「お待たせしました、お客様。こちらが当ホテル自慢の金貨一枚で宿泊できる最高級スゥートルームでございます」
「わぁーっ!?」「おぉ~」
私とアクさんは、聖女様から分捕った保釈金を払って泊めてもらえることになった高級宿の客室に案内されて中へと入った瞬間、二人同時に歓声を上げました。予想よりずっと内装が豪華だったからです。
なにしろ――“床が見えます”。
壁もフィギュア並んで見えなくなってませんし、本棚からはみ出した漫画やラノベも平積みされていません。これ程までに綺麗で清潔に整理整頓された部屋が豪華でないはずがないでしょう!?
日本のオタゲーマーが生息している自室は基本的に汚いのが常識です。(注:偏見です)
「それでは、ごゆっくりおくつろぎ下さいませ」
そう言いながら頭を下げて、扉を閉めながら退室していく頭ハゲ上がり気味の中年オジサン。ささやかな誤解によって若い副店長らしきお兄さんが怪我を負ってしまわれて、代わりに案内役を引き受けてくれた少しだけ怪しい見た目と喋り方のオジサンでしたが良い人みたいで良かったですね。帰りにチップをあげましょう。どーせ聖女様のお金なので私の腹は痛みません。
「わ! わ! わぁー!? す、凄い・・・貴族様のお屋敷みたいですよーっ!?」
「そうですねー。私もそう思いますよ、本当に」
瞳に星を二、三個ぐらい浮かべてピュアに驚いているアクさんが喜びながら言ってくる言葉に、私も同意を込めて何度も何度もうなずき返します。
・・・余談ですが、異世界現地人である彼女はこのとき自分の国には実在しているらしい特権階級の貴族たちが住んでる邸宅をイメージしていたらしいのですけれども(注:貧乏だったので実際に見たことないためイメージ映像だったそうです)
私が想像してたのは、高層マンションの最上階からワイングラス片手に下界に住む庶民を見下ろし『フッフッフッ・・・パンがなければ立てよ国民!』とか言っている金持ち貴族っぽい人たちのことを連想しながら同意してたみたいでしてね・・・。
貧乏人のひがみ根性丸出しな「そんな金持ち実在しねぇよ・・・」なイメージ映像でしたが、良いのです。庶民にはどうせ実物のリアル金持ちとは生涯縁がない別世界の住人同士なのですから実際のそれと同じでなくても無問題。
庶民にとっての金持ちイメージは、半分以上の妬みと僻みで出来ています(注:超偏見です)
「と言うか、宿に泊まるときも思ったのですけど、この国で魔王呼びは流石にマズい気がしてきましたね。他の呼び名ってなんかありません? いやまぁ今更過ぎると自覚してはいるんですけれども」
思い出したように(実際に今思い出したわけですが)私はアクさんに自分の呼び名について変えた方が良いんじゃないかと提案してみる案件を思い出しました。
もちろん自分にとって黒歴史ピンポイントな名前なので変えて欲しいってのもあるにはあるんですが、それ以上に泉で聞いたアクさんと聖女さまの話を整合すると『魔王封印した天使が守護する国だから天使サマは神様です』な感じの国らしいですからね。この聖光国って場所は。
そんな場所で天使の敵である魔王を自称する差別種族の亜人エルフ・・・・・・国家にケンカ売ってるとしか思えん呼び名です。自分でもそう思うんですから相手の方はもっとでしょう。変えれるもんなら早い内に変えときたいです本当に。いやマジな話としてガチに。
「えぇー・・・で、でもでも魔王様は魔王様であって、魔王様以外の何物でもなくて、魔王様の魔王様による魔王様は魔王様ですので、えっとぉ・・・・・・」
「・・・なんか人民主権でも主張し出しそうな魔王になってきちゃってたんですね、あなたの中の私って・・・」
言ってるセリフ的には民主主義の定番なのに、呼ばれている固有名詞は専制君主で暴君の代表格な悪側である魔王サマ。なんと言うか自分という存在の定義に疑問を感じてしまった瞬間でした。
「まぁ、今のところ問題視されてないみたいですし、この町から出るまでに考えついときゃいいでしょう多分。とりあえず今晩は町に到着した最初の日を記念して、豪勢なディナーでも洒落込むとしましょうかね。
その為にもまず、アクさんの服を買いに行かないといけません」
「服・・・ですか??」
買い物に誘ったアクさんからキョトンとした顔で見つめ返されてしまいました。貧乏なド田舎村で育った彼女感覚では今の服装でも問題はないのでしょうけど、高級店とかだとドレスコードとかある場合がありますからね。
私は、ひねくれボッチ先生の第一期シーズンこそがシリーズ最高傑作だったと思っているため、サキサキちゃん登場回から学んだことを無駄にしません。
「食事の場所では服装も大事ですからね。それに、清潔な格好で食べた方が料理も汚れません。美味しくて豪華な料理に服のホコリが落ちたりしたら勿体ないでしょう?」
「あ、それだったら解ります。納得です、さすがは魔王サマですね!」
「ご納得いたげたようで何よりです。では、行くとしましょう」
「はいっ! ――あ・・・」
元気よく返事をして、嬉しそうに私の元へ歩み寄ろうとしていたアクさんが急に立ち止まって、何かに気づいたように言いづらそうな顔で視線を泳がせ始め、
「・・・??? ――ああ、なるほど。“コレ”のことですか」
と、相手の視線の見ている先に伸びてるであろう、自分自身の長すぎる耳――種族最大の特徴を現しているエルフイヤーを指先でピンと弾いて見せてあげると案の定、彼女は気まずげに顔を逸らして黙り込んでしまいました。
まぁ、この国だと差別種族らしいですからねー、エルフって。確かにこの姿のまま出歩くのはマズいでしょう。仮に帽子で隠しても長すぎるから不自然でしょうし、フードや法衣で全部覆っても布製だから盛り上がりそう。鉄兜とかは・・・・・・鉄砲です、最後の手段として最後まで選びたくはありません。格好悪すぎます故に――。
「フッフッフ・・・ご安心をアクさん。私が町を歩いている間中、何の対策も考えていないと思っていましたか? ちゃ~んと宿に着くまでに対策方法を考案しておいたのですよ!」
「ほ、本当ですか魔王様!? ただ楽しんでただけじゃなかったなんてスゴいです!」
なんか微妙に私アンチっぽいことを言われながらも気にすることなく、私はポケットの中じゃなくてアイテムボックスの中から一つのアイテムを取りだして、
「てけてて―――コホン。じゃーんッ! 【紫色のフード頭巾ちゃん】~♪」
とか言いながら取り出したアイテム、文字通り紫色の布で作られてる頭全体を覆ってくれる装備品のフードを取り出すと。
「そしてコレを・・・・・・装備します!!」
カポッと両手に掲げて頭に乗せて、顔全体を隠すように被ってみせた頭につける装備品。
ただ単に頭の上から被るだけでも【装備した】って表現するとなんか格好よく感じられるRPGの不思議。
「ふっふっふ・・・・・・どうですか? アクさん。今の私は何に見えますでしょうかね?」
「え、えっとぉ・・・あ、あれ? ま、魔王サマ耳が! あれほど長かった耳が見えなくなってますよ!? どうしてなんですか!?」
「ハッハッハッハ! これが魔法のフードの力なのですよアクさん!!」
高らかに笑い声を上げて、布製のフードを頭の上から被せただけなのに不自然な盛り上がりもなく、すんなり収納できてしまった長すぎる耳を隠すことに成功した私は自慢げに笑い続けました。
同じ装備品を仲間同士でお古であげただけなのに、使っている種族が違うとサイズとか縮んだり色々とグラフィックが不自然すぎるほどに変わるRPG世界の不思議。
ゲームシステムが半端に通用するこの世界でも、やはり使えた装備品のネタ使用方法。
「さぁ、コレで見た目は問題なくなりましたね。いざ参らん、人生初の――【公式RMT】の世界へぇぇッ!!」
ネトゲーマーなら誰もが憧れる、自分のリアルマネー以外で行わせてもらえる課金ガチャ。それを思う存分、しかも欲しいと思った商品だけ狙えるのならためらう理由は何一つとして存在せず!!
「こ、コウシキあーるえむてぃ・・・?」
アクさんだけが事情もわからず頭上にいくつもの?マークを浮かべていましたが問題ありません。
彼女には関係のない、大人の汚いお金の問題です故に・・・クックックゥ♪
―――カラン、カラン・・・♪
人気服飾店「ファッションチェック」の店主であるビンゴは、来店してきた2人の客の姿に鋭い目をやり上から下まで一瞬でチェックし終えると・・・ややいぶかしげな感情を細い両目の奥に浮かべていた。
観察対象である初見客たちの関係性がまったく読み取れなかったからである。
先に店内へ入ってきた銀髪の少女の方は、一見すると冒険者の如き軽装の動きやすい服を着ていたが、服飾の専門家として目の肥えたビンゴには一目で違いを看破することができていた。
生地が違うのである。貴族からの要望にも応えられるようドレスなども扱っている人気店の店主である自分でさえ見たことがない見事な布地。さらには飾り付けの一つ一つに至るまで、見たことのない型紙が使われている。
要するに、全身が彼女のためだけのオーダーメイドで作られた一点物だけで出来ていて、使われている生地まで超一級の特別な品だということだ。
見れば顔立ちは、幼いながらも人間離れした硬質な美貌を持ち、まるで噂に聞く亜人の中では『見た目だけは美しすぎる種族』として知られるエルフ族のような超一級の美貌を持つ大富豪の令嬢とおぼしき少女。
――だが、そんなビンゴの分析を覆したのが、後から入ってきた金髪の少女の姿格好だった。
乞食一歩手前とも言えるような粗末な服を着ている。この国では禁止されている奴隷のようにも見えるが、奴隷少女一人だけを供として連れた富豪令嬢など聞いたこともない。
反逆されて殺されて金を奪われて逃げられるだけだろうし、そんな愚行を親が許可するわけもない。第一、都市国家群との国境に近い聖光国北部に位置しているググレの街まで少女たち二人だけで訪れるなどありえないことでもある。
では、それらを勘案して二人はどういう関係かと推測すれば・・・・・・全く解らない。どの応えも互いに互いが矛盾させ合っている気がして仕方がない。
「――いらっしゃいませ、今日はどのような物をお探しでしょうか?」
わずかながら逡巡を見せた後、ビンゴはにこやかや営業スマイルを浮かべ直してから銀髪の少女の方へと話しかける。
相手の情報が不足しており、厄介ごとに巻き込まれる可能性を捨てきれないのは面倒ではあったが、金持ちの来店を断ることは彼の営業方針にはない。
会話の中でそれとなく探りを入れながら、相手の意に沿いそうなお世辞や話の持っていき方を構築していくしかないだろうと割り切った上で揉み手をしながら。
「すみませんが、この子に似合って、それなりに格式ある場所でも通用しそうな服って置いてますでしょうかね?」
「ど・・・いえ、こちらのお客様に、で間違いないでしょうか・・・?」
「はい。実は今夜、良いところのお店での食事に連れて行こうと思ってたんですけど、流石にこの服のままだと問題ありそうでしたのでプロの人に見立ててあげて欲しいと思いまして」
社交マナーをわきまえた相手の言葉にビンゴはひとまず安堵する。自分たちにまで飛び火するような厄介事を招かぬよう自分たちで意識してくれているというなら、ただの上客として扱ってしまって問題はないだろう。
・・・もっとも、今の答えで余計に素性については判らなくなってしまった気もするが、それはもう構うまい。コチラも商売だ。
金を払ってくれるというなら藪を突く気はサラサラないし、もしも金貨の一枚でも落としていってくれるなら一見様の一回こっきりの付き合いであろうと最高の接客をするだけの商売人魂は『オカマっぽい』と一部では評判の彼にも持てている。
――だが、そんな彼の利害計算も相手が取り出した“ソレ”を見た瞬間に綺麗サッパリ地平線の遙か彼方まで飛んでいってしまうことになる・・・・・・。
「んっと・・・これが一番大きいみたいですね。一先ず、この大っきな金貨でお願いいたします」
「え? ―――えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッ!!??」
思わず目玉を飛び出させてしまったんじゃないかと思えるほどの驚愕と叫び声と共に、ビンゴの理性はお月様の彼方まで蒸発させる道を自ら選ぶ。選びたくなって仕方なくなってしまっていく。
「だ、大金貨・・・!? お、お客様・・・それで選べ、と・・・?」
「ええまぁ一応は。足りないようでしたら二番目に大きい金貨も出しますが?」
「滅相も御座いません!!」
ビンゴは即座に断言し、この客の言う言葉には絶対に何があっても反論などしないことを自分の生涯の鉄則として魂の底まで刻み込む決意を固めさせる。
店の従業員全てを呼び集め、念には念を入れて休日だった者まで呼び出すように指示を出し、臨時報酬としてアクが気に入るような服を選ぶことが出来た者には銀貨一枚を出すことも約束して、飲み物の用意やオヤツの手配など服飾店の限界を超えまくった対応まで、出来ることは全てやる覚悟で駆けずりまくる。
・・・ある意味で彼の過剰反応も無理はなかったとも言えるだろう。
何しろナベ次郎が彼に出したのは、『大金貨』だったのだから。
智天使が残した枚数が限られているラムダ聖貨を除けば一番上の通貨であり、国を代表するような大商会の者でなければ普段はお目にかかれることなどまずあり得ない代物。
それを人気店とは言え、国の中心から遠く離れた辺境の中心都市である街の一店主が手に入れられるチャンスが巡ってきたのだから、どんな事をしてでも欲しいし、どんな命令にでも応える事で払って欲しい。間違っても反問なんかして不愉快にさせて『大金貨様』に去って行かれることだけは死んでも勘弁してもらいたい―――それが聖光国でまっとうな商売にいそしんでいたビンゴの正常な拝金主義感覚からくる当然の『長い物には巻かれて金欲しい発想』
――だが、世の中には表があれば裏があり、コチラに事情があるときにはソチラにも事情があることは、上司と部下だけでなく客と店主の側にも同じ事が言えるたのだった。
このときナベ次郎が、ルナから奪った金の入った袋の中から一番大きい大金貨を真っ先に取り出して支払ったのには、ちょっとした事情と彼女なりの目的があったのである。
(なにしろ国家主権者から脅し取った金ですからねー。現金のまま持ち歩き続けるのは流石にマズいです。
ヤバい経緯で手に入れたお金は、キレイキレイに洗って安全に使えるようにしてから使うのが現代日本人にとっては常識的マナーというものでしょうからね)
・・・要するに、マネーロンダリングするために身元が直ぐバレそうな目立つ形状の金貨を早めに手放したかっただけだったのである・・・・・・。
ルナに言った自分の行為の正当性と、自分勝手なルナの行いを糾弾する言葉に嘘偽りはなかったが、それはそれとして国家の最高権力者から金を脅して奪って逃げたこと自体がマズかろう。
いざという時に自分がやったという事実を示してしまう証拠になりそうな、珍しい品物は全て現物に交換して、どこか別の街で転売して換金できるようにしておくのが常識的な汚い金の使い方というものであり、主観的に見れば正しくとも社会的に見れば国家的犯罪者となってしまっているかもしれない身分にある者としては正しい対処法とも言えるだろう保身の手段。
本音を言えば、金の延べ棒とか宝石とか、場所や地域にかかわらず高値で換金できるような高級品と交換するのが理想的ではあったものの、自分みたいな子供が身元も明かさないまま、その手の店を使えたとしても到底安全とは思えなかったため、比較的豪華なビンゴの店ぐらいで使ってしまって、目立つ大きな金貨は市場に流してしまった方がまだしも安全だろうと考えた故での選別だったのだ。
もはや魔王とか魔族と言うより単なる犯罪者であり、犯罪で手に入れた違法な金を合法的に使えるようにしている時点で、余計に性質が悪い犯罪者になってきてしまっているのだが。
本人には大した自覚はなく、素直にアワアワしながら着せ替え人形をやらされているアクの着替えショーを微笑ましい者でも見るかのように微笑みながら見物して。
「――さて、久方ぶりに一服しますかね。タバコ吸いたいんですが、灰皿ってあったりしますか?」
「この手にッ! どうか、この手に灰を落として下さいませっっ!」
「いや、そういうのいいですから。普通の灰皿と、どこか座れる椅子をですね―――」
「この背にッ! どうか、この背にお座り下さいませッッ!!」
「だから、そうゆうのはいーですって。・・・ってゆーか、私のキャラが薄くなるからマジ辞めて下さい。ネタが段々負けているような気がしてきましたので・・・・・・」
しょーもない理由で、しょーもない相手にライバル意識を微妙に感じさせられながら時間は少しずつ過ぎていき。
やがて夕方になり、他の準備も終えた一人の魔王ネタのエルフ少女と、綺麗に着飾ってお姫様っぽくなった中性的な魅力を持つボクッ娘の美幼女が仲良くそろって夜の高級レストランへと向かい始めていた、丁度その頃。
このググレの街に彼らを追って、一人の復讐鬼が地獄の底から舞い戻ってきていた事を、この時の二人はまだ知らない。
「――見つけたわよ、魔王・・・・・・今度こそアンタを地獄へ叩き落としてやるわ・・・ッ!!
私が受けた屈辱と苦痛を倍返しされて死んで逝きなさい! この悪の魔王めがッ!!
・・・シュコ~・・・、シュコ~・・・・・・、」
・・・・・・シュコー・・・・・・?
よく判らないはずなのに、なんとなく予測がつく効果音を伏線として。
続く