試作品集   作:ひきがやもとまち

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ずっと気がかりだったエロ作が更新できたことで、ようやく他のも進めることが可能になりましたので、書いてみました。
本当は単独での連作作を優先するつもりだったのですが……今作だったのは偶然ですけど完成したので更新です。

なお、長い間止め過ぎたせいで思い出すのに難儀してしまい、少し読みづらいかもしれない事を謝罪いたします。本当に申し訳ない…次はもう少し早めに更新できるよう頑張りますね…。


魔王学院の魔族社会不適合者 第13章

 サーシャ・ネクロンは幼い頃、一人きりの空間に閉じ込められて、泣いていた。

 自分ばかりが沢山いる、自分一人だけの空間に。

 

 そこは彼女の《眼》に見られて壊されることを恐れた人々にとっては、隔離施設だった。

 だが閉じ込められている本人にとって、その場所は終わることなき拷問部屋だった。

 

 どこを見ても自分がいる。ナニカを見れば誰かを壊してしまう瞳で自分を見てくる。

 他人を壊す眼をもった自分自身に取り囲まれているということは、全ての自分が自分を壊すために《眼》を向けているのと同じでしかない。

 

 やがてサーシャは蹲って生きるようになっていった。

 誰も見ることなく、自分さえ見なくて済むようになるには、膝を抱えて俯きながら、何も見ることなく生きていくしか道はない・・・・・・幼心にそう思わされてしまうほどサーシャの心は自分の《眼》によって傷つけられていたのだから――。

 

 

『貴女は・・・私の眼に見られるのが怖くないの・・・?

 私の側にいて、ずっと手を握り続けていてくれる・・・・・・?』

 

 

 ―――だからこそ、今日で最後にする。今日を最期にする。

 もう時間が無い。間に合わない。間に合わなかった。

 今までに自分が至れたゴール地点。・・・だが結局一手足りない。完成までには、今一歩近づく必要がある。

 

 儀式に必須となる媒介は、想定以上のものが手に入った。後はもう一つの条件だけが満たされれば自分の願いは、悲願は果たされることになる。

 その残り一手だけが、どうしても足りない。間に合わない。だから―――

 

 

 

「心の底からイヤだけど、イヤすぎるけど・・・・・・残りは全部、アンタに託すわ。

 儀式の完成も、私自身も、私の今までの全てを――」

 

 

 ―――そして自分がいなくなった後の、あの子を。

 あの子の側にいて、一緒に手を繋ぎ続けられる未来を。全て――――

 

 

 

 

「あっ!? どこ行ってたのよ! 突然いなくなって心配したじゃないっ」

「おや? 貴女に心配して頂けるとは光栄の至りです。さすがサーシャさん、母性に溢れてますね。・・・一部分を覗いてですけれども」

「コ・ロ・ス・わ・よ!? 次言ったら絶対殺す! ぶち殺してやるわ! 私の全存在にかけて敵わなくても絶対にねぇッ!?」

 

 認識阻害が張られた隠し部屋の中から出てきた直後に気づいて声をかけてやったと思った途端に、減らず口を返されて激高して毒舌を放ってしまうサーシャ・ネクロン。

 まったく、調子が狂わされる相手だった。

 最期の瞬間までイヤな奴として演じ抜こうと、覚悟を決めたばかりだというのに、その必要性すらないのではないかと錯覚してしまいそうになってしまったではないか。

 

 本当に・・・ナチュラルに純粋に、不純物なくコイツとは敵味方に別れて殺し合っても、大して罪悪感を抱かなくて済むような気までしてくる。

 後に残された全てを託す決意は変わっていないにもかかわらず、何故だか悪意が溢れ続けて止まらない。

 

 そういう奴なのだ。

 自分の眼を真っ直ぐ見てから嫌味を言えて、自分と同じ呪いの魔眼を持ってることを全く気にもしていない。

 視界に写るものを勝手に壊そうとしてしまう呪いの魔眼持ちと、普通に“仲の悪いクラスメイト”として接してくれた、生涯で最初で最後の“悪友”になった女の子は―――

 

 

「失礼、冗談です。実は誕生日プレゼント用にちょうど良いものを見繕って欲しいと頼まれましてね。置いてある部屋まで行って戻ってきたばかりなんですよ」

「・・・え? それって――」

 

 噛みついた直後に予想外の続きを聞かされ、一瞬だけ意表を突かれて口籠もるサーシャ。

 その一瞬の隙を突いて黒髪の少女は後ろを振り返ると、エスコートするように右手を差し出し道を空けて、

 

「さ、どうぞミーシャさん。後は貴女たちの時間です」

「・・・・・・あ・・・、うん・・・」

 

 笑顔で促され、はにかみながら黒髪の少女の背後から前に出てきたミーシャは、抱きしめるようにして胸元に抱え続けて持ってきていた、深紅の毛皮でできた織物を、ソッと自分の手から姉の手元へと差し出し、

 

「・・・・・・サーシャ、あげる」

 

 と、いつもの言葉足らずな言い方で俯きながら、だが恥ずかしそうに頬を染めた姿から内心は言葉以上に相手に伝わるような渡し方でプレゼントを手渡した。

 

「・・・・・・誕生日、だから」

「え? で、でも私なんにも用意してないわよ・・・?」

「私は、要らない」

「――――っ」

 

 妹から大好きな姉へと送られる誕生日プレゼントを送るやり取り。

 微笑ましく、そして愛らしい二人の少女たちによる心の絆。姉妹愛の強さを見ているだけで伝わってきそうな、そんな思い出に残る1シーン。

 

 恋愛小説かナニカであったら感動的な1場面として描かれるであろう、この状況の中で。

 ・・・・・・果たして、それら架空の読者たちの何割が交わされ合った言葉の一つ一つに込められていた意味の重さについて考えることが出来ただろうか?

 

 知らぬ者にとっては、感動的な絆の強さを示す場面としか映らないであろう光景。

 たとえ、その過程で未熟な魔眼が調整を誤りかけて色を変えてしまったとしても、それは感動故のものだろうと、割り切られてしまうであろう程度の舞台装置。舞台演出。

 

「ありがとう、ミーシャ。すごく嬉しいわ・・・」

 

 しかし・・・・・・

 

「一生大事にするからね。着てみても良いかしら?」

「・・・うん」

「フフ・・・ありがとう。――あ、コラ!

 レディが着替えるのよ!? 出て行くぐらいの気を使おうって気にはなれないの!?」

 

 そう言いながら、どこか固い「作り笑い」を浮かべつつ、頬を赤くして怒ったように怒鳴りつける「演技」をして―――ようやく舞台は整い終わる。

 

「え? 服の上からローブ羽織るのに、わざわざ着替えるため脱衣するつもりだったんですか・・・? ――ひょっとして妹からの思いに答えるため禁断の恩返し方法を実行する気だったりとかは―――」

「す・る・わ・け・無いでしょうがこのアホウ――ッ!? いいから出てけェェッ!!」

 

 真っ赤になりながらの怒声によって追い出されるように(と言うか完全にその通りだったのだが)出てきたばかりの隠し部屋へと戻らされて、「妹と二人きりの密室」から追い出されていく黒髪の少女。

 

「・・・アノス」

 

 そんな彼女にお礼を言うためか、頬を紅潮させながらサーシャの元からミーシャが戻ってきて声をかけ、

 

「・・・喜んでもらえた、アノスのおかげ。ありがとう・・・」

「“喜んでもらえたこと”を感謝するのでしたら、貴女自身にどうぞ。ミーシャさん。

 数ある中から貴女が選び取ったプレゼントで喜んでもらえたなら、それは貴女の手柄です。私のじゃありません。

 あの法衣を差し上げたことに対する感謝でしたならば・・・・・・まっ、そのうち本当に言うべき相手のことも含めて教える日が来るかもしれません。その時まで取っておいて下さい」

「・・・・・・え? うん、アノスがそう言うなら」

 

 一瞬だけ相手が何を言っているか分からずキョトンとした表情を返したミーシャであったが、その後すぐ黒髪の少女に対する信頼が勝ったのか、二心のない微笑みへと表情を戻して相手を見つめる。

 

 そして直後――わずかに意味深な色を込めた感情と声音で、小さな声で相手が呟く言葉が鼓膜に届くことになる。

 

「―――それにまぁ、まだお礼を言うには早いかもしれませんのでね」

「え・・・・・・?」

 

 訳が分からず問い返したミーシャの前で扉が閉まる。

 疑問は解けなかったが、それでも今は気持ちが勝る。理性よりも感情の方が勝っている。

 そして再び姉の元へと戻っていって、着替えを手伝う。当然だ。

 

 ・・・・・・“残り少ないタイムリミット”で、姉と共に嬉しい気持ちと一緒に過ごせる時間は後わずかしか与えられていないのだから・・・・・・

 

「?? 何を笑っているの?」

「・・・・・・嬉しいから」

「え・・・?」

「・・・・・・今日が人生で一番、嬉しい日・・・・・・」

 

 どんなに人を信じたがらない者でも、本心から相手がそう思っていることが分かる、あるいは本心から思っているのではないか?と疑ってしまうほどの利害損得を度外視した、自分のためには損にしかならないはずの純然たる姉への好意。

 

「そう・・・それは本当に―――」

 

 

 それを聞かされたサーシャは、本心から思っている言葉と共に“妹のために用意していたプレゼント”を隠していた懐から取り出して、妹の誕生日プレゼントとして躊躇うことなくスッとさし出す。

 

 ――ああ、全く。本当によかった。

 貴女がそういう事ができる、出来てしまう女の子で本当によかった。

 

 そう思いながらスゥッと――――相手の心臓近くへと、誕生日プレゼントとして用意しておいた、魔力の籠もったナイフを刺しだし、突き立てながら―――サーシャは呟く。

 

 

「―――よかったわね」

 

 

 と、感情の全てを殺した声と表情で冷たく言い捨てる。

 愛情も好意も、憎しみも憎悪さえも感じさせない、ただ冷たいだけの声と口調で、憎しみさえも通り越した無感情だけが伝わる『作り無表情』を浮かべながら。

 

 サーシャの顔は、無感動な無表情を浮かべて、心で泣いて笑って激怒して憎しみ抜いた。

 

 こんな結末しか与えてもらえなかった不幸な自分たちの運命に。

 こんな形でも救うことが出来る可能性を与えられた自分の魔力に。

 こんな悲しい運命を自分たちに与えて産み落とした親と世界に。

 こんな素敵な妹と出会って、妹のために身を捧げられる運命を与えてくれた親と世界に。

 

 何もかもが矛盾する。

 整合性なんか取れやしないし、取ろうとする意味も無い。

 

 もうじき消える。消えて無くなる存在に整合性なんて取れようが取れまいが―――自分のやることは何一つ変えてやる気なんて最初から少しも無かったんだから―――

 

 

 

 そして・・・・・・

 

 

「あらァ・・・・・・もう出てきちゃったの?」

「・・・ふむ」

 

 キィィ・・・と重い音を響かせながら隠し扉が再び開き、中から舞い戻ってきた少女に向けてサーシャ・ネクロンは、人生最期の大一番で最高の演技をしようと露悪的な笑みを浮かべて言い放つ。

 

 ―――足下に、魔族でもなく人間でもない出来損ないの人形が、右胸にナイフを突き立てられて血を流している姿で倒れさせ。

 自分の頬には、法衣には、返り血を浴びた血痕の後が生々しく付着したままの恐ろしい姿を見せつけながら。

 

「・・・状況を説明して頂いても宜しいですかね? サーシャさん」

「フフ・・・男でもない貴女って意外と単純な性格をしていたのね。ちょっと優しい顔して接して上げただけでコロッと騙されるんだもの。

 ぜ~~んぶ、ダンジョン試験で1位になるためのお芝居に決まってるじゃない・・・♡

 この私が本当に、こんなガラクタ人形と仲良くしたいとでも思ったァ?

 誕生日プレゼントなんて本当に―――反吐が出るわッ!!!」

 

 

 吐き捨てるように罵倒して、見下して。

 自分の美貌を自覚して、相手からの好意を得るのに利用して、利用価値がなくなったら家族さえも切り捨ててしまえる。

 女として、最低最悪の悪女として、悪女らしく、『純粋で優しい女の子だったなら』絶対に大嫌いだろう人物の演技をしながら、

 

「――あらァ? まだ息があったのォ? しつこいわね。

 私に利用されるためだけに生まれてきた人形のくせに。

 使うだけ使って、ボロ雑巾のように捨てられる、哀れで惨めな魔法人形でしかないくせに。

 ねぇ、まだ生きてるんでしょ? どーせ最期だから言っておいて上げるわ。

 私ねェ、何度騙されたって、そうやって信じてくる貴女のイイ子ぶりっ子なところが――」

 

 本心からの思いを込めて、“妹”を最大限罵倒して悪意をぶつけるミーシャの姉、サーシャ・ネクロン。

 ああ、全く。本当にその通りだと心の底から、そう思える。嘘偽り無く心情の籠もった言葉で罵倒できるほど心底からそう思う。

 

 貴女のイイ子過ぎるところが嫌いだと。

 騙されても信じ続けるところが大嫌いだったと。

 

 ・・・・・・もしも、そうじゃなかったら自分は貴女を平然と見捨てて、自分が生きていくことに何の罪悪感も抱かなくて済んだのに。

 

 もしもミーシャが、生まれの不幸を理由にイヤな奴になってくれてたなら、平然と生け贄の人形に使い捨てられたのに。

 もしもミーシャが、姉に使われて捨てられるため、親によって作られた魔法人形でしかない自らを呪って、騙されたと自分のことを罵倒してきてくれたら――「自分だって同じだ」と罵倒し返して使い捨てる道もあったのに・・・・・・。

 

 

 だが、もう遅い。自分にはもうミーシャを犠牲にして自分だけが生き残れる今後の人生なんて辛すぎるし、イヤすぎる。

 たとえ妹に同じ苦しみを与えるだけだったとしても、自分にはそんな運命はもう耐えられない。今の自分には絶対に無理だ。

 

 だって私は―――貴女ほど勇気もなければ強くもないのよ・・・・・・誰かに大して自分の思いを正直に伝えられる強さなんて、「嘘吐きサーシャ」には最初から持てたことなんて一度も無いのだから。

 

 

 だから――――だからこそ、主演女優登場のときだ。

 

 

 

「私ねェ、何度騙されたって、そうやって信じてくる貴女のイイ子ぶりっ子なところが―――虫唾が走るぐらいに大っ嫌いだったわッッ!!!」

 

 

 

 妹を道具呼ばわりして、親に優遇してもらえて、姉だけが皇族用の黒服を着せてもらえて、他の格下でしかない生徒たちからも差別され、それを当然のことのように振る舞ってきた薄情な姉の悪女――――

 

 

 そんな横暴な姉から守ってくれる、ヒドい親から救ってくれる、哀れな女の子のために戦ってくれる王子様こそ、劇の主役には相応しい。

 性悪な姉の悪女には、王子様に退治される役こそがお似合いなのだから―――。

 

 

 まぁ、尤も。

 

(・・・・・・王子様じゃなくて、王女様になっちゃったことだけは配役ミスにも程があるけれど。

 今更どうにもならないことだから仕方がないわ。後はなんとか自分で埋め合わせなさい。

 この性格悪すぎて、なんで好かれてるのか全く私には分からないけど、ミーシャからは好かれてるらしい、素敵な素敵なミーシャにとってだけの王子様・・・・・・)

 

 

 

 そう思い、皮肉な笑みを心の中で浮かべながら、肉体の顔には凶悪な作り嗤いを浮かべさせながら、人生最期の嘘を、熱演を演じきったミーシャの姉として消えたいと願う少女。

 それがサーシャ・ネクロンの屈折した複雑怪奇な本心から願い続けてきた悲願だった。

 

 

 

 

 だが、しかし。

 それは彼女が“知らなかったから”願ってしまった幻想に過ぎなかったのが、実際の真実だったのだろう。

 知ってさえいれば、彼女は別の道を選んだに違いあるまい。

 

 なにしろサーシャが、この劇の主演に選んだ女優の少女は――――

 

 

 

 

 

「あ~、そういうのいいですから。

 三文芝居の勧善懲悪でよくある悪役っぽい演技は、ウザいだけですから。わざわざ自分が殺した相手の前で犯罪計画自白してくれる悪人なんて、現実には実在したこと一度もありませんから。

 大根役者の三文芝居は飽き飽きしてますので、ノーサンキューです。

 っつか大体あなた、そんな計画的にことを進めるため本心の怒り押し殺して、演技の作り笑い浮かべてお世辞言って媚び売るなんて器用なマネできないでしょう?

 サーシャさんは素直な女の子で、そしてスゴく単純すぎるプライド高過ぎな美少女でもある方です。計画殺人なんて向いて今せんっつーか、出来ません。不可能です。

 猿芝居はいいですから、本題に入って始めて下さい。

 ―――貴女は何を望み求めて、どのような自分好みの結末へと物語を書き換えるため、ここまで生きてきたのかという本当の計画をね―――」

 

 

 

 

 伝説に記された、勇者との最終決戦でさえ相手の調子に合わせることなく、自分の意思だけ口に出して伝えてきた、【暴虐の魔王】その人だったのだから・・・・・・。

 

 たかが子孫の一人でしかないサーシャの書いたシナリオ通りに踊らされてやる素直さなど、心優しき女の子のミーシャではない黒髪の少女には一瞬たりとも存在したことなど無い。

 

 単純すぎるサーシャとも違う。

 自分が望まず発動した魔眼で傷つけられたことで自分を殺しに来た家族や同郷の者たちを殺して「自業自得」と切り捨てて、力だけを目当てに笑顔ですり寄ってくるクズどもを殺し尽すためのデモンストレーションとして利用して、その果てに魔王へと至った少女には、そんなモノ端から持ち合わせているはずがなかったのだから――――。

 

 

 

 

「貴女の願いが運命改変だとするならば、良いでしょう。班リーダーとして手伝って上げましょう。

 運命はただ、力でねじ伏せ、従わせ、邪魔するようなら神でも魔王でも殺す。ぶち殺して座っていた玉座を奪い取り、自分の願いを叶えるため利用する。

 そうやって自分一人の野心とか欲望とか実現するのが魔王の所業というモノ。

 私は何度でも、それをやるだけですよ。それが魔王らしくて私好みですのでね」

 

 

 

 

つづく


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