試作品集   作:ひきがやもとまち

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「ゴブリンスレイヤー」二次作2話目……の未完成版となります。
主人公の援軍到着する前までなんですけど、思った以上に時間かかり過ぎてしまってるため、とりあえず『途中まで』を出して、完成してから纏めて再更新しようと思います。


ゴブリンスレイヤーと、ゴブリン・キラーなレディ・キラー 第2話(未完成)

 被害のあった村から徒歩で数時間ほど歩いた場所にある丘の斜面に、ポッカリと口を開けた横穴が存在していた。

 狭いが、深さはかなりありそうな洞窟だ。

 平和な時代には猟師小屋として使っていた歴史があってもおかしくない規模と条件が揃ってはいたものの、魔神の軍勢に都が襲われ治安が乱れている今のような時代には碌な存在が住み着きそうもない、そんな混沌とした時代を象徴するかの如く先の見えない暗闇に包まれた薄暗くて狭い、そんな洞窟。

 

 その場所の前に今、女神官を臨時でパーティーに加えた新米冒険者の一団がゴブリン退治のため到着して、そして訝しげな顔で一つの物体に視線を集中させていた。

 

「・・・なんだ? この杖みたいなの。なんで、こんなものが洞窟の前に立ててあるんだろう?」

 

 メンバーの中で唯一の男でもある若き戦士が、仲間たちの心の声を代弁した訳ではなかったろうが、とりあえず声に出して疑問を口にしていた。

 彼らの見ている先では一本の木が、まるで看板のように洞窟の入り口に立てられていた。少なくとも彼らには、ソレはそのように見えていたらしい。

 

 動物の骨や、布きれを括り付けて十字架のようにクロスさせている形状をしている。

 呪術にでも用いる特殊な杖のような見た目をしているが、魔力などは感じられない。パーティー内では唯一の都育ちで《賢者の学院》の卒業生でもある女魔術師も、その立てかけられている杖を模しただけの棒からは何も特殊な力は感じられずに無視してよいと判断したため何も言おうとはしなかった。

 

「ま、いいさ。今はさらわれた子を助けるのが先決だ。恐れず先に進もう」

「アンタは考えるのが苦手っていうか、嫌いなだけでしょー?」

「うるせ」

 

 気楽に笑い合いながら洞窟の中へと入っていく男戦士と女格闘家の二人に、同調まではしないものの呆れた視線で見守るだけで黙って後を追う女魔術師。

 

「・・・・・・」

 

 ――その中でただ一人、女神官だけが木の棒に不吉なものを感じさせられ、怯えたように洞窟の中へ足を踏み入れることを躊躇っていた。

 冒険者として初めての依頼で緊張しすぎているのも怯える理由だとは思う。

 同じ村出身か昔なじみと思しき他の三人の中で一人だけ余所者の助っ人という立場も不安をかき立てる要因になっているとも思う。

 

 同郷の出らしい二人が必要以上にはしゃいで見えるのも怖さを紛らわせる意味もあっての事なのだろう。

 

 ・・・ただ、何故だか今の彼女は酷く怯える自分の心を抑えることができなくなっていた。

 何故かは分からない。けれど、ここに入ってしまえば二度と今の自分には戻れなくなるような、そんな不安に襲われて脱することが出来ないでいたのだ。

 

 まるで地の底から伸ばされる死者たちの怨念が、自分たちの仲間を欲しがり、自分たちの領域へと入ってこいと、早く仲間になりに来いと・・・・・・そう自分を誘っているような恐怖に駆られて足がすくんだまま動けずにいた。

 

「う、うぅ・・・・・・」

 

 だが結局、彼女は仲間たちの後を追って洞窟の中へと歩を進める。進めてしまう。

 洞窟は恐ろしかったが、今から来た道を一人で戻るのも決して安全とは言えない保証の乏しさが、彼女に選択を天秤にかけさせ、かろうじて仲間たちの方へと秤が傾いたことが彼女の決断の理由の一つになっている部分だった。

 

 恐怖と不安故に、仲間たちと前へ進む道を選んだだけなのだ。当然、怯える気持ちや懸念材料が少なくなるわけがない。

 

「あの・・・大丈夫でしょうか? いきなり飛び込んで・・・一度戻って準備をした方が・・・」

 

 つい先頭を行く、臨時の仲間たちのリーダーに確認のための疑問を呈したのは、そんな不安を心の中だけに押さえ続けておくことに耐えられなくなってしまったからでもある。

 

「はあ? ここまで来て、何?」

「ハハハ、心配性だなぁ。大丈夫大丈夫、なんとかなるって」

 

 今更といえば今更な女神官の言葉に、気分を害したらしい女魔術師がトゲのある口調で言ったのに対して、男戦士は根拠は乏しいながらも相手を安心させてあげるため敢えて気楽な口調で言葉を続ける。

 

「ゴブリンなんて、体も知性も子供並みだし、怪物の中でも最弱な存在なんだよ? 俺は村に来たのを追っ払ったことあるんだぜ。だから安心していいよ」

「たかがゴブリン相手に追っ払っただけの話なんだから、自慢にもならないでしょー?」

「まっ、今のところはね。だけど俺たちなら、たとえドラゴンが出たって何とかなるって。そうなるために冒険者になったんだから、今から萎縮してちゃなんにもできないさ」

「気が早いわねー・・・まっ、でもその内にね。私だってやれるって信じてる訳だし」

「そうだろう? まず目指すべき夢は、ドラゴンスレイヤーだ!――って、うおッ!?」

 

 戦いを前に士気高揚を狙ってのことなのか、それとも力強さを見せつけたい男の意地なり見栄なりが反映した結果だったのか。

 男戦士はわざわざ背に負った長剣を引き抜くと、片手で軽く横に振り払ってから、勇者が天に向けて切っ先をかざす時のようなポーズをとるため刃を立てて、

 

 カンッ!!と。

 刃の先が天井に当たった反動でつんのめる。

 

 女格闘家は、そんな相手の醜態を見慣れているのか笑いながらも特に気にした様子はなく、女神官を元気づけるため善意としての言葉を投げかけてくれる。

 だが、それでも彼女の心に芽生えた不安は消えてくれない。

 

「・・・薬などは、持っていらっしゃるのですか?」

「ないよ。買い物する金も時間もなかったからね。さらわれた女の子が心配だし、もし怪我したって君が治してくれるんだろ? だからこそ俺たちも神官を探してたわけだしね」

「確かに《癒やし》と《光の奇跡》は授かってはいます・・・けど、使用できるのは3回だけで――」

 

 そこまで言った時のことだった。

 男戦士が何かを見つけて女神官の言葉を遮り、駆けだした先で松明をかざした先で奇妙なものを“再び”見つける。

 

 洞窟の入り口に立てられていた、奇妙な装飾が施された木の枝だ。

 

「なんだ、こりゃ・・・?」

「入り口にもあったわよ、これと同じの。今更なんじゃない?」

「・・・そうだったっけ・・・?」

 

 女格闘家の言葉に、男戦士の返答がやや自信なさげな声として聞こえてくる。

 洞窟の中をだいぶ奥まで進んできた彼らは、松明の明かりだけで見える範囲に個人差が大きくなりつつあったのだ。

 そのことを少し離れた位置から話だけ聞こえていた女神官には理解できたため、余計に不安が大きくなっていき胸が張り裂けて叫び出しそうな思いに駆られてきてしまう。

 

「・・・いと慈悲深き地母神よ・・・闇の中に踏み入れし旅人に、どうかご加護を・・・」

 

 心を落ち着かせるため、神殿で教えられてきた祈りの言葉を復唱して少しは精神安定がもたらされたが、精神を集中して神への祈りを唱えていたため足は止まり、浚われた被害者を助け出すため先を急ぐ男戦士と女格闘家との間に距離ができてしまったことに気づいたのは、最後尾をついてきていた女魔術師から警告を告げられてからのことになる。

 

「――遅れてる。二人とも先に行っちゃったじゃない」

「え? あ、ごめんなさいッ。今行きま――え・・・?」

「・・・? どうしたの?」

 

 言われて慌てて後を追って駆け出そうとした女神官が、何かに気づいたように足を止めて後ろを振り返り、その姿を正面から見せつけられて仲間の後を追うのを邪魔される形になってしまった女魔術師が不快そうに表情と声をとがらせる。

 

「今・・・なにか音が聞こえませんでしたか・・・?」

「音って、どこから?」

「後ろから・・・です、けど・・・」

「はぁ? 私たちは入り口からまっすぐ進んできたのよ。ここに来るまで横道はなかったし、私たち以外に誰もいなかった。なら後ろに敵がいるわけ―――なッ!?」

 

 相手の度が過ぎた臆病ぶりに辟易したといった様子を隠そうともしなくなっていた女魔術師の知的な表情が、このとき初めて驚愕と恐怖に彩られた新人冒険者らしい「怯え」が浮かび上がっていた。

 

 突如として、狭い洞窟内にいる自分たちの周囲に、下品な笑い声が複数響いてきたのである。

 下品で、粗野で、好色そうで・・・・・・人の不安をかき立てるような、弱者をいたぶり怯えさせるのを愉しんでいる、残忍さと冷酷さを併せ持った、声そのものが醜悪なイメージを抱かせられる歪な笑声。

 

 慌てて背後を振り返った女魔術師が見たものは、人間の半分以下の背丈しかない醜悪な子人にも見える姿をした気色の悪い生き物たちが、腰に巻いた粗末な布きれだけという姿で、手に手にナイフや棍棒を持ったまま自分たちへ笑いながら躙り寄ってきていた光景。

 

 それは即ち―――《ゴブリンの襲撃》

 

「ゴブリン!? いつの間にッ!」

 

 ――ゲヒャヘヘヘヘヘッ!!

 

 暗闇の中、背後から集団で襲いかかろうとしてきた、凶器を持つ醜悪で残忍な亜人たちの群れ。

 その光景を前にして恐怖に心を犯されながらも、女魔術師が呪文を詠唱することができたのは賞賛に値する偉業であった。

 少なくとも魔術師として、魔術の技能では天才の部類に入ると言っていいほどの偉業ではあったのだ。

 

「サジタ・・・インフラ・マラエ・・・ラディウス・・・っ」

 

 ――ウェベェェェェェッ!!!

 

「ひっ!? 《ファイヤーボルト》ッ!!」

 

 ボォォッ!!極度の緊張と恐怖で精神集中が満足にできない状態にありながらも、彼女の魔法は通常通りに成立して杖の先から放たれた火球が、自分に襲いかかろうと飛びかかってきたゴブリンの体を火炙りにする。

 

 だが、それが結果として良くない事態を確定させてしまう。

 

 ――グヘヒィャアアアァァッ!?

 

「仕留めたッ!? ――やれる・・・っ!!」

 

 危機が去ったこと。自分自身の力でそれを成し遂げたこと。

 初めての実戦で敵に襲いかかられながらも、授業と同じように魔法を発動して敵を倒せたことなどが重なって、相乗効果をもたらし彼女の顔に自信と加虐による愉悦の笑みが浮かび上がる。

 

 ――グエエヘェェェェッ!!!

 

「ふっ・・・サジタ・インフラ・マラエラ・リウス―――」

 

 仲間がやられたことで復讐心に駆られたのか、今度は集団で同時に襲いかかろうと迫ってきつつあったゴブリンたちに笑みを浮かべながら迎撃してやろうと、今度は先ほどよりも余裕を持って呪文の詠唱を開始してしまった女魔術師。

 

 多勢に無勢の状況下で、ここは仲間との合流と、全員そろっての脱出をこそ優先させるべきところであったが、初めての実戦と初の勝利で浮かれていた彼女には思いつく発想ではなくなってしまっていたようだった。

 

 ――ゲヒヒャアアアァァァ!!!

 

「え? うわっ!?」

 

 目前から迫ってきている、自分が狙おうとしていた敵集団に目を奪われ、他の者たちから意識が逸れたのを察したのか、別の集団が闇に紛れて彼女の足下まで忍び寄ると足首を鷲掴みにしてバランスを崩させ、精神集中を乱された彼女の魔法詠唱は途中で中断させられてしまい、次々と襲い来るゴブリンたちの群れに押し倒されて、杖も奪われ、それでも必死の抵抗を見せる彼女。

 だがそれは――人間の“雌”を、ただの穴と子宮としか考えていないゴブリンたちに対して適切な対応ではなかったかもしれなかった。

 

「このッ! このッ!! アンタら―――ッ!!!」

「離れろっ! 離れろっ!! 彼女から離れなさぁッい!!」

 

 素手になって押し倒されたままの女魔術師を助け出すため、目に大粒の涙を湛えながら、それでも手にした錫杖を両手でつかんで力任せに振り回し、彼女をつかんでいるゴブリンたちを引き剥がそうと支援する女神官。

 

 ――グヘェェェェ・・・ッ!!

 

 その抵抗を鬱陶しく思ったのか、ゴブリンたちの一匹がおもむろにナイフを抜き放ち、獲物の体の中で最も彼らが狙いやすい部位めがけて振り下ろす。

 ゴブリンたちがニンゲンのメスの体の中で、最も使い易く、最もよく知っている場所――即ち、腸である。

 

 ブシュアァァッ!!

 

「!? ぐひゃぁぁぁぁああああああァァァァァッ!?!?

 アアアアアアアアぁぁぁぁぁあああああああァァァァァァァァッッ!!??」

 

 絶叫が轟き、痛みのあまり身も世もなく子供のように泣きじゃくり、腹を押さえてただただ痛みに助けを求める悲鳴を上げることしかできなくなる女魔術師。

 

「うわぁぁぁぁぁぁッ!! お前らよくもぉぉぉぉぉッッ!!!」

 

 そこでようやく先行しすぎていた男戦士たちが到着して剣を振るい、女魔術師の体にへばり付いたままだったゴブリンたちの最後の一匹が剣の間合いの外へと飛びすさる。

 

「おのれゴブリン共めッ! よくもッ!よくもっ!! このっ!このッ!! うわぁぁぁぁああああッ!!!」

「その子をこっちへ! 早く! 癒やしの奇跡をッ!!」

「は、はいッ!!」

 

 男戦士が敵を引きつけている隙に、傷ついた仲間の傷を癒やそうと回復魔法を唱え始める女神官。

 

「このっ! このッ!! こんのォォォッ!!!」

 

 回復中の仲間に敵を近づけさせまいと、壁になろうとしている男戦士を援護しようと女格闘家も加勢に向かうが、怒りに駆られてデタラメに剣を振るっている動きは格闘家にとって援護できる間合いでもなければ戦い方でもない。

 また、男戦士自身もこのとき援護を求めて戦う意思を持っていない心理状態に陥っていた。

 

「ちょっと! 剣をただ振り回さないで! これじゃ近寄れなくて援護できないッ!?」

「はぁ、はぁ・・・お前は二人を守ってくれ! コイツらは俺が・・・ッ!!」

 

 仲間の仇討ち、やられた仲間の恨み、女たちを守るため一人で無謀な戦いを挑む騎士道症候群。

 初の実戦で、初めて味わう仲間の負傷に混乱した彼の心理は、本人自身でも整合性がつけられない状態へと陥ってしまい、とにかく今は目の前のゴブリンたちを一匹残らず皆殺しにして皆を守ることだけが、彼の頭の中にある考えの全てになっていた。

 

「どうした!? どうしたゴブリン共ォッ!! でやっ!うらぁッ! うわぁぁぁッ!!」

 

 最初は勢いよく剣を振るって、身体能力的には自分より劣るゴブリンたちを相手に圧倒しているように見えた彼であったが、その内の一体に剣を腰だめに構えたまま相手を串刺しにしてやろうと突進してしまい―――それが“彼にとっての致命傷”となってしまう。

 

「でぇぇやァァァァァっ――ぐふッ!?」

 

 相手の心臓を剣の切っ先で刺し貫いた突進からの一撃。

 間違いなく相手を殺せる、確実な殺し方の一つではある技だったが・・・・・・それは体格で劣る相手にとって、獲物の方から自分の間合いに入ってきてくれる楽な条件をくれてやるようなものでもあった。

 

 ――・・・ゲヘヘ・・・ヒゲゲゲ・・・・・・

 

「あ・・・ぐっ、アアアアアッ!!??

 ――こんのぉぉぉぉぉぉぉッッ!!!」

 

 相手が持っていた短剣に太股を刺されていた。

 自分が突進する勢いを逆用され、深々と突き立てられてしまっていた傷は深く、その痛みは今にも泣き喚いて、痛みのあまり助けを求める悲鳴だけを叫びたくなるほどの激痛だったが―――それでも彼は歯を食いしばって痛みに耐えて、悲鳴の代わりに怒りと憎しみのこもった雄叫びを上げて、負の感情で痛みを押さえつける。

 床に倒れ伏しながらも自分を見上げ、ザマーミロとでも言いたげな笑みを浮かべて死んでいこうとしていたゴブリンの頭部を血まみれの剣で完全にぶっ潰して即死させ。

 

 次いで、背後から飛びつこうとしてきたゴブリンに対応しようと、残り少なくなった体力で可能な最大限の威力を持った一撃を放つため、遠心力を利用した振り上げからの振り下ろしを叩き込んでやろうとしたのだが―――

 

「――なっ・・・・・・!?」

 

 ギィィィっン―――と。

 無機質で無慈悲な、金属質な音が洞窟内の一室に反響して木霊する。

 

 今の自分に残された体力で可能な、最大限の威力を出した斬撃で倒そうと、最大限の高さまで振り上げられた長剣の切っ先が、大して高くもない天井から出っ張っていた小さな鍾乳石に当たって弾かれてしまい――

 

「あ・・・」

 

 反動を押さえ込もうと力を込めた腕には、血が足りず、

 

「ぁ・・・あ・・・・・・」

 

 愛剣は彼の手元を離れて宙を飛び、ゴブリンたちの世界である暗い闇の中へと落ちていって、

 

「――あ」

 

 そして

 

 ――ゲヒャヒヘヘヘハハハハッッ!!!!

 

 ・・・・・・ゴブリンたちの群れに飲み込まれて蹂躙される。され尽くす。

 命の灯火をすり減らされながら殺すのではなく“死んでいかされていく”彼の絶叫が洞窟内に響き渡りる。

 

 暗い暗い闇の中へと連れ去られていった彼の魂だけでも、彼を見捨てて見殺しにした慈悲深き地母神の加護とやらが与えられたかどうかは生者たちの知るよしはない。

 

 ――少なくとも、“今は、まだ”

 これから知ることになるか否か、まだ彼女たちにとって運命のサイコロの目は出ていない。

 

「な・・・っ! あ・・・あ・・・っ、ああァ・・・!!」

「――どうして!? 《ヒール》を掛けたのに様子が・・・! 傷は塞がってるはずなのに・・・!」

 

 仲の良かった男戦士が嬲り殺しにされていく様を見せつけられながらも、彼から託された仲間を守るため回復途中の二人を背後にして歯を食いしばって見守ることしか出来なかった女格闘家は、背中から聞こえてくる声に怒りと絶望を深めていく。

 

 神の奇跡による回復魔法で傷口は塞がれたにも関わらず、女魔術師の様態が改善しないまま意識が朦朧とした状態が続いている・・・いや、むしろ先ほどより悪化している風にも思える状態から、女格闘家は本能的にある情報を思い出させられていたからだ。

 

 ――卑劣なゴブリンたちが持つ武器の刃には毒が塗ってあった。

 

 “彼”と一緒に村の物知り爺さんから聞かされた英雄譚や昔語りの中で、そんな一説があった記憶を今更になってから思い出してしまったのだ。

 

 思い出した瞬間、女格闘家の精神と頭は沸騰する。

 罪悪感と、仲間をいたぶられて殺されそうになっている怒りとで、もう自分で自分を抑えられなくなってくる・・・!!

 

「あ、ああぁ・・・・・・クソッ!! 二人とも、逃げてッ!!」

「えッ!? で、ですが・・・っ」

「ここは私が押さえる! だから何とか彼女を村まで運んで治療を! アイツのためにも! 無駄にしないで!!」

「で、でも彼は・・・! 彼だって・・・っ!!」

 

 

 まだ状況を完全には把握し切れていないまま、混乱している女神官の戸惑う声に、最後まで付き合いきれる精神を、今の女格闘家は維持することが出来なかった。

 

「でやぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!」

 

 怒りと憎しみと悲しみと愛情に至る前に中断された思いとが綯い交ぜになった感情を統合せぬまま、する必要もないままに女格闘家は渾身の力を込めた拳と蹴りを、手近にいたゴブリンの顔面に叩き込む!!

 

 ――もう限界だった。

 コイツら全員、皆殺しにしてやる! アイツの仇をブッ殺してやる!

 死ね!死ね!! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死んでしまえェェェェェェッ!!!

 

 そういう意思を込めて、彼らのパーティの中では最強の戦闘力を有していた女格闘家の参戦によって、ステータス的には大きく劣るゴブリンたちを相手に、しばらくの間だけでも一方的な蹂躙が行われる。

 

 ・・・・・・そうなれる可能性だけなら無くはなかった。

 しかし――

 

「てやぁぁぁぁぁぁッ!!!! ――な、なにッ!?」

 


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