試作品集   作:ひきがやもとまち

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今の心身状態でも書けそうな作品を更新ってとこで、【異世界魔王】と【サモンナイト】のコラボ作の最新話。

今回は、『エミール登場回』です。
ホントは魔族軍侵攻まで書きたかったんですけど、切りが悪かったので今回はここまでって事で。


異世界魔王青年バノッサと魔王召喚少女の夜 第5夜

 

 エルフたちの襲撃されてから数日後。

 バノッサたちは数日前と同じように冒険者ギルドのマスター執務室へと招かれ、再び同じような依頼を受ける事になっていた。

 

「わざわざ来てもらってゴメンね~? この前やってもらったばかりで悪いんだけど、バノッサさんをご指名の依頼だよ。しかも簡単なわりに高報酬なオイシイお仕事♪」

 

 危険な代わりに成功のチャンスを得られる冒険者にとって、楽な仕事内容で収入がいい依頼というのは喉から欲しても手に入らない、夢のような好待遇と言っていい。通常ならば誰もが飛びつく儲け話。

 

 ・・・・・・もっとも、あくまで『それが本当だったなら』の話なのは言うまでもない。

 

「・・・わざわざ、バノッサを指名しての依頼ですか」

「また罠じゃないの~? この前みたいにさぁー」

 

 おいしい話には裏があるのが世の中という格言を、先日痛いほどに思い知らされかけていたシェラやレムたちが、無邪気な笑顔で依頼を持ってきたギルドマスターに、胡乱げな不審顔での反応しか返さなかったのは無礼であっても当然の反応でしかなかっただろう。

 

 とは言え、世の中には「おいしい話に裏があったからこそ」という事情が関係している場面も時にはあり。

 

「あはははっ♪ まっ、そーいう反応されちゃうのも当然なんだけどね。でも今度のは本当に大丈夫だよン☆

 なんせ魔術師協会の長、セレスティーヌ・ボードレールから、このボクが直接受けてきた依頼なんだからねぇ~」

「・・・セレスから?」

 

 得意げにシルヴィが依頼書片手に説明するのを聞かされながら、相手のテンションに反比例してレムが低い声で呟きを漏らすと僅かに顔をしかめる姿がバノッサの視界に映っていた。

 

 先日の一件でバノッサたちを襲わせるため、エルフたちを利用しようとセレスティーヌの護衛を務める魔術師ガラクは、魔術協会という組織の名を使って依頼を出していた。

 彼としては、バノッサへの報復を望みながらも自分一人では太刀打ち出来ない実力差も見せつけられていたため、外部から助っ人を呼び込もうと信頼を得るため使っただけの名前でしかなかったが、組織の長としては迷惑極まりない話でもあった。

 

 組織の一員がやった行いは、組織の外にいる者達から見れば組織全体の意思として動いた結果のように解釈されかねない恐れがあるからで、この点ではバノッサがいた異世界リィンバウムでも召喚術士たちによる二大派閥の一つ《蒼の派閥》でも重要視されている部分でもある。

 

 彼らは派閥の方針として、召喚術を犯罪などに用いる外法召喚術士たちを無償で討伐する秩序維持活動をおこなっているが、それは一般の人々から自分たちと外法召喚術士たちとを同一視されて滅ぼされるのを避けるための自衛という側面もある行為だったのだ。

 

 また、冒険者ギルドからの依頼という形を取られたことも問題だった。

 相手方の信頼までガタ落ちさせかねない危険極まりない行為だったからで、今後の両組織の関係を考えていく上では、冒険者ギルドは魔術師協会に大きな貸しを作れたという形になった訳だった。シルヴィの機嫌がいいのは、そういう事情あってのことである。

 

 要するに、有り体に言ってセレスティーヌから出された今回の依頼は。

 

「つまり、ガラクタ野郎のことで口止め料代わりってとこか?

 金はやるから、“この件について余計なことは何も言うな”と、そう言いたい訳なんだろ? あの踊り子みてぇなお偉い魔術師サマはさ」

「・・・いやまぁ、取り繕わずに言っちゃえばそうなんだけど・・・・・・ほんっとバノッサさんて、そういうのハッキリ言っちゃう人なんだね本当に・・・」

 

 興醒めと言うより、やや引き気味になりながらではあったものの、シルヴィは冷や汗混じりにバノッサが告げた指摘の正しさを婉曲的に肯定はする。

 実際、先日の一件は冒険者ギルド・魔術師協会双方の合意によって『不幸な事故』として処理される流れで事が進められており、近いうちにグリーンウッド王国にも打診される手筈となっている。

 エルフたちにしても、魔術師協会の名で騙されて利用されたことは業腹だったものの、国の精鋭部隊を派遣して『たった一人のディーマン』に打ちのめされて目的も果たせず逃げ帰ってきましたなどという国の恥を内外に知らしめられたい訳では決してない。

 

 相手側からの返事はまだだが、おそらくは了承されるだろうというのが大方の見方でもあった。

 バノッサたちの元へもたらされた『オイシイ依頼』は、ハッキリ言えば体裁を取り繕ったセレスティーヌからの賄賂であって、口止め料と評したバノッサの解釈は非常に正しい。

 

 ――だが、治安の悪いスラム街で生まれ育ったバノッサや、組織を率いる者として世の清濁をそれなりに経験してきたシルヴィと違って、純粋無垢な潔癖さを大切にしたがる青臭い年齢の少女にとって、そういう解釈を受け入れるのは難しいようだ。

 

「・・・私は行きません・・・」

「え?」

 

 レムが俯きながら、か細い声で拒絶するための声が上げられていた。

 その声には、差し伸べられた手を振り払う、頑なに意固地さを貫く意志が強く込められたものだった。

 その姿は在りし日の自分自身を彷彿とさせる要素が微かにあるように、バノッサには感じられていたのだが・・・・・・しかし。

 

「セレスには借りを作りたくありませんから・・・。

 普通の依頼なら構いませんが、不要に報酬が高いクエストはお断りで――」

「あァん? 何言ってんだ? 馬鹿なのか、テメェはよォ」

「なっ!?」

 

 自分にとって不快なだけの過去と似た部分を見せつけられたところで、郷愁を抱く要素などバノッサの人生にはない。

 ただただ不愉快なだけなのが、彼にとっての自分の過去である。

 出来ることなら、そういった全てから自由になりたいと願って力を求めた。そしてようやく振り払えそうなところで『ハグレ野郎』が現れやがって、また過去にぶり返されちまった。

 そんなものがバノッサにとって自分の過去だ。唾棄すべき時間であり、甘ったれた無力なガキでしかなかった頃の、強がることしか出来なかった弱っちい自分と同じものを見いだしたところで優しくしてやるべき理由になるはずがない。

 

「借りが出来ちまったのは、相手だろうがよ。だから借りを作ったままだと面倒くせぇから、今の内に片しときてェだけじゃねぇか。

 んなもん、いちいち借りだなんだと解釈してやって、相手に都合のいいだけのガキになるのが、そんなに嬉しいか? だからバカだっつってんだよ。このタコ」

「タっ!? ・・・そ、そうかもしれませんが、でも・・・・・・だけど・・・」

 

 バノッサからの悪態に激高しかかるものの、そこはレムを相応の経験を積んできた冒険者だ。相手の言い分が正しいことを認められないほど子供ではない。

 ・・・・・・ただ、理屈として正しいことを認められても、感情まで納得させられるほど大人な訳でもなく、まして納得できない気持ちを抱いたまま片手間で依頼を引き受け気にしないでいられる器用さなど、レムは大人になった後でも生涯もてそうにない性格を彼女は持っている人物だったらしい。

 

「そうだよねー。私たちあんまりお金ないから正直、助かるし」

「でしょ? まぁでも依頼内容そのものは簡単だから、三人そろってなくても大丈夫だと思う。もしレムちゃんが嫌なら、バノッサさんたちだけで引き受けてくれて構わないよ? 勿論それで報酬が減るってこともない依頼だしねぇ~♪」

「それなら・・・・・・でも、どうする? バノッサ」

「・・・・・・」

 

 シェラとしては十中八九引き受けるつもりになっている、条件のいいクエスト内容だったが隣に座って俯いたまま沈黙し続けているレムの態度を見ると二つ返事で了承しづらい。

 レムが抱えている肉体の秘密を知らない彼女には、なぜレムがそこまで頑なに他人を頼ることを拒絶したがるのか理由は分からなかったが、それでも彼女にとっては重要な問題なのだろうと理解することはできる。

 

 妥協案として、レムには自分よりも優しくしやすいと感じているバノッサに意見を聞いてみることにした訳だが・・・・・・流石に今回ばかりは人選ミスだったことを、聞いてしまった後に彼女は思い知らされることになる。

 

 

「やる気ねぇヤツを連れてってやっても、邪魔になるだけだろ。

 役立たずは置いてきゃいいだけだろうが」

「ふみゅぎゅッ!?」

 

 

 バノッサからの情け容赦なく配慮もクソもヘッタクレモない物言いで告げられた回答を聞かされ、猫が尻尾を踏まれたときに悲鳴を上げるような泣き声を涙と共に撒き散らす羽目になるレム。

 

「「う、うわぁ・・・・・・」」

 

 流石に、この映像は年若い女性たち視点から見ると、ヒド過ぎる光景にしか見えようがなく。

 シェラとシルヴィが、止めを刺されたような表情で時が止まってしまっているレムへの助け船として目配せし合って連携しあい。

 

「え、えぇ~と・・・・・・そ、それじゃあシェラちゃんとバノッサさんの二人で行くってことでいいんだよね!?」

「そ、そうだよね! レムもなんか疲れてるみたいだし、今日ぐらいは町でノンビリ待っててもらっても大丈夫そうだし、私とバノッサの二人だけで行くことにします!」

「よし! じゃあそういうことで引き受けの手続き済ませちゃうね! 後はボクの方でやっとくから二人は一階に行って預かってる荷物を受け取って早く出発してね! 今すぐじゃなくてもいいけど急いでるから大至急で!ホラ早く!」

 

 無理矢理にでも話をまとめて、重苦しい空気に包まれかかった室内からバノッサを追い出すため、食い気味なハイテンションな仕草で出立を急ぐシェラとシルヴィ。

 

 レムの目尻からは、一筋の涙が流れていたが・・・・・・このときの選択が後に影響を与えるものとなるか否かは、彼女自身の意思の力による部分でもある。

 

 

 

 

 

「《ウルグ橋塞》へ差し入れの配達・・・・・・ホントに楽だぁッ♪」

「・・・・・・ガキの使いみてぇな依頼だな。ここまで行くと引くものあるぜ・・・」

 

 引き受けて受け取ったクエストの依頼内容を一瞥し、あまりにもあまりな内容に流石のバノッサでさえ、白けたような表情を浮かべ直して意欲が削がれたという風情を見せるレベルだった。

 

 楽だった。本当に楽なクエストだった。

 ここまで楽すぎるクエストは、弱者を集団で嬲り殺して有り金うばうことに慣れていた《オプティス》のリーダー時代があるバノッサにも記憶にない。凄まじく簡単すぎる依頼内容。

 

 セレスティーヌとしては、簡単なクエストの差額分で支払いをと考えていたため、必要経費がかかってしまったり、怪我して治療費が発生する依頼内容では意味がなかっただけではあったのだが。

 やはり意固地になっているときの子供という生き物は、何にでも噛みつかずにはいられない狂犬じみた部分があり。

 

「セレスも、こんなあからさまに簡単なクエストで、私が納得して報酬を受け取るとでも思っているのでしょうか!? まったく!!」

 

 プンプンと頭から湯気を上げる勢いで尻尾を逆立て、あからさま過ぎる「ご機嫌取り」にレムは怒り心頭といった様子で立腹する。

 彼女としては、「舐められた」という気分が強すぎる内容だったのが原因でもあったのだろう。「子供扱い」されている気にさせられてイラ立たされずにはいられなかったのだ。

 

 もっとも、仮に依頼内容が高難易度の妥当な報酬によるものだった場合でも、やはりレムは何らかの理由で苛立ちを覚えずにはいられなかったかもしれない。

 依頼者が《セレスティーヌ・ボードレール》という、自分の秘密を知っている実力者から出されたものだと知らされた時点で、今の彼女にとって全ての依頼は「借りを作るのは嫌だ」と拒否する一択だったかもしれない。

 

 そういう時が、人にはある。

 そういう風にしか出来なくなることが、人間なら誰でもある。・・・・・・ただ、自分がそうなっている時に他人の時と同じだと感じることが出来るかどうかが違うだけ。

 

 《ハグレ野郎》は、それが出来る人間だった。だから《界の意思》を従える《エルゴの王》となった。

 バノッサは、それが出来ない人間だった。だから《魔王》を宿す依り代として《世界を壊すバケモノ》になりかけたのだ。

 

 その違いが時に、人の一生を大きく狂わせてしまう時がある。

 だが・・・・・・そういうのと生涯、死ぬまで無縁そうな人間という珍種も偶にはいる。

 

 たとえば、そう――――《彼》のように。

 

 

 

 

 

「待て、ディーマン。お前だな?

 いま町で噂になっているディーマンというのは」

 

 バノッサとシェラがクエストを引き受け、さぁこれから出発するぞという時に声をかけてきた男がいた。

 彼らが降りてきたばかりの階段に、腕を組みながら寄りかかるようにして立っている、“黄金色の鎧”をまとった見た目は美青年の大柄な戦士。

 

「噂通り、悪そうな面をしているな。流石は、“悪”!!」

「ゲゲェッ!?」

「え、エミールっ!?」

 

 その人物の姿を確認した瞬間、衝撃を受けたようにシェラとレムが一様に―――なんとも表現しようのない反応と表情を浮かべて彼の名を呼び、名を呼ぶことしか出来なくなってしまっていた。

 

 彼の名は、『エミール・ビュシェルベルジェール』

 ファルトラの町の冒険者ギルドに所属する冒険者の中では最強と名高い人物だった。

 

 剣士としての腕はよく、冒険者としての実力や実績も悪くはない。人柄的にも信頼は出来る。・・・・・・ではあるのだが。

 実力の割に、あまり深い付き合いになりたがる者が多くない異色の冒険者、もしくは《変人》あるいは《奇人》

 ギルド1の怪力の持ち主でもあり、親しくなっておいて損はないステータスを誇りながら、彼がそのような扱いを受けているのは・・・・・・主に自業自得な彼自身の人格によるものだと周囲からは思われている人物だった・・・。

 

「・・・・・・」

 

 だが、そんな人物に呼ばれて声をかけられながら、バノッサは振り返らずろくな反応も見せようとはしない。

 ただ真っ直ぐ出口に向かって進み続けているままで、話しかけてきたエミールの言葉を聞いているのかどうかすら定かではない。

 

 だが、相手の反応を意に介さないという点では、エミールもまた逆方向でバノッサと同類の生き物だったのやもしれない。

 

「町の人々は口々に言っていた。

 “肩から角を生やした見慣れぬディーマンが、女性に首輪をつけて連れ回している”・・・と。

 ――それは、お前のことだな? ディーマン!!」

「・・・・・・」

 

 ガンをつけるように睨み付けながらエミールは、バノッサに詰め寄る。

 彼がまとっている、邪悪そうなデザインの鎧を、この世界の基準で考える者には、そのように受け取られるものだったらしい。

 

 バノッサは答えない。

 

「フッ・・・そうやって虚勢を張っていられるのも今の内だ。

 なぜならオレ様の名は、エミール・ビュシェルベルジェール!!

 レベル50を誇るギルド1の怪力戦士であーるのだから!!!」

「・・・・・・・・・」

「角を生やしたディーマンめ! 覚悟しろ!!」

「・・・・・・・・・・・・あん?」

 

 鞘から剣を引き抜いたエミールが、切っ先をバノッサに突きつけながら宣言した時になってようやく、相手の方は彼へと振り返って姿を見て。

 

「・・・・・・《マーン家の私兵》だと!? テメェらまでコッチの世界に来てやがったのか! あぁっ!?」

 

 相手の美青年がまとっていた《黄金色の全身鎧》が視界に入った瞬間に、バノッサの目つきも急激に危険な色合いを帯び始めてしまう。

 

 《マーン家》とは異世界リィンバウムにある召喚術士たちの二大組織の一つ《金の派閥》における有力家系の一つであり、民間の生活に召喚術を用いることで莫大な富を築いている金持ちたちの集団でもある組織だ。

 

 バノッサが暮らしていた辺境の都市《サイジェントの町》にやってきて召喚術をもたらしたのも彼ら一族の一員たちであり、召喚術の力で急激な発展を与えながらも同時に凄まじい規模の格差社会ももたらしてしまっていたことから、サイジェントで暮らす住人たちの多くからは蛇蝎のように嫌われていた、領主を金でたぶらかして自分たちの好き放題に法律を変えさせる腐った成金共の集団の名前でもある。・・・・・・少なくとも町の人たちの多くからは、そう認識されている者達だった。

 

 実際には、町の政治を腐ったものにして、激し過ぎる格差をもたらしていたのは、召喚術を用いることで得られるようになった莫大な富に目がくらんだ領主自身や、取り巻きの貴族たちが忖度や意訳をおこないまくった結果であって、彼ら自身は領主たちのコントロールに失敗しただけではあったのだが・・・・・・大方の人々からは《ヨソ者の召喚術士たち》が全部悪いと、そのように思われてしまっていたのは間違いない。

 

 また、彼ら自身も言動に問題がありすぎるというか、口調に癖が強すぎると言うべきなのか・・・・・・俗っぽい言い方をしてしまうなら《悪役っぽい》という外観上の問題も抱えており、色々な面で辺境に住む田舎者たちからは偏見と無知からくる色々な非難を受けまくりやすい要素を多分に備えまくっていた連中だった。

 当然、バノッサ自身も彼らに対しては悪い噂だけを信じて悪意しか抱いたことがなく、ムカつく糞ったれ共としか思ったことがない。

 

 その《マーン家》が有して、屋敷の警備などに当たらせていた私兵たちが着ていたのが、エミールと同じ《黄金色の全身鎧》だったのである。それがバノッサの誤解を更に悪化させていくことになる。

 

「テメェ・・・・・・コッチの世界に着てまでオレ様の前に許しもなく顔出すとは、いい度胸じゃねぇか。飼い主さまの命令かよ? そんなにブチのめされなけりゃ気が済まねぇのか?」

「そっちこそ! 誰の許しを得て二人を引き回している? よっく聞けディーマン。

 俺は―――女性のことが大好きなのだぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ?」

 

 いきなり訳の分からないことを叫びだした《マーン家の私兵の一人》の言葉に、バノッサは疑問符を浮かべてポツリと呟く。

 ――いや、訳の分からないことを言っているのは最初からか。バノッサは、そう考えて納得した。

 

 なにしろ出会い頭に、「でーまん・でーまん」と意味不明な単語を延々と連発しまくり、今なおバノッサのことを指して「でいーまん」と呼んでくる始末だ。

 よく分からないヤツだったが、「でいーまん」というのはリィンバウムで言うところの《ハグレ》などのスラングと同じようなものなのだろうと、相手の反応と攻撃的な態度から察せられる。

 

 思い出してみると、ガラクタ野郎も同じ言葉をバノッサに向かって言っていた気がしなくもないから間違いないだろう。

 

「レムちゃんとシェラちゃんを奴隷にするなど、女性の守護者である俺が許しはしない!!」

「え!? いや違っ! エミールあのね!?」

「そうではなく! この首輪はですね!?」

「安心して二人とも! 今俺が助けるぅッ!!!」

 

「・・・・・・・・・???」

 

 ――本気でわけの分からない野郎だった。

 人様を自分たちに逆らったからという理由で、ゴミと一緒に燃やしちまおうとしてた連中の飼い犬風情が奴隷を嫌う?

 聞いた話じゃ、旅のサーカス団が飼ってたハグレ召喚獣のメスガキを、金で買い取って小屋に住まわせようとしていたという噂だが、それは奴隷のことじゃねぇのか? まったく訳がわからねぇ・・・・・・。

 

 

 

 凄まじい誤解の連鎖が、エミールの登場によってバノッサ一人の中でもたらされてしまっていた。聞いていた噂話が半端に真実が混じったものだったから尚のこと性質が悪い。

 

「・・・・・・なんか、よく分かんねぇが・・・」

 

 もはやバノッサの中でエミールという存在は、意味不明なヤツというカテゴリーになってきており、好きとか嫌いとか普通の感情を抱こうにも、なんだかよく分からんので好きにも嫌いにもなれん変な感情しか沸いてこないヤツになりつつあった。

 

 実際にサイジェントの町で、ハグレ野郎たちが幾度となく結果的に戦う羽目になってしまっていたマーン家の三兄妹たちも、性格的には妙に憎めないところを持った連中ばかりで、悪意を持ち続けるのが難しいと言うより疲れさせられる。・・・そんな連中だったりする。

 

 そこまで知れるほどバノッサは彼らと深く付き合う前に魔王と化し、人生を途中下車させられてしまうことになっていたのだが・・・・・・彼自身がハグレ召喚獣として呼び出された別の世界で、《マーン家》のような赤の他人と出会うことになったのは―――この世界の《界の意思》がバノッサに与えた皮肉だったのか恩恵だったのか。それは今のところ分かりようがない。

 

 まぁ、とりあえずの話として。

 

「要するにテメェは、敵だって言いてぇんだよな? オレ様をぶち殺しにきやがった敵だと、そう言ってんだろ?」

「・・・・・・え? いや、命までは取ろうと思っていない!

 ただ二人を解放してもらブベハッァァァァァッ!?」

「「エミ―――――ッル!!??」」

 

 

 自分の前に立ちはだかる、《敵》として現れたらしいので、とりあえずブっ飛ばしてブチのめしておく。

 ハグレ野郎との決着には、個人的にも感情的にも拘りたい理由と事情があったが、《マーン家》相手にそんなもんはない。

 

 とりあえずブッ飛ばし、構える前にブっ飛ばして倒れた相手に馬乗りになってマウントを取ると、反撃できなくなった相手を殴る。殴る。殴る。ただ、殴る。

 平凡なケンカのやり方だった。スラムでなくても誰だってやっているから『問題にならないケンカの戦い方』である。

 

 相手がどういうつもりで立ちはだかってきたとか、邪魔したい訳じゃないとか、そんな《動機》なんざどーだってよく、結果として邪魔しにきて立ちはだかってきてんだったら《敵》でしかない。結果の前では動機に意味などまるで無い。

 

 そして《敵》は、ブチのめして倒すもんだ。

 なんとなく興が削がれたから、命までは取らずに半殺しだけで済ませてやるからありがたく思え、と―――バノッサは本気で『自分の基準では問題ないケンカのやり方』でエミールを半殺しにしようとし始めてたためレムとシェラが慌てて止めて誤解も解き。

 

 二人を助けに来て、二人に助けられた女性の味方エミールは、「奴隷にされた女の子はいなかった」という事実に満足すると、バノッサにも謝罪して笑いながら冒険者ギルドを去って行くのだった。

 

 

「・・・・・・・・・・・・なんだったんだ? あの大バカ野郎は・・・・・・変態野郎か?」

「「さ、さぁ・・・?」」

 

 一応は助けに来てくれた相手に、「そうだ」とも言えず、二人の美少女たちは曖昧な笑みを浮かべて場の空気を壊すことなく、ただ誤魔化して乗り切ることに成功した。

 

 何はともあれ、その頃にはもう―――レムの気重そうな事情について覚えている者は誰もいなくなっていたことだけは確かであり、知られざるエミールの手柄でもあったのだった。

 

 

 

つづく


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