試作品集   作:ひきがやもとまち

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実はけっこう前から書きあがっていたのですけど、更新止まっていたエロ作の続きを出してからにしようと後回しにしてた代物なのですけど、エロ作の方にも目途が立ちましたので先にコチラを出させてもらった次第です。
……正直、続き書こうと開いたときに完成してたこと思い出して焦ったが故の今話投稿でありまする…。


魔王学院の魔族社会不適合者 第10章

 アイビス・ネクロンの特別講義が終わり、昼休みの時間となっていた魔王学院の一角。

 校庭を見下ろす廊下の一隅で、二人の人物たちが人除けの結界を展開した上で示談交渉を行っていた。

 

 七魔公老アイビス・ネクロン本人と、混血の劣等生に過ぎない黒髪の少女の二人きりの身分差を超えた話し合いである。

 

『――我は先程、たしかに二千年の刻を遡っていた・・・アレは一体・・・』

「起源魔法【レバイド】ですよ。局所的に時間を遡って相手の忘れている記憶を無理矢理引っ張り出してくるための遺失魔法なんですが・・・」

 

 柱に背を預けながら腕を組み、相手の質問に答えてやりながらも、あまり碌な使い方をした覚えがないから好きじゃない魔法の説明をこなし、いくつかの嫌な過去の出来事を自分の方が忘れ去ろうと頭を振ってアイビス・ネクロンから引っ張り出した記憶だけに意識を集中させようと努力する。

 

 もともと本人も忘れている記憶などというものは、忘れたいほど嫌な記憶かどうでもいい出来事かの二つぐらいしかないのが一般的な代物であるが、あの魔法を使って引っ張り出したかった記憶が後者であった事例はほとんどなく、前者の記憶で嫌な映像を見せられなかった事例はもっと少ない。

 

 つくづく嫌な目的にしか役立たない魔法だったが・・・・・・だからこそ、こういう時には余計に他の嫌な思い出が蘇らせられてきて不愉快極まりない気分にさせられずにはいられなくなる。

 

「・・・ですが、あなたの記憶を幾ら遡っても私のことを覚えている記憶は一つもなかった。

 出てきたのは、ただ【暴虐の魔王、我が主、アヴォスビルヘビア】という強い忠誠心と共に刻みつけられていた記憶のみ・・・」

 

 不快そうに口元を歪めながら、黒髪の少女は先ほど見せつけられた嫌な想いと記憶について少なすぎる情報しか得られなかった事実を吐露する。

 まったく・・・不愉快極まりない話である。

 

 アレだけの暴虐を犯しておきながら、当時を見てきた“被害者の一員”が「自分にされたことと恨みを覚えていない」などという馬鹿げた話があるなどとは実に不愉快極まりない。

 元より、ああいった行為をする時には死ぬまで恨まれて、後ろから刺し殺そうと襲われる未来まで承知の上で行うべき所業なのだから忘れられていたのでは肩すかしもいい所。

 

 まして、自分の名前ではなくとも『暴虐の魔王』に対して『忠誠心』とは・・・分不相応にも程がある綺麗すぎる想いで反吐が出そうになるほど不愉快極まりない記憶であった。

 

「・・・どうやら過去そのものが改竄されているようですね。あなた一人の記憶を弄くるだけなら手落ちもいい所すぎますから・・・」

 

 だからこそ、敢えて話題をそらす。人でも魔族でもなんでもいいが、権力機構の薄汚れた実務的な話を考えていた方が気が紛れる。

 

 

 ――現在の魔界には魔王の時代から生き続ける七人の重臣達が七魔公老として君臨しているらしい。

 つまりアイビス以外にも六人の大魔族が、当時の魔界と自分のことを知っている者たちだったと言うことだ。

 この場合、一人一人の記憶を弄くっただけでは他の者の記憶と辻褄が合わない部分が出てきてしまい、自分の記憶に対して違和感と疑惑が形作られてしまうことになる。

 

 洗脳だろうと盲信だろうと、それを解くための第一歩目は「疑うこと」「違和感を持つこと」なのは人間魔族・宗教魔法の別なく全てにおいて変わることはない。

 そうでないものを、“そうだ”と思わせる行為には必然的に無理が生じて綻びが生まれやすくなり、そのヒビ割れを誤魔化すため新たな嘘の記憶を与えて、また矛盾と違和感を増やし続けるイタチごっこ。・・・それが黒髪の少女自身が知る範囲での洗脳魔法と宗教的盲信の欠点。

 

 ならば、都合の悪い過去の記憶全てを無かったことにしてしまえばいい。全部無かったことにして辻褄合わせも整合性を取る必要も無くしてしまえば、個々の違いなど問題にもならない。

 証拠隠滅のためには、犯行現場ごと綺麗サッパリ消滅させてしまえばいいのと同じ事だ。全部が全部チリと灰になった後から何が出てこようとも、白き灰から深紅の記憶も光輝く思い出話も連想できるというものではなくなっているのだから・・・。

 

 

『つまり、お前こそが我が真の主、暴虐の魔王だと言うのか・・・?』

「ええ。暴虐の魔王の名はアノス・ヴォルディゴードです。間違いありませんよ? 覚えていませんかね?

 あなた方に兄弟の一人を殺させて、先代魔王への反逆に加担させた簒奪者の悪名を・・・」

『・・・・・・』

「その悪名が、二千年の間に綺麗な勇者魔王の名に書き換えられたみたいですね。

 “アホッス・ヒルヘビア”とかいう格好の悪いお名前に」

『・・・その記録を書き換えた者とは、何者のことを指しているのか?』

 

 立場故か、あるいは忠誠心からなのか、敢えて挑発の部分は聞こえなかったことにして話を進めてくるアイビスに対して、黒髪の少女もまた相手の配慮に全く気付く素振りも見せぬままに一言だけバッサリと、

 

「バカですか? あなたは」

 

 と白っぽい目つきで、バカを心底から見下す視線で七魔公老の一人にハッキリと罵倒してのける。

 

「それとも二千年の刻を遡ったせいで、時代ボケにでもなっちゃってます? 昔からよく言うでしょうが。

 “犯罪が行われた時、その犯罪によって一番利益を得る者こそが真犯人だ”ってね。

 情報操作と記録捏造とかの隠蔽工作をしてまで作り上げられた今の魔界で一番利益を得ている者は誰なのか・・・少し考えれば子供だって分かる当たり前の結論でしょうに」

『・・・・・・』

 

 キッパリとした口調で黒髪の少女は断定し、その逆にアイビス・ネクロンは肯定も否定もすること無く無表情に無言のままで無反応を貫き通し、さり気なく体ごと窓の方へと向き直って窓外へと視線を移す。

 

 魔族社会の情報だろうと、人間社会の情報だろうと関係なく、世の中に飛び交う情報というものには必ずベクトルがかかっているのが常である。

 誘導しようとしていたり、願望が含まれていたり、その情報の発信者の利益を測る方向性が付加されていなければ、発信者にとって嘘を広めるために労を払う意味や価値が存在しなくなるのだから当然のことだ。

 それを差し引いて考えていけば、より本当の事実関係に近いものが見えてくる。それが真偽の定かでない情報によって社会を支配しようとする暴君共に騙されて利用されないようにするための考え方。

 

 かつて彼女も、“たった一人の友達”と一緒に魔界中の碌でなし大魔族幹部を暗殺して回ってた時には、様々な嘘やでまかせによって罠の中へと引きずり込まれ、人質にされてた人を守りながら突破するのには難儀されたものである。

 

(・・・悪ぶってる割に、お人好しすぎるところがあるのが彼でしたからねぇー・・・。

 フォローするのには結構苦労させられたものですが、それをイヤと思って忘れたい記憶になったことがないのは良い思い出だったということでもあるんでしょうね・・・)

 

 あの頃の苦労によって、もともと猜疑深い性格だった自分は、より他人と物事と情報というものを疑うようになってしまった訳でもあるが、それが二千年の時を超えて思わぬところで役立っているのだから、つくづく世の中と未来の可能性というヤツは底が知れない。

 

 尤も―――それと比べれば、この過去改竄を行ったヤツには妙に大雑把で杜撰な処置が散見される所が気になってもいるのだが・・・・・・。

 

『・・・たしかに我の記憶が消されたと仮定した場合には、その説明で納得がいく・・・』

 

 純粋な疑問か、話を逸らすためなのか、あるいは地位立場の関係から回答を避けたいという保身的発想故のものなのか。それは判然としないながらも、アイビス・ネクロンは黒髪の少女の言葉を否定せず、だが肯定だけもしない返答を返してきたようだった。

 

『だがアノスよ。我の記憶を消したのは、お前の仕業と言うことも考えられなくはないか?』

「ふむ?」

『刻を超越する力を持つ者の言葉を軽んじることはできぬが、お前がただ暴虐の魔王に仇なさんとするだけの野心家でしかない可能性も否定できまい?』

「なるほど、よい推論です。あなたの立場では、そう考えたがり、そう答えた方が都合が良いというのも理解できなくはありません」

 

 毒のある言い方で相手の主張に一定の理解と譲歩を示しながら、『今のところは――』と続けようと相手が声を出そうとした、その瞬間に。

 

「――と、言えれば良かったんですけどね~。残念ながら、その可能性はありません。少なくとも、その推論では根拠にならない。証拠能力は0以下ですよ、アイビスさん。

 魔王学院の学院長さんの答案に、0点回答を出してあげましょう」

 

 ニヤリと、意地悪な笑みを浮かべながら先手を取って、相手の発言を制した上で、僅かに無表情だった骸骨面に戸惑いの気配を浮かべさせることに成功したことを内心で喜びながら、黒髪の少女は相手の答案の矛盾点を指摘して間違いを正す教師の職務を代理してあげる。

 

「もし私があなたの記憶を先の魔法で消して、書き換えることも行っていたとするならば、先程も同じ事をすれば済んだ話ではないですか。それこそ“今ここで”それをやって納得させない理由説明ができません」

『・・・・・・』

「相手の記憶を消すことが出来て、書き換えることをやった事があるのも私だったらという、あなた説が正しいとした場合には、今ここで同じ事をやらないのにも、わざわざ自分から教えてやったという行為にも何か裏があって、『どんな目的かは分からないが何かに利用するために教えただけに決まっている!』・・・という人間の小者達が好みそうなアホ議論ゴッコが成立してしまうという訳ですな・・・ハハハ。悪魔の証明ですか。

 魔界の魔族が悪魔の証明―――韻を踏んでいて、なかなかいい文章になりましたね~♪」

『――――とにかくっ』

 

 僅かに苛立ったように声量を高めて、思うように進まぬ秘密裏の会合に業を煮やしたかどうかまでは分からないながらも、アイビス・ネクロンは不利になりかけてきた話題を強引に打ち切らせて結論のみを絶対的な答えとして口にする。

 元より、その結論以外には出せるものでもない立場であり関係でもあったのだから、最初からそうすれば良かったのだが・・・・・・それが二千年前の主との記憶が僅かにでも蘇ってきた故なのか、それとも何か別の思惑あっての事なのか。それもまた悪魔の証明にしかなりようのない類いの疑問であろう。

 

『どちらの魔王も、真なる我が主である可能性を持つ者たちである以上、今のところ我の立ち位置は中立としておこう。

 ・・・そなたの減らず口には、何か忘れていた悪意を感じるのも事実ではあるのだからな・・・』

「そりゃ有り難いことです。私としても残り少ない竹馬の友と敵対したいと思う理由もありませんのでね」

 

 黒髪の少女は不敵そうで、少しだけ嫌味ったら癖のある笑顔を相手の向けて――それが密談の終わりを示す合図となってアイビスは背を向け、黒髪の少女はその背中が去って行くのを黙って見送る。

 

(やれやれ・・・本気なのか惚けているだけなのか。相変わらずよく分からない人でしたねぇ~)

 

 そして、相手に聞こえないよう自分自身には精神障壁の魔法を展開させた上でボソリと、相手から聞いた話の感想と評価を心の中だけで自分自身の結論として口にする。

 

 

 十中八九―――アイビス・ネクロンは自分の【敵】となっているだろう・・・・・・という結論を。

 

 

 七魔公老という現在の魔界の重鎮で、現魔王アヴォス・ビルヘビアの側近中の側近というアイビス・ネクロンの立場で考えた場合、黒髪の少女のことを“現魔王に仇なす可能性のある反逆者候補”と認識しておきながら中立の立場を取るとするなら、それは反逆の黙認であり、反逆に加担することを示す言質を取られてしまう発言になるものだった。

 

 そのことをアイビスが知らないとも思えない。監視者がいるから取り繕った言い方をしただけという可能性は、この場合には考慮しなくて良かろう。

 が一方で、主に密告して判断を仰ぐという気はないようでもある。少なくとも、今のところはだが。

 もし、そうする時には先の会話で仲間に加わる事を明言していた方が効率が良いからだ。より多くコチラの情報を引き出す事ができる立場を得られる。

 説得力を持たせるために敢えて中立を、とか、高く買ってもらうために勿体ぶって見せただけ・・・といった様な一般論はこの際除外してしまっても構わない。

 

 アイビスが本当は自分のことを覚えていたか、もしくは思い出したかだけが味方になってくれる条件の今回のように希なケースでは考慮する必要のない可能性だからだ。

 

 ・・・・・・その程度の小者たちに対して、“本物の”暴虐の魔王がどのような評価と役割を与えてやってきたかを・・・二千年前の戦いの中で行ってきた行為の記憶を思い出せていた場合には、決して選びたい気持ちになどなれなくなってはずなのだから―――。

 

 

「――アノスさん」

「んぅ・・・?」

 

 暗い思考に囚われて【レバイド】を使うことなく自分の頭の中のみを二千年前の刻にまで巻き戻させていた黒髪の少女の鼓膜に、固い声が現実の現代から届けられ、視線を向けた先の人物の姿を起点に意識と視界を適合させてピント合わせをし、自分の心と体を完全に現代へと舞い戻らせた彼女の視界に映っているものを知覚できるようになった。

 

 紫髪のポニーテールと豊満な胸。

 少しキツめの美貌を持った美人が、不快そうな表情を浮かべて佇んでいるのが見えた。

 自分たちのクラス担任、エミリア先生である。

 

「あなたの班員の落とし物です。渡しておいて下さい」

 

 苛立つ、とまでは言わないまでも本意ではない義務としての遂行をイヤイヤしているだけといった口調で語られた内容から、どうやら先程のアイビスとの会話を聞かれていた様子はなく、それどころかアイビスが先程まで此処にいたことさえも知覚できていなかったらしいことが窺い知れる。

 

 なにしろ復活した暴虐の魔王率いる真魔王軍の構成員は現在の所たった二人しかおらず、そのどちら共がアイビス・ネクロンの血を引くネクロン家の一員なのだ。

 何らかの事情があって本家の一員とは扱われておらぬとは言え、遙か格上の当主本人と一対一で話し合える間柄の生徒相手に、ネクロン家の一門に連なる者への誹謗中傷はしたくはなかろう。

 チクられてしまったら身の破滅を招きかねないことでもあることだし、本家の方ならともかく、もう一人の方のために自分が損をさせられるのは御免被りたいのが彼女の嘘偽りなき保身的な本心なのだろうから。

 

「班員って・・・どちらの?」

「サーシャさんではない方です」

「・・・妙な言い回しをするものですね」

 

 面白そうにクスクス笑いながら評されて、差別発言をしたエミリア先生の方が逆に気恥ずかしさと不快さと同時に味わい顔を逸らさせられてしまう恥辱までもを味わう羽目になってしまった。

 

 別に嫌がらせをしたかった訳ではなく、むしろ今回は素直に純粋に面白言い回しだったと感心したからこそ笑っただけではあったのだが、差別発言を聞かせた側と聞かされた側とでは今回、認識を共有してはいなかったらしい。

 

 皇族の一員であり、現ヴィルヘイドの最強剣士を兄に持つ名門出身のエミリアとしては、同じ皇族の家名を持ちながら平民の混血と同じ地位身分にあるミーシャという存在は、決して好ましいものではないのだろう。

 あるいは、生まれた時からの混血の平民よりも、尊き血筋を穢した面汚しという評価を下しているのかも知れない。

 たとえそうだったとしても、ネクロン家の家名を持つ相手には本家かアイビス・ネクロン直々の許可でも得られない限りは直接手出しをする訳にもいかない。

 

 それらの晴らしたくても晴らせない鬱憤が、もしかしたら今の彼女の対応に現れているのかも知れないな・・・・・・と黒髪の少女は思いはした。

 

 ――だが別に、そうだったからといって自分の班員と赤の他人の教師とを天秤にかけてやる義理も黒髪の少女には存在しなかった訳でもあるのだけれども。

 

「それは構いませんが・・・なぜ先生ご自身の手からお渡ししにならないのでしょうかね? ミーシャさんなら先程、校庭の方に行くのを見かけましたが?」

「・・・・・・っ」

 

 敢えて、馬鹿丁寧な口調で取り繕った断りの文言を返しながら、届ける相手の所在地もついでに提供してやることで、今ここにいる自分と相手のどちらが行っても変わりはない状況を作り出し、相手の心情を逆なでさせて睨み付けられる。

 当然、黒髪の少女がその程度のことで臆する理由などどこにもないのだが。

 

「・・・彼女は、あなたの班員でしょう?」

「ええ。そして先生の生徒でもありますよね♪」

「・・・・・・」

 

 ニッコリと笑顔で返されて、余計に不機嫌そうな表情になるエミリア先生。

 その表情を見て、「これぐらいが限界か」と遊べる状況を破滅にまで持って行かぬよう手頃なところで見切りをつけて。

 

「冗談です。そう怒らないで下さい、綺麗なお顔が台無しです」

 

 そう言って、相手が何か言おうと口を開こうとしていた瞬間には発言を制して先回りをし、手に持っていた学園生徒のバッジを人差し指と中指だけで挟んで優しく奪い取ってやると、サッサとこの場を去るため美人先生には背を向けて

 

「ご命令、謹んで拝領させていただきます。先生はどうか安心して、心安らかに吉報をお待ちいただきたい」

 

 そんな風に大仰な言い方で安請け合いすると校庭の方へと真っ直ぐ向かい、出鼻を挫かれてしまったエミリア先生は、しばらくの間どうしようかと迷っていたようだったが、結局は職員室へ戻るしかないと判断したのか何も言わずに大人しく自分も背を向けて廊下を去って行く道を選んだ。

 いくらなんでも、自分から頼んだ依頼を請け負って、それを果たしに行こうとしている生徒を教師のプライドだけで足止めする訳にもいかない。

 場末の庶民学校に勤める三流教師たちならいざ知らず、次期魔王候補を育成している魔王学院では家柄だけでなく、教師の質もそれなりに問われる。

 

 何しろ教師たちの全員が皇族出身者ばかりの学校なのだ。

 同じ皇族出身者同士でなら、無能な皇族よりも有能な皇族を・・・・・・当たり前の発想だろう。

 階級差別が激しかろうと、別に支配者階層同士だけなら差別も偏見もない理想郷が形作られるという訳でもないのだから、自己の立場と感情との両立を計らねば身の破滅につながりかねない名門出身の先生としては、節度ある保身として称えられるべき分別と言える・・・のかもしれない。

 

「やれやれ・・・」

 

 そんな相手の行動を、自分が去って行った後も魔力の移動で感知していた黒髪の少女は肩をすくめずにはいられなくなる。

 そして思うのだ。

 

 

「あなたと過ごした、あの頃の時間は楽しかったですが・・・・・・。

 あなたは私と過ごしていて、本当に楽しいと感じてくれてたのでしょうかね・・・アノス」

 

 

 そう思い、そう考えて、そう疑問を口に出す黒髪の少女。

 建前で取り繕って、憎しみという本心すらも悟られぬよう隠し合うのが当たり前となった現代の平和な社会の中で、敵への憎しみと怒りを隠すことなくぶつけ合っていた争いの時代を思い出してしまった今この時だから思わずにはいられずになり、どうしても疑問に思わずにはいられない。

 

 本心の憎しみをぶつけ合ってしまえば戦争にしかならないだろう。それは分かる。戦争を避けるため我慢する努力を否定するつもりはサラサラない。

 

 ただ・・・・・・嘘を吐き合って、本心を隠し合いながらでないと維持することのできない平和という社会が【嘘ではない証明】というものを出来る者が、はたして人間界や魔界や精霊界、神界まで含めてすら実在することが出来るのだろうか・・・?と。

 

 ふと、そう思わずにはいられない。

 そんな何事もない一日でさえも、あと二時限で終業時間を迎えようとしている。

 

 

 

つづく


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