試作品集   作:ひきがやもとまち

138 / 213
前回のが中途半端過ぎたので気になってしまいましたので最新話を書かせて頂きました。
次は連載作品のどれかを書くつもりでおります。

*注:この作品はアニメ版1、2話を見た作者が妄想した内容を書いただけの妄想作品です。原作とは関係できません。原作ファンの方は本気でお気を付けくださいませ。


魔王学院の魔族社会不適合者 第3章

 魔王学院、入学初日。インドゥ家のお坊ちゃん方に闇討ちされたので撃退して、丁重にお帰りいただいた翌日の朝のこと。

 黒髪の少女は真新しい白色の制服に身を包んで学院内の廊下を、割り当てられた教室目指して歩を進めていた。

 

『・・・・・・(ヒソヒソ、ヒソヒソ)』

「・・・・・・」

 

 通りがかる生徒たちが出会った端から足を止めて遠巻きに見つめてきながら、これ見よがしに声を潜めて何かを話し合う声が聞こえてきている。

 校舎内に入ってから、ずっとこの状態が続いているし、陰口自体は魔王でなくても国民の上に立って支配する者なら国王だろうと神だろうと言われるのが当然のため気にはならないのだが・・・・・・檻の中にいて見物客の人気を集めている珍獣のような気分になってくることだけは避けようがなく、その点だけは少々居心地が悪かった・・・。

 

「・・・・・・」

 

 スタスタスタ・・・・・・、ガタン。

 

 自然と早足になって教室にも早く到着して、扉を開けて中に入る。

 折角だし、何かしら魔王らしいセリフでも宣言して受けを狙ったブラックジョークでも言おうかと思ったのだが・・・・・・やめておいた。

 今思い出しても、自分にはあまり冗談のセンスがないらしいことを幾人かの部下とか人間とか、あと勇者からも何度か言われたことがある負の実績があるのだ。

 『お前にとっては冗談かもしれないが・・・!』とか言われて逆に激怒させてしまったこともあるし、入学初日の初対面から人を不快にさせるかもしれないリスクを負う必要はないだろう。

 それに、どーせ同じクラスになったのだ。言いたくなったら何時でも言えるブラックジョークをいま言わなければならない必然性は微塵もない。常識的判断によって黒髪少女の魔王はジョークを先送りして席を探すことにする。

 

「――お、知り合い発見。あそこにさせてもらいましょう」

 

 魔族内でも人間界でも、あまり多くは見かけたことない銀髪頭で色白肌の少女の後ろ姿を発見し、黒髪の少女は彼女に向かって声をかける。

 

「どーも、ミーシャさん。おはようございます」

「・・・あ」

「今日からよろしく。早速ですけど、隣よろしいですかね?」

「ん・・・」

 

 熱心に見つめていた何かを机の中にしまい込みながら軽く頷き、許可をくれる。

 軽く頭を下げて感謝を表してから席に着き、未だ自分一人を見つめてきている周囲のクラスメイトたちへと視線を向けて見渡して、丁度いいから自分よりは事情に詳しそうなミーシャに向けて今朝から思っていた疑問をぶつけてみることにする。

 

「ところで今日は私、朝からずっと見られ続けている気がしてるんですけど・・・・・・その理由について何か知ってたりしますかね?」

「・・・噂になってる」

「噂って・・・・・・昨日の兄弟さんたちを撃退したことですか?」

 

 皇族にケンカを売って、あまつさえ勝ってしまった訳なのだから反逆者として有名になってもおかしくはなかったし、正直言ってそんなヤツによく次期魔王候補育成機関の入学許可を取り消さなかったなぁ~と朝から感心しっぱなしだったから、それが理由だったらアッサリ納得できたのだが。

 

「・・・・・・(ふるふるふる)」

 

 ミーシャの回答は否。昨日の夜の兄弟の件ではないらしい。・・・自国の皇族がメンツに泥塗られながら他のこと気にできる次期王候補育成機関の生徒たちというのもスゴい気がするのだが、それが魔王学院だと言われたら納得するより他にない。どこまで一般常識通じさせていいかどうか分からん場所だから。

 

「・・・その印のこと」

「?? この制服に付けられてた印になにか特殊な意味でもありましたので?」

 

 届けられた制服の形から少し下の部分に描かれていた、十字架っぽいマークを指さされて、黒髪の少女は多少ながらも疑問に思っていた部分だったこともあり詳しい説明を求めたがる。

 

「魔力測定と適性検査の結果を表している。多角形の頂点が増えるほど優良。それは魔王学院初めての印」

「なるほど」

 

 とりあえずは納得しながら首肯する黒髪の少女。

 ・・・正直、他の新入生の試験結果が皇族のメンツよりも重要なことだと考えられる学生たちの精神には理解しがたいものもあったが、情報規制はされてるだろうし、ヤツらも恥を上塗りするようなマネはしたくもないだろうから、そもそも昨日の事件を知らないだけかもしれない。

 

 どう見ても目立ちすぎるド派手な行為だったし、バレても地位と権力で揉み消す前提でやってたように見えたから誰にも知られていないってことは多分、無理だと思わなくもないけれども。

 それもまた、『魔王学院だから』で納得するべき部分なのだろうきっと。・・・なんか魔王の名前が便利なご都合主義の道具に使われてる気がするけど、現代ってそういう時代なのかもしれなかった・・・・・・。

 

 

「――で? どういう意味を表してるマークなのです? コレって」

「・・・・・・不適合者」

 

 

 ゴンッ!!

 

 

 ――思わず、前につんのめって頭を机に打ち付けてしまいながらも、相手が本気がコチラの事情を気に病んでくれながら言ってきてることだけは分かっていたので、

 

「な、なる・・・ほど・・・・・・」

 

 と、表面上の言葉だけは教えてくれた相手への礼儀として理解と感謝を示しながらも、内心では結構複雑だった。混乱していた。

 いやこの際ハッキリ言って―――激しく怒鳴り散らしたい想いに胸焦がしながら全力で我慢しなくちゃいけなっていた。彼女が怒っている理由は只一つ。

 

(不適合判定くだしたヤツを、入学合格者の中に入れるなよ!? 何のための試験だよ!?

 この学校の運営側は辞書も読んだことないアホの集まりなのですかぁぁぁッ!!)

 

 という内容による怒り。意外と真っ当だったが、こんな所で意外性発揮しても意味ないので普通でもいいっちゃいい問題だろう。・・・単に魔王学院の方が普通じゃなかったってだけのことだし。なんでも『魔王学院だから』と言っときゃ済むのも限界あるぞ、この野郎。

 

「・・・・・・??」

「え~とぉ・・・失礼しました。あぁーと、私詳しくないんですけど、不適合者って言うのは噂になるほどのものなんですか?」

 

 誤魔化しのため、不審げな空気をまとって見下ろしてきていたミーシャに言葉を投げかけ質問をすることで取り繕う黒髪の少女。

 ツッコミ所としては致命的な気もするけれど、それ言っちゃうと損するのは不適合判定くらって本来だったら今ここに居られない自分だけで、得するのは自分を疎んじているらしい非好意的な視線を向けてきてる周りの黒服生徒たちを含めた大勢の名家出身魔族だけだろう。

 

 他人が得するために自分が損を引き受けたがる魔王なんて聞いたこともないし、もし居るとしたら余程の名君魔王か神をも超えた魔王とかの超越存在ぐらいだろう。

 残念ながら自分はそんな高次元の存在では全くなく、自分が殺したいほど気にくわないヤツらを皆殺しにするため魔王になった暴虐なクズ魔王でしかない。

 そこら辺の役割は、別次元なりパラレルワールドなりに住む別魔王様に任せるとして自分は保身。――少なくとも今のところは。入学初日からいきなり全てを力尽くはヤバすぎる。

 

「魔王学院は、始祖の血を引く魔王族だけが入学を許される。だからこれまで、魔王族で魔王の適性がないと判断された者はいない。アノスは初めての不適合者」

「あー・・・、あの試験の結果のせいかぁ・・・それなら一応は納得できますねぇ確かに・・・」

 

 黒髪の少女は遠い目をして、先日受けたサイコロか鉛筆転がす感じでテキトーに受けてた質疑問答の内容を思い出し、「あの頃は若かった・・・」とでも言いたそうな表情になってフッと微笑みを浮かべる。特に意味はないけれども。

 

「そう言えばミーシャさん、試験に受かったあなたなら始祖の名前を知っていますよね?」

「・・・ん」

 

 よし、内心でガッツポーズを取りながら黒髪の少女はやっと目的を達成できそうで心の中で安堵していた。

 なにしろ彼女が魔王学院への入学を希望した理由はコレだったのだから。

 

 “現在の魔王がどういうものと定義されているかを知りたい”

 

 それが彼女の目的であり入学志望理由。

 民間に出回っている書籍やら一般認識ならば、いくらでも手に入れることが可能だが、王族に限らず現政権側と名のつく者たちが自分たちに都合のいい事実やら認識やら以外を一般に流布することを許していた例など滅多にはなく、まして皇族なんてものが支配者階級として君臨している絶対君主制の国にあっては真実など彼岸の彼方に覆い隠され、庶民たちには雲の上としか映りようもないのは当然のこと。

 

 二千年の間に、何が何処まで変化したのか? 誰がどのような目的をもって、何処をどう変化させて改竄したのか? ・・・それを知りたいと想ったから魔王学院への入学を望んだ。

 

 国の中枢が隠し立てている真実の知識を知りたいときには、国の中枢近くの地位に就くのが一番手っ取り早く確実だった。

 なにもウソつき連中の仲間になるフリをして、情報を恵んでもらおうとは思っていない。

 

 誰が知っていて、何処に行けば解るかだけを知ることができれば十分すぎる。

 真実を知った後、誰をどのように対処するかは・・・・・・真実を知れそうな位置についてから考えればよいことだし、何も知らないうちから考えて出した答えなど知った後では何の役にも立ちはしないのだから・・・・・・。

 

 

 ――が、しかし。

 

「でも、呼んではならない」

「・・・・・・・・・」

 

 この国の魔王という概念が抱える病巣は思ってた以上に深そうだった。

 自分たちの国の偉大な始祖の名前を称えさせながらも、口に出すのは憚らせることにより、正体不明で実態も姿も具体的な形も持たない、だが強大無比で偉大で絶対的な存在というイメージだけを持った概念上の絶対者を想像させ、それぞれの個人個人が思い描く違った形の『自分専用・偉大なる始祖』を創造させる手法。

 

 正解となる正しい答え自体が、曖昧模糊として姿を持たない、どうとでも解釈できてしまう概念上の存在で、挙げ句の果てには『偉大』とか『絶対的な存在』とかのご大層な語句だけが絶対条件として取り付けられている。

 

 教える側にとって、これほど都合がよく便利な絶対者の存在もなかなかに珍しい。

 正解はいくらでも創れるし、どんなに正しくても不正解にできてしまう免罪符としての後ろ盾。始祖という名の便利な権威主義・・・・・・そんなところか。

 

「では、思い浮かべるだけだったらできますか?」

「ん・・・、それなら大丈夫」

「では、お願いします」

 

 ――ほらね? 心の中でミーシャではない誰かに向かってせせら笑いながら、黒髪の少女は片手をあげて相手の頭上近くにかざし、思考を読み取る魔術を行使する。

 

 口に出すのは憚られるが、頭に思い浮かべて想うのはOK。

 ・・・要するに口に出して逆らうな従え、思うのは自由だが言葉として口に出すのは尊敬と敬意以外は許さない・・・ということだろう。

 形式的な礼儀作法だけ守ってもらえたら満足し、相手が心の中で千の侮蔑と無限の見下しとを向けてきていたとしても実際に言葉や行動として出されなければ、それでいいとする形ばかりの権威主義。

 尊敬の念がなくとも、尊敬の言葉だけは言われたがる・・・・・・国を亡国に導く暗君の治世の典型的特徴なのだが、人も神も魔族も種族に関係なく、この事実に目を向けたがる者が王となった例はあまり多くない。

 

「・・・・・・」

 

 素直で善良なミーシャは目をつむり、ひねくれた相手の求めに応じて自分たちの常識として知っている魔王の名を頭の中に思い浮かべる。

 

“・・・暴虐の魔王・・・アヴォス・ヴィルヘビア・・・”

“あほッス・ひるヘビ?”

“・・・アヴォス・ヴィルヘビア・・・魔王の名前。知らない魔族はいない”

“そうですか。私は今教えてもらえるまで、知らなかったですけどね”

 

 それだけ思い合って念話を切ると、最後の言葉に驚いているらしい銀髪少女のことは一端脇に置いて横を向き、自分の思考に没頭しはじめる。

 

(なるほど・・・やはり、この二千年の間に間違った魔王の名と記録が語り継がれるようになったと言うことですか・・・・・・いや、もしかしたらもっと深いところまで――)

 

「・・・暴虐の魔王は、どんな人だったと言われているかは口にすることができますか?」

 

 ふと思い立ち、さらなる質問をする。どれだけの部分が、何処まで変えられてしまっているかを見れば容疑者の候補は絞りやすくなってくる。

 どんな嘘でも目的のために吐かれるものだし、その嘘が真実とされることで一番得したヤツが真犯人なのは人間も魔族も神も精霊も、嘘を吐いたときには代わりようがない絶対普遍の真実であるものだから。

 

「それは大丈夫。――“冷酷さと博愛を併せ持ち、常に魔族のことだけを考え、己を顧みず戦った”―――始祖はそういう方だったと言われている」

「・・・・・・なんですか、その勇者魔王様は・・・」

 

 思わずゲンナリとさせられながらボヤかずにはいられないほど、勇者な魔王様だった。というか完全に勇者である。あと自分とは真逆すぎている。ここまで史実と対極に改竄された王国始祖の事例というのは人間国家の王族でさえ珍しかったような気がするんだけれども・・・。

 

「勇者じゃない。魔王―――」

「いや、勇者でしょそれ確実に。もしくは救世主か聖者か、とにかく聖なる存在の頂点近くに達しちゃってるような超越存在じゃなければ不可能そうなレベルのいい人ぶりですし」

 

 ジト目になってツッコミはじめた黒髪少女からの指摘に対して、ミーシャも多少は思うところがあったのか目をそらし、質問には答えない代わりに最初にしていた説明の続きを再開させて・・・・・・要するに話そらして誤魔化すことにしたようだった。

 

「・・・始祖の思考や感情に近いほど、魔王としての適性が高いとされている。今この学院で、特に魔王に近いと言われている人は―――あっ」

 

 説明している途中で後ろの通路を誰かが通り過ぎていくのを感じ取り、ミーシャが言葉を止めて彼女を見上げ、黒髪の少女は―――どうでも良さそうに見ようとしない。

 

 ――いやだって昨日の夜に、自分のこと『偉大なる始祖の尊さを受け継ぐ皇族の一員』とか名乗ってた少年が、「惨めな負け姿を晒す弱者は不要だ」とか言いながら実の弟殺そうとしてるの止めたばっかりだし。

 

 ・・・アレのどこに『博愛』とか『己を顧みず戦う』とか『魔族のために』とかの勇者っぽい思考や感情に近いもんがあんの? 真逆じゃね? むしろ自分の方にこそ近いと思うほどだったよ?

 

 あんなのが魔王としての適性が高いとされて皇族の一員になれるような評価基準で高得点もらってるヤツに、一体何を期待しろと? 興味ないからどーでもいいー。

 ボンヤリしながらミーシャが説明再開してくれるの待ってた方がマシだと思っていたのだが―――

 

(・・・・・・?)

 

 ふと、異質な者を後ろに感じて振り返り、豪奢な金髪ツインテールの少女が、見下しの一瞥をコチラに投げかけながら通り過ぎていく寸前の姿が視界に入り、目にとまった。

 

 その瞳が、気になったのだ。

 

「アレは・・・・・・魔眼?」

 

 

 ――これが、復活した黒髪の少女魔王と深い関わり合いを持つことになる、もう一人のネクロンの血と姓を引く少女『サーシャ・ネクロン』との最初の出会いだったことを今の魔王は知るよしもない・・・・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・それは今よりずっと昔。

 もはや夜に見る夢の中でしか会えなくなってしまった、忘れがたい一人の魔族の青年と過ごした記憶、その一部。

 

 

「――前から聞いてみたかったのですが・・・・・・」

 

 頭に被っていたフードを外して素顔を晒し、黒髪の少女と“よく似た”赤髪の少女の顔が姿を現させながら、隣に立って悪名高い大魔族の屋敷をともに見上げている黒髪の魔族青年の顔をジッと見つめる。

 そして、問う。当たり前の疑問を、コンビを組んで活動を開始してから半年以上が過ぎた今になって改めて問いかけたのだ。根本的な問題を。誰もが抱く当たり前の疑問を。

 

「なぜ、魔族であるあなたが人間の私に協力してくれるのです? 悪名高かろうと魔族は魔族、あなたの同胞であり守るべき仲間の一員なのではないのですか?」

 

 少女の問いかけに、相手はフッと笑って答えることなく、ただ何時ものように不敵な笑みを不敵な態度で浮かべ続けるだけ。

 そして少女もそれ以上は聞かず、ただ前を向いて、人間だけでなく同胞の弱者たちさえ虐げていることで知られている悪名高い魔族軍の幹部を正面から堂々と暗殺してやるため屋敷に乗り込んでいくため歩み始める。

 

 いつもなら、コレで終わりだ。

 質問する内容は常に違ったが、少女が問いかけ、青年は答えず、ただ協力してくれる。

 標的の魔族を殺すのは少女の役割で、青年が誰かを手にかけることは滅多になかったが、それでも捕らえられている人質となり得る者たちの救出と解放を率先して引き受けてくれるので十分すぎるほど助けになっていた。

 

 『寿命が近いこと』を感じる時間が多くなってきた、昨今の少女にとっては特にそう。

 

 どれほど高位の魔術師が延命の魔法を駆使して死期の訪れを先延ばしにしようとも。

 身体能力を維持するため肉体の成長を少女の時点で止めたとしても。

 

 人間という種族に生まれた者として、時間によるタイムリミットは避けようがない。

 『寿命』と『死』という絶対的な概念からだけは、どれほど魔族を殺して魔族たちから恐れ嫌われ憎まれる【反魔族】と蔑称で呼ばれる存在にまで成り上がろうとも変えることなど決してできない。

 その種族に生まれた者が、その種族であり続ける限り囚われ続けなければいけない、その種族に背負わされた義務と呼ぶべき責任なのだから。

 

 それぐらいは少女も弁えている。自分の命数に限りがあることぐらいは大前提として承知している。

 だからこそ、こうして魔族のフリをして種族と性別を偽りながら魔族たちの支配領域内で生活し続けながら、悪名高い魔族どもの首を狙って侵入し、目標だけを殺して帰って行く日々を続けているのだ。

 

 限りある命なればこそ、彼女は後悔したくなかったし、種族の違いなどと言うバカげた理由で敵とされた者たちを殺すよりかは、自分が許せないと思ったクズ共を殺して回ることに使い尽くした方が少しはマシだと考えた故での行動であり選択だった。

 そこに悔いはなく、後悔もない。別の道もあったかもしれないなどと考えたことは一度もない。

 

 何よりも―――彼とともに過ごす今の生活は、他の道を選んでいた可能性を考えなければいけないほど嫌なものでは全くなかったから・・・・・・。

 

「・・・・・・平和というのは悪くないものらしいな」

「はぁ?」

 

 だが、今日に限っては些か趣が違ったらしい。

 屋敷内に侵入して、命を持たないアンデッドモンスターやゴーレムの警備兵どもを排除しながら先へと進んでいく傍らで、相手の青年が自分に向かって、常なら口にしたこともない下らない一般論を語りはじめてきたようだったからだ。

 

「バカげた理由で死ぬこともなく、戦いばかりに日々に飽きた後には、俺はそういう世界を創ってみたいものだと常々考えていた。そんな世界を皆に生きさせてやりたいと常に思い続けていた――」

 

 そこまで言って一度言葉を切る。

 人を信じず、他人を信じず、恐怖で縛り上げた手下たちさえ屋敷の中には配置していない魔族軍の幹部の邸宅を無人の野を行くかの如く、目標に向かってまっすぐに歩み続けて進軍していく二人だけの『新・魔王軍』の片割れは、無言のままで目をつむり、「だが――」と短くつぶやいて。

 

「そんな時代を俺が創ったとき、お前は既に生きていることは出来なくなっているのだな・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 相方の青年の言葉に少女が応えることはない。答える言葉など最初から持ち合わせることが出来ていない。

 死すべき運命を歪めた者に待っている末路など、碌なものではないに決まっている。

 根源を七つも持つ今代の人間界勇者殿と自分は違う。

 

 未だ発展途上で、真の実力を発揮できるようになるのは大分先の話になるだろうけれど、彼ならばやがて『殺しても死なない勇者』とまで称される真性のバケモノ的な強さと命を持つ者にまで至れる可能性を持っているが、自分には無理だ。絶対に。

 

 一つしか持たない根源を、長時間の間使い続けて、本来持てるはずの限界点を超えさせるため無茶に無茶を重ね続け、わずかでもバランスを崩せば闇に飲み込まれて魂さえ食い尽くされてしまうタイトロープな禁忌の技法をいくつもいくつも使い続けて今日までなんとか持ちこたえさせて来た身なのだ。

 もう既に体も魂もボロボロで、痛みはなくとも、それは存在とともに感覚が消滅しかかっているに過ぎない現象。消え去る寸前の蝋燭、その最期の残光が今の自分の命なのだから本気でどうすることも出来はしない。

 

 正直言って、もう十分だと自分でも思っている。

 人生の後半は魔族たちの領域に活動範囲を限定したのも同じ理由によるもので、今までの報いとして死を味あわされるなら、人間たちよりヒドい殺し方で殺してくれそうな魔族たちに敗北して殺された方が少しはマシな自業自得の死に方ができるだろうと思った故での選択だったのだ。

 

「下らないことを考えてないで、さっさと囚われてる魔族さんを助けにいってくださいよ。

 私の計算だと彼女たちにかけられた触媒の呪いが発動するまでの時間は夜の十二時丁度。彼女たち一人一人に合わせて造られたために脱ぐことの出来なくされたガラスの靴が首縄代わりの処刑器具です。間違えることなく全部壊して救ってきてください。あと、任せましたからね」

「・・・・・・ああ、了解した。お前は生きたいようにやってくるがいい。後のことは俺に任せろ」

「ええ、逝って参りまっス」

 

 そう言って二手に別れて仕事を終えて、二人で凱旋して次の町へと移動して、また悪名高い魔族を殺して囚われていた弱い魔族を救い出しては次に行く。・・・その繰り返し。

 終わることはあるけれど、終わるまでは続けられるはずの日常作業。少女にとっては充実した最期を過ごすまでの時間。

 

 

 ・・・・・・この時の少女はまだ知らない。

 数年の後に自分の髪色が黒く染まって、瞳が変色し、自分が自分であるのを辞める日がくる未来を、この時はまだ知らずにいる。

 今まで名乗ってきた自分の名前を捨て、二度と思い出すことのない『死んでしまった人間の少女の名』として、どことも知れぬ適当な地面に掘って埋めてしまい、墓の位置すら思い出さなくなる未来が来ることを彼女はまだ知らないのだ。

 

 やがて彼女は名を変える。一人きりになってしまった少女は、自分の名を捨て、名実ともに二人の【反魔族】の存在は伝説となって実態を失い、やがて忘れ去られて消えていき・・・・・・・・・新たな魔王が即位する日が訪れる。

 

 それまでの魔族至上主義、強い者が弱い者を支配するのが当然として全ての種族を攻め滅ぼして、魔族だけの楽園を築こうとしていた先代魔王が弑逆されて簒奪されて、その座は次なる魔王に取って代わられ――――魔界の特権階級共にとっての地獄が始まる。

 

 人間からも魔族からも精霊からも、神々さえも口汚く罵倒するようになる、魔族史上最悪の暴君の名を人々は恐れと畏敬を込めてこう呼んだ。

 

 

 【暴虐の魔王アノス・ヴォルディゴート】

 

 

 ・・・・・・だが、そう呼ばれる度に、魔王の口元が微妙な形に柔らかく綻んでいたことは、当時からあまり知られておらず、今となっては誰一人として知る者がいない史実である。

 

 

つづく


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。