試作品集   作:ひきがやもとまち

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久々に【コードギアス英雄伝】を更新です。
最近「試作品集」ばかり更新してスイマセン。連載作も書いてるのですが、頭が上手く回らなくて……

尚、数が多くなり過ぎましたので【ガンダム系の作品】を一定数削除しました。
もし復活を希望する作品があった方には、個別に対応させて頂きます。


コードギアス英雄伝説~もしも仮面の男が黄金の獅子帝だったなら・・・~第4章

 ブリタニア軍の下級兵士クルルギ・スザクは、旧シンジュク地下鉄構内だった過去を持つ廃墟を一人、武器も持たずに当てもなくテロリストを見つけ出すため探索任務に当たっていた。

 別に彼だけが特別悪い待遇を受けている訳ではない。彼が属する部隊の全員が、今頃は自分と同じように拳銃一丁さえ持つことを許されない姿で、広大な地下鉄構内を猟犬のように探し回っていることだったろう。

 

 それは彼らが『イレヴン』だからであり、『名誉ブリタニア人』でしかない下士官だったからだ。

 

 ブリタニアの対外政策は非常に簡明で、『従う者には寛容を。逆らう者には徹底的な殲滅を』という人類にとっては伝統的な力学を徹底遵守したものが用いられている。

 それは“元”日本人で、ブリタニア軍に志願入隊して『名誉ブリタニア人』という称号を贈られた彼らも例外ではなく、人種差別的思想を剥き出しにしてくる上官の命令でテロリスト探索“だけ”を命じられ、拘束や制圧、奪われた物資の奪還などは正規軍がやるから手を出すなという条件付けまで課された状況の中。

 

 なんとか今の境遇から抜け出すため手柄を立てようと、みな必死になって獲物を探し出すため他の味方を顧みることなく、個々人の任務成功のため邁進していた。

 

 スザク自身、彼らと同様に手柄を欲しており、個別の捜索任務は望むところではあった。

 他の者と彼が違っていたのは、それが出世欲によるものではなかったことだが、一方で出世そのものは強く望んでいる。

 

 知らぬ者から見れば、変節漢としか映りようがないであろう己の想いを自覚しながら探索を続けていた彼は、ふと近くの区画から瓦礫が崩れるような大きな音と、タイヤがスリップしている時のような音を耳にして顔を上げる。

 

 照明は十年以上昔に落とされたまま、復旧する目処や修復計画すら立てられることなく放置されてきた地下鉄の構内は薄暗く、ところどころ天井に開いた穴から光が入り込んではいるものの地下3階の深さまで潜れば明度はだいぶ衰える。肉眼で見えたとしても、確認できる距離と明るさではない。

 

 スザクは数少ない支給品である、暗視ゴーグルを拡大モードで起動させ、自分の見ている先でトレーラーが床に開いた穴に引っかかって動けなくなり、空しくタイヤを唸らせている姿を発見すると、上空で待機している輸送機の中の上官に報告をあげつつ標的を確認していると―――その視界に奇妙なものが映り込む。

 

「・・・・・・っ!?」

 

 驚きのあまり、呼吸を漏らす音だけを立てながらスザクは息を飲む。

 彼の暗視ゴーグルに映し出された、テロリストたちが乗っているはずのトレーラー後部に置かれた貨物には、その近くで蹲っている人影があり、彼の見間違いでなければ人影は――――アッシュフォード学園の男子用制服をまとっていたのである。

 

(・・・ブリタニア人の少年が、なぜ毒ガスを奪って逃走したゲリラの仲間なんかに!?)

 

 その光景が目に入った瞬間、スザクは思わず「カッ」となり、『ターゲット発見が自分の任務。確保は親衛隊の役割』という命令内容を忘れて全速力で駆け出していき、奪われた毒ガスと教えられている兵器と思しき物体を操作しようとしている風にも見えるアッシュフォード学園男子生徒に向かい、怒りの声と共に跳び蹴りを放ってしまっていた。

 

「これ以上は殺すなッ!!」

「なにッ!? ブリタニアぐ――うッ!」

 

 相手はかろうじて片手を上げて、顔面への直撃を防ぎはしたが衝撃は大きく、兵器と思しき物体から大きく遠のいた位置へと転がされる羽目になる。

 

「ま、待てっ! 俺は――」

「もう殺すな! しかも毒ガスなんて・・・・・・っ」

 

 転がさせたテロリストに反撃の余地を与えることなく、飛びついて馬乗りになり、怒りを抑えた声でスザクは説く。

 

 “何故そうまでして戦うのか!?”と。

 “敵を殺すだけで独立できると思っているのか!?”と。

 

 自分たちが――“自分自身が”アレほどのことをしてしまって招いてしまった惨状の居間を、被害者である怒りに駆られた日本人だけでなくブリタニア人まで平和を破壊する方向でしか問題を解決する方法を見いだせないという現実を前にして、スザクは感情的になり、相手の話を聞こうともせず押さえつける一方になってしまっていたのだが―――しかし。

 

「だから、俺は――!」

「惚けようとしても無駄だッ!!」

 

 その瞬間。

 スザクに押さえつけられていた少年、ルルーシュ・ランペルージの瞳に、超新星爆発の色が宿ったのを、白黒でしか景色を判別できない暗視ゴーグルは見誤る。

 

「ふざ―――けるなッ!!!」

「ッ!? う、くっ!」

 

 突如として下腹部に強烈な激痛を感じさせられ、押さえつけていた手が緩んだ隙を見逃すことなく顎に一撃を入れられてから蹴り飛ばされ、何とか体勢を立て直したスザクだったが――その姿勢は、僅かに前のめりになっていたのは痛みが抜けきっていない証拠でもあった。

 

(こ、コイツ・・・・・・いきなり股間を・・・う、ぐぅぅ)

 

 組み敷いていた姿勢を解かせるため、ルルーシュは膝を思い切り上げ、相手の股間めがけて叩きつけていたのである。

 男性にとっての構造的な急所を平然と狙われ、相手の脅威度と容赦のなさを見誤っていたスザクの耳に加害者からの言葉が届き、届けられた声に―――クルルギ・スザクは再び「はっ」とさせられる事になる。

 

 

「殺すな・・・・・・だと? 貴様らがそれを言うのか? あれだけ多くの人名を無為に死なせ続けてきた貴様らブリタニア軍が、自分たち以外にはその言葉を求めるのか! このクズ野郎ッ!!」

「く・・・っ!?」

 

 その痛烈すぎる表現と言い様に、スザクは思わず言うべき言葉を失って呆然と立ち尽くしてしまい―――数年ぶりに聞かされた親友からの毒舌と皮肉に、苦笑交じりの想いを久しぶりに抱かされることになる。

 

「貴様らは人を何だと思ってるんだ!? 他人の国を奪うことも、他人の家族を踏みつけることも力で正当化し、自らの敵が力で抗おうとするのは悪だと罵る!!

 それが力持つ自分たちには許された特権だとでも思っているのだろう! 貴様らは腐っている! 貴様らブリタニア帝国軍は腐りきっている!」

「はは・・・・・・相変わらず、君の言葉は耳に痛いね・・・ルルーシュ」

「――なに? その声は・・・・・・まさか・・・」

 

 相手からの思わぬ反応に、一瞬前まで舌鋒鋭かったルルーシュの口調が明らかに軟化し、代わって戸惑いと困惑が大部分を占めたものへと急速に変化を辿っていく。

 その変化の果ては、彼に非難されていたブリタニア兵がヘルメットを脱ぎ、素顔を晒したことで完全に『当惑』へと結実されることになる。

 

「僕だよ。スザクだ。クルルズ・スザク」

「な・・・っ!? お前、その軍服は・・・・・・ブリタニアの軍人になっていたのか・・・?」

「君こそ、なんでこんな物と一緒に――まさか!? 君が・・・君までが・・・っ」

「?? なにを言って――」

「危ないッ!!」

 

 状況と事情が分からず、ただただ困惑することしか出来なくなっていたルルーシュは、普段の怜悧な頭脳が今この時ばかりは機能不全でも起こしたのか全く物の役には立たず、意味のない言葉の羅列が思いつくばかりで、自分たちの中間地点に位置するようになっていた奇妙な機械が突如として発光し始めた現象を前にしても呆然と立ち尽くすばかりで、まともに動くことすらできなかった。

 

 そんな彼を押し倒し、自分が被っていたヘルメットを相手の顔に押し当てながら、『撒き散らされた毒ガス』から親友を守ることだけ考えて、それ以外は何一つとして考えず、考えている余裕もなかったクルルギ・スザクは―――想像していたものと180度異なる光景を前にして、ルルーシュと同様に戸惑うことしか出来なくなってしまうしかない。

 

「ど、どういう事なんだ・・・コレは? 毒ガスじゃ、なかった・・・のか?」

 

 奪取と落下、ナイトメアたちとの戦闘による衝撃など、複数の出来事が重なりすぎたことで遂にダメージ限界を超えて誤作動を起こし、暴発してしまった・・・・・・そう思っていたスザクの見ている前でマシーンは花の蕾のように開かれていく。

 

 やがて、開ききって左右に落ちた機械の中から現れたのは―――拘束されている一人の少女。それだけだった。

 

 少女と共に機械の中に入っていたと思しき、怪しげな色の薬液は飛び散ったが、満載されていると教えられていた毒ガスは僅かな臭気も鼻を刺激しない。

 罪人を拘束する拘束具にも似た白い服をまとわせられた少女は出てきたが、大気を漂い人を自由に傷つけられる科学兵器、一つも機械の中には入っていない。

 

「どういう・・・・・・こと、なんだ・・・・・・?」

 

 茫然自失としたまま、スザクはただ無意味な問いを呟き続ける事しかできることは何もなかった。今はまだ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで? スザク。

 この子が、お前の言っていた日本のゲリラがブリタニア軍から奪った毒ガスということなのか?」

「い、いやしかし・・・・・ブリーフィングでは確かに・・・」

 

 暗闇の中、十年ぶりに再会を果たした親友2人は、やや険悪なムードの中ではあったが互いに構えを解いて、機械の中に閉じ込められていた少女を介抱するための作業で自分たちなりに出来ることをやろうとはしてやっていた。

 

 

 クルルギ・スザクは、ルルーシュと妹のナナリーが母親の死によって本国では無用とされ、人質として日本に送られた自分たちの親友となってくれた少年で、日本国首相の一人息子でもある。

 

 事実上の追放処分として、当時はまだ日本だった現在のエリア11へと人質代わりに送られてきた自分たちに優しくしてくれた数少ない人物の一人で、歳が近い子供としては彼だけが自分たちの傍らに寄り添ってくれた心優しい少年。

 

 そして、ルルーシュと同じようにブリタニア軍による日本占領を目の当たりにした人物。

 あの時は、故郷を奪われて家族を失った敗戦国の戦災孤児となっていた男の子。

 今は、故郷を奪い、家族を死なせる切っ掛けとなった侵略者たちの一員・・・・・・。

 

「フン。貴様が教えられたという毒ガスも、日本のゲリラに奪われたとは言え、元はブリタニア軍が造った物なのだろう?

 なら名誉ブリタニア人でしかないと見下すお前に、奴らが真相など教えるものか。どうせ奴らに都合がいい虚実が混じったデマカセを言っていたのだろう。事実を見ればイヤでも、それが分かるというものだ」

「・・・・・・」

 

 スザクには相手からの指摘に返す言葉がない。

 否定したい思いはある。だが・・・一方で、恐らく相手の言い分が正しいだろうことをスザク自身が本能的に知っている。

 分からざるを得ない『答え』が、人の形を取って目の前にいる以上、ブリタニア軍に入る道を選んでしまった今の彼には、黙り込む以外の選択肢がない。

 

 黙々と少女の搬送準備を進めていた彼らだったが、気まずい空気が長続きすることは“不幸にも”なかった。

 

「この、サルが。

 名誉ブリタニア人には回収のための戦闘と、搬送作業までする権限は与えていない」

「隊長殿!?」

 

 サーチライトと大勢の武装した部下たちを引き連れて、親衛隊の軍服をまとった頬に傷跡のある壮年の男が、居丈高な声を放ってきたのである。

 

 その声と言葉を聞かされて、ルルーシュは思った。―――『不味い』と。

 

「し、しかし隊長。小官はブリーフィングで確かに、毒ガスと聞かされていたのですが・・・」

「黙れ。抗弁の権利はない。秩序に従いたまえ」

「!! そんな・・・」

 

 新たに現れた親衛隊の男とスザクの会話からも分かる通り、確かに機械の中に入っていた少女は『毒ガス』だった。

 外に漏れ出し、中身が少女だったと知られれば、スザクの飼い主たちが躍起になって動き出し、駆除作業に勤しまなければ身が危うくなるほどの猛毒へと化学変化を起こすのが彼女だったのである。

 

 機械の中に囚われたまま、正体の中身を誰にも知られない限りは、『毒ガスと言われているだけの無力な囚われの少女』

 だが、一度開かれて正体が世に知られてしまったときには、多くの血と犠牲を伴う災禍を呼び起こさずにはいられない『パンドラの箱という名の猛毒』・・・・・・

 

「だが、テロリストが奪った“毒ガスを”発見したのは貴様であるのは事実だ。

 その功績を評価して、慈悲を与えてやろう。

 ――クルルギ一等兵、これでテロリストを射殺しろ」

「・・・えっ!?」

 

 隊長から差し出された拳銃を見せつけられ、スザクは戸惑いの声を上げる。

 ルルーシュと事なり、未だ事態を飲み込みきれず、現在の自分が『政治的な配慮が求められる立場だ』という認識を持てないでいた彼は、愚直にも隊長からの命令を字面通りに解釈した返事をしてしまう。

 

「い、いえ、彼は違います。ただの民間人で、巻き込まれただけです。テロリストなどではありませんっ」

「貴様っ!!」

 

 相手から返された「頭の悪過ぎる返答」に、親衛隊の男の顔は強ばり、声に危険な色が宿る。

 その声を聞いてルルーシュは、そんな状況ではないと承知していながらも、思わず呆れてしまわざるをえなかった。

 

 スザクと違って政治に慣れている彼には、会話の裏の意味はすぐに分かったのだ。

 隊長はスザクに『意訳しろ』と要求し、敢えて遠回しな表現を使って命令を伝えたところ、額面通りの受け答えで返されてしまい、気取った言い回しが無駄に終わらせられた結果に理不尽な苛立ちをスザクにぶつけていたのだった。

 

 完全に八つ当たりである。

 解りにくい言い方などせず、ハッキリ言ってしまえば良かったのだが、それをしなかったせいで自分が、間抜けな回答を返される間抜けな出題者になってしまって恥をかいただけなのだから。

 

「これは、命令である! お前はブリタニアに忠誠を誓ったのだろう? なら――」

「それは・・・・・・でも、出来ません」

「・・・・・・なんだと?」

「自分はやりません」

 

 再会したときには、ブリタニア軍に入隊していた敗戦国の民であるスザクは、飼い主になっているはずの隊長に告げた。

 否と。命令に対してハッキリと、「NO」を突きつけて返したのだ。

 

 だが―――命令に対して「NO」と返答する権利が、仮に兵士の側にあったとしても。

 「NO」を「反政府主義者による悪辣なる暴言」と解釈し、テロリストの一員として処刑するのを許してやる義務は、兵士たちを飼い犬として見る側にはない。

 

「民間人を・・・・・・彼を撃つようなことは、自分には・・・出来ない」

「では、貴様への褒美は『死』だ」

「っ!?」

 

 ドシュン。

 薄暗い構内に、空気が抜けるような音が短く響いた後。・・・前のめりにスザクが倒れ伏す。

 

「スザクッ!?」

「見たところブリタニア人の学生らしいが、不運だったな。目撃者は誰だろうと生かすことは許されん任務なのだよ。やんごとない身分の方きってのご命令なのでね。

 まっ、恨むなら運命か自分の無力さでも恨んでくれ。――女を確保した後、あの学生も殺せ。このサルも一応、止めを刺しておくのも忘れるなよ?」

『Yes.マイロード』 

「やれやれ・・・・・・誰の子息かは知らんが後始末が面倒な。

 だから貴様がやれと命じてやったのに、最後まで役に立たん。我らを守る盾としてすら使えん、無能極まる惰弱なサル共めが」

 

 部下たちに命じて自分は後方へと下がり、事後処理も含めて煩わしい諸々を一旦忘れて気分良く一服しようとする。

 彼としては、『銃器の所持が許可されていない名誉ブリタニア人』による凶行として、口封じと処刑をまとめてできる一石二鳥の策だと自画自賛していたのだが・・・・・・世の中、楽はさせてもらえんらしい。

 

 仕方がないので、多少の面倒ごとぐらいは引き受けてやるかと割り切っていたところだったのだが・・・・・・まさか自分の放った発言が、この状況から獲物を逃してしまう最後の決め手になってしまうとは全く考えていなかった。

 

 

 

 

 

「・・・ブリタニア、の・・・・・・クソ共が・・・・・・俺たち、を・・・・・・人をなんだと思って、やが・・・・・・る・・・・・・っ」

 

 半壊したトレーラーの運転席に横たわりながら、半死半生の状態から死に至るまでの距離を短時間で走破しかかり、あともう僅かで完走と言うところまで来て運転手役だった日本ゲリラである彼の耳は。

 ルルーシュとスザクにかけられていた隊長による人種差別思想を隠そうともしていない傲慢極まる罵倒を聞かされ、激しい怒りと憎しみ――そして愛惜によって突き動かされ、一つのボタンを押すための蓋を開封する。

 

 ――あんなクズ共の勝手な理屈で、自分の愛する家族は殺されたのだ。

 ――あんなサル以下のゴミみたいな連中の都合を満たすために、自分の子供も、妻も、仲間も、みんなみんな殺されたのだ。

 

 クズが、ゴミが、ブリタニアの白猿どもが。

 殺すことしか知らないキチガイ猿どもが。

 

 死ね死ね死ね死ね、みんなみんなみんな一人残らず死に絶えろ!!

 そして地獄に落ちて―――天国にいる彼女たちに詫び入れに来い――。

 

 

「日本・・・・・・バン・・・ザイ・・・・・・」

 

 

 そして、彼の意識と敵たちは光に包まれ―――そして後には何も残っていなかった。

 

「しまった・・・!?」

 

 隊長は部下たちと共に顔面蒼白になって、自分が最も大事な場面で犯してはいけない致命的すぎるミスを犯してしまったことを自覚させられることになる。

 

 

 

 

 

 

 

「クソッ!! 一体なんなんだ! この状況は!!」

 

 ルルーシュは、トレーラーの自爆による混乱に紛れて少女と共に逃げ出したものの、は法塞がりになっていく状況に苛立ちを露わにして、謎の少女相手に“愚痴”を叫んでいた。

 

 どうやらブリタニア軍にとって彼女はよほど重要な価値があるらしく、地上の方では殲滅を目的とした民間人相手の虐殺が開始されたようだった。血生臭い喧噪がここまで響いてきて、時には爆風や爆光が身近にまで迫ってきつつある状況。

 

 囚われて手も足も出ない状態の少女のせいでないことぐらい、ルルーシュとて解っている。理解してもいる。

 悪いのは、民間人を虐殺してでも知られたくない秘事を「殺処分すること」で、皇位継承権を失いたくないクロヴィスと。

 そんな目的のための命令に唯々諾々と従う、ブリタニア軍の無能で卑劣な将兵たちだ。

 彼女は、そんなブリタニア軍に囚われて拘束されていた被害者である。彼女の方がブリタニア軍より責められるべき存在では決してない。それも解る。だが――

 

 

 ダンッ!!

 

 

「お前のせいではない・・・っ、解っている! 解っているんだ!! 

 だが奴らは! ブリタニアの奴らは、スザクまでも・・・・・・ッ!!! クソぅ!!」

 

 拳を壁に何度も打ち付け、苛立ちを責任のない相手にぶつけないため、血が噴き出すまで発散し続けるルルーシュ・ランペルージ。

 彼にはどうしても少女に怒りをぶつける訳にはいかない理由があった。少女に怒りをぶつけたい想いを我慢しなければならない感情を抱えていた。

 

「もし、なんの責任もなく武器すら持たないお前に、そのようなことをすれば、俺はブリタニアの連中と同類になってしまう・・・っ!!

 俺は、あんな腐った奴らの同類になりたくない・・・! 絶対に、なにがあっても、あんなクズ共の同類になってなどやるものか・・・・・・ッ!!!」

 

 異常なまでの誇り高さが、呪詛のような声には込められているようだった。

 ルルーシュはこの時、機械に囚われていた少女に対する同情の念や、理不尽な暴力を振るうべきではない理性に基づく自制心といった諸々の感情によるものではなく。

 

 ただ、『大嫌いなブリタニアと同じ行動を行いたくない』『同類になるのは嫌だ』という理由だけで、拘束されていた少女への紳士的と評していい対応を選んでいたのである。

 

 相手と同じ事をやり返しているだけでは平和は訪れない、とか、許しを尊ぶ精神といった一般社会で美徳とされているものを尊ぶ意思がルルーシュに無かった訳ではないのだが、今この時に彼が取った行動の理由は『ブリタニア帝室と同類になることへの嫌悪感』ただそれだけだったのも事実である。

 

 やや特異とも言える、彼のこの性質が歴史の流れに大きな変化と影響を及ぼす最大の理由となっていくのだが――――それが端的に現されることになるのは、この瞬間からだったかもしれない。

 

 

「――とにかく、お前にはなんとしても生き延びてもらうぞ。

 お前と俺を守るためにスザクは死んだ。奴らに殺されたんだ。

 なんとしても生き延びてスザクの死に報いる。それぐらいしなけば釣り合いが取れるものか・・・っ」

「・・・・・・・・・」

 

 自分の言葉で、相手の少女が目を見開き、今までと違う色を自分を見つめる瞳に宿し始めている変化に、自分の思いを語っていたルルーシュは気付いていなかった。

 そういう少年だったのだ。人の気持ちが分からない、というほど独り善がりな人間では決してないが、自分の内側を見つめている時には自分の思いしか視てはいない。

 

 そういう人間だと理解したとき、少女は―――

 

「こんなところで終わることは許されない・・・っ! 何ひとつ出来ないまま、何も成せてはいない今のまま終わることなど、俺はそんなことは許さない!! 他の誰が許そうとも、俺が俺自身を決して許さん!

 スザクが庇ってくれた時から、俺も、お前も、自分だけの命ではなくなっているのだから・・・・・・!!」

 

 

 

 

 

 そして、今に至っている。

 

 

 

 

 

「ふふふ・・・テロリストの最期には相応しいロケーションだな。そうは思わないかね? 少年。学生にしてはよく頑張った、流石はブリタニア人だ。

 しかし、お前の未来は今、終わった」

「・・・・・・」

「フフン。この娘にしても、出来れば生かして捕らえたかったのだがな。君との追いかけっこで我々も多少の失態を演じてしまったのでね。これ以上の恥の上塗りは避けたいのだよ。

 そうだな、上にはこう報告しておこう。

 “我われ親衛隊はテロリストのアジトを見つけ、これを殲滅。しかし人質はすでに嬲り殺しに合っていた”――どうかね? 学生くん。なかなかに良く出来た泣けるシナリオだとは思わないかな?」

「・・・・・・・・・」

「ふん。黙りか。まぁいい、どうせ結果は変わらん。――殺れ」

「・・・・・・・・・・・・・・・おい」

 

 

 獲物を追い詰めた、己を一方的な狩人の立場にあると疑うことなく。

 芝居がかった口調とセリフで延々と、ベラベラとした下らない喋りを垂れ流していた隊長に、ルルーシュは低い声で短い声を掛ける。

 

 周囲は完全に親衛隊に取り囲まれており、足下には眉間を撃ち抜かれた姿で自分たちの助けようとした少女が転がっている。

 サブマシンガンの銃口を無数に突きつけられた状況下で、自分の身体能力だけでは今の状況を脱出することは絶対に不可能。

 

 

 

 だが―――今のルルーシュにとって、この状況は《与えられた力》を試す、実験場にすらなれることは永遠に無い。

 

 

「ん? なんだね少年、遺言かな? 良いだろう、許可してや――」

「なぁ、ブリタニア皇室親衛隊。ブリタニアを憎むブリタニア人を、お前はどういう存在だと思う?」

「!! 貴様、主義者だったのかっ!」

「いいや―――“敵”だ」

 

 

 自分たちにとって摘発の対象となっている存在であることを明かした少年に対して拳銃を突きつけ――そして動きが止められる。

 なぜか手が震えて引き金が引けなくなる。部下たちも驚愕の表情を浮かべたまま凍り付いたように身体が動かない。

 

 そんな彼らにルルーシュは―――王として《絶対服従を命じられる力》を、“クズ共にだけ”行使する。

 

 

「貴様は・・・・・・いったい!?」

 

「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる!!

 貴様らの中で、“武器を持たぬ者を撃ち殺したクズ”は互いに殺し合い、そして死ねッ!!」

 

 

 手に入れた力でルルーシュが命じるのは、犯した罪に相応しき末路。妥当なる罰。

 自分が撃たれる覚悟もなく、一方的に撃ち殺せるのが自分たちだと信じ込んで人を殺し続けてきたクズ共ならば、ただ死ねばいい。

 

 

「イッヒッヒ!! Yes.ユア・ハイネス!! クズは死ねーッ!! ふひははははッ!!」

『Yes.ユア・ハイネス! クズは死ね! クズは死ね!! クズは死ギィッ!? ぶべッ!? ほげはッ!!』

「ふはーッははははは!! クズは一人残らず死に絶えほぉぉぉぉぉぉッ!!!」

 

 

 ズキュゥゥゥゥッン!!

 

 口の中に両手で握った拳銃を突っ込んだ隊長による、盛大な自殺で幕を閉じた惨劇を前にして、ルルーシュの心が揺れ動く部分は一つも無く。

 

 罪悪感など微塵も感じる余地はない。

 滅びるべくして滅びただけの者共に、かけるべき情けなど持ち合わせている道理もない。

 ただただ、今の彼の感情と心にある想いは一つだけ。

 

 

「クズがッ!!」

 

 

 そう吐き捨てて、隊長の死体に唾を吐きかけること。

 金髪のグリフォンの誇り高き魂を覚醒させた少年にとって、孤独な玉座を得ていく戦いは血と炎の色で彩られながら始まりの時を迎えたのだった。

 

 

 

つづく


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