【伝勇伝】の黒い主人公バージョン3話目です。
今話の中盤からバトル物としての伝勇伝らしい活躍が始まります。まだ序の口ですが、黒い主人公の黒い戦いを描くのは楽しいですよね♪
「よっ。噂の嫌われ者」
「・・・・・・テメェかよ」
寝不足で酒飲まされたグロッキーを癒やすため、出てきたばかりの酒場の出入り口から少し離れた道の真ん中に寝転がり、特に意味もなく夜空を見上げていたラグナ・ミュートの視界に、シオン・アスタールが顔を覗き込みながら言ってきていた。
彼は今夜の祝勝会ではヒーローのはずであり、模擬戦闘訓練史上初の最短記録を成し遂げた功労者、いわば主役の身だ。
主役が会場を一人抜け出してきては、祝勝会もクソもない。まして主役である彼には、完璧超人が醜態を晒す姿を見てみたいという下世話な目論見で酌と祝い酒と飲み比べを挑んでくる連中で大盛況していたはずだったのだが・・・・・・相手の顔からは酔いの色は見いだせず、僅かに頬が赤味を帯びている程度のもの。
ということは、だ。
「――盛ったのか?」
「そんな小細工はしないさ。言ってなかったかな? 俺に弱味なんてものはない、全員酔い潰してやったよ。今残っているのは俺とお前の二人だけだよ」
「あっそ」
興味なさそうに答えて、再び目を閉じて頭の後ろで両手を組むラグナ・ミュート。
そこまでで、二人同時に黙り込む。
ラグナはただ、空を見上げる姿勢ではいても目を閉じただけで眠れない状態に移行し始め、その隣にシオンもまた寝転がって夜空を見上げながら黙り込み、
「ラグナ」
「あ?」
「聞かせてくれないか? お前がこの学園に入った理由を・・・・・・」
「はァ?」
突然に聞かれ、素っ頓狂な答えを返しながら瞼を開けてシオンを見る。
彼は、「ふむ・・・」と一度うなずいてから言葉を続け、
「成績は最下位、出席率は最悪。授業態度と教官たちからの評価に至っては、最低最悪としか言いようのない落第ぶり。
おまけに俺が誘っているのに、自主的に承諾する気がなかったところをを見ると軍部での出世も望んでいない。
むしろ軍人たちをアホ呼ばわりして、ケンカ売られて買いたがっている節すらある始末。
そんなヤツが、なんでこの学校に来たのか? それが俺は不思議だったんだ」
「お前、他人の学業成績バカにしてぇのか、人格的欠点あげつらいてぇのか、どっちかにしろよオイ。
っつか、その程度はとっくに調べたから俺に声かけてきたんだろうがよ? 分かりきってることを今さら聞くな、答える方がメンドくせぇ」
「あ、バレたか」
事実をアッサリ指摘され、シオンは苦笑して頭をかく。
「実を言うと、お前の言うとおり、もう調べてたんだ。お前がかつていて、育った場所でもあった孤児院のことは・・・・・・」
そこで一旦言葉を止め、それから覚悟を決めたようにゆっくりとした口調で話し始める。
「お前が育った施設の名は、『ローランド三〇七号特殊施設』
名目上では、この長い戦役で親を失った孤児を一人でも生きていけるようになるまで育成する施設とあるが・・・・・・実質は違う。
才能のありそうな孤児だけを集めて徹底的に軍事教育を施し、才能を示さない子供は処分される。
生き残ることが出来た子供でさえ、貴族に高値で売り渡されたり、まだ幼い内から戦争に投入されたりする・・・・・・そんな場所でお前は育った。そして――」
「気にくわない施設職員どもを一人残らず半殺しにして追い出された。ザマァねぇよなぁ? どっちもさ。ククク・・・」
それまで無言だったラグナが急に言葉を発して、夜空を見上げたまま愉しそうに嗜虐的な笑い声を上げ始めるのを聞かされて、僅かにギョッとなったシオンだったが、やがて再び言葉を続け始める。
「・・・そうだ。それが戦争が終わる数年後の出来事だ。
突然に戦争が終わって数年間は孤児院は存在していたが、戦争がなければそんなものは――子供を無理矢理教育して才能がなければ殺すなんて施設は――犯罪以外の何物でもなくなる。
で、お前たち施設で育てられてた孤児たちには、選択肢が突きつけられた。
これから先も軍部の管理下に置かれ続けるか、それとも口封じに殺されるか・・・・・・そして――」
「そんな大層な理由なわけあるかよ、バぁカ」
シオンの説明を終わる前に途中でぶった切り、ラグナは不愉快そうに表情を歪めまくると、苛立ちまくった目つきでシオンの方を睨み付けながら、だがシオン個人のことは一切睨んでいない目つきと共に当時の真相を暴露する。してしまう。
「金が惜しくなって潰しただけだよ、ありャあ。
戦争もねェのに、兵器としてしか使い道のねぇガキども養って、戦闘訓練も教え続けてやるため金出し続けるほど、バカ貴族の守銭奴どもが先見の明あるとでも思ってたのか? バカじゃねぇの。
あんな馬鹿共に、ンナ上等なモンある訳ねぇだろうが。真性のバカ様かよ、テメェは」
吐き捨てるように―――いや、ハッキリと唾を路上に吐き捨てながらラグナは罵りながら当時の状況と、シオンの貴族たちに対する高評価を痛罵する。
流石にそこまではと思っていたシオンが言葉を失っていたところに、ラグナは濁りきってドロンとした底なし沼のような瞳を向けながら、先に貴族たちへの罵倒を続け―――いつも通り事実の一端を鋭く指摘する。
「戦争がなければ犯罪でしかない? ハッ! 戦争中でも犯罪だろうがよ。
ただ戦争やってりゃバレにくい、バレた時にも裁かれにくい。その程度の違いがあるだけだ。だからこそ今も続けてんだろ?
ローランド帝国王立軍事ナンチャラ学園とかいう施設にネームプレートだけ変えて、普通に今も施設運営続けてやがる。
無能でも殺されねぇって以外に、あの孤児院モドキと学院モドキで違ってる部分があんのか? あぁン?」
「それは・・・・・・」
逆に問い返され、シオンは答えに窮する。
―――無かった。
今の自分たちがいる学院と、かつてラグナが育てられていた特殊施設との違いは、『味方の手で殺される危険性』その有無以外になにもシオンには思いつけなかった。
あるいは、『優秀だったら貴族の私兵に買い取ってもらえる』という部分も相違点かもしれなかったが・・・・・・今の学園に同じシステムがあるのか無いのかまでシオンは知らない。
シオンは思い出す。戦争中は死が溢れていた。子供たちの死体など、そこいら中に見つけることが出来た。死因など、いちいち調べようとする者は一人もいないぐらいに。
そして戦争が終わった今では平和になっている。自分たち軍に実力を高く売り込みたいと願いながらも、戦争が始まると聞けば顔を青くして震え上がるであろうほど、今では打って変わって平和になっている。
戦争になったら真っ先に戦場へ送り込まれることが確定している特殊学院の生徒でさえ、そうなのだ。普通の一般市民からすれば、「死」というだけで過敏に反応するだろうし、死体であっても炉端に捨てられていたら怪しみもする。
そんな時代になった今の社会で・・・・・・ラグナが育った施設は確かに、無駄金のお荷物にしかなっていない・・・・・・
「・・・・・・だからなのか? お前が前者を選んで、このローランド帝国王立特殊学院に入ったのは、そういう理由・・・・・・違うか?」
問われても、今度はラグナは即答せず口も挟まず、ただ黙って目を瞑ったままボンヤリしているような姿勢を維持して、実際に本気で寝てるんじゃないのか?とシオンに心配されるほど、寝不足で酒飲まされまくったラグナには吐き気があってもおかしくない状態ではあったから。
が、それから少し目つきを濁らせ、
「んな大したもんじゃねぇよ。単にやりたいことも、行きたい場所もなかったし、ネグラと飯はタダだっつーから来てやったってだけの話だ。俺にとってはそれが普通の判断だった、それだけさ。
なにしろ俺は、その孤児院の教官を三人も殺して新しいのと交換させ続けた前科者だからな? この学院にゃあ相応しいだろ」
言ってから、ヒャハハとラグナは笑った。
それは嘲笑的な笑い声で、罪悪感や後ろめたさといった感情を纏めて失ってしまったかのような、壊された印象を他者に与えるには十分すぎる歪なものだった。
シオンは、そんなラグナの顔を痛ましさと共に、真剣に見つめたまま、
「なあラグナ・・・・・・お前は、この国に復讐したいと思わないのか?」
一度だけ言葉を止めた後、言うべきことを選びながらシオンはゆっくりとした口調で語りかける。
「お前はこんな腐った国を、叩き潰してやりたいと思ったことはないのか?
『アルファ・スティグマ』だというだけで忌み嫌われる国。平等じゃない国。弱い者を虐げる国。争いをやめようとしない国。愚かな国王に、それに輪をかけて愚かな貴族たち」
シオンは立ち上がりながら両手を拡げて見せ、
「俺がやってやるよラグナ。全てを変えてやる、今はまだ、貴族どもの息がかかっていない仲間を集めるために、この学院で仲間を集めているが・・・・・・それももうすぐ辞めだ。戦力は十分整った。
俺が、この国の王になってやる。そして全てを変えてやる。だからラグナ。俺に付いてこい。俺がお前がかつて望んだ世界を作ってや―――」
「どーでもいいし、興味もねぇよ。勝手にやってろバカ」
シオンの自信に満ちた言葉と共に差し伸べられた手の平を、払うでもなく握るでもなく、常人だったら圧倒的な魅力を放ちはじめていたシオンの魅力に気づいてすらいないレベルで、目をつむったまま興味なさげな口調でバッサリと拒絶。
「バカ国盗りでも、バカ王殺しでも、やりたきゃ勝手にやれ。俺には関係がない。
お前が何をしようと、しなかろうと、どーでもいい。関係もない。
テメェの事情に他人巻き込んでんじゃねぇよ、面倒くせぇ」
あっさりと面倒くさそうな声で、かつ苛立ちも少しだけ交えた声で言う。
その表情はいつも通り不愉快そうで、ドロンとした濁った瞳には意志の強さなど微塵も感じさせない。
なんの理由もなく苛立ってるのが常態化してるだけで、憎しみに燃える炎の輝きさえ本気でなかった。
例えるなら、昼寝中に邪魔されて歯を剥いてきた野良犬か、昼寝を邪魔した飼い主を自称している思い上がった人間を威嚇する飼い猫か・・・・・・
そんな苛立ちはあっても、やる気はなしなし男の反応に、名演説ぶっこいたばかりのシオンは肩すかしを食らわされたような気分になったが――すぐに気づいた表情を浮かべる。
「ぷっ・・・・・・あはははは」
そして突然、笑い出す。
相手が言った意味に気づいたからだ。
――革命に興味のない自分には、どちらに手を貸す理由もなければ義理もない。
やりたい奴だけでやれば良く、関係ない自分を巻き込む奴は全部テキ。
たとえそれが、革命したいシオンたちでも、革命から支配権を守りたい貴族や王たちだろうと無関係。自分は自分のやりたいことをやり、殺りたい奴を殺るだけだ―――
ぶっきらぼうに答えて、まったくシオンの変化に感応した様子も見せないままに、『中立宣言』を答えとして返してきていたラグナ・ミュート。
シオン・アスタールは、この時。賭けに勝ったことを実感させられていた。
王家にとって最強の猟犬であると同時に、最凶の狂犬でもあった、扱いきれず持て余している駒【ローランドの黒い死神】を制御することに初めて成功した一人になったのである。
「お、面白いよ。遠回しすぎる上に捻くれまくった言い方だから、すぐに分かりづらいところが特に良い・・・・・・ククク、あはは。
そうか。だから俺はお前が欲しいと思ったのかもしれないな。『アルファ・スティグマ』も、この国も関係なく、俺を見ても全く反応しない上に、生まれの事情に囚われずに頓着すらしない奴なんて、お前以外には多分いないだろうし・・・・・・アハハハ」
屈託のない子供のような笑顔でシオンは笑った。
いつものように、いつもと変わらず健康に悪そうな顔色に不愉快そうな表情を張り付かせたまま全く変わらないラグナに見上げられながら・・・・・・そして。
「へ?」
それが行われたのは、その時だった。
いつの間にかシオンの背後にいた全身黒ずくめの服を着た数人の男たちが、空間に魔法陣を描いて、光の魔法陣を描きはじめる。
ローランドの魔法を学んだ者なら、その魔法陣の描き方を見れば、追尾性のある光線を放つ強力な殺傷力を秘めた魔法を使おうとしている事はすぐに分かっただろう。
更に少しでも場数を踏んだ者なら状況から見て、その魔法がラグナたち二人を目標として制作されていることまで分かることだったろう。
そして・・・・・・“誰にでも分かる程度のこと”なら、バケモノでしかないラグナにとっては“やる意味がない全くの無駄”としか感じられることは絶対にない。
当然、シオンの背後に現れていた者たちを視界に捉えた瞬間には動き始めており、右手の力だけで「トンッ」と地面から大ジャンプして宙返りしながらシオンの背後に背を向けるようにして降りてくる―――その途中でシオンの襟首を「ガシッ」と掴むと、敵に向かって投げつけるように―――投げ飛ばしていた。
「へ? え? ちょっと、う、うわああああっ!? って、痛ァァッ!?」
『求める光こ――って、うおッ!? こ、こっちに突っ込んでき、ヘブヒッ!?』
『か、頭――――ッ!?』
シオンがなにか疑問を言おうとしたときには、すでに相手の男の小汚い顔が驚愕に歪むのが間近に見える距離まで急速接近させられていたためどうすることもできず正面衝突するしかなく。
ゴチン!!と、重く嫌な音が路地裏に大きく響き渡る。
シオンが自分の置かれた状況を理解するのは、男同士で額と額を強制抱擁させられた痛みと衝撃から脳が回復して、自分を狙う暗殺者たちが敷いた必殺の陣形を崩すため、相手たちの中で中心的役割を果たしていた頭目と思しきリーダーを真っ先に潰すため、人間弾頭として襟首掴んで投げつけられていた自分自身を、敵陣の奥深くに放り込まれた状況下で認識するのと、ほぼ同時の出来事だった。
「やばいっ!? 逃げるぞラグ――って、わわっ!? ちょ、痛い! 痛いってラグナ! 痛痛痛ぁぁッ!?」
「チッ! うるせぇ上に面倒くせぇ野郎だ――なっ!」
「うおっ!?」
残った怒り狂った黒ずくめたちから襲いかかってこられる寸前に、シオンは襟首を捕まれて引きずられる形で強制的に死地から脱出させられ、頭が地面にこすりつけられる形となってしまったためラグナに文句を言ったら、前方方向目掛けて投げ飛ばされて、空中で一回転して着地しながらデングリ返しの要領で受け身を取ると、自分もまた横に並んで走り始めるシオン・アスタール。
「痛ぇのが嫌なら、自分でなんとかしろ。無傷で助かって、ザコ一匹ご退場させてやっただけでもありがたく思え」
「ありがとう! まったく嬉しくないけどな!!」
こんな状況でもまだ憎まれ口を平然とたたけるラグナの言葉に怒鳴り声で返し、背後を振り返って黒ずくめたちが暗殺者から直ぐさま追っ手へと転職した事実を確認して更に叫ぶ。
「悪いが説明は後でするから、とにかく今は逃げてくれ! 追いつかれたら死ぬぞ!?」
「いらねぇよ。どーせバカ貴族どものバカ保身だろ? 聞く価値ねぇからしなくていい。時間の無駄だメンドくせぇ」
相手を再び絶句させるようなことを言ってシオンに苦笑いを浮かべさせながら、
「よし、そこの角を曲が―――」
と言いかけていた、その瞬間だった。
――二人の背後からと、二人の背後“に向けて”強烈な光が放たれたのは。
「求めるは閃光>>>・光燐」
「求めるは閃光>>>・光燐」
その声“たち”を聞かされてシオンは叫んだ。
「うわわぁぁぁぁッ!?」
『う、うおわぁぁぁぁッ!?』
そして、ついでに言えば追っ手の男たちも叫んだようだった。
強烈な光が弾けて爆発が生じ、激突した家の煉瓦をアッサリ消滅させ、光の槍はそのまま突き抜けて家の中へと侵入していく、とんでもない破壊力。
相手を気絶させようとか、脅そうとか、そういう手加減がなされたものでは全くない、明らかに殺すつもりで放たれた攻撃・・・・・・
そんな代物を、“互いが互いに撃ち合った”のだから、そりゃあ相手としても悲鳴の一つぐらいは上げようというもの。
「殺す気か!?」
「殺す気に決まってんだろアホか。同じ魔法ぶつけて相殺しても止まらねぇだろうがよ、あのチンピラどもは」
「ぐ・・・っ」
相手の正論に、シオンは言葉に詰まることしかできなくなってしまう。
『く、クソッ! まさか防ぐどころか攻撃してくるとは・・・・・・何人やられた!?』
『ゲホッ! グホッ! ふ、二人だ! 頭を入れて今ので二人! 他の奴は負傷しちゃいるが、まだ戦える!』
『よし、追うぞ! 追いかけろ! シオン・アスタールを逃したら俺たちが罰を受けるんだからな!』
『殺せ! 殺せ! 殺せ!!』
「・・・・・・」
さらなる反論をしようにも、相手の方から勝手に肯定する内部情報を次々と聞かされたのでは言えたものではない。
諦めたように肩をすくめると、ラグナに対して苦い笑みを浮かべてみせる。
「――そういうわけだ。巻き込んで悪かったな、いつもはちょっとした暴漢程度だったんだが・・・・・・今回のは少しやばい。あれはプロだな。説明している暇はないが・・・・・・」
「聞いてもいねぇのに、わざわざ自分から教えてくる親切なプロの殺し屋もいたもんだよな」
「・・・・・・」
そう言われてしまうと、反応に困る。
とりあえずシオンは、説明は脇に置いておくことにして一瞬だけ考え込んでから、対応策を口にした。
「ここで二手に分かれよう。追われているのは俺だけなんだ。分かれればお前は殺されない」
「俺の方が先に殺しちまった後だけどな」
「・・・・・・」
これも言われると、チト辛い。
今この場ではシオンを殺すことが彼らにとっての最優先事項だが、それは上からの命令を失敗したものに対する懲罰を恐れているからであって、この場限りでしかない強制力だ。
仕事が終わった後、彼らが個人的に復讐しに行かないと保証することはシオンに出来るはずもない。
「・・・だが、それでも可能性はある。今この場で二人まとめて襲われるよりは生還率が上が――」
「皆殺しちまえばいい」
なんて言葉を、あまりにもアッサリと言うものだから、シオンは一瞬なにを言っているのか分からず苦笑しかけて―――理解して表情を凍り付かせる。
「将来、王だか皇帝だかになるにしても、今のお前じゃ殺される相手だ。一対一なら楽勝だろうし、二人までなら勝てるだろうが、三人だと防戦一方。四人残ってりゃ死ぬこと確定。
その程度の実力はあるチンピラどもだが・・・・・・俺に取っちゃザコだ。暴漢程度と違いなんか少しもねぇ。別に助けてやったから金寄こせとか言う気もねぇしな」
一瞬シオンは、試されているのか? と、自問自答した。
先ほど語った『自分は王になる』という発言。
それを言った直後に他人頼りで保身を図ろうとする、情けない王になる道を選ぶのか否かという類いの、王者に付きものな試しの試練。
だが、相手の顔と目を見てシオンは一瞬で悟らされた。
―――違う、と。
「実力差も分からず絡んできたチンピラを蹴飛ばす程度なら、タダでやってやる。
どーせ奴らも殺す気で来てんだから、殺され返したところで文句言われる筋合いもねぇしな。運良く生き残れた奴がいたなら、感謝しろって程度の問題で。
逆恨みして復讐なんだとか言ってくる、ご都合主義のアホだったら殺したところで罪悪感を感じてやる理由もねぇ。気楽に殺せる類いの楽な連中だ。
地ベタだったら眠れるかと思って眠れなかった腹いせに殺すのにはちょうど良い・・・」
危ない目つきで危ない台詞を、本気で語っているらしいラグナ・ミュート。
それを見てシオンは、彼は本気で自分を殺すために雇われた手練れの殺し屋たちを、暴漢と同じレベルのザコとしか思っておらず、チンピラが絡んできたから蹴飛ばして追い返した程度の、彼の目つきと態度の場合は良くある日常茶飯事の一環として片付けてやると言っているに過ぎないのだと理解させられた。
ブルリ、と思わず体が震えた。
強い強いと思っていたが、ここまでとは想定していなかった。自分では集団でかかられると勝ち目のないどころか生き残ることさえ難しい殺しのプロを相手取りながら、町のチンピラと同程度の「弱さ」にしか見えないほどに実力差がありすぎる、特殊施設が育てて扱いかねた真性のバケモノ。
ああ、これは確かに―――とシオンは納得させられる。
貴族たちの気持ちが少しだけ分かったのだ。
確かに、この『力』は欲しくなる。生意気であっても無駄に失うことが惜しくなってしまう。手元にあるからにはムカついても使いたくなってしまう。
自分たちにとっての邪魔な障害を消し去るために、これほど便利で使いやすく躊躇いのない、『困ったときのバケモノ頼り』ができる存在は・・・・・・ああ、確かにとても蠱惑的だ。
だからこそシオンは―――にやりと笑って、ラグナに答える。
「・・・・・・いいや。悪いがあれは、俺の獲物だ。ラグナに譲ってやるわけにはいかないな」
少しでも気を抜けばすぐに殺される相手たち。打開策は思いつかず、せいぜいが朝まで逃げ続けられたら助かる芽が出るという程度の、絶望的な戦力差。
それを一瞬にして覆せる圧倒的な戦力。ゲームバランスを崩壊させる最悪のジョーカー。
所属を気にせず、貴族でも王でもシオンでもない、だが誰を手に回して殺し合っても別にかまわないと言い切れる損得勘定が崩壊している真性のキチガイ判断基準。
今このような場では、喉から手が出るほど欲しくなる最強にして最凶のカード。
・・・・・・だからこそ、掴めない。手を伸ばしてはいけない。掴んではいけないことをシオン・アスタールは理性よりも本能的な直感によって理解させられていた。
一度でもコイツに頼ってしまえば、抜け出せなくなってしまう。
コイツをどんなに嫌っても捨てることはが出来ず、未だに飼い続けざるを得なくなっている貴族たちと同様に、『力という名の劇薬』に心の底から犯され尽くして、二度と厳しい現実と向き合える気力がわいてこなくなるかもしれない可能性を―――シオンの中に芽吹いた【王の器】は、明確に拒否したのである。
「お前の言うとおり、今の俺じゃ勝てないだけで、あの程度の連中に負けるぐらいの「弱さ」で王様名乗るのは格好つかないからな」
「ハッ、そうかい。まっ、せいぜい頑張れ。生きてたら明日学校でな~」
そう言って、手をヒラヒラさせながらアッサリと自分に背を向ける“友人のような違うようなナニカ”の後ろ姿に苦笑させられてから、「よし」と自分に渇を入れると。
「俺はここだ。ついて来い!!」
『!! いたぞ! 追いかけろ!!』
『殺せ! 殺せ!! 殺せッ!!!』
路地から飛び出し、追っ手たちの前に姿をさらすと全力疾走で走り出し、逃走劇を開始する。
命懸けの追いかけっこ、正面から戦っての勝ち目はほとんどなし。追いつかれたら終わりのデスゲーム。
「・・・・・・上等、だッ!!!」
シオンは叫んで、折れそうになる己の脆弱な心を奮い立たせると、自分の心を支える絶対的な言葉を心の中で唱え続けながら走り続ける。
(・・・俺は王になる! この国を変えるため、王になるんだ!!
本当に俺が王になれる器なら、こんなところで死ぬはずがないじゃないか・・・ッ!)
―――言葉にならない、その声が届いた場所は、果たして何処であったろう?
「・・・・・・ほう。一つ、超えたか。頼ると予想していたのだけれどね。
これは想像していたより、ずっと面白い・・・ずっとずっと面白い人物だ・・・・・・」
暗闇の中、うっすらと浮かび上がるように現れた銀色の美貌。
それがナニカを呟いてしばらく経過した頃、同じように闇の中に現れながら銀色とは異なる、輝かしい黄金の美貌が無機質に銀色に向かって問いを放つ。
「なんの用だ? 兄上。私は兄上が課した課題をこなして生き延びるためにも、出発しようとしていたばかりだったのだがな・・・・・・」
「ああ、悪いがフェリス。予定を変更だ。今日は課題を行う前に、まず先に別の区画から見回ってきてもらうことにしたよ。今まで通りだと簡単すぎて暇そうだったから丁度良いだろう?」
「なっ・・・!? これ以上、可愛いく美人な妹に死ぬ危険を背負わせるというのか・・・! 変態趣味のサディストな兄め。美人を失うことこそ、この国にとって最大の損失である事実をいい加減知るべき――」
「早く行った方が良い。私が与えた課題は、その地区の犯罪を一定期間ゼロにすることだ。それは君が到着する前だろうと変わることはない」
「く・・・くそっ。今に覚えているがいい兄上。美人の恨みは恐ろしいのだ――」
そして一瞬にして黄金の姿は消え、気配も消え、足音すらも残さぬまま大急ぎで指定された帝都の一地区、昨日まで担当させていた場所とは“正反対の位置”にある場所の清掃を終わらせてから―――シオンが黒ずくめたちに襲われている区画での課題に移れるよう強制し―――
「有能な王でも、時を読める王でも、心の強い王であろうとも。
―――天に選ばれない王では、意味がないからね―――」
そう言って、薄く薄く綺麗に、この上なく綺麗すぎて―――人間とは思えないような美しい微笑を閃かせてから、銀色もまた闇に溶け消える。
ただ最後に消える一瞬だけ、不快さを残した呟きだけが、彼が人間を“残している”と感じさせた唯一の響きとなった。
「―――だが、どうやら死神の心に“国は無い”らしい。さて、どうしたものか。
悪い芽ならば、早めに摘み取っておくのが良き王の為なのだけれどね――」
つづく