試作品集   作:ひきがやもとまち

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異世界魔王とサモンナイトのコラボ作品を更新です。
黒い感情を吐きだしたかったのか、あるいは原作が好きなのか分かりませんが、結果的に完成しちゃったので投稿しておきました。

尚、「伝説の勇者の伝説」オリ種バージョンのも更新しておきましたので、読みたい方は1話手前にお戻りください。

……完全ギャグ新作でも書いてみた方が心理的に良いのかもしれませんね……。


異世界魔王青年バノッサと魔王召喚少女の夜 第3夜

「・・・・・・とは言え」

 

 ファルトラ市・冒険者ギルドの長であるシルヴィは、資料をあさりながら吐息して、

 

「キミの実力に見合ったクエストは、そうないんだけどな~」

 

 と、言い訳でもするような口調で付け加えるのを忘れていなかった。

 異世界リィンバウムより召喚された、魔王の依り代にされて魂ごと消滅したはずのバノッサに冒険者登録することを許可した直後のことである。

 

 彼女としては、登録したばかりの新人とはいえ簡単な初心者向けクエストを任せたい相手では正直なかったのが、その理由だった。

 一応は相手自身の口から、「報酬さえ支払われれば格下の相手の命令も聞く」という言質を得ているとは言え、所詮は口約束にすぎない代物であり、相手が一方的に反故にしてきた時に自分の側には受け入れるか、力ずくで認めさせられるかの二者択一しか選択肢が存在していない。

 

 あるいは、『殺される』の三つの内どれかだろう。

 自分より遙かに強い者を部下として用いるとは、そういう事だ。たとえ労働の対価としての報酬を約束された契約関係だったとしても、それは変わりようがない。

 いざという時、相手の反逆と約束破棄に対して制裁をくだすことの出来る、なんらかの手段を持っていない者には、約束を破った側が一方的に得をする状況下で全面的な信頼など不可能事でしかないのが世の中というものなのだから。

 

(別に高難度のクエストを要求された訳でも、報酬額の目安を示されてもいないけど・・・・・・あとで難癖つけられても困るしなー・・・・・・。

 と言って、簡単で実入りのいいクエストを与えたら「俺を舐めてんのか?」とか言い出しかねない人だし、そこそこ危険がありそうで報酬もいいクエストで適当なものなんて滅多に――お?)

 

 曲者揃いの冒険者たちを纏め上げる組織の幹部として、シルヴィはそこそこの人物鑑定眼を発揮してバノッサの人格を推し量りながら資料の山をかき分けていくと、奇妙な依頼が視界に飛び込んできた。

 

 ――人食いの森の《斑スネーク》討伐依頼。実験用に目玉の確保。依頼主は魔術師協会。

 期日は『緊急』で、しかも受注したのは『今日の午前』と来ている。

 

 あまりにも出来過ぎな偶然だった。

 まるでバノッサが、今日ここに来て冒険者登録をすることを知っていたかのような、彼以外の冒険者では時間の掛かりそうな緊急のクエスト――

 

「ふふ・・・♪」

 

 我知らず、僅かに微笑みを漏らしてしまうシルヴィ。丁度いい機会だと思ったのだ。

 バノッサの実力を測るためにも、試すためにも・・・・・・そして今回のような馬鹿騒ぎを起こして彼にケンカを挑もうとする命知らずの馬鹿を牽制するためにも、丁度いい――“危険な依頼だ”と―――。

 

「? どうしたのですか?」

「ん~? ちょっとねぇ。これは新しいクエストみたいで、ちょっと臭うんだけど・・・・・・やってみる?」

 

 差し出した一枚の依頼書をバノッサたちの前に置き、本人的には自主宣告通り、“ちょっと悪い笑顔”を浮かべていたシルヴィだったが、相手方が思いのほかアッサリと快諾してしまったため肩すかしを食らわされたような心地で部屋を出て行く彼らを見送ることになる。

 

 彼女としては、依頼書に書いてあった条件の中に不審な思う部分をバノッサが見つけ出すかどうかを試したつもりだったのだが、それが不発に終わって中途半端な気持ちを抱える結果となったのである。

 

 それはリィンバウムと、この世界の召喚術の相違点がもたらした結果だったと言えるだろう。

 リィンバウムの召喚術は、呼び出した相手と意思疎通のため一定の情報提供がリィンバウム側からなされるが、この世界の召喚術にはそれが無い。

 代わりにあるのが、《隷従の首輪》である。

 これある限り、召喚獣は召喚者である召喚術士の命令を無視することは出来ず、反逆も不可能。

 それ故この世界の召喚術士たちは、相手に命令に従わせられればそれで良く、この世界で自活するため文字の読み書きなどの機能は付与する必要がなかったのだ。

 

 リィンバウムにも、その種の目的と使用方法で召喚獣を使役する者たちはおり、中には隷従の首輪とよく似た拘束具を用いて獣人を暗殺に使う組織もあると聞く。

 そういった者たちのことを、リィンバウムでは【外道召喚士】と呼んでいることをバノッサは知っていたが、この世界での隷従の首輪を付けさせられた召喚獣を従える者たちがどのように認知されているかの情報を彼は知らず、知るために情報を得られる『識字力』は与えられていなかった。

 その点においてもバノッサは、我知らず“大嫌いなハグレ野郎”と酷似した状況に陥っていたことを、この時の彼は気付いていない。

 

 【無色の派閥】による、初の魔王召喚が為されたときの事故によって【名もなき異世界】から召喚されてきた一人の学生は、正常な召喚儀式の成功例ではなかった故に知識供与や識字力などの付与は機能せず。

 代わって、“異世界の意思”たる【エルゴ】を、その身に宿した規格外の存在となっていたのである。

 

 その似て非なる相違点を持った、ハグレ野郎と【ハグレ野郎に倒された怨敵】が行く道が微妙な類似を多く持つことになることを、この時の彼はまだ知らない―――。

 

 

 

 それらを要約して、端的に言ってしまうなら。

 バノッサには―――この異世界の文字で書かれた依頼書の内容は“読めなかった”

 

 これが、この後に続く事件が起きる始まりの理由となってしまったものだという真実を、果たしてシルヴィが知ることが出来たとき彼女は今の自分の判断と行動を呪わずにいられるか否か。

 今の彼女に保証できる理由はどこにもない。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・“人食いの森のモンスター、斑スネーク討伐のクエスト”・・・。

 “実験のため斑スネークの目玉が必要”“依頼主は魔術師協会”・・・・・・ですか」

 

 受注した証としてもらってきた依頼書を読み返しながら、レムが不審げに首をかしげたのは丁度、ファルトラの街から人食いの森まで行くことが出来る街道の、川が横を流れている地点まで来た後のことだった。

 

「人食いの森って、スッゴく強い魔獣が出るんだよね?」

「ええ。普通ここまで危険なクエストが冒険者ギルドに出回ることはありません。

 それでも依頼したと言うことは、よほど緊急に必要となったのか、それとも納入予定だった物品が届かなくなったかの、いずれかが多いのですが・・・・・・」

 

 自身も冒険者として、そこそこの経験と知識のあるレムが、経験則を元にして依頼内容を彼女なりに再度の分析をしようと、シェラからの質問に答える形で思考に耽り出す。

 

 実際のところ魔術師個人としてならともかく、こういった依頼が魔術師協会から冒険者ギルドに出されることはほとんどない。

 確実性が乏しいのが、その理由である。

 重要な魔術実験であれば、組織の運営にも関わってくるものが多く、必要な実験材料は指定された日時までには絶対に揃えねばならず、腕のいい冒険者が依頼を引き受けて成功してくれるまで待ち続けるという訳にはいかない事が少なくないのが、その理由である。

 

 冒険者という職業は、金のために危険な荒事を引き受けることを生業としてはいるものの、結局のところ金目当ての荒事担当というのは、命あっての物種な仕事でもある。

 高い報酬をもらっても、死んだら金を使うことも出来はしない。

 

 無論、少数ながら例外もいる。レムなどは、その典型例と言えるだろう。

 彼女は自己の目的達成のため、どーしても強い力が必要であり、その為には危険な依頼であろうと乗り越えて高見へ至らなければならない事情があるのだ。

 

 とは言え、それらはあくまでも例外。大抵の者は報酬とリスクを天秤にかけ、慎重になるのは当然の選択ではあった。

 だが、それでは困るという依頼者たちも当然いる。

 

 魔術師協会であれば、こういう時のため自前の戦力を常備させておくか、多少値は張っても確実な入手先を確保しておくのが一般的だ。

 依頼を引き受ける者が現れるか否かも、その人物に実力があるのかどうかさえギルド任せになってしまう博打性の高い、今回のようなケースは極めて希で、だからこそレムもクエストの緊急性を読み取って緊張していた訳だが、同時に背景が分からず首をかしげていた訳でもある。

 

 ――とは言え、それは魔術師協会の都合であり、レムだけが抱いた懸念でもあり、要するに『他人共の勝手な都合』に分類される側面を持つ代物でもある。

 自分の都合を他人に力で押しつけることはしても、偽善者面して他人の都合に首突っ込みたがってくるヤロウが大嫌いだった、この男には考慮してやる必要を少しも感じるものではない。

 

「ザコ共の都合なんざ、どうだっていいさ。

 要は、化け物ヘビをぶち殺して、その死体から目玉を刳り貫いてくりゃいいだけの話だろうが。

 殺して目ン玉奪ってくることだけ考えてりゃ、それでいいんだよ。余計なことまで心配してやる義理はねェ」

 

 身も蓋も、底すらもないような露骨すぎる表現によってバノッサが言い表した現状を聞かされ、別の意味でイヤな想像をかき立てられてしまった少女二人は、

 

「め、目玉・・・・・・クリヌク・・・・・・」

「そ、その言い方をされると、流石にその・・・・・・ちょっと」

 

 共に身震いしながら、嗤いながら二本の剣で斑スネークを切り刻みながら、滝のようにほとばしり続ける血飛沫の中で喜々として目玉を刳り貫き高笑いしているバノッサの姿を連想し・・・・・・ヤバい、似合いすぎている、と。

 

 確かに今、気にすべきことは目の前に迫っていたことを実感させられ、不安を上書きされる形で『セレスティアが長を務める魔術師協会からの依頼』という一事から意識せずにはいられなかったレムの心を解き放ってくれたのだが―――もう少し他に方法はないだろうかと、言われた側としては思わずにはいられない乙女心を持った年齢の少女レム・ガレウ。

 

「そんな下らねぇ寝言より《人食いの森》ってのは、ドコら辺にあるもんなんだ? あの街に来るとき来た塔より遠いのか?」

「え、ええ・・・《星降の塔》は《人食いの森》に面した土地に立てられている場所ですから、だいたい同じぐらいの距離です。

 もっとも植生は大分異なりますから、生息しているモンスターの質も数も桁違いですけど」

「約5時間ってとこか・・・・・・近くもねぇが、大して遠くもねぇな。平和ボケしたザコ連中が近寄れねぇ森には妥当な距離だろうな」

 

 納得して頷いて、バノッサはらしくもない事ながらも多少の遠出をハイキング代わりに譲歩してやることを容認する。

 

 ――この選択が、彼らにとって後々にまで影響を与え続ける部分を含んでいたことを一切気付くことなく、受け入れてしまったのである。

 

 

 実のところ、人気MMORPG《クロスレヴェリー》の世界を下地として生まれたと推測されるこの異世界には本来、《ポータル》と呼ばれる長距離移動用のワープ装置や、最後に訪れた街へと瞬時に戻るための《転移》という帰還魔法が存在し、長旅を進む冒険者たちの助けとなっていたのだが。

 バノッサの召喚先である《異世界リィンバウム》には、移動用の不思議な術や技術というものがほとんど存在していなかった。

 

 似たものが一部に存在してはいたが、それでさえ《機界》と呼ばれる科学技術が進みすぎた機械と廃墟が支配する鋼の世界《ロレイラル》の技術を用いることで、効果範囲を限定して部分的に可能としているだけのことで、一度行ったことさえあれば世界中どこだろうと瞬時に移動できるワープ技術は、何らかの奇跡的現象を起こせる者にしか実現することができていない。

 

 それ故バノッサにとって、魔王に魂を食われて消滅した後に召喚されたらしい、この異世界において“移動”とは常に、歩くか走ることを前提として考えるべき行動とならざるを得ず。

 もしクロスレヴェリーの知識と技術を持っている者が、彼と同じように召喚されていたならば取るべき行動と似て非なる道をバノッサに歩ませることになるのだが・・・・・・それは彼の知り得ぬ話であり、魔王の依り代にされたバノッサとは異なる魔王が召喚された同じ世界の物語である―――。

 

 

 

 

 そして、歩き続けること5時間後。

 日が暮れるより僅かに早い時間帯に、薄暗い森の中へとバノッサたちの一行は足を踏み入れることが出来ていた。

 

「でも斑スネークって、森の中のどこにいるのかな~。レム知ってる?」

「体長二〇メートル。普段は沼に生息し、近くに獲物が来ると襲ってくるはずです。――たとえば今あなたが、無防備な姿を晒している底なし沼の近くなどに・・・・・・」

「ええぇぇぇエエエッッ!?」

 

 冷静に解説され、慌てて飛び退こうとして無様に尻餅をつくエルフの少女シェラ。

 恐怖故か怒り故か、レムに噛み付き説明が遅れて危なかった旨を抗議するも、

 

「そういうことは早く言ってよーっ!? 私が襲われちゃったてたらどうするのさー!!」

「初めて訪れた場所で、不用意に水辺に近づいたあなたが無駄肉エルフだっただけです。次からもう少し警戒心を養ってください」

「う・・・そ、そう言われると私も少し不用心すぎてた気が――しないよ!? 今あきらかに注意するときの言葉が変だったよね!? おかしかったよね!? 警戒とか関係ない言葉で悪く言ってなかった私のこと!!」

「言ってません。そんな寝言を言うようだから、あなたは無駄肉エルフなんです」

「ほら言ったー!? やっぱり言ったー! 無駄肉って言った! そんなヒドイこと言う口実に使うのはヒド過ぎるよー!!」

 

 奇怪な鳥の鳴き声が四方八方から響いてくる、オドロオドロシイ苔に覆われた大木の生い茂る不気味な森の中でありながら、相変わらず姦しくも騒がしい少女たち二人組。

 そんな彼女たちから見ても、この森は決して居心地が良い場所とは言えず、どちらか一人だけで訪れていた場合には不安と恐怖から口数が減って無言になっていただろう事は疑いない。それ程までに、どことなく不気味さを漂わせて方向感覚さえ狂わせようとる魔獣たちの森。

 

 だが、人によって価値観は異なり、視点も異なる。

 この不気味な森にも、利用価値を見出すことが出来た者にとっては別の評価も成り立つはずだ。たとえば―――

 

「ククククッ、なかなかいい森じゃねェか。

 いろんな事に利用できそうで便利でいい」

「え~? こんな森がー?」

「参考までにお聞きしますけど、この場所のどこを何に使えるとお考えなのです?」

「ヒャヒャヒャ、分からねェなら教えてやるよ。

 たとえばテメェが股開いて座ってやがった、そこの沼。

 ――殺した死体を沈めときゃあ、勝手に腐って溶けちまいそうだ。楽でいいじゃねェか? もう既に何人も使い終わった後かもしれねェぐらいにはなァ」

『『うええェェェッ!?』』

 

 今度はレムまでが驚き、顔色を青くしながらシェラと一緒に飛び退き抱きつき合う。

 彼女とて、魔王を倒すため強くなろうと心に決めた以上、いざという時には人を殺す覚悟ぐらいは出来ていた。

 ・・・・・・だが、覚悟を決めて人の命を奪うのと、既に殺され終わった死体たちが何体も底の見えない沼の奥底に沈んでいる光景を想像するのは別の話だし、不意打ちで聞かされたら尚のことである。

 

 むしろ、そんな碌でもない有効利用の方法を開陳しながら、楽しそうに笑い声をあげれるバノッサの精神が、覚悟とは関係ない方面に突き抜け過ぎてるだけなのだから、そんなのと比べられる方がレムにとっては不本意極まりない。

 

 思わず醜態をさらしてしまったため多少の気恥ずかしさを抱きながら、「ま、まったくバノッサは・・・」と抱きついてしまっていた無駄にデカい胸を突き飛ばし、自分の髪を弄り出すレムであったが・・・・・・結果としてこの行動が一人だけでなく、二人の人物たちに“敵”の存在を感知させることに直結してしまうとは、“彼ら”も予想だにしない出来事だったことだろう。

 

 ・・・・・・ガサ。

 

「・・・・・・?」

 

 怪鳥たちの奇声が響き続ける中。一瞬だけ不規則な自然の法則を破って聞こえた音があった気がして、レムがそちらの方へ視線を向けながらも、何一つ以上が見いだせずに気のせいかと意識を戻そうとした、その時のことである。

 

「??? ねぇ、このクエストって私たちだけでやるんだよね?」

「当然です。ギルマスから直接引き受けた時にも、他に協力者がいるなんて言ってませんでしたから」

「じゃあ、人食いの森って意外と人が出入りしてるって事なのかな?」

「命が惜しい者なら、冒険者でも好んで近づくことはありませんが・・・・・・なぜですか?」

 

 奇妙な会話内容に、多少の不吉な予感を感じ始めたらしいレムが確認するように言った言葉に対して、シェラが持つ“特別な生まれ”によって与えられていた天性の才能は、自覚せぬまま最適回答を相棒の少女たちに教えることとなる。

 

「気配があるでしょ? 森の中に十人ぐらいの人たちがいる気配が」

「――ッ!?」

 

 その言葉で瞬時に戦闘態勢を取るレム・ガレウ。

 即座に周囲への警戒を強めて、自身も気配を探ろうと周囲に気を配ってみるが・・・・・・分からない。

 元より、森中がヒト族や亜人たち全てにとっての敵で満ち溢れているような場所で、敵意は逆に感知しづらく、様々な獣の臭いや糞尿の悪臭などが混じり合って、普段の感覚の半分ほども感じ取れるようにはなることができない。

 

「本当なのですか・・・?」

「ホントだよ? 枝の上に十人くらいいる。なにかを待ち伏せてでもいるのかな~?」

 

 森の民であるエルフ族だからこそ可能となった、索敵能力だった。

 いや、生なかのエルフでは不可能な超感覚なのかもしれない。

 

 この一見、鈍そうに見える無駄な肉が余分につき過ぎたエルフ族の少女が、思っていたよりずっと・・・・・・頭の方“だけ”は鈍すぎることを、豹人族の少女はようやく正しく理解する。

 

「ハァ、まったく・・・・・・あなたはバカなのか、大バカなのか分かりませんね」

「なんで!?」

「まァ、そうなるだろうさ。最初っから分かりきってた事だったがな」

「だからなんで!? え!? えっ!?」

 

 バノッサからも「自分は大バカ発言」に賛成されて大いに慌てふためくシェラ・エラ・グリーンウッドだったが――後者の方は勘違いの誤解である。

 

 バノッサは、レムの評価に賛成したのでも、シェラのことを馬鹿にしたのでもなく、ただ――自分の過去を思い出していただけだったのだから。

 

 

 ・・・・・・捜し物のため自分たちだけで街から遠ざかり、人気のない場所まで来てから高所を囲んでタコ殴り。

 あるいは、敵同士で潰し合いするのを見物してから、生き残った方を片付けるのも含まれているかもしれない。

 

 どちらも自分自身が使って、失敗させられた覚えのある策略だった。

 だからバノッサには見抜けていたし、乗ってやったのだ。

 仕掛けてくる連中をあぶり出すには、してやられたフリをして、罠と承知の上で乗ってやった方が、全部まとめて始末できる分だけ都合がいい。死体を沈める沼も丁度そこにある。

 

「シェラ、そいつらのいる場所は分かりますか!? バノッサに指差して伝えてください!」

「え? あ、そっか! あ、あそこと、あそことあそ――」

「必要ねェ、どーせ同じことだ」

 

 愉悦混じりの笑い声と共に、バノッサはシェラの声を遮ると、自らの召喚術を使用するため頭の中に浮かんだ《球》のイメージに思念を注いでゆく。

 実際バノッサには、森の中に潜む敵の細かい位置までは把握できていない。

 だが、大まかな配置だけは分かっていた。

 

 森の民エルフではないバノッサにそれが分かったのは、シェラとは感知したもの自体が違っていたからだ。

 シェラは森の民として、森の中に息づく者たちの小さな違いを本能的に見分け、聞き分けることができる種族特性を有していた。

 

 バノッサはただ、自分たちへの『敵意』と『憎しみ』を感じさせられただけである。

 

 治安の悪い北スラムで名を馳せた、犯罪者少年集団を率いていればイヤでも毎日感じさせられる、四方八方から向けられ続けた自分たちへの恨みの視線。憎しみの目付き。

 復讐、憎悪、嫉妬、見下し、侮蔑、劣等感。――さまざまな感情を一身に集めるような横暴ばかりを繰り返してきた《オプティス》のリーダーだった男が彼なのだ。

 最終的には、子分たちもハグレ野郎に負け続ける自分を見限り、侮蔑の感情と共に去っていった。・・・・・・そういう視線にも感情を感じさせられるのには慣れている。だから分かる。

 

 仕掛けてきそうな奴にも、心当たりがある。

 昨日の夜にしてやられたばかりで、今日の昼には仕掛け直してくる、自分以上に短気で堪え性のない、勝ち目もなく計算性すら持ってないような、そんな『魔術師協会のトップ近く止まり』な男の顔を、バノッサは本能的に連想する。

 

 計算して読んだ結果予測ではない。

 偏見と差別感情と主観的評価だけを根拠として決めつけただけの推測。あるいは単なる誹謗中傷に過ぎない可能性も多分にあるだろう。

 

 だが、バノッサは気にしない。間違っていたとしても関係がないと割り切っている。

 何故なら自分は、ご立派な騎士様ではないからだ。

 証拠だの真実だの正しさだの、そんなゴミみたいな代物を後生大事に守って死んでいくお人好しな連中など、虫唾が走る不快さしか感じない連中の宝物だ。ぶっ壊してやりたい。

 

 大凡の位置さえ分かれば、細かい居場所までいちいち教えてもらう必要もない。

 どのみち聞いたところで一人一人だけを倒すため攻撃限定など、してやるつもりは些かもないのが彼という男なのだから。

 

 

 

「丁度いい。だいぶ力も戻ってきてたところだ。

 おあつらえ向きの場所とシチュエーションが整ってくれたみてェだしよォ。

 今の俺様にも同じことが出来るかどうか、試してみるとするか・・・・・・

 こういうことが、今の俺様にも出来るかってことをなァァッ!!!!」

 

 

 

 そして、赤い光がレムとシェラの視界を一色に染め上げて。

 《人食いの森》は一瞬にして炎に包まれ、炎に食われ、焼け死にたくない獲物たちは炙り出されて出てくるしかない――――処刑広場という地獄へと変貌させられる。

 

 シェラ・エラ・グリーンウッドが抱える秘密にとって、負の感情により増幅された霊界の炎がもたらす焼却は、浄化となるのか地獄の業火にしかなれぬのか。

 

 

 バノッサが異世界に召喚され、二日目の夜が迫りつつある森の中。

 赤き炎が複数人たちの前で降り注ぎ、罪の道を選ぶか否かの選択を例外なく全員に強制するため燃え広がる―――

 

 

 

つづく


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