本当に私ってこういう計算下手だなーとつくづく思い知らされてちょっとだけアンニュイ(^-^;
上級悪魔ケールは、魔族たちの住まう魔族領では『変人扱い』され、同族からも同族として親しみや敬意を払われる立場とは言いがたい。
だがそれは彼が、他の者より『弱い』ということを意味していない。むしろ純粋な力でなら現在の魔族領を支配する7体の大悪魔『7つの大罪』でさえ比肩しうる者は半数と言ったところだろう。
魔王が天使によって封印された後の魔族領には、上級悪魔の上に大悪魔と呼ばれる上位の存在が居ることになっており、これらは城を構えて配下を集めて領地を持つ・・・・・・要するに一大勢力のトップに立っていることが大悪魔と呼ばれる条件になっているのが現在の魔族領であり、ほとんどの魔族たちはこの陣取りゲームに夢中になっている。
そんな中でケールと、そして今一人の“変人”上級悪魔だけが、大悪魔と呼ばれるに相応しい実力を有しながらも配下や領地にまるで興味を示そうとせずに、自由気ままな生活を営んでいた。
今一人の“変人”は、そのことも含めて自分一人の世界だけに没入しているように見えるが、ケールの場合は彼とは少々毛色が異なり、陣取りゲームにいそしむ同族たちを見下して罵倒して、自分たちを変人扱いしてくる同族をこそ『一人では戦えない臆病なザコ』として侮蔑しきっている負の側面を多分に備えていた。
だが、そんな彼でも魔族と人間とを同列に並べて馬鹿になんかしない。他の魔族たちは考えなしのザコバカばかりだが、下等で愚かで弱っちい人間たちにはそもそも論評する必要さえ感じたことがない。
人間なんてオモチャにして弄んで充分嬲った後に、命乞いしてくるのを殺してやって笑うだけ。無様な死に様を見て愉しむ、魔族のための娯楽生命ぐらいとしか考えたことがない。
一部には、特殊な才能と強さを持った『聖勇者』とかいう奴らもいるけれど、それはあくまで例外中の例外。アイツら以外はザコ以下で虫ケラ以下で、殺そうと思えばいつでも殺せるゴミのような存在。この自分が特定の一人を相手に感情的になんかなるわけがない。
・・・・・・そう、思っていた。目の前に居るコイツに出会う今、このときまでの彼はずぅ~っとね・・・・・・。
「耳と鼻、どっちがいいとお前は思う?」
「・・・はァ?」
突然、相手の人間からいきなり放たれてきた意味不明な言葉に小首をかしげ、不思議そうな声を上げた上級悪魔ケール。
黒い帽子を被って、黒一色のメルヘンチックな衣装を身にまといながらも、その手に持つのは死に神を思わせる凶悪な大鎌。
一見すると死に神見習いの美少年のようにも見える可愛らしい容姿を持つ彼が、この仕草をすると妙に似合っていて愛嬌が感じられ、このような場でなければ思わず頬が緩んでしまいそうになるかもしれない。
だが、今この場にあって彼の可愛さは異常なだけであり、他者を傷つけ甚振りながらも心底から楽しそうに笑うだけの彼は見習いどころか真性の死に神であり上級悪まであると同時に――全知の神ではなかった。
知らないものは知らないし、分からないものは彼にも分からないのである。答えを求めて獣の子供たちにも目を向けてみたが、彼らも黒服の人間が何を言ったのか真意が分からず、負傷した兄妹の傷口だけを気にしていて参考にならない。
「いや、お前のもってる鎌で切りつけられたガキンチョの片割れの方が、なんか呪いっぽく見えたんでな? そうなると普通に回復しただけだと完治しないのかもと思い、それならお前自身に罪償いとして解呪させた方が手っ取り早いかなと」
「ハハッ、なーるほどねェ~♪」
納得したようにケールは笑い声を上げ、人間らしい浅はかさからくる愚かな結論をあざけ笑い、相手の微かな希望を打ち砕いてやることで絶望しきった顔を見物してやろうと真実を開陳してやることにする。
「アハハ~☆ キミ、人間の割には中々いい目をしてるね~? たしかに僕の鎌には斬られた奴の傷口から出血が決して止められなくなる呪いがかかるように出来てるんだ~♪
でもダ~メ! 呪いは解かない! そいつは死ぬ! 僕に狙われた奴の末路は死しかない! それは確定した未来なんだよ! 僕に助けを求めたところで無駄なだけさ! ざ~んね~んでーしたー☆」
悪意たっぷりに嫌みったらしく言ってやった絶望セリフに、子供を傷つけられた原初の獣が口惜しそうに臍を噬む気配が漂い、兄妹に呪いをかけられた獣の子供が悔しそうに彼を睨み付けて愉悦と満足感を得かかるが・・・・・・只一人。一番反応を期待していた人間からだけ期待通りの反応が得られなかった。
彼女は至って普通の口調で、こう返してきただけだった。
「ああ、そうだろうな。お前は見るからに性根が腐りきった、人に嫌がらせしないと生きていけない病にかかってそうな病人だからな。だから聞いてやってるんだよ、耳と鼻、どっちがいいか?と」
「・・・・・・??」
「分からないか? 最初に切り落としてほしいのは耳と鼻とどっちがいいか、選ばせてやると言っているんだよ。
身の程をわきまえずに意地を張りたがる愚かでバカな犯罪者どもに“何でもしますから殺してください!”とこちらのお願いを素直に訊きたい気持ちにさせるため、お前たち下等で愚かで弱っちいザコ罪人ども相手によくやっていることだろう? それをお前にやってやろうと言ってるんだよ」
「――ッ!!!」
その言葉を聞かされた瞬間、ケールの表情が激しく歪む。
魔族が人間を拷問するもので、人間は魔族に拷問されるものだとしか考えたことがなかったケールにとって、何重もの意味合いで不遜極まりない不快な言葉。
思わず彼の十八番であるマシンガントークを放つことすら忘れて、相手を視線だけで百回は殺せるほどの憎しみと殺意と憎悪を込めて睨み付けてやったのだが・・・相手はまるで彼の視線に気づいていないかのように自分のペースで毒舌セリフを話し続ける。
「それから次は、爪と歯の、どちらがいい?
爪の方は、爪と皮膚の間に細い針を差し込む。その後に少し残った針を火であぶるのだ。お前たちのように粋がってるだけで根性なしのバカガキ犯罪者どもは、存外アッサリ主義主張を捨てて泣き叫んで助けを求めてくる軟弱者が多くてな。お前は言った言葉の6割ぐらい我慢できていたなら、それだけで許してやって殺してやるつもりでいる」
「・・・・・・・・・うるさい、黙れ」
「ほう? 爪も歯も好みではなかったか・・・では右目と左目とどちらがいい? それとも両手首から下を切り落として、飢えたジャッカルの巣にでも油塗れにして放り込んでやった方が好みだったか?」
「うるせェっつってんだよクソ生意気な人間風情が! いい加減黙れよ! 今すぐ息止めて黙ねぇとブチ殺すぞこのクソ人間野郎!!!」
怒鳴り声を上げ、ケールは相手にこれ以上の発言を言わせず、言えるようにしておいてやる気も既になかった。
一瞬にして距離を詰め、「黙れ」と言おうとしていた時点で、その手に光る死に神の鎌はしゃべるのに夢中になってる相手の小綺麗な顔面めがけて猛スピードで振り下ろされてきていて、調子こいてる面を刹那の一瞬後にはグッチャグチャのメッタメタにして原型が何だったのかも分からないぐらい醜悪極まりない、言葉遣いに相応しい醜いオブジェに変えてやろうと超速接近させ終えていた。
まず最初には、
「ぶぎひィッ!?」
と、無様に豚のような悲鳴を上げさせるところからはじめる。・・・・・・そのはずだったのだが。
「――この程度の安っぽい挑発に乗せられて突っ込んできてんじゃねぇよ!! このバカガキがぁぁぁぁッ!!!」
逆に、敵の予測通りのど真ん中ドストライクな場所へと攻撃を放ってしまった当然の結末として、逆に顔面を蹴り飛ばされ、無様に豚のような悲鳴を上げさせられながら近くの岩壁に叩きつけられ、地に落とされ、痛みで地ベタを這いずり回って転げ回らせられる屈辱と苦痛を腹一杯に堪能させられまくって吐き出したい気持ちにさせられてしまっていた。
「あご、がぁぁぁぁッ!? ぼ、ぼぐのがわいらじい顔をよぐぼ蹴ってくれだなぁぁぁッ!!! お前は殺す! 絶対に殺してやる!! 許さない許さない! 絶対に許さナいふべはぁッ!?」
「ぎゃあぎゃあ喧しい奴だな。許さないというなら、とっとと攻撃してこい。このド甘ちゃん」
蹴り飛ばした相手を見ているだけで悠然と構えていてやるような親切心は、黒騎士セシルには微塵もない。
魔王らしく、ラスボスらしく、強敵らしく、挑戦者たるプレイヤーにサービスして手加減してやる仕様は《BLACK KNIGHT》には存在しない。
そこもまた、《INFINITY GAME》の魔王・九内伯斗と比較対象として持ち上げられながら、全くと言っていいほど別物過ぎて比べようがなく、両者の熱狂的なユーザーたち同士で行われてきた議論という名の罵倒し合いが結果的には平行線で終わることしかなかった理由の一つでもあった。
《INFINITY GAME》と九内伯斗には、世間から色々と言われながらもユーザーを愉しませるための工夫を惜しまない凝り性な部分を持ち合わせてもいた。
一週間のゲーム開催期間が終わったらキャラのデータはリセットされ、次の新しい会場が始まった際には経験値は引き継がれず、古参も新規プレイヤーも平等な立場で毎回のように殺し合わされる。
蓄積がなく、それ故に平等な立場での対等。一昔前のゲーセンで大流行していた対戦格闘ゲームの感覚がそのままMMORPGで再現されたようなノスタルジーに浸れるゲーム。
それが《INFINITY GAME》だった。特別扱いは誰もしない。たとえそれが魔王・九内伯斗であってさえも。
これとは逆に、《BLACK KNIGHT》は「死にゲー」や「マゾゲー」とも呼ばれるほど理不尽な展開や仕様が随所に盛り込まれまくった、MMORPGとしてはコンピューターが動かす魔物やモンスターが強すぎたり、ダンジョンの難易度が高すぎたりすることが注目の的だった。
プレイヤー同士で殺し合うまでのレベル上げやら、超強力なアイテムを集めて勝負に望むため迷宮区へ入ることもゲームシステムの一環であり、経験値は引き継がれる代わりに死んだ場合も経験値とHPが半減して引き継がれてしまうと言うデメリットが存在していた。
オマケにラスボスたる黒騎士セシルが、ダンジョンの難易度とは関係なしにランダムで乱入してきて、逃げ延びられなければゲームオーバー確実な仕様なのである。
まるで、一昔前に流行したコンシューマゲーム機用の「死に覚えするRPG」のような理不尽すぎるほど高すぎる難易度とプレイヤーが死にまくる展開に、ユーザーたちの評価と趣向は年齢も性別も関係なく、完全に個人個人の趣味趣向で大別されざるを得なくなっていく。
・・・一方で意外なことに、理不尽すぎるほどモンスターが強すぎてダンジョン攻略が難しすぎる《BLACK KNIGHT》の熱狂的なユーザーたちには往事を知らない少年少女たちが割合として比較的多く存在し、密かなレトロゲーム再発掘ブームを引き起こさせる切っ掛けにもなっていたのだが。
兎にも角にも、今この場において確かなことは只一つだけ。
黒騎士セシルは、上級悪魔ケールを断罪すべき罪人としか見ていない。
子供らしい見た目などどうでもよく、少年法だの、大人としての義務だの、そんな者は一切適用してやる権利と資格を相手に認めていないのだから、彼女にとっては当然のことだった。
子供だから、子供を斬りつけて殺そうとしても、殺さないでやることが人の道だなどと倫理的におかしい。
法を犯して人を殺そうとした奴らは、法を否定して自分の理屈の方が正しいと主張してるのだから、ヤツらの理屈通りに殺してやればよく、自らの主張に殉じるなら本望だろう。
――神も魔王も国王も関係ない。自ら定めた法に従わされ、自らが禁忌としたタブーを犯した罪人として裁かれることこそが法の正義。
人を殺すのは悪だと定めた神が殺人を犯したときには断罪して地獄に落とそう。
力こそ全てと叫んだ魔王が敗北して敗れ去ったときには負け犬として打ち捨てさせよう。
法の大切さを説きながら、自らは守ることをしない口先だけの善王なら殺すしかない。
それが黒騎士セシルにとっての『順法精神』であり『平和哲学』であり『博愛主義』だった。
法律は守るためにあり、守る者を守るためにこそ存在する。法を犯した罪人を守るためにあるものではない。
情状酌量の余地があることと、それを全てに適用させたがる考えなしのバカは別物なのだ。
罪人に必要なのは説教でも反省でもなく、罰によって矯正すること、それだけしかなく、一度の過ちは二度目の間違った判決で償えることは決してない。
何故ならケールのような極悪人は説教を理解する意思も能力もないのだから。
生まれながらに狂っているような連中は、痛みで狂わせてやった方が却って健常者に近くなれるというものであろうよ。
「さて、それでは確か・・・耳からだったな」
「!? ま、待てぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
そして、蹴飛ばして吹っ飛ばして、転げ回っていたケールの上にジャンプして近づいて背中から踏んづけてやってから、黒騎士セシルは自ら口にした宣言通りに、まず“両足の下”から切り落とした。
嘘を吐いたわけではない。防がれないためのフェイントでもない。
ただ、逃げられないようにしただけである。耳を切り落とすにしろ、爪に針を突き刺し苦痛に喘がせるにしろ、動き回られていたのでは正確に遂行できる作業ではないのだ。
まずは自由に動くのを不可能にして、よく狙いを定めて失敗することのないように慎重を期するのは当然の処置だった。
何しろ彼女は黒騎士セシルであると同時に、外面だけはいいOLの裏背真央でもある人間なのだから。
セシルが出来ることが、真央にもできて当然と思い込むのは危険極まりない。彼女はサディスティックに酔っているように見えながら、実際には心底から冷静だった。
クズな罪人を裁くために、何かしらの感情を感じてやる理由などどこにもない。
こんなクズ共は充分にいたぶり、命乞いしてくるのを殺してやって冷笑してやればそれでよく、無様な死に様を見て愉しむなどという娯楽にすら使えない本気で価値のないクズ生命でしかない。・・・・・・そう確信している。
「ゆ、ゆるぜナイ・・・! お前のごどだけは絶対に忘レナい・・・ッ! いつか! 必ず! 復習ぢでやるからなぁぁぁぁッ!!! 必ずだぁぁぁぁッ!!!」
「――なに?」
セシルが意外そうな声を出して驚いたのは、相手の放った『負け惜しみ』の内容を聞いたからではなく、ケールの足下から出現して彼の全身を丸呑みにしてしまおうとしてきたハロウィンみたいな大きなカボチャの存在に、危うく巻き込まれかけてしまったからである。
慌てて飛び退き距離を開け、少しだけ離れた位置からカボチャに飲み込まれて境内からかき消えていく上級悪魔の『負け姿』を見送った後、黒騎士セシルは不愉快そうに舌打ちする。
「チッ・・・、逃げられたか。スキルさえ使えていたら追跡も可能だったかもしれんのだが・・・いきなりのぶっつけ本番戦闘に、そこまでは望みすぎというものか」
フンッ、と鼻で笑って剣を振るい、ブンッ!と血払いをして鞘に収める。
そして、ケールに斬りつけられた狐巫女の子供と、姿を現さぬ親に向かって深く頭を下げて謝罪する。
「・・・すまない、呪いをかけた犯人に解かせてから殺すつもりが、不意を突かれてこの様だ。言い訳の余地もない無様な醜態ぶりだが、せめて出来る限りのことだけでも手助けすることを許可していただければ救われる・・・・・・」
『・・・え? お主、最初に言っていたあの言葉は本気で言っておったのか・・・? ただ敵を挑発するためだけではなく・・・?』
「??? 当たり前だろう? 何を言っているのだ今更そんなこと。クズ犯罪者への断罪と、傷ついて苦しんでいる子供への救済を天秤にかけるほど私は頭がおかしい人間ではない」
全くと言っていいほど自覚のないキチガイ黒騎士少女は、相手からのなんとも言いがたい沈黙を返事代わりとして傷つけられた子供の元へと近づいていき、真央がではなくセシルが持ってる設定上の知識を使って傷口を見定めて、使えそうなスキルがなかったかどうか頭の中で記憶の図書館を探し回らせはじめる。
ケールとの戦闘はぶっつけ本番で、この異世界でもゲームと同じようにスキルを使えるのか否か、そもそも使えるとしてどうやったら使えるものなのかを試している時間的余裕がなかったが今は違うのだ。
時間が許す限り熟考し、必ずや自分の無能さが招いてしまった少女の負傷を癒やす術を見つけ出してみせると心に思い決めていたのであったが・・・・・・それは思いのほかアッサリと簡単に思いつく当たり前の方法があったのだった。
「・・・ん? 待てよ。たしか、この子が斬りつけられた武器は死神が持つ鎌っぽい形状をしていたな?」
『む? あ、ああ・・・確かに彼奴の大釜は非常に高ランクの魔道具の一種で、名前もたしか【死神の鎌】と似たようなものであったように記憶しているが・・・・・・』
それがどうかしたのか?と、当然の疑問を口にしようとした姿なき母親だったが、逆に相手のほうは「なんだ、その程度の解決方法でいいのか。なら最初から戦わずにこうすればよかったな」と頭をかきながらバツが悪そうな表情で立ち上がると、量腰に差していた剣の片方を抜いて、自分の腕を軽く切り裂き血を流す。
「暗黒神アスモデスよ、この者に深い慈悲と再度の機会を与えたまえ。
力を欲するは暗黒道を求めるに等しきこと。敵の屍を踏み越え暗黒道を極めることを勝者たる我の名の下に許したまえ――」
まるで神に捧げる祈りのような、だが内容そのものはエゴイズムにより満たされた邪悪の一言に尽きるような呪文を唱えると剣の切っ先から一滴の血液を、未だ痛みに苦しみ続ける少年の傷口の上へと滴り落とさせた。
――その瞬間。呪いは一瞬にして消えてなくなる。
彼の背中に張り付いていた瘴気は、醜い人の顔のようにも見えるその姿形を瞬時に変形させられて、恐怖に引き攣り、助けを求めるように何かに向かって気を伸ばそうとして―――消滅した。かき消えたのではない、ただ消されたのだ。
「尻尾を巻いて逃げることしか出来ん、腰抜けの負け犬がかけた呪いに、勝者にこそ力を与える暗黒神アスモデスは味方してくれん。負け犬は全て死ね」
ハッキリと言い切り、呆然とする狐親子たちを尻目に剣を鞘に収める黒騎士セシル。
暗黒神アスモデスは《BLACK KNIGHT》に登場する設定上のオリジナル神で、実際に実在している神話や伝説の登場人物ばかりをプレイヤーたちが使える中で、唯一のラスボス専用の神様として設定された想像上の架空神。
その正体は、黒騎士セシル自身が作り出した架空の存在に過ぎない、存在しない神様である。
「神など所詮、人それぞれが作り出した願望の産物に過ぎん。実在している神共は生物に過ぎず、そこに尊さや邪悪な意思があろうとも、ヤツらの言葉に屈して己の意思を捨てなければ済むことよ」
と言い切って、自分だけの想像上の存在を、あらゆる既存の神々の上に立つ『真の絶対者』として君臨させ、神々にも魔王にも朝昼晩の礼拝を義務づけさせたという設定がセシルには存在している。
死神といえども、死を司る“神”である。
神ならば全て自分の支配下にあり、力に屈して自らが作り出した架空の存在・暗黒神アスモデスに従わされざるを得なくなってしまう。
従わざる者には死あるのみ。・・・あらゆる宗教の最高神と魔王たちはそう主張した。だから提唱者たちにも強制している。因果は巡るものなのだから・・・・・・。
『お、おお・・・・・・どうにか助かったか。招かれざる客人よ、礼を言う』
「気にするな。招かれても居ない身の無粋な来訪者として入場料を払っただけだと思ってもらえれば、それでいい」
『・・・・・・つくづく嫌味な奴じゃのう、お主という人間は・・・』
はぁ、と溜息を吐く気配が聞こえてきたと思った瞬間、急激に周囲の景色と視界が捻れ始めて、歪み初めて、相手の声が正確に聞こえなくなってくる。
『すまぬが、もう結界の維持で限、界での・・・・・・再会の時あらば、改めて、礼を述べさせて貰う・・・・・・』
「言わんでいいと言っている。その代わり今すぐ私をどこかに飛ばせ。人間が多い国だったらどこでもいい。こんなキチガイ変態バカガキが住んでる森になど、これ以上一分一秒でも留まり続けたくない。吐き気がするし、反吐が出る。反吐しか出ない」
『その程度のこと・・・なら・・・容易いこと・・・だ・・・・・・・・・・・・』
その声を最後にして相手の言葉は聞こえなくなり、黒騎士セシルが気づいたときには景色は一変して。
何やら、ボロっちい村の中で数十人ほどの人間たちが恐怖に顔を引きつらせながら、コウモリの羽みたいなものを生やした牛みたいな魔物に脅されている最中のど真ん中に立ってしまっていたようだった。
『・・・?? なんだ貴様は? 我は矮小なる人間に生け贄として、血肉を捧げるよう命じていたところ。何者かは知らぬが邪魔するというなら貴様から先に我が血肉と化してくれ――』
「・・・・・・チぃッ! またかぁッ!!!!」
ブゥゥゥッン!!!
怒り一閃、いきなり目の前に立っていてケールとかいう馬鹿ガキと似たり寄ったりの戯れ言を喚きはじめた出来損ないのミノタウロスみたいな牛モンスターの首めがけて大剣を振り払い、その薄らデカい図体から中身が空っぽで邪魔なだけにしかなってなさそうな頭蓋を、永遠に重みから解放してやってから歩み出し、この不快な下等生物がいた場所からも即座に遠かることを自らに化す。
「おい、そこの綺麗な少女。一つ尋ねる。この近くで比較的大きくて文化的で、まだしもマシな人間たちが住んでいそうな町はないか?」
「え? は、はい! えっとそれなら村から出て西の方にヤフーという町がありますけど・・・」
「ありがとう」
短く告げてから、「礼だ」と付け足して持っていた所持品の中から一つを投げ渡してやる。
「現金で払ってやりたいが、持ち合わせがない。悪いがそれで我慢してくれ。縁があったら埋め合わせはする」
「え? え? これって一体なん・・・・・・」
「それじゃあな」
それだけ言って去って行く黒騎士の少女と、ポカーンとした表情で彼女を見送っている“村の厄介者”が投げ渡された見た感じからして値が張りそうなアイテムを奪い取ろうとギラギラした瞳で付け狙ってくる周囲の大人たち。
彼らは知らない。誰も知らない。少女が貰ったアイテムの名と効果を誰も気づいていないまま、今日という日を災厄が殺された最高の日だと勘違いしたまま終えようとしていく。
村人たちから【悪】として罵られてきた少女が貰ったアイテムの名は『奇跡の指輪』だ。
《BLACK KNIGHT》の世界観で、黒騎士セシルに服従させられた唯一神を崇めていた巨大宗教のトップが神より授かったとされる聖なるリングをセシルが服従の証に差し出させた物となっている。
――が、しかし。この指輪の本当の効能と正体はそこにはない。
指輪が持つ効果は『洗脳』であり、指輪を持つ者を見つめ続ければ続けるほど、強い感情を向ければ向けるほどに、その者の持つ意思へと感化させられ心を改変されていくという魔道具でしかない存在。
唯一神を崇める巨大宗教組織のトップは、これを使って『奇跡を演出していた』そういう設定を持つアイテムなのだ。
村人たちの中で、唯一彼女だけに声をかけて『綺麗な少女』と言ったセシルの言葉に嘘偽りは微塵もない。
綺麗なものを汚そうとするクズ共なら、綺麗さっぱり染め尽くされてしまえばいい・・・。
この後、しばらくして聖光国の辺境にある小さな村に『新たな聖女』とも噂される心優しき少女と、その信者たちが慎ましく質素に暮らす誰もが優しい村として有名になる場所が生まれることになるのだが。
聖光国と教会は、『強い魔力を持たない綺麗な心だけの聖女』を脅威とも聖なる存在とも見なすことなく無視し続けた結果、黒騎士がもたらす混沌の時代を穏やかに過ごしていくことになるのだが・・・・・・それは全く別の御話。
つづく