本当はアニメ版1話目のラストまで行かせる予定で、話も出来てたんですけど……如何せん、文章にすると長い。長すぎました……。
なので少し中途半端な区切り方になっちゃいましたけど、無理やり整合性付けて更新することにした次第。
私の作品はいつも文章が多くて長すぎる……毎度のことながら悩まされる部分ですよね本当に……。
皇歴2009年、ブリタニア帝国の居城で、皇帝自身による朝の謁見が行われていた。
謁見の間に敷かれた分厚い絨毯の左右に並ぶ、煌びやかに装った高位の貴族たちの間で囁き交わす声が聞こえる。
先日来より謁見を申し込んでいた者たちを後回しさせ、当日の朝から謁見を申し込んで許可された皇子と、その母親に関する噂話をである。
「・・・マリアンヌ后妃は、ブリタニア宮で殺められたと聞いたが・・・?」
「――テロリスト如きが簡単に入り込める所ではありませぬ」
「では、真の犯人は――」
「怖い怖い、そのような話。探ることすら恐ろしい・・・」
古来より噂話は火とともに人類にとって、よき友人である。この友人を愛する人たちは時代や状況を問わず、豪奢な宮殿にもうらぶれた貧民街にも絶えたことはない。
そしてそれは、世界唯一の超大国ブリタニア帝国の中枢に住まう者たちもまた同様であった。
『神聖ブリタニア帝国、第17皇位継承者ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア様、ご入来!』
丁度その時、式武官の朗々たる声が噂の当事者が到着したことを、謁見の間に集まった者たちに告げ、皆一斉に頭を垂れて式典の主役の登場に顔を伏せさせる。
声と共に門扉が重々しい音を轟かせながら左右に開かれ、部屋の外から中へと足を踏み入れてきたのは黒い髪とアメジストのような紫色の瞳を持った小さな少年だった。
まだ男の子と表現した方が適切に感じられるほどの小さな背丈に、やや似つかわしくないほど華美な服装を身にまとい、どこか服に着られているような印象がある少年であったが・・・・・・ただ、その鋭く輝く目つきが他の印象すべてを裏切り、どこか年相応の男の子と呼びづらい雰囲気を彼に与えさせているように周囲のものには思われていた。
「しかし、母親が殺されたというのに、しっかりしておられる・・・」
「・・・だが、もうルルーシュ様の目はない。後ろ盾のアッシュフォード家も終わったな」
「妹姫様は?」
「足を撃たれたと。腕も不自由になったそうだ。心の病とも聞いている」
「どれも同じ事よ。政略にも使えぬ体になった姫などはな・・・・・・」
囁き交わす声の中に嘲弄と悪意が混じりはじめる。
ブリタニア帝国という血統主義の国家に仕える貴族として生まれ、ブリタニアの支配は永遠と疑うことなく豪語しながらも、支配の正当性たるブリタニア帝室の血を引く皇族たちを政略の駒としての価値しか認めていない自分たちの認識に疑問や違和感を感じることのなくなった者たちが彼らであった。
そんな彼らは気づいていない。
健康な体のときには、帝位を次ぐ可能性を持った皇族として忠節を尽くしながらも、政略に使えぬ体となった後には無価値と断じて切り捨てることを躊躇わぬ彼らなら、『主君を撃って無価値な体に変えたテロリスト』が次の日には『昨日までの主君切り捨てる貴族』だったとしても何ら不思議はないという事実に・・・・・・彼らはまったく自覚することが出来ていない。
そんな無自覚な不敬罪を犯し続ける貴族たちの視線に晒されながら、昂然と顔を上げて前を向きながら皇帝の前まで歩み寄ってきた少年は、沈痛な声で自らの血を分けた父親に――本人にとっては悲痛な報告を伝えてやっていた。
「皇帝陛下。母が身罷りました」
「だから、どうした?」
「だから!?」
眉一つ動かさず返された返答に、幼い少年少年ルルーシュは絶句して立ちすくむ。
幼い彼には、母の死を伝えられても―――自分の妻が死んだと聞かされても眉一つ動かさずに微動だにしない、父親であり母の愛した夫でもあった男の反応が理解できなかった。
「そんなことを言うために、お前はブリタニア皇帝に謁見を求めたのかと聞いている。
・・・ならば用は既に済んだな、次の者を呼べ。子供をあやしている暇などない」
「父上ッ! なぜ母さんを守らなかったんですか!?」
あまりにも心ない父の反応に対して、思わずルルーシュは父に詰め寄るため、飛び出すようにして玉座へ駆け寄る。
「皇帝ですよね!? この国で一番偉いんですよね!? だったら守れたはずです! ナナリーのところにも顔を出すぐらいは・・・・・・」
「弱者に用はない」
「弱・・・者・・・?」
「それが、皇族というものだ」
双方の言葉を肯定するように、冷たい父親に詰め寄ろうとした『幼い皇子』の前に、銃を持った護衛兵たちが皇帝陛下を身体を張って守らんと即座に反応しかけるのを、無言のまま片手を軽く上げただけで制止させる。
『『イエス・ユア・マジェスティンッ!!』』
一瞬にして銃を掲げ、忠誠を示す捧げ筒の礼を取る二人の護衛兵たち。
同じブリタニア皇族の一員に対して彼らが示した待遇の差こそが、何よりも雄弁に父の言葉が真実であることを物語っていた。
世界中に侵略戦争を行い始めた、世界唯一の超大国にして、拡張主義を掲げる軍事大国ブリタニア。
その98代皇帝でもある、自分にとっては実の父であり、亡き母を伴侶に選んだ愛する夫だったはずの男・・・・・・【シャルル・ジ・ブリタニア】
「・・・・・・だったら僕は・・・皇位継承権などいりません!!」
その差を目に見えて実感させられた瞬間、思わず口をついて出た言葉に周囲がざわめく。
「あなたの後を継ぐのも、争いに巻き込まれるのも、もう沢山です!!」
「―――死んでおる」
「・・・え?」
「お前は、生まれた時から死んでおるのも同然なのだ」
厳かな声でシャルル皇帝は、自分の血を分けた息子に己の信念を披瀝し、幼く純粋な、そして無知なるが故の愚かさを持つ子供の浅はかなる拒否権を、価値なき弱者の戯言として一蹴する。
「お前が身にまとったその服は、誰が与えた? 家も食事も命すらも、すべてワシが与えたもの。
――つまり!! お前は生きたことが一度もないのだ!! 然るに、なんたる愚かしさ!!」
「ッ!?」
今日の謁見中に初めて放たれた怒声は、威圧感と弾性に富み、物理的なまでの圧力をルルーシュに感じさせ、思わず悲鳴を上げながら蹈鞴を踏み、後ろへ倒れ込みそうになるほどの重圧を彼にもたらし―――
―――ドクン、と。
心の中で、小さな熱が彼の中で灯りかけ、ほんの一瞬だけ彼の足を父親の声の重圧から解き放ち、ルルーシュに無様に転がり相手を見上げさせられる屈辱だけは、かろうじて回避させていた。
だが、その程度の小さすぎる奇跡で何が変わるというものでもない。
父親の言葉は、幼き我が子のちっぽけなプライドを打ち砕くため容赦なく続けられていく。
「ルルーシュよ、死んでおるお前に権利などない。権利なきお前に皇帝として命じる。
ナナリーと共に日本へ渡れ。皇子と皇女ならば、よい取引材料だ」
親子の情愛など微塵も見せつけることなく、貴族たちが「国内権力の奪い合い」には価値なしと見下した息子と娘を、外国との外交取引としてならば価値が生まれると判定を下し、ブリタニア皇帝シャルルからの勅命として下された。
拒否する権利を与えられていないルルーシュには、そして幼き妹ナナリーにも、その命令を受諾する以外の道はどこにもなく、自分程度の力なき弱者の抵抗では皇帝陛下に対して『反抗期の子供のワガママ』程度の意味しか認められることは決してない。
その事実を思い知らされ、その事実を受け入れ、自分と妹は行ったこともない遠い異国の地へ赴くしか他に生きる道はないのだという現実を受け入れたとき。
―――ドクン、ドクンと。
再び炎の音が鳴る幻聴を聞いた気が、ルルーシュには確かにした。
それは先ほどよりも大きく、そして確かな形を取り始めたもののように幼い彼には感じられ、吐いて出た言葉には、その炎の熱を冷ます為であるかのように冷たい声で放たれたものだった。
「・・・・・・逆にお尋ねします。父上、あなたが今まとっておられる服は、誰に与えられた物ですか?」
「なに・・・?」
息子からの反問に、初めて父シャルルは瞳を細め、我が子を見る。
幼い矮躯に“怯え”を宿し、身体は小刻みに震えていたが・・・・・・その震えが恐怖“だけ”ではないことにシャルルは気づく。
「服だけではありません。あなたの住む宮殿も、豪華な食事も、命すらも、誰に与えられたものだったと思われますか・・・・・・?」
まるで自らの中から吹き出そうとする超高温の炎が、周囲のすべてを焼き尽くしてしまわぬよう、自らの愛するものまで焼き尽くさぬよう、絶対零度の永久凍土で封印しようとでもしているかのように、ルルーシュの声には幼い少年のものとは思えぬ熱さと冷たさ双方が籠もり。
怯えを抱きながら、父を恐怖しながらも、ルルーシュはその小さな幼い足を一歩・・・・・・たった一歩分だけ、世界唯一の超大国を支配する絶対者と自分の距離を縮めるため――大きく踏み出して見せたのである。
ダンッ!!と、小さな右足が床に叩きつけられる小さな音が、謁見の広間中に轟く大音量であるかのように、ただ見ている事しかできなくなった者たちには錯覚させられた。
「――この国です!! ブリタニア帝国という国が、あなたに全てを与えてくれた!!
あなたはただ先祖の血を、祖父の血を、父親の血を、権力を得るため切り捨ててきた兄弟たちと同じ血を継いでいるというだけで全てを譲ってもらっただけに過ぎません!!
自分の力では何一つ作り上げたことのない貴方が! 僅かな金銭を得るため娘と息子を日本に売り渡す事しか出来ないあなたが、強者面して説教とは言語道断!!」
「思い上がったか小僧!!!」
再びの怒声は先ほど以上の迫力と威圧感を以てルルーシュの押さない身体に押しつけられ、炎を宿し始めた彼の足を以てしても抗し切るには全力を尽くして尚足りず、背を向けて逃げるように広間を出て行く以外に、この場で彼に出来ることは既になにもなかった。
ただ最後に一言だけ言っておくべきことが―――宣言しておかねばならないことが一つだけあった。
「日本に行けと、お命じになられるのであれば。僕はその命に従いましょう。
ですが覚えていてください、父上。
私にとって全てを奪われ追放された、今この時からの人生の出発点こそ、あなたにとっての終着点なのだということを」
そう言って、震える足を必死に動かし、それでも尚駆けようとはせず、自分の足で、自分の歩むスピードのまま謁見の間を出て行った幼き皇子の後ろ姿を見せつけられ、集まっていた貴族たちは余りの事態にどう対応すればよいか解らず顔を見せ合い囀り合う烏合の衆に成り果てて、その中で一人皇帝だけが閉じられた扉を無言のまま睨み続けていた。
――だが、その瞳には息子に反抗された父親の不快さとは異なる、別の感情が宿っていたことを、謁見の間に背を向け去って行った後のルルーシュは知らない。
ブリタニア帝国の歴史は、飽くなき政治闘争の歴史でもある。
歴代の皇帝のうち、暗殺された者や玉座を争って敗れ死を賜った者、謀殺の手に斃された者の数は正確には分からぬほどで、それら一切はブリタニア帝室の歴史に封じ込められ、一般には決して知らされることはない。
対外的には世界中へ侵略の手を伸ばし続ける強大な帝国の内部には退廃の病巣が深く巣くい、様々な事件を起こしていたのである。
だが、それらは極秘の内に宮廷内部で処理されるのが常であった。
それらブリタニアの歴史の中で謀殺された者の中に、『マリアンヌ』という名の皇妃がいた。
8年前、テロリストによって殺されたことが発表され、残された二人の子供たちは当時の日本に交渉材料として送り込まれ、その後に行われた日本侵略による混乱の渦中で命を落とした―――その様にブリタニアの公式記録には記されている。
そのマリアンヌの遺児にして、僅かな国益を得るため売り渡された少年ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが名前を変え、今も日本で生き続けている事実を。
エリア11と名を変えた日本の総督、ブリタニア第三皇子クロヴィス・ラ・ブリタニアは、まだ知らなかった。・・・・・・今は、まだ・・・・・・。
――その日より8年後。
ブリタニア帝国領エリア11内のトーキョー租界を、一台の大型トレーラーが警告を無視して道路を爆走していた。
「クソッ! 暢気に走りやがって! 苦労知らずなブリタニア人の学生共が!!」
運転席でハンドルを握りしめながら、目深に帽子をかぶった運転手の男はクラクションを鳴らしながら、目前を走る二人乗りのバイクを激しく罵っていた。
ありふれた作業服で身を包んだ、民間企業用の大型トレーラーの運転席に座ってハンドルを握っている若い男性で、助手席には同じ衣服をまとった相方と思しき女性作業員が同席している。
奇妙な二人組だった。
運転席に座る人物は、黒髪黒目で長い髪を一本にまとめて後ろに流した、帽子を目深かぶった日本人――イレヴンとおぼしき青年。
一方で助手席に座って沈黙し続けている作業服の女性の肌は色白で、帽子からはみ出した髪色は純然たる赤。
それも僅かに覗く頬の輪郭に幼さが残ることから年齢は、少女と呼ばれる年頃であるようだった。
非占領国であり、敗戦国の民でもある日本人の青年と、白人種の少女が同じ作業服をまとって、同じトラックに乗って移動している―――
戦前ならいざ知らず、エリア11と名を変えた今の日本では、一体どのような経緯で斯様な仕儀になっている、多くの者が疑問に感じる組み合わせへの回答は、上空から彼らの頭上へ舞い降りようとしていた。
「くっそォ・・・やっと盗み出せたってのに!
玉置のヤツが、尚人の作戦通りに動かないから!!」
自分と同じ日本人の姓名を口に出して罵りながら、運転席の男は窓から頭上を見上げて“追っ手”の姿を確認する。
――ブリタニア帝国警察の武装ヘリだ。
通信まで傍受できる機能は、このトラック“そのものには”積まれていないが、追われ始めた時間から見て援軍がいつ来援してもおかしくはない。そんな窮状。
彼ら二人は、日本独立のため反政府活動をおこなうレジスタンスたち一派の構成員なのである。
とあるミッションのため素性を偽り、ブリタニアから“ある物資”を強奪して脱出するまでは上手くいったのだが、その段で仲間がヘマをしたことから予定外の逃走と、追撃されながらの脱出作戦に移行せざるを得なくなってしまった。・・・・・・そういう経緯だ。
そんな追われる身である今の彼らにとって、クラクションを鳴らしながら背後から大型トレーナーが迫ってきつつあるにも関わらず、右往左往するばかりで、逃げるのを妨害するためジグザグ機動を描いてるだけに見えて仕方がない。
そのような状況の中、焦った彼がハンドルを大きく左に切ってしまう行動を選んだのは、彼の心に一瞬だけ浮かんだ黒い感情を振り払うため、実際に身体を振らずにはいられない衝動に襲われたからであった。
―――邪魔なコイツらを轢き殺せば逃げられる。
民間人でも所詮、ブリタニア人であることに変わりは無い―――
「・・・ッ!! チィッ!」
「バカ!? 止めろ! そっちは――」
自らの中に生じた、甘く甘美で凶暴な思いへの恐怖故に、彼は一瞬だけ我を忘れ、作戦前に叩き込んでいた周辺一帯の地図情報をも一時的に忘却の彼方に忘れ去ってしまう。
助手席に相方が制止したときには時すでに遅く、トレーラーは盛大に砂煙とスリップ音を轟かせながら猛スピードで左折していき、その先にあった建設途上で放棄され、そのまま遺棄されていた総合デパートの建設現場後まで突撃して、ようやく動きを停止させた。
「えっと、あの・・・・・・オレたちのせい・・・?」
遅ればせながらバイクを道路の端に寄せ、急停止させたリヴァルが、遠くに見える砂塵が上がる光景に冷や汗を垂らしながら訊いてくる問いかけに、ルルーシュは冷静に、かつ冷淡な答えを返すのみだった。
「だろうな。クラクションを鳴らしている車の前でジグザグ走行は、交通妨害だ」
「マジですか!?」
「無論、冗談だ」
友人を思いきり脱力させて車体にへこたれさせながらルルーシュは、ガードレールに歩み寄る。
少し離れた場所から白煙が立ち上がっているのが見えた。だが、それは工事現場に放置されたままになっていた土嚢が破れたことで中身が吹き上がっただけであるらしいことが解って多少なりと安堵する。
車体を見る限りでは出火している様子はなく、『エナジー・ピラー』が暴発した形跡もない。
――だが――
「・・・・・・ん?」
ルルーシュの目がすがめられる。
気のせいだろうか? 一瞬だけ車体上部から『陽炎のようなもの』が吹き上がって消えたように、彼の視界には映ったのだ。
僅かな間だけ現れて、煙も残さず消えたように見える“それ”について友人に意見を聞こうと振り返った矢先のことだ。
高すぎる矜持に目覚めたルルーシュの心を汚染する、不快な響きたちが耳朶に届いてしまったのは――
『おーい、コッチコッチ! ウッヒャー! ひさ~ん・・・』
『え? なになに? 事故?』
『酔っ払ってたんじゃないの~? バッカな奴ー』
『オイ誰か、助けに行ってやれよ・・・・・・』
事故が起きた音で集まってきた、野次馬根性丸出しのブリタニア一般市民たちによる、自分たちの身近な場所で起きた事故を他人事としか思っていない、罵倒と嘲笑と無責任な憐憫の集積体。
中には携帯電話を取りだして写真撮影し始めた者も、少なからず混じっているようだった。
彼らは他人の不幸を、自分たちとは関係のない他人事としか思っておらず、それを見て無責任に論評する自分たちの言動が、やがて自分たちを滅ぼす積み重なった恨みの一粒になるとは想像すらしていないのだ。
つい先頃、クロヴィス総督自らが出演したTVニュースで、『ブリタニア人を含む犠牲者』を出した日本残党のテロ事件に哀悼の意を捧げたばかりだというのにである。
こういった戦勝国の立場に驕り高ぶった言動こそ、敗戦国日本人から自分たちに向けられる恨み辛みの結果こそが、自分たちの同胞を殺したテロの原因だとはまるで考えようとしない『酔っ払いと同じバカな発言』
「どいつもこいつも・・・っ」
想像力の欠如した連中と“今の自分”が、同じ側の一般市民階級であることに耐えられない思いにルルーシュが駆られるのは、こういう時だった。
彼は友人が止めるのも聞かずに事故現場へと駆け出し、
『お、学生救助隊登場~♪』
『誰か、警察ぐらい呼んであげたら~?』
野次馬たちからの下世話なヤジを背に受けながら、トレーラー搭乗者の救助作業を開始していた。
ほとんど野次馬たちへの反発心から来る行動だった。彼らと同じ行動をとる者の一人でいるのが嫌であり、彼らの悪意ある嘲笑で行動を止めるのも嫌であった。
子供じみた衝動だとは思っていたが、今この場で模範的な社会人として大人らしい行動を取る気にはルルーシュはなれなかった。いつでも「皆と同じことをすれば良い」と考えるのは大人ではなく、幼年学校に通う子供なのだ。
―――あるいは、精神的奴隷か、ただの家畜だ。
そのような存在に自ら墜ちることなど、今のルルーシュに決して選べる道ではない――。
「おい、大丈夫か? おい、聞こえるかッ!?」
車体の周囲を回りながら呼びかけを行い、アプローチを変えながら、要救助者の意識を回復させる作業を行い続ける。
そして車体横のハシゴを伝って屋根にも上り、意識せぬまま先ほど『陽炎のようなモノを見た場所』に身体を寄せてしまった、その瞬間。
“―――見つけた―――私の――――”
「・・・女の声・・・? どこだ? そこにいるの――うおッ!?」
意識を取り戻した運転手がトレーラーを全速でバックさせ、車を急発進させたのは、その瞬間だった。
明らかに民間車両にできる動きではなく、何らかの改造によって安全性が度外視された調整が施されているのは見る者が見れば一目瞭然な機動であったが、一般人にそのような事情まで考察できる知識はない。
「ああいうのも、当て逃げって言うのかな・・・?」
と、ルルーシュの友人である少年が気楽な他人事の立場で論評し、『自分たち一般市民とは縁のない大事故』に、自分の湯言う陣が巻き込まれた可能性を頭から除外してバイクを押しながら、のんびりと友人を探すため『別に方向へ続く道』を歩み始める。
「やっていることは正しいんだけどさー・・・やめて欲しいんだよねェ~。
無意味なプライド発揮すんのはさぁー。授業遅れちまうじゃんかよ・・・・・・」
――思えばそれが、普通のブリタニア学生でしかないリヴァル・カルモンドと、同じ普通のブリタニア学生でしかなかったルルーシュ・ランペルージとが共に同じ道を歩めていた最後の時間だったのだが・・・・・・その事実を彼が知るのは今より数年先の大分未来の話となる。
――こうして、小さな悪意たちへの、小さな反発心から起こった小さな善意によって、後の大きな変化をもたらす切っ掛けとなる壮大な悲喜劇の幕が上がる。
この時点では、その劇の主役が誰になるかは未定のまま急遽開幕された劇でしかなかったが、当事者の片割れであるブリタニア帝国には、如何なる劇であろうと主役の座を『敗戦国のレジスタンス如き』に担わせてやる気など微塵も持ち合わせていなかったことだけは確かな事実のようだ。
この出来事が起きる数分前のこと。
トレーラーを追跡していたヘリが所属するブリタニア警察本部に、『軍』からの緊急連絡が入っていたからである。
『本庁へ! ターゲットは開発途中で放棄されたVOビルの入り口に突っ込んで停止しました。地上の警察隊でも対処可能です。これより突入指示を――』
【待て! 本件の指揮権は軍に移った。我われ警察の出る幕ではない。
なにしろ指揮を執るのは、バトレー将軍とのことだからな】
『将軍ッ!?』
思わぬ大物の登場に、ヘリのパイロットは仰天して叫び声を上げる。
たかが都市ゲリラへの対処に、雲の上のような身分の人間が何故・・・・・・?
【気持ちは分かるがな。このご時世だ、軍に逆らって良いことなど一つもない。・・・まして相手が将軍ともなれば・・・】
『――司法警察権への介入もやむなき事案と言うことですな。了解しました、帰還します』
無線に向かってそう伝え、パイロットが機首を翻そうと旋回させようとしていた時。
「・・・・・・ん? あの制服は・・・・・・」
現場を確認するためONにしたままだった望遠カメラに、追跡対象だったトレーラーの上部に、帝立アッシュフォード学園の男子制服らしい姿が入り込んでいくのを一瞬だけ視界に捉えた彼は、その件を上に報告すべきか否か僅かな間だけ逡巡し、
「・・・・・・ま、いいさ」
そう考え、そう結論づけると彼は何も見なかったことにして機を上昇させ、本庁へと帰還するコースを取った。
軍が動く以上は、武力行使が前提となる。
その際に、あのトレーラーに乗っているイレブンの市民抵抗運動どもを排除するため、ブリタニア人の一般市民が一緒に同乗していたため巻き添えになって死亡・・・・・・というのは体裁が悪い。
といって、将軍ほどの高級軍人が出張ってくるほどの案件である。
下手な障害が存在していることを報告しようものなら、力尽くでの対処する際には、口封じのため自分にも危害が及びかねない。
「警察のプライドなんか発揮したところで、このご時世。何の意味もありゃしないんでね」
そういう事にして、彼は気楽な保身の道を選んで機を走らせていく。
この選択が歴史にどう影響を及ぼし、自分の仕える祖国を破滅に導く一助となるものであったことを、彼は今も、そしてこの後も永遠に知ることはない――――。
・・・・・・後の世において、己が矜持のためなら、自らを焼き、他者をも焼き、今の世界を焼き尽くして新たな新鮮な世界を肺の中から誕生させ、不死鳥の如く飛躍させる、炎のような生き方を選んでも決して悔いることがなかったと評されることになるカオスの根源たる少年の戦いに彩られた新たなる人生は、こうして始まった。
彼の選び取った道が、『成功した革命家』として栄光に満たされた終焉に至るのか。
『失敗した反逆者』にしかなれることなく終わるのか、今の時点では誰一人知る者はいない。
何故なら、『成功した者は革命家』と褒め称え、『失敗した者は反逆者でしかない』と蔑む評価が正当なものとなり得るのは、『勝者が築いた次の時代』に生まれた者達だけに与えられる特権でしかあり得ないのだから―――
つづく