試作品集   作:ひきがやもとまち

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女版エルクが主人公の【アーク・ザ・ラッドⅡ】二次作の最新話です。
大分前に書き終わって完成してたのを忘れてた事に、今さっき気付きましたので更新しました。なんか色々と申し訳ございません……(土下座)


アーク・ザ・ラッド2 外典~青い炎使い~11章

 エルククゥが闇医者ラドを頼るときに訪れたことがある、田舎町インディゴスにある唯一の酒場。

 場末の酒場でありながら、ステージだけは分不相応なほど立派な設備を保有しており、都会での銀幕生活を夢見る若者たちに夢と幻想を提供している以外には、広さだけしか取り柄のない。そんな店。

 

 そんな辺境の安酒場であるにも関わらず、この店には週に何度かだけ店内が客で埋め尽くされる日が存在していた。

 

 【歌姫シャンテ】が舞台に立つ、ナイトステージが開かれる日にだけ、この店は朝から席取りのための客で溢れ、夜になってから夜明けまでの熱い一夜に備える者たちで満ちあふれるのだ・・・・・・。

 

 

 訳ありの少女リーザと少女ハンター・エルククゥが、謎の美女に窮地を救われ、酒場に連れ込まれて匿われたのは、丁度そんな日の出来事だった。

 

 

 

「――どうやら、行ったみたいね」

 

 入ってきたばかりのスティングドアに耳をそばたて、外の様子をうかがっていた女性がハスキーな声音で教えてくれるのを、エルククゥたちは店内に置かれた音楽機材の陰に蹲りながら聞いていた。

 正直こんな小細工に意味は感じなかったが、せっかく助けてもらった身で姿を晒してたから見つかりましたでは流石に申し分けなさすぎると、文字通り申し訳程度に身を隠していたのだが、どうやら無駄になってくれたようだ。

 

 店の外からは、リゼッティ警部の銅鑼声で『こっちだ急げ! 電気椅子送りだー!!』と叫び続けるが声が通り過ぎていくのが響いてきていた。

 熱意は認めるが、アレだと自分の方が通報されるのでは?と、追われる身ながら心配になってしまい、エルククゥは自分のことを棚に上げて軽く笑って肩をすくめそうになる。

 

 それをしなかったのは、『礼儀知らずの大人には無礼で応じ、節度ある大人には礼儀を守る』という自分流のマナーが身に染みついていたお陰だったかもしれない。

 

「助けていただき、ありがとうございました。お陰で助かりましたよ」

 

 皮肉そうな軽い笑みを浮かべる予定を変更して、柔らかい笑顔を浮かべ直してから改めてお礼を述べてから頭を下げ、自分たちの素性についても軽くだけでも説明しておく。

 

「私の名はエルククゥ。ハンターをやっている者です。こちらの少女はリーザさんです。ちょっとした訳ありなので職業の方はご勘弁を」

「へぇ、あなたハンターだったのね。でも・・・・・・クス。

 あんな所でドジを踏んでるようじゃハンターの名が泣くのではないかしら?」

「・・・面目ない。それを言われると辛いところです・・・・・・」

 

 多少バツが悪そうな表情でエルククゥは己の非を認め、迂闊だったと反省の弁を述べる。

 無論、彼女にも言い分ぐらいはある。

 今回の一件は明らかにガルアーノが裏から手を回していた罠であり、それを見抜いていたからこそ余計な目撃者を出さぬための付近は封鎖され、警察にも圧力がかかっているだろうとエルククゥは予測し、その予測自体は的中していたのだ。

 

 だが、そんな状況下の中で驚くべき鼻をきかせて飛び込んできたのがリゼッティ警部率いる警察隊の強行突入だった。

 あのタイミングでの乱入は、エルククゥだけでなく敵にとってさえ、おそらくは予想外のアクシデントだったことだろう。今頃は辻褄合わせと、セカンドプランのため場繋ぎの人選を急いでいるのかもしれない。・・・もしくは既に誰かを向かわせたばかりかもしれないが・・・。

 

 どちらであるにせよ、警察は国家権力に逆らえないものだという想定が、リゼッティ警部を侮らせる結果となってエルククゥの足下をすくったのは確かな事実だ。

 最近の警察にしては数少ない骨のある警部と、高く評価して見せながらも、どこかで侮りがあったのだろう。彼女としては赤面しつつ、己の増長を窘められた気分で素直に頭を下げるしかなかったわけである。

 

「あら、思ったより素直なのね。生意気そうな見た目なのに意外だわ」

 

 そう言いながらクスクスと笑ってみせる美女は、言葉とは裏腹にエルククゥの態度に悪印象を抱かないタイプのようだった。

 

「さっきも言ったけど、改めて自己紹介しておくわね。

 あたしは、シャンテ。この酒場で働いている、一応はパートの従業員よ」

「シャンテさん、ですね。分かりました、これからそう呼ばせてもらいます。

 それでシャンテさん。・・・・・・先程はどうして、私たちを助けてくれたのでしょう? 奈辺に理由があったかお聞きしても?」

「あら、用心深いこと。・・・見ていられなかったから、ではダメなのかしらね?」

 

 はぐらかすように、大人の余裕たっぷりの言動でシャンテは妖艶な笑みで答えて見せた。

 改めて相手を見直すと――目の覚めるような美人であった。あるいは美女と呼んだ方が適切かと思えるほどに。

 

 ロングヘアーの黒髪は夜の色を思わせ、クシで梳いたわけでもないのにサラサラと流れるようなキューティクルは、エルククゥの固い髪質とは女として比べものになるまい。

 女性の中でもズバ抜けた長身と抜群のプロポーションの持ち主で、胸元を露出させた姿には、そういう方面には関心のない同じ女のエルククゥでさえ圧倒されるほどのボリュームを前方に向かって突き出している。

 

 特に、足の長さと脚線美は、彼女が持つ美の中でも突出して優れており、この足に邪な欲望を刺激される男達は今まで星の数ほどいただろうな・・・・・・と、らしくもない想像をそそられてしまうほど。

 そして恐らく、邪な欲望を抱いた対象そのものによって、モノの役に起たなくされた愚か者達が結構な割合で含まれていただろうという想像も。

 

 ――エルククゥは謎の美女シャンテの美貌から、鍛えられて無駄を削ぎ落とされた『武』の気配を敏感に感じ取っていたのだ。

 

「あの・・・・・・ありがとうございました」

 

 先ほどから黙り続けていたリーザから、遅まきながら礼を述べられ、少しだけ驚いたようにシャンテは彼女を見つめた後、

 

「いいのよ」

 

 と言ってニコリと微笑む。

 それを見せられたリーザは頬を赤くして俯いてしまい、年上の女性シャンテの美貌を憧憬の籠もった視線で見上げてしまう。

 

 モンスターと心を通わす特殊能力を持つ一族であるが故に、人里離れた隠れ里で生まれ育ってきた彼女は、言い換えれば純朴な田舎娘であり、大人の女性のあり方に憧れを抱かずにはいられない年齢の女の子でもあった。

 

 この歳まで異性と触れあった機会の少ないリーザにとって、シャンテは女性として「こんな大人になりたい」と願う理想型だった。

 少なくとも彼女に、そう感じさせられるだけの迫力と印象をシャンテはリーザに与えたことだけは確かなようだった。

 

 そういう視線に経験がないわけではないシャンテとしても、素直にリーザのことは「可愛いらしい」と感じさせられ、次いで出た言葉は「仕事内容」とは無関係な、つい声に出してしまっていた本音の言葉だったのだが。

 

「えーと、エルククゥだっけ?

 彼女、素直でいい娘じゃない。大事にしてあげなさいよ」

「・・・怖いこと言わんでください。下手をしなくても、私が殺されてしまいかねませんから・・・」

「は?」

 

 なぜだか急に顔色を青くして、なにかに怯えるように、あるいは凍えるように両手で身体を抱きしめてから手で擦って暖めるような仕草をしてみせるエルククゥの行動に、事情を知らないシャンテは疑問符を浮かべることしかできずに戸惑うしかなかったが・・・・・・説明もなく仕事とも関係なさそうでもあったため、冗談だと解釈したことにして話を進めてしまうことにする。

 

「アハハッ、おかしいわね、アンタ。

 ・・・ところで、あんたち追われてるみたいね」

「ほう・・・?」

 

 “本題”の匂いを感じ取ったのか、「同じプロ」としてエルククゥの声色も変わった。

 身体の震えも収まり、腕で擦る必要もなくなったのか自然体の姿勢に戻ると真っ直ぐにシャンテの長身を見上げて正面から向かい合う。・・・もっとも、一度変色した顔色までは即座に治ることはできてなかったが・・・。 

 

「まぁ、先ほど表を走って行った警官隊を見れば一目瞭然なことであるとはいえ、何故そんなことを聞いてきたのかは気になりますよねぇ」

「空港の事件現場からいなくなったハンター。

 報道はされてないけど、飛行船に乗っていた少女も事件後に消息が消えている」

 

 淀みない口調で述べられた、ラジオ放送ではまだ語られていない部分まで含んだ真相。

 特にリーザのことまで知られていたことは、エルククゥの脳裏にどうしても危険信号を点滅させずにはいられなくさせる。

 

 派手な登場の仕方をして、大勢の目撃者達に姿を見られている自分の姿が消えたことは、大して知られていても不思議ではない。

 あの数を全員口封じするのは流石に不可能だろうし、可能だったとしても別の大事件として隠蔽工作が必要になってしまって意味がない。

 

 ・・・・・・だが、リーザの方は自分とアルフレッド以外では、ガルアーノの手下達しか姿を見られていなかったはずだ。

 そしてアルフレッドは殺され、自分は彼女と共に行動している。ガルアーノ子飼いの飼い犬共が、ご主人様の許可なく勝手に情報を漏らして処刑されないとは到底思えないのだが・・・・・・。

 

「どこでその情報を聞いたのでしょう?・・・・・・と聞いたところで、教えてはもらえないのでしょうねぇ」

「まぁ、ね。こっちもツテを維持するため、それなりの維持費と時間をかけてきてるから。

 “とあるスジ”から・・・ぐらいのことまでしか教えてあげられないわね。

 こう見えても昔は情報屋として生活していたこともあるのよ、私って」

 

 肩をすくめて、意味ありげに微笑みを浮かべる美女を前に、エルククゥは素直に両手を挙げて降参した。

 元より自分の方が状況的に部が悪く、ハンターと情報屋では専門分野で雲泥の差がある。

 年齢からくる経験値の差もあって、勝てない部分を感じ取らされた彼女は無駄な時間をかけるよりもサッサと用件を済ませる方を優先することにしたのだった。

 

「私から、情報を買わない? 1000ゴッズでどうかしら?

 あんた達を狙う奴らが何者かってことを調べられそうなのよ」

「“私たちを狙っている人が誰なのか”という情報なら、不要ですよ。

 アルディア陰のトップで、マフィアの元締めになってるカスタード・・・・・・いや、ガルアーノさんです。

 向こうさんの三下が不用意に口走ってましたから、まず間違いないでしょう」

 

 即答で返されて、シャンテは瞳を大きく見開く。

 そんな彼女にエルククゥは視線だけで、「商品はそれだけですか?」と無言の内に問いかける。

 

「・・・・・・参ったわね。本当は依頼された以上のネタを取ってきて追加報酬を吹っ掛けるつもりだったんだけど、あなたは確かに腕のいいハンターだったみたいだわ。小細工は通じそうにない」

「お褒めいただき恐縮です。・・・・・・で?」

「1500」

 

 短く簡明に、そして誤解しようのない表現を使ってシャンテは、自分の要求額をエルククゥに告げる。

 

「1500ゴッズで、あなたたちを追いかけ回しているガルアーノの居場所を突き止めてみせるわ。あなたも相手のアジトまでは、まだ分かっていないのでしょう?」

「・・・・・・まぁ確かに、ね」

 

 肩をすくめて、自分たちの不利さを強がることなく認めるエルククゥ。

 実際、このまま相手に攻められてばかりで反撃できないまま、かかってくる火の粉の魔物を打ち払うだけではジリ貧にしかなりようもない。

 相手に反撃する術がないと知っている側からすれば、攻撃を止めてやる理由がどこにもないのだ。

 余程の戦力を投入して大失敗に終わったなら、攻撃の一時停止ぐらいは決断するだろうけれど・・・・・・それも所詮は一時的なものでしかない。

 

 なにしろエルククゥたちの敵は、人間をモンスターに改造する技術を開発中らしいのだ。

 いくら戦力を削ったところで、自分たちの腹が痛むわけではないのだから、そりゃ攻め続けてくるだろう。余程のお人好しでなければ普通に考えてさえ。

 

 それを承知していながら、それでもエルククゥが即決しなかったのには理由がある。

 

「・・・・・・しかし、1500というのは高いですねぇ・・・・・・相場の倍近くの値段じゃありません?」

 

 そう、値段だ。シャンテの示した額が、情報料としては些か高額すぎたというのが、その理由だった。

 後にガルアーノを始めとして、敵勢力たちが本格的に活動を開始したことで治安が悪化し、危険情報の価値が跳ね上がることになる未来の時間軸と違い、現時点でのアルディアはまだ比較的安定した状況にしか陥っておらず、情報屋にしろハンターにしろ、仕事料や報酬額は平時のものが平均値として採用されている時点にあった。

 

 彼女の感覚で言えば、自分が主な活動拠点にしていたハンターズギルドに写真付きで指名手配されているのを見たことがある『お尋ね者モンスター』の【ブーシー(1350G)】と【バルザック(賞金額1755G)】この二匹のちょうど中間辺りの金額、といった認識である。

 

 どちらのモンスターも、わざわざ名指しで個体討伐依頼が出されるだけあって、それに相応しい被害と死体の山を築いていてる。

 それら多大なリスクを背負ってでも倒して得られる報酬と、ほぼ同額の情報料ともなればエルククゥが二の足を踏んでしまいたくなるのも分からなくはない。

 

 まして彼女は、自分一人を養えればいい気楽な立場ではなく、もう一人の少女の将来にも責任を感じている身だ。

 報酬は良くても、安定しているとは絶対に言えないハンター家業を収入源としている身として節約できるところは節約したい。将来のためにも貯蓄ぐらいはしておきたかった。

 

 妙なところで世帯臭いところを持った少女がエルククゥだった訳だが、それは何も彼女だけに限った話でもなかったのは当然のことでもある。

 

 

「私だって、ちょっと訳ありなのよ。危険を承知で取ってくる情報なんだから、これぐらいはもらわないと割が合わないわ。

 あんたハンターなんだから、この位すぐに稼げるでしょ?」

「いやまぁ、すぐにってほど安い値段ではないですけど・・・・・・一応は」

「忠告しておくけど、私の掴んだ情報だけでも、このままじゃマジで危ないわよ? あんた達。

 それぐらいヤバいことに首を突っ込んでるんだから、ケチって死んだら洒落にならないでしょう?」

「確かに、そうですね・・・・・・」

 

 シャンテの言葉に頷きを返して、なにかを考えるかのように黙り込んだ後。

 エルククゥは大きく頷いてシャンテに向かって頭を下げ、情報屋としての依頼を任せる決断を下すことにした。

 

「わかりました、依頼します。報酬は前払いって事になるのですよね?」

「商談成立ね。支払い方法もそれでいいわ。お金ができたら、またここに来て」

 

 交渉結果に満足したように、美人な顔を破顔させるシャンテ。

 こういう場合、情報屋が金だけもらってトンズラした話はエルククゥもシャンテ自身もよく耳にする話だ。

 だが一方で、聞くだけ聞いて情報料を払わないハンターの話も珍しくはないのが実情でもあり、それなりの駆け引きを彼女も覚悟せざるを得なかったのだが、予想に反してアッサリと相手が受け入れてくれて、前払いの件も先方から持ち出してくれたので、素直に安堵せざるを得なかったのだ。

 

(・・・・・・聞かされた話だと、“子供と思って甘く見れば火傷じゃすまない油断できないガキ”って事だったけど・・・・・・思ったよりずっと素直な子たちじゃない。

 しょせんマフィアの言うことなんか、信用できないって事なんでしょうね)

 

 そう心の中で、今回の話を持ってきた相手の、中年太りした偽善面を思い浮かべて反吐が出る思いに駆られる彼女だが・・・・・・どんな相手だろうと、払ってくれる金は金。

 医者たちの誰もが「処置なし」と匙を投げられてしまった家族を、唯一受け入れて今まで生き延びさせれる病院を紹介してくれたのは彼だけだったのだ。

 その目的が法外な額の治療費を盾にして、美貌の情報屋として知られていた自分を個人的な駒として確保することだったとしても、家族のためなら我慢できる。

 

 そして何時か、アイツの元から解放されて家族一緒に幸せに暮らせるようになるためには、肩代わりしてもらっている治療費を全額耳そろえて突き返してやる以外に、今のシャンテに選べる道はない。

 

(――復讐も仕返しも、その後の話よ! 今はあの子を・・・・・・アルフレッドの病気を完治させてあげるため仕事をこなすしかないんだわ! その為なら、石にだってしがみ付いてみせる!

 たとえそれが・・・・・・他の子供たちを騙すことだろうと、私はもう決して躊躇わない!!)

 

 そう心の中で決意を新たにして、今回舞い込んできた新たな依頼対象を見下ろすシャンテだったが・・・・・・やはり本質的に優しい姉の彼女には、完全にドライに割り切ることはできそうもない。

 

 

「では、お願いします。ただ気をつけてくださいね? 連中はマトモな部類に入る犯罪者さんじゃなさそうでしたから。

 ・・・・・・もっとも、今の私が言うと説得力ない立場ではあるんですけどねぇー・・・・・・」

「ふふふ。たしかに貴方に忠告される立場じゃないわね、私の方は♪

 まぁでも、ありがたく伺っとくわ。

 あ、それとなんだけど。あたし、ここで歌ってるから、もし良かったら来て」

 

 最後に地が出て、余計な一言を付け足してしまう美人歌姫シャンテ。

 それは彼女なりの相手に示した誠意であり、嘘偽りのいない本心だけで歌っている自分の姿を彼女たちにも見てもらいたいと心の底では願っていた、少女たちに対する本能的な好感情が言わせた言葉であったのだが。

 

 思いのほか強い食いつきが、別の場所から上がることになったのは正直、予想外でもありはした。

 

 

「はいっ! 必ず!! ねっ、いいわよね!? エルククゥ!」

「は・・・・・・はぁ、えっと・・・・・・そうですね?」

 

 ・・・・・・リーザだった。

 なぜだかエルククゥではなく彼女の方が力強く確約して、瞳に星でも瞬いてそうな瞳で同意を求めてまで来たため、若干ドン引きしながらも曖昧な許可を与える以外にエルククゥにも対応のしようが出来なくなってしまう。

 

 それ程に――異様な迫力があったのだ。

 この時の年頃乙女リーザちゃんには何となくだけれども。

 

(――こんなに大人っぽくて綺麗で優しいシャンテさんが歌ってるワンマンステージ・・・・・・スッゴく綺麗なんだろうなぁ・・・・・・。

 そんな素敵なステージを見学できたら、ほんの少しだけど私にだって、ちょっとぐらいシャンテさんみたいな大人の女性に近づけるかもしれない・・・・・・♪)

 

 そんなことを内心で思っていたことを、傍らから横顔を眺め見ている相方の少女には教えることなく、ボンッ!キュッ!ボンッ!!な大人の色気あふれる美女に憧れを抱く年頃の少女と、同年齢なはずの今一人の少女とは酒場を出て、情報量を稼ぐためにもハンターらしくハンターギルドへ向かって歩き出す。

 

 ハンターギルドに依頼される仕事内容は多岐にわたり、賞金首の確保から市民の雑用係までランク毎にピンキリなぐらいには用意されているのだけれども。

 エルククゥがまず最初にやらなければいけない、ハンターとしての仕事は決まっていた。

 

 

「まぁ、取りあえずはハンターらしく―――ケジメを付けさせにいくとしましょうかね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・インディゴスの町、ハンターズ・ギルドの受付として働く彼の元へ『その依頼者』が訪れたのは、依頼を受けた当日の早朝での出来事だった。

 

 

「盗賊団壊滅の依頼だと?」

「そう。それもモンスターを使う卑怯な奴らを、大至急でな」

「そいつは、ちょいとばかし高くつくぜ」

 

 鋭い目つきと態度で受付の彼は、相手を値踏みした。

 青色のスーツを着て、帽子を目深にかぶり、眼鏡で視線を隠した伊達男の客だった。

 町でよく見かけるマフィアのようにも見えたし、アルディア政府の秘密警察だったとしても違和感のない人物で、堅気の人間にだけは絶対に見えない裏社会の匂いをプンプン漂わせた所属不明の高級そうなコートをまとった若い男。

 

「時間がない、大至急、信頼できる腕の良いハンターを用立てて欲しい。前金として1500ゴッズ支払おう。詳細はここに記しておいた」

 

 そう言って男は懐から金貨の詰まった革袋を右手で掴んで取り出すと、カウンターテーブルの上に「ドスン!」と大きく音を立てて載せながら、依頼内容の詳細が記された依頼書を左手で受付の男へ手渡した。

 

 その瞬間―――依頼書の間に挟ませていた紙切れを、彼にも見えるように書類をスライドさせ、受付の目を眇めさせながらも何食わぬ顔で金を受け取る。

 

 それは、アルディアでも有数の大手銀行の名前が入った小切手だった。

 そこに依頼料と同額の数字がサインされているのを見て取りながら、受付の男は事務的な口調で依頼内容についての確認を行う。

 

「・・・期間は? それと引き受け手の要望があれば聞くだけ聞いてやろう。応えられるかどうかは先方次第だがな」

「急ぎの依頼だ。今日、明日中には片付けてもらいたい。だが、公には知られたくない事情がある。

 できれば腕の良い二つ名持ちのハンターを二名か三名ほどで対処できるような、そんな人材が望ましい」

「そこまで条件が揃っている奴は珍しいだろうがな、善処だけはしてやろう」

 

 口では無表情にそう言いながらも、内心で受付の男は(無茶言いやがる・・・)と客の依頼内容の無茶ぶりを声には出さずに罵っていた。

 そこまで好条件に恵まれまくっているハンターとなると、彼の知る限りではA級ハンターとして名高い『シュウ』ぐらいしか心当たりはない。依頼内容的から見て彼に任せるのが一番の適役だろう。

 

 だが客は、依頼の引受先にシュウの名を出さなかった。

 ならば、今日か明日には訪れてくる、『二つ名持ちのハンターの二人連れ』に依頼を提供してやればいいという事だ。

 それまでは『未熟なハンターたち』に任せられない難易度の高い仕事は機密にしておく。

 

 別に業務内容から逸脱する訳でもない。

 キチンと仕事をした結果として、自己責任が基本のハンター自身が依頼を受けるかどうかを決めるだけだ。受付として仕事を斡旋した自分には関係ない。

 

 もし仮に、引き受けた若造のハンターが怒鳴り込んできたときには、この業界の厳しさというものを教えてやるのが、ベテラン事務員の仕事というものだろう。

 舐められたら終わりなのは、なにも現場に出るハンターだけではないのだから―――

 

 

 そう思いながら、手元の書類に書き込みを続ける彼の視界に、スィングドアが開かれて二人連れの少女が入店してきた姿を捉えたときにも、彼の心は落ち着き払って冷徹ささえ持ち合わせながら対応しようとした、その次の瞬間に。

 

 

 

「さて―――オッサン。言い訳があるなら聞いてあげましょうか?」

 

 

 視界が急激に移動させられて、目の前に可愛らしい顔立ちが凶悪な目つきをした少女の美貌がドアップで映し出されたとき。

   

 彼は自分が、胸倉を掴みあげられカウンターの間取りガラスにへばり付かされている自分の状態を初めて認識して・・・・・・激しく激怒させられた!

 

「・・・おいっ、テメェのその汚い手を離しやがれ。こんな事してどうなるか分かって――ぐぅッ!?」

「言いたいことはそれだけですか? ハンターを売り飛ばして平気な顔で事務仕事している、お偉いクソ眼鏡さん」

 

 ガンッ!ガンッ!!と、防弾ガラスに人体の一部が無理矢理ぶつけられて強制体当たりしている音が建物内に響き渡る。

 胸倉を掴んで、顔を引っ張ってきた相手が、そのまま自分と彼とを隔てるガラスに彼自身をぶつけさせてダメージを与えているのである。

 

 当然ギルド職員相手に、こんな事をして許されるはずもない。

 ハンターとしての資格を没収されるか、良くて大幅なランク降格と罰金・・・それでさえ奇跡のような幸運に恵まれなければ無理な相談だ。

 彼は相手の理不尽さに怒りを抱かされながらも、勝利を確信しながら相手の非をならすための言葉を吐く。

 

「・・・何があったか知らねぇが、ハンターの仕事に安全で確実なものなんか無ぇんだよ!

 そのために高い金払ってんだろうが! 働く気が無いなら帰れ!仕事の邪魔だ!!」

 

 彼としては手厳しく相手の甘ったれぶりを叩き直して、頭を冷やした後でなら依頼を受けさせてやっても良いという鷹揚ささえ持った上での言い分だったのだが・・・・・・この場合はやる相手を間違えていたとしか言い様がなかった。

 

 

「“高い金払ってるからハンターに安全な仕事はなくても我慢しろ”・・・・・・ですか。ハッ。

 ――そういうセリフは、金払ってから言えクソ眼鏡。

 偽情報売ってビタ一文払わず、偉そうに説教だけしてプライド満たせるとでも思ってたのか? 甘ったれるのも大概にしろよ、この呆けカス野郎がっ」

「・・・・・・なっ!? 待――ぐわっ!!」

 

 

 ガンガンガン!!! 先ほどよりも激しい勢いで受付の男の顔はガラス窓に体当たりさせられ続け、眼鏡は割れてヒビが入り、額は割れて血も吹き出し、さすがの彼も悲鳴を上げずにはいられなくなってくる。

 

「お、オイ! そこのお前! お前だよっ、そこで突っ立ってる木偶の坊! は、早く救援を呼んできてくれ! コイツは頭がおかし――ぐへはっ!?」

 

 彼は必死で、カウンター横の定位置でタバコを吹かしているオーバーオール姿のハンターに助けを求める。

 一般のハンターには知らされていないが、実は彼はギルドの正規職員でもあるハンターで、揉め事が起きたときなどの仲介役の他にも密告などの役も担うときがある。そういう存在だ。

 ハンターズギルドは裏社会の汚れ仕事とはいえ、一応は政府から認可を受けて運営されている公の組織でもあるが故に、殺しや犯罪だけは仕事として引き受けていないが裏家業である事実は変わりようがない。

 ハンターとギルドの間でさえ、穏便な話し合いだけで解決できない問題など日常茶飯事レベルで発生し続けている場所なのである。それ故に彼のような存在が必要になるのだ。

 そのはずだったのだが―――

 

 

「・・・・・・ふぅ~。やっぱ仕事終わりの一服は最高にうめぇな」

 

 守るべきギルド職員が目の前で暴行を受けているにも関わらず、相手は平然とタバコを吹かし続けるだけでコチラのことを見ようともせず、無視された側の彼としては驚愕させられずにはいられない。

 

 もう一度助けを求め、今度は先ほど強い口調で命じようと口を開きかけた、その瞬間に。

 

 

「――なぁ、素人事務員のオッサン。アンタなにか勘違いしているみてぇだが・・・」

 

 相手の男は彼の方を見ようとはしないまま、だが明らかに彼に向かって掛けられたであろう言葉を淡々とした口調で語りかけながら、

 

「たしかアンタの言うとおり、ハンターにとってモンスター討伐それ自体は、失敗して殺されようと自己責任で済ませていい程度の問題さ。間違っちゃあいない。

 だがそりゃあ、ハンター自身がギルド内の手配書に描かれたモンスターを自分の意思で探して挑んで敗れたからこそ、自己責任論が正論となり得るってだけの話だ。

 ギルドが直接モンスター討伐や盗賊退治の依頼を引き受けてハンターに委託した以上は、その失敗や途中での依頼キャンセルは、依頼者への賠償とか怒りの矛先がギルド側にも向けられちまう避けようがねぇ。

 アンタが今やってた事は、ギルドにとっては迷惑な話だったのさ。ボッタクリ業者と思われたらハンターたちに総スカン食らわされ、俺たち全員が首くくらにゃならん。

 だからまぁ、コイツは制裁ってヤツだ。これから仕事続けるためにも痛みと一緒に学んどきな」

 

「なっ!? そん、な、バカ、なッ!!」

 

 ガンガンガンガン!!!

 思っていたのとは全く異なる現実の展開に、職員の意識は半ば遠ざかりかけながらも、絶妙な力加減によって殺すことなく、気絶もさせることはなく、痛みだけを延々と与え続ける作業によって自分のしでかした事の意味を思い知らされ続け―――彼が解放されたのは、頭に上っていた血が全て下がって、冷静さを取り戻させられたと『判断された後』になってからようやくの事である。

 

 

「すみませんねぇ、何分にも私たちハンターには安全で確実な仕事なんてないもんですから。高いお金のために命張ってる身ですのでね?

 ・・・・・・そんな仕事で偽情報掴ませてくるクズは、裏切らないって信頼できるまで拷問でもかまさなきゃあ信じる事なんか不可能なもんでして。

 こういう事は二度としないでくださいね? お願いですからさァ~。

 で~ないと、腎臓を抉り取るぞぉ~♪ そして売っ払うぞ~っと♪」

 

 

 

 楽しそうな歌声と笑顔を讃えながらハンターギルドの建物を出て、満額とまでは行かずとも『謝罪の気持ち』を込めて『個人的な賠償金』として500ゴッズだけは手に入れてリーザの元へ戻ってきたエルククゥは、一端シュウのアパートへ戻って一休みしてから本格的なハンターの仕事を再開することになる。

 

 

 ・・・・・・転んで頭を打ってしまい、腕にもヒビが入ってしまった不機嫌そうな受付係に怖い目つきで睨まれながら、それでも騙される事だけはなくなったハンターとしての仕事を今日も淡々と。

 

 

 それが自分だけでなく、同年代の女の子をも養わなければならなかった十代少女にとって、今までずっと続けてきた日常生活の一部に過ぎない事柄だったのだから・・・・・・。

 

 

 

つづく


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