試作品集   作:ひきがやもとまち

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原作を自由に確認できる時間が増えたので書いてみた第2弾です。
【異世界魔王と召喚少女】×【サモンナイト・バノッサ】のコラボ作2話目です。

……本当は、連載作のどれかを更新すべきだと思ったのですけど、考えてみたら連載作品は多い割に、原作に使ってる数が少なく、バリエーション展開が出来ておらず、こういうとき不便だと気付かされましたわ…。

もう少し色んな原作の連載作を書いとくべきだったと後悔中。ISばかり書いてたのが裏目に出ました…


異世界魔王青年バノッサと魔王召喚少女の夜 第2夜

 魔術師協会の長セレスティーヌの護衛を任された召喚士ガラクは、決して弱い部類の召喚士ではない。

 “とある人物”からの忠告によって、人格面に問題が多くなってきているとはいえ、ファルトラの街を守る結界を維持する重要人物の護衛役を任されるに足るだけの実力と知識を兼ね備えている。

 

「ば、馬鹿なッ!? こんな、こんな召喚獣が存在するはずがないィぃぃッ!?」

 

 だが――そんな彼が見た事も聞いたこともない召喚獣らしきモノが今、彼の前に浮かび上がっていた。

 

 ボロボロの外套を身体にまとわせ、その周囲を赤く途切れた布切れがユラユラと漂いながら宙に浮かび、ガラクが呼び出した召喚獣サラマンダーとガラク自身を能面のようにのっぺりとした貌たちが、ただ無言のまま見下ろしてきている不気味な存在・・・。

 

 霊界《サプレス》から呼び出された召喚獣【ブラックラック】

 霊界の深層にある、よどみに潜むと言われる中級悪魔。

 沈黙と恐怖を司る化身。

 

 ある意味バノッサと最も相性のいい存在であり、彼自身も敵を攻撃するための“兵器として”最も愛用してもいた【異世界リィンバウムの召喚術】が【レジェンダリーエイジ】と同じ概念を持つ異なる異世界において初めて姿を現した、その最初の目撃者にガラクはさせられてしまっていたのである・・・・・・。

 

 

「へェ? ここじゃあ、こういう風に使うのか。なんとなくだがコツが掴めたぜ」

 

 だが、ガラクの常識に囚われた故の困惑や驚愕など、自らの呼び出した召喚獣を見上げて満足そうに薄ら笑いを浮かべているバノッサにとっては、どうでもいい事だった。

 

 彼にとって重要だったのは、【魔王召喚憑依】の依り代として自分を利用するために【無色の派閥】が【蒼の派閥】より盗み出して彼に与えた『念じるだけで悪魔が呼び出せる便利な玉』が、魔王召喚儀式の際に同化してしまって手元にない状態で使用するにはどうすればよいのか? ・・・・・・それだけだ。

 

 

「もっとも、まだ完璧には使いこなせねぇってのも、同じみたいだがな。まァいいさ。

 ・・・・・・で? どうするんだ? ガラクタ野郎」

「な、なに? どうするって何を・・・・・・」

「手前ェのしみったれた召喚獣で、俺様の召喚獣とやる気かって聞いてやっんだよ、このアホがッ!!」

 

 目つきを変えてバノッサは分かりやすくガラクを罵倒した。

 その言い方が、ガラクの目付きをも変えさせる。

 

 気にくわない言い方であり、罵倒だった。――否、言い方だけではない。

 目付きも、態度も、言動も、自分以外の他者すべてを見下しきっている様なバノッサの持つ存在そのものが“今のガラク”にとって耐えがたいほどの恥辱と屈辱を蝕まずにはいられない・・・・・・!!!

 

「・・・・・・アホだと・・・? レベル30のサラマンダーを呼び出せる、この僕を・・・・・・魔術協会の長に近い地位にある、この僕のことをアホと言ったのか貴様ぁぁぁぁッ!!!」

 

 ある事情によって、『周囲は本当の自分を理解しようとしない』『才能に嫉妬して憎悪の対象としてしか扱おうとしない』・・・・・・そういう風に思い込まされかかっていた今の彼にとって、『他者“すべて”を見下すバノッサ』の態度は『自分個人へ向けられた見下しと否定の部分』しか受け取ることができなくなっていた彼にとって、バノッサはある意味で最悪のジョーカーだった。

 

 今のガラクにとって、『自分だからこそ召喚できる高レベル召喚獣』は、プライドを維持する為に最重要な支柱となりつつあるものだったが・・・・・・リィンバウムにおける『レベル』とは『練度』のことを指すだけの単語であり、目に見えて分かりやすい数値の優劣など彼の元いた世界には存在しない。

 仮に存在していたとしても、リィンバウムの住人達に目視することはできない物だったのだろう。

 そんな相手に数字の語ったところで、こう返されるのがオチなだけだ。

 

「へェ? で、その馬鹿デッカいトカゲ風情になにが出来るってんだ? 火吹き芸でも見せてサーカスにでも売り込もうってのか? トカゲ野郎如きが人間様に勝てるとでも思ってんのかよ?

 この、トカゲ使いのガラクタ野郎めがッ!!」

「~~~~ッ!!」

 

 既に臨界点を突破していたガラクの忍耐は、ここに来て更に限界がまだあったことを証明される。

 当初はまだ、周囲の家屋に及ぼす被害を考慮して『相手の運が悪ければ死んでしまう火加減』という程度に押さえさせて炎のブレスを放たせるつもりだったのだが・・・・・・彼に残された最低限の良識さえバノッサの罵倒はピンポイントで砕け散らせて、彼に『初手から最大火力』で放射するよう己が呼び出した召喚獣に対して与えてしまったのである。

 

「殺せ! サラマンダー!! 殺してしまえェェェェッ!!」

 

 ―――ガァァァァァァァァッ!!!!

 

 この世界の法則に従い、ガラクに呼び出された召喚獣はバノッサと頭上に現れていた召喚獣【ブラックラック】を二体まとめて標的と定めてブレスを放射する!

 その破壊力故に、滅多には見れない自分の召喚獣の圧倒的力に酔いしれた召喚主を高らかに哄笑させる。

 

「ひゃっ、ははははははッ!! ひゃっはははははッ!」

「「や、やっちまった・・・・・・」」

「うるさいッ! これは制裁だ! 無礼な役立たずを躾なおすために必要な制裁なんだァッ!!」

 

 他人の召喚獣を骨も残さず焼き殺させて、狂ったように笑い転げるガラクの背後から仲間達が畏怖するように忍び声を漏らす。

 召喚獣が殺されたこと、それ自体は彼ら召喚士にとって大した問題ではない。この世界において召喚獣同士を戦わせ合うことは珍しくはないのだ。

 単に、『自分を守らせるために呼び出した召喚獣を殺した以上』『次は召喚主を殺させる』という流れが確定してしまうために恐怖を覚えた。それだけである。

 

 この世界は、ヒト族の中心を人間が担っており、亜人達は庇護下にあったり同盟国や属国になっている例が一般的で、基本的には人間をヒイキした法律が適用されるのが一般的となってはいる。

 

 とは言え、町中で召喚獣を無断召喚して、罪人でもない亜人を「気にくわないから」と勝手に殺したとなれば、流石に統治者側として問題視するのは避けられないだろう。

 ガラク一人が、その咎で責任を問われるというなら自業自得と彼らは割り切れただろう。

 だが、共に行動して酒を飲んでいた相手が犯した凶行となったらどうなるか・・・?

 共犯者扱いされることだけは逃れたいと願ったのが彼らの願望だったが・・・・・・それは予想外の形で実現されることになる。

 

「クックック・・・・・・効かねぇな、ガキンチョ」

「なッ!?」

 

 焼き尽くされて影すら残っていないと確信していた相手のいた方向から、余裕ぶった声が聞こえてきたことで慌てて振り返ったガラクは、声以上に信じられないものを見せつけられて思わず絶句せずにはいられなかった。

 

「いつもなら避けてたとこだったが・・・・・・成る程な。

 なんでかは分からねぇが、“今の俺様には出来る、勝てる”って気が沸いてきやがった。はぐれ野郎が言ってたのは、こういう意味だったのかよ。

 ――チッ、つくづく祟りにくる野郎だ。気にくわねぇ・・・」

 

 道に敷かれた煉瓦さえ熱量で溶かしながら、地面をえぐり取るほどの火力をぶつけ続けていたサラマンダーの吐く炎の向こう側から、イヤな笑いと共にバノッサが平然と姿を表したのだ。

 

 その悠然とした姿と態度からは、炎による火傷や傷一つ負っているようには到底思えず、あろうことか訳の分からぬ独り言の方が自分の攻撃よりも不快だと言いたげに、最後だけ表情を歪めて吐き捨てる始末。

 自分に放てる最高レベルの攻撃を放たせたつもりだったガラクにとって、これほどの屈辱はない。

 彼は、既に最高火力の攻撃を放って回復のため休憩を必要としていたサラマンダーに気付く余裕すら失って、命すら危うくするほどの消耗を再び敷くことで、今の自分の限界以上の力と火力をバノッサにぶつけることを覚悟したのである。

 

「殺れッ! 殺れ殺れェッ!! 無礼な役立たずは殺してしまえェェェッ!!!」

 

 ―――ガァァァァッッ!!! 

 

 召喚主の命ずるがまま、ひたすら炎のブレスを最大火力で放ち続けるガラクの召喚獣サラマンダー。

 だが彼も、そしてバノッサ自身もあずかり知らぬ事であったが・・・・・・この異世界に召喚されたバノッサは確かに『レベルという概念は存在しか認識できない異世界リィンバウム』の存在であったものの、今この世界に何らかの理由で招かれてしまった彼自身は魔王との融合の果てに食われて消滅したはずの人物が、召喚獣として異なる世界の召喚術により引き寄せられて顕界した存在となっていた。

 

 たとえ元が別の世界の人間であろうとも、この異世界に召喚獣として呼び出されてしまった彼には、自分の世界の理から今いる世界の理に縛られる存在へと、世界による調整と変換が行われる事になる。

 

 その結果として魔王を呼び出す依り代として融合した後で召喚されている今のバノッサは、この世界基準で『レベル150相当』に該当する力を持つ存在に変化していた。

 たった『レベル30程度のザコ』では、どれほど力を振り絞って攻撃し続けたところで、ザコはザコでしかあり得ない。蚊ほどにも痛みを感じるものになり得るはずもなかったのだった。

 

「ヒャーッハッハッ!

 その無礼な役立たず様を相手に、さっきから手こずってるのは、ど・な・た・様だよ? えェ?

 お偉い魔術協会の長様に近い地位にいるだけで、誰の何の役にも立たねぇゴミクズ野郎様よォッ!!」

「ッッ!!!! きさ―――っ」

「みぇぇんな纏めて、くたばっちまえよ!! このクズ共がぁぁぁぁッ!!!!」

 

 ガラクの怒りと理不尽を最後まで言わせることすら許さぬままに、バノッサがあらん限りの悪意と見下しと侮蔑を込めて自らの呼び出した召喚獣に命を発した。

 

 その瞬間。――ブラックラックの動かぬ貌の、眼が光る。

 赤い、紅い、不吉な色に明滅した朱い光が、幾つもある貌の瞳に幾つも灯った瞬間に。

 

 全ては既に―――終わってしまった後となっていた。

 

 

 

 ・・・・・・ズバァァァァァァッン!!!!

 

「なっ!? う、うわぁぁぁぁッ!?」

 

 霊界サプレスの中級悪魔が放つ呪いを受けさせられ、サラマンダーのHPは限界を遙かに超えて一瞬にして削り切られ、魂までを消滅させられ、その余波により肉体までを爆発四散させ、側にいたガラクを吹き飛ばし、結果的に彼は命拾いすることになる。

 

 バノッサにとってガラクは、生きていても死んでも同じ程度のザコでしかなく、社会の役に立とうが立つまいが、“自分の物にならない世界なら滅んでしまえ”と世界そのものの価値を否定した過去を持つ彼にとっては、どうでもいい些事でしかない。

 

 ――ただ、カノンのことを思い出し、他人の幸せを見ても恨むことが出来なくなった今の自分に苛立ちを覚えていたが故の、クサクサした気持ちを『軽い運動で発散できた』

 

 今夜はそれだけで満足してやっても構わない。・・・それがバノッサが、この戦いの結果に感じた全てだった。

 

「な、なんだぁ・・・? こんな事・・・・・・こんな事、ありえないッ!?

 ただの亜人だろォ・・・? 役立たずのゴミが・・・なんで、なんでこんなっ・・・!? 」

 

 ガラクのように、整合できない様々に鬱屈した感情の問題など、今の彼には関係のない、赤の他人事。その程度の価値しかなかったのである。

 

「運が良かったなァ? 何の役にも立たねぇゴミクズ野郎。見逃してやるから、尻尾巻いてとっとと逃げちまえよ。

 あの、ヘラヘラ笑ってたバカ野郎に感謝しながらな? クックック」

「~~っ!! お、お前は一体何者なんだァッ!?」

「アーッハッハッハ! 負け犬が吠えてやがるぜッ! いい夜だよなァ? なァ? 何の役にも立たねぇザコしか召喚できねぇ無能ガラクタ野郎様ッ!! ヒャーッハッハッハ!!」

「くぅ~~っ!!? クッソぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!!」

 

 いつかの夜と同じような光景を、異なる立場と異なる人物とが、異なる異世界に所と場所を変えて演じ合い、バノッサにとって異世界に召喚された一人ぼっちで過ごす初めての夜は、こうして終わりを告げることになる。

 

 それは、【名も知らぬ世界】から異世界リィンバウムへと招かれた、やがて世界の意思を統べる王となる者が過ごした最初の夜とは大きく内訳は異なっていたものの。

 

 バノッサにとっては、誰かと共に月明かりの下で夜を過ごすより、戦いと勝利によって終わりを迎える夜の方が性に合っていたのは事実だろう。

 どこまで行っても彼は、自分の求める居場所を他人が与えてくれなければ、力ずくで奪うことで手に入れようとする男でしかなかったのだから。

 

 ・・・・・・あるいは、そのせいで死んでしまった義弟が生きている世界なら、彼と共に生きる居場所を認めてもらうため、欲しいものを手に入れるため間違いを正して、自分が変わる道を選んでいたかもしれないが・・・・・・今となっては過ぎたことでしかない。

 

 

 ――そうしてしまったのは、他の誰でもない。

 この俺様自身なのだから――――

 

 

 

 

 

 こうして、バノッサにとって異世界で過ごす一日目の夜は終わり―――やがて朝となる。

 

 

「舐めとんのかゴラァッッ!?」

「舐めるかい!! 汚いわボケェェッ!!!」

 

 ワーッ! ワーッ!?と。

 怒号を叫び合いながら、互いの胸ぐらを掴み合って睨み合い、大柄な男の亜人たちが武装した姿のまま建物の中で啀み合う姿を、周囲の同じような格好をした男たちが囃し立てていた。

 

 そこは辺境都市ファルトラ内にある『冒険者ギルド』の一階に広がるホールだった。

 朝の食事を取り終えた後、レムがシェラとバノッサの二人を連れて案内してきたのが、この建物だったのである。

 冒険者登録を済ませる、というのがその理由であった。

 冒険者としてギルドに登録されたものには、ギルドに寄せられたクエストと呼ばれる依頼をこなし、報酬を得ることが可能になる。

 現時点で、宿代も含めて収入源を確保しているのはレムだけであり、彼女の財布も無限であるはずもない以上は、他の二名にも働かざる者食うべからずという常識を守ってもらう必要性が彼女の側にも存在していたのであった。

 

「少々騒がしいですが、いつもの事です」

 

 そのため、この喧噪ぶりにも慣れているのか、華奢な見た目に似合わず落ち着き払った態度で眉一つ動かさずに無視してのける亜人である豹人族の少女レム・ガレウ。

 場慣れしている彼女にとっては、いつもの光景でしかなかったであろうけれど、冒険者登録に来たばかりで新人でしかないシェラから見れば、『強面の男たちが怒鳴り合う野蛮な空間』にしか見る事ができずに萎縮しきって動けなくなることしかできなくなっていた。

 

 だが、ある意味でそれは新米冒険者として正しき姿だったと言えなくもない。

 何しろ、同じ新米冒険者でありながら『こういう空間を見慣れている』という点では全く異なる比較対象となる存在が、今この世界には召喚されてきていたのだから―――

 

 

「そうだろうな。デカい声出して騒いでさえいりゃあ、何も知らねぇトーシロには大層なもんだと思ってもらえる。

 小遣い稼ぎで大見得切ることしか出来ねぇザコの群れ共には、こうでもしねぇと生きてく金にすら事欠くだろうよ。ひゃっはっは」

「ちょッ!?」

「バノッサ何を!? すぐに謝―――」

 

『『あああああァァァァァァッン!? んだコラやるかガキィィィィィィィッ!!!!』』

「「ひぃぃぃぃッ!? やっぱり怒ったァァァッ!?」」

 

 あまりにも予想外すぎるバノッサの放った新人冒険者らしからぬ最初の発言に対して、ベテラン冒険者たちの反応は予想通り過ぎるほど周囲を囲んで今にも襲いかかってきそうなほど怒り狂い、シェラとレムは年頃の少女らしい反応としてレベル差に関係なく恐怖心を抱いて互いに互いを抱きしめ合い。

 

 そして―――

 

「クックック・・・テメェら、この俺様と戦る気かよ? おもしれぇ―――纏めてぶっ潰す!!」

 

『んだオラゴラァァァっ!!!

 舐めた口聞いてっと殺されるだけで済むと思ってんじゃねぇぞクソガキぃぃぃぃッッ!!!!』

 

「「ひぃぃぃッ!? 私たちは何も言ってないから関係ありませぇぇッん!?」」

 

 南スラムよりも更に治安の悪い北スラムで、ゴロツキ共を力で束ねていた元犯罪者少年グループ【オプティス】のリーダーらしい宣言によって、周囲全てを敵に回して雄叫びのような奇声を放ちながら襲いかかられるという、冒険者ギルドであってさえ史上希に見る珍事件を発生させ、自らの生まれ育ったサイジェントの街の流儀を、異世界の辺境都市ファルトラの荒くれ者の先輩ども相手に、新入りの若造らしくシッカリ見せつけ終えた、その後のこと。

 

 

 

 

 

 

「いやはや、冒険者登録に来た初日からあんなことあったのは初めてでね~。驚異の新人あらわるってレベルで済ませていいのか判断に困るところだよ、本当にねぇ」

 

 執務室に置かれたソファに座り込みながら、踊り子のように肌を露出させた扇情的な衣装をまとったウサギ耳の少女は書類を片手に、向かい合う三人の男女を見比べて困ったような苦笑を浮かべる事しか出来なくなっていた。

 

「ああ、紹介が遅れたけどボクは、ファルトラ市の冒険者ギルドでギルドマスターをやっているシルヴィ。

 いやぁ、お兄さんたち色々やってくれたねぇ。ちょっとこれは冗談じゃ済まないレベルになりかけちゃってたよ」

 

 笑いながらも、先ほど受付の少女たちから聞かされた被害報告を受けて、内心では怒るより先に恐怖心すら抱かされながら、正面に座ってふんぞり返って見下すような視線を向けてきているディーマンと思しき見た目の男性をチラリと見て、盛大に心の中で溜息を吐く。

 

 一階で馬鹿騒ぎをしていた冒険者たちの中で、バノッサの安い挑発に乗ってケンカを買ってしまった者は漏れなく全員。

 そして乱闘騒ぎに参加した内、ほぼ全員が病院送りになって、しばらくの間復帰は無理という惨憺たる惨状っぷり。

 

 その中で唯一の例外だったのが、病院送りにされた者たち全員から襲いかかられて被害者になるはずだった一人だけというのだから、もう彼女としては怒りを通り越して笑うしかない。

 

「あァ。だから半殺しだけで済ませてやっただろ? それが不満だってぇなら、返り討ちで皆殺しにしてやっても俺様は構わなかったんだぜ?」

「いやまぁ・・・・・・流石にそれをやられるとボクが困りすぎて、首をくくらなくちゃいけなくなってたから、良いんだけどねコレで・・・・・・」

 

 バノッサのやったことは当然問題だったが、安い挑発に乗って一人を相手に大勢で袋叩きしたがった末にギルドホールで乱闘騒ぎを起こすバカ共も別に良い事をしたわけでもない。

 荒くれ者どころか、単なるならず者と紙一重の者も少なくない冒険者業界において、私闘は半ば黙認されて日常化しつつある治外法権のようなものであって、負けた者も勝った者も自己責任が適用されるのが冒険者という特殊な職業柄の不文律。

 

 それにまぁ・・・・・・相手の言ってることも正直、間違いではないのだ。

 冒険者たちにとって、自分個人を名指しで依頼されるようになる事は収入の安定に繋がり、常連客というパトロンを得るに等しい好条件の立場になる事を意味している。

 その為には常日頃から、クエストでもクエスト以外の場所であっても、可能な限り『目立つ必要』が冒険者たちには存在しており、『強い自分のアピール』として、あの手のバカ騒ぎを売名行為として行いたがる輩は、どこの街の冒険者ギルドでも根絶不可能な必要悪とでも言うべき社会の潤滑油みたいなものだった。

 

 その点でバノッサは間違った事はしていない。

 バカ共全員を一人で伸してしまったという事は、少なくとも彼ら全員分を集めたよりも彼一人に依頼した方が、冒険者ギルドとしては確実性が高い事を分かりやすく示されたと言えるからだ。

 

 自分の力を見せて売り込んだ――そう解釈すれば必ずしも悪い手段ではなかったかもしれないのだけれど。

 問題なのは、その実力を正確に把握するため行ってもらった、【魔力測定の鏡】に映し出された結果の方。

 

「鏡が、あんな風になったのは初めてでね~。正直、うちではキミを扱えないと思うんだ~」

「ふぇ? どういうこと?」

「彼が高レベルなのは間違いないと思うけど、どれほど高いのか分からないんだよ。

 ハッキリ言って人知を超えてる。だからキミを登録したところで、どんな依頼を任せていいのか判断できないんだ~」

 

 気楽そうな口調で簡単に、シルヴィは自分たちの世界の常識に則ってバノッサに向け、そう説明した。

 彼女としては当然のことで、『力の強い者』は権力者や貴族、大金持ちからも引く手数多で、幾らでも良い暮らしや高い地位身分を与えてもらう事が出来る。

 自分より弱すぎる者に指図される立場に甘んじていなくとも、生きていける手段はいくらだって手に入れられる。それがこの世界では当たり前の認識だったのだから。

 

 ――特に、【魔族】というヒト族全体にとっての強大な敵対種族の脅威に晒され続けている彼女たちの世界において、力が強いという事はそれだけで防衛力として国が求める存在になり得る。

 そんな存在を、たかが辺境都市の冒険者ギルドマスター風情の風下に立たせ続けて御しきれる自信など、シルヴィにはなかった。それだけである。他意はない。

 

 ――だが・・・・・・。

 

 

「強い人を登録できるのは当然、ありがたいんだよ?

 でもボクは、“キミより弱い”。

 “そのボクに命令されて納得できるかな?”」

 

「・・・・・・・・・あァ?」

 

 

 そういった瞬間、空気が変わった。

 先程までバノッサのしでかした事に萎縮して俯いていたレムとシェラも、ハッとなって顔を上げ、シルヴィは青ざめた表情で目の前に座る男の変貌ぶりに本心から恐怖で震えだしていた。

 

 ―――気にくわない表現であり、考え方だった。

 まるで“アイツら”から言われた事と同じようなものだと感じさせられたバノッサの声に、危険なものが宿り始める。

 

 

「つまりテメェは、力ある俺様には、こんな薄汚ぇ場所は相応しくねぇって言いたい訳か?

 強いヤツには、それに相応しい場所につく資格があるから、ソッチに行けと。

 そう言いてぇのか? テメェはよォ・・・・・・」

「い、いやその・・・・・・そ、そこまで深く考えて言ってたわけじゃなくて、えっと・・・・・・」

「俺様の力に相応しい場所として、テメェらの国の城でも奪い取っちまった方がいいのか?

 テメェより強い俺様が、俺様より弱いテメェが頭はってる冒険者ギルドとやらを力で支配して従わせられる方が、テメェの好みに合ってんのかよ? えェ?」

「それは・・・・・・」

「合ってねぇんだろうが。だったら下らねぇ理屈をグダグダ言ってんじゃねぇよ、ムカつく野郎だ。

 次くだらねぇ理屈ほざいた時には、ブッ殺す。そのつもりでいろ」

「・・・・・・・・・はい・・・・・・気をつけます・・・・・・」

 

 シュンとなって項垂れながら、ファルトラの街冒険者ギルドのトップは、自分の判断によって新人冒険者として認められたばかりのバノッサに頭を下げて謝罪するしかことしかできない。

 

 ――それが限界だったのだ。

 彼女はこの時、本気で死の恐怖に怯えていたのだから・・・。

 

 この世界に生きるバノッサ以外の、他の者たち全てには理解できなかったであろう異常すぎるほど過剰な先の激しい反応。

 だが、それもまたバノッサにとっては当然の反応でもあったのだ。

 

 

 ――自分をそそのかし、今の世界を壊した次の世界で王になるべく選ばれた存在と煽て上げて利用した、魔王召喚によって今の世界全てを壊し尽くさせ新世界を想像しようと目論んだ男。

 【無色の派閥】の総帥にして、セルボルト家の当主【オルドレイク】

 そして召喚術師の子として生まれながら、召喚術の才に恵まれなかった自分を捨てた名も知らぬ実の父親でもあった人物。

 ずっと探し続け、絶対に殺してやると決めていた、自分と一緒に母を捨てて苦しみの中で死んで逝かせた、自分が人間として最後に縊り殺してやったクソッタレな野郎・・・・・・。

 

 彼がバノッサを魔王召喚に利用するため【力ある者には相応しき場所につく資格がある】という甘言によって唆し、城を攻めさせ、街を悪魔たちに襲わせたことが、カノンの言葉で心動かされ欠けていた自分を【もう戻れない。許されるわけがない】と再び絶望の側へと引きずり戻されようとする口実になってしまった。

 

 そして結局それが―――カノンを死なせてしまう遠因にもなってしまった行動であり、言葉でもあったのだ。

 

 

「俺様に相応しいかどうかは、俺様が決める。テメェは黙って、依頼を寄こすだけやってりゃいいんだよ。余計なことに首突っ込んでくるんじゃねぇ。

 街の連中ごと、皆殺しにされたくねぇんだったらな・・・・・・」

「あ、アハハ・・・・・・お、面白い冗談を言う人だよね・・・? うん。

 こ、これから宜しくね――いえ、お願いします。バノッサさん・・・・・・」

 

 

 頭を下げながら、上から目線で要求だけしてくる新人に対して握手の手を差し伸べる冒険者ギルドの長である少女の姿を持つギルドマスターのシルヴィ。

 

 どっちが主で、どちらが下なのか、一目見ただけでは分かりようもない、緊迫しきった空気に包まれたままツッコもうとする蛮勇の持ち主は誰もおらず、バノッサとシェラの冒険者登録は結果として認められ、完了する運びとなる事がようやく出来たのだった。

 

 話が進む中で徐々に軽くなってきた部屋の空気に、少しずつ心を軽くしながら三人の見目麗しい乙女たちは、ある意味で一人の男に沈黙を強制されたまま、一つの想いを無言の中で共有し合う、魔王の脅威に晒されながら踏みとどまるしかない同士の一人となっていたのやもしれない。

 

 彼女たちの思いは、このとき純粋に一つだけだった。

 

 

 

(((と・・・・・・トイレに・・・・・・行きたいッ!!

   一刻も早くおトイレにッ!!!!)))

 

 

 

 ――魔王の威圧に恐怖するあまり、尿意を催す三人の麗しい乙女たちの存在するのが、リィンバウムとは異なる異世界であり、今のバノッサの居場所となったこの世界。

 

 バノッサにとって、異世界で初めての夜が終わり、異世界で過ごす二日目の朝は・・・・・・まだ始まったばかりだった。

 

 

 

つづく




*:途中までは満足して書けたんですけど、良い終わり方が思いつかず、最後だけ微妙になってしまった事を謝罪。
まだ本調子じゃないみたいですね……次は今回よりはマシになるよう頑張ります。

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