【サモンナイト×異世界召喚魔術】のコラボ作品最新話となります。
エルフの国グリーンウッド王国で精鋭部隊を指揮するセルシオのもとに、『その情報』がもたらされたのは昨夜遅くになってからのことだった。
行方不明になっていた姫君が、人間族の奴隷商人によって囚われ、危険な役目を押しつけられ酷使させられている――そういう趣旨の“密告”が、“人間によって”知らされたのである。
当然のことながら、国王も重鎮たちも齎された情報を最初は信じようとはしなかった。
人間国家の多くは『人間至上主義・亜人差別』を掲げているため、エルフの国であるグリーンウッド王国としては、証拠なく信じれるような密告者では全くないのが人間という種族全体への評価だったからだ。
だが密告者が、交易都市ファルトラの結界を維持している重要人物であり『魔術師協会の長でもある人物と“最も近い地位にいる人物”』という己の素性を明らかにしたことで方針は一変し、即日の内にセルシオたち精鋭部隊が人間国家の内部へと侵入して姫を救出するよう勅命が下されることになる。
しかしながら、自分たちの姫様を奴隷商人の魔手から助け出すためとはいえ、エルフの国の兵が人間たちが治める国内の町中で刃傷沙汰を起こすのは流石にマズい。
そういう事情でセルシオたちは、密告者からの提案に乗って相手を誘い出し、人里離れた人気のない森で事故をよそおい奴隷商人だけを始末した後、その足でエルフたちの領域まで姫君を急いでお連れする。そういう算段を立てて事に及ぶことで利害が一致を見る。
彼らにとって誤算だったのは、『まだまだ未熟』と思っていた姫君が有するエルフとしての才能が予想以上に高かったため、隠れ潜んでいた狙撃ポイントを看破されてしまったこと。
そして今一つは―――この男を、“奴隷商人ごとき小悪党”と思い込んで、舐めまくった安っぽい罠で迎え撃とうとする甘い幻想に取り憑かれてしまっていたことだった。
それこそが彼らの、“敗因”に繋がっていく未来を考えようともしないままに―――。
「し、召喚魔法って・・・・・・こんな恐ろしいことまで出来る力だったの・・・?」
「・・・バノッサの力が凄まじいことは分かっていましたが・・・まさか、これ程とは・・・っ」
バノッサが放った《異世界リィンバウム》の召喚術によって、辺りの森に生える木々の多くに燃え移り、先程まで見ていたのとは全く別の光景に変貌させられてしまった姿を見せつけられ、シェラとレムは恐怖心を抱かされたように両手で自分を抱きしめるようにしながら蒼白な顔で呟きを発していた。
3人を囲む周囲の森は、木々が囂々と燃え広がり、森の全ては無理でも『人食いの森』と呼ばれた魔境の一角は開けた焼け野原になることは確実な状況。
高レベル冒険者でなければ相手にできない、森に生息している凶悪なモンスターたちでさえ、この光景を作り出した存在である禍々しき鎧姿の青年に刃向かうことを恐れて、ただひたすら燃え広がる火の手から逃げるだけ。
バノッサが周囲の森を巻き込むつもりで放った召喚術の結果を見せつけられ、シェラとレムは顔色を蒼白にして冷や汗を浮かべながら、心に抱くのは微妙に異なる二つの感想。
森の種族であるエルフのシェラにとって、一瞬にして森に大火を引き起こさせたバノッサの召喚術は、ただただ恐ろしくて強大な力。
一方で、特殊な事情を身に宿したレムにとって、バノッサの強大な力はもちろん恐ろしいが・・・・・・反面、希望を抱かされるものでもある。
(この力・・・っ! これ程の力が私にもあれば――魔王クレブスクルムさえ、あるいは・・・・・・っ!!)
そういう想いを、時として絶望の闇に閉ざされかかる心に光をともす希望として、強く惹き付けられるものを感じずにはいられない! そんな感情。
――だがバノッサ自身にとって、この結果は些か以上に不満足だったらしい。
「・・・チッ。玉っころに込める憎しみの量が足りなかったか・・・。全部まとめて消しちまえば楽できてよかったってのに。
――今の俺にはコイツが荷が重くなってるとは思いたくねぇがな・・・」
苦々しげに表情を歪めて吐き捨てると周囲を見渡し、昔見た時と違って半分以下の範囲にしか火が燃え広がっていない術の威力の舌打ちする。
かつての自分たちが、『ムカつく騎士崩れのオッサン』と『偉そうな澄まし顔が気にくわない革命軍』が互いの都合の押し付け合いで殺し合ったところを、忌々しいハグレ野郎ともども一纏めに皆殺しにしてやろうと目論んだときと同様に、彼は今回も襲撃役の実行犯共と真犯人をまとめて火に巻かれて焼き殺してやるつもりでいたのが、舌打ちの理由だった。
殺しに来たヤツが誰かは知らない。あるいは雇われただけで、殺すよう依頼した人物は他にいるかもしれないが・・・・・・どちらにしろ同じことだった。
どーせ殺しを依頼したヤツ自身も、この場で隠れ潜みながら自分たちが殺し合う様を見物して愉しむ算段をしていることだろうし、事が済んだ後に生き証人を生かしておいてやるとは到底思えない。
結局最後は死ぬ運命の連中なら、一方的に殺すヤツが黒幕の誰かから自分に変わったところで、殺されて死体になる連中にとっては大した違いはない。
騙して利用したヤツも、すぐに後を追わせてやれば供養してやった事にもなるだろう。
そう考えていたのだが・・・・・・実際には、この程度の火力しか出せないのが、今のバノッサの為体だった。
あの時は『燃える水』が森中に火を広げていたとは言え、自分の力も当時より増大しているはずでもある。
にも関わらず、この低火力だ。
レムやシェラも自分も、周囲の火の熱に当てられた様子がないのも恐らく似たような理由によるものだろう。
その時だった。
『うわァァァァァッ!? 火がッ!火がッ!?
うわぁぁあああァァァァッ!?』
「えッ!? エルフ!?」
燃え上がる木の上に隠れていた狙撃手たちが、火に巻かれて慌てて脱出しようとしたことで足を滑らせ、次々と地面に落下していく無様な醜態を目撃したシェラが驚きの声を上げる。
その優れた視力によって彼女には見えていたからだ。
木の上から虫のように落ちてきた十人近い若者たち。――その耳が、自分と同じように長く尖った見た目をしている事実に。
自分たちを罠にはめ、隠れ潜んでいた襲撃者たちが、自分と同じ『エルフ族』だったという事実に。
いや、それだけではない。
「くっ! 怪しげな術を・・・っ!!」
「セルシオ!? なんでここに!!」
「シェラ様! あなたをお助けするために馳せ参じたのです!!」
自分を襲うため待ち伏せていたらしいエルフたちの中心となっていた人物が、自分にとって旧知の相手だったことにシェラは再びの驚愕に襲われることになる。
セルシオと呼ばれた青年エルフは、共に木から落ちながらも無事だった部隊を再集結させながら矢筒から矢を抜いて弓につがえ、『自分たちの姫君』と『年端もいかぬ幼気な幼女』に首輪をはめさせられた姿で傍らに侍らせている邪悪な男へと、鏃の先を聖なる剣の切っ先のように突きつける。
この世界で主に使われている召還魔術とは異なる、まして貧弱極まる幻想魔術では全くない、未知の強大なる力を用いる邪悪なるモノを前にして、そんな存在に自国の王女が囚われているという事実に更なる使命感と義憤を喚起されながら!!
「奴隷商人! グリーンウッド王国の高貴なる姫君であらせられる、シェラエル・グリーンウッド様を返してもらうぞ!!」
彼にとってその言葉は、シェラエル姫のあられもない姿に同情し、そんな惨め立場を強要した奴隷商人の非道さに怒りを覚えた故での糾弾だった。
――だが、互いが同じ知識や認識を共有しているとは限らないのが、異世界召喚という術の特徴でもある。
セルシオたちが暮らす、この異世界の召喚魔術では人語を話せぬ魔獣ばかりしか召び出せないというのが一般の認識であり、エルフではない人族と言えども国グリーンウッド王国の名ぐらい知っているのが常識でもある程の大国。
そのためセルシオたちは、相手の男が自国の名前と姫君の存在を当然知っているモノだという前提で言葉を発してしまったのだが・・・・・・
「ひめぎみ? “ぐりーんうっど”だァ~?
なんだテメェ、どっかの国の姫様だったのかよ? 随分とまァ、色気も無ければ品もねェ、乳臭ぇガキが姫様やってる国もあったもんだな。ヒャッハッハ!」
「ち!? そ、そこはお姫様の立場と関係ないでしょう!!」
当然ながら、異世界リィンバウムの片田舎にあるサイジェントの街のスラム街で育ったバノッサに、《ぐりーんうっど王国》だの《コウキなるヒメギミ》だのといった単語を口にされたところで意味など全く伝わるはずもない。
せいぜいが《獣臭いハグレたちの集落》その程度だ。
ただ、これについてだけは彼ばかりを責められない。
なにしろバノッサの宿敵だった『ハグレ野郎』の仲間たちでさえ、似たようなレベルの知識量しか有しておらず、自分たちが暮らす世界の西側には《聖王国》や《旧帝国》《軍国》といった巨大勢力たちの中で召喚師たちが全く異なる認識を持たれていることさえ知らず、自分たちが住んでいる辺境都市だけの基準で忌み嫌い続けていた。
それ程までに、情報量の有無による認識の差は隔たりが大きいのだ。
「黙れ! 下手な言い逃れを・・・・・・シェラ様に嵌められている首輪が何よりの証拠!
大人しくシェラ様の首輪を外せ奴隷商人! そうすれば命まで取ろうとまでは思わない!!」
そしてセルシオもまた、自分たちの世界の常識に則って相手の言葉を虚偽と断ずる。
バノッサの発言を、「姫君と知らずに連れていただけ」という趣旨の弁明だと解釈した故での結果だった。
彼は鎧の色と形状からバノッサのことを「風変わりなディーマン」としか思っておらず、異世界より招かれた人語を解する召喚獣など、この世界の召喚術では有り得ない。
またセルシオは優れた弓の使い手ではあっても、シェラと違って魔術師でもなければ召喚術士でもなかったことも無関係ではなかったかもしれない。
どちらにしろセルシオは、『姫様を誘拐した犯罪者如きの言い訳』など最初から聞く耳を持っておらず、それでも尚エルフとしての誠実さから悪党にかけるギリギリの情けとして降伏を促したのであるが。
――彼なりの誠実さと姫君への忠義心は、予想外の結果として報われる事になる――
「王家なんて、どうでもいいよ!」
「な・・・・・・姫様っ!?」
突然シェラの口から放たれた“暴言”に、セルシオたちは意外すぎる展開に驚かされ、構えていた鏃の先を僅かに降ろして呆然とさせられる。
奴隷商人の魔手から助け出そうとしていた姫君から放たれた、自分たちの行為と祖国を同時に否定するかのような拒絶の言葉。
だが彼らが自失していた時間は、まさに一時の気の迷い分だけ。
改めて弓矢を構え直しながらセルシオは、国にいた頃のシェラエル姫様から聞かされた言葉から連想する先の言葉の意味を理解した上で、それでも彼女に向かって説得の言葉を告げる。告げずにはいられない立場に彼らはある。
「王家の皆様は、あなたのことを心配しておいでですッ。ですから――」
「兄さんたちが必要としてるのは、アタシじゃなくて世継ぎでしょう!? アタシに子供を産ませたいだけなんだよ!」
「王家に生を受けた方にとって、国を守り続けていくためには重要なお役目です! 他の者では務まらない!!」
「好きなことも出来ないで、望まない相手と結婚させられるなんておかしいよ!
わたし、絶対に国には戻らない! 自分の力で生きていくんだから!!」
「しかし今は、奴隷ではありませんか!?」
シェラからの強烈極まる反発の意思表示に対して、セルシオは無礼とは知りつつも矢を構えたまま反論し、双方の言い合いは口論になるが――予想していなかった展開を前にして、セルシオたちの頬には一滴の汗が流れ落ちていた。
彼らにとっては当然の反応であり、戸惑いでもあった。
・・・・・・自分たちは祖国から、奴隷商人に拐かされた姫様を救出して国へと連れ帰る、名誉ある任務を与えられて彼の地へと参っていたはず・・・・・・それなのに何故・・・!?
違和感がジワジワと彼らの胸中を浸食しつつあった。
何かがおかしく、どこか状況が狂ってきている。
あるいは――どこかで情報が間違ったものが混じっていたのではないか・・・? そんな疑念も抱かなかった訳ではない。
だが・・・・・・それでも彼らは主義主張を曲げず、初志を貫徹する道を選び取る。
そうする“理由”が彼らにもあり、“その理由から見て”シェラエル姫が無力なのは間違いようもない事実なのだから―――
「違う! わたしは誰の奴隷でもない!」
わたしは“私”だよッ!!」
――そんなセルシオたちだったが、断言して言い切ってみせたシェラエル姫の宣言を前にして、何か思うところがあったように弓を降ろす。
あるいは、相手のことをよく知るセルシオだからこそ、何かを感じざるを得なかったのかもしれない。
「・・・・・・なにか事情がおありのようですね・・・」
そう語る言葉には実感がこもっており、レムとシェラたちには戦闘を避けて解決することが出来るかもしれないという希望に、表情を僅かに緩ませる。
自分の国の精鋭部隊であり、経験豊富な冒険者として、シェラにしてもレムにしても、エルフたちの強さと手強さは深く理解している立場にあり、たった三人でシェラを守り抜いて切り抜けるのは難しい・・・・・・そう考えて、できれば戦闘は避けて解決したいと願っていたのは事実だったから。
「――ですが」
しかし、その希望は再び構え直されたセルシオの弓の鏃に打ち砕かれることになる。
「それでも尚、あなたは一人で生きていくには無力すぎます。
我々は、力ずくでも貴女を連れ戻しますッ!!」
「う・・・、うぅ・・・」
自分の決意を伝え終えて、セルシオなら分かってくれるはずと信じてもいたシェラであったが、その予想が半分ぐらいまでしか的中しなかったことで打てる手がなくなってしまって、困り顔で呻くぐらいしか今の彼女には出来ることがなにもない。
グリーンウッド王国の精鋭たちを相手に、自分一人で挑んだところでアッサリ無力化されて国へ連れ帰られてしまう羽目になるのはシェラにだってよく分かっている。
この場は逃げたところで、結果は同じだろう。一人ずつなら逃げ切ることも可能かもしれないが、この数のエルフたちを相手に森の中での追いかけっこで勝ち残れる自信はシェラにも全くない。
万策尽きて万事休す。
・・・結局セルシオたちの言ったとおりなのが今の自分なのだと分かって、泣きたい気分にさせられずにはいられないシェラ。
偉そうなことを言っても、立派な決意を口にしても、今の自分は一人だけだと何も出来ない無力な存在。
自分の身を守ることさえ出来ない、弱っちい存在が自分なのだと思い知らされて・・・・・・シェラは涙混じりの瞳で俯き、せめて泣き出すことだけは避けようと必死に堪えようとして、それで――
「――よく言いました、あなたにしては上出来です」
「え・・・? レム・・・」
横合いから割り込んできて、召喚術用の魔石を片手に構えながら、豹人族の少女はシェラの隣に並んでセルシオたちと対峙する姿勢を見せながら、顔だけ振り返って相方の少女に向かって小さな笑顔を浮かべ、そして保証する。
「国を棄てて、一人で生きていくという決意―――私は嫌いではありませんよ」
そう言ってシェラを、グリーンウッド王国のシェラエル姫ではなく、国を棄てて自分の仲間になっている無駄肉エルフの少女シェラとして扱うことを。
冒険者に生まれや素性は関係なく、ただ仲間と共に戦って勝利を目指すのが自分たちであることを。
シェラの前に立ち、セルシオたちの前に立ちはだかる位置に立つのではなく。
シェラの隣に立って、共に戦う仲間の位置に立つことで―――レムは自分の意思と覚悟をシェラに伝え、シェラにもまた相手の思いは伝わり理解できた。
「致し方ない。みんな、攻撃準備を。接近戦で押さえつけるんだ。
だが決して弓を使うなっ、姫様を傷つけることは許さんぞ!!」
この期に至ってセルシオたちも、覚悟を決めるしか手はなくなる。
姫様を守ろうとする少女も含め、傷つけることなく事が収まるのが一番良かったが・・・・・・彼女たちの決意と覚悟は、半端な終わり方を許してくれそうにない。
王家の方の一員に無理やり手を触れるなど、許しがたい不敬ではあったが、今この場では他に方法がない。
相手の少女たちと同じように、自分たちにも決意と覚悟がある。そう簡単に引き下がる訳にはいかない理由が自分たちにはあるのだ!
こうしてシェラとレムたちと向かい合うように、セルシオたちもまた反対の陣営に立って一触即発の構えを取り合う。
双方共に言い分があり、相応の理由と想いを胸に秘めながら、互いに憎しみはなく、自分の道を信じて歩もうとしているだけであったが、それでも対決は避けられない。そんな間柄。
それは異世界の森を舞台に行われた、二人の騎士たちによる想いが擦れ違った末での戦いと酷似していた。
互いに相手に対して、世の中に対して、真摯な想いと誠実さで持って向かい合っていたが故での対立であったが――――
―――そんなモノが、この男にとってナニカの価値を認められることなど決してあるまい。
「アーハッハッハ!!! とんだ三文芝居じゃあねェかッ!!! ヒャッハッハ!!!!」
突然に森の中へと響き渡る嘲笑。
セルシオたちの想いもシェラたちの想いも、纏めてバカらしいと言い切って笑い飛ばし、少しも罪悪感など感じることは決してない、そんな男からの悪意に満ち満ちた見下しと罵倒の悪意ある笑い声。
「ど、奴隷商人・・・・・・ッ、貴様! 何を笑っている! 何がおかしい!?」
「クックック・・・・・・このオレ様が奴隷商人、ねぇ?」
あまりにも非礼で、深い極まりないディーマンの態度と対応に、セルシオたちは全員が額に青筋を浮かべてバノッサを睨みつけてくるが―――睨まれている方はどこ吹く風だ。
平然とセルシオたちに向かって―――自分たちのバカ発言が、どれだけバカなこと言ってやがったか思い知らせてやるためオセッキョウをしてやる事にする。
「だったら、テメェらの親玉もオレ様と同じ、ご立派な奴隷商人のボス様ってことになるんだよなァ?」
「なんだと貴様! 我らだけでなく、誇り高きグリーンウッド王国の王族まで愚弄するとは許さ――」
「“嫌がる女を力ずくで連れて行き”、“城って豪華な牢屋に閉じ込めて”、“子供を孕ませる娼婦として使うだけ”
・・・・・・それがテメェらが言うところの、奴隷商人って奴なんだろ? 違ってたか? あァ?」
「それは! ・・・・・・それ、は・・・・・・」
思わず反射的に反論しかけたセルシオは、続く言葉を失って黙りこくり、狼狽えたように誤魔化すように後ろめたさを感じているように視線を彷徨わせて右往左往させ始める。
・・・・・・確かに相手の言うとおりだった。今の自分たちが実行しようとしていた行動は、最初に自分たちが非難して否定した奴隷商人そのものと、行動も目的も全く変わることが出来ていない。
反論の余地がない指摘だったからこそ、彼らには何も言い返すことが出来ない。黙り込んだまま否定も肯定もしない事しか出来ることが何もない。。
だが、そんな奴隷商人の犯人共にバノッサは、一切手加減を加えてやる理由も義理も見いだしてやる気は少しもなかった。
「ハッ、図星だろう? だったらテメェらの親玉は、立派な奴隷商人の親玉だったってことさ。
テメェらの王国とやらは奴隷商人に支配されてる、グリーンナントカ奴隷王国でしかねェんだよ、このバカがッ!!」
「~~ッ!! 無礼な! たかがディーマン如きが知った口を!!」
だが流石に、こうまで言われてしまえばセルシオたちも大人しく相手の言い分を聞いて反省してやろうという気がなくなってくる。
自分が正しいことを言っているからと、何を言っても許されるというものではないし、言い過ぎという言葉は正論での間違い指摘にだって該当する!
この男の口と態度の悪さは、自分たちがやろうとした行為と同等の、あるいはそれ以上の悪徳に属する罰を受けて当然の行為だった!
第一、たとえ他国の人間と言えどもグリーンウッド王国の王家を罵倒した者には、不敬罪が当てはまるのは当然!
自分たちの側にも非があったからこそ多少は大目に見てきたが、思い上がりすぎた相手に、これ以上容赦してやる必要は些かも感じてやる義理はない!!
「一斉射ッ!! あの奴隷商人の無礼な口を黙らせろッ!!」
セルシオからの命令が轟き、部隊の仲間たちが一斉に弓を射法する。
種族特性として、必殺必中の腕を誇るエルフたちから中隊規模で放たれた矢の大群。
その回避不能な攻撃の凄まじさを知るシェラは思わず、「バノッサ!」と悲鳴のような声を上げたが―――叫ばれて心配された方としては、なにを心配されているのか理解できない。
猛スピードで飛翔して、先ほどのように不思議な力で遮られることもなく、バノッサの肉体へと達して鏃の先が相手の鎧と、露出している胸元に突き刺さる!! そうなると確信させられた次の瞬間――
カンッ、カンッ、カカンッ!!
『なッ!? 当たったはずの矢が・・・・・・なぜッ!?』
バノッサの身体に当たった端から勢いを失って地面に落下し、無力な木の棒の先に刃物が付いているだけのガラクタに成り下がった矢の群れを見下ろして嘲笑するでもなく、むしろ彼にしては珍しく心底から不思議そうな目付きをしてセルシオたちを見つめ返し。
「オイオイ、ふざけてんのか? なんだよ、この豆鉄砲みてぇなオモチャはよォ。こんなもんが普段から、気にくわねぇ敵やら化け物どもを殺すのに役立ってんのか? アアぁ?」
そう思わず、問いかけてしまっていたのだった。
それほどにバノッサには、セルシオたちが言っていた言葉と行動とが整合性が取れない支離滅裂なものとしか思うことができず、非常に珍しく希有な事例であったが・・・・・・ヒドく混乱した心境に陥らされてしまっていたのである。
「ど、奴隷商人ごときが我らを愚弄するのか!? 我らは国に仕え、王と民を守るために武芸を磨く者。無用な殺生を許可なく行う無法など、許されないのは当然だろう!?」
バノッサとしては当然の疑問だったが、セルシオたちにとっては相手の言っている理屈こそ理解できなかった。
何故なら、この異世界で生きる彼らは普段から《死なないよう》に暮らしているからだ。
人間たちヒューマンとは異なるエルフという亜人種族とはいえ、この異世界で生きる生身の存在であることに変わりはない。
この異世界は、ファンタジーMMORPG《クロスレヴェリ》と酷似して創られている。
だがゲームと異なり、現実となったゲーム世界で生きる彼らには、自分の《死》に対する救済措置や死のリセットといった機能が適用されることは有り得ない。
《死んだら終わり》なのが、この異世界に生きる生命すべてにとっての現実なのである。
そんな彼らにとって、死ぬ危険を冒してまで自分より強い者と戦って勝つことにより、今よりも強い力を欲する生き方というのは余りにもリスクが大きすぎた。
それは、あるいはバノッサの宿敵だった《名も無き異世界》から召喚されてきたハグレ野郎だったら理解してあげられた心情だったのかもしれない。
あるいは、ハグレ野郎と同じ世界から召喚されてくるはずだった《本来は喚ばれている魔王》だったなら共感なり納得なりを抱かされた事情だったのかもしれない。
――だが生憎と、今この場に二人の《名も無き異世界人》はいない。
いるのはサイジェントの街の北スラムで生まれ育った、不良犯罪者集団のリーダー・バノッサだけだ。
「ハッ! 要するに、勝てて当然のザコ共だけと戦って、安全なとこから一方的に勝ちだけ得られる気楽な苦労知らずのガキってことか。だから弱ェままなんだろうがよ、このクズ共が」
「な、な、なんだと!! 貴様、まだ減らず口を叩くかッ!?」
生まれ育った場所と世界と価値観が違うバノッサにとって、セルシオたちの事情を聞かされたところで見下しと侮蔑の瞳を向けるようになるだけで、何らの共感も理解も感じるようなものでは全くなかった。
バノッサが生まれ育った《サイジェントの街》は辺境の田舎町ではあったが、辺境には辺境なりに戦争と無縁ではいられず、十年ほど前に起きた戦争で戦火に巻き込まれ、街を囲む市壁の幾箇所かが破壊されてしまい、その後も壊れた状態のまま放置され続けていた。
召喚師たちによって齎された富に目が眩んだ領主にとって、自身が住まう城を中心として税が払える市民だけが暮らす市街さえ発展すれば良く、壊れた壁の外側で暮らす者達がどうなろうと知った事ではなくなっていたからだ。
そのため壁の外のスラムで生きる者たちにとって、壊れたまま放置されている街を囲む壁に開けられた穴は、外に出るため通行料を払って正門を使う必要がなくなる代わりに、外敵から襲われたときには最も危険な場所に自己責任で生きていくことを選ばせられてしまう。
そんな場所で生まれ育った不良少年達を集めた犯罪者集団《オプティス》を率いていた頭目が、かつてのバノッサだった。
ハグレ野郎との戦いで敗北を重ねたことで手下たちに見限られ、自然消滅してしまった組織ではあったが、そんな奴らが屯する場所でも《居場所》だったのが彼なのである。
そんなバノッサの価値観からすれば、セルシオたちの言い分は単なる《弱者の言い訳》《負け犬の遠吠え》それ以外の何物でも無かった。
第一、バノッサたちを殺すため待ち伏せしながら、「自分たちは殺されるのが怖いから安全な相手とだけ戦いたいです」などという、苦労知らずな貴族の理屈が通用するとでも思っていたのだろうか?
彼は容赦なく、セルシオたちの精神にも追撃をかける。
「テメェらは見当違いな勘違いをしてんだよ。
悪者の悪徳商人ブッ倒して、囚われの姫様でも救い出す正義の騎士様にでもなったつもりで騒いでたのか? 調子に乗ってんじゃねェよ、このバカが!!
テメェらは、ただ利用されてるだけの捨て駒でしかねェんだよ。使い捨ての駒としか思われてねェのが今のテメェらなのさ。その程度も分からねぇバカ共が、寄せ集まってるだけのバカ集団に過ぎねぇのがテメェらなんだ。
・・・・・・テメェらなんぞに任せてられるかよ」
途中から苛立ちがこもってきた口調で、バノッサは徐々に語気を強め始めていく。
彼が怒り出した理由は、自身に起きた幼い頃の出来事と、彼自身の出生にまつわる事情に深く関係したものだった。
――バノッサを魔王召喚の依り代として用いて今の世界を破壊し尽くし、自分たちに都合の良い新世界を新たに作り上げようとしていた外法召喚師の犯罪結社《無職の派閥》を率いる総帥オルドレイク・セルボルトは、魔王召喚の儀式で用いる器を用意するため、優れた素養を持った依り代として自らの子供を多く産み落とさせていた。
だが、その内のほとんどの者は魔王召喚に必要な、常人を遙かに超える数値に達することなく肉体が保たずに自壊するか、魔王を降ろして一体化できるほどの精神が得られず発狂するか、ただ無能な役立たずとして弱すぎる子供は廃棄されていった。
純粋に狂った計画を実現するためオルドレイクは数多くの子を産ませて、多くの我が子たちを殺し尽くし、最後まで手元に残った一人でさえ魔王召喚儀式の責任者となることはできても、魔王の依り代として用を成せるかは微妙なところという数字にしか達することが遂になかった。
そんな男の息子として生を受けたのが、生まれたばかりのバノッサだった。
にも拘わらず、バノッサが自分の世界で滅びるまで生きてこられたのは、彼の素質が他の者たちより優れた少数派のエリートだったから―――ではない。逆だ。反対だったから生き延びることが可能になったのだ。
バノッサは、人格はともかく召喚師としての能力だけは神業の域に達しているオルドレイクの血を受けて生まれた、無色の派閥総帥の実子でありながら《召喚術を使うための力》を全く生まれ持たない、召喚師としては最初から員数外にしか成りようがない、合格か不合格かを判定される遙か以前の段階で役立たずのゴミのように棄てられて、存在していたことさえ穢らわしいと完全否定される赤ん坊としか誰も扱おうとはしなかった。
だから結果としてバノッサは生き残れたのだ。
次々と腹違いの兄弟たちが父親の計画を達成させるために必要な最重要のパーツとなれることを目指し、到達できずに壊れて死に続けていく中で、そのパーツが使われる場所から生まれた瞬間に追放されてしまった後だったから。だから死なずに成長することが可能だった。
だが、それは世界にとっては不幸な出来事で、バノッサにとっても幸運な結末では決してなかったのが、その一件での行き着く結末。
召喚師の子として生まれながら、召喚師としての力を全く生まれ持たない『出来損ないの子供』を産んだ『役立たずの母体』もバノッサと同時に追放されてしまい、犯罪結社から追い出された母親と息子は、幼い我が子を養うため無理をして働き過ぎたことが災いとなり、彼の母親は苦しみの中で息を引き取ることになる。
・・・・・・そんな過去を味わっているからバノッサは、棄てられた子供にはやや甘く、子を孕ませるためだけに女を飼い殺す連中には過剰な悪意を向け続ける。そんな青年へと成長していくことになっていったのだ。
「乳臭ェガキだが、オレ様の子分は気に入ったみてェだからな。しょうがねェから手下の一人として守ってやるよ。
テメェらみてぇに、お遊びの弓矢ゴッコしかできねェ弱過ぎる連中に任せちまったら、オレ様の面子に泥を塗られちまう。
奴隷商人に雇われた、数集めて女を浚うぐらいの力しか持てねぇザコ共にはなァッ!!!」
・・・・・・・・・空気が青ざめた音を、エルフたちは確かに聞いたような気がした。
命が惜しい者なら近寄ることすらない魔境の森の空気さえ、今この時だけは彩りを変え、瘴気のような怪しい気配までもが青ざめた怒りと屈辱と憎しみに浸食されていく音を、彼らは確かに耳にしていたのだ。
あるいは、それは彼らの心臓から聞こえてきた鼓動の音だったかも知れない。
「・・・・・・その言葉・・・・・・」
ユラリと、脱力したような仕草のまま力なく矢筒から一本の矢を引き抜いて、ゆっくりと弓の弦を引き絞り、幽鬼のような声音で俯きながらセルシオが――“相手にとって最期の言葉”を静かに語り―――顔を上げる。
「・・・・・・・・・言えば許さんと言ったはずだぞッ!! 奴隷商人ゥゥッ!!!」
殺意と憎悪と屈辱に青ざめ、もはや理性すらかろうじて残しているかどうかという形相を浮かべたセルシオが、一本の弓を構え直してバノッサを狂気の瞳と視線で睨みつけて処刑宣告を宣言する!!
「「う、うわ・・・」」
と、思わず旧知のシェラでさえ引いてしまうほどの凶相を浮かべて怒り狂っているセルシオだったが・・・・・・その彼が構え尚した他のエルフたちが持っている物とは形状が異なる一本の弓を目にしたことでハッとなり、彼女自身の態度も一変する。
「逃げてバノッサ! あの矢はダメなの! あの矢は――」
「もう遅い! この矢は陛下より賜りし秘宝! 全てを穿つ至高の矢なのだからなッ!! 覚悟するがいい、この“バケモノ”めがッ!!」
半ば狂気に駆られつつあったセルシオは、バノッサの両目を再び眇めさせたことに気づくことなく、矢に込められた力を発動させ風を鏃の周囲に集めて暴風を造り出させる!!
「――ハッ! いいぜ。受けてやるから、撃ってみな。
テメェらの力とやらがどれ程の“弱さ”か、このオレ様が試してやるよ」
だが、相手の構えた武器を見てバノッサは逆に面白そうな表情になると、わざわざ相手が当てやすいよう一歩前に出てきてやって胸を晒してやる。
それは相手の武器である弓が、ハグレ野郎の仲間になったご立派な騎士団長様の部下様が使っていたモノだったことを思い出したのが理由だった。
自分がオルドレイクに唆されて領主の城を襲って奪い取ったとき、腐った領主を守ってやるため、たった二人ボッチで邪魔しに来やがった虫唾が走る騎士道ヤロウの、あんだけ嫌い抜いてた召喚術師たちの方が領主を守れると託して逃がして殿となってた、ご立派な騎士団長様のことを少しだけだが思い出してやったのだ。
“ムカつく野郎だったな”と。
奴らは自分が見せつけてやった、絶対的な力を見せられても尚、立ち向かってきやがったが・・・・・・コイツらには奴らと同じ事が出来るのか、と。
王様のため、領主様のため、国のため、街のために戦ってるとかいう騎士様達に、同じ事をして同じ力を見せつけてやって、同じ道が選べるかどうかを試してやる。――そういう歪な愉悦を得るためバノッサはわざわざセルシオ達の前に当てられやすいよう出てきてやったのである。
もっとも、元々が言葉不足の上に他者の理解などまったく必要としない性格の持ち主であるバノッサが、こういう時にやる行動は事情を知らない他人達から見ればキチガイとしか映りようがない凶行だったのも事実ではあり。
「バノッサっ!? えっ! なんで!?」
「・・・バノッサがこういう時なにを求めているのか、私にはまったく理解できません・・・っ!?」
実家の秘宝として矢の威力を知るシェラは慌てふためき、矢の性能までは知らぬまでも膨大な魔力の奔流に恐れをなしたレムが青ざめた顔色でバノッサの自殺行為に絶望し。
「貴様の邪悪な性根ごと貫いてくれる!
食らえ! このバケモノ野郎めがァァァァァァッ!!!」
哀と怒りと憎しみに瞳を曇らせ始めていたセルシオは、構えていた弓の弦を離して矢を射法する!!
ビュォォォォォォォッ!!!
風を切り裂き、竜巻を纏わせながら、刹那の間に矢は狙い違わず飛翔する!!
―――勝った!!
セルシオは、そう確信した瞬間だった。
どう足掻いても、今からでは回避できる距離ではない。たとえ矢を避けられても、鏃が纏う風の竜巻に飲み込まれ、圧倒的な気流に切り刻まれて死を免れることは決してない!!
それこそれが、この《突風の矢》の恐ろしさなのだ!!
―――さぁ、地獄の底で自らが犯した過ちと、人の心を傷つける罪深さを悔い続けるがいい―――
「どれほど怪しげな術が使えようと、いくら魔力が強かろうとも、国と民を守るため日夜訓練をこなし続けてきた我らと性根の腐った貴様では、積み上げてきた数が違・・・・・・・・え?」
相手の心臓へと直撃し、弱い者たちを数を頼りに押し潰すことしかしてこなかったであろう怠惰故か、微動だにすることすら出来なかった相手の弱さを罵倒し、勝ち誇って見せたセルシオだったが―――唸る風が消え去って、森が静けさを取り戻した時。
そこに立っているはずのない存在が、無傷で平然と立ち続けたまま、見下しきった瞳で自分たちを睥睨している視線と目が合った瞬間、本能的に思い知らされて黙り込む。
「クックック・・・たしかに大した威力だったみてェだなァ。
すっかり、“服が汚れちまった”ぜ。ええ?」
パンパンと、わざとらしく見せつけるように片手で服の汚れを払う仕草をしてやりながら嘲笑を浮かべて、心底からセルシオたちを見下すバノッサ。
「ば・・・馬鹿な・・・・・・なんなんだ、お前は・・・・・・?」
「ハッ! テメェらみてぇな、たった一人に頭数頼んでも女を浚うことすら出来ねェような、弱すぎる奴らに名乗ってやったところで、俺様にはなんの得もねェな。違うか?」
『ぐ・・・っ』
意趣返しとばかりに、先ほど自分がシェラに向けて放った言葉を、そのまま自分たち自身に当てはめられてブーメランのように返されてしまい、悔しげに歯がみするしか他に出来ることが何もなくなってしまったエルフたち。
・・・悔しいが・・・この男は強い。強すぎる・・・!
こんな相手に自分たちが、いったい何ができると言うのだろう・・・・・・?
心に絶望と失望が降りてくる音を、セルシオたちは聞いたような気がしていた。
ただ、今回ばかりは彼らは“運が良かった”
「本当なら、俺様の舎弟に喧嘩を売って面子に泥つけようとしやがったテメェらみてぇなザコ共は、半殺し程度じゃすまさねェところなんだがな。――まぁ、今回は特別サービスってヤツさ。
――無様な道化でしかねェ、自分らのマヌケっぷりに感謝しときな」
「な、なにを・・・・・・」
単なる罵倒としか取りようのない、意味の分からぬ言葉に反問しようとしたセルシオの戸惑いに応えることなく、バノッサは右手を高く掲げると、心の内側から聞こえた気がした“その名”を呼んで――振り下ろすッ!!
「見せつけてやりな。コイツら全てに圧倒的な力ってものをなァ・・・・・・
《天兵》ッ!!!」
バノッサが右手を振り下ろしながら叫んだ瞬間。・・・・・・何事も起きなかったように見えた周囲の景色にセルシオたちは訝しがり。
やがて―――頭上に羽ばたく“ソレ”の姿を見つけて絶句することになる・・・。
「て、天使・・・・・・なのか・・・?」
唖然としたまま口を開け放ってセルシオは呟く。
彼らも、そしてシェラやレムたちまでもが同じものを見上げて、同じものを見つけ出し、同じように信じられないものを見た心地で顔色を真っ青に染められながら――ソレを見つめる。
――その存在は、天使だった。
少なくとも姿形からは、天使としか見えない存在だった。
背中からは二枚の羽を生やして羽ばたかせ、純白の甲冑に身を包んだ神々しいまでの光り輝くオーラ。
両手に一本ずつ掲げられた、どのような悪魔だろうと一刀両断で切り伏せると誓った展開の勇者が持つべき巨大な二本の大剣。
だが・・・・・・その存在には顔がなかった。
フルフェイスの兜をかぶって顔を隠し、その下にある素顔は他の者には見ることが出来ない。
他者の目には見えぬからこそ、その兜の下に顔が有ろうと無かろうと、兜しか見えぬ者達にとっては有っても無くても同じものになる。だからこそソレに『顔は無い』
その顔無しの天使はセルシオたちの頭上で羽ばたいたまま、セルシオたちを見ることは無く、見下ろしてくることも無く、ただただ遠くに視線を固定したまま不気味な沈黙を保っていたのだが―――ソレは急に始動する。
セルシオ達に向かい、滞空していた位置から斜め下へと猛スピードで急降下していきながら剣を掲げ、周囲に暴風をまとわせながら突進してくる重装天使と思しき存在。
ソレが自分たちの方へと迫ってきていることを自覚した時、セルシオは即座に仲間達へ向かって退避を命じたが―――遅かった。
「い、いかん! みんな逃げろ! アレは不味い! アレを避けなければ我々は―――う、うわぁぁぁぁぁッ!!??」
シュバァァァァッ!!!!
空気を刃で切り裂く音を響かせながら、天使はなんの慈悲も容赦も無く、ただ降下コースへと真っ直ぐ突っ込んでいって、真っ直ぐ走り抜け、軌道上に立っていた者全てを降下範囲内にいた場合には例外なく吹き飛ばして通り抜け―――やがて影一つ残さず消えていく・・・。
あまりにも神々しく聖性に満ちあふれた、バノッサの性質とは真逆としか思えない姿形を持つ召喚獣。
だが実際にはバノッサにとって、これほど《天使》という存在を現すものは他に無いと思えるほど好ましく感じさせられもした、《霊界サプレス》の悪魔たちしか呼べないはずの《魅魔の宝玉》から呼び出すことができた特殊な存在。
【天兵】
それは、対悪魔用に開発された心なき天使兵器が呼び出された、異世界リィンバウムの召喚獣。
《突風の矢》などとは比べものにならない威力の高さと、効果範囲の広さを誇りながら、狙った場所次第では通り抜ける場所にいたとしても殺さずに済ませてやれる便利な代物。
少なくともバノッサはそう解釈しており、『どちらかが先に殺されて疲弊する』のを、どこかから高みの見物と洒落込んでいるだろう人物にも分かりやすく衝撃波の余波でダメージが届くように選んでやった召喚獣のチョイスだったのだが。
案の定と言うべきなのか、当然のように狼狽え騒ぎながら一人の男が木々の影から奇声を上げて飛び出してくると、腰を抜かして立てなくなっているエルフ族の精鋭部隊に詰め寄り、ローブを目深にかぶった男は糾弾を開始する。
「お、おおお、オイ!! お前たちはエルフ族の精鋭部隊じゃなかったのか!? こ、この役立たずッ!!」
「あなたは・・・・・・セレスの護衛!?」
切羽詰まった表情と口調で、エルフたちを口汚く罵り始めたローブ姿の男に見覚えがあったレムは、先日訪れてきた魔術師協会の長が連れていた二人の護衛の片割れが彼だったことを思い出し、驚いたように声を上げる。
「あなたが彼らを、私達にけしかけるため誑かしたのですか!?」
「ヒグッ!? い、いやボクはその・・・・・・え、エルフの王女がこの森にくると教えてやっただけで・・・」
「ではバノッサのことを、彼らが奴隷商人だと思い込んでいたのは何故ですか!? あなたがエルフの王女が森にくることを教えていたのなら、それが冒険者ギルドで依頼されたクエストのためだということも知っていたはずです!!」
「ぐ・・・う・・・・・・あ、アイツらが勝手に勘違いしただけだァッ!! 亜人は頭が悪いからなッ! ボクはなにも間違ったことを教えてなんていない!」
レムの剣幕と、何より昨日今日とバノッサに見せつけられた強大すぎる力を持った未知の召喚獣の存在に恐れをなしたのか、怯えながらビクビクしながら必死に虚勢と言い訳とを保とうとしていたセレスティアの護衛ガラクだったが・・・・・・その醜態はあまりにも見苦しすぎて、逆にレムの冷静さを取り戻させる役にしか立つものでは全くなかった。
「そうですか・・・・・・ですが、今回の一件をセレスが聞いたらなんと言うでしょうね。
あなたが魔術師協会の名前を騙り、あまつさえ私たちを罠にはめるため利用したと知ったら・・・・・・」
「ヒッう!? そ、それは・・・・・・それはぁ・・・・・・ッ!!!」
あまりにも危うい賭けを渡りすぎてしまっていた自分の行動を冷静に指摘され、ガラクは切羽詰まった表情から追い詰められた顔色へと変色させていき、やがて何かから逃げ出すように。ナニカに縋り付くためのように。
「ぼ、ボクは・・・僕はぁ・・・・・・!! ボクは間違っていなぁぁぁぁぁッい!!!!」
そう叫んで脱兎のごとく後ろを向いて逃げ出していき、途中で足をつまずかせて転びながら、再び起き上がって逃げ出す先でまた転ぶ無様な醜態を晒しまくっていたのだが。
既にバノッサの視界にガラクは入っておらず、出会ってから一度たりとも入れてやった経験は一度もなかった。
「――だ、そうだぜ? あんなのに騙されて利用されてた、頭の悪い奴隷商人さんたちよォ。なかなかアイツもいいこと言うじゃねぇか。お前もそう思うだろ? ええ? 誇り高き耳長野郎さま」
『ぐっ、ぐぬぬぅぅぅぅ・・・・・・ッ!!!』
体よく、騎士道ゴッコでしかなかったエルフたちを馬鹿にする口実に利用され、発言者本人の逃げる姿には一顧だにせず気にもしていない。
どこまで行ってもバノッサにとってガラクという人物は、『クサクサした気分をスッキリさせたい時に丁度いい八つ当たり道具』としか思っておらず、自分の都合で勝手に絡んできて気楽にぶっ倒せてくれる便利なサンドバック以上のものでは全くなかったのだった。
そんなバノッサに言い負かされまくっても唸ることしか出来ない、怒り心頭の負け犬集団になりかかっている同族達に「まぁまぁバノッサその辺で」と仲裁役を買って出た上で「コホン」と一つ息を吐き。
シェラは改めて、自分の故郷から自分を迎えに来てくれた忠誠心篤い精鋭達に、自分の想いを伝えて家族に判ってもらうために、『王女からの言伝を預かった使者』としての使命と役目を彼らに与える。
「兄さんに伝えてくれる。“私は絶対に戻らない”って。
私は兄さんの“物”じゃなくて、今はバノッサとレムの仲間なんだからッ」
満面の笑顔で言い切られ、セルシオたちもこの期に及んで力ずくでの帰還を続行しようと思うほど頑迷な若者達ではなく、王女殿下の前に全員が跪いて王家の命を恭しく拝領して国へ戻る意志を宣言。
これにより、今回の一件は完全に落着を見たのだ。
少なくとも、現時点における今回の一件にまつわる出来事は完全に。
――まぁ、もっとも。
「さぁ、レム。帰ろ帰ろ! お腹減っちゃった♪」
「まったく・・・・・・いつ私が、あなたの仲間になったのですか?」
「え!? 違うの!? さっき私のこと気に入ったって言ったのに!
アッレ~? もしかして照れてる~? 頬赤くな~い♪」
「なっ!? け、“決意は嫌いでない”と言っただけなのを、あなたが勝手に勘違いしただけです! 無駄肉エルフの亜人は頭が悪いんですよ! この馬鹿シェラ!!」
「ヒドいッ!? ガラクさんがセルシオたちに言ったのより、もっとヒドいこと言われてる風に改造されちゃってない!? その罵倒って、痛いッ!?」
「おい、ガキ。なに粋がって俺様を仲間扱いしてやがる。テメェは俺様の手下だろうが。
自分一人守ることすらできねぇ弱ェ奴が、思い上がってんじゃねぇよ。この胸だけ野郎」
「ヒドい! ヒドすぎる!? バノッサが一番言ってることがヒドすぎる!?
少しぐらい私にも優しくしてくれるようになってよ~ッ!?」
成り行きで行動を共にするようになっただけの互いに違いすぎる者たちが、一つの集団になっていける道のりが遠いことは、《名も無き異世界》から《異世界リィンバウム》に召喚されたハグレ野郎も、《異世界リィンバウム》から《名も知らぬ異世界》に召喚された魔王の依り代の出来損ないでしかないバノッサも、変わることは出来ないようだ。
つづく