東方落命記   作:死にぞこない

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問わず語り その2

 昨日の三人ばかりでの宴会は楽しいものとなった。会場は香霖堂、主催は私である。主に私が酒を買い込み持っていき、森近がつまみを作り、八雲が私たちにぐだぐだと文句を言う。完璧なコンビネーションであった。またやりたいものだ。

 

 そんなこんなでいつもより数段気分よく惰眠を貪っていた。うまい具合に酔ったときは全然頭が痛くない。それがまた気持ちよい。時刻はまだそう遅くない。人々の喧騒がここまで届いてこないからそれは確かだ。だがどうしたことか、戸がどんどんと強く叩かれているではないか。こんなところにわざわざやって来る奴なんて限られていて、さらに戸を叩いてから入ってくる奴は更に限られている。

 

 私はのそのそと布団からはい出し、大きく欠伸をしてから扉を開けた。

 

「やっと出た! あんた文を名前で呼んだらしいじゃない!」

 

 きゃんきゃんうるさい鴉その二こと姫海棠はたてがそこにいた。いつも引きこもっているこいつが八雲の言っていた苦手な奴だったのだろうか。私は気分を害されたことも影響しいつにもまして低い声で中に入るよう言った。鴉その二は怯んでいた。

 

「あれ、怒ってる……?」

 

 私は怒っとらんと言って中に戻った。奴はおずおずと後をついてきた。その姿を見て本意でなかったのだが悪いことをしてしまったなあと思った私は、いつもは自分専用のふかふかの座布団を使わせてやり、さらに普段は一人で楽しんでいた高級茶葉でお茶を淹れてやった。そうしてようやっと眠気がとれた私は、何やら叫んでいたな、と話に入った。

 

「そ、そうよ! 文の名前呼んだでしょ! そのせいでずーっとからかってくるし、高い酒は奢らされるし……もう散々よ! 何でよりによってあいつなのよもう!」

 

 そんなことを言われても、私は茶を啜ってさらに意識を覚醒させた。賭けをしたのは天狗たちではないか。私に言われても困る。そもそもいつからそんなことを言っていたのか。私だって一度も名前を呼んだことがないとは思っていなかった。鴉や文屋と呼ぶのはもう日常で違和感もなかったのだ。そんなことを投げやりに言ってやった。

 

「ええー……私たちの中じゃあ周知の事実だったわよ。そのせいで年々賭けの人数が増えていってねえ。自分に賭けてもいいから、今年に入ってからは妖怪の山に住んでる天狗はほとんどやってたんじゃない?」

 

 知らぬ間に賭けの対象にされていたのも遺憾だが、天狗連中はどれだけ暇を持て余しているのか。私でもたまには働いているのにそれ以下である。

 天狗は天狗らしく人間を驚かせていればいいではないか。

 

「そうすると博麗の巫女が出て来るのよねえ。面倒な世の中になったもんだわ」

 

 それならば仕方ない。諦めて文屋は文屋らしく新聞を書いてくれ、私はそう言ってもう一度寝ようと布団を敷いた。思っていたよりもどうでもいい話だった。これならば寝てしまっていいだろう。寝心地がよかったところを無理矢理起こされたものだから、眠気が消えても布団の魔力から逃れられてはいなかった。

 

「ちょ、ちょっとちょっと! 待ちなさいってば!」

 

 私が寝転がるよりも早く鴉その二に布団を取られてしまった。

 私はため息を吐いて何をすればいいのか問うた。

 

「私の名前を呼びなさい。今妖怪の山じゃ二番目は誰かで賭けが行われているのよ。もちろん私は私に賭けているわ」

 

 ああ、と私は納得した。最近奴らの訪問が多いと思ったらそう言うことだったのか。元々は到底出来んだろうと半ば夢物語のような賭けだったが、鴉が射命丸と名前を呼ばれたことで現実味を帯びた……私の軽率な行動と言えばその通りかもしれんが納得できんことではあった。

 

 その賭けは何番手まである? 私は終わりの見えない面倒なのには付き合いたくない。

 

「さあ。今のところは二番手だけね。ここで私が呼ばれたら三番手が対象になるかもしれないけど」

 

 私はうなずき、絶対に言わん、と断固とした口調で言った。

 

「けち! いじわる! しみったれー!」

 

 その言って鴉その二は去っていった。好き勝手な言いようである。

 

 私は一度大きく伸びをして布団をまた敷き、万感の笑みで潜り込んだ。これこそ我が人生だ。

 少しするともう眠気がやって来た。私の体は睡眠を求めていたのだろう。その衝動に体を明け渡そうとしていたら、またもや戸を叩かれた。今度は先ほどよりも穏やかである。

 

 朝方から多い訪問客に辟易するものの、居留守を使うのも忍びなない。私は致し方ないと布団から出て扉を開いた。

 

「さあ、今日も仕事ですよ」

 

 そう言ったのは上白沢である。

 

 ああ、それって昨日だけではなかったのか……。

 

 

 

 再びの寺子屋だった。こんな頻度でやって来たのは初めてだ。しかも話すのは好きなのだが、やらなければいけないと思うと途端に面倒になって来る。難しい問題だ。

 

「今日は何のお話してくれるのー」

 

 私の胸中とは裏腹に、子供たちの無邪気な瞳が突き刺さった。期待されたら応える、それが私だ。今日もちょいと歴史っぽい話をしてお茶を濁すことにしようか。死にざま十連発などしようものなら後ろに控える上白沢にどつかれるのが目に見えている。私的にはもっと爆笑を誘うような話がしたいものなのだが。

 

 んん、と咳払いをして、私は語り始めた。

 

 

 

 幾つも話すネタもないからなあ、諸君にはつまらんと思うやつもおるだろうが今日も鬼の話だ。昨日は奴らが笑えて来るほど強いと言う話をしたが、まあ今日もそんな話だ。

 

 鬼と言うのは本当に宴会が好きでな、酒を飲む席を暇があれば設けておった。私も多くの場合は参加していた。だが珍しくも私が参加できなかった時に毎度おなじみの喧嘩があったようでなあ、最初は見物だ見物だと皆冷やかしていたそうだが、仲裁に入る奴も殺されると思って誰もおらんかった。それでそのまま喧嘩にはどんどん熱が入っていって、終いには鬼の喧嘩相手は腕一本なくなってしまった。鬼に喧嘩を売ってそのくらいで済めば儲けたもんだと言いたいが、どうもそうはならなくてなあ。

 

 これに怒ったのが私の仲間だ。なだめようとした私が思わず殺されるくらいには激怒していた。飽きた私は、もう勝手にやっていろと思って隅でちびちび酒をなめていたのだが、どうにもこうにも収まらない。まあ、諸君にはもう分かったものもおるだろう。そう、そんな中白羽の矢が立ったのが私であった。雑務を押し付けられるのが私の役割だったのだ。

 

 同じパターンですまんがそう言うわけで、私はまた鬼と同じところに立って抗議することと相成った。話し合いと言っても難しいものだ。何といっても私の命は奴らに握られていて、それに相対するは話を聞いただけの私だ。奴らは何人か仲間とおったのに、私についてきたのは誰もおらん。今思い出しても腹が立つわ。抗議するのが恐ろしくて押し付けるとは。諸君も自分がやったことには責任を持つように。

 

 そして話し合いが始まった。私としては一言奴らが謝ってくれればもう良かったのだが、ことはそう簡単には運ばれてくれんものだ。鬼たち曰く、お前たちから喧嘩を吹っ掛けたのだ、それに乗ったに過ぎない、謝る道理がないとのことだ。いつも酒飲みの鬼たちだから、もっとどうでもいいことのように振る舞ってくれると期待していたらこれだ。どうにもそこは真面目くさった雰囲気で、私は何をやっているのかと馬鹿馬鹿しくなった。

 

 心底面倒になった私は、そこにいた鬼に他の奴らを呼んでもらい、そこからどんちゃん騒ぎだ。アレは楽しかったなあ。飲めや歌えやでな、この世の楽園と思ったのも無理からぬ話だ。やはり何事も楽しいことに限る。良いか諸君、生きるのは楽しむためだ。それを忘れてはならんぞ。

 

 まあそれで本来の役目も忘れてしまってなあ、こっそりと様子を見に来た仲間に呑んだくれた私が発見されたわけだ。あの時は驚いたものよ。どうしたものかと頭を巡らせたが酔っていて何も浮かばん。もうこうなったら喧嘩には喧嘩じゃあ、と私の仲間……鬼の一撃を食らったら霧散するような弱小妖怪数十人だったか。と喧嘩を始めた。あれはもうやけくそだったな。今も含めてあそこまで何も考えず喧嘩をしたのはあれっきりだ。

 

 結果はどうなったかと言えば、言わずとも分かろうが私は死んだ。すると奴らもやっと、遅すぎるくらいだが冷静になった。場所が鬼の本拠地であったのも影響していたろう。騒ぎが大きくなれば鬼が起きて殺されるのではないかとな。

 

 それでその後もう一度場を設け、当事者である腕一本なくなった妖怪が立ち会った。私も強引に連れていかれた。何かあったときのための肉壁だな。すると開口一番、鬼たちに向かって奴は土下座した。すみませんでしたと。酒の勢いで喧嘩を吹っ掛けたのはこちらであったと。鬼の言は真実だったわけだ。まったくもって無駄骨だ。

 

 その後は酒を飲んでうろ覚えだったと言う言葉を鬼が受け入れてまた宴会の始まりだ。

 

 諸君、私がこの体験から言いたいのは一つだ。酒の席での嘘はつくな。酒を飲むようになったらこの教えを胸にしまっておけ。ああ、あと鬼は嘘をつかん、多分な。その後も何回かこう言ったことはあったが、どちらが悪いにしても嘘を吐くことはなかった。

 

 何? 私はどうなのか? この品行方正な私を見てそれを問うのか? 愚問というやつだぞ。諸君、私は嘘つかない。分かったな。もしかしてこの話も嘘だと思っているのがおるか? いるのなら正直に手を上げたまえ……おい、殆ど全員じゃないか。昨日の話もそうなのか? これは上白沢先生の教育が悪いと言わざるを得ませんなあ。

 

 

 

 私はちらっと上白沢の顔色を窺った。特に変化はない。大丈夫らしい。だがいつかは爆発するかもしれん。あまりにもぐだぐだと文句を言い続けるとやられる可能性がある。私はここらへんで話を切ることにした。

 

 

 

 ――さあ、諸君御一緒に……私は嘘つかない!

 

 

 


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