最近、目と頭が疲れていて、考えだすのが負担大きく、思い出す方ばかりに偏ってるのが原因みたいですね。
連載作の方は今少し、新たなオリジナル話が思いつけるよう回復するまでお待ちください。
「・・・明日、十五歳の誕生日。午前0時に私は消える」
そう前置きしてから語られ始めた、ミーシャ・ネクロンとサーシャ・ネクロンの姉妹が抱える出生の秘密と正体は、概ね黒髪の少女が推察した通りのものだった。
――尤も、予測が当たっていたところで、愉快になれると決まっている訳でもない。
ましてや、2000年前に自分が抹消したつもりで、処理し損ねていた魔法のせいで、2000年後に友人となった少女たちに苦しみを与える原因になっていた・・・・・・等という予測が当たっていたところで嬉しくもなんともなく、ただ不愉快になるだけでしかない。
「・・・・・・以前サーシャは私のことを《魔法人形》と呼んでいたけれど、正確には魔法人形という呼び方は正しくない。
なぜならミーシャ・ネクロンは、元々この世界に存在しない」
「つまり、ミーシャさんは元々サーシャさんとして生まれるはずだったところを、魔法によって根源を分離させて、双子の魔族として生み出された存在だったという訳ですか。
先ほど彼女が一方的に《ゼクト》を破棄できたのも、本来は同じ一つの根源をもつはずだった存在を無理やり二つに別けていたから、想定外のエラーが生じて機能不全を起こしたと」
「・・・・・・っ。ど、どうしてそれを・・・?」
黒髪の少女が要約した自分たちの秘密を、“まだ語っていない家の秘術”を含めた部分まで解析されたことでミーシャは驚きに顔を染め、目を見開いて相手を見つめる。
だが語った側の少女としては苦々しい気分を顔に出さずにはいられなかった。
「まぁ、2000年前には一人を二人に分離させる魔法もあって、使ったところを見せてもらったこともありましたしね。どーせ今回のも、その人が事の発端なんでしょうよ。
――アイビス・ネクロンとかいう、陰険ガイコツ野郎の仕業ですね?」
不愉快そうに表情を歪めて、心の中で百万通りの罵り文句で罵倒しまくった上で、言葉に出しては短い平凡な悪口だけで名を呼んで、ミーシャに対して確認を求める。
「・・・・・・ん。私の心は胎児の頃に、サーシャから別けられた。
“本来は存在しない存在”。それが私――」
――その“単語”を口にされた瞬間、目の前に立つ黒髪の少女の瞳が、ほんの僅かに細められたことに、果たしてミーシャは僅かでも察することが出来ていただろうか・・・?
俯きがちに答えていた、自分のことと「自分のお姉ちゃんのこと」で頭がいっぱいになっていた彼女には分からなかったかもしれない。あるいは分かっていたとしても結果は何も変わらなかったかもしれない。
「確認したいのですが・・・・・・その魔法をかけたときにアイビスさんは、同時に融合魔法も施したのではありませんか?
“根源を融合する魔法は長続きしない”から、“いずれ一つに戻ってしまう時のために消えないために必要”とかの理屈によって」
「・・・・・・そこまで知って・・・」
ここまで来るとミーシャとしては唖然とするしかない。
魔族の皇族の中でも、七魔公老として別格の扱いを受け、秘奥に関する融合魔法に関する情報は一族の中でも直系に連なる者にしか教えてもらえない秘事でさえ、この少女の前では形無しでしかない。
だが唖然とされた当の少女としては、驚かれても憮然とするしかない。
どうしてもこうしてもなく、「そういうものだから、そうなるだろう」としか彼女としては返しようもない。
融合魔法と分離魔法の原則を思い出せば、必然的に解決策として思いつける方法論は、そこに限定されてくるしかないのは、アイビス・ネクロンも“彼”も変わることがなかった、同じ系統に属する魔法の特質なのだから――。
(まったく・・・・・・人の古傷をピンポイントで抉ってくるような魔法を考え出してくれたものですね・・・)
――二つの異なる存在を一つにすることで、一つを強くして、一つを生かす。
まるで、バカな人生の果てに自業自得で終わるはずだったところを無理やり生かされ、残るべき存在が存在しなくなってしまった未来を、独りぼっちで生きなければいけなくなってしまった、愚かでバカな人間の魔術師を彷彿させるような・・・・・・そんな・・・・・・
イヤ過ぎる程イヤな、最低最悪のムカつく魔法。
それが黒髪の少女が抱かされた、ミーシャたちにかけられた魔法と、術者自身への評価だった。
彼女の中で、急速に黒い感情と危険値が上がってきていることを自分でも自覚せざるを得なかったが、ミーシャは気づかなかった。
被害者でしかないミーシャに向けた感情ではなかったからだ。
どんなに苛立たされようと、相手に非がない事で相手に悪感情をぶつけてしまうのは理不尽であり、なんの道理も理由すらも持ち合わせる事が出来ていない。
感情があるから仕方がないだの、感情的になったときにはそーいうモノだのといった言い訳屁理屈を、少女は自分自身に認めていない。
感情以外の理由で、道理を無視したり筋を通さなくなる理由など存在するはずがないからである。
怒りを抱かされた相手と全く同じ存在に成り下がっている自分を正当化して、綺麗な言葉で相手だけを責める詭弁でしかない。そんな行為に少女は全く関心が持てない。
研ぎ澄まされ、抑制されすぎた殺気は、向けられている当人以外の者には感じ取ることが出来ない域に彼女は達していた。
怒りや憎しみは本人にぶつけるまで蓄え続け、いざ本番になった際に・・・・・・何百万返し。
それが黒髪の少女がとり続けてきた、昔からの方法論だったのだから――。
「根源を融合させる根源魔法は長続きしません。
魔法で根源を分離させる分離魔法で別けられた貴女たちも同様で、いずれ一つに必ず戻るときが訪れる。
なら、二つに別けても融合させても必ず元に戻る特性を利用し、二つに別けている間に時間をかけて同じ一人を、似て非なる別の者同士として育てることで、一つに戻ったときに片方だけが残って残る片方を飲み込み吸収させる―――そんな術式になるよう組み合わせた方が効率的。
アイビスさんは、そう考えたのではありませんかね? 氷と炎の相反する属性を併せ持った強力な魔族を生み出すための手段として用いるために」
――1つの存在を2つに別けても、いずれは1つに戻る。
2つの存在を1つに融合させても、いずれは2つに戻ってしまう。
この流れを変えることは、たとえ神でも成功例は聞いたことがない。
封印された者が、いずれ必ず封印を破って復活できてしまえるのと同じようなものだ。
永遠に封じ続けていられるのなら、それは“殺した”のと全く同じ状態にできたことを意味する。
「殺せない相手」だから「封印する」という流れがあるように、それが出来るのなら最初から「やる必要性」そのものが生まれないのが、この種の魔法の整合できない問題点だった。
おそらくアイビス・ネクロンも同じ課題で行き詰まり、自分の一族の秘伝である『融合魔法の限界』を悟ったのだろう。
それを打破するため、本来は融合魔法とは似て非なる真逆の方向性を有する魔法の、分離魔法に縋り付くしか方法論が思いつかなくなってしまうぐらいに。
それ程に、その難題を解決することは難しいのだ。
アイビス如きでクリアできるほど低レベルで簡単な問題点だったなら―――自分が友人と永遠に会えなくなってしまった現在になど、なっているはずがない程に難しすぎる難問――。
「・・・《分離転生融合魔法ディノ・ジグセス》
それが、私とサーシャに、アイビス様がかけられた魔法の名・・・・・・」
「まったく、愚かな魔法を考えつかれたものですねぇー・・・」
オリジナルで付けたと思しき魔法名をミーシャの口から聞かされるに至り、もはや黒髪の少女としては呆れを通り越して脱力するしかない。
アイビスが考え出した方法論そのものは、黒髪の少女も覚えがあるものとよく似たものだったが、根本的なコンセプトが違いすぎていて呆れざるを得ない本末転倒な部分を有していたからなのが、その原因だった。
「大体その術式なら、分離魔法の特性をそのまま使ってるだけで、別物に別けてる間に違う物として育てる以外には融合魔法が関係してる部分は禄にないでしょうに・・・・・・。
自家の秘術をオマケ程度の添え物に使いすてて、新たに分離魔法でも秘術として取って代わらせるつもりなんでしょうかね、あの骸骨は」
「・・・それはっ。・・・・・・そう、なのかもしれないけど・・・」
言われて発作的に反論しようとして、ミーシャは相手のいってる評価が正しいことを認識してしまい、徐々に声が小さくなって俯くしかない。
たしかに黒髪の少女の言うとおりだった。
二つの別けたものが一つに戻るのは、分離魔法が最初から持っていた特性でしかなく、アイビスが施したのは一つに戻る際に更なる強化が行われるよう長時間かけてサーシャとミーシャを別物として育てて鍛え上げた。・・・・・・只それだけだった。
むろん魔術の細かい術式では、もっと複雑な仕組みを用いているのだろうが、ベースとなるのが分離魔法で、融合魔法がサポート程度の役割しか比重として果たせていない魔法であるのは事実である。
アイビス・ネクロンは、自家にとっての秘術である融合魔法の限界に行き詰まる余り、道を逸れてしまった己に気付かなくなってしまっていた。
成功すれば何でもいいなどと、『始祖の血を引く直系であること』が誇りの由縁である歴史ある名家のやることではない。
(・・・・・・あるいは、“その程度はどうでもよくなるほど大事な後付け理由”でも出来たのかもしれませんけどね・・・)
黒髪の少女は声には出さず、心の中だけでポツリと呟く。
彼女の脳裏には、偽物の始祖魔王『アホッスヒルヘビア』のアホっぽい名前が思い浮かんでいた。
――入学試験の魔王適性テストで示してきた、あの「勇者みたいな清教徒臭い理屈」は、血筋がどーのこーのといった名家の誇りなどよりも、どんな手段を使っても結果を優先する新しいものへの躊躇いのなさが感じられる部分が多々あった。
血統主義に陥っている現代の魔族社会には、いまいち違和感があったように感じられていたのだが、それが原因だとしたらあるいは――――
「・・・普通に過ごしたかった。運命は決まっている。
私が消えて、サーシャが残る。それでもいいと思った。十五年が私の一生」
脇道に没頭しかかっていた思考が、ミーシャの言葉で現実の現在へと引き戻される。
あるいは、無意識のうちに聞きたくない話題から心を逃がしたがっていただけかもしれない。
だがまぁ、別にいいと思った。どーせ向き合うこと事態は避けようのない問題でもある。
それもまた、運命と言えば運命というヤツなのだろうと、黒髪の少女は心の中だけで皮肉に嗤って、ミーシャの話を黙って聞き続ける。
「・・・思い出が欲しかった。でも、いない者と見なされた私に話しかける魔族はいない。そう思ってた。
でも、アノスが話しかけてくれた。友達になってくれた」
そこまで言ってミーシャは不意に、「・・・フフ♪」と楽しそうに、本当に楽しそうな声で少女らしく小さな笑い声を発してから目の前の少女と見つめ合い。
そして――再び、“その言葉”を口にする。
「私の一生には奇跡が起きた。
“本当は、どこにもいないはずの存在”だったのに・・・」
――グチャリ。
過去が、今のナニカを踏みにじった幻聴が、部屋を満たす。
「・・・・・・ごめんなさい」
ミーシャが、黒髪の少女に向かって頭を下げる。
先ほどの幻聴が彼女の耳にも届いていたから――ではない。
目の前の少女の変化を察してしまったから――でもない。
幻聴は少女の過去から現在へと響いてきて浸食するだけのモノ。
少女にとってだけしか価値がなく意味もない、他人にとっては無意味で無価値で、なんの脅威も与えられない無力極まる少女の中だけの少女の記憶。
黒髪の少女の変化は、ミーシャには何の関係もない。
関係のない赤の他人に向けるべき感情を、黒髪の少女は自分の過去に持つことが出来ていた記憶がない。
自分一人にとってだけしか意味もなければ価値もない過去の問題。
謝るべき相手も、断罪されるべき被告も、裁く資格を持った被害者も。記憶の中だけに消え去って、今では世界中のどこにも存在できなくなってしまった、遙か昔に『終わってしまった物語』
「・・・・・・私が、アノスと友達になってしまって・・・・・・」
だから答えない。
ただ黙って相手の話を聞き続けるだけしかしない。
する資格も、言う言葉も、彼女は何一つとして持ち合わせることが出来ていない。
もし今のミーシャに言う資格があるとするならば、言う言葉を持っているならば。
それは“彼”であって、“彼女”ではない。
サーシャの想いを否定する資格も、ミーシャの思い出を否定する言葉も、彼なら言えた。彼女には言えない。
それが、彼と同じ名前を受け継いで、彼と同じことをして、彼が創っただろう世界と同じ社会を築いた始祖になってたとしても。
決して同じ存在にも、代わりにも成れなかった、友達に憧れていただけの『猿マネ』しか出来ない。
『本当は、どこにも居なくなっていたはずの少女魔王』
そんな彼女自身に言えることなど、一つもある訳がない。
だからこそ、彼女はミーシャに向かって伝えることだけがあった。
「――私には昔、友達がいましてね」
「・・・・・・?」
突然、なんの脈絡もなく聞こえる話を語り出した相手の言葉に、ミーシャは俯いていた顔を上げた。
「彼は、スゴい人でした。私なんかより遙かに何でも出来て、私なんかより全体のことを考えていて、私なんかより感情的になることなく、“怒りや憎しみで誰かを殺す”なんてことは私なんかと違って一度もやったことがない。
それ程までにスゴくて強い、自慢の友人がいてくれた事が、私にもあったんです」
その視線の先で、黒髪の“友達”はミーシャの瞳を見つめ返すことなく、どこか遠くを見つめるような視線で。
あるいは、どこか遠くに“今も居続けている誰か”と話している会話をミーシャにも聞かせてあげるような優しい瞳で。
「もし彼がいたなら、今この場にいるのは私ではなく彼だったでしょう。
そして、ミーシャさんが語っていた今の話を彼が聞いてくれたなら、きっとこう言ってただろうと思います。“大バカ者め”って」
他人が語った罵倒の言葉を、本人が会ったこともない他人に向かって伝えながら。
少女の口調と瞳は、限りなく優しく悪意はなかった。
その言葉には、ただただ否定だけがある。
ミーシャが語った「謝罪の言葉」も「人生観」も「死生観」も「運命」も。
何もかも全ての発言と考え方を、『大バカ者め』と完全否定してくれる、優しい瞳をした黒髪の“少年”を。
この時ミーシャは、目の前に立つ黒髪の少女の姿に、ほんの一瞬だけ幻視する。・・・そんな気がした。
「その彼が昔、何度か私に語ってくれた自慢話がありましてね。
“自分には知らないものが二つある”と。
一つは『後悔』だ、と。
そして、もう一つは『不可能』だ、と。
私が彼だったなら、同じことを約束することも出来たのでしょうが・・・・・・あいにくと私は彼ほど、完全とか完璧を目指したことも成れた経験も一度もない未熟者でしかないのでね」
そう言って黒髪の少女は・・・・・・ようやく、“ニヤリ”と嗤って彼女らしい笑みを浮かべ直す。
「だから彼より弱い私が、ミーシャさんに言えることと、約束できることは一つずつだけです。
一つ。私は彼と違って『後悔』も『不可能』も知りすぎている愚か者です。
――私が知らないのは、『運命に従うこと』と『運命は絶対だ』という意見の二つだけ。
一つ。ミーシャさんが語ったことが大バカ者かどうか、私には分かりません。
――私に分かるのは、貴女たち姉妹にそう言わせた野郎はクソバカ野郎だということだけ」
好戦的な目つきで、憎しみの込もった赤い瞳で、怒りに身を任せて相手を殺すことを後悔なく実行し続けた生き方で。
その果てに先代の魔王を殺して、新たに魔王の座を奪い取った己自身を、卑下することはあっても否定することはなく、己の生きたい道を進むために力を求め、力を振るい続けた自分の生き方と自分なりのやり方で。
友達と同じことは出来ない自分を自覚しながら、友達だったら絶対に手を差し伸べていた相手に手を伸ばし、友達だったら与えることが出来たはずの結末を、たとえ辿る道と手段は違っても同じゴールへ至らせるため自分流のやり方で―――力ずくで押し通してみせる!!
「貴女の願いを叶えてあげましょう、ミーシャさん。
代償は、あなたが最後の瞬間まで何があっても、“絶望しないこと”“諦めないこと”“膝を折らずに前へ進み続けること”・・・・・・それだけです。簡単でしょう?」
言いながら腰を曲げて腕を差し出し、気障ったらしく笑いながら、笑顔で無茶ぶりをしてくる黒髪の友人の女魔族に、ミーシャは思わず内心で苦笑させられるしかない。
・・・今の自分の境遇で、なんて無茶を言うのだろう。そう思わざるを得なかった。
そして思う。
まったく彼女は、“その人”と、よく似ていると。
この上なく尊大で傲慢としか思いようのない言葉をサラリと言ってしまって、その言葉を聞かされた女の子の方には、まったく尊大とも傲慢とも思われてないまま悪印象も残していない。
嬉しそうな笑顔を浮かべながら、懐かしい思い出として語り聞かせる言葉として、今の彼女が自分たちに優しくしてくれる理由として大切に留まり続けることが出来ている。
「きっと彼は、今の貴女のような娘さんを救ってあげずにはいられない。
だから私も、貴女たちを救う。
貴女たちが貴女たちで居続ける限り、彼と同じように私も、貴女たちの命と願いを守り続ける。彼への恩返しのためにも、自分自身のためにも。
だからこそ聞かせて欲しいのです。――ミーシャさんは今、何がしたい?
何を誰にして欲しいと、暴虐の魔王様に願い求める願望として何を望む―――?」
露悪的に、偽悪的に。
言い方ばかりが悪辣で、自分たちには際限なく優しくて、あまりに依怙贔屓しすぎた申し出に、ミーシャは答えて、そして思うのだ。
「・・・・・・サーシャと、仲直りがしたい」
―――この人に、こんな風に言われるぐらい想われている“男の人”を、今の自分はきっと好きになれない。
そんな想いを―――。
つづく