他の続きを書かなくちゃいけない時に限って、こういうのを書きたい気持ちを抑えられなくなる人の業……他作品の更新はどうか今しばらくお待ちください…。
ファンタジーMMORPG『クロスレヴェリー』全世界で最もプレイされている、このゲームには『真の魔王』と呼ばれる者が、たった一人だけ存在する。その名は『魔王ディアブロ』
ディアブロは公式モンスターではない。圧倒的な装備とスキルで頂点に君臨する伝説のプレイヤーだ。
理不尽なほどに強いディアブロを本気にするものはナニカ?
挑戦者の装備のレアリティ? 持っている称号? ・・・違う。
彼を本気にさせるモノ・・・・・・それはゲームの世界に『恋愛などと言う不純なモノを持ち込む愚か者』であること。それが彼に魔王として本気で裁きを与えてやる資格だったというのが、『クロスレヴェリーの真の魔王と呼ばれる者』の正体だったのである。
―――が、しかし。
この物語は、そんな『名も無き異世界』から召喚された最強魔王の物語ではない。
この物語は、今の世界を壊して都合の良い世界を創り出すため、魔王という名の兵器として利用するためだけに魔王を宿す依り代として利用され、魔王に魂を食われて消滅してしまった、ただの心弱き愚か者の【魔王召喚の道具にしかなれなかった男の物語】でしかないのだから・・・・・・。
チュ。
・・・唇の左右端あたりに、二つの“感じられるはずがない”柔らかい感触が感じられて、“彼の意識”は急速に彼へと回帰してくる。
食われて消滅してしまった自分の意識では、感じられるはずのない“柔らかさ”という感触を、「自分が感じる」「自分が感じた感触」として感じられた瞬間―――魔王を宿された青年は、急速に目覚めの朝を迎えることになる。
(・・・・・・あァ・・・?)
薄目を開けて、まだ覚醒しきっていない意識の中で周囲を見る。
見覚えのない景色。どこか高い塔の屋上らしい狭くて空が近い、妙な場所。
目つきの悪い三白眼、色素の全くない白髪の髪色、色白を通り越して蝋人形のような青白い肌。
胸元の開いた赤黒い軽装鎧をまとい、大量のベルトを体中に巻き付けながら、腰には二本の長剣を差す。
それが異世界《クロスレヴェリー》で目覚めたときの、《異世界リィンバウム》で魔王の依り代となった青年バノッサの姿だった。
失われてしまったはずの自分の姿が、肉体が、意識が。今再び自分の所有物として元に戻ってきてくれていた。
「これで隷従の儀式は終了ですね」
「さっすがあたし! 召喚成功ね!」
「勘違いは困ります。この召喚獣は私が召喚したのです」
「はぁ!? なに言ってんのかわかんないんだけど!? あたしがちゃんと召喚の呪文を使ったでしょう!?」
見ると、すぐ目の前で二人の女どもが言い争いを始めていた。
牛みたいな胸をしてる癖してガキみたいに色気のない乳臭い女と、扇情的な服を着てる割には色気もへったくれもない体型をしている如何にもなガキ女たちだった。
周囲には他に誰もいないところから見て、先ほど自分に唇を押しつけてきていたのは、この二人だったのだろう。
だが、そんな事はどうでもいい問題だ。
所詮はどっちのガキだろうと“ハグレ”でしかないのだ。ハグレ同士の啀み合っていようと、知った事ではない。その程度の些事なら重要ではないのだ。
彼にとって最も重要な疑問。それは―――
(なぜ・・・俺様はまだ“生きて”やがるんだ・・・?)
――そう、自分は間違いなく死んだはずなのだ。いや、死ぬ事さえ出来なかったのが自分のはずなのである。
バノッサを依り代に使って魔王を召喚し、自分たちの世界リィンバウムを滅ぼさせた後、自分たちに都合の良いモノだけを召喚する事で新しい世界を思い通りに作り直す・・・・・・そんなトチ狂った計画を本気で実行しようとした外道召喚師たちの集団《無色の派閥》による魔王召喚のための儀式の中で、たしかに自分は魔王に意識を食われて消滅したはずだった。
人間である内に殺してくれと頼んだ宿敵から頼みを拒絶され、魔王に殺された被害者の一人として消滅する道を強制的に選ばされ、結果として自分という存在はこの世界のどこからも消えて無くなったはずなのである。
にも関わらず今の自分は、自分という存在を認識できていた。自分が感じた感触として口づけの柔らかさを感じ取る事が出来るように治っていた。
魔王になる過程で膨れ上がって肥大化していた肉体も、人間だったときの姿に戻っており、一体どうしてこうなったのかが召喚士でも何でも無い、成りたくても成れなかった彼にはまるで理解できなかったのだ。
だから、聞く。
たまたま近くにいて手っ取り早く話聞けそうな奴らを捕まえて、力尽くでも。
「――隷従の儀式だってしたんだから! キ、キスとか・・・星降りの塔に行こうって言ったのもあたしだよ!?」
「わ、私だって、しました・・・それに人型の召喚獣なんて見た事がありません。一般的なものに比べて、かなり強力な召喚獣に違いありませんからエルフの魔力では無理で――」
「オイ、そこの“ハグレ共”。俺様にこの場所がどこで、どうなってんだか説明しやがれ」
「「・・・えっ!?」」
教えを請う側の立場らしく、下手に出て加減した口調で話しかけてやったところ、何故だか最初の「オイそこの」の辺りから驚愕した表情を浮かべられてしまって、逆に言えば自分が“丁寧に聞いてやった質問”には答えようとしていない二人の少女達。
「召喚獣が・・・っ」
「しゃべったぁッ!?」
しかも人語を話すことさえ出来ないだろうと、見下しきっていたらしい。上から目線で優越感に浸るにも限度ってものがあるだろうに。
・・・そういえば先程からコイツら二人が交わす会話の中に『召喚した』とか『召喚獣』とかの単語が混じっていたような記憶がある。
バノッサ自身は召喚師ではなく、あくまで無色の派閥が盗み出してきた召喚用のアイテム【魅魔の宝玉】を使って悪魔達を喚びだしていただけであり、正規の召喚師たちが知る常識などほとんど知らない。
ただ『異世界から呼び出された召喚獣は召喚術を使えない』という基礎知識だけは把握しており、それ故に獣耳と尻尾を持つ獣人と、耳が異様に長い獣人たち【幻獣界メイトルパ】から召喚されてきて召喚主を失ったハグレだろうと思っていたため気にする事なく聞き流していたのだが・・・もしかしたらコイツら二人もお偉い召喚師さまの一人なのかもしれない。
だとしたら、殺そう。
質問に答えるようなら見逃してやってもいいが、役立たずな上に上から目線で見下すだけの召喚師だったら殺しちまっても何の問題もない。
自分の世界だった【リィンバウム】の――それも辺境の町サイジェントの常識でもって決めつけと独断で即決判決を下すと、腰に帯びた剣の柄に両手を添えた。その次の瞬間。
ブゥン・・・・・・と、耳に残る低音が何処ともなく響き始めた。
やがて二人の首に、黒い光がまとわりつくと、鍵のかかるような音がして―――“ソレ”が彼女たちの自由を拘束する―――。
ガチャンッ!
「あふぅっ!?」
「ふえっ!?」
「・・・・・・なっ!?」
思わずバノッサまでもが目を見開いて、驚愕のあまり剣から両手を話して攻撃の意思を奪われた“ソレ”。
材質は違う。形状もこれほど徹底したものではなかった。
だが、縛りという意味の重さでは決して劣らないモノを持っていた存在・・・・・・二人の少女の首に現れた、獣を捕らえて拘束する道具【首輪】
(――カノン・・・ッ!?)
決して似てはいない。同じと呼ぶにはあまりにも条件が違いすぎている相手と場所。
そんな相手の姿に、【余りにも大きな借りを返せないまま死んでしまった弟分の少年】を連想してしまった時点で、バノッサにはもう彼女たちを殺す事は出来なくなっていた。
彼はなにも言わぬまま、ソッと剣から手を離して驚きの悲鳴を上げている少女たちの叫びに呼応する事もなく、ただ静かに何事かを考え込みながら黙りこくっているだけだった。
――結局その後、バノッサは二人の少女の案内で町まで同行する事になり、その道中にこの世界について幾つかの情報を得る事もできた。
そして、その中からとんでもない事実を知らされる羽目になる。
どうやら自分は人間ではなく、召喚獣としてこの異世界に召喚されてきてしまったらしい。しかも理由は不明だが、どうやら召喚の儀式に不備があり【ハグレ召喚獣】と同じ立場に今の自分はなってしまっているらしいのである。
「ん~~・・・なんでー!? これが付くのは召喚獣の方じゃないの!? 召喚獣に隷従してるみたいでヤダよ~」
「そんな事はどうでもいいんだよ」
「ど、どうでもいい事って・・・・・・」
こちらの世界に生きる召喚士としては全く以て、どうでもよくない大問題だったのだが、この世界とは異なる召喚術が存在する異世界から喚び出されてしまったらしい相手にとっては本気でどうでもいい些事としか思えないらしく、躊躇いなく断言されて少しだけ凹まされる耳の長い牛のような胸を持つ少女。
だがバノッサとしては、本気でそんな事はどうでもよかったのだ。それ程に彼は焦らされていたのだから。
「――つまり、その首輪は本来、召喚術が喚び出す事に成功した召喚獣の方に嵌められるはずの代物だってんだな? そして理由は分からねぇが、召喚獣として喚び出したはずの俺様にかけようとして自分たちの方にだけかかっちまった・・・・・・そういう事だな?」
「そうです。おそらくは、という前提条件付きではありますが・・・・・・なにしろ、こんな事は他に例がないので確かな事はなにも言えないのです」
「・・・・・・なんてこった」
バノッサはらしくもなく、獣耳娘の方から聞いた話の確認を取ると頭を抱えて苦悩せざるを得ないほど皮肉な状況に歯ぎしりせんばかりとなってしまっていた。
(冗談じゃねェぞ・・・俺様が“ハグレ野郎”と同じ立場になるだと!? 冗談じゃねェ、本当にそんなモン悪い冗談にも程があるだろうがよ!!)
激しく憤りながら、彼は最期に自分の願いを拒絶して『人として殺される』という終わりを与えることなく、魔王に食われて自分が亡くなった後の自分の肉体を乗っ取った魔王だけを倒す道を選んだ大嫌いな偽善者ヤローと、期せずして別の世界で同じ立場に立たされてしまったことの不遇さを嘆かずにはいられない。
また、どうやら今の自分が召喚された世界は、リィンバウムで召喚獣を呼び出す4つの異世界【機界ロレイラル】【幻獣界メイトルパ】【霊界サプレス】【鬼妖界シルターン】そのどれにも属していない名も無き未知の異世界らしく、この世界にリィンバウムという世界に関する話は存在しないとの事だった。
「・・・しかし、いくら考えても分かりません。なぜ私たちの方に《隷従の首輪》が・・・たしかに隷従の儀式を行って成功したはずなのですが」
「んなこと俺様が知るかよ。テメェらが使おうとしたテメェらの世界の召喚術の効果なんだろう? 自分で何とかするこったな」
「「・・・あうぅぅ~~・・・・・・」」
冷然と言い捨てられて、しょぼくれるしかない二人。
キツいようだがバノッサとしては、仮に親切心があったとしても彼自身が何故こうなったのか全く分からない現象だったため、他に答えようがない回答だったとも言えはする。
実のところ、彼自身が知るよしもないところではあったが、現在のバノッサは極限まで高められた絶望と悲しみの末に夢魔の宝玉と完全に一体化して魔王と貸し、その魂を食って実体化しようとした寸前に、彼の宿敵たちによって倒されたが故に《何者にも成れなかった名も無き魔王》が、何らかの理由でバノッサの身体と意識を形成し直してこの世界からの呼び出しに応じた存在だったのだ。
このため、彼本来の力に《魔王バノッサ》としての力が上乗せされていた。
魔王が持つ能力の一つ《スペシャルボディ》は、「いかなるステータス異常も全く受け付けない」という効果を持つスキルで、本来は反射のような機能はない。
だがリィンバウムの召喚術には、もともと《相手の召喚術を跳ね返す》という効果そのものが存在していない。
異なる世界の召喚術の理によって、別の世界の召喚術の理を破ろうとした末に生じた相克という名の矛盾。・・・それが結果として諸刃の刃となって返ってきただけの事。
彼女たちには不満だろうが、仮に答えを与えられたとしても自業自得として受け入れるしか他に道はなかったのである。
「とにかく、町に戻って解除方法を探さないと・・・」
「あ、そうだ! まだ名前教えてなかったね!」
唐突に思い出したように胸のデカい方のガキが振り返って提案してきやがった。
ただ、言われてみれば自分も相手たちも互いに互いの名前を知らない。
リィンバウムの召喚術では、召喚した召喚獣に名前をつける事で召喚の儀が成立していたため逆に今の状況では気にしていなかったが、確かに二人いる相手のどちら共が『ハグレ共』では呼び出す時に面倒くさい事になりそうだった。
「あたしは、シェラ・エラ・グリーンウッド! 色々あって冒険者になろうと思ってるんだ、よろしくね♪」
「・・・レム・ガレウです。私は冒険者として“強さを示し続ける必要がある”のです。その為にあなたの力を貸して下さい・・・」
「へぇ?」
先に紹介を済ませて明るく笑ったシェラの方は完全無視してバノッサは、レムの放った挨拶にだけ興味と関心の視線を投げかけ、唇を歪ませながら他人から見れば凶悪そうにしか見えない面白そうな笑みを浮かべて相手を見直す。
嫌いじゃない理屈であり、動機だった。
少なくとも、人助けのためだの世界を救うためだのと下らない目的のために協力を求められるよりは遙かに“償いのし甲斐”があると感じさせてくれる、いい理由だと本心から思うことができる。
「バノッサだ。家名は、ない」
「バノッサだね! わーい♪ バノッサがいれば召喚術士として冒険者登録できるー♡ 話せる召喚獣なんて聞いた事ないも~ん」
そしてまた一つ、胸がデカい代わりに頭が軽そうな方の女――シェラとかいったか? の方からこの世界の情報が得られた。
どうやら、この世界の召喚術で呼び出された異世界の住人たち召喚獣は喋れないのが普通らしい。
そういう召喚獣はリィンバウムにもいたにはいたものの、基本的に人の姿をしていない者が多かった。果たしてこの世界ではどのような存在の事を召喚獣として呼び出しているのかと、僅かに小首をかしげながら二人のかしましい少女たちの後をついて行ってやる異世界魔王だった青年バノッサはまだ知らない。
この世界の召喚術士たちは、本当の意味でバケモノばかりしか存在してない連中のことを召喚獣と定義しているのだという異世界事情を―――。
その後、しばらく歩いて到着した町《辺境都市ファルトラ》の安宿「安心亭」で借りた部屋に腰を落ち着け、同じ辺境の町でもサイジェントとの桁違いな生活水準の違いに多少圧倒されそうになりながらも一息ついていたところで。
――トン、トン。
と、控えめなノックの音が部屋に響き渡った。
「どうぞ」
「失礼いたします。レムさん、皆さん」
レムから入出する許可を得て入ってきた来客の女――シェラと同等の胸と、レムとは少し異なる型の扇情的な衣服をまとった唇にルージュを指している妙齢の女。
娼婦のように見えなくもなかったが、杖を持っているところからして召喚士なのだろう。
第一、男のお供を二人も連れて、男が借りている安宿に商売もない。
「そちらのお二人は、初めましてよね。私はセレスティーヌ・ボードレーヌと申します」
「セレスティーヌって・・・もしかして、この町の魔術師協会のセレスティーヌ協会長さまッ!?」
相手の名を知ったシェラが、しばらく間を開けてから驚きの叫び声を上げる。
セレスティーヌは、この町の守る結界を維持している重要人物であり、この世界ではかなりの有名人でもあったわけだが、生憎と異世界から呼び出されてきたばかりで、この世界の事は先程から聞かされた内容までしか知らないバノッサには名前だけで驚く理由もなければ委嘱してやる気にもなれなかったので変わる事なく平然としていた。
それが後ろに立っているお供二人の内、片方にとっては疳に障ったらしく眉の角度を大きく動かしたのだが、そんなものを気にするようならバノッサが魔王に至っていた過去そのものが存在していなかったはずである。
「セレスと呼んでね。今日はレムさんに用事があって来たのだけれど・・・・・・」
邪気のない笑顔で微笑んだ後、僅かに目線を下げてレムとシェラの首の辺りに目をやってから、最後にバノッサの方へと視線を向けた後、先程の笑顔とは少し異なるものが混じった笑いを浮かべ直しながら魔術師協会長様とやらは、こう仰せになられたのであった。
「是非、そちらのお話も伺いたいわね」
そして場所と時刻は移り、夜の宿屋『安心亭』の一階。酒場件食堂にて。
「ふっふっふ~ん♪ ふっふっふ~ん♪ マットモっなご飯~♪♪」
シェラが上機嫌に歌を歌いながらソーセージを頬張っていた。
歌っている歌詞の内容から分かるとおり、金のない貧乏人が金持ちの協会長様に飯で買収されて洗いざらい話してしまう、よくある展開を晒してしまった後なのが今の状況である。
「・・・隷従の儀式に魔術反射のような現象・・・・・・大変なことになりましたね」
そんな欠食児童の食欲を前にしても些かも動じることなく大真面目に語ってくる協会長――セレスの話に耳を傾ける方が少しはマシな状況かと思い直して前を見据えると、相手もまた真っ直ぐ自分を見つめ返しながら問いかけてくるタイミングと偶然にも重なったようだった。
「バノッサさん、レムさんたちを解放してあげられないのかしら?」
「あァん? 知らねぇよ、そんなもん。別に俺がコイツらを支配した覚えもねぇんだからな、取りたきゃ勝手に取りゃあいいだけだろうさ」
「・・・なるほど・・・」
返ってきた反応から、相手が本当に解除の方法を知らないこと、そして『善意だけで協力してくれる気は全く持ち合わせていないこと』その二つを瞬時に見抜いたセレスティーヌは、内心で多少の落胆を感じながら、自分自身の良心と協会長としての利害損得を天秤にかけた上で、
「これは、1から調べるしかなさそうね・・・」
“とりあえず今のところは”そう言っておこうと思い決めて、しばらくの間の方針を決めたのだが、それに意義を挟んできた者がいた。
他の誰でもない、彼女が護衛として連れてきた部下の一人が彼女の決定に反対したのである。
前者の理由に対してではなく、後者の理由に対して配慮すべき理由を認めないと言う形での反対を・・・・・・。
「貴様ッ!! ボードレール卿に対してなんという口の利き方! 敬意を欠くと容赦せんぞ!!」
先ほど部屋で、バノッサの態度に眉をひそめていた方の男だった。
彼ほどではないが三白眼で目つきが悪く、声音には相手を威圧するものが鋭く込められた、上から目線で他人を叱り怒鳴ることに慣れている人間特有の躊躇いなく迷いのない怒声。
並の少年少女どころか青年、あるいは町では名のあるワルであっても思わず聞かされた一瞬だけは本能的に身体をすくませてしまいそうになるナニカを感じさせる相手の声。
――だが、生憎とバノッサは平和主義とかいうぬるま湯で育った国の少年でもなければ、中途半端な町でトップを張ってるだけの半端物でもなく、脅されたら脅し返すのが当たり前・・・・・・などという、つまらない意地の張り合いをしたがるガキになった覚えもない。
「へぇ? おもしれぇこと言うじゃねェか。どう容赦してくれねぇってんだ? アア?
“女の尻に隠れて威張り散らすしか脳がねぇ腰抜け”にしちゃあ、言うことだけは一丁前だったと褒めてやるよ。ザコ野郎」
――やられた相手はブチ殺すか半殺しにする二択のみ。
それが犯罪者集団【オプティス】を率いてきた北スラムの長バノッサの流儀だった。どっちが先に手を出したか、など自分には関係がない。
伊達に“ハグレ野郎”との因縁が、それで始まっていたわけではないのだ。
それを発端として始まった忌まわしい事件の引き金になる生き方であろうとも、それで破滅したぐらいで改める程度の小悪党ならバノッサは魔王の依り代になど選ばれていない。
それで死んでも、自分を変えない。変わらない。
自分の魂を食われて消滅させられた後でも、魔王の依り代として機能は出来る・・・それが故の魔王の器という物なのだから――ッ。
「なっ!? わ、私をザコ・・・ザコだ、とぉぉぉ・・・っ!?」
対して、声をかけられた男――ガラクには、そこまでの覚悟の持ち合わせはなかったらしい。
上の立場の者が力を示して、強い口調と言葉で叱責してやれば相手はビビるか恐れ入って自分の求める通りに反応するものだという前提で、彼は先の言葉を放ってしまっていた。
【格下の者を殴って反撃されること】など想定していなかったのだ。
彼は今そういう風な考え方をしてしまっているし、そういう風に考えるよう“誘導されて”しまってもいる。人として当たり前の道理など、今の彼にとっては不条理にしかなりようがない。
余りにも強烈なしっぺ返しに、先に罵声を放った側の男の方が唖然とさせられ衝撃の余りに、次に言うべき罵声をすぐには思いつけなくなってしまって口を無意味にパクパクと開閉するだけになってしまう醜態を晒してしまったほど。
だが幸運にも、そんな彼の姿を笑う者はこの場に一人もいなかった。
バノッサの余りの口の悪さに、流石の人々も思わず意識を空白にさせられてしまって、バノッサ以外の他人のことを見ている余裕がなくなっていたのだから。
「お偉い協会長様の後ろ盾がなけりゃあ、ケンカ一つ売ることも出来ねぇザコに用はねぇよ。普段なら半殺しぐらいで許してやるところだが、今日は見逃してやる。消えな。
――これ以上グダグダ言うなら殺すぞ。女に媚び売って機嫌取るために吠えてくる飼い犬クソ野郎」
「・・・なっ!? きさ・・・きさ・・・ま・・・・・・ッ!! 貴様はッ!!!」
「ガラクさんっ」
余りの怒りで我を忘れかけ、単なる脅しで済ますつもりだった初志も忘却して本気で『人が多く集まる店内で召喚術を使用する寸前』まで行きかけてしまった部下の行動を、一言だけ相手の名を呼ぶだけで制止するとセレスティーヌは続けて。
「・・・失礼ですよ」
「―――っ。・・・・・・ッ!!!」
と部下に“だけ”言動に注意を与えて、ガラクと喚ばれた護衛の男は歯がみしながら一歩退く。
それは明らかに贔屓な対応であったが、そうされる理由を本能的な部分で分かってしまうが故に彼の屈辱感と嫉妬は加速度的に増大せざるを得ないものに成らざるを得ないものでもあっただろう。
(こ、この俺が気圧されただと・・・? た、たかが“ディーマン如き”に、この俺が一歩も動けぬまま黙らせられるなど・・・・・・あ、ありえん! なにかの間違いだぁぁぁッ!!!)
激しく心の中で葛藤しながらガラクは無言のまま懊悩していた。
皮肉なことに、彼が持つ肩書きのセレスティーヌに次ぐ町の魔術師たちの中ではナンバー2の実力を持つ優れた術者であるが故に、ガラクは『この世界の召喚術の常識』に捕らわれない発想ができないタイプの思考をしてしまっており、『この世界とは全く異なる召喚術が存在する名前も知らない未知の異世界』などという話を聞かされても正確に理解することができておらず、この世界の常識を元にして【召喚術で呼び出された人間型の召喚獣バノッサ】を定義して考えてしまっていたのである。
この時バノッサの着ている鎧が、禍々しく悍ましい、悪魔の角や骸骨をモチーフに使ったものであったことが彼の誤解を増幅させる結果にも繋がっていた。
また今の彼には、“自分が信じたがっていることが本当に正しいのだ”と思い込むよう「調整」が施されてもいる。
“自分より劣っているはずの相手に気圧された”という事実を、ありのまま受け入れるよりかは種族問題に絡めて解釈して、全てを生まれの責任に押しつけた方が今の彼にとっては楽であり、“そうしたい”と思ったらそうしてしまう・・・・・・そういう心理状態になっていたから――
「・・・せっかくのお気遣いですが・・・」
バノッサのせいで悪くなりすぎてしまった場の空気を取りなすように、レムは控えめな声でセレスからの質問に答え――今さっきまでのバノッサとガラクの罵倒し合いのことは無かったことにして無視する道を選択したようであった。
「セレス、私は魔術師協会本部に行くのも、護衛をつけられるのもイヤなのです・・・」
「レムさん・・・私はね? 貴女の力になれればいいなって思っているの。貴女はこの世界にとって、とても大切な存在なのですから」
そしてセレスもそれに乗り・・・ガラクの方だけ差別待遇してしまった件については一端なかったことにして話を進める道を選ぶ。
彼女には彼女で組織の長として、また『レムの抱える事情』を知る者の一人として、責任を負っている相手が数多くあり、たった一人の部下を相手と公平に扱うために危険極まりない男とことを構えるリスクを避けなければいけない義務があるのだった。
要するに、両人とも思わずにはいられなかったのだろう。
―――コイツ、ヤバい・・・・・・と。
「・・・でも・・・自分の身は自分で守りますから」
「そう・・・」
レムからの回答に短く答え、セレスが席から立ち上がったことで今夜の会合はお開きとなった。
首輪の解除方法も含めて、魔術師協会の方でも独自のツテを使って探してくれることを約束してから暇を告げ、背を向けて店を去って行く若く有能で美しき魔術協会長。
そして、その去り際に。
「~~~~~っ」
忌々しい存在を『ブチ殺してやりたい!』と言わずとも伝わるほどの憎しみを込めた視線を、ガラクがバノッサに対して一睨みと共にぶつけてやっていたのだが。
「ハッ。負け犬が吠えることも出来ねぇでいやがるぜ」
「~~~~ッ!!!!」
「ガラクさんッ!!!」
「!!!!!!~~~~~~~ッッ」
無論のこと、バノッサの側に相手の怒りに“だけ”好きにさせたやる理由や義理など些かもない。
相手が自分をテメェの都合で憎むのは勝手だが、不愉快な思いをさせられたのは自分も同じこと。
言い返すことが大人気ないだの、許してやれよだのと喚く連中は、しょせん自分が言い返されたくない一方的に自分の憎しみだけ発散したいという願望を受け入れさせるために予防線を張っている。それだけの屁理屈でしかないのだから。
――まぁ、自分の憎しみすら正直に出す勇気もねぇ小物共の屁理屈はどうでもよいとしてだ。
「クックック・・・面白くなって来やがったなァ。なぁ、ガキ?
あの女がどこのどちら様かはよく分からねぇが、あんだけ偉そうに大物ぶってるヤツが、こんな場末の安宿にわざわざ訪ねてくるたァ、なんかデッカい事に巻き込まれちまってるみてぇだなァ? オイ?」
バノッサにとっては、レムが抱えているらしい事情の方が気になっていた。
否、その言い方は適切ではないかもしれない。彼にとってレムがどういう事情を抱えているか、など問題ではなかったからだ。
「・・・・・・そんな事はありません・・・」
「へぇ?」
どの道どんな事情を抱えていようと、自分が出来ること、自分が取れる手段、そして『自分自身がやりたい方法』それらが変わるわけではない。
相手の事情がどうだろうと、自分が選べる選択に変わりがないなら、相手の事情の内訳など知ったところで意味がないし関係もない。
「まぁ、別にテメェがどんな秘密を抱えていようと、助けを求めたオレ様に隠し事しようと最初から興味はねぇんだがな」
「・・・・・・え?」
たとえ、この世界が自分の生まれた世界と異なっていて、一体どのような世界に召喚獣として召喚されてしまったのであろうと、バノッサという男の根底にある考え方が変わることだけは決してない。
それが原因で魔王の依り代にされようとも、テメェの選んだ道でテメェの自業自得としての末路を遂げただけというなら、『間違いを選んだ自分として死にたいだけ』だ。
人様の都合だの理屈だのに迎合して考え方改めてやれるほど真っ当な生き方をしてこれた覚えは一度もない。
「テメェがどんな事情を抱えていようと関係ねぇつったんだよボケが。オレ様はただ、テメェの敵はどこのどいつ様だろうと殺してやる。それだけだ。
オレ様の舎弟に手を出そうとして殺されたバカが、『異世界の魔王』だろうと『お偉い召喚士サマ』だろうと死体にしちまった後には事情なんざ関係なくなるんだからなァ・・・クックック」
「―――っ!?」
果たしてこの時、レムが受けた衝撃をバノッサが理解できる日は来るだろうか? ・・・おそらくは来ないのだろう、永遠に・・・。
それは嘗て、自分の元いた世界で孤児だった少年を拾い上げ、自分の信じる『力の理論』を教えてやり、その時から相手にとっての彼こそが『自分の居場所となる世界そのもの』になっていたことに手遅れになるまで気づいてやることが出来なかった・・・・・・それと全く同じ相手の事情に配慮することのない、『一方的で身勝手な気遣いの言葉』
バノッサ流のやり方がそれなのだから、どうしようもない。それが現実だ。
“ハグレ野郎”たちが信じるほど、生き方ってヤツは簡単に変えられるモノじゃあない。
『自分が欲しいと思った居場所を与えてもらえないなら、力尽くで奪い取る』
それがバノッサの変わる事なき、変えるも事ない、魔王の依り代に選ばれた男の生き方であり信条でもあったのだから・・・・・・。
「少し外を散歩してくる。――ここにオレ様がいると目障りな奴らが多いみてェだからな?」
そう言って、『場末の安宿扱い』された店の店主であるメイトルパの獣人みたいな女が尻尾と髪を逆立てて「フー!フー!」威嚇して鳴き叫いてる姿にせせら笑いと一瞥だけくれたやりながら扉を開けて店を出るバノッサ。
――そして彼は、夜の町中を歩いて行く。
辺境都市とは言えファルトラは、『先の戦争での英雄』が領主として居館を構えている町だ。それなり以上の優遇措置は受けられるだろうし、召喚術師たちが齎す金に目がくらんで彼らの好意を得ようと意訳しすぎた暴政を敷くような無能な人物でもない。
サイジェントの街と同じく、区画ごとに居住する者たちが別けられてはいるものの、それは『種族』を理由とした選別基準によるものでしかないらしく、『税金を納めている者』と『納める金がない者』とで市街地とスラム街とに隔たせているものとは趣が異なってもいる。
そのため、この世界における人間――ヒューマン族と呼ばれているらしい者たち“以外の種族”である亜人種と呼ばれる者たちだけが居住するエリアでは、貧しくはあっても幸せそうな家族連れや、笑い合って愛を語り合っている恋人たちなどの姿がよく目に付いた。
彼らは一様に粗末な身なりをしていたが、実に楽しそうに幸せそうに日々を生きている。それは夜になって、子供たちが出歩かない大人たちばかりの時間帯になった今も大して印象が変わっていない。
「・・・チッ。ムカつく光景だぜ・・・・・・まったくよォ」
そんな普通の感性を持つ者なら、心暖まれる光景を見物して回りながらバノッサは忌々しそうな声と口調で呟いて、大きく舌打ちをして近くにいたカップルを怯えさせながら夜の街を歩いていた。
彼にとって、自分以外の者が幸せそうにしている姿を見せられるのは不愉快の理由でしかなかったからだ。
召喚士の適性がなかったからと父親に捨てられ、母に苦労をかけ続けてきた彼にとって、当たり前のように家族一緒に歩いている子供を見ると無性に苛立ってしまい、『どうしてオレ様より弱ェヤツが当たり前に与えられているものを自分は与えてもらえなかったのか!?』という気分にさせられて苛立たされた。
恋人同士で幸せそうに愛を語らっている二人組を見ると、『どうして父親に捨てられたオレ様を一人で養ってくれた母さんに与えられなかったものがテメェら如き召喚術と無縁なヤツには与えられているのか!?』を意識させられ、見下されている気分にしかなりようがなかったのが今までのバノッサだったからである。
「・・・ムカつくな・・・ああ、本当に腹が立ちやがる・・・」
余りにも不快さをかき立てられる光景の連続に我慢ができず、人気が全くない昼間にだけ営業している店舗が建ち並んでいる一角へと歩を進め、適当な井戸に腰を下ろして俯きながら唾を吐き捨てた。
そして何より彼を苛立たせるのは、それらの光景を見ても『何も感じなくなっている自分自身』を実感できてしまうからだ。
以前までのように、憎しみが沸いてこない。かといって羨ましさや微笑ましさが浮かんでこよう訳もない。・・・ただ何もない、“無”だけなのだ。幸せな街の人々の姿を見せつけられて彼が感じられるのは空っぽの感情にならない空白だけ・・・。
その理由が今なら分かる。今の彼なら理解できる。
そいつらが『幸せそうに過ごしている場所』に、自分が入っていきたいと思える気持ちがコレッポッチも沸いてこなくなっているからだ。
自分の求める物を他人が持っている姿を見て苛立つのは、それを欲しいと思っているのに自分が手に入れることができないからだ。
自分が得られなかった欲しいものを当たり前のように与えられている他人を見て『羨ましい、妬ましい』と嫉妬した。それが憎しみという形で結実する。
要するに、コンプレックスでしかない代物なのだろう。バノッサにはそれが解った。
嘗てあれほど求め続けたい場所が、どう足掻いても手に入らないと解った途端に『だったら世界もろとも滅んでしまえばいい!』とまで言い切った直近の過去を持つからこそ、バノッサにはそのお思いの根源となるものが分かり、それを感じられなくなった今の自分の理由もよく分かった。痛いほどに――。
「・・・・・・結局ぜんぶ、オレ様の自業自得ってことでしかねェんだろうな・・・・・・」
そう呟き捨てて、彼は自嘲する。
あの頃は憎しみが強すぎて想いもしなかったが、自分が元いた世界は決して居心地の良い場所ではなかったし、居たいと思えるほど良い思いをした記憶も少ない。ほんの僅かな仲間たちと過ごした時間も「生まれの事情」で壊す結末にしか至らせることは出来なかった。
そんな世界であったはずなのに、自分はそこに居場所を求めた? 何故だ?
・・・居たいと思える理由があったからだ。我慢してでも一緒に居たいと思える理由がある場所だったからこそ、自分は求めたし、それが最初から無い場所には何も感じるものは無い。
世界で唯一の居場所を自分の手で失わさせてしまった今のバノッサには、この世界にも元の世界にも、なにかの感情を感じさせてくれる理由がどこにも残っていないのだから・・・。
「カノン―――」
自分が殺してしまったも同然の弟分の名を呼んで、バノッサは自分の存在理由が永遠に失われてしまっていることを実感させられる。
今まで当たり前のように感じられていた、幸せそうな者たちへの苛立ちも、自分を受け入れてくれない世界に対する憎しみさえも、全て『自分にとっても唯一の居場所だった少年』がいてくれたからこそのものだったのだと、失われる寸前まで気づくことすら出来なかった過去。
それを否応もなく意識させられるから、今まで見てきた憎しみを感じていたはずの街の光景を見るのがイヤになってしまい、今までと同じ苛立ちを抱かせて欲しかったから町に出てきたというのに・・・・・・これじゃ全く逆効果じゃねぇかっ!!
―――ああ、ナニカ。
都合のいい苛立ちをぶつけるのに丁度良いバカが絡んできてくれたりはしないものだろうか?
そんな彼の、正義からはほど遠い八つ当たりのストレス発散目的でしかない願望を、果たして叶えてくれたのは、この世界の神だったのか? はたまた魔王だったのか? それは解らないが・・・・・・少なくとも、この夜。
魔王となって消滅させられながらも、幼い頃より願い続けた『憎らしい父親を殺す悲願』は消滅する寸前に果たすことが出来ていた異世界魔王青年バノッサは、その報酬によるものなのか否か、この夜の願望は叶えてもらえる権利を与えてもらえたのだ―――。
「――オイ、そこのディーマン。やっぱり昼間のヤツだなぁ?」
どこか呂律の回っていない口調で話しかけられ、振り向いた先に安宿で会った男が立っていた。
顔が赤く、手には酒瓶を持ち、数人の取り巻きと思しき男たちと同様に足取りが思しくない。
明らかに深酒しすぎて、酔っ払っていた。あるいはヤケ酒かもしれないが。
「こんな時間にフラつくのは見過ごせんぞォ? 亜人は野蛮だからなァ・・・ハハハハッ!!」
最後の件は仲間たちを振り返り、追従の笑い声を上げさせながら、酒の勢いで気が大きくなった酔っ払いは大声を出して相手を見下し笑い話の種につかう。
普通に考えるなら、酔っ払いの相手などしたところで意味はない。酔っ払いに道理など説いても理解できるはずもなく、却って火に油を注ぐだけだというぐらい子供でも解る当たり前のこと。
そう、当たり前のことなのだ。酔っ払いに何を言ったところで無駄で、却って苛出せるだけでしかないことぐらい子供でも誰でも知っている。誰でも知っていることならバノッサも当然わかりきっている。
ただし。酔っ払いに何を言っても苛出せるだけでしかなく、何の解決にもならないからというだけで、『皆が同じように無視してやるのが正しい対応なのだ』などという屁理屈を本気で信じ込むのは甘ったれた馬鹿ガキのやる行為だろう。
なぜなら話の通じない酔っ払いにも、使い道はあるからだ。――『気晴らしには丁度いいザコ』という名の使い道が・・・・・・。
「ハッ・・・・・・つくづく情けねぇ野郎だなァ、テメェはよォ」
「ああン? なんだと貴様、もういっぺん言って見――」
「女にフラれた腹いせに、酔って騒いでケンカ沙汰かァ? 大した魔術協会長の護衛サマとやらもいたもんだなァ? オイ? ヒャーッハッハッハ!!!」
「なっ!? きさ・・・きさっ、貴様ァァっ!?」
いきなりの不意打ちで完全に図星を突かれてしまい、ガラクは完全に混乱の極地に追いやられてしまうことになる。
「なんだァ? バレてねェとでも思ってたのか? 見え見えなんだよバカ野郎が。どーせテメェの背後にいる手下共も気づいてるぜ? そして内心ではテメェのことをバカにして見下してやがるのさ。
“誰にでも優しい協会長サマに勘違いして片思いしてフラれるバカな男がまた一人いやがったよ、いい見物だぜ。身の程知らずなこのバカが”ってなァ? 違うかァ?
ええオイ、他人の恋路を見物して楽しんでるだけのコイツの子分共たちよォ」
「―――ッ!!!」
『ひ、ひぃっ!?』
バノッサの指摘にあわせ、ガラクは憎しみの籠もった視線を背後の取り巻きたちにも向けてしまい、後ろめたいところもあった取り巻きたちは慌てて視線を逸らす。“逸らしてしまう”
それが相手の指摘が正しかったことを証明することになると考えもせずに行った行動が、余計にガラクの怒りを掻き立てさせ、憎しみを煽り、先ほどまでの味方を敵と同じぐらいに殺してやりたいと思っている殺気の籠もった瞳で睨み付けまくる。
その味方同士仲の良い内輪揉めっぷりを見物してから、殊更に野卑た笑い声だけを残して場を去って行くように“見せつけてやった”
「待てよ!」
そのバノッサの背中に向けてガラクは、酒瓶を投げつけて当てる。“当ててしまった”
どんなに憎ったらしくても味方は味方だ。傷つければ責任問題が生じるし、自分を責める声は他の味方からもぶつけられるかもしれない。
それぐらいなら、同じ場所に差別対象がいる場合にはソチラを殴ってストレス発散をした方がよほど良い。同じように自分を見下してきた相手であっても、同じように殴って同じリスクが自分の方に降りかかるとは限らない以上、ギリギリのところで慣れ親しんだ『都合のいい不平等は受け入れる』という「人の社会で生きていくための術」を選んだガラクの選択に、バノッサは相手からは見えない背中の向こう側で嘲笑を浮かべてやる。
「なんだ? まだ何かオレ様に用でもあるのか? ザコ野郎」
「ザコじゃない、ガラクだ。無礼な態度は許さんぞディーマン!!!」
怒りと憎しみを込め、今日出会った中では最大級の罵声をとどろかせ、ガラクはバノッサに『最後通告』を突きつける。
それが彼の立場に対する怒りからの最大譲歩であったのか、これ以上のことをやっては彼の身も決して安全とは言えないレベルになってしまう規約でもあった故の行動だったのか・・・・・・そんなことはバノッサの知るところではなく興味もないが、どちらにしろ『挑発に乗って軽々しく相手の後を追ってくるのはバカだ』という常識だけは世界の壁をまたいでも変わらない真実であるのは確かなようだった。
「ああ、そいつは悪かったなァ――『ガラクタ野郎』!! 次から気をつけてやるよ、ガラクタさんよ」
「~~~っ!!! 僕は魔術師協会の長に近い地位にいる身なんだぞ! お前のような誰の役にも立たないゴミとは違う! 分際をわきまえろッ!!」
それは今のガラクに残されていた、最後の理性が言わせた妥協の言葉。
罵倒だけで済ませてやる、受け入れて頭を下げて無礼を謝罪するなら何発か殴るぐらいで限界を超えかけた今の憤激を抑えてやっても構わない・・・・・・そんな発想から来る傲慢ではあっても彼なりに示せる最大限の慈悲であり、譲歩。
だが、バノッサからすれば痛くも痒くもない、『ありふれた日常の言葉』にしかなれなかったガラクから見ての痛烈なる罵倒。
誰の役にも立たないゴミ? なんだそれは。なんなんだ、その優しすぎて甘ったれすぎて欠伸が出そうな平凡で退屈でありふれすぎた、ガキの悪口は?
スラムに住めば、誰もがそう呼ばれる羽目になる。
たかが、召喚獣と普通の人間の女のハーフとして生まれたというだけで母親に捨てられ、人一倍優しい癖して普通のヤツより力があったというだけで迫害されてスラムに来るしかなかったカノンのように。
自由だの圧政に対する解放のためだのと綺麗事で踊らされ、革命軍とやらの捨て駒として利用された挙げ句、ゴミと一緒に召喚師たちの手で燃やされそうになった連中と同じように。
あの場所に住むことになった者たちは、皆そう呼ばれて育つ羽目になるのだ。
お前らはゴミだと。誰の役に立たず迷惑しかかけない社会のゴミでしかないのだと。
偉そうに上から目線で、毎日食う物にも困ったことがない連中から知ったような口で罵倒され見下され、人としての存在価値すら否定される。・・・それが当たり前の環境として育つのだ。
そんな彼から見れば、ガラクの罵倒は余りにも“綺麗すぎた”。
悪意が足りない、憎しみが足りない、見下しが全く以て足りていない。
所詮は、お坊ちゃん育ちのエリートでしかないガラクには、この程度が限界だったというのが現実なのだろうが・・・・・・“言ってしまった言葉”は今更どうしようもない。
相手が気にする気にしないにかかわらず、自分が自分の言葉として放ってしまった売り言葉に買い言葉の罵声には、『責任を取らされてしまう』のが現実社会の厳しさというものなのだから―――。
「ヒャッハハハハハ!! そいつはスゴい! 確かにスゲェ地位だな見直したぜ! 魔術協会の長に“近いだけ”で、長を目指してもなれなかった出涸らしの地位たァ、大したもんだ」
「なっ!? なッ!? きさ・・・貴様っ! 貴様その言い様はァァっ!?」
「テメェが無能だってことを大声で自慢すんのが、そんなに楽しいかァ? ええ? ガラクタさんよォ。
ああ、確かにこの名前はオメェには相応しいな。バカにして悪かった謝ってやるよ。
“自分より若い女でもなれた魔術師協会の長に地位”に就くことも出来なかった、出来損ないのゴミでしかねェテメェにはピッタシの名前だったんだからなァッ!!!
ヒャ――ッハハハハハ!!!!!!」
もはやガラクは何も言わなかった。答えなかった。
・・・そんな理性など、今の彼には欠片ほども残されてはいなくなっていたのだから――。
「―――貴様のことは・・・・・・一目見た時から気に入らなかったんだ・・・・・・もう殺すッ!!!」
そう言って、腰に帯びていた袋の中から取りだしたクリスタルを投げつけて、地面の上に発生させた豪風と竜巻と荒れ狂う魔力の奔流と共に呼び出された異界の住人の異形。
即ち―――召喚獣。
「フワッハッハッハ!! 無礼な態度もここまでだァッ! このあと貴様は命乞いをすることになり、許されることもなく断罪されることになるんだからなァッ!!
全てを焼き殺す最強の召喚獣! 出でよ!! 《サラマンダー》!!!」
ガラクが叫び声と共に呼び出すことに成功した、巨大な火トカゲの召喚獣《サラマンダー》
無論、この世界とは異なる世界の召喚術を知り、その世界であっても召喚術の専門家ではなかったバノッサには、見たことも聞いたこともない巨大なだけのバケモノ野郎にしか見えようがなかったが―――そんなこと今はどうでもいい問題でしかない。
―――ドクゥン。
「・・・なるほどな。“ハグレ野郎”が言ってたのは、こういう理屈かよ。アイツと同じやり方ってのは気にくわねェが、この際仕方ねェ。使ってやる。
存分に使ってやるから、オレ様の役に立てよ? 力野郎」
自分の内側から不思議と力が湧き上がってきて、教えられたこともない力の使い方が何故か解る。解ってしまう。
心の中から自然と「これなら勝てる」「戦える」と無条件に信じ込める不思議な力と気持ちが湧き上がってきて枯れることがない。
無論のこと、バノッサが身のうちに宿したこの力は、召喚の際に融合した「違う世界そのもの」という訳ではない。彼はハグレ野郎ではない以上、相手と同じ力を宿すことは決して出来ない。
彼の内に宿っていたのは、魔法の宝玉の力だ。
魔王をその身に降ろして召喚するため、自分と完全なる融合を果たす必要があった、魂が消滅する際には完全に自分と同じ物になっていたはずの強力無比な召喚アイテム。
【霊界サプレスから悪魔だけを無制限に召喚し続けることを可能とする召喚アイテム】
【憎しみや憎悪を糧として力を増幅させていく《魅魔の宝玉》】
それこそが彼の―――異世界魔王を宿された青年バノッサが、今の身体として再構築されたことで使えるようになった力の正体。
かつて元いた世界で猛威を振るった悪魔立ちの軍勢を統べる力が―――今あらたに別の世界で異なる被害者の第一号を生み出す始まりの狼煙を放つ!
「この世界で、“あのガキの敵を殺し尽くすため”には力がいる。その為なら一度は魔王にくれてやった命ぐらい危険にさらすのは訳ねェのは当然だよなァ? なぁカノン。
――お前の弔いのための最初の召喚だ! 派手に決めやがれ!!
出てこい!! 《ブラックラック》!!!」
こうして、異世界から召喚された魔王を身に宿して魔王に食われた少年は、異なる世界で本当の魔王として歩み出す第一に目の夜を迎えることとなる―――。