東方落命記   作:死にぞこない

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問わず語り

 

 本日、私はなぜか教壇に立っていた。生徒諸君の後ろには逃がさんぞと目を光らせる上白沢がいた。方々から死神様、死神様と声援が送られている現状はこの上なく快感であるが、如何せん上白沢が恐ろしい。いつものように死にざま談議に花を咲かせようものなら一瞬のうちに意識を刈り取られるに違いない。かと言って他にはなすこともない。追い込まれた私は現実逃避のようにこうなった原因を思い出していた。

 

 

 

 昨日のことである。私は八雲と茶屋で団子を食っていた。看板娘が美人に育ったと言う噂を耳にしたので見に来た次第であった。八雲と出会ったのはまったくの偶然である。しかし奢ってくれると言うのであれば異論はない。隣り合って座り運ばれて来たみたらし団子を口にする。香ばしく美味い。

 

 半ば恍惚として味わっていると、いつの間にか食い終わり茶を飲んでいた八雲が口を開いた。

 

「最近どうかしら?」

 

 何てことはない世間話だ。私はいつも通りだとだけ返し団子を食う作業に集中した。

 美味い、美味い。

 

「いつまでも暇を持て余してないで、有意義なことに使ったらどう?」

 

 まるで親か妻かのような言い草に、私は眉を顰めた。

 

「知ってる? あなたはただの与太話野郎だってもっぱらの噂よ? 主に若い衆の間でだけれど」

 

 それがどうした、と最後の団子を串から外し答える。私自ら大妖怪であると公言しているわけではない、どう侮られようと別に問題はないのだ。実際そこらの人間より弱いのだから。

 

 すると今度は八雲が眉を顰める番だった。

 

「あなたはそれでもいいかもしれないけれど、私が嫌なのよ。あなたがそんな弱い立場だったら、長いこと一緒にいた私はあなたを守っていたみたいじゃない。私が情け深いと思われるのも癪なの」

 

 自分本位の言葉であった。だからと言ってどうしろと言うのか。昔のようによみがえり続けるのは疲れるからしたくないのだ。一日一死くらいがベストと言えよう。最も多いときなど一日百回以上死んだこともあった。もう遠い過去の出来事だが、あれはもうやりたくない。痛みは何時しか感じなくなったものの、死ぬのが楽しいと思えて来ることはないのである。

 まあ、他の誰かが笑ってくれるのならば絶対嫌とは言わんが。

 

「と言うわけで、あなた、明日から働きなさいな。知恵があるんだと知られれば見る目も変わるでしょう。大丈夫、話は通してあるわ」

 

 どういうわけだ、と反論を展開しようとするも、意味深げな笑みを浮かべた八雲はすぐに隙間に入って逃げて行った。どうなることやら分からんが、アイツが仕組んでるのだからつまらんことはなかろう。前向きに待つとしようか。そう結論付けて立ち上がり、颯爽と店を後にした。

 

「あの、代金を……」

 

 儚げな看板娘の声に、後にすることは叶わなかった。

 八雲めは私の分も自分の文も払わずにいなくなったのであった。ちきしょうめ。

 仕方なく私の懐から全額出して家路についた。

 歩きながら奴との会話を思い起こす。最後の言葉が気になった。

 

「あなたの苦手なのが近々お邪魔するかもしれないわね」

 

 何の予言だ。私は一人身震いした。

 

 

 

 そして現在、こうなっているわけである。八雲の言う仕事とは寺子屋の手伝いだったのである。

 朝、上白沢に無理矢理たたき起こされそのまま連れて来られたのだった。それにしてもいきなり授業を受け持つのは無茶ではないか。私は人に教えるやり方なぞ知らん。

 

 だが生徒諸君は期待を秘めた眼で私を見つめていた。

 私は頭を振った。

 何を怖がる必要があるのか。彼らは私の話を待っているのだ。

 となれば期待に答えねばなるまい。

 

 私は大きく息を吸い、いつもとは毛色の違う話を朗々と語りだした。

 

 

 

 今は昔のことだ。鬼と言うのがいてな、滅法強い奴らだった。そして気持ちの良いやつらでもあった。よくともに酒を酌み交わし、空が白んでくるまで語り明かした。しかしまあ、往々にして飲みの場では喧嘩も起こるものでな、我々の間にもちょっとしたいさかいで取っ組み合いにまでなってしまった。

 

 そんななかで奴らの上の連中が、喧嘩をするなら一対一でやろうと声を上げて、酒も入っていたからだろうな、皆が賛同した。それならば我々の中からは誰を出すとなって揉めに揉めた。そりゃあそうだ、自分が強いと言うやつしかおらんかったのだからなあ。

 

 私か? 私は殴り合いなど趣味じゃない、一人隅っこで酒を飲んでおったわ。そうすると何がどうしたか、私がやることになってしまった。当然、やる気などなかったから辞退しようとしたんだが、相手が出してきた鬼が私と特に仲の良かったのでなあ、私の反対を耳に入れずあまりにもやろうやろうと言うからそう言う空気になってしまった。仕方なく一発死んで終わらせようとしたんだが、殴られ吹っ飛び死んだ私を見てもまったく満足しておらん様子で構えを解かんかったらしい。らしいと言うのはその時意識が飛んでおったから分からんのだ。

 

 しかも奴は私が死んでも死なん奴だと知らん。買い被っておったのだろうなあ、お前の実力はそんなものかと挑発して来たらしい。この程度の実力じゃいと叫びたかったわ。そうしてそんな声をかけられたのも知らん私がやっと終わったと蘇ったら、周囲の阿呆共め大盛り上がりよ。大声が上がり地が震えた。私は平静を装っていたが、あの時は意味が分からんかったなあ。

 

 すると相手の鬼も周りの空気に当てられたのか大声で笑って、よし、さすがは我が友だ、と言ってまた殴って来た。まあ死ぬ。当然死ぬ。そしてもう一度起き上がったら今度は蹴られて死んだ。私も五回ほど死んでからはやけになってなあ、満足させんと終らんと観念して応戦しようとしたんだが、地力の差がありすぎてまともに打ち合えん。避けるくらいはぎりぎり出来たのだが、如何せん攻め手がなかった。どうしたものかと死に続けながら考えていると、いつの間にか夜も過ぎ朝が来た。そのころには他の連中飽きてしまったらしく、どんどんどこかに去って行きおった。だから私は言った。

 

 おい、もう誰もおらん、そろそろ終わりにせんか。

 

 だと言うのに、まったくもって今でも忘れんあの言葉。

 

 まだまだだ、もっともっとやろう、お前は強いなあ。

 

 私はほとほと呆れた。そして久しくなかった怒りを覚えた。この野郎め、こっちの都合は無視かい、とな。まあ、怒ったからと言って相手を圧倒できるかと言えばそんなことはない。結局そのまま夜が何回も過ぎるほど続いてなあ、もう何でこんなことやっているのかどうでもよくなってきたころになってようやく、奴にも疲れが見えて来てな、息が切れておった。無尽蔵だと思っていた体力に終わりが見えてきたのだ、希望の光よ。

 

 で、奴の足がふらついたところに一発私の拳を当ててやったわけだ。頬に一発な。振り返ってみたら、私があいつに当てられたのはそれだけだったなあ。するとやっと倒れた。やられたふりかとも思ったが、寝息を立てて眠っておったわ。寝たかったのは私も同じだったのでな、隣で寝させてもらった。そうして起きたら上機嫌の奴が酒を勧めてきた。殴りあいで私に勝つとは大したものだってことらしい。色々と言いたいことはあったが、まあいいかと促されるまま飲んだ。

 

 そいつとはそれ以降度々宴会を開いて騒いでいたが、ある時を境にぱったり会わなくなった。と言うよりも鬼の姿を見かけなくなった。人間とのいざこざがあったようでなあ。もしかしたら諸君は鬼と言うのが想像できんかもしれん。奴らはこう、頭に角があってだな、何かと豪快な奴らだ。案外友人になれるやもしれんぞ。

 

 御伽話で知っている? ほほう、奴らも今や過去のものか。出世したと言っておこう。そうだ、私のことは書かれておらんのか? この頭脳明晰にして清廉潔白な私は? 何? 何もない? はっ、やってられんわ。そうやって木端は消えていくのだろうなあ、悲しいものよ。

 

 ん? もしここに鬼が来たらどうするのか、だと? そうさなあ、また酒を飲みたいなあ。殴りあいは御免被りたい。あいつらの拳は痛すぎる。手加減と言うものを知らん。大抵我々を見下しているのにもっとできるだろ、何て言ってかかってこいと言うのも阿呆臭い話だ。

 

 さて、今回の話はこんなところか。ちょっとした歴史の勉強にはなっただろう。もっと笑える死んだ話が聞きたいものは、明日以降語り聞かせてやる。楽しみにしておくといい。

 

 話し終えた私はふうと息を吐いた。生徒諸君の拍手喝采が心地よい。

 八雲が苦手な奴が来ると言うからこの話を思い出したのである。そういった輩は結構いるが、あいつほど苦手だけれど楽しいのもいない。思い出が美化されているのかもしれんが。

 

 これを思い出すと必ず酒が飲みたくなる。私は思ったよりも食いついて話を聞いていてくれた上白沢に帰る旨を伝え、寺子屋を出た。酒屋で大量に買い込もう。つまみは適当に作って、そうだ、八雲も呼んでやるか。あとは森近とか。

 

 

 

 ――良い気分で飲めそうだ。

 

 

 


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