誉なことだ」
「・・・・・・」
「どうだ? 俺たちの仲間になる気はないか? お前は力を欲しているはず。違うか?」
「・・・・・・・・・」
グルナグから掛けられる言葉にエルククゥは答えない。
肯定はしないが・・・否定もしない。ただ無言のままグルナグを見つめた姿勢のままで、彼の話を黙って聞いているだけ。
「エルククゥ――」
「・・・・・・」
自分の前に庇うように立ちはだかったシュウが、振り返ることなく弟子の少女に声をかける。
――相手の甘言に惑わされるな、と。忠告の意味を込めて。
そんなシュウの言葉にさえ無言だけを返事として、否とも応とも返そうとしない少女ハンターは、無言のまま舞台上のグルナグを見上げるだけ。
・・・・・・だが、グルナグには確信があった。コイツは話に乗るという確信が。
目の前で自分を見上げてくる少女が、『自分の同類』であることへの揺るぎなき信頼が――。
「エルククゥよ、お前の気持ちがオレには解る。
何故ならオレも、お前と同じタイプの人間だったからだ。
望みを叶える力を欲し、それを持たぬ無力な己に怒りを抱き、求める力を得たいと妄執の炎を人知れず身に宿している・・・・・・そういう奴らと同じ目を、お前はしている。
人間だったときのオレが毎日、鏡の中で見続けていたものと全く同じ瞳を、お前は持っている・・・」
「・・・・・・」
「お前の目は、力を欲している。我らなら、その力を何倍にも大きくしてやれる。
迷うことはないはずだ。もともと我らとお前は共にコチラ側に立つべき者同士。今まで普通の奴らと過ごしてきた方が間違っていただけなのだ―――」
「・・・・・・非常に興味深いお話です。魅力的ですある」
「!? エルククゥっ!」
ようやく発した弟子の発言を聞かされ、シュウが珍しく焦ったように声を荒げる。
それは彼自身も弟子の少女が持つ願望に気付いていたからでもあり、その願いが方向を誤れば危険なものとなるのを理解していたからこその懸念だったのだが・・・・・・しかし。
「ですが、残念ながら今回の所はお断りしておきましょう。
わざわざ私たちの招きに応じて来てくださった貴方には、つれない返事を返してしまって申し訳ない限りですけど、今のところは時期ではなさそうですからね」
「ほう? 何故だ? オレには、かなり良い商談だったように思えるのだがな」
「決まっているでしょう?」
意外そうなグルナグに向かって、エルククゥはニッコリと微笑みかけ。
そして―――瞳をギラリと光らせる。
「人間を辞めて、お前みたいなザコモンスターにしかなれないんじゃ割が合わないっつってんだよ、このザコが」
「なっ!?」
「人間のままではザコにしかなれないと絶望して、モンスターに逃げただけの腰抜け風情が偉そうな顔して強さを語るな不愉快だ。
半端なザコが、モンスターと合体させてもらって、ようやくその程度の弱さしか得られなかった程度のゴミが、強さなんか理解できるわけがない。弱い奴は大人しくしてろよ、そうすれば負けなくて済む」
「なっ、な!? き、きさ・・・貴様ッ!!!」
大上段から見下しまくった、虫ケラでも見るような目つきで見上げてくる少女の唇から放たれた、見かけからは想像できないほど辛辣な罵倒の数々にグルナグは一瞬にして激高させられる寸前までなった。
だが、ギリギリのところで冷静さを取り戻せたのは、モンスターと融合した事により得た力の賜物だったのか―――あるいは、ただ言い負かされて激高されるのをイヤがったプライドに過ぎない感情論だったのか。それは解らない。解る必要はエルククゥたちには無い。
「・・・せっかく命が助かるチャンスを与えてやろうとしたのに、残念だエルククゥ・・・!
だが、こうなった以上は仕方がない。我々の障害となる可能性をもった、その力―――この場で潰えさせてもらうッ!! “喝”ッ!!」
怒りを抑えて精神を集中させ、手に入れた力をアルフレッドの時より調整しやすくなっていたゲルナグは術を完全な形で行使すると、敵の周囲に空港で出てきた者達より遙かに強力なモンスターたちを呼び出すことに成功し、人工の要害と化した酒場の中という戦場でエルククゥたちを抹殺するため戦闘開始を命令した!
「人間如きの力で、我ら新しき人類に勝てるなどと思い上がるなよ小娘っ。
貴様らがどう足掻こうと、もはや人間の時代は終わりを迎える。弱さを誤魔化すために強い言葉で吠えることしか出来んガキは、己の弱さを思い知りながら死んでいくがいいッ!」
「半端者の人間と、半端物のモンスターを足して二で割った程度のザコにしかなれなかった奴が、ほざくなと言いました。
冷静ぶって、大人びた理屈ごねて子供を言い負かそうとするなよバカ大人。
負けたときに、弱さを悪目立ちするにしか見えないぞ?」
「き、貴様・・・・・・つくづく減らず口を・・・ッ!!」
「フフ――」
双方のやり取りを見やりながら、シュウは思わず口元に笑みを浮かべてしまう。浮かべずにはいられない。
互いに背中を庇い合うように布陣した彼は、パンデットと共に二人の術使いの少女たちの盾となって敵の攻撃を食い止める役を担う厳しい立場にあったはずだが、それでも笑わずにはいられなかった。
―――エルククゥに宿した黒く蒼い炎は、グルナグ程度が抱いた妄執の炎で手に負える熱量ではない。
暗く、そして冷たく、熱い。矛盾する様々な負の感情を燃やしながら、それでも彼女は道を誤らない。燃やすべき相手を間違えることは決してない!
(ああ、そうだエルククゥ。私も同じだっ! 私ももう間違わん! この手で必ず奴を葬り去るまでは決して、お前と共に進むと決めた道を違えることは決してない! そう誓った!)
「リーザ! ミリル! お前たちは私とエルククゥの支援を!
あのザコモンスターに、お前たちの想いの力の強さも見せつけてやるといい!!」
「「はいっ! シュウさん! 分かったわッ!!」」
こうして開始された、夜の酒場を舞台として人知れず行われる命がけの場外乱闘。
だがそれは、グルナグを派遣した者にとって予想通りにいかなかった結果としての戦闘だったが、予想し得た結果の一つでしかない戦闘でもあった事実を、今の時点でエルククゥたちは予想できたとしても意味は無かった。
まだ彼女たちは敵の計画から、包囲の外へ出ることは出来ていない地点にいる。
敵が用意した選択肢の中からしか、進む道を選ぶことが出来ない籠の中の鳥から卒業することは出来ていない。
そう――今はまだ。
それを成してくれる存在が静かに、人知れず、脚本家の黒幕たちですら気づけない場所から、エルククゥたちを包囲の外へ導いてくれる解放の一矢を放つため、アルディア国へと近づきつつある情報を・・・・・・ガルアーノですら入手できていないのだから・・・・・・
「この場所で合ってるんだな? ポコ」
「うん。情報にあった建物の場所は、ここで間違いないよ。でも、アーク。この中で一体なにがあるんだろう? 見た感じ、普通の研究所としか思えないんだけど・・・」
「ヘッ、なんでもいいさ。俺はただ、出てくる奴を片っ端からぶった斬ってやるだけだからな。親分たちを殺しやがった腐れ外道共は一匹たりとも生かしちゃおかねぇ!」
闇夜に紛れ、法的にはロマリア国となんら関係のない研究施設に接近していく三つの人影たち。
彼らの見上げる先には、ロマリア軍の紋章が付いた飛行船が夜空へと飛び立っていく勇姿が見物できたが、彼らの視線は研究施設の中にあるはずの物品だけで、それ以外はターゲットと認識していない。
三つの人影たちの中で先頭に立っていた人物が、腰に帯びていた長剣を抜き放ち、施設を守る警備兵に化けたモンスターたちへと襲い掛かる合図を叫ぶ。
「行くぞ! 世界と精霊を救うためにッッ!!」
『『応ッ!!』』
・・・アルディア国へと向かって飛び立っていく飛行船から見下ろす先で、今まさに世界の運命を握る別の人物たちの戦いも火蓋を切って落とそうとしていた。
異なる国で、互いを直接知り合うことなく別の戦いをい生き抜いていく彼らの運命が交わるとき。
エルククゥたちもまた、敷かれた上のレールを歩かされるだけだった敵の策略の外側へと飛び出すときが訪れることを、まだ知らない。
それが自分たちの物語にとって、本当の始まりになることを、この時の彼らは互いにまだ知らないままだったから―――
つづく