試作品集   作:ひきがやもとまち

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以前から思いついていただけで書いたことはないアイデアを書いてみた作品の第一号です。やっつけ仕事なので雑ですけど、練習作と思って割り切りました。

【信長協奏曲】と【織田信奈の野望】のコラボ作品で、主人公は協奏曲の中で作者が一番好きだったキャラクターを登用したものとなっております。


織田信奈の協奏曲

 ――霧けぶる『おじゃが池』そこに尾張の実質的統治者、織田信奈は一人佇んでいた。

 合理主義を標榜する信奈は、神仏を信じない。だが己の勘働きには絶対の信仰を抱いている。

 その勘に突き動かされるようにして館を抜け出し、朝靄明け切らぬ中を遠乗りをして、この池までやってきたのだ。

 まるで一寸先すら見通せぬ深い霧の只中でありながら、その霧の先にこそ自分の運命を変える何かが潜んでいるのではないか・・・という希望とも野望とも取れる奇妙な予感に導かれるように、只一人で・・・・・・。

 

 否、一人ではない。織田家中の家人ではないが、供の者を一人だけ側に控えさせている。

 おじゃが池へと向かう道中に藪の中から飛び出し仕官を願い出てきた、取るに足りぬ奇妙な小者だ。

 すばしっこく目端が利いて、『サルのような顔立ち』に、人が心許したくなってしまう愛嬌を感じさせる。

 それが本来、無礼を咎めて、その場で叩っ切ってやろうと思っていた信奈が心変わりをして、この池まで随行を許可された只一人の家臣として仕官を許した理由であったのだろう。

 

「――そう言えば、まだ名前も聞いていなかったわね。なんと言ったかしら? たしか木下藤き――」

 

 振り向きざまに、ふと思い出して名を訪ねる。

 出会った瞬間に名乗られた名であったはずだが、その顔に『サルのようだ』と印象を抱いた瞬間に、妙な違和感を覚えて肝心の名を忘れてしまっていたことを思い出したのである。

 手探りで記憶を蘇らせながら、振り返った信奈の瞳に白刃の閃きがよぎったのは、それとほぼ時を同じくした瞬間のことであった。

 

「――織田信奈殿ッ、お命頂戴つかまつるッ!」

 

 腰から獲物を抜いて、信奈へと斬りかかってくる小者の目には、明らかなる畏怖があり、恐れがあった。・・・あるいは自分は、この方の元で栄達して夢を叶えられる未来がありえるのやもしれないという迷いが彼の心を千々に乱し、刃を握る手元を震わせていたからだ。

 

 だが結局、彼が主に選んだのは駿河の大大名、今川義元であり、彼を一足早く雇い入れて織田への刺客と成したのは義元の軍師、雪斎だった。

 彼らにとって自分は所詮、捨て駒にしか過ぎぬことは知っていた。今ここで信奈を討ち果たすことが出来ぬ時には己が切り捨てられる役目を押しつけられることも承知していた。

 

 だが、それでも百姓の出でしかない彼には、身分が欲しかった。武士としての高い身分が。

 それ故に失うものが大き過ぎる危険な役割と承知で、この役目を請け負った。今さら後には退けぬ道であることを承知の上で請け負った汚れ仕事。

 

 ――野望に憑かれた者はいつ死ぬかわからぬ、それが戦国の世の常――ッ!!

 

「・・・御免ッ!!」

 

 心の中で念仏のようにして、己にあり得たかもしれない未来の可能性を自らの手で終わらせるため刃を振るい、その兇刃は避ける間もなく信奈の額へと滑り込むように落ちてゆく。

 迫り来る切っ先には毒が塗ってあり、たとえ致命を逃れられたとしても、訪れる死から逃れる術はない。

 間近に迫った死を目前にしながら、絶望に染まりきった信奈の瞳に―――ふと、『あの方の幻影』が写ったのは、果たして誰の差し金によるものだったのか。

 

 背後から振り向きざまに放ってきた刺客からの一太刀。

 ――それを刺客の背後から突如として現れ、有無を言わせず、自らも一言の言葉を給わすこともなきままに一刀の下で首を刎ね、その人生と夢の終わりを気づかせぬままに終わらせてしまった凄まじき剛剣の使い手。

 

「・・・どうして・・・あなたが・・・・・・いえ、“あなた様”が何故この場所に・・・・・・ッ!?」

 

 その人物のことを、信奈は知っていた。――今初めて会ったはずであるにも関わらず。

 その人物の名も、信奈は知っていた。――それが今のこの人を呼んでいた名ではないことを承知した上で。

 

「人の縁とはまこと奇妙奇天烈なものよな。よもやお主とかような形で再び見えようとは想像もしておらなんだ・・・。

 久しいな、“信長”。あの時わしが告げた言葉と約定を覚えておるか?」

 

 癖のある笑みを浮かべた瞳で笑う、端麗な姫将軍の顔を信奈は過去に見た覚えが“ない”

 にも関わらず、この少女剣豪が「あの御方」であることだけは、信奈にはハッキリとわかっていた。

 理由はなく、根拠もなく、さらには姿形、性別までも変わってしまわれた“今この地にいるはずのない遠き身分の貴人中の貴人”

 その人と信奈は確かに会ったことがある。だが、そのとき拝謁した御方は、この少女の姿と声をしていなかった。

 

「・・・世には確かに、坊主どもの語る絵空事のごとき奇妙なことが起きえるものよな。

 裏切り者の松永の兵どもを幾人か切り伏せ、畳に突き立てし愛刀も残り最後の一振りとなったと思った矢先、このような場所でお主と再び出会う既知を得ることになろうなどと、人の世の誰が考えつくことが出来ようか?」

 

 そして、それは信奈と相対した相手の姫武将も同様であった。

 彼の麗しくも癖のある少女剣豪もまた、信奈を知らず、信奈と会ったこともない。・・・にも関わらず自分の中の“彼”は、初めて会った美少女武士との出会いを“あの男と約した再会”と思い、心から嬉しく感じる己を偽ることが出来ない。

 

「わしは確かに、お主と小気味よい話をして、面白き者と思うたと記憶しておる。

 面白き“男”、織田信長としてだ。

 だが、お主はあの時わしを感動させた宣言を吐いてのけた変わった男ではない。

 じゃが、わしはお主のことを紛れもなく“信長だ”と感じておる。決して信長ではないと理解した上でだ。これを奇妙と呼ばずしてなんと言おう」

 

 彼女は確かに、自分を感動させる宣言を言い放った面白き男ではない。

 軍勢を引き連れ上洛し、再会を約して太刀をくれてやった正直な男でもない。

 

 ――だが“この娘”は、“あの男だ”と自分の中の何かが確信して疑念を僅かも抱かせるものがない。

 彼の姫武将『織田信奈』は『織田信長』ではない。織田信長と織田信奈は同じ戦国の世で同じ道を歩む運命を背負っている者ではない。

 

「だが、それでもわしはお主を信長だと思うておる。

 会うたこともない、初めて出会うたお主の名が信長ではなく、信奈であることを知っている己を不思議とも感じられぬ。

 実に奇々怪々、なればこそ世の中は面白きかな・・・・・・そんなところか。のう? 尾張の姫大名、織田信奈よ・・・」

 

 ――だが、『織田信奈』は『織田信長』だと彼女の中の彼は断じていた。

 家臣に裏切られ、親に裏切られ、裏切られることの連続でしかなかった己の半生。

 表面上はよい顔をして機嫌をとってはいても、内実では機あらば自分を殺して座と権力を奪おうと目論んでいる腹黒い者たちばかりの家臣共だけを周囲に侍られながら、11の齢より過ごし続けてきた孤独な形式的な国の頂点。

 

 その中で唯一、“我が足利将軍家”を滅ぼさねば天下を取れぬなら滅ぼすしかないと、己を前にして堂々と宣言した小気味よい男・・・・・・それこそが彼女であると、この娘『織田信奈』であると、彼女の中の彼は正直に宣言し続けてくれている。

 

 そう確信した瞬間、ニッと笑って思い出したように彼の御仁は信奈に告げた。

 

 

「・・・姿形、中身は変われども、たったこれだけの人数で斯様な場所まで参るところまでは変わっておらぬようで嬉しく思う。ここは暑い。わしにも事情が読み取れているわけでもない。すまぬが、お主の館に今度はわしを入れてはもらえぬか?

 所が変わり、わし自身にも変化が訪れ、元の役には立てぬかもしれぬが、養ってくれるのであれば、お主の守り刀程度はこなせる腕ぐらいは残っておるつもりじゃ」

 

 

 ・・・・・・こうして、織田信長と再会を約して果たせなかった男の世界から、燃えさかる御所の廊下を走りきる先に広がっていた霧の立ちこめる『もう一つの戦国の世』において、もう一人の現将軍と織田信奈は初めての再会を果たす。

 

 訳は知らず、なぜ突然この世界に迷い込んできたのかも知れず、ただ分かるのは裏切られてばかりの生を送ってきた彼にとって信長との出会いは救われた心地にさせてもらった恩があるという事実のみ・・・・・・。

 

 

 二人目の足利義輝と、一人目の織田信長ではない織田信奈が出会い、もう一つの戦国コンチェルトが幕を開ける。

 

 

 

【キャラ紹介】

 

『足利義輝(立場的に偽名を使う必要があるので便宜上『足義』と明記)』

 「信長協奏曲」の世界から迷い込んできた漂流者とも呼ぶべき存在。

 第13代室町幕府将軍。家臣に裏切られ、親に裏切られ、友にすら死後に裏切られることになる史実を持つ人物。

 「信奈の」の世界には大柄な青年剣士の足利義輝がいるため、彼女と会って彼と勘違いする者は一人もいないが、彼を知る者は一人の例外もなく足義を足利義輝だと確信させられて混乱させられてしまう奇妙な立ち位置にある存在。

 

 その生い立ち故に、家臣という存在を全く信じておらず、表面は取り繕っても内心では何を企んでいるのかと常に疑ってかかるのが当たり前の日常を送ってきており、歴史ある名門の長として、力がなくなれば没落して誰からも見下されるようになる現実を身をもって味わい続けてきた苦労人でもある。

 

 世界観の違い故か、「信奈の」の裏表が少ない気楽な織田家での生活を意外と楽しんでおり、汚れ仕事は進んでやりたがるが独断専行は好まない。

 信奈を守るため一武将として戦うことに、妙な楽しみと生き甲斐を感じるようになっていき、信奈からも微妙な感情を寄せられていくようになっていく。

 

 本質的には甘さのある信奈が「第六天魔王」になる必要のない、イヤな仕事をこなしてくれる汚れ役担当だが、良晴と違って現代人ではないため人を斬り殺すことに躊躇いや迷いは一切ない。

 また、史実にもある通り剣豪としての腕前は異常に高く、男の義輝とも互角に戦える唯一の存在でもあるが、原作で修行に出た後の彼に勝てるかどうかは微妙なところ。

 

 

『木下藤吉郎』

 原作において今川家から織田家に移ろうとして最初に死んでしまった、豊臣秀吉。

 今作では「信長協奏曲」の世界から義輝がやってきたせいか、あるいは彼の行動の違いが義輝を呼び寄せてしまったのか、とにかく今川家に雇われた刺客として信奈の命を狙って返り討ちに遭い戦死することになる。

 立場的には「協奏曲」と「信奈の」の中間点をイメージしたオリジナルの役柄で、人格的にもそんな感じの人。

 

 そのため蜂須賀五右衛門にこの手の汚れ仕事をやらせたくなかったためか、自分一人で暗殺任務を請け負って、自分が返り討ちに遭った際には好きにするよう申しつけた上で死地へと赴いてきていた、という描かれなかったけど良晴も取り入れた裏設定になってたりするキャラクターです。


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