【乙女ゲームネタ】ということで思いついていた、もう一つのアイデアも試しに書いてみたので投稿してみます。
正直、今風の流行り的にどうか分からずボツにしようか迷ったんですけど…『試作品集』なんだし、試しにと。
妹に頼まれた乙女ゲームをクリアーして、空腹を感じてコンビニへと向かう途中で意識を失い、階段を転げ落ち・・・・・・そして自分は、死んだ。
「――はっ!? な、なんだったのだ今の風景は・・・・・・」
不吉な夢から目覚めて現実へと帰還した少年は、夕闇迫る家の裏山で眠ってしまっていた姿勢から慌てて飛び起き、周囲を見渡す。
見慣れた故郷の男爵領。王国の片田舎に存在する小さな浮島。地上より遙かに低く近い夕暮れ空。
目に映る全てのものが、自分が産まれた日より今日まで見続けてきた故郷の風景であり、この浮島からほとんど外に出たことのない貧乏貴族の次男坊に過ぎない彼にとっては世界の全て。・・・・・・そのはずだった。
見慣れた風景に包まれた、安心できるはずの景色を見つめ終わった少年は、顔色を蒼白に染めて小さく呟く。
「ひょっとして僕は、どうかしちゃったのかな・・・?」
蒼白な顔色で呟く彼の脳裏にこびり付くのは、夢の残滓。
見たことのないはずの物だけで作られた、見たことのないはずの国。見たことのないはずの世界で生きる人生。見たことのない人生を送っている自分自身の姿。・・・・・・それらの光景が記憶の中にへばり付いたまま、夢から覚めても消えることのなく残り続けて、現実とのギャップに彼の心を苦しみで満たそうとして、そして――
「・・・あっ! いけない、忘れてた――早く家に帰らなくちゃ! 今日は奥様が来る予定の日だったのに・・・っ」
思い出された現実の記憶が、彼を一時的にではあったが一時の甘美な夢を忘れさせ、苦い現実の息吹を優先するため頭の隅へと追いやられる。
そして、走り出す。父たちが待つ実家へと全速力で駆けていく。
男が弱く、女が強く、高位貴族の婿でしかない父の連れ子という、肩身の狭い立場の彼にとって父の妻である義理の母は、自分たち家族が生きていく上で絶対的な存在であり、自分のせいで父に迷惑がかかるような事だけはあってはならないと、物心ついた時からずっと心に誓い続けてきた彼にとっての何よりの優先事項を果たすため、彼はただ走り続ける。
―――サラサラの長い髪を風になびかせながら、涼しげな目元に長い睫毛を時に閉じて瞬きをして、均整のとれた長身をカモシカのようにしならせながら、少女よりも美しい美少女に見える現実にはゼッテーいそうにないレベルの超絶美形の女顔美少年は、父と義理の母が待つ実家へ向けて全速力で風のように走り抜けていく。
余談だが、彼が夢の中で見た別の世界で生きている異なる自分は、放送部とボクシング部とオーケストラ部を掛け持ちして、生徒会副会長にも使命抜擢されてしまってた、異なる世界で悪魔を召喚して戦うRPGシリーズ三作目以降主人公並みのハイスペックを誇っていたという夢を見ていた直後での全力疾走です。
山を駆け下りて、家に着くまでのタイムおよそ1分30秒05。
カールなんちゃら並の速度だったが、異世界人スポーツ選手の記録なので彼は知らない。知らないから比較しようがないので気づけない。
多くの場合、モテそうな見た目の主人公というのは、そういう風に出来ているものである。
「ま~ったく、これだから田舎育ちは嫌いなのよ。バルカス、あんたが教えてあげなさい。このバルトファルド家がやっていけているのは誰のおかげかを」
「申し訳なかった・・・・・・全ては、ゾラのおかげだ・・・」
「そう。しがない田舎領主が男爵として振る舞えるのも、わたくしとの結婚があったからです。このワ・タ・ク・シ・の・ね!!
そのことを忘れていないのなら、もっと感謝の気持ちを行動によって示して欲しいものですわね。そうすれば私も繊細の子供だろうと多少の融通ぐらいは利いてあげなくもないのだから。
・・・・・・ところで、バルガス。義理の息子と母親って結婚できたかしらね?」
「・・・・・・は? ゾラ、お前なに言って――」
「お母様! なにを貴婦人らしからぬ事を仰っているのです!? はしたない! ご自分の高貴な立場をご承知おきくださいませ!
第一、義兄と結ばれて問題ないのは義理の妹との結婚であって、義理とはいえ母と息子の結婚など名門貴族の一員として許されることでは御座いませんわ!!」
「おだまりなさい! 娘のくせに差し出がましいですよ! 愛があれば年の差も家族も関係はないのです! だいたい理屈っぽく説教してるフリをして、自分が嫁ぎたがってるだけでしょうが!?」
「誤解です! わたくしは貴族令嬢として、お母様に道を誤って欲しくないだけ! その為なら私が兄と結婚するという泥をかぶって、周囲からの非難を引き受け家とお母様の名誉を守れるならと! それに愛さえあれば良いなら、私とお母様では比べものにならない兄妹愛というものが――!!」
『『え、えーとぉ・・・・・・』』
そして毎回恒例、妻が夫の家を訪ねてきた時の母娘漫才を見たくもないのに、終わりまで見物させられてからようやく解放され、それぞれの自室へ戻っていく入り婿親子姉弟たち。
女が強く男が弱い社会において、入り婿が妻の歪んだ愛憎模様を披露している最中に、自分だけ先に家の中へと避難することは許されない。そういう面でも面倒くさい、この世界特有のおかしな現象。この家族だけかもしれないけれども。
そして少年もまた、兄とともに自分たち兄弟用にと宛がわれている納屋の中へと入っていく。
彼ら兄弟二人は先妻の息子であり、現在の義母である後妻のゾラとは血が繋がっていない。
気位の高い貴婦人であるゾラにとって、一応は自分の夫の前の女との間に産まれた息子たちという存在は、愉快であろうはずもない立場だったから、男であるという性別も手伝い同じ屋敷の中で暮らすことを許さなかったのは、この世界で派そうおかしな話でもない。
――もっとも、納屋といっても風呂トイレ完備でキッチンも有り、オマケに何故だか納屋であるにも関わらず、義母が訪れた時用の高級カップと茶葉まで用意されていたりするのだが・・・・・・女が強くて男が弱い世界の常識と、先妻の息子で後妻の義母という立場だけに目がいってしまってる少年の心に、そういう部分は全く映ってないので分かっていなかったりもする。
そのせいで未だに納屋暮らしが続いていたりするのだが・・・・・・他人の好意に鈍感な美少年というものは、ご都合主義なようでいて時に便利な場所から自主的に遠ざかってる時がある微妙な存在でもあるようだ。
そんな納屋の戸を開けて入ってきた弟に向かって、勉強のため教科書を広げていた兄が声をかけてきた。
「ただいま・・・」
「おかえり。――ああ、そう言えば今まで言い忘れていたことを思い出したんだが・・・」
「なに? 兄さん・・・疲れてるから、できるだけ手短に頼むよ」
義母と義妹の、自分たちに対する「気遣い故に言って見せてるだけ」でしかない母娘漫才を終わりまで見せられ続けて精神的に疲労していた少年は、兄からの言葉に多少ぞんざいな態度で返事を返したが、慣れたもので兄の方も特に気にすることなく要望通りに調整して、自分の伝え忘れていたのを思い出した要件を弟に告げる。
「そうか。なら手短に済ませよう。
――俺とお前、地球から生まれ変わってきた転生者で、この世界は乙女ゲームの世界だから」
「・・・・・・は?」
「あと、課金アイテムの最高性能・宇宙船が眠ってる場所、この地図に書いといたから」
「・・・・・・・・・・・・」
「風呂、沸いてるから。疲れてるなら早く入って寝ろよ。明日も早いぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
―――こうして、自らが乙女ゲーの世界に転生を果たした元日本人だったという出生と前世にまつわる秘密を、本人の要望を叶えて手短に兄から教えられてしまった少年、『リューン・フォウ・バルトファルド』は。
・・・・・・もう色々と面倒になったので、色んなことは明日考えようと、今日は寝てしまって、明日からのことは明日から考えて生きる道を選んだのであった。
その日から十年。
紆余曲折を経て、少年は夢の中で見た、前世で最期の時を過ごすことになってしまった乙女ゲームの舞台である学園に――『攻略対象並みのルックスとスペックを誇るモブキャラ』として原作介入することになる・・・・・・。