試作品集   作:ひきがやもとまち

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あらためて見直したら最近『リスタート』ばかり書いてたことに気付いて、慌ててアークⅡの方の次話も完成させました。気付かなかったとはいえ、流石に『試作品集』で同じのばっかはダメです。大変失礼いたしました。
急いで書いたため誤字とかは多いかもしれませんけど、内容的には想定してた通りに書けたつもりでおります。
今回の内容は、『白の家』でミリルとエルククゥの出会い回です。


アーク・ザ・ラッド2 外典~青い炎使い~8章

「いやはや、先ほどは驚かせてしまって申し訳ありませんでした」

 

 エルククゥは困ったような笑い顔を浮かべながら、自分の後ろをついてきている少女リーザに声をかけた。

 場所はインディゴスの町にあるストリート、時刻は闇医者のラドにリーザを治療してもらった翌日の昼近く。

 一日おいて大事をとってから、リーザは動いても問題ないと判断したエルククゥに連れられて彼女の古巣である『ハンターズギルド・インディゴス支部』へと続く道をまっすぐ進んで案内されている途中で交わされている会話であった。

 

「・・・まぁ、たしかに驚かされたのは事実だけどね」

「本当にすいませんでしたね。彼女にも悪気はないのですが・・・」

 

 相手に合わせるようにリーザもまた苦笑しながら返事を返し、エルククゥも釣られるように肩をすくめる。

 

 ――あの騒ぎの後、エルククゥによる半殺しにされるぐらいの覚悟を持って行われた必死の事情説明によって、ミリルの誤解を解くことはなんとか成功することができた彼女だったが、半殺しされる危険が去っただけで気まずくなった雰囲気まではどうすることもできなかったため、クールダウンする時間が必要だと判断してリーザに自分の仕事であるハンターとしての稼ぎ方を教えておこうと、かつて見習いだった頃にお世話になっていた『インディゴスの町・ハンターズギルド』まで足を伸ばすことに決めたのである。

 

「このままシュウさんの好意に甘えて、タダでお世話になり続けるのも居心地悪いですからねぇ。せめて自分たち居候の食い扶持ぐらいは稼いでこないと肩身が狭すぎますし」

 

 そう言って、翌日のけだるい朝を(低血圧なのでね?)ソファから起き上がりなら、寝起きから二人の美少女顔が目の前に二つもあったことに内心では驚愕しつつ、彼女たちの内片方に向かっては、こう付け加えたのだった。

 

「それにリーザさんにも、敵に襲われたときの対処法を覚えてもらう必要性があります。私たちが片時も離れず彼女を守ってあげられるという保証もありませんからね。

 もし一人になったときに敵に襲われたときのため、彼女自身にも対応できる技術と知恵を身につけておいてもらうのは、生き残るためにも必須のことです。

 人を殺すのは無理だとしても、せめて“自分が生き残るための術”だけでもね・・・」

「なら私にも手伝わせて!」

 

 そして、案の定というか予想通りと言うべきなのか、声をかけてない方のもう一人の少女でもあるミリルから、教師役の自主志願が食い気味に横から発せられてきた。

 昨日と違って純粋にリーザを思っての言葉であり、罪悪感からきている使命感も重なって退けるのが難しい類いの善意による申し込みだったが、付き合いの長いエルククゥにはこういう時の対処法はとっくの昔にできあがってしまっていた。

 

「う~ん・・・戦力としては確かにありがたいんですけどねぇー。初心者用のクエストを受注するだけの初仕事で、いきなりベテラン二人が引率役として付いてくるのも流石にどうかとも思ってしまいますねぇ。

 安全ではありますけど、安全すぎるのではないかなと。生き残るための訓練としては戦力過剰すぎますから」

「う゛・・・。そ、それは・・・・・・」

 

 こう言われてしまうと、ミリルとしては返す言葉がない。

 もともと自分の感情的になりやすく“変えられてしまった体質”と、一度でも感情が爆発すると抑えが効かなくなってしまう暴走癖は彼女自身も欠点だと自覚しているところであり、力を使う者としての向き不向きというものがあることも熟知している。・・・相当数の実害という教科書を目に見える形で作り出してしまって前科がある身なのでね・・・。

 

 だから彼女としては、リーザに迷惑をかけてしまったことへのお詫びもかねて手伝いたい気持ちはあるけど、それが却って迷惑をかけてしまわないかという不安にも直結してしまい、どちらを優先すべきなのか迷ってしまって容易に答えが出せなくなってしまったのだった。

 

「ミリルさんはアパートに残って敵から私たちの帰ってくる家を守ってください。あなたは一人でもそれが可能な実力と実績を示しているのですから信頼できます。これは私の本心ですよ?」

「・・・うん・・・わかってる・・・。わかっては、いたことなの・・・・・・」

 

 そんな彼女の頭に優しく手のひらを置いて、あやすような声音で言ってきてくれたエルククゥに『頭で分かっているだけで、体と心が言うことを利かない自分』を自覚している彼女は顔を伏せて大人しく素直にアパートで待機する提案を受け入れたのだった。

 

 

 ――ちなみにだが、あのまま迷った状態で放置すると感情が爆発して魔力も爆発されたことのある過去の黒歴史を彼女自身は覚えていないが、エルククゥは思い出して一瞬だけ冷や汗かいたことは内緒である。

 

 

「普段は穏やかで優しくて礼儀正しいお嬢様みたいな人なんですが、感情が高ぶると別人みたいに冷徹で冷酷で、それでいて中身は激情に燃えている怖い人みたいになっちゃう悪癖があるんですよねぇー。いやー、私もあの体質だけは困っちゃってますよぉ~。

 もともとは“あんな体質”じゃない人だったのに、ある日を境に豹変しちゃいまして。いやー困った話ですね、本当に。HAHAHA」

「そ、そこまで人が変わるほどのことが起きてたの!? 一体ミリルさんの身には何が起きたことがあるのよ!?」

 

 軽い言い方で印象緩和してるように見えなくもないけど、フツーに考えて重すぎる内容に行間に隠された出来事が気になりすぎてリーザがエルククゥにくってかかり、相手の方も「まぁまぁ、落ち着いてください」と宥め賺しながらも誤魔化すつもりは微塵もなく。

 

 もとより―――“その場所のことを知っておいてもらうために”彼女一人だけをアパートから連れ出して、衆人環視の中で一人一人の会話に誰も興味を持たない場所までやってきていたのだから・・・・・・。

 

「・・・私たちが出会ったのは、どこかにある研究施設の中でしてね。そこには様々な特別な力を持った子供たちが集められていましたよ。

 何らかの実験のため“研究に役立ってくれ”と、私たちを施設まで送り届けてくれた黒服さんから最初に言われたことを覚えています」

「!! その施設って・・・・・・まさかッ!?」

 

 そこまでの話を聞かされて、リーザもまた顔色と自身の心情をガラリと一変させる。

 今さっきまでミリルの抱える精神的問題について語ってくれるために自分だけ連れてきたものとばかり思っていたのだが、とんでもない勘違いだったと今の発言で気付かされたからである。

 

「ええ、おそらく貴女が想像したとおりで合ってると思いますよ。だからこそ私があの時、貴女を放っておいて自分一人だけ逃げようなんて気持ちは少しも沸かなかった理由も含めてね」

 

 相手の反応から、自分が思っていた相手への評価が正しかったことを知らされたエルククゥは少しだけ嬉しく感じて方唇を上げ、シニカルな笑いを形作る。

 リーザは純朴で優しくはあっても頭のいい少女であり、知識は足りなくとも頭の回転は悪くない。むしろ標準と比べれば良い方だろう。

 

 ――もちろんリーザは自分の問題でなくとも、ミリルの抱える心の問題の話を真剣に聞くつもりだったと思うし、解決のため自分に出来ることがあったら本気になろうと思ってと思う。

 初対面ではあったし、最初の感情的ぶつかり合いは記憶に新しいけれど、彼女たちにはなんとなく悪意や敵意を持ち続けられない何かを感じさせられ合っているようにエルククゥには感じられていた。

 

 ――とは言え、その本気はあくまで『ミリルの抱える問題解決のために手伝う』という類いのもの。

 自分自身が部外者ではなく当事者だったと知らされた前と後とでは問題との向き合い方が根本的に別物となる。

 それは問題解決にかける想いの熱量とも本気度とも異なる、全く別次元の違い。

 本来なら自分が手伝う義務のない他人事を本気で手伝うことと、自分が当事者として関わる問題を本気で解決しようとすることが同じであるわけがない。

 

 自分の抱える問題を、自分が本気で解決しようと努力することは当然であり、誰のせいに出来ることでもないし、誰かのせいにしていい事でもない。

 自分がやるべき「義務」として解決するのだ。「権利」として助けてあげたいと思った人を手伝うこととは全くの別物なのは人として当然のことでしかない。

 

 リーザの中で、ミリルは早くも友人のように捉えている風に見えたからこそ、『自分たち三人とも』全員が抱えている共通の解決すべき問題として情報共有をしておくべきだとエルククゥには感じられて、その予想が当たっていたことは素直に喜ばしいことだと思えたから。

 だから彼女に向かって笑いかけながら、重い出生の事情と過去話をする気になることができたのだから・・・・・・。

 

 

「――私は、炎を操る力を代々受け継いできたアルディア辺境の部族出身者でしてね。

 私もその力を受け継いでいた一人だったのですが、子供の時に一族を皆殺しにされていましてね。

 突然現れた軍隊によって、村はあっという間に焼かれて、私も兵隊さんたちに連れて行かれてしまったのですよ」

 

 おどけた調子で言いながら、目は全く笑っていない底の見えない瞳をリーザに見えないよう空を見上げて、なにを思っているのか全く読み取ることの出来ない楽しそうな忍び笑いを漏らしながら自分たちの事情についての説明を続けるだけ―――。

 

「村を焼かれた私が白い船に乗って連れて行かれた場所は、『白い家』と呼ばれる施設でしてね。壁も床も天井も、私たちに与えられた服までもが白を基調とした清潔な色にまとめられた綺麗な場所でした」

 

 そこに初めて連れてこられた瞬間に感じてしまった感情は、未だに忘れることが出来ません、とエルククゥは今度こそ心の底から楽しそうな笑い声を上げながらそう言って、

 

 

「――なんて『薄汚い色だけで出来た場所なんだろう』と、生まれて初めて心底から嫌悪感を感じさせられた時の、あの感情だけは未だに忘れられません。たぶん一生覚え続けているのでしょうね・・・。

 白い壁の向こう側に広がる、醜い本音の汚すぎる黒色を隠すため厚化粧しているようにしか見えなかったものですからね。

 それぐらい、嫌で嫌で仕方がないくらいに薄汚くて気色の悪い白色で塗り固められた、気持ちの悪い建物でした・・・・・・」

 

 

 リーザは初めて聞かされた、エルククゥの“その声”を耳にした瞬間、思わず「ゾッ」とさせられ無意識の内に半歩だけ後ずさる。

 それ程までに、エルククゥが放った“その声”には何かが込められていて、そしてナニカが致命的なまでに欠落していたようにリーザには思われたから。

 エルククゥ以外の者も含めて、彼女は今まで生きてきて、あんな思いをさせられる声を聞いたことがない。

 一体なにが、彼女の心にそこまで悪影響を及ぼしてしまったのだろう・・・?

 

 リーザの疑問に直接的には答えることなく、エルククゥの語る説明の続きが不吉な彗星の尾のように彼女の耳朶を通して、心と記憶に深く深く浸し続ける。

 

 

「私は少しだけ複雑な家庭の事情をもって生まれてましてね。そのせいで『白い家』に連れてこられたばかりの頃は見るものすべてに“裏側”を見いだしてしまって、綺麗なものほど汚く見えてしまっていた・・・・・・いえ、むしろ『綺麗な色であればあるほど内側は汚い』という固定概念に縛られていたように今では思っています。

 そんな心を持っていた頃の私が『白の家』に連れてこられた当日に、彼女と“もう一人の親友”と最初に出会うことが出来たのは・・・・・・おそらく単に運が良かっただけだったんでしょうね・・・そうとしか考えられません。それ以外にはあり得ないくらい、救いようのない生き方しか、それまでの私はしてこなかったのですから・・・・・・」

 

 

 急速に、エルククゥの記憶は過去へと遡る―――――――。

 

 

 

「これから、お前はここで暮らすんだ」

 

 自分の左右に立って、公園のあるその部屋まで連れてきた男たちの片方が言う言葉を聞くとはなしに幼いエルククゥは“聞き流していた”

 

「何の不自由もない生活だ」

 

 反対側に立つ、もう一人の男も同じような口調で自分の方へと顔も向けずに言ってきている。

 おそらく逃亡させないようにするための見張りも兼ねていた男たちなのだろうが、相手は所詮ガキだと侮り見下しきって油断しているのが丸分かりの言い様に、エルククゥは内心で侮蔑を禁じ得なかった。

 相手がなにも知らず、なにも解らないガキだと思って油断している。

 

「まぁ、せいぜい研究のために役立ってくれよ」

 

 そんなだから、こうして要らぬことを言ってボロを出す羽目になる。

 ガキだと思い、『何を言ったところで問題にはならないだろう』と油断しているから、こういう初歩的なミスをするのだ、間抜けめが―――。

 

「・・・・・・」

 

 声には出さずに心の中で、背中を向けて去って行く強面なだけで中身のない脳味噌まで筋肉で出来ているかのような黒服バカへと別れの罵倒を放ってから、あらためて彼女は『白の家』に最初の一歩目を歩き出した。

 

 ―――たとえここがドコだろうとも、連れてこられた直後に脱走することは不可能だろうことぐらい、生まれた事情故に早熟に育ってしまったエルククゥには分かり切っていることだったから、最初は誰かと仲良くして場に馴染もうと考えたからだった。

 

 他の子供たちと同じように暮らし、「コイツも所詮は他のガキ共と同じ馬鹿ガキだ」を思わせて油断させなければ脱走なんて上手くいくはずがない。

 この場所の地理や、監視役の位置なんかも把握しておかなきゃならないし、いざという時のために武器になりそうな物も見つけておかなければならないだろう。

 

 やることは沢山あったけど、それにはまず最初に“普通の子供らしく”見せてやる必要があった。

 ここに連れてきた連中が「研究のために」自分を「役立ってくれ」と言って放置したなら、この場所全体が常に奴らの見張りを受けながら生活させられる場所だと考えた方がいい。

 自分が育った部族でだって、儀式の生け贄に用いるため動物を捕らえてきて籠に入れて飼育して、必要な部位になるまで育つのを見張りながら餌をやり続けていたのだから、ここでだってきっと何も変わらないに決まっている。

 違うのは、儀式の生け贄に使うために飼われるのが、動物ではなく自分たち人間の子供たちだってことぐらいだけど、それすら大した違いとは幼い頃のエルククゥには思うことが出来なかった。

 

 村に置いてあった『図鑑』という書物の中では、昆虫たちの死体に釘が刺されて磔にされて、まるで見世物ののように彼らの生態について死体の下に書かれていたのを彼女はハッキリと記憶している。

 人間にとっての虫が、その程度に扱っていい命でしかないとするならば、人間のことを虫ケラのように思っている奴らがいたら図鑑と同じ事をするだろうと、幼心に声には出さずせせら笑いながら過ごしてきた幼少のエルククゥにとって、人と人以外との間はそれほどまでに“距離がなかった”

 

 見た目と身体は違っても、結局は同じ生き物だ。中身は同じ薄汚いものだけで出来ている、汚い生き物同士でしかない。

 だから外見の違いなんて大した違いになる訳がない―――

 

 そんな風に考えていた幼い頃のエルククゥだったから、仲良くなる子供たちは誰でも良いと思っていた。

 どうせ逃げるための道具に使うだけなのだ。いざとなったら切り捨てるだろうし、その事で罪悪感なんて感じる事なんて全くないと、使うよりも遙か前の時点から確信できてしまうほど―――どうでもいい存在でしかなかったから・・・・・・。

 

 そんな時だった。

 

 

「何だ、新入りか?」

 

 自分を見つけて走って近づいてきてくれた、都合のいいカモの子供二人の内、男の子の方が先に声をかけてきた。

 思わず、精神的にたたらを踏んで、呻いてしまいそうになったことを覚えている。

 

 理由は分からない。ただ相手の言葉と声から、今まで自分が思っていたナニカを根底から覆されるかのようなナニカが感じられたような気がして、後ろめたさを覚えてしまったからだ。

 

「ジーンたら、えらそうに!」

 

 もう一人の女の子が、男の子の言い方を注意するように振り返って言ってくれていた。

 信じられないほど綺麗な女の子だった。

 さっきまで汚い色だと思っていた、『白い家』の子供たち全員が与えられて着せられている白い服まで、彼女が着ると綺麗な色だけでできているとしか思えないほどに。

 

「あなた、名前は?」

「・・・・・・エルククゥ、です・・・」

 

 答えるまでに意図的でない、間が空いたことをエルククゥは不本意ながら認めざるをえなかった。

 彼女はあまりにも綺麗すぎたからだ。自分が今まで思っていた汚い生き物である人間観を固定概念でしかなかったのだと額縁付きの証拠を示されて証明されてしまっているかのようでヒドく不愉快にさせられずにはいられないほどに。

 

「エルククゥ、いい名前ね。

 私はミリルって言うの。こっちの子は、ジーンよ」

 

 そう言ってニコリと微笑んできた彼女――ミリルの綺麗な笑顔が、あまりにも不愉快すぎて、

 

「仲良くしましょうね」

「・・・・・・ここは、どこなんでしょうか? なんで私は、ここにいるのでしょうか・・・? 頭が、痛くて・・・何も思い出せないんです・・・・・・」

 

 そんな風に“言う予定だったセリフのための演技”で頭を押さえて蹲り、ミリルの顔を見なくて済むよう視界から閉め出す。

 

 エルククゥは『白の家』に着いた直後、職員の一人に渡された「薬」を飲まされている。

 それは彼女の記憶にある味のする薬・・・・・・“麻薬”の味がする薬だった。

 

 もともと、彼女を育ててくれた炎の精霊を崇めるビュルガ族だけでなく、昔ながらの生活を営む部族という集団には、儀式の際に麻薬の原料となる植物を用いる伝統が受け継がれていた事例は多い。

 部族の言い伝えで禁忌とされていた『青い炎』を生まれながらに使いこなせていたエルククゥは、いざというとき精霊様を外敵から守るため『兵器』として育てられてきた経緯もあった。

 その力が自分たちに向けられることなく、外敵のみに向けられて、さらには生涯で一度も使うことなく平穏無事に皆が生きて死ぬことが出来たらそれはそれで良いことだったという事情もあっただろう。

 

 その様な複数の事情によりエルククゥには、ある程度“脳を壊しておく必然性”がどうしても存在せざるをえない立場として育てられてきてしまっていた。

 伝統的に麻薬の原料を服用し続けてきた部族には、適度な麻薬の使用量を目分量で計れる経験則が積み重ねられてきていたから、誤ることなく正確にエルククゥの脳の一部はすでに“壊された後だった”から、『白の家』が用意した他の誘拐してきた子供たち基準の麻薬量程度ではハッキリ言って当時の彼女にとって効果が出るには“少なすぎる量”でしかなかったのである。

 

「大丈夫?」

「こいつ、まだ薬が残ってるな」

「薬・・・?」

 

 だからこそ、「薬を飲まされて効果が出ている」と監視者たちに信じ込ませるため演技する必要があった。

 下手に聞いてないことがバレると、薬の量が増やされてしまう。ここから脱出するときのため可能な限り自分の脳味噌と理性と記憶は維持し続けておかなければならない。

 

「エルククゥ、ここに来た子はみんな薬を与えられるの。そのせいで、昔の事みんな忘れているの」

 

 あっけらかんとした口調とは真逆に、エルククゥの体調を本気で気遣う声でミリルが言う。 

 

「でも、大丈夫。記憶なんてなくても、みんな楽しく暮らしているわ」

 

 果たしてその発言は、薬の効果だけによるものだったのか。

 あるいは、ミリル自身に“思い出したくもない”“忘れておきたいほど辛い過去”があった故なのかは当時のエルククゥには分からなかったし、今のエルククゥにだって分かっていない。

 

 でも、だけど――――。

 

「さぁ、こっちにいらっしゃい。みんなで一緒に遊びましょう!」

「・・・・・・はい。今日からよろしく、おねがいします。ミリルさん・・・・・・」

 

 

 差しのばされた彼女の綺麗な手を取って、彼女たちが楽しく遊んでいる方へと走って近づいていく側になった自分の気持ちにだけは嘘はなくて本心だけだったと、今も昔も変わる事なくエルククゥには断言できている――――。

 

 

 

「・・・・・・私はあの時、分不相応にも憧れてしまったんですよ。

 自分も彼女のように綺麗な存在になれるかもしれないと。彼女のそばにいて彼女と過ごし続けていれば、いつかきっと薄汚れた自分の心も綺麗になる日が来てくれるんじゃないかと。

 浅ましい願いを抱いてしまって、怠惰な日々に甘え続けるだけの日々を無駄に送ってしまったのです・・・・・・」

「エルククゥ・・・・・・」

 

 話が一段落したとき、思わずリーザは辛さを堪えた表情を浮かべてエルククゥが過去に抱いた思いを「間違っている」と否定したい衝動に駆られ、それを抑えるため全力で努力しなければならないほどだった。

 

 どこも浅ましくなんかない。人として当然の慎ましやかで誠実な願いじゃない!と心の底から言ってあげたかった。

 でもそれが言えなかったのは、まだ彼女が“そう思ってしまうようになった理由”を聞いていなかったからである。

 エルククゥだったら、自分が思いつくぐらいの気持ちはすぐに考えつくはずなのに、今のような考え方をするようになったのには必ずや訳がある。

 そしてそれは恐らく、ここから続く話で聞かされる中に含まれているのではないか・・・そんな気がリーザにはしていた。

 

 そして、幸か不幸かリーザのエルククゥに対する信頼は正しく正当なものだった・・・・・・。

 

 

「私は自分が彼女たちのように綺麗になりたいと、普通の子供たちのようになりたいと目指すあまり、自分自身が生まれ育った特殊で異常な境遇を過小評価してしまっていくようになったんです。それが誤りのもとでした・・・・・・」

 

「『白の家』に連れてこられてから数年か、もしくは数ヶ月なのか、少なくとも時間感覚が希薄になるぐらいの期間が過ぎてきた頃。

 少しずつ、少しずつ、日が経つごとに同じ施設内にいた仲間の子供たちが減り始めている事に気付いた私は危機感を思い出し、焦りを抱いていました。

 もともと普通の家庭で育てられたわけでもない異常な子供が、普通の子供に憧れて猿まねを演じる事に躍起になって過ごしてきたのです。当然のように取るべき行動を間違えてしまうことになりましたよ。

 私達は碌な逃亡計画も考えないまま、監視の目を盗んで部屋を抜け出し、何の計画性もない発作的で衝動的な恐怖感故の脱走を実行に移してしまい、しかも間の悪い事に忍び込んだ廊下に並ぶ部屋の一つで嫌すぎる実験の光景を見てしまいましてね。

 怖くなった私は、せめてミリルさんだけでも助けようと施設から逃げ出し、何の当てもないまま我武者羅に、テキトーにそこいら辺をほっつき回った挙げ句、自分たちだけが逃げ出すために目につく物すべてに火を放ち、森も燃やし、とにかく彼女だけでも生き残れればそれでいいと、彼女以外のすべてを灰にしてもいいつもりで燃やしまくって逃げまくって、そして――――当然のように行き倒れてしまったというわけです」

「・・・・・・・・・」

「アハハハ、考えてみなくても当然の結果ですよね? ドコにあるのかも分からない秘密の研究してるヤバい研究所から、手ぶらで子供二人が逃げ出して追っ手から逃げ延びられたとしても、その後絶対に飢えて倒れて死ぬ。

 当たり前の結末なのに、その程度の常識すら考えつけなくなっているほど私は普通の子供になろうと無駄な努力をしすぎてしまっていたのですよ。

 たまたま通りかかったシュウさんが、砂漠で倒れていたらしい私たちを運良く見つけて保護してくれなかったら間違いなく二人とも、あの世でしたからね~。いやー、生きているというのはそれだけで実に素晴らしいと実感させられた瞬間でした。感じるには早すぎる早計に過ぎませんでしたけれども」

「・・・・・・・・・」

「結果的に、過ちに対しては罰がくだされました。それも過ちを犯した私にではなく、私を罰するために私が助けようとしたミリルさんに対して、でしたけれども」

 

「私に効かなかった薬が、ミリルさんには大きな悪影響を及ぼしている可能性に私は思い至ってあげる事が出来ませんでした。自分には効果がなかったから油断しきっていたのでしょう。

 その結果、禁断症状が出た。シュウさんに拾われて助かった直後から、彼女は激しい目眩と吐き気、記憶障害などありとあらゆる麻薬中毒による禁断症状に襲われて長期間の入院とリハビリが必要不可欠となるほどの重体に陥るまでに至ってしまった。一時は重篤にまでなったほどです。

 精神がアンバランスで、感情の抑制が効きづらくなったのは、その頃から出始めた悪影響で、ときどき夜中に悲鳴を上げて飛び起きて私が一緒に寝てあげないと怖くて再び眠れなくなる時期すらあったほど酷いものだったんですよ」

「・・・・・・」

「私の甘さが、ミリルさんの心を苦しめ続ける日々に閉じ込めてしまう結果を招いたのです。私なんかが分不相応に綺麗になる夢なんか抱いてしまわなければ、こんな無様な結果にはさせなかったのに・・・。

 研究所から逃げ出すとき、まだ残っていた仲間の子供達を犠牲の羊にして、自分たちだけが助かるために利用して見捨てて逃げ出した、薄汚い自分こそが本性なんだともっと早く気付いて受け入れていたら、あんな苦しみをミリルさんに味あわせたりなんて絶対に絶対にさせなかったのに・・・ッ」

「エルククゥ・・・・・・」

 

 

 想像していたより遙かに重く、そして大きすぎる自責の念と、その理由にリーザは思いついていた慰めの言葉を発することが、どうしても出来なくなっていた。

 あまりにも重く、同じ体験をしたわけでもない赤の他人が、知ったような口で慰めの言葉を発していい事情ではないとリーザにはハッキリと解っていたから。

 

 だからこそ、彼女は敢えて慰めの言葉を吐く。

 安易と承知で、無責任きわまりないと承知の上で。気休めでしかない綺麗事をまくし立てる。

 

「大丈夫! その研究所にいた子供達も生きていて、あなたが助けに来てくれるのを今でも待ってるわ! ジーンっていう男の子だって、きっと生きてる!

 それなのに貴女がくじけてどうするの! さぁ、立って! 歩き出して! みんなを助け出すために!」

 

 どれほど過去に犯した過ちを後悔して、罪悪感に打ちひしがれたところで、犠牲になった人たちは誰も救われない。喜ばない。

 ただ自分が苦しむだけで、それでは犠牲になった人たちが何のために犠牲になったのか、まるで解らなくなってしまう。

 たとえ生き残りが一人しかいなくとも、エルククゥにできる償い贖罪は、彼ら研究所に捉えられている子供達を救い出すことしかあり得ない。

 どれほど辛くても、どんなに苦しみ続けてきたとしても、『自分たちだけ助かってしまったエルククゥ』より、研究所に残されている子供達の方がかわいそうな事実は変えようがなく、その事実をエルククゥ自身が誰よりもよく理解している性格と頭脳の持ち主なのだとリーザはすでに知っているから。

 

「それに・・・そんなの全然、エルククゥらしくないよ・・・・・・」

 

 だからこそ、慰める。慰める事で発破をかける。

 立ち上がれ、救い出すために歩き出せ!――と。

 そうすることでしかエルククゥには、エルククゥ自身を救い出す方法がないのだと、短い付き合いながらもリーザは既に彼女の救い主の性格を熟知していたから。

 

「リーザさん・・・・・・」

 

 つぶやきながら、バツが悪そうな表情を浮かべて頬をかくエルククゥ。

 正直、ここまで気分を出すつもりはなかったのだ。それが要らぬことまで喋った結果、悪漢共から救い出してきた女の子に慰められる為体。実に情けない。

 

「つまらない話をしてしまいましたね・・・・・・ここまで話すつもりはなかったのですけど、まだまだ私も未熟なようです。身の上話なんてハンターが語るような代物じゃなかったというのにね」

「つまらない話だなんて、そんなことは・・・」

「いえいえ、重要な事ですよ? 『他人の過去を聞くは無用。語るは無作法』それがハンターの常識です。これから仕事に行く場所なんですから、リーザさんも覚えておいてくださいね」

「うわー、シビアな世界の裏社会だなー」

 

 わざとらしく道化合う二人の少女達。

 先ほどまで漂っていた重苦しい雰囲気はそこにはなく、ただナニカを目指し求めて前を向いて歩く二人の男女の姿だけが、そこにはある。

 

「無駄話が過ぎましたが、ようやくハンターズギルド到着です。頑張ってお仕事して稼ぐといたしましょう。このままタダで、シュウの世話になり続けるのは格好がつかないというものですから」

「そうよ、その意気よ!!」

 

 元気よく賛同して、扉を開けて中へと入ろうとするエルククゥの背中に続き、リーザが中へと入ろうとした瞬間。

 それでも、どうしても思ってしまう言葉。言いたくなってしまった本音の一部がポロリと、口をついて無意識のうちに出てしまったことを彼女自身が気付くのは言ってしまった直後だった。

 

「でも・・・貴女から、そんなに強く想ってもらえるなんて・・・・・・。

 ちょっと、ミリルさんがうらやましいな・・・」

「・・・ん? 今なにか仰いましたか?

「ううん、なんでもない・・・。さあ、行きましょ」

「・・・・・・??? はぁ・・・?」

 

 一人の少女を除いて、人の心の正の感情にはときに鈍感になるらしい少女の背に続き、魔物を操る力を持った特別な娘であるリーザもまた、新たなる運命との出会いの場へと導かれるように入場していく。

 

 その場所、インディゴスの町・ハンターズギルドへもたらされていた依頼が、一体誰から何の目的で来た物なのか、リーザもエルククゥも現時点では知る由もない。

 只一人真相を知るのはアルディアを裏から支配するマフィアのボスにして、かつて『白い家』を建設させた黒幕の男、ガルアーノだけしか存在していない。

 

 エルククゥにとって、犯人を斬り殺しても、切り離す事のできない消せない過去を背負わせた男との戦いは第二ランドの開始を告げようとしていた・・・・・・!!!

 

つづく

 

オマケ『エルククゥがリーザにハンターズギルドの仕事をやらせた理由説明』

 

 1つには、純粋に生活の糧としての現金収入を得るため。

 逃亡生活をしているからと言って・・・いや、むしろ逃亡生活をしている者だからこそ纏まった額の現金は持ち歩いておく必要性が絶対的に存在するもの。

 金がなければ必要とする物は『奪う』以外に手に入れる手段がなくなってしまうのだから、自分から進んで犯罪者に成り下がりたくなければ稼げるときに稼いで貯めておくしかない。

 ――エルククゥは実際に飛行船を爆破している爆破魔だけど、政府が公開してない今は犯罪者じゃありません。

 

 

 2つ目の理由は、敵が自分たちの居所をどこまで察知しているかを探るため。

 リーザを追っていた黒スーツたちの黒幕が――最低でも現場の最高責任者が――アルディア陰の支配者マフィアのボス・ガルアーノだと分かった以上、アルディア国内に居続ける限り自分たちの所在はいずれ必ず敵に発見されると見て間違いはない。

 問題は今現在の時点で察知されているかいないかという点だ。それによってコチラの対応も変わる。

 どーせ近い内にバレる居場所なら、この行動で知られたところで大差はない。現時点で安全かどうかを知るため役立てた方が少しはマシという物だろう。

 

 

 3つ目は、些か辛辣な理由によるもの。自分たちを囮に敵から手を出させて尻尾をつかもうと企んでいたのである。

 正直なところ、今のエルククゥたちは敵について何も知らず、どこを攻撃して誰と戦えばいいのかも判然としない状態にある。

 誰が敵かわからないなら敵から仕掛けさせて返り討ちにしていった方が楽だし的確だろう。

 暗殺や暗闘を目的として戦力を小出しにして戦力分散の愚を犯してくれるならめっけ物、途中で自分たちの失策に気づいたとしても敵を削れる時に削っておくのは少なくとも損にはならない。

 

 

 ・・・どれもハンターとして一人で多人数と殺し合うことが多かったエルククゥとしては常識的な見解であったが、いまいちシュウをはじめとして多くの友人たちから理解はともかく賛同は得られたことのない彼女としては口には出さなかったけども、少人数で大多数を相手に戦う際には必要最低限の措置なのである。・・・本当だよ?


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