本当はハンターズギルド職員をボコるまでを書きたかったのですが、間が空きすぎましたので速度優先にした次第。
長いスパンを開けすぎるとこういう面で困りますよね…バケモノも本気でどうにかしないとガチで怖くなってきてる今日この頃です…(ぶるり)
マフィアが支配する町、インディゴス・・・警察もマフィアの前では小イヌ同然にまで成り下がる・・・そんな町。
そして、それ故にこそ無数の【法の眼の死角】がインディゴスの中には発生しやすい。
それらは、今では住人が誰もいなくなったマンションだったり、倒産した企業が使っていた元本社ビルだったりと、隠れて拠点を築くのに適した高層建築物が多いのだが。
・・・それら高層建築物と高層建築物との間に広がる限定空間こそが、仕事の間だけ一時的に使える仮拠点としては最も適している条件がそろっているという事実を知る者は意外なほど多くはない・・・・・・。
両側を高いコンクリート製の建物に遮られて見る事ができず、正面からしか発見できる出入り口も存在しない、守るに易く攻めるに難い人工物によって自然に形作られた天然の要害。
唯一、追い詰められたときに逃げ場所がないという欠点を有しているのが難点だったため、いざというとき用の緊急脱出手段を自前で用意しておく事が大前提となる場所ではあったものの、それ以外の面では非合法組織にとって理想的とも呼べる場所。
特に、『新たに見つかった盗賊団のアジトを即席で仕立て上げるため』であるなら最高の立地条件が整っていたと断言できる。
エルククゥとリーザが、ハンターズギルドから依頼を受けて赴いた赴いてきた盗賊団のアジトがあるはずの場所は、そういう路地裏の一角にあった・・・・・・。
「エルククゥ、こんなにゆっくり歩いていていいの? ハンターズギルドの人から、急いでって言われてたんじゃ・・・」
前を行くリーザから振り返りながら言われた言葉に、エルククゥは槍を担いだままの肩を器用にすくめて気のない口調で返事を返してあげるだけ。
「ご心配なく、リーザさん。盗賊団のアジトは逃げたりしませんし、逃げ道もありませんよ。両側を高い壁で囲まれてたんじゃ、逃げようもないでしょうからねぇー」
「それはまぁ・・・そうかもしれないけど・・・・・・でも・・・・・・」
少しだけ膨れっ面を見せて不満気な返事を返してくるリーザからの反応。
まぁ、彼女の気持ち的には解らないでもない反応ではあるだろう。初仕事な上に、相手はモンスターを悪事に利用している盗賊集団なのだから、モンスターと心を通わす特殊な力を持った彼女から見れば許しがたい連中だろうし、たとえ殺せなくても止めたいとは本気で思わざるを得ない事情が彼女の側に揃ってもいる。
存外それも敵の狙いだったのかもしれないが・・・・・・人としては正しい怒りであり義憤であり感情論でもある事だし、まぁいいかと割り切ってエルククゥは悠然とした歩調で足を進めていき『無駄な体力消耗』を最小限に抑えることだけを優先し続ける。
「・・・あれ? 行き止まりみたいね。どこかで道を間違えたかしら?」
「そうですねぇ、何もないですねぇ。不思議ですねぇ~、ミステリアスですよねぇ~」
そして案の定、モンスターを使う卑怯な盗賊どころか猫の子一匹いない閑古鳥が鳴いた無人の行き止まりがあるだけな、依頼先である路地裏奥の行き止まり。
人生の行き止まり、命の終着駅、自分たちの人生ここで終わり・・・とかの意味合いでも付与させた場所指定だったのかな~とか、そんな洒落たようで全然シャレにならない散文的この上ない感想をぼんやりとエルククゥが頭の中に思い浮かべた瞬間―――
「・・・!? エルククゥ!」
隣に立つ、リーザから警告の声が鼓膜を響かせられてエルククゥは、ゆっくりゆっくりとした動作でノンビリと振り向き。
見つめた先に・・・・・・見つける。
「お前がエルククゥか・・・?」
せせら笑うような口調と共に現れた杖を持つ一匹の魔物が、リーザたちのいる路地裏の奥の一本道しかない出入り口の先で嗜虐の笑みを浮かべて彼女たちの逃げ道を塞いでいる。
そして互いは、二人同時に「ニヤリ」と笑って口を開き、
「ウソの情報でノコノコやって――」
「いらっしゃ~い☆ お待ちしてましたよ魔物さん♪」
そして先に言葉を放ち終わった側が口を閉じると同時に、言い終わっていなかった側も口を閉ざし、不愉快そうに歪めた表情を浮かべ直して相手のニヤケ面を睨み付けて黙り込む。
相手の反応は、魔物の対局に位置するものだった。
彼としては、相手が自分たちの流したウソ情報を見抜く事もできずに引っかかって誘き出されたマヌケだと見下しきっていたのだが、先に言い終わっていた相手の発言は彼の予測の真逆であった事を示唆するものだったからである。
相手の選んだ『勝ち誇ったセリフを途中まで言って黙り込む』という選択肢を前にして、逆にエルククゥは饒舌になってバカ丁寧な口調で相手を挑発して馬鹿にする。
「まずは、わざわざのお招きを感謝させて頂きますよ魔物さん。
――自分たちが誘拐してきたモンスター使いの少女が逃げ出して、マフィアの支配するインディゴスに逃げ込んでから数日後に出所を確かめることのない非合法な依頼を扱うハンターズギルドまで盗賊団討伐の依頼という形で舞い込ませてきた紹介状・・・・・・。
しかも、“モンスターを使う卑怯な連中”という分かり易いオマケ付きで名指しして頂いた丁寧さには感謝に尽きません」
一礼して、柔和な笑みを浮かべながら遠回しな言い方を装ってるだけで、実際には分かり易いほどに分かり易いあからさまな罵倒と侮蔑を口にした後。
「いや、本当に・・・・・・貴方たち愚かなモンスターのバカさ加減には感謝に尽きません。お礼として皆殺しにしてあげますから、無駄な抵抗をするため掛かってこいよ。馬鹿ザコ野郎ども。捨て駒のザコに用はない。三下は死ね。存在自体が不愉快なだけですのでねぇ・・・・・・」
「・・・・・・殺せッ! このクソガキ共を八つ裂きにして殺してしまえッ!!」
挙げ句の果てには、アッサリと安っぽい挑発に乗ってくれる、罠にはめたと思い込んでいただけのザコ魔物。
自分たちが信じ込んでいた優位性が幻想だったと教えてやっただけで大物面して取り繕っていた化けの皮が剥がれてゲスな本性を丸出しにしてくる辺り、『所詮は使い捨て』というところか。
持っていた杖を振り回すようにして部下の魔物たちを召喚すると数を増やし、一気に数の差でたたみ込んでくる腹づもりのようだった。
「という訳です、リーザさん。適当な練習相手を用意してあげましたから、レッツ罠突破トレーニング開始です」
「エルククゥ!? 分かってたたなら最初に教えておいてよ! あなた前から思ってたけど秘密主義をやり過ぎてると私は思うの!」
「・・・改善するよう努力してみましょ・・・」
痛い所を突かれてソッポを向きながら槍を下ろし、両手で握って軽く構えてから牽制するように穂先を前に長く伸ばす。
だが魔物たちの群れは恐れる事なく、まっすぐ前へと進んできて力業で雌雄を決してやろうという高い戦意を示すのみ。
状況的に有利な場所へ追い込んでおきながらトドメを刺させる部隊の数が少なく、その割には碌な作戦もないまま正面から突っ込んでくるだけの力押し一辺倒な戦い方。
「あ~らよっと」
【・・・・・・ッ!!】
ブスッと、一刺しで火の玉状をした魔物の急所となっていた核の部分を刺し貫いて一発で仕留めて、まず数の差を一匹減らす。
すると―――
・・・ブゥンッ!
案の定というべきなのか、当然の結果と言うべきなのか。
一匹殺されたら一匹新たに補充され、また次の一匹を殺したら次の一匹が補充されてくるという絵に描いたような消耗戦の構図が作り上げられていく始末。
「どんどん出てくるよ!? エルククゥ!」
「そうですね。切りがないですね。どうしましょうか?」
そう言いながら、最初に現れて自分たちに語りかけてきた部下の魔物たちを召喚したリーダー格の杖持った魔物も殺してみるが、やはりコイツも数の内の一匹。
一匹減っただけなら、また一匹足せばいいだけの存在。文字通りの使い捨て。幾ら殺されても代わりは幾らでも用意できる、自分にとっても敵にとっても単なる数字の1でしかない名もなき捨て駒兵士の下っ端でしかなかったようである。
敵の使ってきた戦術は、コチラを消耗させて疲れ切った後にトドメを刺すという典型的な数の有意差を生かす戦術の基本であり、シンプルであるが故に奇策で入り込む隙間が見つけづらく、体力消耗を抑えながら時間を稼いで状況の変化を待つという正攻法しか碌な対応手段が存在しない、魔物たちが使ってきたにしては存外に堅実で正統的な正攻法の戦術。
だからこそエルククゥとしては、自分から動いて体力を消耗する量を少しでも抑えるために言葉だけで相手から近寄って来たくなり易くさせて、『自分はできるだけ動かず楽して勝つ戦法』を最初から用いるつもりで待ち構えるしかなかった訳である。
意地が悪いやり方だとは思うけど、ニセ情報で誘き出して罠に落ちたところを数の差でブッ潰しに掛かってきてる相手にフェアプレー精神も正々堂々もないだろう。
卑怯な手段には卑怯な手段を!・・・というほど対したものでもなく、ただ単に大多数の敵を少人数で挑んで戦うときに、正々堂々の基準はどうやって決めりゃいいのか分からなかっただけなので文句がある場合には出版社にでも行って新しい辞書でも作ってもらうより他にない。
(・・・とは言え、罠っていうのは複数を仕掛けてあるのが基本の代物でもありますからね~。
時間掛かって最初の第一段階が思うように行かなかった時には、第二段階を作動させてくるのが定石といえば定石。堪え性ある相手とも思えませんし、時間稼ぎさえし続けていれば焦れてなんかしら手を打ってこざるを得なくなってくるでしょーよ)
気楽に考えながら、消耗目的でザコばかりぶつけてくる敵部隊を必要最低限の動作だけで槍を振るってテキトーにいなし続けるエルククゥ。
敵組織としても、人気のない路地裏の奥とはいえ居住区内で乱闘騒ぎが延々と起き続けているのは好ましい事ではないだろうし、民間人からの注目など無視してかまわないと言うなら誘き出して闇討ちなんて方法論をとる必要性がそもそもない。町全体を大軍で包囲して一人残らず虐殺させてしまえば良いだけなのだから当然だろう。
実際に――エルククゥの生まれた故郷の村は、それをやられている。
一度使って成功した蛮行が二度使えないという理屈はない以上、使えないのではなく『出来れば使いたくない事情』が相手にあるという事なのだろうと、彼女は当たりを付けていた。
その予測は概ね的中しており、アルディアを支配するガルアーノが現地責任者となって進めていた計画に必要不可欠な装置がようやく完成して、計画開始の日時も数ヶ月前から段取りを付けてある。
問題は、アルディアにとって晴れの記念日を自分たちの為に利用しようと画策して進めてきた計画であったため、最近になって突発的に生じさせられたエルククゥたちの一件を絡ませるとなると両立が難しいという問題点だ。
首都プロディアスで起こす計画を、真逆の方角にあるインディゴスで大惨事が起きてしまったせいで延期させられるというのは出来れば避けたい。
もちろん無理強いして強行させることは簡単だったが、『保険』がかけられる計画のためにリスクを買ってやるほどの価値をガルアーノは今のエルククゥたちに感じていない。
それを感じるようになるのは今しばらく後の話。彼女たちのせいで自分の計画が色々と邪魔され初めて苛立たされることが多くなった後になってからの話である。
(さて、そろそろ潮目が変わっても良い頃合いだと思うのですが・・・・・・んぅ?)
テキトーに槍を振るってリーザに近づこうとしていた魔物の動きを邪魔して仕留めやすい戦況を作り出してやりながら、間合いが短く手も短いザコ魔物たちを牽制し続けヒマ潰しをしていたところ。
「・・・?? なんでしょう・・・? 新手、でしょうかね・・・?」
今までのパターンと少しだけ違うことが起きてきたことに、いぶかしみの表情を浮かべて路地裏へと続いてる唯一の通路の先をすがめ見て。
「ゲッ!?」
っと、女の子としては余り言ってはいけない言葉を、発してはいけない表情で叫んでしまい、苦手な相手が到来してきたことを心底から嫌がる年頃の少女らしい表情を浮かべて顔をしかねる。
要するに・・・鬱陶しい大人が来たことを煙たがるガキ臭い表情になったのである。
「警官隊、全員突入ッ!! 市民に危害を与えかねないモンスター共が市街地へ入り込む前になんとしても捕まえろ! 一匹残らずブタ箱にぶち込んで電気椅子に送ってやれぇぇッい!!」
『うおおぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!!!』
揃いの青い服を纏って、同じ青い警帽を被りあった筋肉の塊たちの集団が、今までは一匹減っても一匹ずつしか現れなかった道の先から団体さんで押しかけてきて、ヤクザみたいな怒鳴り声を上げながらダンプカーみたいな勢いで真っ直ぐコチラへ突っ込んでこようとしてこられたようであった。
「警官隊だわ! 私たちを助けに来てくれたのね!?」
「・・・さて・・・、それはどうでしょうかねぇー・・・」
彼らの姿と言うよりも、着ている服の色と柄と『星のマークのバッヂ』を見たリーザが歓声を上げ、自分たちにとっての援軍が着たことを素直に喜ぶ様を横目に見ながらエルククゥは肩を落とし、不審げに見つめ返してくる彼女に理由を説明してあげることにする。
「彼らを率いるリーダーさんの雄叫びは聞こえたでしょう? 彼らはどうやら『モンスター使い』を探しているみたいです。
ここで彼らに関係者として補導されてしまった場合、私も貴女もただでは済ませてもらえないと思いますね~」
肩をすくめてから「もっとも」と付け加え、
「モンスター使いであることを示す物的証拠の『銀色狼さん』をモンスターたちの一味と言うことにしてもいいなら、話は少し変わってくるかもしれませんが?」
「・・・・・・(フルフルフル・・・)」
パンディットを歩み寄り、ギュッと抱きしめながら涙目でプルプル震えつつも必死に首を左右に振りまくってくる分かり易い反応を見せてくれた素直で愛らしいリーザに苦笑を返しつつ、
「失礼、冗談です。脅かすつもりはなかったのですが・・・だからこそ今ここで彼らにも捕まる訳にはいかないのだ、という状況はご理解頂けたかと思われます」
そう付け加えられて納得し、涙を拭いながらも立ち上がるリーザから視線を外して前へと戻し、もう一つの“厄介事の原因”を困った生き物を見る目で曖昧な表情を浮かべながら冷静に解説を付け足してきてくれる。
「オマケにさっきから叫びまくっている、あのオジサン警部は私の古い知り合いでしてね。昔から目の敵にされてましたので印象最悪な相手でして。
リゼッティ警部という方なんですが、なんと言うかこう・・・・・・遣りづらい」
説明しようと思って適切な表現を探したけど思いつかず、仕方ないから槍の穂先を軽く持ち上げて警官隊とモンスターたちが戦闘を始めた辺りの一角を指し示して、そこを見ろとジェスチャーしてあげる。
普段は言葉で説明することが得意なエルククゥにしては珍しいなと思って不思議そうにしながらも、リーザは槍の先で示された警官隊とモンスターたちによる衝突現場を見つめ。
「な、なに!? 警察だと!? そんな話は聞いていない・・・・・・おのれッ! 者共、網に掛かった獲物は後回しにしてコイツらから始末しろ! 退路を確保するのだ! 進めぇい!」
「突入だ! 突入しろ! コイツらの中に、モンスターを操ってる奴がいるはずだ。ソイツを絶対に逃がすな! 捕まえろ! 電気椅子送りにしてやるんだァァァァァァッ!!!!」
『オオオオォォォォォォォッッ!!!!』
「う、うわぁ・・・・・・」
思わずといった調子で、ドン退く。
・・・気持ちは分からなくもなかったけれども・・・。
――インディゴス市警のリゼッティ警部は、マフィアの支配する町インディゴスどころかアルディアの国中でも数が激減しすぎて絶滅危惧種になりかけているか、もうなっている『汚職も不正もマフィアも権力も、力に屈して黙り込まされるも大嫌い』という昔気質すぎる殺人課に所属している古株の老警部。・・・それが彼だ。
彼は常に弱い者の側に立ちたがる人間であり、このアルディアで最も弱く力の無い者たちとは・・・子供たちだ。
インディゴスどころか首都プロディアスでさえ、マフィア同士の抗争や内輪もめ、処刑や口封じなどの銃撃戦に巻き込まれ毎月5、6人の幼い命が失われていくのが常態化してしまって久しい。
子供たちは守られて当然だと考えている彼にとって、未成年者の非行や不良少女などは決して看過できない存在であり、お節介と呼ばれようとも絶対に更生を諦める気になるわけにはいかない存在でもあった。エルククゥも今までに何度も彼から説教を食らい続けている。
――非行に走ったまま堅気に戻らず、裏社会に身を落としてしまったら、今度は彼らがリゼッティの手で刑務所に、引いては電気椅子へと送らなければいけない存在になってしまうのだから――。
彼としては、どんなに嫌われて煙たがられようとも、退くことだけは絶対にできない心の事情と覚悟をもっている。
子供たちを犯罪から守ること。子供たちに犯罪を犯させる必要性から救うこと。子供たちを法の罰により裁かれることのないよう守り抜くこと。
・・・それがリゼッティ警部の信念であって、その為には子供たちを下らん金勘定の計画のために巻き込んで死なせた社会のゴミクズ連中は一人残らず電気椅子送りにしてやりたくて仕方がなくなっているのだろう。
おそらくだが、数日前だか一週間ぐらい前にモンスターが町中に入り込んで誰かの子供を殺した事件でも起きてたのではないだろうか? ・・・リーランドとか。
それを今回の一連の事件で独自の情報網から探り当てた「モンスター使い」という単語と結びつけて今この場まで来ていると。
「・・・彼の場合は、あながち有り得ないと言い切れないところが困った部分でもある人ですからねー・・・。
妙に鼻が利きまくるし、指名手配中のマフィアが市長の邸宅から出てきたのを見て、思わずアゴに一発いれてしまって手柄と左遷の両方を同時に手にしたことのある武勇伝の持ち主ですから、本気で何でもありな気もする人なので・・・面倒なんです。本当に・・・」
「う、うわぁぁ・・・・・・」
リーザ、詳しく解説されてさらにドン退き。
ここまで真剣に子供たちを思って戦っている正義の刑事さんでありながら、少女相手に退きまくられてしまっている老警部さんというのも逆に珍しいのかもしれなかったけれども。
「残らず引っ捕らえろ! 一人も逃すなッ!! 一匹残らず電気椅子送りにしてやるんだァァァァァッ!!!」
『うおおぉぉぉぉぉッ!! ガン・ホー! ガン・ホーッ! ガン・ホォォォォッ!!!』
「・・・・・・マズいなぁ・・・どうしたもんですかね、アレ・・・本当に・・・・・・」
本気で困り顔になって腕組みしてウンウンと唸り始めるしかなくなってしまった、結果的に自分の計算で足下救われた状態にあるエルククゥ。
出来れば殺したい相手ではないし、殺したところで得するのは悪人ばかりで自分たちには今この時しか得はない。
だが、あのオジサンが指揮する守りを突破するには力尽くでしか無理そうだし、かといって傷つけずに倒すだけの生易しい勝ち方で突破させてもらえるほど易い相手でもない。
・・・割と本気で困ったオッサンだった。
悪意と利害損得で敵対してくれる魔物たちの方が遥かに対処が楽すぎるぐらい、面倒くさすぎるオッサン警部がリゼッティさんだったのである。
善意で職務に精練しているだけのクソ真面目すぎてお堅い警部さんに、いつもの手法は通じない。
エルククゥ自身が、使いたくはない相手だからだ。なんだかんだ言って嫌いではないオッサンを犯罪者や魔物にまで落ちぶれたクズと同じレベルで扱うほど、自分自身も落ちてはいない。
――だが、このままでは・・・・・・
焦燥に冷や汗を一筋垂らし、横に立つリーザには気づかせぬまま、『最悪の場合』を想定して優先順位を決め始めながら槍を持つ手を「ギュッ・・・」と握りしめたとき―――
・・・・・・キィ・・・・・・と。
背後から小さく、錆びた鉄が擦れる音を重く低く響かせながら、リーザとエルククゥの鼓膜を刺激する。
見ると、路地裏の奥に一つだけ存在していた非常口らしい扉が内側から開かれている。
最初に見つけたとき、錆び付いていて外側からは開けないことを確認済みだったのだが、どうやら内側からなら開ける仕組みになっていたものだったらしい。治安の悪い路地裏にある裏口用の扉としては合理的な建て付け方とも言えるだろう。
扉の向こう側は薄暗がりに支配されており、内側の奥まで透かし見ることは出来なかったが・・・・・・そこから二人に、声がかけられる。
「――こっちへ、早く!」
その声に導かれると言うより、他に道もなかったから逃げ込んだだけの場所の先でリゼッティ警部の「逃げたぞー! 追え追えぇーいぃ!」というお決まりの叫び声を背に受けながら闇の中に目をこらし、自分たちを助けてくれた相手の姿を少しでも見ようと試みた末・・・・・・少しだけ見えた。
黒く短い髪、長身で抜群のプロポーション、ロングドレスにピンヒール・・・・・・大都会の劇場を満員御礼させられる映画女優みたいな美女が、絵に描いたような姿で物語に記されているようなタイミングで、今この場に自分たちを救ってくれるために舞台上まで登壇してくれた・・・・・・。
「あなたは・・・・・・」
「今は説明しているヒマはないわ。とにかく助かりたかったら私に付いてきてちょうだい!」
美女の言葉に答えとして頷きを返し、リーザとエルククゥは彼女に続いて走り出す。
このとき一人の美女と、一人の少女は相手の頷きの意味を正しく理解し合っていた。
謎の美女は、エルククゥたちが自分の言葉に納得して付いてくることを選んだのだと解釈して、その通りに彼女たち二人は美女の後を付いてきている。
エルククゥの方は、ピンチに差し伸べられた救いの手を、偶然だとか奇跡だとか善意だとか、自分にも事情があるのだとか。
――そんな都合のいい理屈で信じられるほど、素直な性格には残念ながら育つことが出来ていない。
前を行く美女の背中を見つめながら、走りながら。
ひねくれ者のハンター少女、エルククゥは声にも態度にも表情にも出さずに心の中でソッと思う。
(どうやら、第二幕『保険の女』が始まりのベルを告げてくれたようですね・・・・・・)
――そして丁度、同じ頃・・・・・・
シュウのアパートでも、別の事件が起きようとしていた―――。
「う・・・、ぐ・・・あ・・・・・・ッ!?」
「ただいま戻った・・・・・・ミリル!? しっかりするんだミリル! 大丈夫か!? 何があったのだ!?」
「シュウ・・・さん・・・! エ・ル・ク・ク・ゥ・・・・・・が!!」
「エルククゥが!? エルククゥがどうしたんだ!? 何かあったのか!?」
「エルククゥが・・・、私を置いて逃げてしまったの・・・・・・また新しい女の人のお尻を追いかけるためにッ!!」
「・・・・・・」
「私は貴女を待っていたのに・・・、貴女は私を見捨て・・・て・・・・・・いやーーーーッ!!」
「落ち着くのだミリル! 君は少し疲れているだけなのだ。薬を飲んで一眠りすればイヤな被害妄想などすぐに忘れて楽になれる・・・(早く戻ってくるんだ、エルククゥ。お前のために仕事を切り上げて帰ってきた私が面倒なことに巻き込まれている間にッ!!)」
・・・・・・ミョーに温度差が激しいインディゴス内で起きていた昼下がりの情事、ではなく其れ其れの事情。
つづく